2021年10月31日日曜日

またも慌てた!

 アクシデントは突然にやってくる。昨日の午後、お天気もいいので2階の掃除をしようと思い立つ。年に数回しか2階の掃除をしない。が、時々は空気の入れ替えにあがっている。2階の部屋の窓を開けて見下ろすと鬼瓦が飛んでいる。さあ、大変だ。

 1年余り前に2階のエアコンの室外機を近くの電気屋さんに取り外してもらった。その時点では何の問題もなかった。急遽、姉に電話して相談する。困ったときの神頼みで電気屋さんに相談に行く。土、日は店主がいないらしく月曜日に電話をかけてくれるという。電気屋がダメならば直してくれるところを紹介してもらおうとした。

 家のメンテは義兄が1級建築士なのですべてをお願いしていた。が、姉の家と我が家は少し離れており、互いに年も取ってきた。何もかもおんぶにだっこではいけない。と、考えを改める。が、変な世の中、危ない業者に頼めない。近くの電気屋さんは長年お店をされている。その点は安心だ。瓦と電気では何の関係もない。が、エアコンの室外機が瓦の上に備え付けてあったのでもしかして大丈夫か、と思った。

 今朝、新聞折込に市の情報紙が入っている。隅々まで念を入れて読んでいると「おしえてコール」の電話番号がある。そのHPを見ると市政や生活に関することの問い合わせのようだ。年中無休で対応とある。これはいい情報と思った。詐欺まがいの業者に騙されないためにもこの「おしえてコール」はいいアイデアだ。外れた瓦は飛んだ、といってもすぐそばにあった。携帯で写真を撮って電気屋に見せた。早く元通りに瓦が収まるといいけど……。

 2階の掃除のついでに部屋に置いていた古い扇風機と使わずじまいの新品の石油ストーブを大型ごみに出そうと下におろす。今や暖房は電機製品だけだ。この2つの処分も気になっていた。月曜日にこれを市にお願いしよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月30日土曜日

『知の旅は終わらない』その1

 好天に恵まれた穏やかな朝のひとときをかき乱す選挙カー。衆院選は選挙区の候補者の事務所が東広島市に集中し、我が家の辺りではほとんど選挙運動をしていない。ところが県知事選挙の候補者のなんとうるさいことか。朝から共〇党が家の前で車を止めて大声を張り上げる。誰が一票を投じるか、と思いながら早く帰れと言いたくなる。こんな状況が選挙日まで続くと思うと嫌になる。

 立花隆の『知の旅は終わらない』を読んだ。この本は立花の自分史と思える。立花について知らなかったことが書いてある。

 結婚も2度しており、初めの人との間に男児をもうける。元妻は50歳ころに癌で亡くなる。翻訳家だったようだが、亡くなる前に1か月で息子あてに本を書いた。立花は当時2度目の結婚をしていたが、病に侵された元妻からの連絡で病床に見舞う。その時、本を書いている、と聞かされて立花はそのすごさに驚く。この場面は『知の旅は終わらない』、サブタイトルとして「僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと」(立花隆 文藝春秋 、2020年第2刷)に書いている。この続きの『知の旅は終わらない』は後日ブログにアップする予定。

 ウキペディアで立花隆を検索すると以下のような文に目がいく。

★幼少期より人の生と死の問題に関心を持ってきた。あるいは人間存在の本質に興味を抱き続けてきた。立花自身は次のように述懐している。「人生というのは、いつでも予期せぬことに満ち満ちている。計画など立てたところで、計画通りの人生など生きられるはずがないのである。もし自分の計画通りの人生を生きた人がいるとしたら、それはたぶん、つまらない人生を生きた人なのだ…(略)」(『生、死、神秘体験』から)

 『知の旅は終わらない』についてはまたにするとしても「人生というのは、いつでも予期せぬことに満ち満ちている。計画など立てたところで、計画通りの人生など生きられるはずがないのである。もし自分の計画通りの人生を生きた人がいるとしたら、それはたぶん、つまらない人生を生きた人なのだ…(略)」に妙に納得する。『生、死、神秘体験』はまだ読んでいないがいつの日か読んでみたい。

 どんなに偉い人でも「計画通りの人生など生きられるはずがない」のだからましてや凡人はさらにそうだ。これは前にも誰かがツイッターに同じようにつぶやいていた。自分の人生を振り返ってみても今の年齢でまさかこのようであろうとは想像さえしていない。というか計画通りにモノ・コトが運べば生きる面白さもなくなりそうだ。先がわからないから生きて行ける。

 いろんな本を読んでいるが『知の旅は終わらない』はそのなかでも読みごたえがある本だった。気に入った箇所をブログに記そうと入力する。入力していると旅の話題がある。まだ見たことがないトルコ・エフェソスのアルテミス神像を見てみたい欲求にかられる。トルコは1度行ったがアルテミス神像は見ていない。コロナ禍で今は海外に行かれない。が、いつかコロナが収まれば見てみたい。立花はこの神像を一目見て心を奪われ、再度見たいと思ったそうだ。が、アルテミス神像との再会は10年後だったという。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月29日金曜日

レモンの木の伐採その2

 地元紙を読むと「庭じまい 心もすっきり」の記事がある。さらに「高齢者 足腰弱り手入れ重荷」との見出しもある。レモンの木の伐採を「庭じまい」と思ったことはない。何でも「~じまい」の言葉でひとくくりにしようとする考えが気に入らない。これは「終活」などの「~活」にも言える。ある年齢になるともう人生が終わる、とでも言いたいのだろうか。

 シルバーにお願いしたレモンの木の伐採は1時間でおわり狭い庭がきれいになった。伐採後にゴミと化した枝や葉っぱ、そして幹がある。幹は3,40㎝に切ったのが4本あり、後日燃えるゴミに出す。枝や葉っぱはシルバーさんがナイロン袋に入れてくれた。これは大きなナイロン袋2袋ある。ゴミとなった葉っぱはキログラム辺り40円の費用が掛かるらしく、別のゴミ集荷業者が取りに来るという。昨日、午後2時ごろ庭を見るとすでに葉っぱなどのゴミは集荷済みだった。手でゴミ袋を下げた時、かなりの重量だった。2袋の重さが、たとえ50キログラムあるとしても2000円だ。これにシルバーさんへの伐採代が加わる。いずれにしても以前、2度ほどお願いしたような万単位の金額にはならない。

 木を伐採した後、散歩中の人に声を掛けられる。隣の区から歩いて我が家の辺りまで来たという。我が家から見える山へ行きたいらしい。が、すでに1時間半歩いていて、さらにここから自宅まで歩いて帰るらしい。散歩の人は年配の男性だったが町歩きもいい運動になりそう、と刺激を受けた。自分自身は市内の区へ自転車で行こうとせず、いつも市内とは反対の町へ行く。近場の見知らぬ土地を歩く、楽しいかもしれない。

 狭い庭に1本の木もなくなった。来年の夏は木陰がなくて暑くなりそうだ。花を植えようとして早速、昨日スーパーで花と野菜の土が10㎏入った1袋を購入した。自転車で持って帰ったが1袋庭にまくだけでは土は足りそうにない。ただ土は1袋税込み178円と安い。100円ショップの土は砂糖の袋くらいしかない。これからはスーパーで土を買うことにしよう。

 木の伐採は終わった。ただ、木の伐採で家を空けられず、選挙応援の著名人を見に行かれなかった。残念。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月28日木曜日

レモンの木の伐採その1

 シルバーから電話があり今日の午前中にレモンの木の伐採に来るという。切ると決めれば何も躊躇することはない。が、人が我が家にやってきて伐採が終わるまでが気になる。何ごとも気になることが終わればどういうこともないのになぜか気にしてしまう。

 母の米寿の祝いにと姪がくれたレモンの木。地に植えてから18年になる。8年間は実を点けなかったレモン。が、以前にお願いしたシルバーからリン酸カリウムの肥料を撒けば実がなると教わった。すぐにそれを撒くと翌年から実をつけだした。年ごとにレモンの実は増え続け100個実ったこともあった。そのレモンの木を今年になって伐採する気になった。2,3月ころレモンの木が茂るので3分の1くらいほど枝を切った。幹のてっぺんを切りたかったがどうやっても自分の手に負えない。横を切れば縦にどんどん枝を伸ばす。この時点でレモンの木を伐採しようとなった。

 もう何十年も前になる。小さい頃に同じ場所に橙が植えてあった。実をつけていた橙は大きくなって父が伐採した。庭はもともと畑地だったせいか何でもすぐに大きくなる。レモンを切れば庭の木はなくなる。狭い庭に次は花を植えよう。

 1年余り前に小さい鉢植えのペペロミアを買った。いつの間にかそれも大きくなり鉢も変えて今では3鉢に植えている。先日は室内に置いているベンジャミンを我流で剪定した。切った小枝をコップに入れた水に差していたら根が生えた。1本は水栽培し、もう1本は鉢に植え替えた。どちらも新たな芽を出して葉っぱになっていく。

 手入れをせずしてもなんでも植えれば大きくなる。テレビを見ているとコロナ禍のこのご時世、有名人などは植物を育てる、と話していた。この気持ち、よくわかる。手入れをしないといっても毎日手に取って眺めていると大きくなってゆくのがわかる。これがいい。本来ならば花が咲くものがいい。これは手入れが大変そうだ。が、レモンを切れば花を植えるスペースができる。花を植える!?その前にレモンの木の伐採が待っている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記

 この時季はレモンを切るのでなくレモンが実るころだ。ところが今年の冬に大幅に枝を切って以来、葉っぱばかりが茂ってレモンは実をつけていない。去年はかなり実ったがもうこれからはそれもない。

2021年10月27日水曜日

何と間抜けな……

 近所の人からいただいた干柿を食べていた。貰ってから冷蔵庫に入れたためか干柿が硬すぎる。二口目を口にした瞬間に前歯の差し歯が外れた。ああ何と間抜けなことか。時刻を見ると正午過ぎだ。すぐに歯科へ急ぐ。慌てて家を出た。すぐに保険証を持参していないと気づく。家の鍵を急いで開けて保険証をもって自転車で歯医者へいそぐ。すぐに診てもらった。といっても心はざわつく。もしかして入れ歯になる!?

 外れた歯を持参した。レントゲンを撮って歯の根が大丈夫だったのかすぐに外れた歯を元通りにしてもらった。鏡を見せられてホッとする。しばらくすると他の患者が2名やってきた。その頃には気持ちも落ち着く。

 選挙で東京から応援に著名人が駆けつける話になった。明日の午前中、地元最寄り駅広場に来るそうだ。歯医者の先生は木曜日が歯科の休日なので見に行くと話される。看護師も受付も患者も皆、ミーハーになって話が盛り上がる。もしも歯が元通りにならなかったならば面白い話であっても加われなかった。ところが歯も落ち着いて話に加わる。

 定期的に通っているのは眼科だけ。だが、歯科もアクシデントに見舞われると通うことになる。幸い、眼科、歯科の両先生はいい先生なのでずっと診察を続けてほしい。そう願う。が、ともに若い先生ではなく80代と70代だ。自分自身が生きている間は診てほしい、と思っているがさてさて。

 あとで気づく。慌てて家を飛び出したので玄関の鍵は掛けて出たけど窓は全部開けていた。幸い何もなくてよかった。が、危ない、危ない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月26日火曜日

朝からあれこれと

 12月に予定していた南の島の旅をキャンセルした。新聞広告で旅の募集を見ると以前にはなかった参加条件が記される。それも見るたびに一定した条件でなく微妙に異なる。旅の催行も決まっておらず、ここは潔くやめようと決めた。何か心に引っかかることがあると旅に出ても楽しくない、そう思った。これは別に旅だけでなくあらゆるモノ、コト、ヒトにも当てはまる。自分の気持ちに正直に行動しないと怪我のもとだ。

 一度決心すると迷わない。気持ちがさっぱりする。今日は昨日と打って変わって秋らしい好天だ。先週は美術館巡りやコンサートなどでよく動いた。なまっていた体を徐々に動きモードにしてプールへと気も焦る。電話で確認するとプール利用も以前の状態でなく、週2日程度しか利用できない。ということで元のようには簡単に泳げそうにない。気持ちを切り替えて他の面で楽しみをみつけるしかなさそうだ。

 今日はこれから図書館へ。そして店内改装で休みだった生協が20数日振りでオープンした。お店に行ってみよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月25日月曜日

久々のコンサート

 今朝8時半頃、電話が鳴る。シルバー人材センターからだ。レモンの木の伐採費用が剪定する人から出されたという。これまで隣町で2度お願いしたよりも格段の安さだ。ただ、切って出る葉っぱなどは別の業者が集荷に来るとのこと。それはキロ単位で値段が変わるそうだ。ともあれ、伐採をお願いした。

 昨夕、知人が出演するコンサートに出かけた。コンサートから帰るや否やチャイムが鳴る。近所の人だ。「柿が好き?」と聞かれる。渋柿だ。これを「干柿にする?」とも聞かれる。「干柿は出来ない」と言った。あれこれ話していると渋柿の渋を抜きたいのでその方法を教えてくれ、と言われる。パソコンで検索して教えてあげた。その後、渋を抜くための焼酎を買いにお店に行ったが量が多くて別のお店を物色するという。その際、干柿と熟した柿をたくさん持ってきてくれた。

 以前、母を介護していた時、車いすに乗せそびれたり、何かのはずみでお尻が床に着いたとき自分の手ではどうしても母を起こせなかった。そんな時、柿をくれた人に電話して助けてもらった。その家も親を介護されていて要領を得ていた。近所に親切な人がいると本当に助かる。

 柿を貰って話を続けているとレモンの伐採になった。シルバーに頼んだと話すと切ってあげたのに、といわれる。また伐採はもったいないとも言われた。この言葉はありがたかったが、すでにシルバーに頼んでいる。何かあったら、と声をかけてもらうだけでありがたい。

 話は昨日のコンサートになる。知人にもらったチケットを持って久々にコンサート会場へ行く。受付を済ませようと並んでいると後ろの人が花束を抱えている。その後ろの人は花束が綺麗云々と話している。振り向いて花束を見ながら何も持ってこなかったことが頭をかすめる。その時、知人がやってきた。とっさの言葉が「何も持って来んかった!」と。自分でそう言った後、第一声に発する言葉ではなかったと悔やむ。挨拶とお礼が先のはず、と。

 「希望の光コンサート 未来へ」と銘打ったコンサート。その前半と後半始めはワーグナーやモーツアルトの曲の演奏があり、締めの曲は「ふるさとの四季」とのタイトルで日本の抒情歌の合唱だった。「ふるさと」ではじまり、その間に抒情歌があり、最後にまた「ふるさと」で終わる。「ふるさと」は母を亡くして以降、涙なくしては歌えなくなった。

 久々のコンサートだった。演奏、合唱、そして指揮者はよく知った人たちが多い。いい演奏会だった。中でも歌はこの季節に相応しい曲だった。家に帰ってメールで知人に失言を詫びる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月24日日曜日

県北の美術館巡り

 10人乗りのワゴン車をチャーターして県北の2つの美術館を巡った。同乗者は日本画の先生を中心とする教室の生徒や先生の仲間である。まずは県北の三次の美術館で開催中のホキ美術館名品展に行く。今回はホキ美術館所蔵の写実絵画が中心の展覧会であり、五味文彦の「木霊の囁き」に魅せられた。木霊とあるように樹木の絵である。今、日本画を描く際、樹木にハマっているので気に入ったのかもしれない。以前、県立美術館で魅せられた磯江毅の絵もあった。常設展は奥田元宋の絵画だが秋に相応しい紅葉の絵が展示されていた。

 13時までの集合までフリータイム。絵を見た後は近くの物産展やワイナリーに行く。土曜日とあって多くの人出だ。まずはお昼を、と思って物産展の食事場所に向かう。受付で名前を書いて待つが埒があかない。これでは集合時刻に間に合わなくなる。先生たちはもしかして美術館のレストランで食事?と思って電話で確認するが先生も他の人も電話がつながらない。後で聞くとレストランもいっぱいで物産展でランチを食べたとのことだった。同じ物産展愛でも先生たちの食べられた場所と自分が食べようとしたところは違うようだ。

 仕方なく物産展内でお弁当とお茶を買って外のベンチに座って食べる。後でほかの人に聞くと同じようにベンチで食べたという人がいた。聞いた人はベンチも人が多くて座れず他の場所のベンチを探して食べたという。

 車は八代の丘美術館へ向かう。ここの美術館は小さい棟が十数棟あり、1年間、貸切っての展示会場となる。日本画の先生も1棟を貸切って1年を3期に分けて展示される。今回は2期目で大作が並ぶ。まるで別荘のようで絵を見た後は控えの部屋に入ってティータイムが始まる。ここで顔なじみでない人と知り合いになる。大半は顔なじみの教室の人たちだが。

 秋晴れの行楽日和の一日だった。9000歩とよく歩いた。ただ、せっかく県北に行ったのにススキやコスモスが生えている場所に行かれなくて残念。美術館の周りはどこも駐車場でコスモスやススキといった風流さは見られない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記

 美術館巡りを終えて広島に向かう車内で電話が入る。番号を見ると前日、家の固定電話に4度もかかってきた人からだ。恐る恐る無言で電話に出るとシルバーの人だった。事務所を通さず、直接剪定する人からの電話に驚く。シルバー人材センターから携帯の番号を聞かれていた。ともあれ変な電話でなくて一安心。昨日のメディアによると竹原市の60代の人が4800万円も詐欺に騙されている。フリーダイヤルと同じく090も慎重にならざるを得ない。変な世の中になった。竹原の被害者は携帯電話のショートメールで被害に遭っている。

2021年10月23日土曜日

『新史 太閤記』(上)

 先日、画材屋さんから22日のお昼過ぎに作品展に出品する4点の絵を取りに行く、と電話があった。ところが昨日に限って朝7時過ぎから090で始まるわけのわからない電話がかかる。それは一度でなく時間を置いて何度もかかる。(もしかして画材屋さん?)と思った。が、(この電話は何か違う)、と思って電話に出ない。お昼を過ぎても絵を取りに来られる気配がない。画材屋に電話するも電話がつながらない。午後2時半、やっと画材屋さんが来られた。お昼過ぎを、勝手に正午すぎと思い込んだ自分が悪いのだか、人を待つのは草臥れる。

 業者に絵を渡すとすぐに買い物に行く。一歩外に出ることがなんと自由なことか。自転車に乗っても気分がいい。昨日は人を待つという拘束状態の半日だった。朝から何度もかかる090の電話は選挙目当てかもしれない。

 以下は先日読んだ『新史太閤記』(上)(司馬遼太郎 新潮社、平成二十六年第九十六刷)から気になる箇所を抜粋した。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★余談ながら、のちに豊臣秀吉になるこの男は、ずいぶんと話好きの快活な男で、多少法螺(ほら)も吹き、自分の若年のころの自慢話や苦心談などあけすけにいう男だったが,ついに十代のころの話だけは、「尾張中村の名もなく百姓の子にうまれ、幼いころ寺に入れられたが、途中で抜け、その後ほうぼうを放浪した」というのみで、具体的な話はほとんど語ったことがない。語るにはあまりにも悲惨な事が多かったためだろう。自然、太閤伝記の作者たちは、太閤のこの時期を知っている者たちの語り継ぎを記録するしかなかった。(67p)

★ちなみにこの時代、公式の黄金通貨というものはない。それ以前にもなかった。官製の黄金通貨は、この猿が天下をとって日本史上もっとも強力な統一国家を作ったとき、はじめて官製による「慶長大判・小判」を鋳造流通せしめたのが、最初である。……(矢作の薬王子(やこうじ)の優美と、この駿河の黄金(こがね)は生涯わすれぬぞ)と、猿はその冷たい手触りを味わいつつ、しんしんと思った。……猿の生涯の夢といえば、将来、いつの日か、馬に騎れるほどの身分になり、腰の袋に永楽銭を二十枚、つねに持っている分限になってみたいということだけであった。(80-82p)

★数日して猿は信長の草履取りになった。猿の運のよいことに、ほどなく足軽の欠員ができたため、浅野又右衛門の組子になり、長屋を一つ貰った。その欠けた足軽が、「藤吉郎」という名であったため、その穴を埋めた猿も自然織田家の習慣によってそう呼ばれることになった。もっとも名だけで、足軽には姓というものはない。(132p)

★ちなみにまくわ瓜とは、美濃本巣郡真桑という村でとれる。それで真桑の名がある。まくわはアフリカが原産地でインドに伝わり、東へ伝わってシナに入り、西域の美果とされた。やがて朝鮮に南下し、わが国の応神帝のころ朝鮮からの帰化人がこの瓜のたねをもたらしたという。それが美濃本巣郡真桑村の砂の多い畑に適ったらしく、ここの特産になった。織田信長が美濃をわがものにしたとき、この瓜を朝廷へ献上した。……それほどに、美濃の真桑瓜は諸国で貴重なものとされた。(254p)

★調略の才である。(猿の調略は、すてたものではない)信長は、そう思った。……猿のやり方を見ていると、まるで逆であった。最初から最後まで調略、調略であり、合戦はその一部にすぎない。(ふしぎなやつだ)と信長が猿をそうおもったのは、その点であった。……、事実、信長はこの時期から、調略外交に専念しはじめている。(猿から教えられた)と、ひそかに信長はおもったが、口には出さなかった。(279-280p)

★(猿は、こういう男だ)信長の藤吉郎観が、このときに確立した。こういう実体(じってい)さ、可憐さ、潔さがなければ、猿は所詮、ペテン師であったろう。それを信長は思った。ここ十年手飼いにし、人がましくやった礼に、猿はいま織田軍の壊滅を防ぐための人柱になろうというのである。(328p)

★――猿め、殿様をうまうまとあやすことよ。と、人々は嫉むだが、猿にあってはあやしているつもりはなかった。信長はいかなる人間にも騙される男ではない。この男ほど人に騙されぬ男も、史上に類がないであろう。猿はその信長の炬のような眼光を知っているために、騙すあやすの手を用いているつもりはなく、ただ心魂を込めて信長のよき道具になろうとしているにすぎず、それ以外の雑念がなさそうなことを、たれよりも信長自身が見抜いていた。猿が天下に対し別念をおこすにいたるのは、信長の死を見て以後のことであった。(350p)

★赤飯を強飯(こわいい)ともいう。浅いの旗の赤さと強飯をかけたあたり、このやりとりはどうみても近江人の勝ちであろう。(370p)

★「猿、すぐ姓を変えろ」信長も、多少家中の思惑を感じとったらしい。なににしてもいままでの木下藤吉郎では御小人頭で大瓢箪をかついで駆けまわっていた頃の印象がつよく、それが近江半国の俄大名とあれば人々も軽んじ、猿も落ちつかぬであろう。信長は猿を土くれの中から拾いだしたが、この猿を人がましくするために、足利家の貴紋を呉れてやったり、いまはまた姓まで作ってやろうとしている。(372p)

★名乗りの秀吉はもとのままである。これによって新称は「羽柴藤吉郎秀吉」になったが、ただし信長は「筑前守(ちくぜんのかみ)」を私称することを許し、翌々年、朝廷に要請して、それを公認の管称にしてやった。(373-374p)

2021年10月22日金曜日

白菜の季節到来

 所属する某研究会の会報が届く。なかには会費振り込み用紙が同封されている。すぐに年会費を振り込む。が、なかなか会報をすぐには読み切れない。会報といっても研究誌であり、読むぞ、という気力が伴わないとただ字面を追うだけとなる。これは司馬作品を読むときも同じだ。司馬作品を読むのは自分自身のライフワークとなりつつあり、字面を追っていても興味関心がある。ところが研究誌は興味があるなしがテーマによって分かれるので全部を読むのは大変。ともあれ、本を読むのは楽しいので気長に読むことにしよう。

 本と言えば昨日メールが届く。それは小学生時代の同級生が昔の国史を現代語に書き換えた本である。紙の媒体の本はすでに発行済みだが、今回、電子書籍化した、とのメールが入る。と同時にご自身が専門の技術書を著し、これも電子書籍化したとのことだった。専門は工学系で若者向けのようだ。
 
 昨日は今年の秋初めて白菜を一つ買った。白菜は年中スーパーで売られているがこれから冬にかけてが食べごろの本番となる。早速白菜のおひたしにした。

 今朝は風もなく穏やかだ。が、日差しがない。気温は20度と過ごしやすい日となりそうだ。お昼過ぎには画材屋さんが絵を集荷してくださる。愈々作品展も近くなった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月21日木曜日

「追悼 其阿弥赫土展」を見に行く

 呉市立美術館で開催中の特別展「追悼 其阿弥赫土展」、サブタイトルは「幽玄を描いた日本画家」を見に行く。出かける前に電話がかかる。固定電話の表示は090から始まる番号だ。連日、市内で発生している還付金詐欺。090の番号で電話がかかることはあまりない。が、(もしかして変な電話?)と警戒する。フリーダイヤルであればもちろん電話に出ない。恐る恐る声を発しないで電話に出ると先方の声がした。電話の相手は来月開催の日本画教室作品展を扱う画材屋さんだ。「変な世の中なので失礼しました」といって応対を詫びる。画材屋さんは「どこの家も同じです」と。皆さん、怪しい電話を警戒しているようだ。

 今回の作品展は2年分の作品展のため会場も広い。30周年という節目の年でもあり先生の展覧会にかける意気込みが伝わる。生徒の出品作も例年よりも倍くらいと多く、搬入・搬出 は業者任せとなった。いつ電話がかかるかわからない業者からの電話がかかって安心して呉まで出向く。ただ、思ったよりも風が冷たく吹き、着ていた服が薄着過ぎた。

 快速の安芸路ライナーに乗車して呉駅で降りる。乗車時間は27分と短い。呉駅から美術館までの途中でジョギング中の人に美術館の場所を聞く。お昼休みのジョギングなのかあちこちでその姿が見られた。しばらく歩くと美術館に到着。特別展の其阿弥赫土(ごあみかくど)は習っている日本画の先生の先生である。先週の教室で先生は其阿弥先生に習われていた当時、個展が開催されると先を争って絵を買う人たちがデパートの開店前に列を作って並んだ、と話された。それくらい其阿弥氏の絵は売れに売れたそうだ。

 其阿弥赫土は東京藝大で学ばれていた頃、卒業を待たずに学徒出陣。その後、紆余曲折を経て地元で絵を描き続けた。特別展のリーフによるといろいろと受賞を重ねて以降、「独自の道を探求しました。やがて優れた技量とたゆまぬ精進に裏打ちされた精神性の深い絵画世界を創出し、自然が織りなす事象や日本各地の寺社などをテーマに、東洋的な心象が漂う幽玄の世界を視覚化した作風を確立しました。~没後2年となる今秋、広島の地で日本画と真摯に向き合い、芸術に一生を捧げた其阿弥赫土の画業を振り返ります」とある。ここに書いてある通り、絵を見ていると絵に引き込まれてゆくようだった。
 
 途中、ビデオ上映の部屋で30分間、大きな絵を仕上げる様子をビデオで見る。画家のお顔もこの時初めて知った。35,6年前のビデオだが絵の完成までを詳しく伝えてくれる。観覧者も少なかったのでビデオの前に陣取ってゆっくり観賞した。凡人が使う絵皿などでは大きな絵は描けないのかお椀に絵の具を入れて膠で溶いていた。

 絵を堪能した後、美術館界隈を歩く。呉は軍港だったために周辺は戦争の影が付きまとう。東郷平八郎の住んでいた家もある。家のそばには「東郷元帥ゆかりのイチョウ」、の看板がある。銀杏といえば空を見上げるほどの大木というイメージがある。だが、辺りには大きな木があるがどう見ても銀杏ではない。ふと下を向くと大木の下に囲いがあって小さいイチョウが植えてあった。後で呉駅でゲットした呉のパンフを見ると「1870年代に日本政府から英国に寄贈され、当時英国留学中の東郷平八郎が投宿したペンブロークに植えられたイチョウ。現地では『東郷元帥のイチョウ』として語り継がれてきました」とあり、「地元住民による帰郷プロジェクトの一環でその挿し木から育てられた苗木を2020年に入船山記念公園(旧東郷家住宅離れ横)に植樹された」そうだ。どうりで小さいはずだ。

 お昼も大分過ぎた。カフェらしきお店を探すが見当たらない。美術館の道を隔てたところに建物がある。そこは美術館別館でギャラリーと喫茶コーナーだった。中に入るとなかなかいい雰囲気だ。お客も数人と少ない。ランチは終わって(何か?)と思っているとピザやカレーがあるという。「珈琲?」と聞くとあった。店内に本が置いてある。どれも”VEGGY”ばかりだ。係がメニューを持ってきた。カレーを見るとベジタブルカレーやタイカレー。呉は海軍さんのカレーが有名なのにそれはない。ふと気づく。ここはベジタリアンのお店かもしれないと。VEGGYはその系列の雑誌なのだろう。ピザと珈琲を注文する。が、ピザの量が半端でない。残れば持ち帰りできるとか。案の定半分しか食べられなかった。今日のお昼に食べよう。

 絵を堪能した後は呉駅に向かう。行きには見られなかった光景がある。お店の前にテーブルが並んでいた。呉は屋台の町でもある。夜になればお店の外でのにぎやかな宴が始まるのかもしれない。

 少々涼しすぎた一日だったが楽しく過ごした。これからもなるべく外へ出るようにしよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月20日水曜日

『知の旅は終わらない』

 読んでいる『播磨灘物語』は黒田官兵衛を主とする小説である。その(一)をもうすぐ読み終えるのでその(二)を借りに図書館へ行く。コロナ禍の影響なのか館内で本を読む人は少なく、借りて読む人が多そうだ。自分自身も借りて読む派で館内では読まなくなった。それでも以前は月刊誌の「文藝春秋」を館内で読んでいた。が、今はこれも予約して借りて月遅れで読む。

 司馬作品を読み始めて再来月になれば丸3年になる。飽きもせず司馬作品を読んでいる。というか飽きるというよりもさらに司馬作品にハマっていく。昨日は『播磨灘物語』(二)を借りた。同時に書架で目にした文春新書の立花隆著『知の旅は終わらない』も借りる。この本のサブタイトルは「僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと」とある。家に帰ってすぐに400頁余りの90頁辺りまでを読んだ。この本の発行年は2020年1月。翌月にはすぐに第2刷になっている。

 この時期は立花隆は健在。だが、今年亡くなる。この本は立花隆の自叙伝を読むようであり、この人の生き方が凝縮されている。まだ全部を読み終えていない。が、小さいころから人並外れて頭はよかったようだ。大きくなるにつれて好奇心があることは実践している。大学時代、渡航禁止の時代にもかかわらず原水禁運動にのめりこみ、ロンドンの国際学生青年核軍縮会議に友人と2人で渡欧を計画するくだりは圧巻だ。ロンドンのこの件の話は以前に何かで読んで知っていた。が、改めて読んで行動力のすごさにさらに驚く。最後まで読むとどんな気持ちになるのだろう。楽しみにして今日も続きを読もう。

 秋晴れの気持ちいい日が続く。家にいるのがもったいないような日。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月19日火曜日

寂しい歌

 母の月命日の昨日、お墓参りをする。2,3日前の暑かった夏が過ぎて最高気温22度と秋らしくなった。とはいえ、墓地までの道は急な坂があり、墓地に着くと汗ばむほど暑い。家の周辺は畑も田んぼもないが墓地の近くにはちょっとだけ段々畑がある。が、そこには畑で植えられているものはなく荒れ地のままだ。それでも山への道らしさが少しだけ残る。ススキを探すが秋らしいものはなにもない。ただ墓地近くの家の庭に咲く黄色いコスモスがささやかな秋を感じさせてくれる。

 お墓参りをすませて家に帰ると自転車に乗ってスーパーへ行く。タイヤの空気が足りないのかペダルをこぐたびに変な音がする。この音は結構なストレスなのか自転車に乗る快適さがなくなる。空気を入れたけどさてさて音は如何に!?

 相変わらずQUE SERA SERA”と”その名はフジヤマ”を英語とスペイン語の歌詞で歌っている。毎日歌っていると忘れずに暗唱できる。季節は秋、ふと頭にメロディーがうかぶ。それは”母さんの歌”で、2番の歌詞の「お前も頑張れよ」。だが、1,2,3番の歌詞のうち1番だけしかちゃんと歌詞が出てこない。次はこの歌の歌詞を覚えよう。ところが母さんの歌は寂しすぎる。

 寂しすぎる歌は他にもある。3,4年前に所属していた合唱団で日本の歌など歌っていた。ある曲を歌うと突如歌えなくなる歌があった。それは”小さな木の実”で、「ぼうや 強く生きるんだ」の場面である。”母さんの歌”は「お前も頑張れよ」の場面が歌えない。他にもある。2011年の東北を襲った大震災の後でコンサート会場で会場全体に響き渡る”ふるさと”も途中から涙が出て歌えなかった。それは、その年、母を亡くしたことにもよる。

 そういえば合唱の先生はお母さんを亡くされたときに皆で歌った”ドナドナ”を歌うと涙が出ると話された。”ドナドナ”では涙は出ないが先の3つの曲はいつまでたっても涙が出てくる。いずれの歌も歌詞がいいのかメロディがいいのか、というよりも曲自体がいいに決まっている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記 ブログ投稿後に気づく。フルートを吹くときどんなに悲しい曲であっても哀しさで途中から吹けなくなることはない。吹けないのは吹いている人の力量が足りないから。そう思うと歌が歌えなくなるのはその歌の歌詞にあるのかもしれない。メロディーと歌詞が歌う人の気持ちにぴったり合う時、感情が高ぶって歌えなくなるのだろう。

2021年10月18日月曜日

リリシスト・ラドゥ・ルプー

 昨日、朝刊のラジオ番組欄を見るとNHKラジオ第一に名演奏ライブラリー「千人に一人のリリシスト・ラドゥ・ルプー」とある。この「リリシスト・ラドゥ・ルプー」がわからない。ラドゥ・ルプー、は人名と思うがリリシストは?電子辞書で調べるとG大英和辞典に1抒情詩人、2作詞家、とある。ラドゥ・ルプーをネットで検索すると「ラドゥ・ルプ(ルーマニア語: Radu Lupu [ˈradu ˈlupu]、1945年11月30日 - )は、ルーマニア出身のピアニスト」だった。後になってらじる&らじるで演奏を聴こうとしたらこの番組はフリータイムで聞かれない、とのこと。動画を見るとたくさんアップがあった。その中から”Schubert: Piano Sonata No.13 in A Major, D.664 - 1. Allegro moderato”を少しだけ聞いてみる。しっとりするピアノの音で秋に似合っている。

 コロナの新規感染者が減少し、街に活気が戻ってきた。ただ気温は急激に下がって動くにはいい季節だ。まさに行楽日和。昨日は知人から久々にコンサートの案内があった。絵を見に行ったり音楽を聴きに出かけたり、とまさに芸術の秋!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月17日日曜日

やっと秋になった!

 今年の夏は昨日で終わり今日から秋になった。季節の変わり目が今年ほどはっきりした年があっただろうか。昨日を境に気温が下がる。これから先の予報を見ても最高気温20度前後だ。昨夜は真夜中に起きて布団の上に一枚掛けた。

 昨日は日本画教室の日。先日の金融機関の日本画展を見て清水規の作品が気に入ったと先生に話す。先生曰く「〇〇さんが似たような絵を描いているからよ」と。そうかもしれない。葉っぱや樹木を描くようになって点描写を習った。点描写は自分自身が絵を描くのにあっているのか、気長に描ける。歳をとると小さいものが見えずらい、と聞く。幸か不幸か視力が悪い割にはどんなに小さいものでも楽に描ける。昨日は先生に「点描写の神様」といわれた。

 点描写を続けていると面白い。途中、ティータイムを忘れて先生に諭される。いつも賑やかな教室がカフェになると更ににぎやかだ。駅周辺や市内のあちこちで工事真っ最中。駅も5年後に新たになる。教室の人に「5年後は何歳?」と問われる。年齢を言った後で「杖を突いて教室に来るわ」と冗談交じりに答える自分が恐ろしい。先生曰く「5年はあっという間よ」と。

 これまでの5年とこれからの5年は同じ5年でも何だかかなり違う気がする。これはなぜ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月16日土曜日

ETV特集「遠藤周作 封印された原稿」を見る

  NHKプラスでETV特集「遠藤周作 封印された原稿」を見る。番組HPによると以下のようだ。

★代表作「沈黙」で知られる作家・遠藤周作。その未発表小説、104枚の原稿が長崎で発見された。なぜ、封印されたのかー原稿には、”燭影”のタイトルが消された痕跡があった。母を孤独な死に追いやった父へ、複雑な感情を抱えていた遠藤。人間の弱さとどう向き合い、ゆるすのか。小説には「沈黙」にも連なる大切なテーマが秘められていた。一人息子、遠藤龍之介の取材も手がかりに、25年の時を超えた作家のメッセージに迫る。

  見つかった遠藤周作の104枚の原稿の大半は清書されていた。が、2枚だけは遠藤直筆の原稿だった。その2枚に書かれていたのは「生活」と「人生」、そして「砂浜」と「アスハルト」であり、このキーワードに何かが込められているそうだ。この4文字は遠藤の父、母の生き方かもしれない。父は東大を出た実直な人で母は和服で演奏するバイオリニストだった。だが、生き方をめぐって夫婦間のいさかいが絶えず離婚する。遠藤は父と共に生活し、新しい母が来る。実母は孤独のうちに自らの命を絶つ。

 大きくなって父が義母と街中を歩く姿を見た遠藤は見て見ぬふりをする。ところが年老いた父が老人ホームに入り先が長くないと知ると初めて父を赦す気持ちになる。

 遠藤の父は「アスハルト」で母は「砂浜」を歩いたような生き方だった。また、その生き方にも「生活」と「人生」があるとか。遠藤の父は「生活」の生き方であり母のそれは常に高みを目指す「人生」だったのかもしれない。

 「アスハルト」は平らな道でまっすぐに楽に歩ける。が、足跡はつかない。一方の「砂浜」は足が砂に埋まり簡単には歩けない。が、足跡が砂浜に残る。「生活」と「人生」は前者が「アスハルト」の生き方であり、後者が「砂浜」の生き方に思えた。就職を控えた若い学生は見つかった小説『影に対して』を読んでアスハルトの生き方が楽そうと話す。

 自分自身を顧みて、もはや今となっては生活も生き方もアスハルトも砂浜もあまり関係ないような気もする。が、それでもどちらか一方に偏らず適当にいいところを見つけて、これからの人生を元気で楽しく歩めたらそれで十分満足する気がする。というか、あえて自分のこれまでを振り返ると50代半ばまで会社につとめたのが「生活」。会社を辞めて次のステップである社会人大学生として学んだ6年間とそれ以降が「人生」になるかもしれない。

 遠藤作品は若い頃、エッセイ類は読んでも小説はほとんど読んだことがなかった。というか小説は遠藤に限らずどの作家も読まずにいた。小説を本格的に読み始めたのは大連に出かけて以降、司馬作品にハマってからであり、もうすぐ3年になる。ところが、今回、遠藤のドキュメンタリーを見て『影に対して』を読もう、と思った。

 遠藤周作は狐狸庵先生といわれたように作家となって世に知れ渡ってからは舞台に立ったりテレビに出たりと人気者だった。遠藤は小説を書くことが「生活」でユーモアあふれる生き方が「人生」だったのかもしれない、とこの番組を見て感じた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月15日金曜日

戦力外通告etc.

 昨日は朝からあれこれと思いを巡らし、それ以降も寝るまでいろいろと思うことがあった。午前中、定期的に出かけている眼科へ行く。眼圧は14と17.べつに眼のどこがどう悪いというわけではない。が、視力がよくないので定期的に眼科だけは通っている。眼科の帰りに自宅最寄り駅に隣接する24時間スーパーに立ち寄る。近所のスーパーにはない手土産品などが置いてある。ここで前日お世話になった美容院にお礼の手土産を購入する。髪をカットする際、自分では見えない頭のてっぺんにふけの固まったようなものがあると教えられた。そしてご丁寧にとってもらった。人から親切にされると嬉しい。

 美容院から帰ってレモンの伐採が気になる。隣町のシルバーに電話すると市の人はダメだと断られた。これまで2度ほど利用したのに今は制度が変わったのだろう。市のシルバーの電話番号を教えてもらって市に電話する。木の伐採は幹の太さが20㎝以内、といきなり言われる。朝、出会ったシルバーさんとの話を伝えるとわかってくれた。そして、その人に連絡を取るとのことだった。どうであれ、木の伐採も容易ではないとわかった。これからは自分で処理できないモノ、コトをしてはいけないと肝に銘じる。そのうち市のシルバーから返事がくるだろう。

 夕方になって、カープの今村投手が戦力外通告されたニュースを見る。マウンドに上がるとポーカーフェースの人が退団する記者会見で涙を流した、とのネットニュース。これを見て勝負の世界の厳しさを感じる。まだ30歳。カープの優勝に貢献したのに何で……と理解に苦しむ。自分自身50代半ばでリストラに遭った。企業は利益優先で用がなければお役目ご免とばかりに切り捨てる。今朝の監督の談話にも違和感がある。人は誰もみな意地がある。今村投手、この難関を意地でも乗り越えてほしい。一日中、あれこれとあった日は寝つきが悪い。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月14日木曜日

朝からあれこれと

  燃えるごみを出しに行くと2軒隣の家が剪定中だ。我が家のレモンの木を涼しくなれば伐採しようとしている。剪定業者に声をかけると市のシルバーの人だった。これまで2度、隣町のシルバーで木を伐採した。剪定している人の手を休ませて話を聞いてもらっていると我が家のレモンを見に来てくださった。市のシルバーは伐採後の葉っぱや幹の後始末をしないという。これまで利用した隣町のシルバーは剪定後はごみ一つ出さずに持ち帰ってくれた。

 今朝、声をかけた人は親切だった。わざわざ伐採する木を見に来てくれて、切った後の処理方法も親切に教えてくださった。そして市のシルバーに電話するようにとも言ってくれた。だが、伐採後の処理は自分で出来ない。市にお願いしなければ今朝の人の親切を無にするようで本当に申し訳ない。と思いつつも迷う。迷いだしたら止めろ、の影の声が聞こえる。少し頭を冷やして隣町のシルバーにお願いしよう。少々金銭はかかっても全部やってくれる。これがありがたい。 

 話は変わって長く伸びた髪をカットしに美容院へ行く。夏は髪を長くして結ぶと涼しい。短くなった髪のはずなのに着替えの都度、髪をゴムで結んでいるかのような錯覚をする。また髪を短くするとプールへ、との気持ちが起きる。さてさてプールはいつ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月13日水曜日

絵を見に行く

 梅雨を思わせるように蒸し暑かった昨日、県民文化センターで開催されている日本画小品展を見に出かける。習っている日本画の先生はこの日が当番日。受付に行くと先生と似た人が座っている。が、何の反応もない。おかしいと思いながら展示会場に入る。小品展とあるように絵の大きさは20号前後が多い。出展者はどの人も絵を教えておられるのだろうか。なじみのある名前が並ぶ。

 絵を堪能して会場を出ようとすると先生が受付におられる。さっきの人は先生ではなかった、と自分の目の悪さを再認識する。県民文化センターを出て次に向かうは八丁堀の某金融機関の日本画展を見る。会場に入るとコロナの影響を考慮されてか受付でいつ、どこの、だれが見に来たかがわかるべく書類への記帳がある。展示されている絵はどの絵も見ごたえ十分。なかでも今回特に気に入った作品がある。それは清水規(のり)の「彩流」。紅葉した渓谷が描かれている。紅葉のさまは細い筆での点描写なのか、(よくもこれ程まで描ける)と感心してしまった。

 家に帰ってこの人の作品をネットで検索すると画像がずらりとある。すぐにお気に入りに登録する。絵を見に出かけて素晴らしい絵に出合うとなんか幸せな気分になる。以前、尾関山の紅葉した景色を描いたことがある。これからも紅葉の絵を描きたいと思っている。が、昨日の清水規の絵の何万分の1でもいいから真似できたらいい。

 暑さも今週までのようで来週からは一気に最高気温も21度に下がる。暑い夏に切らずに結んでいた髪をカットしよう。まさに秋のシーズン到来!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月12日火曜日

旅の情報誌

 関西のJ〇Bから旅の情報誌が届いた。来月と再来月、それぞれ違う旅行社に旅を申し込んでいる。昨日、カタログが送られてきた会社と出かける予定の2社の計3社は旅の募集のやり方はコロナ前と何ら変わらない。と、ホッとする。それと同時に好んで旅を申し込もうという気がない他の旅行社がある。その会社の募集形態はコロナにより変化した。元来、いやな会社のイメージが付きまとう会社だ。それはそれで参加しなければいい。

 暑さ寒さも彼岸まで、といわれるが今年の秋はそれを大幅に越している。今日も最高気温29度の予報だ。今週末辺りからやっと気温も下がるようだ。今日から日本画の先生たちの展覧会が始まる。習っている先生は今日が当番日とか。気温は高くてもスッキリしないお天気だ。出かけるならばせっかくなので某金融機関の日本画展も見たい。見る順番はまずは先生たちの展覧会から金融機関のギャラリーへ、となる。というのも金融機関のギャラリーは文化勲章受章者などの絵が展示される。素人がどう見てもこの人たちの絵はすばらしい。いい絵は後で見るほうが見る側も納得して見られそうだ。

 個人的に予定していた展覧会もあと呉の美術館を残すのみとなった。これは今月中に見に行くつもり。県立美術館で開催された日展小品展は行かずに終わってしまった。教室の人達と車を借りていく展覧会は来週になる。芸術の秋、も最後に残るは教室の作品展となりそうだ。これは来月の開催。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月11日月曜日

文字について

 ネットニュースで人の名を文字に著せないのか、断りとして「たかははしごだかです」とある。この「はしごだか」の意味がわからない。電子辞書で調べても見当たらない。パソコンで検索しようとした時、もしかして「高」は「髙」と思いつく。言われてみれば「髙」は梯子がかかっているように思える。念のためパソコンで検索すると「はしごだか」があった。GOO国語辞書によると<「高」の異体字である「髙」のこと>、とある。

 日本語といえば先日、チコちゃんに叱られるで「第一番目」は誤りと番組で説明があった。旅のブログに「第一日目」と書いていた。これも誤り。というのも「第」と「目」は「はじめ」を意味するため同じ言葉の重複になるという。

 文字といってさらに思いつく。電子辞書を使って読みが判らない漢字を『漢語林』で調べている。時に「国字」の表記がある。漢字はすべて中国の漢字と思っていたらそうではないらしい。「国字」がそうだ。そう気づいたとき初めて日本で作られた文字があると知る。電子辞書で改めて調べると<「国字」は「漢字の字体にならって日本で作られた文字。ふつう訓だけで音読みがない」>とあり、<「峠」「躾」「辻」などの類>、とある。

 「国字」の文字を『漢語林』でさらに調べるといわゆる中国の「漢字」は中国語表記であるピンイン(拼音)が記されている。が、「国字」は中国の文字でなく日本独自の文字だからかピンインはない。

 漢字はすべて中国に由来する、との思い込みは大間違いと知った。日本で生まれた和製漢字である「国字」。訓読みだけで音読みがないと知って寝る前に探してみるがいつのまにか寝ていた。「国字」はどのくらいあるのだろう。ひらがな、カタカナも国字。ブログ投稿の終わりになってふと思いつく。「国字」は中国の辞書にはもちろん掲載がないに違いないと。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月10日日曜日

暗譜・暗唱・暗記

 日本画教室で新たな絵を描いている。信州・鬼無里に出かけたときの写真をもとにして絵にしていく。風景を描くようになって鬼無里(きなさ)を描くが、今回は樹木が中心でなく道が中心になりそうだ。前回、絵の具を混ぜて新たな色を作ることを知った。今回、緑を作るべく紺色と黄色を混ぜるが思った色にならない。先生はこの様子を見て、道に塗るようにとアドバイスされる。が、どうも想像したような色にならない。日本画は色をいくら塗っても何度も修正が利く。絵を習い始めてやっとそれが理解可能となった。それまでは塗ってダメだったら、との思いが強かった。何でもなんとかなる、くらいの気持ちがないと絵も描けない!?

 先日来から勝手に練習していた「QUE SERA SERA」の英語歌詞と「その名はフジヤマ」のスペイン語歌詞の歌を何とか歌えるようになった。毎日何度かこの2つの歌を英語とスペイン語の歌詞で歌っている。やっとスムーズに歌詞を見ないで歌えるようになった。年老いてもまだ暗唱できると気をよくする。

 暗唱ではないが、中国語を習い始めたころの教科書のある章を丸暗記した。今でも丸暗記の個所が口からすらすら出る。長く習ったはずなのになぜ、その一章だけを覚えているのか。当時の中国語への意気込みがこの点だけを見てもわかる。今から30数年以上も前のお話。それを思い出して、せめてスペイン語も教科書のどこか一章だけでも丸暗記してみようと思った。まだ暗記できる、と歌での暗唱が気をよくさせる。なんとおめでたいことだろう。

 ただフルートの暗譜は練習曲は暗譜できても違う曲を吹き始めると暗譜を忘れる。これはなぜ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月9日土曜日

「5ミリ」

 フルートのYOU TUBE先生の6日のブログを見ると「チューニングのメーカー想定は5ミリ」とある。この「5ミリ」に驚く。フルートは管体が頭部管・胴部管・足部管の3分割構造になっている。フルートはこの3か所を接続して吹く。その際、頭部管と胴部管の接続に先の「5ミリ」が関係していたとは……。接続する際、わかりやすいようにそれぞれの接続部分にマニキュアを塗っている。これはYOU TUBE先生もそうらしい。

 フルートの専門家が「チューニング5mmを厳格に守ってしばらく過ごしてみた。するとどうでしょう。音にツヤが出て、ディミニュエンドも楽になり、音程も合わせやすく、良い事だらけ」とブログに投稿している。

 フルートの頭部管と胴部管を「5ミリ」抜く、と知って早速、昨日、そうやって吹いてみた。言われてみてはじめて気づくこともある、とさらに驚く。いい音で吹けてる気がする。この5ミリ、は長さがわかったようでわかっていない。改めて定規を出して5ミリを確認する。5ミリは想像していたよりも結構幅がある。これからフルートを吹くときは接続時に5ミリほど抜いて吹くようにしよう。というのもこれまでは5ミリよりも長く抜いて吹いていた!
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月8日金曜日

『騙されない老後』

 秋、で思いつくことばには「実りの秋」もある。一年で一番過ごしやすい季節のはずが今年はいまだに秋、とは程遠く夏のような暑さが続く。そんな日々に読んだ『騙されない老後』、サブタイトルは「権力に迎合しない不良老人のすすめ」(池田清彦 扶桑社、2021年)。またいつものように気になる箇所を記そう。

 この中の113頁にある<若い頃の勉強というのは、何かしらの目的があるからそれなりにプレッシャーもあるが、年を取ってからは純粋に「知識欲」を満たすことを楽しむことができる。それは老後の最大のメリットかもしれない。勉強といってもテストを受けたりするわけではないから、基本的にやることは読書であろう。……もちろん、一冊読んでますます興味が沸いたなら、そのジャンルの本をいろいろ読んでもっと知識を得ればいい。特にゴールがあるわけではなくても、純粋に知りたいことだけを自分勝手に追いかけるのは、このうえなく心地よいものだ。>のくだりは自分自身にも当てはまるような気がして励みになる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★これから老後を迎える人や、すでに老後を生きている人にとっては、「安全」や「健康」は重要なテーマだと思われるが、真実を知り、自分で考え、真っ当な判断をしなければ、本当の安全や健康は手に入らない。……権力に従順でいるだけでは豊かな老後は過ごせない。大事なのは何が最善であるかを自分の頭で考えて、自分で決める、ということだ。(はじめに 8-9p)

★だから僕は先のことはあまり考えない。心配してもしなくても、そう遠くない未来に死ぬのは間違いないなら、うまいものを食って好きなことをして、適当に今を楽しく過ごすほうが幸せだ。そのうち体にガタがくることも避けられないだろうが、そうなったらなったで仕方がない。(69p)

★若い人に説教をするのは僕の性分ではないが、あえて言わせてもらうとしたら、「今ここ」を生きていいのは君たちではないぞということだ。「適当に今を楽しく過ごす」のは、老人だけに与えられた特権なのである。(70p)

★僕が言いたのは、あやふやな未来を「ある」と決めつけることで生き方が窮屈になってしまうなら、そこはあるがままにぼんやりと捉えたうえで、今を楽しみながら生きるほうがいいということだ。どうせ死ぬにしたって、確実に「今」はある。だからその「今」を大事に生きるほうが絶対に得なのである、(76p)

★大事なのは、「楽しく過ごし、結果的に長生きする」ことであって、「長生きという目的のために楽しく過ごす」ことではない。……老後というと、「のんびりする」のが正解だと思いがちだが、寿命を延ばしたいなら、多少なりとも「めんどくせえな」と感じることが必要だというわけだ。(79-80p)

★若い頃の勉強というのは、何かしらの目的があるからそれなりにプレッシャーもあるが、年を取ってからは純粋に「知識欲」を満たすことを楽しむことができる。それは老後の最大のメリットかもしれない。勉強といってもテストを受けたりするわけではないから、基本的にやることは読書であろう。……もちろん、一冊読んでますます興味が沸いたなら、そのジャンルの本をいろいろ読んでもっと知識を得ればいい。特にゴールがあるわけではなくても、純粋に知りたいことだけを自分勝手に追いかけるのは、このうえなく心地よいものだ。(113p)

★老人にとっていちばん大事なのは、自分の今の生活を楽しむことであり、気にくわないことにいちいち目くじらを立てることではない。人づきあいは大事でも、だからといって必死になる必要などなく、片手間にやるくらいのつもりで適当にやっていればいいのである。「これだけ」「これしか」という考え方は、実は相当にリスクが高い。(159p)

2021年10月7日木曜日

人生の秋

 旅といえばこれまでJ〇Bを利用することが多かった。ところがコロナ禍以来、他の旅行社からの旅情報が届いても広島のJ〇Bからは先日、クルーズ船の旅のカタログが届いただけで後は休業状態のようだ。ネットでその会社のHPを見てもそのようだ。この会社を基準にして旅のあれこれを考えていた。が、いつまでたってもこのままではどこへも行かれそうにない。意を決して別の旅行社から届いたチラシの日帰り旅を申し込む。その前には南の島に別の会社で申し込んでいるが……。

 日帰り旅の会社は以前の電話番号と異なる。電話するとリモートワークで仕事をしているのかどうも様子が違う。とりあえず、申し込んだ。申し込むといってもかなり考えてのことだ。飛行機利用、ましてやそれもチャーター機であればかなり安心感がある。だが、乗り物を乗り継いでの旅は怖い気が先に立つ。大都市への旅は怖くて行く気がせず、ここは辺境の地が勝る。県内の日帰り旅であってもなるべく辺境の地がいい。そして、まだ出かけていないところがさらにいい。

 情報ではGO TO云々が話題になっている。昨年GO TOをしっかり利用したものが言う言葉ではないかもしれない。が、今、GO TOはしない方がいい。旅行したい人はGO TOでなくても出かけるはずだ。GO TOを再開すればまたコロナの感染者が増えそうだ。

 季節は秋。秋は芸術の秋、行楽の秋、読書の秋などあるが一番大事な食欲の秋を忘れている。また秋は「人生の秋」もあるとか。まさに今、人生の秋真っただ中!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月6日水曜日

次に読むのは『播磨灘物語』

 司馬遼太郎の『新史太閤記』(下)を読んでいた。図書館の貸出期限は5日だ。この日になって貸し出しの延長をしようとした。ところがマイ・ライブラリーを見ると次に借りる人が予約している。12月になれば司馬作品を読み始めて丸3年になる。この間、本の次の予約者はいなかった。ついつい悠長に構えて貸出期限の2週間で読めなければ貸出延長をしていた。が、今回、次に借りたい人がいるとわかって期限切れとなる昨日、借りた本を読み終える。いざとなれば一日でもかなりの頁数が読める、と改めて知った。とはいっても残る頁数は80頁だ。

 本を読み終えても読みながら気になる箇所に付箋紙を貼っている。これをブログにアップする。だが、そこまでの時間がない。急遽、付箋紙を貼った箇所は携帯で写真に撮った。あとでこの箇所のパソコン入力が待っている。

 夕方、読み終えた本を返却すべく図書館へ向かう。次に読む司馬作品が手元にない。図書館の書架を見ると新たな本があった。それは『播磨灘物語』でその1巻目を借りる。本の奥付を見ると寄贈された本だ。しばらくは『播磨灘物語』全4巻を読むことにしよう。

 図書館に入ったついでに予約確保となった本と再来月出かけようとしている南の島のガイド本を借りる。行楽の秋、芸術の秋、そして読書の秋……、といい季節になった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月5日火曜日

2つの展覧会

 そごうデパートで開催中の春の院展を見に行く。久しぶりに出る街中は平日とコロナ禍で思ったよりも人出は少ない。ただ、広島駅が工事中のため、バス停に行くだけでも戸惑いそうになる。そごうに入ると展覧会場まで直に上がる。春の院展は再興院展のような大作でなく全体的に作品は大きくない。今回も習っている先生の絵が入選。先生の絵は「道」や「里」の絵が多い。今回は道だった。最近、自分自身が風景を描くようになり、注視して先生の絵を見る。筆先を縦にして細く描いてあった。

 季節は秋。作品の中にはコスモスやススキが描かれている。秋はやっぱりこの2つのモチーフがいい。いつかススキを描いてみたい、と思った。ススキといって思い出す。高校の修学旅行で栃木にある戦場ヶ原に出かけたときのことだ。ススキの中に立った時、人生で初めて切ない気持ちを味わった。その時の感情は今でもはっきり覚えている。その頃が起点なのか、それ以来、広々とした場所への旅が好きになった。今でもそれは変わらない。

 院展を見終えて3階にあるバスセンターに立ち寄る。ここで県北行きの格安パンフを探す。あった。日帰りで高速バス利用で往復1500円と安い。県北の友だちに会うときはこのバスを利用しよう。ここからバスに乗って広島駅に移動する。まずはお昼を済ませる。福屋の和風のお店に入る。お昼時とあって店内は盛況だ。隣に年配の男女が入ってきた。耳が聞こえ辛いのか大きな声で話し始める。女性の頭にはターバンが撒いてある。かなりの年配なのに格好は派手だ。食事を終えてお店を出るとその女性も出てきた。見るとシルバーカーを押している。見た目は飛びぬけて派手な人だが(シルバーカーはどうよ)、と思ったりする。というか自分自身が地味人間なので派手派手モードで外に出る勇気をいただきたい、と思った。

 福屋では8,9階が日本の書展会場となっている。書に関してはよく理解できない。出品者3名を知っている。まずはその人たちの書を見てゆく。ところが会場にいるのはジジババばかり。平日のそれも昼間とあっては当然かもしれない。その中に自分も入る。8階の会場に3人の作品があった。9階へ行くと書を見るのに飽きてくる。ザーと見て歩くだけとなった。

 そごうの春の院展もそうだが自分の中の日本画とは違う抽象画風な作品が多い。これは見てもわからず。ただ最近は日本画といえどもこういった抽象的な絵が多い。こうなると油絵か日本画なのか一見したところではわかりにくい面がある。

 久しぶりの街中は携帯万歩計が久々に7000歩になる。家から出ると楽しさは倍増する。これから先も外に出歩くようにしよう。どういっても行楽の秋真っ盛りだ!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月4日月曜日

展覧会へGO~

 コロナ禍で家でくすぶっていた毎日だった。それが旅に行こうとか、絵を見に行こう、という気持ちが強まったためか、今朝は旅に出かけた夢で目が覚める。ところが、夢の旅で階段を上がるにも片方の靴が重くて上がれない。やっと階段を上がったと思ったら、ここで目覚ましが鳴って目が覚めた。旅の予定を計画したのと展覧会巡りがよほどうれしかったのか、旅先での夢だった。

 今日も行楽日和。市内の展覧会は同じ週に見たい展覧会が全部あるのではない。今週は2,3か所を見る予定にしている。展覧会場の大半はデパート内である。街中のデパートに行くのも久しぶり。というか広島駅で下車するのも久しぶりだ。広島駅は大規模な工事中で、駅ビルはすでに解体済み。市内バス乗り場も変わっているかもしれない。

 話は変わって昨日は早々と教室の作品展に出品する絵4点をそれぞれ段ボール箱に梱包した。額に付くガラスや強化プラスチックは取り外して箱に入れる。この作業は額縁が重くて腰が痛くなりそうだ。画材屋さんが絵を早めに取りに来てくださるらしく、慌てないようにと早めに用意した。100号や200号の大きな絵を描く人は誰がこの作業をするのだろう。また、大きな家でないと絵も描けないに違いない。大作を描く人はそれなりに成功を収めた人だから凡人が気にするのは変かもしれないが、それでも気になる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月3日日曜日

混色

 家にいるのがもったいないような秋晴れが続く。昨日、日本画教室に行くと机の上に封筒が置いてある。中にあるのは来月に開催される日本画教室作品展の案内状だ。コロナ禍のこの時季、誰にこの葉書を配る?

 地塗りした木製パネルに新たな絵を描いていく。まずは木製パネルにトレースする。その後、先生のアドバイスに沿って樹木を彩色。樹木と同じような絵具を探していると絵具を自分で混色して色を作ることを教わる。これまでは先生から絵の具の色を選んでもらっていた。が、これからは絵具を混ぜて作るようにと先生。黄緑ならば黄色と青を混ぜるように……。色を混ぜて作る、ためにとネットで検索。混色表がある、ある。これを携帯で写して保存した。本来ならば小学校で習うレベルかもしれない。が、何しろ絵は苦手意識が強い。一つずつクリアしていくしかない。

 教室で混色が頭にこびりついていたのか人の机の絵皿が目に付く。どの人の机にも膠で溶いた絵皿が並ぶ。(そうか、こういうことか)と、つい口から声が出る。絵皿の席の人曰く「私も先生から色を作ることを教わったばかりなんです」と。長年習っている人でうまく描く人だ。

 緊急事態宣言解除となって初めての教室は遊ぶ話で盛り上がる。先生は1年間、八千代の丘美術館で個展開催中だ。春に教室の人たちと車をレンタルして見学した。同じようなコースで下旬に教室の人たち全員で行く話がまとまる。10月になって県北の美術館も再開となった。そこではホキ美術館特別展が開催中だ。その特別展も見ることになった。コロナ禍でどの人も外に出たい、と話はすぐにまとまる。ついでにコスモスも見たい、というと先生の家の近くで咲いていると一蹴されてしまった。我が家の周辺ではコスモスが見られない。今年は線路に咲く彼岸花も見られなかった。

 コスモスも彼岸花も見られないが確実に秋はやってくる。まさに秋日和。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月2日土曜日

ささやかな楽しみ

 メールが送付された旅行社から旅のリーフが届いた。旅の情報をみると広島空港からのチャーター機利用だ。メールが届いた時点では東北地方の旅を物色していた。ところが旅のチラシを見て急遽、南の島に気が向く。目にしてすぐに旅行社に電話した。話しながら旅行中、夕食がつかないことに気づく。同じ旅が日にちを変えて他にもある。それを調べて電話するといって電話を切った。

 頭を冷やすべくスーパーへ行く。帰宅後、あれこれ考えた結果、連泊で夕飯なしの旅を申し込む。もう一か所の東北の旅もまだ売り出したばかりとか。とりあえず、旅を申し込むとなぜか楽しくなる。旅の催行は決まっていない。それなのに気分が高揚する。何と単純な人間なのだろう。申し込んだのは12月初旬の旅。これで12月までなんだか楽しい気持ちになれそうだ。やっぱり予定を立てて遊ばないと面白くない。と思いながらも(コロナはどうよ?)と気になる。それでも旅が催行されるといい。

 今朝の地元紙を見ると芸術の秋に相応しくあちこちの展覧会情報がある。そのなかに浜田市にある石正美術館の企画展「第6回石本正日本画大賞展」で大賞に次ぐ準大賞第一席に選ばれた荒木百花「昼日中の木」に目が留まる。樹木そのものと根を張る地面を描いている絵である。この絵を見に行きたいが美術館への道が遠すぎる。以前に一度、バスツアーでこの美術館に行ったことがある。が、公共交通機関で行くには不便かもしれない。

 午後は日本画教室へ。今日から新たな絵に挑戦する。樹木が林立する風景を描く。旅も絵もささやかな楽しみ。楽しみは他にもある!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年10月1日金曜日

行楽の秋!?

  今日から10月。本来ならば衣替えの季節だ。ところが季節はまだ真夏。関東地方は台風16号で大変な時季なのに広島は朝からカンカン照りだ。予想最高気温は31度。これから先1週間も30度のようだ。緊急事態宣言が終わるのを待つかのように旅の情報を知らせるメールが入る。昨夕、届いたメールはチャーター機で出かける旅だ。未だ出かけたことがない佐渡や福島、そして奄美大島の旅がある。いずれもチャーター機を広島空港から飛ばす。以前に2度ほどチャーター機に乗って出かけた旅は楽だった。昨夜、ずっとメールの旅情報を見て考える。

 すぐに旅を申し込もうと思った。ところがコロナがネックになる。しばらくは様子見になりそうだ。というかコロナ禍で体がなまっている。体だけでなく気持ちもなまったままだ。以前のような気持を取り戻さないとどこへも行かれない。幸い今月と来月にかけて展覧会の開催がある。徐々に外に出る癖をつけないとどこへも行かれない。どういっても気ままな生活をしている。

 緊急事態が解除されたので図書館やプールが利用可となる。プールは利用できる開館日を聞かねばならない。徐々に体を動きモードにならして水泳を始めよう。行楽の秋。字の通りまさに行って遊び楽しむ秋だ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!