2012年12月30日日曜日

「人生の貸借対照表」

まるで梅雨のように一日おきに雨が降る。今日の最高気温9度、最低気温6度。陽射しもなく寒く感じる。

毎日ヒトのブログやツイッターを訪問する。さすがに新年を迎える準備のためか、ツイートするヒトも少ない。それでも今朝、あるヒトのツイッターを見ると、母親がおれおれ詐欺にあったヒトのブログをツイートしている。

それを見るとかなり巧妙な手口で母親は騙されている。そしてその被害者の息子は自身のブログの最後にこう書いて犯人に問いかける。

「人生の貸借対照表は、ちゃんとバランスよくできているんですよ。」。

この言葉は犯人だけでなく誰にでも当てはまる。いいことばかりがあるヒトもいないし、悪いことばかりのヒトもいない。どのヒトも皆どこかで人生の帳尻は合うようになっている。

だからこそ、どんな状況に合っても楽しく過ごす方がいい!

今年一年、よく遊んだ。とはいっても、真面目によく学びもした。

遊びに付き合ってもらったヒトに感謝しつつ、新しい年もいい年でありますように、と願う。

一年一年、年老いていく。しかし、人生で一番若い日は今日である。だからこそ、老いに逆行して、来年も学んで遊んで楽しく過ごそう。そう、元気よく毎日を!

今夜は友を誘って本年最後の夕食会。
年末年始、しばらくブログはお休みします。来年もいい年にしましょう!

2012年12月29日土曜日

年の瀬に

朝から陽射しがまぶしい!最高気温13度、最低気温4度と久々に暖かくなりそう。

昨日は一日雨が降る。それでも一歩くらい外へ出ようとして玄関を開けると近所の人に出会う。その人と連れ立って、投書の葉書を出しに外に出る。

その人は、会うたびに「独りでいいね」という。昨日もいわれてしまった。言う人は「褒め言葉」と思って話している!?

モノゴトにはナニゴトも両面がある。独りがいいともいえないし、悪いともいえない。ただいえることは、決して独りは望んだ結果ではないということ。だからといって、ヒトはいつまでも同じ状態にあるとは限らない。また、明日は何が起こるかわからない。

今日はこれから自転車に乗って隣町まで買い物に行こう。元気を出して、さあ出陣!

以下はいつものように読んだ本の私的メモとして記そう!

『古典力』(齋藤孝 岩波書店、2012年)を読んだ。筆者の本は文章を書く上で参考になる。本の構成は3章からなっている。第3章は主に古典の名著50冊を取り上げて紹介している。ここでは、それは省略し、第1章、2章から気になるところを拾い集める。

「自分の感想だけでなく、引用文を入れることでプレゼンテーションの質が高まる。その本が具体的にわかると同時に、その一文を引用として選んだところに引用者の個性も表現される。」(12p)

「引用文があると、たとえ紹介するプレゼンテーション全体の質が高くなくとも、『少なくとも名著の印象的な一文に出会えてよかった』と思えてもらえる。」(13p)

「引用力を高めると、読書感想文も書きやすくなる。先ず引用したい文を三つ(三ヶ所)ほど選ぶ。・・・引用文を選ぶときには、論理というより感覚で選ぶ方が、自分自身にとっても『気づき』のある感想文となりやすい。『なぜこのバラバラに見える三つの文を自分は選んだのだろうか』と、自分の内側を探っていくと、感想は深まる。」(14p)

「引用をつねに意識し習慣化すると、客観的な内容把握力と主観的なセンスの両方を相乗的に高めることができる。」(14p)

「重要なところを選ぶ読解力と自分の好みで自由に選ぶ感性を、ニ本の線路を走る二つの列車のように並行的に鋭敏にすることが、引用力のめざすところである。」(15p)

「力を高める具体的なコツは、少しでも自分のアンテナが反応したら、そのページの下の端を折ること。」(15p)

「気にいった文はすぐに人に話す。話すと記憶に残りやすい。話をすると自然の自分なりの文脈にその引用文を組み込むことになる、いっそう記憶に残り、その後何度でも引用可能なストックになる。ブログなどに引用するのもいい。他の人にとっても親切な上に、引用者にとっても知的資源となる。」(15p)

「引用なくして読書なし。引用力なくして古典力なし。こう覚悟するだけで、読みが深まる.。」(16p)

「自分に突き刺きさってくる断片を発見する力と、自分の経験に引き寄せて読む習慣はつながっている。古典の読者のうち学者はごく一部であり、ほとんどの人は古典研究ではない仕事をし、自分自身の人生を生きている。その人ごとに経験世界がある。古典の存在がなくても人生は進んでいくだろう。しかし、古典を経験世界に結びつける習慣があれば,経験の意味が豊かになり、決断に覚悟が生まれもする。時空を隔てているからこそ、共感に驚嘆の念が加わり、心の支えにもなる。」(26p)

「自己を限定する技術は、ふところの深い古典との出会いを通して磨かれる。古典を鏡として『自分に何ができるのだろうか』と自問することで、自分の道が見えてくる。この自己発見のプロセスが、古典力の醍醐味である。」(79p)

2012年12月28日金曜日

雨の一日

今朝は雨。今日の最高気温9度、最低気温2度で雨の予想。だが降る雨も止みそうにない。

今日は今年最後のプールの開館日。泳ぎ収めに行こうと思った。だが生憎の雨。泳ぎは来年までお預けとなりそう。

今朝は雨も降っていて起床時間が遅い。朝食を終えてメールをチェックすると「・・・元気やな~~エネルギーいただきました。・・・なんだかお友達と楽しそうな時間が想像できます。・・・」の受信メールが届く。

もらった人のブログを毎日訪問している。いつ休んでいるのだろうと思えるほど忙しさが伝わるブログ。だが、それも「まあ好きな人と仕事しているのだから、幸せです。」とある。何と素晴らしい!だから忙しくてもお元気なのだろう。

毎日、ちょろちょろと動き回っている。ブログから「元気」な様子が伝わるのだろうか、そうメールに書いてくださる。本当にありがたい!もっと元気を出して毎日楽しく過ごそう!メールをもらって、さらに元気が倍増する。ありがとうございます!

元気といえば海外旅行がある。昨日一緒だった人も3月に海外へ行くと話していた。2月に海外旅行を予定している。

今朝の新聞を見ると「シニアの海外旅行」「安全を最優先に保険加入は必須」と旅のプロがアドバイスしている。10年前まではゴールドカードに付帯する保険だけで、わざわざ海外旅行保険をかけたことはなかった。だが、仕事をやめてそのカードを解約。

昨年と今年春までの旅行では保険会社の保険をかける。そして9月の旅行からは旅行会社のクレジットカードの付帯保険に不足分を加えて使用する。不足分はプラスαで格安の保険をつける仕組みになっている。これは便利。

そして今朝の新聞には「ウイルス感染症猛威 予防の心得」として「免疫力高める生活を」「ビタミンD摂取」「『大笑い』も効果」とある。

この中のビタミンD。これは太陽を浴びて摂取可能。だから、午前中に自転車に乗って買い物に行くよう心掛ける。別に自転車でなくてもいい。だが、朝の太陽を浴びるとビタミンDの摂取だけでなく、よく眠られるという。そのため、一日に一度はなるべく午前中に家から外に飛び出すようにしている。

だが今日は生憎の雨。泳ぎにも行けず、自転車にも乗れない。仕方なく今日は一日家の中で遊び三昧!さてさて何を・・・。

雨を嘆かず、今日も一日元気を出そう!

2012年12月27日木曜日

ホテル・ライフ

昨日から先ほどまで友だちと一緒にホテルライフを楽しむ。真っ青い空と海を眺めながら年末のひと時をゆっくりとホテルで過ごす。自分で食事を作らず、用意されたものをいただく。何と幸せなことといいながら美味しいものを食べる。夕飯は海に面したホテルらしく牡蠣料理も多い。

我が家に到着してドアホンのモニターをみると、昨日、姪が子どもたちを連れて訪れている。折角の訪問で留守にした。申し訳ない。先ほど、再度来るようにと電話する。

今日は最高気温8度、最低気温マイナス1度で思ったより暖かい。チェックイン2時、チェックアウト12時。何と22時間ホテルに滞在。ちょっとした旅行気分が味わえる。ホテル内は子供連れの家族で一杯。その中に混じって女性二人がいる。

この時期、働いていた頃は大変だったね、と互いに話す。そして来年も「よい年にしよう!」といいながら、「よい年とは?」、と尋ねる。すると「健康で普通の生活が出来ることと」と同行者は言う。

それを聞いて、妙に納得する。何も取り立てていいこともなく、毎日、何の変化もなく平凡に暮らせたらそれで由。その底辺には元気が一番!

女性暇人2人はホテル滞在中、遊ぶ計画に花が咲く。自由気ままに遊べることも元気であればこそ。

宿泊したホテルを出ると広島駅行きのバスに乗る。終点で降りて、新幹線口のホテルでティータイム。そこでしばし雑談。女2人、本当によくしゃべる。

来年も可能な限り、外に飛び出そう。それが今のささやかな来年の希望!元気を出して!

2012年12月26日水曜日

英気を養おう!

毎朝、新聞で今日の最高、最低気温を見る。今日はそれぞれ8度と0度。寒い!

夏は暑く冬は寒いは当然のことだけど寒いのは嫌だ。嫌、といえば一年のうちでクリスマス前から年始にかけての季節が好きでない。何と表現したらいいのだろう。淋しい!

だが、寒さの中、嫌がらずに元気なものもある。それは我が家の玄関に置いている植木鉢の花。「におい桜」「シャコバサボテン」「シクラメン」など元気なつぼみを付け、花を咲かせようとしている。

この3つの花は買ってきて以降、再度、花を咲かせる。毎日大事に育てているこれらの花。シャコバサボテンはもう10数年咲き続ける。シクラメンはいつも買ってきたその年だけで越年ははじめて。におい桜は、ブログ「敏々日記」を始めた2年弱前、芳香を放って見事に咲いていた。だがその後、2年間も咲かずにいた。ところが今年はつぼみも大きくなり、新春には花を咲かせそう。

におい桜は母の亡くなるときも咲いていた。いつまでも大事に育てよう!

昨夕は、近所の姉弟から頼まれてパソコンの出前出張(?)をする。人に教えてあげるほどパソコンに強くはない。だが、わかる範囲で教えてあげる。年賀状の裏面を作って欲しいといわれる。

子どものころ、その人の家で遊んだこともある。だが、大人になってはじめて家に入る。家も建て替えられて綺麗になっている。パソコンは2台あった。大きなモニターのパソコンを見ると年賀状ソフトは入っていない。郵便会社のHPからできるとその人が言うのでその画面を立ち上げる。

ある程度のところまで教えてあげて、後はティータイム。3人で雑談をして分かれた。

考えてみると、これまで人に教わることはあっても、人に教えてあげることはなかった。これからは、わかることであれば人に教えてあげよう。

今日と明日、友だちと前から予定していたホテルライフを満喫しに出かける。市内の海の見えるホテルで美味しいものを食べ、飲んで、しゃべって楽しもう!そして、新しい年を迎える英気を養おう!

淋しさばかりを嘆かず、元気を出さなくては・・・。さあ今日も張り切って!頑張れ!英気を養って来年は今一歩を踏み出そう!

2012年12月25日火曜日

クリスマス・ソング

今日も寒い!天気予報では最高気温8度、最低気温マイナス2度で寒いはず。

今日はクリスマス!日本のキリスト教徒は1%。だが、クリスマスは特別な日だろうか。ラジオもメディアもクリスマス、クリスマス・・・。
数人のツイッターを訪問すると、2名がクリスマスにまつわる動画をツイートしている。それは♪Jisas Yu Holem Hand Blom Mi♪Feliz Navidad♪。

後者はスペイン語だと思い、辞書を引くとやはりそうだった。”Feliz Navidad!”(フェリス・ナビダッド)は「メリー・クリスマス!」の意。関東にフェリス女学院大学がある。きっとこれと関係があるのだろう。

そういえば、今年最後の講義の日、先生にこう教えてもらった。

¡ Feliz Navidad y Próspero Año Nueve !”(メリークリスマス&栄ある新年を!)。

昨夜は友人を誘って一緒に夕飯を食べる。出かけたお店は相変わらずお客が多い。美味しいものを食べた後の帰りの寒いこと、寒いこと。

今年もあとわずかとなる。今朝の新聞投書欄にこの一年間、毎日、コラムを書き写したとの記事がある。コラムではないが、このブログもこの1年間は今日を含めて343回の投稿。年末年始と、海外旅行を除いて毎日投稿している。

習っているものも休みに入り、ブログ投稿も今日から年始まで止そうと思った。だが、今朝の新聞を読んで少し気が変わる。アップできる間は続けよう、と。

さあ、今日も元気を出して!家を片づけよう、頑張って!

2012年12月24日月曜日

嗚呼、クリスマス!

今日は特別に寒い!先ほどまで雪が降っていた。天気予報によると、今日の最高気温4度、最低気温マイナス1度。このまま雪が降ればホワイトクリスマス!?

先ほど郵便物を取りに外に出ると、フルートの先生からのクリスマスプレゼント(?)の楽譜が届く。曲名はモーツアルト作曲「フルートとハープのための協奏曲 KV299 アンダンテ」で新年早々のレッスン曲となる。早速YOU TUBEで聞くときれいな曲だった。

〇〇先生 クリスマスに相応しい素敵な曲のプレゼント、ありがとうございます!「この曲が吹けるようになる!」と思うと大きな励みになります!頑張ります!

雪といえば先ほど、会員NO.4さん(何の会員!?)からメールにてクリスマス・メッセージを受取る。

今の季節は一年中で一番好きでない!弱音を含んだメールのクリスマス・カードを返信する。もらったメールには「雪結晶」「理想と現実は違うというクリスマスの朝・・・(サンタ)」「会員NO.4の天然の〇子」など、詩人を思わせる楽しい話題が一杯。一気に元気を取り戻す。

〇子ちゃん、これからブログにアップする際は会員NO. 4さんに勝手にさせていただきます。そして今朝は、ありがとう!元気を出します!

元気といえば、昨日も元気を出して泳いできた。3連休の真ん中のため親子連れもいたり、と久しぶりプールは賑わっている。お蔭(?)で、互いに背泳ぎで進んでいてぶつかる。背泳ぎは前が見えない。人の頭が当たったと思ってすぐに相手の手をつかんで立ち上がる。

横を振り向くとプールサイドで監視員が2人を見ている。何か起きた?と思ったのだろう。水の中なので衝撃は少なくて大丈夫だった。

だが、男の人とぶつかったならば少しは痛かったかもしれない。背泳ぎはぶつかるのが怖い!

ぶつかった相手の人は更衣室で着替える時、話をした人。優しい人でよかった。

今夜は友だちを誘って夕飯を食べに行こう!さあ今日も一日元気を出して・・・。今日の行動開始!

2012年12月23日日曜日

昨日のコト

今朝はよく眠った。起きると窓から陽射しもさしている。暖かくなりそうだ。

昨日は朝からウオッシュレットと格闘する。部屋のエアコン、電子レンジ、電気ストーブ、トースター、湯沸しのTfalなど電気器具を一度に使用していた。トイレを出るとき水が出ない。年末になって・・・と不安が頭を掠める。

数年前のこの頃、エアコンの室外機が故障した。購入してまだ5年も経っていない。購入先へ電話してすぐに室外機を交換してもらった。あと何日かするとお正月休みになるところだった。

そのことがあったので昨日も慌てる。センサーの電池切れと思って新しいものと取り替える。だが作動しない。困った!と思って辺りを見回して、ブレーカーに気づく。1箇所のブレーカーが下りている。それを上げると便座も作動した。

ひとりで暮らしていると、何ができない、これができないといっておれない。便利屋のように何でもしなくてはいけない。ひとたび停電にでもなると、電化製品のすべてを設定しなおす。お風呂もトイレも何もかも利用できなくなる。

いつの日か、頭の働きが鈍ってきたならばどうなるのだろう。便利さの中にひそむこれらの不便さ。それを一番に感じる。

午後からは、狭い庭に出て花が散った菊を根元から切る。そのゴミは大きなナイロン袋一杯になる。その時、電力の検針の人がやって来た。今年は寒いのだろう。昨年よりも料金が高い。検針の人も「測りながら怖くなります」という。

1万4千円だった。一人になってから最高額。なんといっても母がいるときはこの季節月3万円以上もあった。そう思えば少ない!?とはいっても都市ガス代は毎月、900円前後。ただ料理に使うだけで安い!

他にも昨日は『君たちは進化できるか』(長沼毅 廣済堂書店、2012年)を読む。この中から何箇所かメモしよう。

「第5章人類は進化の失敗作」の中から「引きこもりがちな文明の例外のひとつが、人間の好奇心です。僕はそこに、創造性の根源があると思います。・・・たとえば、空の雲を見て『不思議だな』と感じるのが,創造性の本質です。そこに切磋琢磨は関係ない。人間の好奇心は、闘争性とも協調性とも無関係なものです。本来引きこもりがちな文明という殻のなかには、好奇心がやたらに旺盛なちょっと変わった人たちがいます。そういう人たちは、文明の維持や発展にはあまり寄与しません。けれどもおもしろい話をしてくれるとか、ときどき役に立つものを発見してくれるとか、何らかの取り柄があるはずです。・・・ガリレオは好奇心のおもむくまま空を眺め続け、地動説を裏づける発見を重ねていったのです。」(152p)

「深海も砂漠も火山も、行く前には単純に現場に身をおいてみたい思って出かけたのです。もし僕が生きているうちに月に行ける機会ができたら、もちろん行きたいです。僕は、人間の限られた資源の使い方に対する見解としては、先ほど述べたとおり、有人探査には懐疑的です。でも一研究者の好奇心としてはやはり行ってみたい。月に行って生物のいない感じを実感したいです。」(156p)

「第6章人類が進化するとき」の中では、「僕は、われわれから生まれてきてほしい新人類種の名前を考えました。『ホモ・パックス』。ローマ帝国での平和の時代『パックス・ロマーナ(Pax・Romana)』でいう『パックス』、すなわち『平和』からとった『平和を愛する人類』という意味です。」(183-184p)

「生命の謎を怖れる必要はありません。その先にはもっとすばらしい世界が広がっているはずなのですから。」(187p)

今のところ雨の心配はなさそう。これから軽く食事をして泳ぎに行こう。さあ今日も元気で!

2012年12月22日土曜日

フルート忘年会

今日は最高気温12度、最低気温7度の予報で暖かくなりそう。先ほど久しぶりにベランダに上がって洗濯物を干す。だが吹く風は冷たい。

昨夜はフルートの忘年会。雨の中、街中へ向かう。JRも市内電車も超満員。三越前の電停で降りる。立っている足の置き場がないほど込んでいた。

その様子を見て、不景気は全く感じない。これも現役を離れているから言える言葉だろうか。

昨日の講義終了後、先生はまだ20歳前の学生に向かって「休みの期間中、飲み過ぎないようにしてください」と話される。言いながら「これは僕のことか?」とつぶやいて・・・。

その話もどこかへ消えたかのように、昨夜はよく飲み、よく食べ、よく笑った。女子会耐久レースに匹敵するほど長時間の楽しい忘年会だった。

ビールの乾杯で始まったフルートの忙年会。その後は赤ワイン、白ワインを飲む。2次会は帰宅組みを除いた5人でアマチュア落語家のお店に行く。今月、10数年ぶりにお店を再開。そのスタンドには先客が1人いた。店主も客もほとんどが知り合いで、打ち解けた雰囲気のお店だった。

このスタンド、今ではどういう呼び名かと店主に聞くと広島ではやはり「スタンド」だという。始めに出される水割り。ビールやワインは美味さが少しはわかる。だが水割りはわからない。スタンドでは何故か水割りがよくでる!?

話の中で先生と知人は来年2月オペラ「メイストーフォレ(悪魔)」に出ると聞く。先生は演奏で知人は歌?

この原作はゲーテの「ファウスト」。もらったチラシをみると「男は悪魔と魂を賭けた契約を結んだ より人間らしく生きるために・・・」とある。

また、アマチュア落語家さんからは同じく2月に行われるチャリティー落語会のチラシをもらう。

2月は予定を2件入れている。参加したいけど日程はどうなんだろう。

それにしても昨夜は遅くまでよく遊んだ。帰りのタクシーが拾えず大変だった。どうにか乗って我が家に到着。今朝の起床は遅い。

こんな日は一日のリズムが狂う。プールは明日行くことにして、今から自転車に乗ってさあ出陣。今日も元気で!

2012年12月21日金曜日

今年の講義を終えて

今日の最高気温7度、最低気温3度。先ほどから雨も降り出し、寒い一日となりそうだ。

2コマ目の講義を終えて帰宅。講義終了後、先生から「〇〇さんはお正月、スペインヘ行かれますか?」と尋ねられる。「スペイン語が話せるようになってから行きます・・・」といえばいいモノをポカン、としていた。すると「別にお正月に行かなくてもいいですよね」と先生は話される。それを聞いて笑いながら咄嗟に「先生、HPを更新してください!」といってしまった。「忙しくて出来ないんですよ。もしかして閉鎖になるかも・・・。更新は大変なんですよね。」と先生。

さらに「旅行の模様を見たいんです!」というと、「見たい人もいるだろうなあ・・・」と教室を見渡して話される。

先生とのちょっとしたこういう会話。だが何歳になっても生徒なのだろう、嬉しかった!来春もこの先生の講義を受けよう!

その後、若い学生と教室を後にしながら「2年生になってもスペイン語を受講する?」と聞いてみた。すると彼女は「受けてもいい!」という。習い始めた頃、彼女に愚痴ったことがあるのだろう。「はじめの頃、手こずった、と話されていたでしょ?」と聞かれる。

愚痴ったモノは全く記憶にない。ただ、入学手続きや教室がわかりにくかったことを話したことがある。そのことかも知れない。だが来春はそれも大丈夫!

彼女と別れて、バスの時間まで図書館に寄る。4冊本を借りた。

明日から正月明けの8日まで20日間弱、休みがある。今日、1月末の火曜日が期末のテスト日と聞いた。2月には予定がいろいろとある。この日付を聞いて予定通りモノゴトがすすめそうで一安心。

年末年始、まだ遊ぶ予定も残っている。それでも、休みは気を緩めず、本を読んで、スペイン語をまとめておこう。

昨夜、NHKの「ゆうどきネット」で伊集院静が出ていた。伊集院は最近『別れる力』を出版している。昨夜もそれに当てはめた話題だった。今朝朝刊を見ると20センチ四方の大きさでその本の新聞広告が載っている。

それには、こう書いてある。

「人は別れる。そして本物の大人になる。」
「二十歳の時、十六歳の弟を喪くした。
三十五歳の時、愛する妻を喪くした。
理不尽な別れに神を呪ったこともある。
酒に溺れ、無気力な日々を過ごした。
だが、いまならわかる。
出会えば必ず別れはやってくる。
それでも出会ったことが、
生きてきた証であるならば、
別れることも生きた証なのだろう、と。」

最初のヒトとの「別れ」は同い年の従弟だった。中学1年の体育の授業でバスケットのドリブルの練習中に、クラスメートと衝突して亡くなった。初めてヒトの死を知った。学校葬で親族の一人として生まれて初めてそういう式に参列した。その後の大きな「別れ」は父母のときである。

筆者のような酒に溺れたり、無気力な日々を過ごさなかった。だけど、それとは反対に、ガムシャラに淋しさを跳ね除けようと動いていた。その淋しさは経験して初めてわかること。ヒトとの「別れ」は筆者のいうように「いまならわかる」。この本もいつか読もう!

湿った話はこれくらいにして来年はもっと明るく元気に過ごそう!そしてスペイン語圏の旅行も視野に入れて・・・。

そう、今夜はフルートの忘年会。楽しい会にしよう!

2012年12月20日木曜日

旅の話

今朝は窓から陽射しも入り、暖かくなりそう。天気予報によると最高気温10度、最低気温3度。

昨夜は、友だちに誘われて3人で夕食会。うち1人は友だちの知り合いで初対面のヒト。友だちによると、その人は最近スペイン旅行から帰ってきたという。そのため、スペインへ行ったことがあるヒトと話がしたい、ということで今回会うことになった。

スペイン、と一口にいっても国が広い。サグラダ・ファミリアはツアーで訪れるところなのか、そこは互いに訪問している。だが、他の訪問地域は違っていた。

話をしていて、何と初対面のヒトは国内のバスツアーに年間40回ほど参加している。これには驚く。だがそのペースは1週間に1回で2回はしないらしい。

さらに驚くことは利用する旅行社は1社のみで頭に新聞社の名を冠している。

1年間を7で割ると約50週ある。そう思うと40回は毎週1度くらいの割で出かけていることになる。余程の旅好きだろう。それもバスツアーで!?

1ヶ月前、2度ほど日帰りのバスツアーを経験した。そのとき、目的地まで連れて行ってくれるところに魅力を感じた。だが観光地を廻る国内ツアーは今一歩?そうはいっても海外は独りで自由に観光する勇気がないのでツアーに参加している。

昨夜会った人もそれぞれ自分のやり方で旅を楽しんでいる。家に引きこもらず、外に出て旅をする、これはこれでいいことだ。そして人と会って飲んで、食べて、旅の話をするのもまた楽しい!

友だちからお土産をいただく。ありがとうございました!また楽しいひと時を過ごすことができました!そして初対面なのにご馳走になりました!

友だちは2月は寒いので旅に出ず、4月は別の友だちとアユタヤ遺跡方面に出かけると話す。アユタヤはまだ出かけていない。だが、タイへは何度か出かけている。他の国への通過地点として・・・。

昨夜の広島駅付近のお店は仕事帰りの忘年会客で溢れている。一瞬ここはどこ?と思わせる店作り。大手スーパー閉店後、飲食店街が軒を連ねる。初めてその店に入った。

今朝は、遅い起床となる。朝食後、電話がなる。ディスプレイを見ると知らない番号。無愛想に電話に出ると「機嫌が悪い声ね!」といわれる。「今起きたので・・・」と言い訳をして話を聞く。

毎日のように外に出ている。あまり気の進まない話だったので自粛する意味もあって、その誘いに乗らずに電話を切る。

今日はこれから自転車でスーパーへ行き、その後は家でゆっくりしよう。今日も元気で!

2012年12月19日水曜日

メディアを賑わす話題

窓から陽は差し込むものの、今朝も寒い。今日の天気予報は最高気温7度、最低気温2度。寒さに負けず、今日も元気で!何といっても今年もあとわずかだ。

毎日取り留めもなく書いているブログ。これも今年末で丸3年半になる。「根気」はある方だが、さてさていつまで続くやら・・・。

ブログはヒトとのつながりはわかりにくい。だが、毎日見ているヒトのツイッターはヒトとのつながりがよくわかる。数人のヒトのツイッターのフォローを見ると、互いにフォローに名を連ねている。

フォローでもフォロワーでもない。ただ訪問させてもらうだけのモノだが、その人たちのツイートを通して世の中の動きがわかってくる。今のところ大学の先生のツイッターが多い。

世間の狭いモノからすれば、その人たちのツイッターは今年の大きな収穫。元はといえば今年半ばに長沼氏の講演記事を新聞で読み、講演を聞いたことに始まる。それからその人のブログやツイッターを見るようになった。

たまたま見た新聞記事。それがきっかけで世の中がどんどん広がっていく。来年はどんなことに興味を抱くようになるのやら、それも楽しみ。

昨日は大学の講義を終えてフルートのレッスンに出かける。前のレッスンのヒトが休みらしく、早めに到着したので、先生の来られるまで練習をする。

今年最後のレッスン。さらう曲もどうにか終えて、新年からは新たな曲に入る。その曲は忘年会で教えてもらう予定。終えた曲は難しい曲だった。だが、習い終えてその曲を吹かずにいると吹けなくなる。いい曲なので時々は吹くようにしよう。

今朝新聞を見ると2日後の2012年12月21日、中国で終末論を説く宗派の全能神が拡大し、共産党が危機感を抱いている。中国国内のキリスト教徒は政府非公認の地下教徒も含めて1億3千万人。その数字は共産党員の8300万人を超えている。またこの数値は日本の全人口に匹敵する。

全能神をキリスト教系の邪道と共産党は決め付ける。だがその信者は中国の全人口からすれば1割弱にあたる。ちなみに日本のキリスト教徒は全人口の1%。130万?

この巨大な集団の「終末論の流布」に共産党が怖れるのもうなづける。日本でいえば東京を含めた近郊全部が日本政府に対して反旗を翻すようなものだから。

さらに中国といえば日本人として中国で一番有名人とされる加藤嘉一の学歴詐称の話題が『Newsweek』日本語版で取り上げられ、メディアを賑わしている。ヒトのツイッターを見て、web上でその内容を読んだ。

加藤氏は夏に大学で講演を聞いたヒト。這い上がれば必ず落とすヒトが出てくる。それともその這い上がり方がいけないのだろうか。その批判者は新宿歌舞伎町在住の中国人李氏。

いずれにしても、ブログでも何でもそうだけど真実を書かないといけない!?

2012年12月18日火曜日

自分を信じて!

今日は最高気温9度、最低気温度6度の天気予報。最高気温が一ケタ台で落ち着きだすといよいよ寒さも本格化?

衆議院選挙も終わった。最高齢の埼玉12区の94歳の立候補者をみると、残念ながら供託金没収の憂き目に・・・。何と気の毒、ああ300万円!

昨夜は夕飯を食べようとすると幼馴染から携帯がなる。近くのお店で、中学時代の同級生女性3名で食事中という。他の2人からの来るようにとの伝言だった。

中学を卒業後、何十年も経っている。幼馴染はその人たちとたまに会っている。歩いて行けるところなので着替えもせずそのまま出かける。

会った瞬間、全く誰だかわからない。2人ともなんと20キロも太ったという。ヒトはこのくらい太ると形相もかわる。もうびっくり。体重に関しては中学時代からほとんど変化なし。

幼馴染以外はソフトボールの選手で県大会まで試合に出ているつわもの。昨夜もその話を聞く。だが肥えていてその面影もない。それでも当時は短距離はなんと100メートル、15秒台と自慢する。

肝っ玉かあさんを思わせる。だがすでに食べていた3人は皆、50代で旦那と死別。

話をしていると、ここでも中学時代「おとなしかった」が出てくる。また言われてしまった!と思いながら話をする。もしも今やっていることを話したら、それこそ何をいわれることやら・・・。自分自身の話はせずただ聴くばかり。

いつまでも中学時代のままならば何の進歩もないのと同じ。生きていく方向性が異なるヒトとの話は難しい。

今日は火曜日。忙しい1日が始まる。それこそ、今日の行動は話題に出来ない。それも淋しい話だが・・・。

ヒトにどう思われようと我が道を行く。自分を信じて。そう、94歳の立候補者のように。今日もさあ元気を出して!今週が一番忙しい週になる?

2012年12月17日月曜日

「楽しもう!」

晴れの日は続かず、今朝はまた雨。

晴れ間の昨日は選挙に出かけ、投票した後はプールに行く。中に入ると相変わらず人はいない。泳いでいるのは2人だけ。その中に混じって泳ぐ。各自、まるでそのコースは自分のものといわんばかりに我が物顔で泳ぐ。周りにいるのは上から横から監視する監視員の人たち。

昨日もクロールと背泳ぎで1キロ泳ぐ。外気が暖かいためか、水温も暖かく感じる。泳いだ後はいつもの如く鼻水と格闘しながらもよく眠る。

昨夕、夕飯の仕度をしているとドアホンがなる。郵パックにお歳暮とある。中を見ると新潟のホテルの銘菓だった。すぐに贈ってくれた人に電話でお礼をいう。贈り主は米子の友だち。いつも山陰に行くたびその人の家に泊めてもらう。

友だちは日本最大手の電機メーカーに勤務していた。だが、10年くらい前リストラの憂き目にあい、現在は公民館に勤務している。しばらく勤めたらそこもやめると話す。辞めたらもっともっと一緒に遊ぼうと話す。それにしても優しい人。本来ならば私のほうが送らねばならないのに・・・。

今朝は一日早い母の月命日。明日、姉夫妻は元の職場の仲間たちと夫婦連れで泊りがけの忘年会らしい。私も明日は忙しい火曜日。互いに都合がつかず今朝の墓参りとなった。

姉に先日ドコモでもらったディズニーのカレンダーの話をした。今朝、姪はそれを受取りに我が家にやって来た。手にはディズニーのお土産をもって・・・。ありがたくそれをいただく。一番下のチビが風邪気味らしく来る前に病院へ行ったという。とはいってもチビは元気、元気。

義兄の車に乗って5人で墓参りをする。小雨の中、お参りする人はいない。チビは姉夫妻の墓掃除のやり方をまねて同じようにする。

墓参りを終えるとお昼を食べに行く。そこでは楽しかったディズニーの話を聞く。4歳のチビはカメラで写した写真を皆に見せながら楽しそうに話す。

3泊4日のディズニーリゾート滞在。小学校の先生は学校を休ませて何も言わないのかと姪に聞くと何もいわないらしい。また2年後に再度遊びに行きたいと姪は話す。

チビもディズニーのことをまだ覚えているようで楽しく話す。そして食事を終える頃に発したチビの言葉が可笑しい。「楽しもう!」。大人4人それを聞いて大笑い。

今朝来たチビは絵を描きたいという。筆記用具の色鉛筆を探していると、お絵かき帳が出てきた。開けてみると、母が亡くなる20日前で入院して2日後の日付で絵が描いてある。そこには母の3人のひ孫たちが「大きいばあちゃん、早く元気になって・・・」と絵と文を書いている。

それを見て、今朝の姪は入院先に子どもを連れて行っていないという。だから、我が家で書いたのだろう。

その頃のことを全く覚えていない。入院時、母の娘たち、孫たち、ひ孫たちは我が家に集合した。その時にひ孫たちが遊びながら書いたのだろう。

あれから年が明けると丸2年になる。今年一年、何かあると母を思いだしては涙ぐむ日々もあった。だが、来年はメソメソせず、もっとしっかりして毎日を過ごそう!そして今朝の4歳のチビがいうように毎日を「楽しもう!」。

2012年12月16日日曜日

『Googleの正体』

久しぶり窓の外から陽がさしている。今日も元気で行こう、と思わず気合が入る。今日は衆議院選挙の日。もう少しすると泳ぎに出かける。その前に選挙に行こう。

昨夜はわかちゃんと呉のイルミネーションを見に行く予定にしていた。だが生憎の雨。急遽、一緒に夕飯を食べに行く。出かけた先は、自宅最寄り駅近くにあり、前回一緒に行ってよかったお店。そこでいつもの如く飲んで、食べて、しゃべってと忙しい。土曜日なのに(土曜日だからこそ?)お客は多い。それもどんどんやって来る。

忘年会の人もいるのだろうか。店の半分は貸切のようだった。ビル2階にある、そのお店は広くて綺麗。

今日は忘年会のリハーサル?とわかちゃんにいうと、本番までまだまだとわかちゃん。家の近くに気軽に一緒に出かける人がいる。今年一年、わかちゃんとよく遊んだ。

わかちゃんとは幼稚園から中学まで一緒だった。だが、同じクラスになったのは中学1年のときだけ。それ以来ほとんど会うこともなかった。それが母が亡くなった昨年2月、我が家の前を歩くわかちゃんに声をかける。まるで母がわかちゃんを引き合わせてくれたかのように。それ以来、わかちゃんと遊ぶようになった。何が幸いするかわからない。

先日図書館で借りてきた『Google の正体』(牧野武文 毎日コミュニケーションズ、2010年)を読んだ。Googleでブログを投稿し、検索サイトもGoogleでしている。そのGoogle、どうやって収益を上げるのか気になっていた。

Googleといって思い出す。10年前まで、アジアを学ぶ勉強会に長く通っていた。ある年、ゼミ担当の先生からGoogleの素晴らしさを教えてもらう。その先生は東大で航空工学を学ばれ、某電機メーカーのアメリカへ勤務後、大学の教師となる。

当時はYahoo全盛時代。それがGoogleのよさを話される。どのようによいか、ここに思い出せない。ただ素晴らしいということだけ記憶している。

何とそのGoogle、売り上げは2兆円で、日本のテレビ広告費1兆9000億円を超えて、日本の全インターネット広告費の3倍強であるという。その広告も派手でなく、画面右上にある3行ほどの控えめな広告。それで2兆円を売り上げる。(はじめに)

この3行広告は「グーグルの収入の源泉はアドワーズ広告といわれる三行広告だ。・・・利用者がこれをクリックして、広告主のサイトを見ると、グーグルに数十セントから1ドル程度の広告費が広告主から支払われる。」という。(46p)

グーグルの広告のやり方は「グーグルは新しい広告を発明し、なおかつ時代の波にうまく乗ることができたのだ。」(49p)

そしてこの広告主は「近所にあるスーパー、専門店、レストランなどであり、従来は新聞の折込みチラシや屋外の看板広告などを活用していた人たちだ。」(52p)

消費者はこれまでの広告、新聞、雑誌、テレビなど受動視聴だった。だが「消費者は受動的に入ってくる広告を軽視するようになった一方で、自分で能動的に発見した広告を重視するようになっている。」(56p)

広告は「AIDMAモデル」(広告で商品の認知度をあげる一方で、販売網を充実させ、消費者がどこで購入したらいいかがすぐにわかるようにすることが、企業の利益だった)、それが「AISAS」(商品そのものの広告よりも,販売店の広告をする )になり、手間がかからず、自分の意思で商品を選び、購入した感覚をもつことができるという。(63p)

このようなグーグルの検索連動型広告は、市場の要求に沿った広告であるばかりでなく、広告手段が生まれたことによって新たなビジネスドメインを生み出すことに成功した。この新しいビジネス市場の創造がグーグルの売り上げを伸ばしているという。(79p)

グーグルを知ってもらい、利用者を増やさねばならない。そのためにトラフィック(ユーザーアクセス)を購入する契約を結ぶ。(90p)

グーグルに対抗するヤフー。ヤフーは同じ検索サイトであっても日本人の好みではヤフーに軍配が上がるらしい。グーグルは画面が味気ない。その違いは、「ヤフーは広告がちりばめられたディズニーでグーグルはクーポン広告がおいてある街中のインフォメーションスタンドのようなものだ」という。(93p)

グーグルは一人当たりの検索数を増やすにあたりウエブ履歴で広告効率を変えようとしている。(121p)

ほとんど毎日のようにウエブ履歴を削除している。だがいくら自分で削除してもそれはパソコン上だけでグーグルにはすべて履歴は残っているという。何と怖い話。自身のことを一番好く知っているのは自分ではなく、これからグーグルに聞け!となるかも・・・。(122p)

このグーグル検索連動型広告=文脈ターゲティング広告。これは検索結果、ブログ、メールなどの文脈を解析して、その文脈にあった広告を表示する。これにより広告のヒット率が格段に上がる画期的な技術らしい。(126p)

今春、ネット上で2種類の商品を購入した。するとグーグル検索画面に購入したものが現れる。おかしい、と思った。こういう検索連動型広告だったとは・・・、驚いてしまう。

だがこのような行動ターゲティングをはじめるのは大きな壁があるという。個人情報が漏れ、プライバシーの侵害となる。これからグーグルにはこのプライシー問題を如何に解決していくかが成長のポイントとなるらしい。(136p)

グーグルの創業者はラリ・ペイジとサーゲイ・プリンでスタンフォードの大学院生だった1995年意気投合して、1997年学内でグーグルサービスをささやかに始める。(140p)

そして90年代末、検索エンジンビジネスをはじめる。2人はグーグルを成長させるため先に述べたアドワーズ広告を導入。(157p)

「Googleの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです。」、グーグルの会社概要にそう書いてある。(161p)

筆者はグーグルの今後の課題として次のように述べている。「自分の将来や未来を考えるうえでも、グーグルをウオッチしておくことは重要だ。もし、グーグルが公表している使命を大きく変えたり,ラリーとサーゲイの十字軍創業者がグループから離れることがあったり、グーグルが広告とマーケティングというビジネスと消費者の間という立ち位置から踏み出すことがあるようならば、それは世界の未来に黄信号がともることにほかならない。」。(208p)

2012年12月15日土曜日

いろいろな情報

今朝はいつもと違って暖かい。天気予報によると11月並みの暖かさで最高気温17度、最低気温8度とか。だが陽射しはない。

今朝の地元紙を見ると「じっくり趣味 時を演出」と題してデジタル機器の掲載がある。「好日のレシピ」として「おとなを味わおう」という。

その底辺には若者が駆使して楽しむデジタル機器。だがITの苦手な大人が多い。それを大人が活用するヒントを述べている。中でも大人が始めてみたい人気の趣味に楽器がある。レッスンに向かうコトを億劫に思う大人にネットを利用して楽器の習得をすすめる。

これに関してはあまり気が進まない。ナニゴトを習うにも独学では余程の気力がないと続かない。だがその横に「ネットが誘う俳句世界」では興味をそそられる。

ネットの役割を「俳句への入り口を用意すること」にあるらしい。ネットに投稿して後に協会員になっていく・・・。

来春、俳句か川柳の教室に入ろうと思っている。まだ決定ではない。その前にネットを眺めてみるのもいいかもしれない。

さらに東京の国立情報研究所では電子書籍体験と読書環境を提案する実験室として「e読書ラボ」を紹介している。

タブレットなどで本を読む。先日携帯電話を買い換えるとき店側はしきりにタブレットをすすめた。そして実際にそれを触らせてもらった。もしもパソコンを利用していないなら、すぐにそれを購入したと思う。それほど魅力あるデジタル機器。だが今朝の新聞で、取り上げたデジタル用語はすべて意味がわからず。時代についていっているつもりが全くそうでない!?

それは以下の6点である。

LTE  携帯電話向けの高速通信機器。
EPUB  電子書籍用の規格。
デジタルサイネージ  公共空間で情報を表示する電子看板。     
ビッグデータ  パソコン、スマートフォンなどから発信され、蓄積された電子データ。サイト閲覧や買い物履歴など。
ハッシュタグ  ツイッターで同じテーマの投稿につける目印。
テザリング  パソコンなどの近くに置いてネットに接続するスマートフォンの機能。

今朝は他にも、市の広報誌に体の不調を訴えるヒトの第一位に「腰痛」をあげている。まわりを見渡しても腰が痛いヒトが多い。そのタイトルは「腰に愛を」。

自覚症状ランキングとして他にも4点挙げている。
                2位 肩こり
                3位 鼻がつまる・鼻汁が出る 
                4位 手足の関節が痛む
                5位 せきやたんがでる

この中では3位の鼻汁が出るが当てはまる。特に泳いだ後に出る鼻水。いわれてみれば「鼻水と格闘」するのだから決して楽しいことではない。体の不調といわれればそうだろう。

今朝の市の情報では「腰痛」を中心に取り上げているので、鼻水に関しては何も書いてない。年中、ダラダラと鼻水が出ているわけではない。あまり気にしないようにしよう。

鼻水に負けず、泳ぎは明日行くとしてさて今日は?元気を出して・・・。

2012年12月14日金曜日

来年のカレンダー

先ほど講義を終えて帰宅した。大学の今年の講義も後2回。フルートも来週のレッスンで今年も終わる。

今日も寒い朝だった。それでも最高気温は13度の予想。だが、雨が降り始めるのだろうか、陽は射してこない。

曇り空の下、大学の通称、スペイン広場では、久しぶりに聴く若者の奏でる元気なドラムの音やスピーカーを通して鳴り響くエレキギターのけたたましい音がする。見ていて微笑ましい。

今夜、NHKの夕方のローカルでは、一世を風靡した吉田拓郎などの広島フォーク村をとりあげる。同時代を生きてきたモノとして番組に興味津々。大学の演奏メンバーもフォークソングのサークルだ。それにしても彼らはフォーク村の存在を知っている!?

帰りにバスの時間まで図書館に寄ると、返却期限も正月明けの15日となっている。2冊借りた。

家に着くと広島交響楽団からクリスマスカードが届いていた。団員が割り当てられた個人会員宛に書くのだろう。今年はバスーンのヒトからだった。「素敵なクリスマスを!」とサインと共にバスーンのイラストも書いてある。

バスーンはコントラバスと勝手に思い、団員名簿を見る。だが名前がない。辞書で引くとバスーンはファゴットと同じだった。演奏を聞いているわりに楽器をわかっていない。何とお粗末。次回の定演ではバスーンの演奏者をしっかり観察しよう。

年の瀬も押し詰まると、デパートなどから催し物案内の封書も届く。年末になって特別に買いたいものも無い。むしろ年が明ければバーゲンが始まる。それを待つのも楽しみ。

明日から年賀状の受付が始まる。年賀状を書く季節となってきた。だが、パソコンの賀状ソフトを削除してしまい、新たなソフトに挑戦する。やりながら、数人の名簿が漏れていると気づく。わからなくなった人は年賀状が届いてから書くことにしよう。

今日はこの後、新しいカレンダーに来年の予定を書こう。すべての予定は大きなカレンダーに書き込む。これだと、決して「削除」したり、洗濯機で「洗濯」したりすることもない・・・。

「来年はもっとしっかりしんさいよ!」と自分に気合を入れて新しいカレンダーに書き込もう!

2012年12月13日木曜日

「若者と選挙」の記事から

今朝も寒い。天気予報によると今日の広島の最高気温11度、最低気温1度。日中は少しは暖かくなるのか予想では10度を超えている。だが、朝が冷たい。

朝刊を読むと清水寺で毎年発表される今年一年の世相を「金」の一文字で表している。

「金」はカネ、キンとも読む。オリンピックの金メダルの数やノーベル賞受賞のめでたいキンとお金にまつわるカネ。

いずれにしてもこの「金」、誰も嫌がるヒトはいないだろう。

お金といえば年金もそうである。自分で働いて掛けたものを一定の年齢になってもらいはじめる。今朝の地元紙オピニオン欄に「若者と選挙」の記事掲載がある。それによると、「将来、年金をもらえるとは思っていない。自分で備えるしかない」という意見が市内の私立大生の意見として書いてある。そしてその底辺に、「若い世代ほど、政治に何も期待できないという諦めが広がっているのではないか。」ともある。

先日我が家に短大卒業後勤めた会社の仲間がやって来た。その時、その模様をブログにアップしながら当時のことを思い出す。満30歳でその会社を辞めた。いい会社だったので定年まで勤めることも可能だった。だが、当時の世相に負けて自ら辞める。

会社に辞表を書いたとき満30歳まで2ヶ月ほどあった。辞表提出後、組合の支部長から2ヶ月辞表を延期するよう諭される。辞める頃の昭和50年代、労働組合の活動は盛んだった。社員が辞めるといえば組合が口を挟んでくる。だがその意見は私にとってありがたいことだった。満30歳になれば雇用保険も長くなる。そして末日付けの退職日でなく1日付けで辞めるようにという。そこには年金が絡んでいた。

若い頃、新聞記事掲載にあるように親の庇護の下、年金や金銭に無頓着だった。ところが労働組合支部長は末日付けにするとその月の年金を会社が掛けてくれない。1日付に変更すれば1日違いで前月の年金を会社側が掛けてくれるという。

今思えば、その時そう諭してくれた支部長のお蔭で年金に対する考えも変わってきた。その後しばらく公の機関で臨時職員(アルバイト)として働く。その際、年金を掛けてもらえないところもあった。その時は国民年金とその付加年金をつけて多く掛けた。そして次の会社ではリストラになるまで勤める。その際も、会社側はリストラとはいわず、職種の配置転換を迫った。

「決して自分の口から辞めると言うな」、という母の言葉が頭をかすめる。その瞬間、リストラ、という形にしてもらえれば今すぐに会社を辞めると条件を出した。そうすれば雇用保険もすぐにもらえる。その決断はかなり勇気のいることだった。余りにもすぐに結論を出したため、上司も驚いたのだろう。本社に掛け合ってくれて、それ以降出勤せずに2ヶ月分の有給休暇消化という形をとってくれた。それで気持ちよく会社を去ることができた。

この話を先日幼馴染のわかちゃんにすると、彼女も若い頃、年金のことを考えたコトもなかったという。今、こうして気楽に生活できるのも年金のお蔭。だから、若いヒトも国の政策に無頓着にならず、しっかり選挙に行ってほしい。とはいっても、若者のお蔭で年金をもらっていると思えば申し訳ない。

ブログにアップするようになって、若い頃のことやいろいろなコトを思い出す。振り返るにはまだ早い?それにしてもヒトの話を鵜呑みにして生きている。だが、支部長にしても、またアルバイトを紹介してくれた元の会社仲間も、そしてリストラになるまで勤めた、2度目となる会社を紹介してくれたヒトも、どのヒトも皆、私のことを思って言ってくれた。今となってはそのヒトたちの言葉は本当にありがたい!

そう思えば、これからどんなヒトの言葉に乗って生きていくのだろう!?それもまた楽しみといえば楽しみ・・・。

今日も元気を出して!

2012年12月12日水曜日

”真実の音”

今朝も寒い!今日も朝からエアコンと加湿器の大合奏でにぎやか、にぎやか。

昨日の講義では先日のテストを返してもらう。前回よりもちょっとよくない結果だ。後期の期末テストを重視するとのコト。期末は頑張ろう!

その後はいつもの通りフルートのレッスンに移動する。早めの教室到着。昨日は、前のレッスンの人と急遽入れ替わって早めにレッスンを受ける。

ソノリテとは別に基本的なレッスンも受ける。次回からそのレッスンは右手の小指を使う練習になる。だが小指に力が入らないので早い動きは難しい。その意味でも丁度よい練習になる。

小指はヒトの体の一部。その一部でさえも思うようにできないとフルートも上手く吹けない。

それなのに、今朝はもっと大変なヒトをテレビで見る。

昨日の朝刊でその人の放送があると知った。今朝、朝刊を読むとNHK「あさイチ」の2部で「Jポップを圧倒した交響曲」と掲載がある。すぐにTVをみる。その人は佐村河内守氏。アメリカの「TIME」誌にも「現代のヴェートーベン」と取り上げている。

それもそのはず、1963年に広島市で被爆2世として誕生するも30代で突然聴覚を失う。その人の夢は”交響曲の作曲家”。それなのに耳が全く聞こえない。

子ども時代、英才教育を受けて育つ。耳が聞こえていたとき、ノートに浮かんでくるメロディーをすべて書いて暮らす。だが誰も彼の作る曲を相手にしない。ところが28歳で転機がおとづれる。テレビ番組の音楽作曲の依頼が来るようになる。それは映画、ゲーム音楽である。

さらに35歳で再度チャンス到来。ゲーム音楽からオーケストラの作曲依頼がある。夢が叶う、と思われた頃、全く耳が聞こえなくなる。聞こえるのは耳鳴りのみ。音がなく
て作曲できなくなると思われた頃、五線譜に音の再現を試みる。

その人には絶対音感が残っていた。そう感じるとこれで作曲ができると思い涙が溢れ出たという。その時ゲーム音楽を100曲作曲。そして202名で編成されたオーケストラの25分の作曲を数秒で完成させる。

その曲を大ホールでオーケストラが演奏するのを聴く。だが、本人は聞こえず、ただ惨めで笑えない。それがあって引きこもりとなり、それ以降皆の前から姿を消す。

その後、障害のある子どもたちと触れ合う。その中に12歳の少女がいた。その子は右手がない。だが、義手をつけてヴァイオリンを弾きこなす。その子から励ましのメールを受取ったとき、自身の境遇を受け入れるようになっていく。そして頭に浮かんだメロディーを、これこそが”真実の音”と感じ始める。

その後、200枚(メモしながらTVを見ていたが、数字は怪しい)の譜面を書き、2003年3月、ついに交響曲を完成。

昨年は震災で障害のある孤児などにその曲を演奏して聞かせる。それを聞いた人たちから1ヵ月後、「最も希望をもたらす曲」として多くのメールを受取る。

先日、広島に帰省して被爆地に暮らす障害の子どもたちと遊ぶ。彼は言う。「交響曲を書く夢がついに叶いました」。軌跡の作曲家佐村河内守氏。こうして「交響曲第一番”HIROSHIMA”」は誕生する。

今、全国のCDショップでの売り上げはクラシックなのにJポップの売り上げを抜いて第一位。クラシックファンでなくても買っていく。5万枚の売り上げ達成らしい。

朝から元気の出るいい番組を見た。テレビに出ているコメンテータも涙を流していたけど。見るほうも涙、涙。朝から感動的だった。今朝この人のテレビを見たヒトは皆元気になる!素晴らしい!

幸い今のところ体のどこにも異常なし。どんなヒトも皆頑張っている。見習わなきゃいけない。それにしても寒い!

2012年12月11日火曜日

忘年会シーズン

毎日本当に寒い!今日の予想最高気温8度、最低気温0度。寒いはず。エアコンも加湿器もゴゥオーゴゥオーと音を立ててフル回転。なかなか部屋も暖まらない。

そんな寒い中、昨夜はわかちゃんと夕食会。姉にもらったディナー券でホテル最上階で食事をする。だが月曜日とあってお客は少ない。ディナーといえばイメージとしてワイン。だがわかちゃんはビール党。わかちゃんにあわせてビールで乾杯。ところがそのビール、グラスが細長く高さが25センチくらいある。

暮れるにつれて外の光もイルミネーションで輝きを増す。美味しいものをいただいた後は、下の階でティータイム。年末までにもう一度食事をしようと話すと、その前に呉の蔵元通りのイルミネーションを見に行く話になる。

市内でも百メートル道路一帯はイルミネーションで輝いている。呉もそうだとは知らなかった。帰りのJRの通路に呉のポスターが貼ってある。今週末、早速見に行くことで話は決定。

家に帰ると、友だちからメールが入る。年末までにあといくつか忘年会を予定している。送られて来たメールも遊ぶ話。それも予定に入れよう。

昨年と違って今年の年末は慌しい。まるで淋しさを忘れるかのように今年一年よく動いた。これが本来の姿!?来年もこのまま元気よく突っ走ろう!

昨日は久しぶりに日通旅行からパンフが届く。随分前海南島の参加を申し込むと人数が足りず催行不能。それ以来、一度も利用していない。だがパンフを見るとまだ行ったことが無い東欧、中欧の掲載がある。いつかその辺りも出かけよう。

今年の総括はまだ早い!?昨年のあの淋しい気持の年末年始に比べ、今年はその気持も薄らいでいる。やっぱりそれも月日の経過と周りの人たちのお蔭?感謝、感謝!

今日は忙しい火曜日。寒さに負けず今日も元気を出してさあ出陣!

2012年12月10日月曜日

「94歳の新人立候補者」から

最低気温0度の予想らしく今日も冷たい朝。この気温、平年を下回っているとか。それも2,3日すると最高気温も10度を超えるようになるらしい。とはいっても冬はこれからが本番。今から寒いといっていては冬が思いやられる。

だが、どんなに寒くても暑くても一度は自転車に乗って家から外に出るようにしている。外に一歩出れば誰かと出会う。それもまた楽しみ。

昨日は自転車でスーパーに出かけた後、家で大人しくしていた。夕方になって急に思いつき、プリンターを試す。最近は年に一度、それも年賀状の時期だけがプリンターの出番。このため使用するときインク切れで思うように印刷できないときがある。特に今年は、年賀状のソフトを削除してしまい、新たなソフトを使用する。その意味もあって試し運転。大丈夫だった。だが、葉書をセットする際、毎年のコトながらやり方を忘れている。昨夜もそうだった。

毎日数人の人のブログやツイッターを訪問する。これ以上訪問数を増やすと読むだけで時間がかかる。だが、どの人からもいい情報をもらう。

最近、以前習ったことがある人のツイブロを読み始めた。中国関連ではこの人が一番。そう思っているので一文字一文字注意して読む。だが、その内容は専門外のことが多い。例えば趣味の分野だ。昨夜はそれとも違う情報だった。

それによると、今回の衆議院選挙で埼玉12区から94歳の新人が貯えた年金を用意して選挙に打って出るという。 

「94歳ながら、視力1・2を誇る両目は鋭い眼光を放つ。国の行く末を憂う川島氏は、立候補の理由を明快に語る。『オレの出番だと思ってしまったんですよ』。供託金300万円は葬式代にと、ためていた年金から捻出した。まさに不退転。覚悟の初出馬だ。

 政治家を志したことはなかったが、各党の主張を聞くうちに闘志がたぎった。『右傾化する安倍(晋三・自民党総裁)や石原(慎太郎・日本維新の会代表)から『軍』なんていう言葉が普通に出る。橋下(徹・同党代表代行)もムチャクチャ。無条件降伏したのに。日本はどうなっちゃったんだ、という不安がありました』。耳は少し聞こえにくいが、話し出したら止まらないマシンガントークが武器だ。」

この人の選挙区に住んでいたら間違いなく投票する。そして94歳の代議士誕生を見てみたい。

「カマド販売業、金融証券業などさまざまな仕事に従事した。今は埼玉県羽生市の自宅で一人暮らし。腰は真っすぐ。足取りは軽快だ。炊事、洗濯、掃除から車の運転まで自分でこなす。総務省選挙部管理課によると、94歳は今選挙の立候補者1504人の最高齢となる。」
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121207-00000299-sph-sociより引用)

世の中、知らない世界がいろいろとある。特に最近の人生の先輩方の活躍は目を見張る。まだまだ人生これから・・・、改めて実感させられる。

これからといえば依然ブログに投稿した昇地三郎106歳、毎日見ているブログのさっちゃん91歳、そして最近読んだ橋本武100歳。先の人を含めてこの4人の共通項は独身で独り暮らし。とはいってもさっちゃん以外は奥さんとの死に別れだ。

いずれにしても日本人の平均寿命をはるかに超えた人たち。だが、老いてますますの活躍は素晴らしい。

橋本武の他の本を大学の図書館で借りて読んだ。『100歳からの幸福論 伝説の灘高教師が語る軌跡の人生哲学』(牧野出版 2012年)は、前回読んだ『伝説の灘高教師が教える一生役立つ学ぶ力』と著者が同じだけあって、その内容は似ている。

出版社も二匹目の泥鰌を狙ってあの手この手で出版するのだろう。また今回も気になるところを記そう。

「何か一つの物事にチャレンジするのに年齢など関係ない」「何歳であろうと、後悔しないように、とにかく先ずはやってみる」(39p)

「何かに取り組むと、頭も使い体も使うことになる。そして、何かしらの目標を達成できれば人生は充実しますし、たとえ達成できなかったとしても、チャレンジしなかったという後悔の念を感じることはありません。」39p

「次なる人生の目標として狙いを定めているのだ、数えで108歳の茶寿、さらに同じく111歳の皇寿、そして究極的には、数えで120歳となる2度目の還暦、大還暦です。」(125p) 

「生きるとはこの世に受けし持ち時間、悔いを残さず使い切ること」(138p)

元気で長生きしている人はこの4人を見ても何か人より違っている。「素晴らしきかな我が人生」を全うしている。

それに比べたらまだまだ若い!何だってやれる!さあ頑張れ、頑張れ 〇〇ちゃん!自分にエールを送ろう!

今夜は久しぶりにわかちゃんと一緒の夕食会。先日の女子会の人からネットでも先日新聞掲載の記事が読めると教えてもらった。早速検索するとトップに表示がある。ネット上は新聞と違ってカラー写真。ますますの美人で写っていると昨夜メールを送信。すると返信メールには楽しかった女子会のことを「心と体に栄養が行き渡るようです」と書いている。いいね、この言葉。

今夜もそんな楽しい夕食会にしよう!.

2012年12月9日日曜日

「国民栄養・健康調査」から

毎日寒い!天気予報では本日の最高気温6度、最低気温2度と上下の温度差が少ない。それだけ寒さも厳しい?

寒い中、昨日も泳ぎに行く。プール近くの最寄り駅では霙が降っている。それも泳いで帰る頃には雪になる。

プールに着くと、人の気配が無い。女性の靴箱を見ると2人だけ。中に入ると案の定、泳いでいる人は誰もいない。それでも歩いている人は3人いた。

広いプール。上から横からと監視員の眼にさらされながら1人泳ぐ。しばらくすると、男性2人が泳ぎ始める。少しホッとする。

寒い外から入って泳ぐプール。温泉に入るように暖かい。それも泳ぎ始めるとそうでもなくなる。水温31度。お風呂ではない・・・。

昨日もクロールと背泳ぎで1キロ泳ぐ。今年になってコンスタントに泳ぎに行っている。だからなのか、背泳ぎが以前と比べて上手くなった。これもかなりの自己満足?

これも元気な証拠!?元気といえば一昨日の地元紙に「進む肉食 縮む菜食」と大見出しでの記事がある。厚生労働省が公表した2011年の国民健康・栄養調査でわかった。それによると10年前と比較して「収入の格差が栄養面の格差につながる傾向がある」という。そのため「低収入では野菜購入手控え」、増えているのは肉類のみ。他の果物、魚介類も数値が低くなっている。

子どものころ、どの家でも肉類はそれほど食べていないはず。どちらかといえば野菜が多かった。それが今や、貧乏ほど肉を食べ野菜は金持ちの人が食べる?なんだか変!

この統計は、収入云々よりもコンビニなどの利用で出来合いのものを食べる傾向から野菜不足になっているのではないかと、個人的見解。

どうしても簡単に食事を済ませるとき野菜は不足しがちになる。

この統計では世帯の収入別で摂取量を調査している。その線引きを600万円以上と200万円未満に区分する。後者の方の男性の野菜の摂取量が少ないらしい。これこそまさにコンビニやファストフード店の弁当や牛丼などの丼モノを食べる結果がそうなっていると思えるけど・・・。

そういうところで全くといっていいほど食べたことが無い。やはり外食は野菜不足になり勝ち。そこで家での食事は肉類よりも魚介類を好み、また野菜類や果物の摂取を心掛けている。

この調査で他にも面白い記事がある。睡眠の状況や日ごろの悩みなどの質問で、途中で眠れないことがある、目が覚めるなどの回答が男女合わせると50%を超えている。

「眠れない」とは・・・。眠りに関してはコメントできない。とにかくよく眠る。それもそのはず、栄養と睡眠に関しては十分気をつけている。「快眠、快食、快便」は健康の三大必須条件。母の介護でもこの3点は気にかけていた。

今日も元気で!

2012年12月8日土曜日

「な~んちゃって女子会」

今朝も寒い。寒いといえば昨日も寒かった。

昨夜は女子会の日。集合場所へ行く前、ドコモに立寄る。先日携帯電話を購入した際、いろいろと割引の手続きをさせられた。その解約に行く。

お店は夕暮れ時。それなのにお客が多い。女子会まで1時間あまりある。しばらく待っていると順番が廻ってきた。

入店の際、先日応対してくれた女性が目の前にやって来る。さすが応対のプロ。待つようにとの連絡がある。だが接客中のため、他の女性と解約手続きをする。それが終わるとディズニーの大きいカレンダーと卓上カレンダーをもらう。

ディズニーに興味が無い。先日もらった卓上カレンダー2部と昨日もらったものをディズニー好きの姪に渡そう。

ドコモを出て集合場所に向かう。だが集合時間まで30分くらいある。外も寒いのでホテル内のロビーで休憩する。ロビーを集合場所とする人が多いのだろう。多くの人がやって来る。

ロビー真ん中辺りに大きなクリスマスツリーが飾ってある。しばらくすると女子会メンバーも次々とご来場。

まずはそのツリー前でいつもの如く記念撮影。

今回の女子会の開催場所はこのホテル向かいのシェラトンホテル1階のレストラン(もしかして居酒屋?)。

レストランに入ると何といきなりのサプライズ。

今回、携帯を買い換えてメンバーの連絡が出来なかった。そのため、他の人にお願いすると昨日の会場になった。この会場設定は大成功。予約席に座ると、なんと「祝 女子会 御一行様」「ご来店ありがとうございます。2012年12月7日 〇〇〇・・・」と店名の書かれた箸袋が目の前に鎮座している。そしてテーブルには「鍋」も用意されている。これを見て4人全員もうびっくり!

最初は意味がわからず、誰が入店しても「女子会?」と思った。だがすぐにその意味がわかった。女子会のために印刷された箸袋だったとは・・・。皆で大感激して最初から盛り上がる。その箸袋を隣席との境の場所に立てかけて会は始まる。

隣席はなんと近くに勤務する人たちなのだろうか、男性ばかり。女子はもしかして私たち女子会メンバーだけ!?

隣席とはハンガーをつるすための金網もどきの壁で仕切られている。金網越しから見る他のテーブルの人たち。というよりも、向こう側から見れば檻に入っている女子会メンバー?それを想像しては皆で大笑いする。

昨夜もよく食べ、よく飲み、よく笑った。どれも美味しかったね。

他の3人を見てはいつも思う。いい旦那さんに恵まれている、と。そう話すと、旦那は関係ないらしい。海外でもどこでも思いのままにしているとか。それができることは彼女たち自身もいい人たちなのだろう。

ブログにどう表現したらその楽しさを再現できる?難しい!

メニューにあるモノをほとんど注文したのでは・・・。帰りにお店の人に「どれくらい注文しました?」と誰かが聞いていたけどノーコメントだった。アルコールはビールにワイン。うち2人は「まっこり(違っているかも)」も注文。

このホテルを出て次は集合場所のホテルに戻る。その2階のカフェに入ると、そこも団体客でにぎやか、にぎやか。どのグループも皆、忘年会?

今年始め、ひょんなことから10数年ぶりに再会した女子会の人たち。今年はよく会ったね。すべての女子会は研修目的。昨夜のテーマは「限りなくオヤジ会に近い女子会」。ドレスコードは「花」。

それぞれ皆「花」をあしらってのご登場。バッグ、服、スカーフなどに花を添えて・・・。話にも花が咲いたね。楽しかったね。皆、人生を楽しむことを知っている!だからきっといつも楽しいのだろう。ありがとう!また会おうね。来年も・・・。

そして、〇子ちゃん、早く風邪治してね。〇子ちゃん、いつも写真ありがとう。〇子ちゃん、初孫誕生でおばあちゃんになったね。おめでとう!

2012年12月7日金曜日

「希望正如地上的路」

今日も冷たい朝だった。最低気温0度。この寒さも当分続くのだろうか。東日本では爆弾低気圧とかで、突風が吹き荒れている。

先ほど講義を終えて帰宅。講義前、隣の女性と話していると昨日は大学辺りでも雪が降ったと言う。住んでる町と大学ではかなりの気温の差が感じられる。

さて昨日のこと。昨日届いた岩波書店『図書』12月号に「希望正如地上的路」と題して大江健三郎が魯迅の言葉を引用する文を書いている。

この魯迅の言葉は知っていた。だが、中国語での言葉を正確に覚えていない。ネットで検索したものをここに改めて記そう!

「希望とは、もともとあるものだとも言えないし、ないものだとも言えない。 それは地上の道のようなものである。地上にはもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」

「希望本是无(無)所谓(謂)有,无(無)所谓(謂)无(無)的。这(這)正如地上的路;其实(実)地上本没有路,走的人多了,也便成了路。」『故乡(郷)』(簡体字)

昨日午後には初めて会社に勤めたときの仲間が我が家を訪問。家に入るなり、「お母さんが元気なときに来てあげたかった!」といって仏壇の前に座る。そして家から持参したお供えを供える。その様子を見ると緊張が解けて思わず涙が溢れる。「泣けるだけ泣けばいい!」と彼女は言う。

母を介護していたとき、その人を誰よりも信頼していた。どうしてよいかわからないとき、いつも電話で相談していた。その人は現在も自宅で109歳になる母親を介護をしながら暮らしている。そして、自分がとったこれまでの行動をもう少し考えてやればもっとお母さんにとってよかったのに・・・といって自身を責める。その話を聞いて、何歳になっても親は親、後悔があるといいたいのだろう。

聞いている方からすればこの人ほど親を大事にしている人を見たことが無い。

その人は忙しい日々の合間に、先日は新幹線で以前ホームステイをさせたインド人を訪ねて名古屋まで日帰りしたという。そのインド人夫妻は来年春、子どもの教育のためインドに帰国して歯科医になるとか。

また来年は東京にいる数十年間手紙をやり取りしている人と飛行機に乗って日帰りで会ってくるとも話す。

どういっても彼女は明るい。「元気がいいね!」と話すと「楽しんで生活した方がいいでしょ?」と・・・。確かに。話す言葉が偉い!

話の中で一つ褒めてもらった。会社を辞めてから、これほど変わるとは・・・と言われてしまった。彼女と同時代に会社にいた頃、何も出来なかった。初めて仕事についた昭和40年代、その頃、会社の労働組合運動が盛んだった。全国の営業所から集められた青年部の社員は羽田空港からのチャーター機でグアムへの研修旅行。広島から3名のうちの1人としてグアムに行くよう勧められた。

だが当時20代の私は、今ほど海外に関心を抱いていなかった。その時、代わりに海外へ行ったのが今日来た人。その人は当時大流行のボーリング、スキー、スケート、車、登山と小柄な体なのに何でも一生懸命やっていた。

ところが、そんなことなど一切せずに青春時代を送る。彼女からすればかなりというか、とても大人しくみえたようだ。

満30歳になったとき新たな世界を目指して会社を退社。飛び出して後、勤めていた会社の人の勧めで、しばらく公の機関でアルバイト(臨時職)をした。その時、女性も男性と同じように働く姿を見て気持も次第に変わって行動的になっていった。

とはいっても、いつも何かを始めるとき、人から勧められるままに動いている。10年前にリストラされた会社に入るときもアルバイト先で知り合った人の紹介だった。

そんな大人しいだけのモノが、いつの間にかその人に英語と水泳に刺激を与えていたと今日知らされる。彼女は女子大の聴講生になり長く英語を学ぶ。そして水泳も習った。

英語の聴講生からホストファミリーとなって自宅をホームステイさせ、その時知り合った人を訪ねて、先の話のように名古屋まで会いに行っている。

若い頃を知ってる人からみれば、確かに変わったかもしれない。そうはいっても、自分のやりたいことをやっているからそう見えるだけのこと。

また、自分自身についてもしゃべるほうではなかった。それがブログなどを通して自ら情報発信している。これを読んでそう思われるのかもしれない。だが、基本的にはそれほど変わったとは思っていない。どういっても人を押しのけるタイプではない・・・。

今夜は会社以外での若い頃を知っている女子会の人たちとの忘年会。しっかり楽しもう!

昨日の友人は話していた。「人生、楽しまないでどうするん?同じ生きるのなら楽しい方がいいでしょ?」。全くそのとおり。いつも笑みを絶やさず優しく話しかけてくれる友人。いつかその人が自由になったとき、大いに遊ぼうといって昨日は分かれた。そして3月にはお母さんに会いに行くと言って・・・。

魯迅は言う。道は歩く人がいて道ができる。楽しみもそう。自分でやって楽しみを見つけるしかない!?それが人から見れば若い頃と変わった、と思われる所以かもしれない。

2012年12月6日木曜日

「成り行きに任せる」

今朝は昨日よりもさらに気温が下がって最高気温7度の予報。だが窓の外から暖かい日差しが差し込む。

昨日は久しぶりふーちゃんと電話で話す。長いことしゃべってしまった!相変わらず楽しい人だ。昨日は長電話に付き合ってもらってありがとう!

夕飯を食べようとすると電話がかかる。子機をとると何故か切れてしまった。すぐにかけ直す。相手先は先月末109歳になられたお母さんを介護している友達だった。

いつもその友人のことは気になっていた。だが介護経験者とすれば、かかってくる電話も忙しいときには大変なときがある。それがわかっているのでしばらく様子を見ていた。

とはいっても昨日電話をかけ直す際、頭に不安がかすめる。電話が通じると、その不安を払いのけるほどの友人の元気な声。開口一番「お母さんは元気?」と聞くと「元気!」との返事がある。友人は逆にこちらのことを心配してくれる。

「遊ぶに行く!」と話すと、今日午後、隣の駅のタイヤ屋へ車で行くという。タイヤの交換なのだろう。その際、我が家へ寄るという。

その人とは昨年夏、自宅へうかがった際お母さんともども会っている。1年余ぶりに今日会うことになった。それにしてもその人のお母さんは満109歳。母が生きていれば97歳。母よりも干支が一回り上になる。

電話でいろんな意味で10年のブランクがあると話す。するとその人は20数年のブランクだと言う。だが彼女のお母さんはどういっても93歳まで家のコトいっさいをされていた。それに、今でも何でもモノゴトがわかっておられる。立派と言う以外に何も無い。

昨日といえば他にも109歳ならぬ100歳の『伝説の灘高教師が教える一生役立つ学ぶ力』(橋本武 日本実業出版社、2012年)を読んだ。表紙裏には「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる。もっと横道にそれてみようー灘高一筋55年、そして人生100年の伝説の教師として語り継がれる橋本武が授業を通して本当に伝えたかったこと」と書いてある。またいつものように気になる箇所を記そう!

「趣味は人生の幅を広げてくれます。そして、のめりこんだ趣味の数が多ければ多いほど、より人生が楽しくなる。」(158p)

「『横道』というものは、つまりは考えるきっかけのこと。この『横道』は、実は日常生活のあらゆるところに張り巡らされています。要はこれに気づくかどうかだけなのです。」(159p)

「趣味にのめり込む、『横道』にそれ続けることともに、私のキーワード、それは『成り行きに任せる』です。・・・言われるがまま、なるようになる、といったようにときの流れに自然に寄り添うことがじつに多かったわけです。」(164p)

「好きなことが好きなだけやれる、この環境さえあれば何も言うことはありませんでした。」(168p)

この中の「成り行きに任せる」はいい言葉。どうもがいてもどうしようもないことも多々ある。それに思い煩わず、なりゆきに任せれば気も楽になる。

また趣味といえば、長く続けているフルートがある。これも成り行き任せで楽しんでやってきた。だから続いた。いやいややっていたらここまで続かない。ましてや趣味は人生の潤滑油。それを悩みながらやるのは本末転倒。

さあ今日も楽しく!

2012年12月5日水曜日

「さらばシベリア鉄道」

「さらばシベリア鉄道」 大瀧詠一 作曲 松本隆 作詞 太田裕美 歌

哀しみの裏側に何があるの?
涙さえも氷りつく白い氷原
誰でも心に冬を
かくしていると言うけど
あなた以上冷ややかな人はいない

君の手紙読み終えて切手を見た
スタンプにはロシア語の小さな文字
独りで決めた別れを
責める言葉捜して
不意に北の空を追う

伝えておくれ
十二月の旅人よ
いつ・・・いつまでも待っていると

この線路の向こうには何があるの?
雪に迷うトナカイの哀しい瞳
答えを出さない人に
連いてゆくのに疲れて
行き先さえ無い明日に飛び乗ったの

ぼくは照れて愛という言葉が言えず
君は近視まなざしを読みとれない
疑うことを覚えて
人は生きてゆくなら
不意に愛の意味を知る

伝えておくれ
十二月の旅人よ
いつ・・・いつまでも待っていると

伝えておくれ
十二月の旅人よ
いつ・・・いつまでも待っていると

今日も寒い!天気予報によると広島の最高気温8度、最低気温2度とか。ついに最高気温が一ケタ台に突入した。寒さもこれから本番を迎えるのだろう。

昨日も寒かった。テストを受けた会場は大講義室。いつもの教室は狭くて場所を移動して行われた。

テストで遅刻は厳禁。いつもよりかなり早く家を出る。会場に着くとお昼をここで食べ終えたのだろうか、かなりの学生が部屋にいる。先ずは若い女性に部屋を確認する。

学部時代から数年を経ている。久しぶりの大講義室。懐かしさがこみ上げる。しばらくすると、いつもの隣の女性が到着する。周りを見渡すと皆真剣な表情。数年前のにぎやかさとは比べ物にならない。それは学生の身なりにもある。

真面目さと綺麗さは世の中の不景気とは関係ない?

テスト中も静かなこと。誰もいないように静かだ。今年の2度のテストでは終わった人は早くから席を立つ人が多かった。ところが昨日はほとんどそれも無い。かなり難しかった?

テストの緊張感もマンネリな日常の打破と思えばそれはそれでまたいいこと。

何事も結果ではない。まして、ここまで生きてくるとナニゴトも「楽しみ」がなければやっていられない。それはフルートでもそうである。

そのフルート。テスト後、市内へ移動してレッスンを受ける。今週はテストに気が向いてフルートは練習不足。今日から頑張ろう。

頑張ろうといえば、昨夜家に帰って夕飯に味噌汁を作ろうと思って換気扇を回す。だが、スイッチが入らない。義兄に電話すると業者を寄こすという。何かがあればいつも姉のだんなのお世話になる。しばらくすると、義兄がどんな様子か換気扇を見に来ると電話が入る。

今朝ためしに換気扇をつけるとまわった!ビックリ!今朝、義兄に大丈夫!と電話する。

換気扇は一年に一度年末に掃除する。きっと換気扇は「早よう掃除してくれ!」と悲鳴を上げたのかもしれない。

そのため、今朝は朝食も取らず、換気扇を外して洗剤をつけて洗う。朝食が遅くなってしまった。

朝食後、ゆっくりとパソコンに向かう。パソコンといえば、昨夜YOU TUBEで「さらばシベリア鉄道」を検索した。この曲は月曜日の夕方、NHK・FMでつのだひろの「昭和歌謡」の中で流れた。

誰の曲かわからずただ題名だけを覚えた。「さらばシベリア鉄道」。歌っている人は男性だった。

いろんな人が歌っている。ラジオから流れていたのは多分、大瀧詠一のこの歌だろう(後日削除されたので太田裕美に変更)。これまでブログにいろいろと動画をアップした。だが、気に入っていた「誰かがサズを弾いていた」と「鳩の歌」をYOU TUBEで削除された。

今回は削除されないように・・・。かなり気に入って昨夜も動画を見ながら歌っていた。今年のカラオケは古い歌だけど是非この曲に挑戦!?

今日も寒いけど元気を出そう!遊ぶ元気を!

2012年12月4日火曜日

『不幸な国の幸福論』

天気予報では今日の広島の最高気温は10度、最低気温6度でその差は少ない。段々と最高気温も一ケタ台になり寒くなりそう。

今日は試験の日。この2,3日頑張った。上手くいきますように・・・。

こんな日は朝からパソコンに向かっている場合じゃない!?それなのに、パソコンで遊んでいる。

今日は忙しい日。そこで以前読んで、まだブログにアップしていない本をいつものように私的メモとしてここに記そう!読んだ本は『不幸な国の幸福論』(加賀乙彦 集英社、2010年)。

「日本人というのは、非常に好奇心旺盛な国民だということです。」(97p)

「幸福を定義しようとしてはいけない、幸福について誰かがした定義をそのまま鵜呑みにしてもいけないということ、幸福とはこういうものだと考えた途端、その定義と自分の状態とを引き比べ何かしらのマイナスを見つけてしまう傾向が私たち人間にはあるのですから。」(114p)

「生きがいを手に入れる簡単な方法」として筆者は以下の2点をあげている。

1 苦しみのなかから新たな生きがいを見つけ、立ち上がっていけるだけの力もまた、人の心は宿している。その力は私たち一人ひとり、誰のなかにもあるものなのです。(120p)

2 自分の悩みでいっぱいで他人のことなど考えている余裕がないときこそ、ささやかなことでいいから人のために体を動かしてみるのです。(129p)

「今はたとえ誰も待つものがなく、自分にしか成し遂げられないことなどないように思えたとしても、未来には必ず自分を必要とする誰か、自分によって生み出されるはずの何かが待っている―そう意識することが絶望に抗う武器となるのです。」(132p)

「求め、期待する生き方から、かけがえのない人間存在一人ひとりに期待されている『果たすべき何か』を自覚して生きる自分へ。天が自分のまわりを回ってくれることを期待するのではなく、自らが回ることで自分という宇宙を動かし、人生をつくっていく。それもまた、幸せに生きる鍵の一つと言えそうです。」(134p)

「長い目で物事を見、考える癖をつけると、心の免疫力は確実にアップします。」(141p)

「自分なりの夢をもつことで未来への意志をかき立てること。そして、その夢に向かって昨日より今日、今日より明日、少しでも自己の水準をあげようと人生を歩んでいくことなのではないでしょうか。そうすることで、希望が生まれる。」(172-173p)

「常に希望を胸に抱き続けていける人は幸せである、と私は思います。夢に向かい努力するという行為自体が強力なエンジンとなって絶えず前へ前へと人間を進ませ、たとえその夢は実らなくても生きがいや喜びを生み出していく。」(173p)

「スープルな精神こそが幸福の源泉である。しなやかな生にこそ希望があるのです。」(174p)

「私自身が老いを痛感するようになったのは、七十歳を過ぎたころでした。とくに記憶力の衰えがひどく、年々拍車がかかっていく。なんとかしなければと危機感に駆られ、七十五歳のとき韓国語を習いはじめました。記憶力が衰えるのは脳を使っていないからだ、と思い立ったのです。」(194p)

75歳までにはかなり年月がある。今年スペイン語に挑戦したことは筆者に言わせると脳の活性化にとっていいことなのかもしれない。記憶力の衰えは今のところ感じていないけど・・・。

「年をとると生命力も枯れていくのか,好奇心や他者に対する関心が薄れ、どうしても自分とその周辺のことだけに心が向きやすくなります。・・・だからこそ、意識して、これまで興味をもったことのないものに挑戦したり、初めてのものを見たり、聞いたり、味わったりしたほうがいい。そうすれば、昨日と同じ今日の繰り返しに慣れてしまっていた脳が大いに刺激され,活性化します。」(195p)

来年は何か新しいことに挑戦!?さてさてそれは何を・・・。

「ジブラーンやキーツには遠く及ばないにしても、より多くの、よりよきものを残して、この世を去りたい。そう願って、自分なりによりよく生きようとすることが、今このときの幸せにもつながっていくような気がします。」(217p)

「時代がどんなに暗かろうと、その人の置かれた状況がどれほど辛いものであろうと、自分なりの目的に向かって歩き続け、希望を抱き続けることで、人は幸せになれる。子供だろうが老人だろうが、すべての人間が、その力を自分という宇宙のうちに秘めているのだと、私は思います。」(233p)

ブログにアップしながら今の閉塞感のある時代に読むに相応しい本であると思った。また後でゆっくリ眺めよう!

今日も一日元気で頑張って!!

2012年12月3日月曜日

鳩とカラス

今日も寒い朝だ。ただ昨日と違って日差しがまばゆい。お昼には暖かくなるだろう。

今朝は燃えるゴミの日。朝からカラスの鳴き声がけたたましい。先週、外出して帰るとごみ収集車の人が我が家の前の道を掃いている。どうもカラスがゴミを食いちぎって袋から出した後の掃除だった。

それを見ていると申し訳なくなる。今朝もゴミを出す。カラスの鳴き声に気づき外に出ると、ゴミが荒らされている。各戸は家の軒先にゴミを出す。そのため、我が家のゴミとすぐにわかる。

それにしてもカラスは何故人から嫌われるのだろう。黒いからだろうか。その点、鳩は平和の象徴として人々に好まれる。白と黒との色の違いで嫌われる?先ほど気になるので『広辞苑』で調べると、カラスは「古来、熊野の神の使いとして知られ、またその鳴き声は不吉なものとされる」とある。一方、鳩は「都市周辺などに多い。平和の象徴とされる」とある。

この点では、誰もが思う鳩とカラスのイメージだ。

「鳴き声が不吉なものとされる」カラス。母も寝ていた頃、「カラスがよう鳴く!」といっては嫌っていた。元気でないモノは自分の死とダブらせるのだろうか。

ともあれ、今朝はカラスと格闘してしまった。荒らされたゴミを掃いて集めるのはゴミを出すより大変。昨夜までの雨で道が濡れている。そこへべったりとゴミがつく。それを取り除くのは大変。ごみ収集車はありがたい。

ありがたいといえば、昨夜眠る前に携帯のキーを触っていると電話帳の画面が出てきた。それはマイクロSDカードに保存されているデータだった。これを見てビックリ!2年前にそのカードに保存していたのだろう。だが、最近の2年間に知り合った人たちのデータは保存されていない。

それでも、かなりの人のデータがわかり嬉しかった。写真だけでなく、データの保存もしていたとは・・・。

パソコンでは先日「筆ぐるめ」を誤って削除してしまった。それも、1年分の年賀状を保存していてどうにか住所録もわかり救われた。携帯電話では電話機を洗濯してしまった。あわや?と思ったら昨夜、ある程度保存されていた。これらの住所と電話番号。そのどちらもわからない人はもうこれっきり!と言う意味なのだろう。そう思って諦めよう。

テストまであと一日。昨日は一歩も家を出ず。今日は余りにもお天気がいいので一度は自転車で外出し、その後は家でおとなしくしていよう。そして、さあ、今日も元気を出して頑張ろう!

2012年12月2日日曜日

『鈍感力』

冷え込んだ朝だった。7時に目が覚める。起きようとするが部屋が寒い。エアコンをつけてまた寝てしまった。起きたのは9時。まだ頑張らねばならないテストが待っている。ノンキにしている場合じゃない。

その間、父の夢を見ていた。靴下を履いて出かけようとしている。だが、思うように靴下が履けない。上手く靴下が履けたころを見計らって再度父を見るともういない。変な夢であった。

天気予報によると今日の広島は最高気温10度。最低気温2度となっている。寒いはずだ。それでも広島より東の大阪、名古屋、東京方面は最高気温は一ケタ台。本格的な冬に向かっている。

昨日は自転車に乗って買い物に行くだけで、じっと家でおとなしくしていた。今日と明日の2日間も頑張ろう。何歳になってもテストは緊張する。この緊張感もまた気持いい!

それが終われば年末年始の楽しみが待っている。そう思ってがんばろう。

昨日買い物に行ったスーパーで消せるボールペンを購入する。@¥230。2ヶ月くらい前、フルートの先生にそれを見せてもらったことがある。いつか買おうと思っていたらレジ横においてあった。

講義を聞くとき、乱雑な文字でノートに書いてしまう。それもボールペンで書く。文字を書くこととしゃべることは早い。だが、そうはいっても慣れぬ横文字を間違いなく、素早く書くには文字の書き方を言ってはおれない。

その点、購入したボールペンは優れもの。間違ってもすぐ消される。誰が考えるのだろう。昨日は感心しながらそのペンでノートに書く。

以下はいつものように図書館で借りた本を読んだもの。これも私的メモとして記そう!

『鈍感力』(渡辺淳一 海竜社、2007年)を読んだ。

「よく眠り、すっきりと起きられる。この睡眠力こそ、人間の基本的な能力そのものです。睡眠力なくして、人間が健康であり、人を愛し、仕事に専念することはできません。よく眠れること、これもまた、まぎれもなく才能なのです。」(64p)

睡眠力は才能とは。まさにぴったり当てはまる。

「睡眠力がすぐれている人は、このように人生において大きなプラスを与えられているわけで、ここではこういう人たちを、『眠れる大人』と呼びたいと思います。」(66p)

さらに筆者は睡眠力を褒めている。なるほど「眠れる大人」とはいい。

「眠ることは単に眠っているだけではなく、その間に失われた体力を回復しているのです。」(68p)

そうだと思う。眠りが少ない朝は頭がスッキリしない。

「ならばどうするか。その一つは、つまらぬことは考えないことです。『下手の考え、休むに似たり』で、くよくよ考えてもどうなるわけでもない。そうわりきって目を閉じる。」(73p)

何か面白くないことがあると、とにかく早く眠っている。母を亡くしたときも眠ることに徹していた。

「迷っているあなたに、いろいろなことをいう人もいるでしょう。その中から自分に一番聞こえがいい、自分をもっとも楽しくやる気にさせてくれる言葉を信じて、一歩、前に踏み出すことです。」(82p)

これもそう。嫌味を言う人とは付き合いたくない。いつの間にかそういう人とは離れて行く。

「鋭いとかシャープであることだけが才能ではありません。それ以上に、些細なことで揺るがない鈍さこそ、生きていくうえでもっとも大切で、基本になる才能です。そしてこの鈍感力があってこそ、鋭さやナイーヴさも、本当の才能となって輝きだすのです。」(235p)

なるほど!

筆者の小説は全くといっていいほど読んだことがない。昨年ふと手にした本に、年賀状欠礼葉書のことが書いてあった。その考えに同感し、筆者のエッセイを読むようになった。参考になることが多い。

さあ今日も寒さに負けず元気を出して・・・。

2012年12月1日土曜日

皇帝ダリアをブログにアップ!

曇り空の毎日。今朝は遅い起床で気分爽快。朝刊を見ると何と新聞折込チラシが36枚もある。これから年末に向けてチラシも増えるのだろう。

今日から12月。いよいよ今年もあとひと月で終わる。一年前と比べると心身ともに元気になっている。「動き」の点では仕事をしていたときと比べると仕事がないだけ、まだ少ない。

それでも、元気で毎日楽しく暮らしている。

先日、広島市の西区にある八幡川河川敷沿いに植えてある皇帝ダリアを見に行った。それをブログにアップを試みる。だが、何故かエラーとなってできなかった。

それでも諦められず、昨夜、再度試すと画像が挿入できた。嬉しかった。たくさん挿入するとまた出来なくなるかもしれない。そう思って2枚だけブログにアップしよう。

それにしても見事に咲いている。12月初旬くらいまでが見ごろらしい。
工業大学付属高校南門前の河川敷で咲いている皇帝ダリア
まるで防風林のように200メートルにわたって植えてある。
左側は八幡川
昨日、講義を終えて家に戻ると電話が入っている。電話番号だけでは誰だかわからない。だが、もしかして、と思い184を頭につけて懸け直す。ふーちゃんだった。

携帯を替えて、携帯内のデータは全く残っていない。その中にふーちゃんも入っている。早速事情を話すと昨夜、携帯番号とアドレスを知らせるメールをもらう。

ふーちゃんはEテレ「団塊スタイル」の昨日の午後の再放送の電話を知らせてくれようとした。幸い、その番組は先週見ている。そう話して昨日は電話を切る。

テレビといえば、毎日見ている「さっちゃんのブログ」。何とそのさっちゃんが先日のある番組で一位になったとか。その夜はレクチャーコンサートに出かけていてそれを見られず、残念。90歳のブロガーも今では91歳になっている。

昨日のさっちゃんのブログを訪問すると、訪問者が増えたと投稿している。素晴らしい!

こういう元気ある人の刺激を受けて今日も元気を出して頑張ろう!

2012年11月30日金曜日

「水に流せない話」

起床後すぐにメールが入る。3名宛ての一斉メールだった。それを見ると東京ディズニーリゾートで遊ぶ姪一家の家族写真が添付されている。それには「皆元気で遊んでるよ!じゃあね。気をつけて。今日は曇り空、寒いよ」。

返信メールをしよとするが、それぞれのメールアドレスまで覚えていない。だが、何となく見覚えのあるアドレス。一人は犬の名前で一人は子供の名前をもじっている。

わからずに最初に書いてあるアドレスに返信メールをする。ディズニーリゾートへ行っている姪だと思って送る。ところが、返信を書きながら間違いに気づく。一斉メールをくれたのは妹の方の姪だった。

遊びに行っている姪の妹が東京に住んでいる。姉の姪は東京に行く前、妹と会って一緒に遊ぶと話していた。それも金曜日の今日、合流すると思った。姉の姪にはいく前に餞別を渡した。だが、その妹には渡していない。その託のメールを書こうと思った。ところが、一昨日と昨日合流して今日は会わないという。またいつか機会を見て渡そう。

携帯のアクシデントは今朝のようにこれからも尾をひくかもしれない。

携帯といえば、先ほどまでいた大学の図書館で読んだ雑誌にも同じようなことをしている人がいる。『文藝春秋』季刊冬号に「『ケータイとトイレ』水に流せない関係」として、志茂田景樹が書いている。

何とその人は「ケータイを便器の水に落としたことが6度、渓流に流したことが1度ある。」という。それに比べたら2度の失敗は少ない。だが、先日も携帯でなく、公共和式トイレで家の鍵を落としたことがある。水を流す前に気づいてすぐ拾い上げた。流していたら家にも入れない。

それ以来、「水」には気をつけていたつもり。それなのに似たような人がいるからといって褒められたことではない。

さてスペイン語。いよいよ次回はテストがある。これから当日まで少し気合を入れて頑張ろう。

先日プールに行った際、泳いでいる人がいなかった。これ幸いと思って思いっきり足で水を蹴る練習をする。これがいけなかった。年をとると何日かしてその反応が出てくる。昨日は一日中、足の筋肉痛があった。

今朝起きると痛みはなかった。だが、絶対無理は禁物、と悟った。

最近、反省することが多い。水に浸けるのは泳ぎのときの身体だけで携帯電話ではない。そして泳ぐときは無理して泳がず自然体で泳ぐこと。この2つはやはり水に流せない話!?

いずれにしてもあと数日はスペイン語、スペイン語・・・。

2012年11月29日木曜日

レクチャーコンサートへ行く

今朝は曇り空で一日が始まる。

昨夜は最寄駅からフルートの知人の車に乗って郊外に位置する大学のレクチャーコンサートに出かける。

この大学は最近、市内で一番大きいコンサートホールの命名権を獲得。ホールはその大学名を冠している。とはいってもその名が市民に浸透するのはなかなか先のことだろう。ホールは今でも建設当時の名前で呼ばれている。

昨夜のレクチャーコンサートの講師は群馬交響楽団の第一フルート奏者のパヴェル氏。この人は以前、広島交響楽団に所属していた。当時も広響の会員になって音楽を聞いていた。そのためよく知っている。

車に乗って会場へ行く途中、知人との話の中で、何とパヴェル氏は以前私たちのフルート発表会を聞かれている、と聞く。そう聞いて当時のことを思いだす。

習っているフルートの先生は広響のフルート奏者の大学時代の後輩。先生自身も広響定演で何度か演奏されている。その関係だろうか、発表会当日先生の名前を見て突如会場見学となったのだろう。その時、先生の先輩である広響のフルート奏者2人が聴いていたとは・・・。

学生を指導するレクチャーは最後の一人だけ聞く。教わる生徒もフルートの専門だけあって上手に吹く。それを聞いて講師が指導する。聞いていてその違いはよくわかる。だがそれ以上はわからない。

レクチャーが終わると演奏会になった。ピアノ伴奏はその人の奥様である三苫美智子。優しそうな人で演奏も素晴らしい!

演奏曲目は下記の通り。

♪ベンダ        フルートとピアノのためのヘ長調
♪バッハ(グノー)   アヴェ・マリア
♪ドビユッシー     牧神の午後への前奏曲
♪フォーレ       コンクールのための小品
♪シャミナード     フルートとピアノのための小協奏曲 作品107
♪ドヴォルジャーク  ソナチネ ト長調 作品100

どれも素晴らしい演奏だった。簡単な曲の解説を交えての演奏。「牧神」の意味は「人と神」やフォーレの曲のフルートコンクールにおける「初見」の話。この「初見」は奥様が横でこの言葉をアドバイスされる。ほかにも日本で人気の高いドヴォルジャークの話なども聞く。アンコールでは「ユーモレスク」が演奏された。このイメージは汽車の「シュッ・シュッ・ポッポ・ポッポ・シュッ・ポッポ・・・」のギッコギッコする車輪の音だとか。
 
ほとんど休みなしの1時間半の演奏。会場は講義室。そのため、2列目で演奏する人の指を見ながら聞く。どれを聞いても素晴らしい!

「アヴェ・マリア」「牧神の午後への前奏曲」は発表会でもよく吹く曲。だが、アレンジが異なる。演奏を聴くにつれてその曲に没頭する。いい演奏会だった。

帰りも最寄り駅まで一緒に行った人と2人、知人の車で送ってもらう。

昨夜はいい演奏会でした。ありがとうございました!またいい演奏会があれば教えてください!

今日はこれからスペイン語を頑張ろう。まだまだ勉強不足。家でおとなしく・・・。

2012年11月28日水曜日

講義&フルートレッスン&etc.

今朝は今秋一番の冷たさ。だが日差しは温かそう。昨夜は忙しい一日が暮れてよく眠る。

携帯電話のアクシデントで、昨日もブログを読んでくださった人からメールで連絡をいただく。ありがとうございます。

昨日のスペイン語。授業の進み具合は段々とエスカレートして直説法現在完了に入る。直説法現在完了は直説法現在形に過去分詞がプラスされる。だが、点過去と線過去、それに直説法現在完了形。この3つの過去形の使い分けが難しい。先生は時制の線を引いてその説明をされる。だが、それもスペイン語圏や、日常会話ではしばしば異なるらしい。

そんな過去形が3つもあれば頭もこんがらがってしまう。でも今はそういってる場合じゃない。頑張るしかない。

講義が終わると市内へ移動する。フルート教室へ入ろうとすると音色が聞こえる。レッスン?と思ってしばし立ち止まる。どう聞いても綺麗な音だ。教室へ入ると先生がフルートを吹かれていた。

レッスン予定まで時間がある。その間を利用して先生の携帯番号を聞く。すると赤外線ですぐに自分の携帯に登録できる。これには驚く。

さらっている曲はどうにか曲の終わりになった。曲の最初から吹いてイメージに近づけるようさらってもらう。何度吹いてもいい曲。さらにいい音で吹けるようフルートも頑張ろう。

レッスン後、携帯を見ると女子会の人が近くにいるとのメールが入っている。その人は平和公園付近に自宅がある。昨日はボランティアの研修会だったとか。電話をすると習っているビルのそばにいるという。すぐに降りていってその人と合流する。

それにしても何というタイミングだろう。来週、女子会を予定している。その前のリハーサルではないけれど、2人で食事に行く。ビールを飲みながら、食べながら他愛ない話をしては笑う。入ったお店は若者で溢れて満席。

流行っている店とそうでない店の違いはよくわからない。それにしてもお客が多いお店だった。

話を聞いていると、ボランティアも研修があるらしい。そのボランティア。さらに聞くと全くの無報酬だという。当然ボランティアだからそうかもしれない。だが、それにしても・・・。

その人はボランティアがライフワークとなっているのだろう。張り切っている。そしてボランティアの中で新たなジャンルを開拓している。そのHPにブログを開設したいとも話していた。

途中、携帯で他のメンバーも誘い出そうとする。だがすぐに出て来られる距離ではない。

ちょっと忘れていた。昨日の会話で今度の会はオヤジ会(かい)?。いえ、いえ、オヤジじゃありません。淑女です。女子会です。

もう一つ忘れている。昨夜の人は旦那さんがただ今海外出張中。それもあって暇人2人で盛り上がる。この話の続きはやっぱり女子会で・・・。昨夜はありがとう。楽しかったね。

今日は夕方からフルートの知人たちと市内の大学で開催されるフルートの演奏を聴きに行く。出かけるまでスペイン語を頑張ろう!

さあ今日も元気で楽しく!

2012年11月27日火曜日

泣いたり笑ったり

今日は冷たい朝。最高気温も11度の予想。段々と寒くなっていく。だが、外の日差しはまばゆいばかり。

今日は火曜日。忙しい一日が始まる。

昨日は今日の忙しさと違い、家でおとなしくしていた。ブログ投稿で報告した携帯買い替え事件。早速、昨日朝、ショートメールをいただく。ありがとうございます。

携帯のことが頭をかすめるのか、お昼に固定電話に携帯番号の電話が入る。これは番号を知らせる電話と勝手に思って電話に出る。懐かしい人からの電話だった。

その人とは勤めていた職場の同僚で名古屋の人。娘さんが石川県に嫁ぎ、そこで一緒に暮らすと言う。携帯が通じない、といって家にかけたようだった。通じないのではなく、随分前のPHSの番号にかけたらしい。どちらにしても電話がらみの話。

その人は石川県に行く前に我が家の片づけをしていると言う。かなりの月日がかかるらしい。石川県は輪島辺りに行ったことがあるだけ。

仕事をやめて10年。その人も当然リストラ組み。ブツブツ言いながらも楽しかったね、と笑って当時のことを話す。

その人とは内外の社員旅行で何度か会って知り合った。フルートのジェームス・ゴールウエイを聞きに名古屋へ行った際も会っている。次回会うときは石川県で、と言って電話を切る。

夕方になると、もう1件メールが入る。洗濯してしまった携帯電話。そこには「洗濯し きれいさっぱり 新品に」との一句も添えられて・・・。この「さっぱり」はいろんな意味が込められている。

その人のメールによると亡くなられたお母さんの声が固定電話に残っているという。「〇子ちゃん、庭の紫陽花が綺麗に咲きました。嬉しくなりますね。今日も元気でね♪」。そのため、FAXの買い換えに躊躇しているらしい。

この文を読んで涙が溢れ出す。洗濯してしまった携帯にも母の声が録音されていた。それとダブってしまい、涙は止め処もなく流れる。返信メールにも時間がかかる。

メールをくれた人は元気付けようとしてその句を送ってくれた。それなのに・・・。ありがとうございます。

そう、私も母の声が入っているから携帯も買い換えずにいた。それが「さっぱり」と買い替えとなった。さっぱりに込められたいろんな意味を感じる。

携帯といって思い出す。これまで4ヶ買い換えている。最初に持ったのはPHS。これはリストラされて市内中央の図書館に毎日通っていた頃、図書館の和式トイレに落とす。当然使用不可能。

考えてみると買い替えは2ヶが水に浸っての使用不可能で後の1ヶはFOMAに替えたとき。今回の携帯は水濡れ対策がしてある。それでも水には気をつけよう!

昨日は珍しく一歩も外へ出なかった。かなりの運動不足。眠られないかと思ったら、よく眠る。運動と睡眠は関係ない!?

今日はこれから例の如く講義を受けに大学へ行った後、市内へ戻ってフルートのレッスンを受ける。忙しい1日の始まり。元気を出して!

2012年11月26日月曜日

『地図のない旅』

今朝は雨が降っている。一日降るのだろうか、外が暗い。

昨日プールへ出かけた。最寄駅でJRに乗ると、隣町に住むフルートの仲間が乗っている。話を聞くとフルートの先生の演奏を聞きに本郷まで行くという。一緒に行こうと誘われる。

だがプールに行こうと思ってナップサックに水着など用意しての乗車。隣駅で下車し、プールに向かう。

真昼のプール。人は少ない。歩いている2人と泳ぐモノ1人。何と淋しい!しばらくすると泳ぐ人が1人増える。それにしても日曜日の昼間なのに係りの人の方が多い。何と贅沢と思いながら昨日もクロールと背泳ぎで1キロ泳ぐ。ひたすら泳ぎ終えて更衣室の時計を見ると1時間経っている。

泳ぎ終えた瞬間は疲れを感じない。だが、かなりの運動になるのだろう。泳いだ日はよく眠られる。昨夜は鼻水も出ずよく眠った。

今朝起きると姪に電話する、先日ドコモでもらったディズニーのカレンダーを2部あげるというと嬉しそうだった。

アクシデントから買い替えた携帯電話。そのさまざまな機能に驚く。当分いい遊び相手になりそう。

今日は一日すっきりしないお天気。そんな日は家でおとなしくしていよう。そして来週に迫ったスペイン語の試験を頑張ろう。今日も一日さあ、元気を出して!

以下は図書館で借りて読んだもの。私的メモとしてここに記そう。

著者の澤地久枝は以前『道連れは好奇心』を読んで以来ファンになった。『地図のない旅』(澤地久枝 主婦の友社、2005年)はその後に読んだ本である。

「さまざまなことに出会い、問題をかかえながら、いまもなお、前向きで楽天的な日を送っていられるのは、誰かから贈られた恩沢のような気がする。・・・秋がくれば七十三歳になる長い旅をいまもつづけているのは事実なのだ。地図のない旅。ここでの同行者はわたし。いっしょに旅へ出てみませんか。」(9-10p)

「旅の楽しみは未知の人と生活、自然との出会いにある。異なった生活習慣や文化にふれて、我が身、わが国のあり方がはっきり見えてくるということもある。こころがリフレッシュされ、年齢をいつか超えられる。そういう旅をぜひどうぞ!」(35p)

「人生という旅には、こういう道連れもあるのだ。」(86p)

「生きるとは地図のない旅に似ている。時が過ぎると、ひとつの縁から枝が広がってゆき、わたしの旅は豊かな内容をもつ。ささやかな存在と承知しているが、わたしは人と人、人と歴史のつながりの小さな結び目のひとつではある。生きるとはそういうことなのだ。」(278p)

「たがいの国籍も問わず、新しい出会いがあり、これからどんな旅をするのか、誰も知らない。だから、どこまでも歩いてみようと思っている。」(282p)

「日々に書いた文章を、久しぶりのエッセイ集として、ここにまとめる。文字通りの『地図のない旅』であった。・・・わたしは依然としてわたし。ヤンチャ(?)な性格は変わらない。来年は船旅をしてパナマ運河を通過したい。今ならできると思っている。そういう自分に『ガンバレ』とエールを送るわたしがいる」(285-286p)。

この最後の文章はいい!「そういう自分に『ガンバレ』とエールを送るわたしがいる」。この言葉にあやかって今日も一日頑張ろう!

2012年11月25日日曜日

とんだ大失敗!?

今日も気持いい朝を迎える。今朝の清清しさは昨日の大失敗の疲れからよく眠ったことにもある。

昨日、ブログ投稿の際、洗濯も同時にしていた。投稿を終えた時、洗濯終了のメロディがなる。すぐに洗濯機に向かうと、なんと「携帯電話様」も洗濯されている。これを見てもうびっくり!

洗濯物のシーツと一緒に携帯電話が紛れていたとは・・・。ああ、なんということ。

一人暮らしのモノは怪我などのアクシデントで動けなくなるかも知れない。そのときのために携帯電話を枕元に置くようにとのアドバイスを読んだことがある。それ以来、それを実行している。それが何という有様?

その携帯電話はもう6年近く使用してる。そろそろ買い換えようとしていた矢先だった。その点では絶好のタイミング。ただ困ったことが起きた。メールアドレスや電話番号を保存していない。そのためほとんどの人の携帯番号はアウトになってしまった。

幸い、固定電話にかけてもらう人の番号は家の電話機の電話帳に保存されている。それでも携帯番号はほとんどわからない。

買い換えてよかったことがある。昨日、そのアクシデントの後、すぐに新幹線口のドコモに行った。以前勤めていた会社の前のビルがその店舗。キョロキョロしながら様変わりした街を歩く。店舗で説明を聞くと、何と基本料金がこれまでの半額。980円。これにも驚く。それなのに1000円分無料で使用可能。

とりあえず手元に5万円用意して行った。買い替えの機種は最新のもので6万円弱。ところが何か利用するモノをつけて契約すれば1万円の割引がある。それも12月になって解約すればいいという。

そして月々1800円で利息なしで利用料金から携帯電話のローンが利用できる。昨日はそのパターンでお願いする。だが、昨日の失敗を免れるために少しの利用料金でドコモで携帯番号やアドレスの保存システムもお願いした。

契約を聞きながら、使用不可能となった携帯電話の写真画像が気にかかる。係りの眼を盗んで勝手にマイクロSDカードを抜くと抜けた。やったァ!と思って係りに話すと新機種に「それを入れてみましょう」という。挿入してもらうと以前撮った写真が蘇った。嬉しかった!母の最期までの写真が蘇った!

契約の間、係りはタブレット端末を同時に購入すればタブレット端末の月々の使用料金が使い放題で3980円という。それを初めて触らしてもらった。思ったよりも重いがかなり小さい。どっちかというとタブレット端末よりもスマートフォンの方が欲しい。それをいうと月々8,9千円かかるという。

契約の利用解約をするために来月店舗に出向かねばならない。来月来るからといって昨日はタブレット端末を買わずに帰った。

どう考えても今それを利用する必要がない。パソコンで用は足りている。

携帯電話は6年前のものとではかなりの進歩。携帯電話も元はといえば母との連絡のために持つようになった。そのため今、ほとんど利用しない。ただ何かのためにと思って持っている。また今度のは海外で使用可能。それも気に入った。

ともあれ、気ぜわしい毎日を送っている。昨日のアクシデントも少しは落ち着くようにとの天の声かも知れない。

母はいつも何かアクシデントが起きると話していた。「それくらいですんでええよ」。金銭で解決できればいいといっていたのだろう。

もう少ししたら気分転換のために泳ぎに行こう!さあ、今日も元気よく!怪我だけはしないように!

ブログをご覧になられた方にお願いです。お手数ですが携帯電話番号宛にショートメールを送信していただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

2012年11月24日土曜日

「思い立ったが吉日」

この2,3日よく動いたため、昨夜はぐっすり眠る。今朝は曇り空。いつもと違って少し肌寒い。だが、昨日までの疲れは吹っ飛んで朝から元気。そんな日はプールへ、と思ったが鼻水が出るので泳ぎは明日にしよう。

今日はもう少しすると自転車で買い物に出かけ、後は再来週に迫った試験のスペイン語を頑張ろう。

頑張ろう、といえば昨夜のEテレの「団塊スタイル」、久しぶりにみる。そのタイトルは「挑戦!大学で学び直し」。当てはまることなので興味津々で見る。

その中で、ある人は「こんなに充実している人生は今が一番」と話す。その意味、とてもよくわかる。

これまでを振り返って、今ほど充実していると感じることはない。やろうと思えば自分さえその気になれば、なんでも可能な環境にいる。

TVによると「学び直し」をしている人を調べると、全国で大学での公開講座参加者を含めて50%超の人がいるらしい。

その中で歌手の田代美代子(69歳)を取り上げる。かなり高齢と思える年齢。それなのに若々しい。最近テレビで見ることもないと思っていたら、昨年から早稲田大学の大学院で教育学を学んでいる。

昨夜はTV画面で早稲田でのゼミ風景や若者との交流を写し出す。そこには大学で学ぶ楽しそうな姿がある。

大学での学び直しの条件をゲストが取り上げていた。5点あるのだが、4点しかメモできず・・・。

1 目的意識を持つ
2 費用の計画
3 体力・体調の管理
4 家族の理解
5 ?

この中の2では埼玉県の取り組みを上げる。何と1万円で4科目まで受講可能とか。

今、1科目だけ受講していても年間にすれば10数万円費用がかかる。金銭を言っていては何もできない。他所の県のことは気にせず、自分のやり方で頑張るしかない。

4の家族の理解では、少し戸惑った時期もあった。学部を卒業し、院へ入るときのことである。

母を介護しながら大学へ通っていた。その頃は母もしっかりしていた。だが徐々に衰えも目立ってくる。「大学院へ行く!」と話すと「1年ならばOK」と母。「大学院は1年でなく2年!」と話すと「行くな!」と母。何でも好きにさせてくれていた母。その時ばかりは自分の衰えを意識してか、やめるように言う。そのやり取りを今でも鮮明に思い出す。

しかし、この機会を逃すと絶対に大学院へは入れないと思った。折角のチャンスと思い、どうにか母を説得。入ってからも、「あと何日で大学は休みになるから・・・」といつも母の機嫌をとって通っていた。

その時、大学院へ行くコトを諦めていたら、いつまでも行けなかった理由を母の介護のせいにしていたかもしれない。

当時の社会人大学院生は大概の人は2年を4年に延長していた。だがそれは絶対に出来ない。2年で修了したときの母の笑顔もまたいい思い出。今、その時、母と一緒に写った写真をパソコンと携帯の待ち受け画面にしている。

昨夜のTVで当時のことを思い出す。過ぎてしまえば皆美しい!これ、エレクトーンを習っていた頃流行っていた!?

ナニゴトも「思い立ったが吉日」。さあ今日も頑張って!

2012年11月23日金曜日

非日常の祝日

昨夜から先ほどまで忙しい時を過ごす。昨夜は22日。これに相応しいコンサートがあった。広島交響楽団第324回定期演奏会。演奏会のテーマは「NO.22の軌跡」。演奏曲目は以下の通り。

♪ハイドン 交響曲第22番 変ホ長調Hob.1-22「哲学者」
♪モーツアルト ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調K.482
♪ホヴァネス 交響曲第22番Op.236 「光の都市」

指揮者は常任指揮者秋山和慶に代わって下野竜也、ピアノに中野翔太を迎えての演奏会。

タイトルどおりすべての曲が「22」に絡んだ曲は面白い企画といえる。

クラッシック音楽の演奏舞台はあまりものが置いてない。ところが昨夜はいつもと違って舞台両脇に10台くらいの照明器具が置いてある。それは「光の都市」の演奏で舞台装置に使用された。

その曲の作曲家ホヴァネスは初めて聞く名前。第一楽章から第四楽章まで、照明で音楽を彩る。作曲家ホヴァネスの父はアルメニアの出身。その影響からなのかアルメニアに近い中東や中近東の民族音楽のメロディになっている。フィナーレの第四楽章では同じ旋律のアレンジで繰り返されて曲をなす。

プログラムによると「『レーレードーレーファーファミ♭レー』と始まるコラール風の旋律がきかれる」とある。この「レーレードーレー・・・」は今でも耳に残っているほど強烈であった。

演奏後、帰宅してパソコンとにらめっこ。最近はかなりパソコンに惑わされている。最近の画像投稿の容量不足はあまりパソコンに夢中になるな、というシグナルかもしれない。

今朝は3人のチビたちを連れて姪がやって来た。お昼までチビたちの世話役をまかされる。それこそパソコンどころではない。パソコンで疲れた頭を冷すには丁度よかった。

チビたちは姪が公の試験を受けに行った間、用意してきたDVDを見ている。しばらくすると姉夫婦が到着。チビたちは見ていたものをほったらかして祖父母の元へ行く。

そのうち祖父母に連れられて図書館へ行く。その間、一人家でホットする。

毎日気ままに生活している。特に子どもとの接触はほとんどない。子育ての大変さをしみじみと感じる。

しばらくして姪が帰ってきた。7人で2台の車に分乗してお昼を食べに行く。ここでもにぎやかなこと。まだ育ち盛りの3人はよく食べる。

姪はこの3人を連れて家族で来週四日間、東京ディズニーリゾートへ行くという。多分、一番楽しみにしているのは姪だろう。子どもたちを飛行機に乗せたいらしい。

親になったことがないのでわからない。姪にとってはそれもささやかな親としての夢なのだろう。

6人が一度に帰った我が家は散らかり放題。後始末が大変。ホットする間もなく、家を掃除する。その後、ブログに投稿して、いつもの静かな時間を取り戻す。たまにある今日のような非日常。マンネリ打破にはそれもまたいいのかもしれない。

2012年11月22日木曜日

女子会メンバー、頑張っています!

今朝も気持ちよく目覚める。だが起きるのが遅い。

昨日は午前中、西区にある工業大学付属高校の南門付近に咲いている皇帝ダリアを見に行く。昨年米子の友人宅へ行ったとき、玄関先に屋根まで届く高さの皇帝ダリアを生まれて初めてみて知った。

昨日咲いていた皇帝ダリアはその学校の元教頭で非常勤教師が3年前に住民から4株譲り受けた。それをその先生が生徒たちを指導して世話をしながら挿し木で株を増やしていった。咲いている場所は高校傍の八幡川河川敷。その河川敷に沖に向かって200メートルにわたって植えてある。一輪咲いていても皇帝と名が付くほどの見事なダリア。それがまるで防風林のように何十本も植えてある。

家に帰ってパソコンに写真アップを試みる。ずーっと試みる。しばらくすると女子会の人からメールが入る。女子会の開催場所の件と、その人が昨日の朝日新聞に掲載されたというメール。

もう頭が写真アップ不可能でパニックっている。開催場所決定は申し訳ないけどメールの人にお願いする。そして今朝を迎える。

先ほど図書館へ行って昨日の朝日新聞を閲覧。ありました、ありました。

新聞一面の半分を割いたその人の記事。昨夜のメールでは「『天然の私』がたまにはまじめな姿で紙面にお邪魔しています」とある。

確かにまじめよね!でも話せば可笑しいよね。それがまた楽しい!タイトルは「聞きたかったこと2世、3世は今」。さらに「天然の私」は全くなく、ちゃんとかしこく、美人で大きく写真に収まっている。それには「語らず逝った父胸に」とあり「子どもたちにガイド」とある。

他にも幼い頃に父親と写った写真記事も掲載されている。

彼女は、原爆資料館などで原爆に関するガイドをボランティアで行っている。時には外に出て講演もするという。その話は女子会で会うたび聞いていた。

だがお父さんのことは楽器を習っているとき亡くなられたことは知る。だがそれ以上のことは知らなかった。お父さんの死が原爆に関わっていたとその新聞で初めて知った。

それを読むとすぐに携帯電話で話す。

その人がボランティアでガイドをする底辺にお父さんのことを知りたい!との願いがあったとは・・・。どういってもお父さんは50歳の若さで亡くなられている。

それよりもずっと長く生きてきて母を喪って初めて人の死の意味を知ったモノとその人とではその違いは大きい。

それにしても女子会メンバー、頑張っています。この話の続きは女子会(オヤジ会?)でしましょう!楽しみにしています!

2012年11月21日水曜日

情報を把握しよう!

今朝も気持ちよく目が覚めると、NHK・FMを聞きながら朝食を食べる。清清しい朝に相応しい歌声が響く。何と落ち着きのあるバリトンの声、と聞いていると番組が終わる。歌っている人は誰と思い、思わずメモする。

オラフ・ベーアという人で「白鳥の歌」歌曲集を歌っていた。すぐにネットで検索。あった、あった!

いつもなら歌よりも演奏を好んで聞いている。ところが今朝のその人の声は人の気持をやわらげる。その人について調べていると面白いブログにヒットした。後でゆっくり読もう!

次は昨日のこと。スペイン語の講義も初めのころとは違って講義も速度を増して進んでいく。ある程度のことはその場で聞いてわかる。ところが、外国語は覚えなくてはいけない。先生の話を聞きながら講義ノートをとる。だが、そのノートの文字は乱雑で読めたものではない。

別のノートに書き改める。その前に、教科書に出てくるキーワードを辞書で探す。それをまた別のノートにまとめる。なかでもそれが動詞ならば、すべての変化形を書き写さねばならない。当然それも覚える。こうやって書いたり、覚えたりすることも語学を習う楽しみ。そう思えば、それはそれでいい・・・。

講義が終わると、例の如く市内へ移動する。広島駅に着くとティータイム。この至福の時は何物にも代えがたい。その後バスに乗ってフルート教室へ移動。

昨日も前のレッスンの人が休みらしく教室でレッスン時刻まで練習する。レッスンが始まるとしばらくしてレッスンの模様をカメラに収めるといって係りがやってくる。フルートを持って後からの撮影。人に見てもらうほどの容姿ではない。後からなのでそれもまあいい!?

今さらっている曲は私にとっては長い曲。それも昨日のレッスンで最後までたどり着きそう。その出来はまだまだだけど、曲の感じはつかめてきた。

フルートを長く習っている。最近やっと以前とは違ってフルートに対する思い入れが増してきた。頑張ろう!

レッスン後、しばし雑談。これが可笑しい。どう表現すればいいのだろう。皆、輪になって聞かせてあげたい!

また話は変わって、今朝の地元紙をみると、社会人大学生の頃の恩師がアップで写っておられる。タイトルは「日中関係の行方 尖閣問題から考える」。

最近の日中の動きから、「中国」を専門とする先生方の考えは如何に、と思っていた。

先生は1920年~30年代に中国の強い主張に日本人は違和感を募らせたと述べている。それが結果的に日中戦争へとなっていった。この問題は今に始まっていないようだ。

この問題の解決をじゃ、どうすればいいのか。先生はそれには私たちの愛国も問われるという。「インターネットにあふれる情報をよく吟味し、自分の心と頭で感じ、考えようと訴えたい。講義や公開講座を通じ、学生、市民と幅広い情報を分かち合い、発信していきたい」と話される。

今こそ「現状を正確に知る好機」となのだろう。

今日はこれから皇帝ダリアを見に行く。さあ今日の行動開始!元気を出して!

2012年11月20日火曜日

『西太后 大清帝国最後の光芒』

今日も清清しい朝を迎える。いつまでもこんな穏やかな日が続くことを願って今日の行動開始。

起きたとき、夢を見ていた。今日は火曜日。例によって忙しい一日となる。大学へ行く日は講義室がどこかわからない夢をよく見る。何故?

昨日は、次に予定している海外の行き先を変更するTELをする。一昨日、ラオスに行った人から電話を受取る。その話と、昨日旅行社から届いた旅のパンフを見て行き先を変更する。

パンフを見るとこれまで届いていた日程が変更となっている。日本から出国する際、広島から福岡空港、そこからさらに関西空港移動とある。国内だけでこれだけの移動をし、さらに目的地まで行くにも何度か飛行機を乗り換える。無理してその国へ行くこともない。またいつか楽なやり方で行ける日もあるだろう。そう思って急遽行き先変更。決めた国は催行決定。

まだ先の話。だが行こうとしている時期は母の3回忌、期末テスト、来年の受講手続き準備などいろいろと日程が詰まっている。

旅行を最優先にして、すぐにお寺へ相談の電話をする。3回忌は早めでもいいとか。先ほどその予約をお寺にTELする。姉と妹にもその旨連絡。あとは大学関係のことで頑張るしかない。

こんなことを思っているので講義室がわからない夢を見るのだろう。それと、来月初めにある中間テストのプレッシャーがあるのかもしれない。そのこともあって昨日は歯科へ出かけた後は家でおとなしく講義ノートの整理とフルートの練習をする。

フルートはさらっている曲もそうだけど、基本的な指使いの練習がある。今の指使いは先週、先生も話されていたけどかなり難しい。指は出来るようになっても、きれいないい音が出ない。何度も練習するしかない。

その合間には、遊ぶことを考える。今朝の新聞に皇帝ダリアが道路沿いに咲いているとの掲載がある。地元の高校生が育てたらしい。早速、「明日見に行こう」とわかちゃんに電話するとOKだった。

こうして忙しい一日は始まる。今日も元気で!昨日の妹の言葉。「元気でも怪我をしないように!」。そう、怪我は怖い!

以下は私的メモとして気になるところを抜粋したもの。

『西太后 大清帝国最後の光芒』(加藤徹 中央公論新社、2005年)を読んだ。

個人的に中国近代に特別関心がある。現在、尖閣諸島の問題などで日中関係は険悪なムードに包まれている。それを理解するには中国近代を理解するのがいいらしい。そう筆者はこの本で述べている。

その辺りを以下に引用した。

本の裏表紙には「内憂外患にあえぐ落日の清朝にあって、ひときわ強い輝きを放った一代の女傑、西太后。わが子同治帝、甥の光緒帝の『帝母』として国政を左右し、死に際してなお、幼い溥儀を皇太子に指名した。中級官僚の家に生まれ、十八歳で後宮に入った娘は、いかにしてカリスマ的支配を確立するに至ったか。男性権力者とは異なる、彼女の野望の本質とは何か。『稀代の悪女』のイメージを覆す評伝」とある。

筆者の加藤は本書は「現代中国を知るうえで、清末ほど重要な時代はない」と述べる。(6p)

「現代中国人の歴史意識の原点は、一つ前の中華民国を飛ばして、清朝にある。現代中国の領土、民族構成、地域区分、言語、生活文化などは、清朝の遺産である。現代中国の国家戦略を一言で要約すると『世界における中国の存在感を、西太后以前に戻すこと』に尽きる」(6p)。

それは「領土問題もそうだ。中国人は、尖閣諸島(中国名「釣魚島」)や台湾、香港、新疆、チベットなどを中国の固有の領土と主張する。その理由は、それらの地域が清の版図に含まれていたと彼らがアプリオリに信じているからだ。」(6p)

「近年の人気ドラマは清末における日本人の『蛮行』を執拗に描く。こんな番組ばかり見ていたら、日本を抹殺しない限り中国の未来はない、と思いつめて反日デモに走る人々が出てきても、不思議はない。中国の愛国教育の当否はさておき、西太后の時代が,現代中国人にとって、その血を逆流させるほどの精神的外傷(トラウマ)となっていることは確かである。」(8p)

「日本人の興味関心は,三世紀の三国志とか、八世紀の李白・杜甫など、一部の時代に偏っている。現代中国の原点である清末について、一般的な日本人はほとんど何も知らない。・・・現代中国の原点である西太后の時代に、日本人はもっと関心を持ってよい。」(8-9p)

西太后の時代「選秀女」という清朝独特の后妃選定制度があった。(33p)「西太后が受ける回の選秀女は、新帝の后妃選びになった。」(34p)

18歳の西太后は「蘭貴人」として宮中に入った。(46p)

その後太平天国の乱で西太后は父を失う。(51p)

21歳の西太后は咸豊帝の無事男子を産んだ。その功により西太后は即日貴后に昇進。(54p)

芝居三昧の日々の咸豊帝は享年31歳で崩御。その帝の死と同時に6歳の同治帝が践祚(せんそ)し、嫡母(正式な母親)たる皇后と、生母たる懿貴后に、皇太后の尊号が贈られた。その後、懿貴后は通称「西太后」になる。(104p)

27歳の西太后は「息子の同治帝が死に、東太后が死に、恭親王が失脚した後は、西太后は事実上の専制君主として独裁的に君臨した。」(123p)

「軍閥政治という近代中国独特の政治地図もまた、西太后の治世に端を発したものなのである。中華人民共和国の領土もまた、西太后の遺産である。・・・現代中国人の心情としては,西太后の統治時代が、アプリオリに現代中国の基準になっているのである。現代中国人は、新疆やチベットの独立は絶対に認めない。また、光緒十九年(一八九三)に西太后が洋務派官僚の盛宣懐に与えたという手書きの文書(一九七二年、盛宣懐の孫を自称する故・徐逸氏が初めてその存在を公表。偽作の疑いが濃厚)を根拠として、尖閣諸島は中国領だと主張する。その反面、ロシア帝国が第二次アヘン戦争で取得した沿海州については、西太后以前の領土喪失であることも一因となり、現代中国人はロシア政府に対して何の抗議もしないのである。」(124p-125p)

「『西太后』はよい意味でも悪い意味でも、女性的な権力者であった。西太后が半世紀の長きにわたって政権を握り続けられた秘密はその女性性にある。・・・清末の官僚群は、粛順のような男性的な権力者よりも、西太后のような女性的な権力者のほうを歓迎したのである。」(129p)

「現代中国の歴史教育では、近代史の人物を、善玉と悪玉に峻別して教える。もちろん善玉と悪玉の線を引くのは中国共産党である。」(156p)

「アジアの開発独裁国の系譜をたどると、その元祖は、明治の日本と西太后治下の清朝の二国に行き着く。しかし、同じ開発独裁国で、明治日本と清朝では決定的な違いがあった。」(183p)

この違いを筆者は明治日本は和魂洋才であり、清朝は中体西用だという。しかし、この二つは決定的な違いがあるらしい。日本は「心は大和魂なのだ」で、清朝は「経済建設が失速したり、外圧に負けることは、権力者の正統性にとって致命的な痛手となる。」。「自分の政敵を『外国に対して弱腰である』とか『経済建設に対して無能である』と批判することは、権力闘争において有効なカードになる。このカードを切って開発独裁国の権力闘争のお手本を最初に示したのが西太后であった.。」(184-185p)。

「日清戦争のとき、光緒帝は主戦派を支持し、戦争に消極的な西太后と対立した。敗戦後、光緒帝は、日本の明治維新を手本に『維新』を断行しようとしたが、西太后はそれを叩きつぶして光緒帝を幽閉した。」(193p)

「この事件を戊戌(ぼじゅつ)の政変という。その図式は、文化大革命のとき、国家主席の劉少奇が、党主席の毛沢東によって失脚させられたのと似たところがある。中国が開発独裁国家であり続けるかぎり、西太后と光緒帝の対立は、今後も形を変えて何度でも再現されるであろう。この意味でも、清末は、現代中国の小規模実験工場(パイロット・プラント)であった。」(194-195p)

「梁啓超は、後年著わした『戊戌政変記』の中で、『わが国、四千余年の大夢の喚醒は、じつに日清戦争の敗戦、台湾割譲、賠償金ニ億両に始まる』と喝破している。日清戦争の敗北は中国にとっての『黒舟』であり、『真珠湾』であったのだ。」「反日の激烈さは反英は反仏、反露とは次元が違うこと。反日の主張は最終的に中国の体制改革の主張に収斂していること。以上のような中国の反日運動の特徴は,清末も今日も、あまり変わっていない。二十一世紀の日中関係について考えるうえでも、清末の歴史を学ぶことは重要である。」(213p)

「最晩年の西太后は、排外主義から一転して改革開放路線に転じた。・・・西太后の『最後の十年』が投げかける問題は,今日でも依然として中国社会に影を落としている。おそらく、近未来に現代中国が直面するであろう運命もまた、この最後の十年に暗示されているのであろう。」(229p)

「日本人である筆者から見て興味深いのは、西太后が義和団事件と庚子西狩を通じて、まんまとカリスマ的支配を確立したという事実である。」(255p)

「西太后というキャラクターは、満州人であるとか皇太后であるという以前に、非常に中国的なのだ。わがままで自分勝手で、面子を気にするくせに矛盾した言動をしても平気で、周囲の顰蹙を買いながらもなぜか中心人物になってしまう。そんな『ミニ西太后』的な人物は、男女を問わず、今も中国社会のあちこちに生息している。政府でも、企業でも、大家族の中にも彼女に似たタイプの人物を、けっこう見つけることができる。」(280p)

「西太后関連の書籍は多いものの、西太后を通して中国社会の土壌にまで目を向けるという著述スタンスをとる著作は、あまりないようである。・・・大清帝国最後の光芒が、今日の、そして近未来の中華人民共和国の運命までをも照らし出していることは、疑い入れない。」(283pあとがき)

2012年11月19日月曜日

長寿の要素は食事・運動・ごきげんで・・・

今日も気持いい朝を迎える。昨日は午前中、墓参り。墓地の入り口で畑を耕している人がいる。よく見ると墓地入り口の墓の人だった。

その人は、以前、家の近くで化粧品店を営んでいた。若い頃はそのお店で化粧品を買っていた。だが店を閉じられてからは会うこともなくなった。

広島駅構内に会員制のフィットネスクラブがある。会社に勤めていた頃、その会員になり、仕事帰りに通っていた。あるとき、その人とプールでバッタリ遭遇する。そこで声をかけられたことから再度話をするようになった。

その人と会うと、その人が所属するスイミングクラブに入るよう誘われる。だが、その先生は、以前水泳教室へ入った際、クラスを変更するようにいわれたことがある。それ以来、その女の先生にあまりいい印象を抱いていなかった。

ところがその先生に見捨てられた(?)おかげで男の先生のクラスに入る。それ以降、何年間か男の先生が会長のスイミングクラブに所属していた。

昨日、墓地を畑として耕作しているその女性と話していると、その女の先生のクラブに入るよう再度誘われる。それまでのいきさつを話しても仕方ない。先生は故意でクラスを変更されたのではなく、泳ぎの程度でクラス分けをされた。だから、それにこだわる方が悪い。

そのことがわかっていてもこだわりがある。また、女性ばかりのクラブよりもいろんな人がいるほうが楽しい。

クラブに入らずプールで一人で泳いでいても誰彼となく話をする。その人にそう話すと、「裸の付き合いだから・・・」という。だからプールの人は皆いい人といいたいのだろう。

その女性は、今春手術をして泳がなくなったと話される。82歳になるらしい。

墓参りをしてその人と別れた後、プールヘ出かける。日曜日の午後のプール。人は少ない。水泳をしているのは2,3人。水中歩行は1人。その中に混じって1キロ泳ぐ。

暑い季節は泳ぐのが怖いほどいた人も今はほとんどいない。寒いときこそ運動不足になる。だから温水プールはいいはずなのにプールに行く人は少ない。

先日Yahooを見ていると「長寿に大切な要素は『食事』『運動』『ごきげん』の三つ〈AERA〉」(dot. 11月15日(木)7時15分配信より引用) とある。

この中の「食事」、「運動」は当てはまる。最後の「ごきげん」もそうかもしれない。何の悩みもなく、毎日気儘に過ごしている。それを不満と感じるほうがおかしい。そう思えば「ごきげん」といえるかもしれない。おかげで元気だ。

「厚生労働省が9月に発表した調査で、全国の100歳以上の高齢者がついに5万人を超え、過去最多の5万1376人となったことがわかった。その87%が女性だ」とか。

「寿命には、遺伝的要因が30%ほどかかわり、残りは生まれた後の生活環境が関係する」らしい。

慶應大学の坪田一男教授によると、「長寿者はみな性格が明るく、前向きだ」という。

「食事は、必要な栄養を十分取りながら腹八分目が望ましい。運動は成長ホルモンの分泌を促します。ちょっときついくらいの運動が重要。そして、ごきげんとは、ストレスをためず笑顔で過ごすこと。ストレスは免疫力を低下させ老化を助長させる。この三つは、すべて一体になっています」ともいう。

思い返すと、若い頃は今ほど楽天家ではなかった。取り越し苦労の性格で、おとなしくみられていた。それは決して褒められたことではない。年齢を経るにつれ図々しさも加わったのだろう。かなりの楽天家になった。それでもまだ気が小さいところがある。人から言われる「ぐさり」とくる嫌味の言葉。そういう人とは決して友だちになりたくない。それに対する嗅覚(?)は発達(?)している。幸い、今のところそんな人は周りにいない。

さあ、今日も元気で、ごきげん、ごきげんで・・・。

2012年11月18日日曜日

コンポジット(compsite)

昨日からの雨もあがり、気持いい朝を迎える。今日は母の月命日。母がいなくなって1年9ヶ月。月日の経つのは早い。日毎に淋しさは薄らいでくるものの、しみじみともう2度とは母に会えないんだ、との思いは募る。

その思いの合間にも人と会って美味しいものを食べたり、飲んだり、しゃべったりして楽しいひと時を過ごすのもまたいいもの。

昨夜はわかちゃんと一緒に我が家で夕飯を食べる。「ボジョレ・ヌーボを飲もう」とわかちゃんを誘うと、サイダーを持参して我が家にやってきた。

ワインをサイダーで割って飲むよう娘さんからのアドバイスらしい。ほんのチョッピリのワインに大半のサイダー入り。満更でもなさそうな顔をして飲んでいる。

若い頃はアルコール類は何でもOKだったとか。最近はビールばかりのよう。

今日はこれから一人で墓参りをする。姉は後日参るとの電話がある。お参りの花は我が家の狭い庭に咲き誇る菊の花。昨年姉に植えてもらった菊である。

墓参りを済ませると、一端家に帰ってその後は泳ぎに行こう。お天気もいい。今日も元気で!

以下はいつものように図書館で借りた本、『老楽力』(外山滋比古 展望社、2012年)を読んだもの。

主人公の根本実当は著者自身である。自伝的小説として筆者と主人公を混合してコンポジット(compsite)仕立てに書いている。

いつものように気になる部分を拾い集めよう!

ここ数年、著者である外山氏のエッセイをよく読む。人生のよき先達として読むのかもしれない。

氏は年をとると人間が劣化することが少なくない、と述べる。そのために人々は宗教に入ったりする。だがそれよりも「新しい徳をつむ」ことを考えたとき、「浜までは海女も蓑着る時雨かな」に出会う(26p)。

海女は雨に降られなくても海に入れば濡れる。それなのにたとえ近くの浜までであっても濡れないように蓑を着ていく。筆者はこの句から自身の生き方を考える。

「死ぬまでは、たとえわずかでも、前へ進めるだけは進もう。恥ずかしくないように、できれば、これまでより、いくらかでもましな人間になりたい。そうして、幸福な人生のまっただ中で生を終えたい。死はさけられないが、そこへ至るまではせいぜい生き生きと、美しく、明るく生きて生きたい。」(26p)。

根本は伊能忠敬の例を挙げて晩学に勇気を与える先人とする。(44p)

また、フライドチキンの創始者サンダースも「ただひたすら前進することで年を忘れる。・・・ガムシャラに突っ走るのは老人のすることではないが、構わず、走りまわって、大業を成就させた」(50p)。

他にも「随所に主となれ」といった、600年前の、大燈国師の言葉を引用する。「どこにいても、どのような立場にあっても、主体性を失わない。いかなる場合にも、他によって自己を乱されることなく、自分を見失うこともなく、自由である、そうあれ、というほどの意味である」と述べている。(62p)

その影響を受け、根本は「主となる」実践をする。それは「とにかく人にご馳走をするのである。時と場合、相手などかまっていられない。相手かまわず、おりあればホーストになって招待する」(66p)。

卒業生の一人は「昔の先生よりいまの先生のほうが若々しい」とゴマをする。それを聞いてそんな気がしてきて元気がわく。「主」となった味は大したものだと納得する。(68p)

「元気は自分の力で出すものだ。」と述べ、元気は「生き生きと働き、仕事をし、なにごとにも力いっぱいで励むーそういう生活の中から元気が出てくる」という。そして「じっとなにもしないでいては元気は出ない。とにかく活発に動くことである。規則正しい生活も元気のもとになる」。そのうえで「ただ動きまわるのではなく、目標をもって、そこへ向かって進んでいく。夢をもって、その達成に我を忘れて夢中になっていると、おのずから活力がわいてくる」(154-155p)。

「傷ついていれば、いたわり、よいところがあれば素直にたたえてくれる。それが老いてのぞましい友である。」として、根本は「自から、ほめる新しい友になるを心掛けた。ほめられて怒る人はない。ほめたことがきっかけで親しくなるということがおこる。・・・ほめられると、確実に、元気が出る。ピグマリオン効果ということがある。・・・ほめられると、人は元気を出す。ほめてくれる人がまわりにいるのは、老人とって、何より幸福である。」(158-160p)

「医学的には異論もあろうが、かよわい心をもった人間にとって、おそろしい情報、医師のことばはしばしば有毒有害なものになるということがある。年をとったら、この有害なストレスをなるべく近づけないようにしないといけない。」(176p)。

そうだ。だから病院には近づくなというのだろう。

「六十にして、新しいことを始めるのは、たいへん難しい。かりにしてみても、うまくいかないだろう。それを承知で、あえて手習いを始めるのは、老人の壮志である。そして、それによってその人は生々、若々しくなる。」「初心を養えば、老いて老いることはないーそれは根本の信念である。」として「とにかく、新しいことを始める」ことを述べる。(186-188p)

まだまだやりたいことが待っている。新しいことが・・・。

「老人はうちに引きこもってはいけない。とにかく外の空気を吸うのが心身のためによい。」としてホテルの利用をすすめる。試験的にホテルの長期滞在を試みる。心も軽くなり、年も忘れるのではないかと期待して・・・。(211-212p)

そう。年を忘れて遊ぼう。大いに外へ出て・・・。

2012年11月17日土曜日

女子会決定メール

今朝遅く目を覚ますと外が暗い。耳をすませて聞いていると外は土砂降りの雨の音。

昨夜は、来月はじめに行う女子会の忘年会の連絡をメールで頻繁にやりとりする。その開始時間は夕飯時。終わった時刻は就寝前。お蔭でよく眠る。

この女子会。若い頃楽器を通して知り合った人たち。年齢、職業も異なる人たちなのに今春久しぶりに会って以来意気投合する。

楽器を習わなくなって以降、30年以上も経つのにそれぞれ年賀状だけは交換していた。その結果、何年経過しても皆と以前と同じ気持で接することができる。幸せなことだ。

昨夜はメール交換するたび、一人で笑っていた。

なんといっても、女子会の今回の研修テーマは「限りなくオヤジ会に近い、怖いものなしの女子会」。

このブログを読む人はどんなメンバーかと思われそう。

なんたって習っていた楽器は当時最先端のエレクトーン。結構4人とも新し物好き(?)かも・・・。

そのメンバーで「オヤジ会?」。断っておきますが、私以外は淑女です。念のため。

その淑女(?)たちの忘年会は「ドレスコードは花でいかがかしら。私たちの再会と素晴らしい一年に花を添えてみませんか?素敵より素敵な締め括りにしたいと考えました。いかがかな」とメールにある。

この案にOKと返信すると「採用通知ありがとう。話に花も咲くだろうし花づくしにして楽しいもうね。今回のタイトルとのギャップもおかしくてそれもいいね」とメールをもらう。

この決定メールを一斉送信すると他にも「ドレスコードは花。素敵です。実はオジサンのようなオバサンでも素敵な集まり・・・・」とメールが入る。

もらったメールの一部を一斉に送信するので皆に他の人のメールもわかる。それぞれ楽しいメールだったらしく「開催前からこんなに楽しくていいの?と一人で笑っているよ」「おやすみ~~~どうやら夢でも笑っていそうな気配・・・」。

これを受取って眠りに着く。お蔭で夢どころかよく眠った。ますます楽しみになった女子会。楽しい夜にしましょう!

夜といえば今夜はボジョレ・ヌーボ解禁の一昨日、フルート定例会前に買ったワインでわかちゃんと我が家で乾杯。とはいってもわかちゃんはワインよりビール党。それまでに雨が上がればいいけど・・・。

今日も一日楽しく!

2012年11月16日金曜日

人生後半の楽しみ

今日も清清しい朝を迎える。これから講義を聞きに行くというのに朝からパソコンと戯れる。

昨夜はフルートの人たちとの楽しい定例会。それを終えて帰宅後、いつも読む人のブログを読むと以下のことが書いてある。

その内容の一部を勝手に引用させていただくと、「広島のお友達Uさんは日常の生活リズムの中に水泳が入っているようで、色々と楽しそうにプールでの出来事を書いてくださっていて、あ~あ、こういうライフスタイルもいいなあと思うだけで、無理やな~とすぐに目が覚める。そして結論として、僕は浮きません。間違いありません。」とある。

すぐに、投稿してくださった人にメールで「そういうことは決してございません!間違いなく浮きます!運動神経が小学校時代5段階の1でした。それが人生の後半に差し掛かったとき泳ぎたい一心から一念発起して、プールに通っていると泳げるようになりました。息継ぎはお風呂の中に顔をつけて『プアー』と声を出して練習しました。」と書いて送信する。

昨夜の、飲み会で送信したメールに書いた内容を2人の男性に話したばかり。その人のブログを読むと、それを聞いていたかのような水泳の話。もうそれを読んでビックリ!

今朝もその人のブログを読むと、送信したメールの内容がブログに投稿されている。

運動についてはもの心つかないころ、強い体でなかったと親から聞いている。かなり金銭的にも負担を与えていた子供のようだった。

それもあって、小学校時代、運動はほとんどしなかった。当然体育の成績は悪い。とはいっても一度も学校を休む生徒ではなかった。元気な子どもだった。

中学に入り、体育の授業は普通に参加。そのため体育の成績も普通だった。だが、こうして育つと、どうしても運動ができない劣等感の子供になる。

大人になるにつれ、人ができる自転車に乗ること、泳ぐことができることをまるで夢のように感じ始める。それが頂点に達する頃、恩人と慕う人から泳ぐことを誘われる。これが昂じて、水泳教室へ入る。

その結果、人生後半になって泳ぐことができるようになった。それは半端でなく嬉しかった。

回りの人に会うとそのことばかり話をした。その泳ぎも次第に長く泳げるようになり、クロールで休まず1キロ泳ぐようになる。だが最近は無理することもない、と思ってクロールと背泳ぎを交互に一キロ泳いでいる。

何の取り柄もなく、ましてや運動に関しては人並み以下の運動音痴が、水泳で人に刺激を与えていた・・・。

一番苦手な運動。その一つである水泳ができるようになると、他のことでも自信がついてくる。何でもできるのでは・・・欲が沸く。

人生の前半でできなかったこと、しなかったことを、まるで後半になって取り戻すかのように動きまわっている。それでも、まだまだやりたいことはたくさんある。それも人生後半の楽しみとなればいい。そして人より遅れて育ったことも今となってはいいことかもしれない。

さあ今日も元気を出して若者に混じって講義を受けに行こう!頑張って!

2012年11月15日木曜日

美味しいビールを飲むために

今朝は今秋一番の寒さだとか。だが、外の日差しは暖かそう。

風(ブログ?)の便りで知ったとか、風邪気味のモノを元気付けてもらうメールを受取る。「美味しいビールを飲むために女子会耐久レース開催のためにも元気いっぱいー!と宣言してくれるのを待っています」。何とありがたい。

元気になるには笑いが一番。メールにはどこかで見つけたのだろう、「女子会 お酒入れば オヤジ会」の川柳も添えられている。そしてこれは女子会のこと(?)、と書いてある。

なんとうまい表現、「おおっ!」とうなづいてしまった!

「川柳」はユーモアとペーソスに溢れ、以前は狂句といわれていたとあって低俗にみえるとか。しかし、思わず川柳を習おうと思った。いつか、必ず「川柳」の教室に入ろう!

メールをもらった後、女子会の忘年会を、と思い、一斉メールを送信。来月はまた4人で女子会の忘年会をしましょう!楽しみにしています!

何やかやといってはこれから飲み会の季節になる。飲み会といえば今日はボジョレ・ヌーボ解禁の日。今朝の新聞折込にも何件かのチラシにそう書いてある。

家ではアルコール類をほとんど口にしない。だが寒くなる季節、ワインは体にいい!?

今日は、夕方からフルート定例会に出かけて「美味しいビール」を飲む。その前にデパートによってボジョレ・ヌーボを買って帰ろう!

さあ、今日も笑いで風邪を吹き飛ばし、元気を出そう!

2012年11月14日水曜日

「一君万民」主義

今日から明日にかけて寒くなるとか。日中の気温も段々と下がっていく。それとともに冬眠しそう。

ところが今朝の地元紙を読んでいると冬眠している場合じゃない。しっかり目を見開いて前に進まないといけない。

歴史学者與那覇潤氏は新聞の大見出し「橋下現象考」で述べている。まだ30歳過ぎの若い学者。それによると橋下氏は「左右自在な『一君万民』」とある。「一君万民」とは「中国の儒教主権に起源を持つ『一君万民』主義」で決断力を重んじる体制だとか。

今、「日本の社会は『西洋化』に失望し『中国化』」しており、「自らの意志と民意を同一視し、政敵に厳しい中華皇帝の専制にも似た、現代の一君万民といえるでしょう」と橋下氏について述べる。

これを読むと「中国化」になりそうな政権は政治に介入して欲しくない。

自民から民主政権に移行する際も、国民は言葉のあやに騙された。

言葉といえば橋下氏も「維新」の言葉のイメージとともに出てきた。だが昨日の地元紙の同じコラム欄で歴史学者の色川大吉氏は明治以降の維新という言葉は傷らだけであるという。それは大正期で見れば犬養首相が暗殺された五・一五事件と議会政治にとどめをさした二・二六事件の「昭和維新」である。

このように「維新はテロリストのため、軍による政党政治の廃絶のためと、基本的に右旋回のために使われてきた。だから、本当の維新は一回きり。」だと色川氏は述べる。

橋下氏のかかげる維新は維新ではなく、統治の発想、支配者の発想があるという。

政治に疎い。それでも今朝のコラムにある日本の社会が「中国化」するのだけは避けたい。

先ほど與那覇氏の本を図書館に2冊予約した。専門は日本近現代史。與那覇氏はツイッターをしている。今日からこの人のツイッターを読むようにしよう。

話は変わって昨日の講義で新たなことを習う。動詞「線過去」の活用形。この活用は規則変化が大半で不規則変化は3つの動詞だけ。先生は5分で講義は終わった、といっては「楽勝ですね」を繰り返す。

「楽勝じゃない」と思いながらも講義を聞く。すると講義後、先生から「来週、中間試験をします」と突然の報告。学生からのブーイングで結局12月はじめの火曜日に決定。教室も大講義室に変更しての試験となる。

試験と聞いて、紅葉を見に行くどころではなくなった。なんといってもノートをまとめなければ・・・。かなりのプレッシャーになる。

講義後、いつものように市内へ移動する。広島駅で気分を変えてティータイム。

昨日のレッスンでまた先生に家で練習していて気づいたことを話す。その吹き方でもいいらしい。レッスン曲をさらってもらうとき、前の週に習った方法で吹くとよく吹ける。その度、習うということはこういうことなんだと気づかされる。

昨日も曲の次のレッスン箇所の吹き方の方法を習う。自分では考えもつかない練習方法を教わる。言われてみて、確かにその方が効率的。

もしかしたら、フルート以外の、どんな勉強でも学習方法で学力の差が出ているのかもしれない。

ちょっと風邪気味だけど、さあ今日も元気を出して!

2012年11月13日火曜日

ささやかな楽しみ

今朝はこれから雨になるのだろう。空が暗い。

昨日は今日と違って気持ちよい一日だった。午前中、買い物を済ませ、自転車に乗って幼馴染の家に行く。そこに自転車を置いて2人でひまわり畑まで歩く。

ひまわりは夏の花。ところが、昨日のひまわりは曰くつきのひまわりで100本ほど刈り取った後に植えてある。新聞記事でそれを見て早速見に行った。

「いわくつき」とは誰が聞いてもわかる大事件に絡んでいる花。これ以上は書かないことにしよう。一般のひまわりよりも背丈は低い。だが花は大きい。

秋のひまわり
ひまわりを見終わると、昼食に行く。わかちゃんの決めた目的地を探していくと定休日。もう一箇所も定休日。かなり歩いているのでお腹もぺこぺこ。隣の隣の町まで歩いていた。

来た道を引き返し、真新しいお好み焼き屋を見つける。久しぶりに広島風のお好み焼き屋に入る。普通のお好み焼き屋と違って店内は広くてきれい。3月に開店したという。

お昼時なので近くの会社員風の人もいる。食べ終えて店を出ようとすると店員は双子のピチピチギャル。何とかわいい、と思ってしばし立ち話。彼女たちの父親が出前をするという。

店を出て途中一箇所お店によってわかちゃんの家に行く。そこでティータイム。3時間もおじゃまする。相変わらず、他愛ない話をして分かれる。

お昼を多く食べると夕食が7時半になる。いつもより遅い夕食。あっという間に一日が終わる。

今日は火曜日。忙しい一日が始まる。これからいつもの如く、講義を受けて市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。家に帰ればささやかな楽しみが待っている。

それは夜8時からのラジオ番組。「こうせつと仲間たち」で古澤巌が今夜のゲスト。随分前、古澤のブログを読んで知っている。新聞の番組欄を見るとやはりある。

ほんとうにささやかな楽しみ。さてさてその内容は・・・。

2012年11月12日月曜日

3人と出会う

今朝は昨日の雨と違って清清しい。

昨日は雨の中、区民まつりに出かける。出かけた場所は我が家から数分のところにある区民文化センター。そこでスイミングクラブの人が母子会の即売会をしている。昨日も1年ぶりでその人に出会うと、売り物であるパンをくれる。これでは何のために行ったのかわからない。

パッチワークの巾着、飲み物とさらにパンを購入してその人と立ち話をする。なんといっても彼女は元気がいい。今年春、会社を定年退職。昨日の話では、退職後20社くらい仕事をさがしたという。だが年齢的なこともあって困難を極める。そんな時、スイミングクラブの人に自社を紹介される。今はその会社に勤めているという。勤務状態も正社員だとか。

勤めながら妹さんと交替で92歳のお母さんのお世話もされている。活気のある人と話をしていると本当に楽しい。いつか我が家に来るといってたけど・・・。

その帰りに息子さんと一緒に歩いている近くの人に出会う。久しぶりに会うと、以前は杖ももたずに一人で歩いていた人も今は杖を支えて歩いている。歩ける間はどんな手段でも歩く方がいい。かなり年をとられた感じがする。

お昼を済ませ、雨も止んだようなので玄関の前の落ち葉を掃く。するとまた人に出会う。向こうからニコニコした顔で話しかけられる。その人は母を車椅子で外に連れ出す頃知り合った。毎日のように車椅子で連れ歩く姿をみて、その人から「介護者の集い」に参加するよう何度か誘われる。だが、それは介護する側の参加だった。親を家で介護するモノは当然いかれない。そのことがきっかけでその世話の会長をしていたその人からポストに「お知らせ」の案内を入れてもらったりした。

昨日のその老紳士をみてビックリする。かなり年老いておられる。しばし玄関前で立ち話をする。

自転車に乗っていて何かとぶつかって転倒し、頭を打つ。1ヵ月半入院して元気に帰ったのもつかの間、動作の異変に家族が気づく。すぐにネットで調べる。頭から少しずつ血液が出て脳を冒す。すぐに救急病院で即日2箇所頭に穴を開けて手術し、10日間で退院。元気になったという。

話し方や歩き方は以前と同じ。だがこの人も杖を頼っている。今年81歳とか。

退院後、自分の信念で3箇所の会の会長職を自ら断った、と誇らしげにいう。人から止めろといわれる前に止めたという。それも潔い。

品のいい老紳士で、分かれるとき「気をつけて帰ってください」と話すとこちらにまた戻ってくる。

この「気をつけて・・・」はよくないらしい。その人は当然とがめたりはされない。笑いながら以前勤務していた頃の話を出してそれがいけないことを説明される。

その言い方ではなく「転ばないようにして歩くんですよ」のように具体的に話すほうがいいらしい。これも言われて初めて気づくこと。会社などでも電話の応対で「お疲れ様です」の応対云々を聞いたことがある。それと同じことかもしれない。朝から「お疲れ様です」とは何事かと・・・。

そういえば、親がなくなったとその人に話すと長い間親を介護したと褒められる。そして介護は自分への介護だとも話される。自分自身が年老いていくということが介護を通してわかるらしい。

仕事を離れて家にいるようになって10年。近所で知っている人も段々といなくなっていく。誰もが年老いていくのだからそれも仕方ない。元気なうちにどんどん外へ出て行こう。

昨日の老紳士も、海外の話をされていた。遠くの海外からせめて行ったという。その点は似ている。いつも連れ立って行っていた奥さんも今は行かないと言われるらしい。海外でどこかいいところがあったら知らせて欲しいといわれたけど・・・。

話は変わって、今朝Yahooを見ていると「県立図書館閲覧・貸し出し廃止検討、再考求める声広がる/神奈川」とある。県立図書館まで経費削減するとは驚くばかり。

大半の本を図書館で借りて読むモノとしてはもしこれが広島だと大変なコト。せめて公の機関は文化面だけでも経費を削減して欲しくない。そう願う。

2012年11月11日日曜日

一雨ごとに冷たく

久しぶりシトシトと冷たい雨が降っている。これから寒い季節に向かって、一雨ごとに寒さも増していくのだろう。

昨日は、今日の雨を見越して一日早く泳ぎに行った。正午過ぎに家を出る。プールに入ると、「久しぶりじゃね」と声をかけられる。先週、泳がなかったので久しぶりに泳ぐと思われたのだろう。

声をかけて来た人は毎日泳いでいる。以前、脳梗塞から半身不随になったらしい。それなのに毎日プールで歩くと、体も元のように治ったという。今では水中歩行と水泳でプール滞在時間1時間を目安に毎日来ているらしい。

水泳は体にいい。だけど、週に一度でも運動した感じになる。それを毎日するとは、なかなか大変。

昨日も1キロ泳ぐ。プールにいる人が少ないのでビート板で泳ぐ練習をする。足を蹴って泳げば前に進む。だがかなり大変。ビート板は一往復しただけで、あとはクロールと背泳ぎを交互にして泳ぐ。

泳ぐときあまり足を使っていない。意識して足をつかって泳ぐと少しは早く泳ぐことが出来る。もう一度教室に入って習ったら早くて、きれいなフォームで泳げるようになるかもしれない。でも、あまり欲張らず、泳げるだけでいいと思って泳ぎに行こう。

泳いだ後は、2,3時間家でゆっくりする。

一昨日、幼馴染のわかちゃんと夕飯を一緒に食べる約束をする。家の近くにいい食べ物屋がないと思っていた。ところが、昨夜はわかちゃんが行ったことがあるというお店に一緒に行く。バス道路沿いのビルの2階にあるお店だった。

中に入ると感じがいい。そして店内も広い。そこで2人で盛り上がる。人と食事をすることはボケ防止になると何かで読んだことがある。ひとりで暮らしていると、食事も自ずと一人で食べることが多い。

その点、わかちゃんが近くに住んでいるのであり難い。気軽に一緒に食べたり、飲んだりできる。我が家に来て貰って食べるのとはまた違って外での食事は楽しい。

今日は住んでいる区の区民まつりが開催される。例年、スイミングクラブの母子会の人が即売会をしている。これからその人に会いに行こう。そして何か買って帰ろう!雨は相変わらず降り続いている。

2012年11月10日土曜日

「人生の心の勝負は51対49になったら御(オン)の字」

「牛乳が飲みたい!」という声で目を覚ます。母の夢を見ていた。久しぶりに聞く母の声。それはまるで「早よう起きんさいや」と言われているようだ。今朝も起床時間が遅い。

昨日のブログでペルーの料理が南米一美味しいと投稿した。それ以外にも料理としてはメキシコ料理が世界遺産に登録されていると聞く。それを聞いてビックリ。料理までも世界遺産に登録とは・・・。

朝食をすませてパソコンで遊んでいると郵便物が届く。旅行社から毎月送られてくるパンフだった。中を見ると、お正月の旅の掲載がある。正月明けにバス旅で日帰りツアーを探している。その掲載はほとんどない。他の旅行社のパンフを探そう。

今日送付されてきたのは広島発着。便利といえば便利だが、行きたい場所が限られる。それが少々残念。

旅といえば昨日図書館で借りて読んだ『60過ぎて後悔しないために 50代でしておくべきこと してはならぬこと』(江坂彰 すばる舎リンケージ、2012年)の中で、「多くのひとは、買いたいものはおおかた買ってしまっただろう。ほしいものがあまりないのではないか。これからほしいものは『思い出』だ。旅だとうまいものをいただくとか、趣味の俳句集を自費出版するとか、消費の対象が、『モノ』より『コト』になってきている。貸し借りなしで、自分がしたいことに、できる範囲でお金を遣うようにしよう。」と書いている(93p)。

「思い出」は確かに、かさばらないし、持ち運べるし、いつでも取り出し可能でいいことばかり。そう思えば旅はいい。

幸い、まだまだ元気。いろんなところへ出かけていって「思い出」を残そう。

本には他にも決断の鉄則を2つ書いている。それは、「心が弱っているとき、折れそうになったとき、あせっているときには、決断するな、動くな」ということと、「重要な決断は、なるべく朝にしなさい」ということ、とか(66-67p)。

「夜に深くものごとを考えると、どうしても思考が暗くなる。人生も暗く見えてくる。」(67p)。だから昔から「早起きは三文の徳」といったのだろうと筆者は言う。

早起きは苦手だが、夜にモノ・ゴトを考えない。なにか面白くないことがあるとすぐ寝る癖がついている。そのため、夜、考えることはない。だから余計、よく眠るのかもしれない。

さらに「教養をつけることを、楽しめばいい。」という。それは「役にたてようとするのではなくて、いつか役にたつものととらえておく。いわば無用の用とするのだ。」という。(120p)

習ったモノ・コトすべてを無駄をなくして役にたてようと思えばしんどくなって長続きしないし、楽しみもなくなる。今続けていることはどれも楽しみながらやっている。別にプロになるわけではない。生活の潤いのためにしていること。

ほかにも河合隼雄の言葉を引用して「これからの中高年がすべきもうひとつのこととは、人生の心の勝負は51対49になったら御(オン)の字。」とある。(128p)

半分ちょっといいことがあればそれでよし、とはなんと気が楽。51いいところがあれば49ははずれでよろしいらしい。

これまでを振り返っても自分の思うようには生きていない。むしろ若い頃に思っていた人生とは全く違う道を歩んでいる。若い頃、何も出来なかった。年を重ねるにつれて貪欲になり、何でもしようという気持になった。これだけでもよしとしなければ・・・。

さらに「ピンとひらめくのが知的感性というものだ。好奇心を大切にすることだ。新しいものが出てきたときに、『おやおや』と考えること。そして知ったかぶりをしないで、くわしい人間に聞くことだ。」(139p)と述べている。

知ったかぶりをするどころか知らないことが多過ぎる。ただ好奇心だけは人一倍ある。

今日も元気を出して、今から泳ぎに行こう!

2012年11月9日金曜日

ステレオタイプ

先ほど講義を聞いて帰ってきた。最寄のバス停でバスを待つ間の気持いいこと。秋真っ盛り。このまま遊びに行けばいいのだけれど、咄嗟には無理。

バスを降りてJRに乗ると先ほど図書館で借りた本を読む。今日借りた本はご当地広島の『とっておきのカフェ』。本を読むというよりも雑誌を読む感じ。

それを見ると何と住んでいる町(区)には1件のカフェの掲載もない。道理でカフェが少ないはず、と納得する。

以前と比べてカフェは少なくなっている。街中を見ても、「青山」を筆頭に「ドトール」、「スターバックス」などの全国チェーン店が多い。そのためか、市内で人と会うときはホテルのカフェやラウンジの利用が多くなる。

カフェではないけれど、今日の講義で南米で一番食べ物が美味しいのはペルーだと先生からの話で知る。中でもCeviche(セビチェ)が美味しいらしい。

16,7年前にペルーへ行った。そのときの料理が美味しかったことは覚えている。だがセビチェがどんな料理か全くわからない。

外国へ行くと、特に辺境へ行くと、その国のすべてに偏見をもって話す人がいる。それにはその国の料理もある。辺境だから、貧しい国だから料理も不味いとは限らない。もちろん、その国を旅行する人はそんな考えを持たずに出かける。「〇〇へ行く」と話すと、特に辺境の地に行くと言うと変な顔をされることがある。

食べ物も一つの文化で、辺境の国、発展途上国だから料理が不味いという発想はおかしい。とはいっても南米はペルーしか行ってないので南米の他の国のことはわからない。

南米でなくても、アジアでも同じこと。かなり辺境の地へ出かけると、食べ物云々を言う人がいる。食べ物の好き嫌いは仕方がない。そうではなくて辺境=貧しい国=不味い国とステレオタイプの発想がいけない。そしてそれは、その国へ出かける人までも変に見ることである。

変といえば自分にも当てはまるかもしれないけれど・・・。

とはいっても、食べ物ではいくら辺境趣味でも耐えられそうにない国もある。それゆえ隣国もまだ行ったことがない。これもステレオタイプ!?それならば反省の余地あり。

ステレオタイプといえば語学もそんな感じを受ける。30年前中国語を習い始めた頃にそんな気持を感じた。中国語=劣っている国=何故そんな国の言葉を習う?と思われた気がする。それが例えばフランス語ならばそうではなかったかもしれない。

今習っているスペイン語はヨーロッパの言語だからかあまりそういう風には言われないけれども・・・。

話は変わって、昨日社会人で卒業した学部から、同窓会だよりが送られて来た。中を開けると、同窓会費の欄に「未納です」となっている。何と恥ずかしい!

多分その頃、親の介護などで忙しくしていて後で収めればいいと思ったのだろう。それがそのままになっている。すぐに郵便局へ行って送金する。

便りを読んでいると、未納ならば年末に送付される同窓会名簿を送ってもらえないとある。名簿といっても年齢も異なる人たちが大半。それでも、何人かは消息を知りたい。むしろ、何十年前の中学の同窓生よりも、今の時代の人の方が知りたい。

社会人大学生の人たちとは苦労しながらも若者と一緒に学んで楽しい時代を共有した。それだけでも懐かしい。入学して以来、いつも大きな松の下で昼食を食べた人たち。その人たちと再会できれば、と思ったりする。皆どうしているんだろう。

あれから、5年。講義を受けに行っても誰とも出会わない。当然といえば当然だけど・・・。

2012年11月8日木曜日

ザ・プロファイラーを見て

今日も清清しい朝を迎える。しかし、起床時間が遅い。せめて7時までには起きるようにしよう。

それにしても、日本の政治のお粗末なこと。まるで駄々っ子が自分の存在をアピールするかのような言動。これで日本は大丈夫?こんな人を大臣にするのもおかしいが、それを選ぶ人はもっと変。

政治に疎い。だが、人のブログを読むとかなりわかりやすく書いてある。それを鵜呑みにするのもよくない。だが、いいたいことを的確に述べているのでわかりやすい。テレビに出て下手なコメントを述べる人よりもその人のブログの方がよほど参考になる。

テレビといえば、昨晩も「ザ・プロファイラー」を見る。昨日はスティーブ・ジョブスの話題だった。この人が亡くなってはじめてその偉大さを知る。

ジョブスが日本の禅修行者乙川弘文(こうぶん)の影響を受けていたとは・・・。それを番組の冒頭で知り、余計関心が増す。アメリカのバークレー禅センターでジョブスは乙川と出会う。

アップルに勤めていたジョブスは禅の修業で自分で開発した「ICチップ」を持参し、悟りをひらいたと乙川に話す。だが、それは違うといわれる。そのとき乙川から「洗練を突き詰めればシンプルになる」と諭され、1977年「アップルⅡ」を開発。

彼の部屋での撮影で、そこにあるものは「ランプ」「プレーヤー」と手にする「コーヒー」の3点のみ。とはいってもその1品1品はかなり高価なもの。例えばランプも何千万円もするものとか。

ジョブスは「幸せになるためにこれ以上なにがいるかなあ」といってるような写真だとか。とはいっても社長時代なのにアップルの製品をおいて写真に収まっていない。

その当時のアップルの宣伝パンフは真ん中に真っ赤なリンゴがあり、余白が大部分の上下に小さな文字で商品の説明をしている。ただそれだけのシンプルなパンフレット。

この「シンプルであることこそが実際の洗練である」とする。すべてをそぎ落とし、それにより有益なものが残るらしい。

ジョブスは禅を自己の内面の問題として受け取り、ICチップの発見を「我発見せり」として”悟り”と感じたのだろうか、とゲストは話す。

その後、アップルを退社してジョブスはNEXTを立ち上げる。だがこれは失敗する。失敗といってもその機能は目を見張るものであったらしく、時期尚早な開発をしていたらしい。プロ向けの商品で一般的ではなかった。

だが、再びアップルに請われてCEOに就任する。そのとき、「I MAC」を開発する。新たなシンプルとは、たった下記の3点だけでパソコンをネットにつなげることだった。

その3点とは1 電源、2 電話線、 3 なし、である。それが結果的に大成功。そのことで彼は世界をシンプルにした人となる。

その活躍は最近のタブレット端末の「IPad」の成功にもある。

最後までテレビを見ていてこの人ほど顔が変化している人も珍しいと思った。数少ない写真を見ただけだが、どれが本人なのか見分けがつかないほど、若い頃と顔が変わっている。

すい臓がんを患っていたらしく、「今日一日だけ生きるとしたらどう生きるか」と思って生きていたとか。

何かを成し遂げる人は顔つきも変わり生き方も並大抵ではない。結果的に56歳という若さで亡くなるとは・・・。濃縮された人生だった。

たまに見るテレビ。感動した!今日も頑張ろう!

2012年11月7日水曜日

講義&フルートレッスン

ツイッターを一時中断するといっていた人も、それを取りやめて開始している。毎日読む人のブログやツイッターも毎朝新聞を読む感覚で投稿がないと淋しい。

その人のツイッターは毎日のようにその日の朝の模様をカメラに収め、ツイートしている。今朝は田中大臣の発言のようにスッキリしないお天気とか。

今日も遅い目覚めだった。朝早く目が覚めるようになるまで当分遊びを自粛!?

昨日の大学の講義は問題を解く練習をする。一人ずつ指名されるが、その回答で笑える場面がある。否定詞というか否定語が文頭に出て、文中にもそれがある。文頭は当然大文字が使用してある。

2箇所の否定文で文頭を人の名前の固有名詞として訳し始めた。先生は「これは人の名前か?」と疑問を投げかける。これが可笑しい!

先生は文頭と文中にあるある2つの否定は二重否定にならないと説明される。日本語ならば二重否定は肯定になるから、文中に2箇所も否定があると文頭を固有名詞と間違えるのもうなづける。

いろいろとあるなかで一つ帰りのJRの中で確認する。それは動詞の原形(不定詞)は名詞化すること。これは習い始めころに覚えたはずなのに、なぜ名詞になるのか忘れていた。ノートを確認すると書いている。

今はそんなことよりも点過去と再帰動詞を覚えなければならないのに、前のことを忘れている。

いつか、習い初めのころのことを思い出すときのためにブログに投稿しておこう。何に対して問題を抱えていたか後で気づくはずだから・・・。

受講の後はフルートのレッスンに出かける。最近、吹くとき「鼻で息をする」練習をしている。昨日は、それに加えて一小節にたくさんある音符の指使いの練習で、変ニ長調の上下の音階を止まらずに吹く練習をする。

この調はファとドが♭が着かず、ほかは全部着いている。これまで習った中ではどちらかというと楽譜に臨時記号の♯が着いた曲が多い。♭の臨時記号に目がなれておらず、音階練習はいい練習になる。

練習といえば、家での練習は一度にあるところまで通して吹いている。そうではなく、きちんと止まらずに吹けるようになるまで、区切って練習するようにとアドバイスされる。

言われてみればこのやり方は何でも当てはまる。一つずつクリアしてゆく方がいい。

レッスン後、部屋をでると来客がある。聴いていると、先日の発表会を聞きに来られた人だった。その人はCDを作成されて先生に渡される。会場でこっそり録音されたのだろう。

先生は発表会後、会場の器械で録音してCDやDVDを作ってくださる。その人は親切心から作ってくださったのかも知れない。だが、どうしてこの教室がわかったのか不思議だ。昨年も聞いていた人らしい。

遅い起床はすぐにお昼になる。今日は天気もよさそう。これから自転車に乗ってさあ出かけよう!今日も元気で!

2012年11月6日火曜日

シリア情勢はブログから!?

雨の朝だった昨日と違って今朝は日差しもまばゆい。先ほど洗濯物を干しにベランダに行くと少し風もあるが気持いい。だが、今朝も遅い起床となる。

遅い朝食を食べながら地元紙を読んでいると「オピニオン」欄に長年シリアで研究者として暮らし、現地の人と結婚した山崎やよいという人の記事がある。現在はその人は日本で生活している。

毎日のようにメディアを賑わすシリア。全くその国についてわかっていない。そのためもあってか、その記事に魅せられる。文の最後に、今年2月からブログをはじめたと書いている。

先ほど、そのブログを見る。ゆっくり読みたいけど、今日は火曜日。忙しい一日が待っている。明日からシリア情勢をこの人のブログを読んで理解しよう。

今朝の記事で「非日常が日常となった今にありながら、絶望感を伝える言葉の端々には、苦しみに静かに耐えつつも、変化を期待する思いがにじむ」とある。

「非日常が日常となった・・・」は穏やかな日々が一瞬にして崩れ去った状況を感じる。

毎日穏やかに何の揉め事もなく暮らしている。それがかえって自分の暮らしにマンネリをもたらす。それゆえ日常打破を非日常に求めて、時に、旅をしたり、食べたり、飲んだり、遊んだりして過ごしている。そして何も変化のない普通の日々が一番の幸せだとも気づかずにいる。

こういう記事を読むと、日本人として日本に生きるモノとして幸せを感じるとともに、これでいいのかと逆に言われているように思える。

この人がブログを始めた2月、シリア人の夫を亡くしている。亡くなった直接のきっかけはシリア暴動と関係ないらしい。ともあれ、この人がブログを始めた1年前の2月、母を亡くして今のブログを開設した。

もしかしたら、この人も夫を亡くしたことがきっかけとなりブログを開設したかもしれない。それはともかく、20年間も日本人としてシリアで暮らした人からのブログはシリア情勢についてもわかりやすく書いてあると思われる。新しいシリアの情報をその人のブログで吸収しよう!

今日は昼前から講義を受けに大学へ行き、いつものように市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。2日間、よく眠った。元気も出てきた。さあ今日も頑張ろう!

2012年11月5日月曜日

『観光旅行の心理学』から

昨日は神戸まで日帰りのバスツアーに行ってきた。ほぼ初めてといえるバスツアーを1ヶ月の間に2度出かける。ところがバスツアーといっても、ツアーを企画する会社によってかなりその趣の違いを知った。

前回は小さな旅行社で今回は大手旅行社の主催だった。一番は乗車する運転手の人数とバス会社の大小の違いである。

運転手の人数は1人と2人の差。この差は大きい。またバス会社も個人の経営(?)する観光バスとJRバスの違い。この2つの違いは乗っていて安心・安全度がかなり違う。

しかし、参加者ではなんともいえない。前回、隣席だった人とは意気投合し、先日も会って食事をした。今回は隣に座って話をする度、草臥れる人だった。その違いは何なのだろう。

あまり同性に対して好き嫌いを抱かない方だ。だが今回は話し方が粘っこい人で、こういう人とは話の内容も合わないということがよくわかった。

今朝は昨晩遅く眠ったこともあって遅い起床となる。それ以外にもバスの疲れが出たのだろう。

今週半ば、お寺の世話をする女性と山に行く予定をしていた。だが、疲れもピークに達しているので山行きは中止した。

今日は朝から雨。その雨もあがって自転車で歯科へ行く。それが終わると、スーパーへ出かける。

午後になると元気を取り戻す。

それにしても、チョロチョロと動きまわっている。先日図書館で借りてきた『観光旅行の心理学』(佐々木土師ニ 北大路書房、2011年)によると、第2章のむすびに「自己発展のための観光旅行」が書いてある。

それによると、「なぜ観光旅行をするのか」という理由を観光旅行者の心理の中に求めて、観光旅行のモチベーションを次の3つの側面で捉えている。
①人間の基本的欲求とそれが現代的な生活に表われるライフスタイルの特徴から。
②日常生活を離れて観光旅行に向かうための基礎的動機から。
③観光旅行の具体的な動機の体系的把握とそのその測定方法から。

それによると、その欲求や動機を自発的で積極的な機能を重視し、それにより「観光旅行が、人間の生き方の前向きで自己発展的な側面を表していると考えている」と筆者は述べている。(77-78p)

それを筆者は「かりに『面白くない日常生活』や『耐え難くて暗い気分』があるときにも、人々は観光旅行をして、そこから抜け出し、逃避できる一時的な場をつくろうとする。もとより、このような『現実逃避』や『自己耽溺』に終わってしまうのは健全ではない」としながら、「そのような状況を自己発展的な生き方に変える機会にすることも,観光旅行に期待される効用のひとつである」としている(78p)。

そして筆者は、これが結果的に人々の生活の精神的な「ゆとり」や「豊かさ」をもたらすために、「旅行者自身も、その場限りの消費経験をくり返すだけでなく、『旅行キャリア』を充実させ、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ:QOL)の向上につながるように努めることが重要である」と述べている(78p)。

これを読んで、マンネリになりがちな生活の潤滑油が私にとっての観光旅行と思える。

それゆえバス旅や海外に出かけて、それに不満を抱えて帰ることは本末転倒である。

昨夜、広島駅に着く前、添乗員に以前出かけた同じ会社の海外旅行での行き先の不満を話している人がいた。こういう話を耳にする度、気の毒な人に思える。こういう人は何をしても不満を抱える人かも知れない。

同じ旅行をするならば、この本に書いてあるようにQOL向上を目指して、人生を楽しめばいい・・・。

話は変わって、毎日見ている人のツイッターを読むと、今日から当分ツイートしないと述べている。どうも田中真紀子大臣に対する不満のようだ。政治に口を挟みたくないけれど、何がどうなっているんだろう。しっかりして欲しい!大臣は・・・。

それはともかくとして、せいぜいこれからも観光旅行を楽しもう!

2012年11月4日日曜日

トローニー

先ほど、神戸市立博物館で開催中の「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」を見て帰宅。

朝早い集合のバスツアーに間に合って神戸まで出かける。広島駅新幹線口の集合場所は、日曜日とあって各社のバスが勢ぞろい。どのバスかわからず、添乗員の携帯に電話する。しかし、応対中で電話は通じない。ぶらっとそこら辺りを通っていると名前を呼ばれる。添乗員だった。

今回も前回のバスの旅同様、一番前の席。ほとんどバスツアー経験のないモノにとって何とラッキーなことか。隣席は音戸の人。朝3時におきてタクシーで呉まで出たという。5時起きでも大変なのに3時とはご苦労なこと。

今回の隣席の人は、しゃべり方がなんといえばよいのか、全く自分と比べて対照的な人。あまりこういう人と接触がない。話をするだけで草臥れそう。だが、昼食時、ホテルのレストランを貸しきってのコースランチで1人参加3名が相席となる。その人以外の人と気が合って一緒に絵画を見て廻る。

展覧会参加の目的はフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ること。ところがフェルメールは今回1点の出品と思っていたら、ほかに「ディアナとニンフたち」も展示されている。

会場に着く前、添乗員は博物館へ何度も込み具合を問い合わせる。最終的には10分ほどの待ち時間ですぐに会場に入ることが出来た。

博物館はJR三ノ宮駅から近くメイン道路に面している。しかし、大きな建物ではなく、かなり小さい。

いきなり3階に上がり、そこから展示を見て廻る。3階に上がるとすぐに目的の「真珠の耳飾の少女」を見るために2階へ降りる。会場は展覧者が多いため、遠くから見る人と近くから見る人を区別して列を並ばせる。だがいずれにせよ狭い会場。そこまでする必要もないと思いながらも近くから見る列に並ぶ。

「真珠の耳飾の少女」はまるで展覧者の顔を見ているような仕草で横向きで顔を向けている。

見ていると横に書いてある説明書きに「トローニー」の文字が何箇所か絵の説明で書いてある。

最初から展示品を見ていないのでその意味がつかめない。警備の女性に声をかけて聞くと絵に描いてある人物が特定の人ではないという意味と教えてもらう。

先ほど、ネットで検索する。

 「少女は誰なのか。謎解き小説や映画が思い出されるが、マウリッツハイス美術館の学芸員、レア・ファン・デァ・フィンデさんは『誰がモデルかは問題ではない』と話す。」、「17世紀オランダにターバンを巻いた少女はいない。つまりこれは肖像画ではなく、トローニーなのです」、「『トローニー』とはオランダ語で頭部の習作の意。『特定の人物の似姿ではなく、匿名あるいは架空の人物の表情、性格のタイプを表すことを意図した絵画作品』という。フェルメール没後の財産目録に『トルコ風の服装をしたトローニー2点』とあり、うち1点がこの作品である可能性が高いとされる。」

「『ターバンなどオリエンタルな服装や古典的衣装を着たトローニーが多いのは、需要があったため』とレア・ファン・デァ・フィンデさん。『真珠の耳飾りの少女』はいわば、人々が求めた理想の少女像だった。魅力的な少年のトローニーもある。フランス・ハルス(1582ごろ~1666年)の『笑う少年』。薄汚れた歯をむき出しにした、無邪気な笑い顔を見てほしい。この絵の目的も、架空の『楽しげな少年』を表すことにあった。こうしたトローニーの名手がレンブラント(1606~69年)だ。『笑う男』など典型的なトローニーもあるが、彼が生涯を通じて描いた自画像にも、その要素が色濃く表れている。」(http://sankei.jp.msn.com/life/news/120715/art12071507400001-n1.htmより引用)と書いてある。

会場へはカメラを持ち運べず「トローニー」というキーワードをもらったパンフにメモする。

フェルメール以外にもレンブラントの絵画などを見て廻る。狭い会場はどこも人、人、人。

昼食はホテルのレストランでの食事。かなり手の込んだ料理で、上品な味で美味。ビールやワインを、と思ったが眠くなりそうなので飲まずに食事。ホテル側の気の使い方は相当なもの。これから続く大手旅行社のツアーのためもあるのか、全員外にまで出て見送ってもらう。

フェルメールを見た後は、ゆっくり会場を見学する。いつも絵を見るときはパンフに描かれている絵を中心に見て廻る。2時間半あるフリータイム。かなりゆっくり見学する。

見学後、食事で一緒だった人とバスの集合時刻まで短時間ながら市内を散策。いつもカタログの通販で購入する大丸デパートに出かけると、広島とは比べられないほどのお客がいる。その大半は観光客かもしれない。だが、それにしても多い。

集合時刻になり、博物館に戻ると道に人が溢れている。どの人もお目当ての観光バスを待っている。名古屋、四国、広島と観光バスを待つ人の波。道路はかなり渋滞し、広島までの観光バスも15分遅れで到着。

帰りのバスの中で、横に並んだ両脇の人と話していると先ほどのキーワード「トローニー」の話が出る。どの人も言いたいことが言えそうにない。多分メモした言葉だと思い、それを教えてあげる。やはり「トローニー」だった。

こういうとき、ブログに投稿しているとメモする癖が出て役にたつ。

美術に関してはかなり疎い。しかし、今日覚えた「トローニー」は忘れないだろう。願っていたフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ることが出来た。これでフェルメールを3点見たことになる。

家に帰ると郵便物が届いている。うち一通は旅行社の旅カードの通販会社からだった。楽しんで帰った後の、旅行社以外に利用される通販カタログ。これはどうなんだろう。あまりいい気はしない。

気を取り直して、明日は次に行く予定の申込書をそろそろ郵送しようかな・・・。

2012年11月3日土曜日

土曜日はゆっくりと・・・

今朝の地元紙をみると、通っている大学のホームカミングデーと大学祭の記事がある。昨日講義を受けに大学へ行くと、色鮮やかな手作りの門が作られ、あちこちにテントを張ってその用意をしている。

そこへ6年間通っていた。しかし一度もそういう行事に参加しなかった。10年近く、母の介護と、家と大学を往復するだけの日々で忙しく時を過ごした。今となってはそれも懐かしく、よくやっていた自分が愛おしい。

今、その反動のように毎日動き回っている。

昨夜は、バス旅で知り合った人と街中で食事をする。その人はお昼も人と会っていたらしく、豪華なランチを食べたという。夕食場所は予約を入れてもらっていた。はじめて行くお店で、狭い狭い個室がいくつもある。

それを見てもうビックリ!誰がそんな個室を考えたのだろう?だが、若者は絶え間なくやってくる。

その人は会うなり、バス旅で持参したカメラと同じカメラを買って持って来た。

合流前、久しぶりに八丁堀界隈のデパートに入る。三越に入っても客は少ない。待ち合わせの時間まで少しある。隣のデパート閉店後に入店したヤマダ、ユニクロ、丸善が入るビルに行く。

何年もそのビルに行ったこともなく、今のようになってからもはじめて入る。人について6階に行くとユニクロだった。ユニクロは知っているが初めて行った。その無機質な空間にこれまたビックリ。

すぐに階を降りるとヤマダ電機だった。ここはさらに無機質。この中で仕事をしたならば精神をわずらいそう。すべてが整っていてきれいだ。しかし、異常に無機質。多分、こういう環境は女性は好まない?

すぐに出て待ち合わせ場所の三越に戻る。なんとここは温かみのある空間と改めて気づく。時間まで三越の地下に降りて全国の銘菓売場で初めて目にする菓子3品を購入する。

その人と合流後、先日金沢へ出かけた際の「兼六園純金飴」をお土産にもらう。そのお返しではないけれど先ほど買ったうちの一袋を渡す。

狭い個室でモニター画面を見ながらそれにタッチして美味しそうなものを注文する。出てくる一品一品はきれいに盛り付けられ、女性が好みそう。飲み物もいろいろとある。先ずはビールで乾杯!

画面を見ながらオードブルからデザートまで次々注文する。食べてはしゃべり、しゃべっては飲む。どの料理も美味しく、楽しい夜を過ごす。

そのお店を出るとカフェに入る。そこで旅の話をさらに続ける。その人はイタリア、フランスへ行きたいらしい。次回の海外の行き先を決めているので、とりあえず年末、年始に会おうと決めた。

旅行社から毎月送られてくる情報誌が届いたならば知らせることにして昨夜は解散。

〇〇さん、昨日は楽しかったですね。またいつか是非会いましょう!

明日は朝早くからバスで神戸にフェルメールを見に行く。念願の「真珠の耳飾りの少女」。

今日はこれから自転車でスーパーへ出かけ、その後は家でゆっくりしよう!さあ今日も元気を出して・・・。

2012年11月2日金曜日

学んで遊んで

日に日に冷たい朝になっていく。寒くなると起きる時刻が気になってくる。今朝もアラームで目を覚ます。金曜日は午前中の講義なので9時過ぎに家を出る。幼馴染にその時刻を話すと何が早い?という顔をする。いわれてみればその時刻は学校も仕事も始まっている頃だ。

7時起床がやっとなので次に行く予定の神戸のフェルメールは「5時に起きて見に行くので億劫」と幼馴染に話すと笑われてしまった。彼女は毎朝5時起床だという。

5時といえば毎日見ている人のツイッターでも「起床5時」となっている。5時に起床ならば、その人たちは一体何時に寝るのだろう。

今日もスペイン語を習ってきた。一箇所どうしてもわからず、帰りの列車の中で考える。先ほどやっとその疑問も解ける。

今日も先生は講義の最後で「日本語で考えると難しいのでスペイン語はこういう構文だ」として覚えるようにと話される。思わず、その言葉をノートに書いてしまった。

外国語を習うとは単語を覚えるくらいに気安く考えていた。だが、それは大間違い。その国独特の文法が待っている。

文法のみならず、今日は発音も同じスペイン語圏でもかなり違うらしい。今日はその点も習う。

スペイン語圏はスペインのみならず、全世界で使用されている。特にアメリカ大陸の国での使用が多い。

アメリカ大陸は南米ペルーに行った際、ロスへ2泊しただけで他は全く知らない。そう思えば行ける楽しみもあるけれど・・・。

ロスといえばロス・アンジェルス(Los Angeles)。これはスペイン語だと習い始めて知った。他にもラス・ベガス(Las Vegas)もそう。Los、Lasは冠詞から着いている。これもコロンブスがアメリカ大陸を発見したからその名が付いたのだろうか。いつか調べてみよう。

ともあれ、講義を受けた日はスペイン語を頑張ろうと思う。

ところが今日は「頑張ろう」が遊びで頑張ろうになりそう。先日九州のフェルメールに行った際、バスが隣席で知り合った女性と夕方市内で会うことにしている。

きっとまた楽しい旅の話題で盛り上がりそう。互いに独身同士。これも独身ゆえの特権?美味しいものを食べよう!!