2018年7月31日火曜日

ああ、プール!

 7月は豪雨災害でプールのある建物は避難所と化している。そのため、プールは休館。明日から8月。隣町は今でも避難勧告発令中。プールは8月も開館されないだろう。ならばと区のスポーツセンターのプールへ、と思ってもJRは運行中止のままだ。

 長く泳いでいるので泳がなくなると体に悪い気がする。クロールで泳ぐとする。25mプールを1kmほど泳ぐので20往復となる。25mをクロ―ルで泳ぐとき水を掻く回数を25回とすると往復で50回。これを20往復するから50×20≒1000回ほど水を掻く。日常、両肩を1000回もぐるぐる回すことがない。これが背泳ぎだと水を掻く回数が25mプールで40回とすると往復で80回。これを20往復するから1600回水を掻くことになる。週に1度1キロを1時間泳いでいた。泳がない今は1週間に1600回も両腕をぐるぐるさせることがない。他にも足で水を掻く。両手両足、それに息継ぎも加えると水泳は結構な運動になると改めて知る。どういってもこのリカバリー回数は1時間でのことだから。

 もしも8月中も休館で、JRが次の駅まで運行されれば区のスポーツセンターで泳ぐことにしよう。とはいってもJRの運行再開はいつになるやらわからない。じゃ、この間、バスはどうだろう。バスもあてにはできない。運動不足、かなり気になる。かといって35度の気温の中、外に繰り出す気力もない。行くとしてもスーパーや図書館くらいのもの。なるべく用を作って外に出よう。

 外、と言えば昨日お昼に旅行社から電話がある。ラオス行きの問い合わせだった。申し込んでもいないのに問い合わせがあるということは参加人員が少ないのかもしれない。そうはいっても今は外国に行く心境にない。今回の豪雨災害はあまりにも身近な場所で起こった。いつもは他人ごとと思えた災害も今回は心理的ダメージが結構大きい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月30日月曜日

『烈しい生と美しい死を』

 今年の7月は災害と台風に見舞われていつまでも記憶に残る月となった。1年を通してほぼ毎日のように自転車に乗って家から外に出る。ところが今月は家で本を読むことが多い。読む本の大半は図書館の予約で確保する。しかし、手元に届くまでは何か月もかかることがある。これではすぐに本が読めない。仕方なく、地元にある区の図書館の蔵書を借りて読む。『烈しい生と美しい死を』(瀬戸内寂聴 文藝春秋、2012年)もこの災害時に読んだ本。

 「青鞜」の時代はそれほど昔のことではない。自分の両親が生きた時代と重なっている。この本に登場する人たちは恵まれた家柄の出身であり、世の中の先端を生きている。女性解放を唱えながら、触れ合う男性との間に次々と子供を産む。そういう時代だと言えばそうかもしれない。しかし、この辺は今の先端を行く女性たちとは趣を異にしそうだ。

 「青鞜」の時代と今の時代の女性の生き方はどれほどの変化があったのだろうか。基本的にはそれほど大差がないようにも思える。とはいっても今は言論や思想の自由が当時とは比べられないほどよくなり、また、女性の生き方も多様化している。

 この本を読んで著者がこれまで書いた本のテーマに一貫性があると知った。本に登場する人たちについては著者自ら話を伺い、また亡くなって会えない人とは関係ある人に会って話を聞いて書いている。これは読むものに迫力を与える。以下は、本の気になる個所の抜粋。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★戦後、強くなったのは靴下と女などと言われていたのも、もう半世紀以上もむかしの話になっている。女の政治家も一向に増えないし、人気もつづいたためしがない。   では百年前の「青鞜」時代から、女は果たしてどれほど地位を向上させたのか。やはり、自分の書いてきた女たちの生き方を、たどり直すしかないと思った。112p

★生きるということは、一瞬一瞬、真剣に、生命の火を完全に燃焼しつづけ、自由になることだと、岡本かの子に教えられた。どうせ生きるなら、力いっぱい、自分の全力を尽くして烈しい生を生き通したい。その果てに訪れる「死」が輝かしいきらめきを持って私に迫りだしてきた。爾来、私は美しい死を選びとった女の生涯にいっそう惹かれるようになってきた。田村俊子や岡本かの子や伊藤野枝についで、目下私をとらえている「烈しい生と美しい死を」選びとった女性は菅野須賀子であった。217p

★私が書いてきた人々はすべて人並みでない烈しい生を燃え尽くし美しい死をとげたと、私は感動させられる。234p

★二〇一一年は、一九一〇(明治四十三年)に起きた大逆事件の翌年一月二十四日と二十五日の二日で十二人の死刑が執行されて百年目に当る。またこの年の九月には平塚らいてう主宰の「青鞜」が発刊されている。これも百年目だ。ところがマスコミはほとんどこの歴史を無視して忘れたかのようであった。私はこのことが納得出来ず、かつて書いた自分の作品「美は乱調にあり」「諧調は偽りなり」「青鞜(上下)」「遠い声」などを読み返し、現代の若い人たちに、この当時の事件や日本人の思想を識って欲しいと切実に思った。その思いから書いた「この道」である。書きながらまた自作を読み返し、私は次第に興奮し、若返ってきた。(注:「この道」とは東京新聞から著者に話を持ち掛けられた時のものであり、この本のことである)245-246p

2018年7月29日日曜日

再び『ひとりの午後に』

 元気であっても今年ほどの災害や台風が続くと落ち着いた気分で毎日を過ごせない。今夜は本来ならば某交流会の納涼の会が予定されていた。ところが台風12号の影響で後日に変更、とのメールが入る。お世話をしてくださる人たちも大変だ。中止でなく変更はやむを得ない。どういっても今日は一部運行のJR代替バスも運行中止と発表され、広島市内だけでなく県内全域は相変わらず交通が麻痺したままだ。

 早朝から隣町の町内アナウンスで起こされる。目を覚ますがその時刻に起きれば寝不足になりそうでまた横になる。この繰り返しで目が覚めると9時を過ぎている。朝刊を見ると応援するカープの選手が代打でヒットを放っていた。これを見て気持ちがほぐれる。今朝の地元紙に取り上げられている。アップしよう!

 暑い毎日。家で読む『ひとりの午後に』(上野千鶴子 NHK出版、2010年)。図書館の書架から借りて読む。ところが以前にも読んでいた。同じ本でも読む状況で気持ちも変わるのだろう。以下は気になって抜粋した個所から。この本に何度か出る「狷介」。この文字を知らなかった。電子辞書で「けんかい」とある。覚えておこう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★社会学を志す人の条件は、「一に好奇心、二に尻軽さ、三、四がなくて五に知力」…私はいまでもそう思っている。43p

★何をするか、ではなく、だれであるか。それも肩書や地位では測れない、そのひとのありよう、ふるまい、口のきき方や身のこなし方…つまるところ、そのひとの佇まいが、そのひとについてのいちばん大切な情報だと思うようになった。そして一緒に居たいと思わせるのはそういう佇まいの上等なひとだし、また会って時間を共にしたいと思うのも、そういう気持ちのよいひとたちだ。196p

★ひとはひととひとの「あいだ」にいる。自分が「ましになった」と感じることができるのは、ひととの関係が受け入れやすくなったということと同じことだ。定型のない「友情」に男も女もない。それぞれの歳月を重ねて現在にたどりついた同性・異性の友人たちと、残りの時を豊かに分かち合いながら、年齢を重ねていきたい。221p

★風のそよぎ、ひかりの翳り、緑のさやけさ、枯葉のかそけさ、木立の凛烈…春夏秋冬、どの季節をとっても自然は慰めになる。何より、かたときもとどまることのない空と雲とがある。それがすべてわたしのまわりをとりかこんでいて、こんなにも惜しみなく自分を与えてくれる。世界がわたしの存在以前からそこにあり、わたしの不在のあともそこにありつづけると感じられるは、慰めでなくてなんだろうか。226p

2018年7月28日土曜日

お寺のミニコミ紙

 昨日届いた九州のお寺のミニコミ紙。その隅に「ラオス申し込みました」と書いてある。ラオス行きは昨年タイへ出かけた九州のお坊様たちが主催される旅。ラオスは4年余り前に出かけているので不参加と決めた。ところが参加されるとのこと。再度日程表を見ると9月の中旬の出発で帰国後3日目にフルート発表会がある。この日程での旅は厳しいモノがある。不参加の旨、お坊さんにメールを送ると「残念です!個人的には10月ごろ南インドにと思っています」と返信される。

 九州のお坊様たち3人と知り合ったのは5年余り前のスリランカの旅だった。その後も計3回一緒に旅をした。しかし、皆さん「からだが壊れた」との情報が入る。それでもミニコミ紙を送ってくださるお坊さんは内科的な病気でなく外科的だった。旅に出かけられるほどからだも回復されたのだろう。これはいいこと!まずは元気でなくては何処へも行かれない。

 ミニコミ紙を読むと今回は定期便とは異なり急きょ発行されたそうだ。その底辺に薬師寺管長の不祥事の報をしり、驚きのあまり「ミニ版」を発行されたという。この管長とは長年懇意にされてるらしく、ミニコミ紙の終わりに「旦那は布施(ダーナ)から出た言葉、喜捨された金で旦那遊びは厳禁」と当然、厳しいお言葉だ。

 ミニコミ紙の裏面には学生服姿の写真と共に和尚の覚書として大学入学時の話題がある。スリランカの旅で出身大学は聞いていた。しかし、九大に落ちて一浪後に京大…とは初めて読んで知る。お坊さんは剃髪されている。昨年のタイの旅でもお坊さんたち全員は宗派が異なっても剃髪だった。だが、学生服姿の写真は髪がある普通の大学生だ。

 お寺の生まれでも僧侶になるのは嫌だったらしく、九大不合格から京大合格までを紙面1頁ほど割いて書かれている。いろんなことがあって僧侶になられたのだろう。この続きは次号になるらしい。

 いずれにしても、今、こう暑くてはラオスもそうだけどどこにも行きたくない。今回の災害が落ち着かないうちに台風12号がやって来る。災害で自分の家は被害はなくてもJRは依然として麻痺したままとあってはなかなか本来の気持ちにまで戻れそうにない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月27日金曜日

BS「英雄たちの選択 」を見る

 昨夜はNHK・BS「英雄たちの選択 琉球スペシャル第2弾▽辺境の声を聞け!探検家・笹森儀助の挑戦」を見る。番組を見て初めて知る笹森儀助。携帯電話の広辞苑にもその名は見当たらない。電子辞書を調べると載っている。この番組で一番驚いたのは「人頭税」。この税は人を奴隷の如く扱ったらしい。この言葉も初めて知る。

 番組HPには「明治12年琉球藩は廃止され、沖縄県が誕生する。しかし、人々は、重い税と風土病に苦しんでいた。探検家・笹森儀助は、沖縄の島々をめぐり、その窮状を世に訴えた。探検家・笹森儀助は、青森県弘前の士族の家に生まれた。日本中を旅行し、北海道の千島探検の記録を出版して、天皇に奏上されるほど評価を得た。これを契機に、時の内務大臣から、沖縄の調査を依頼され、沖縄探検に出発する。ハブとマラリアの地への決死の思いの旅だった。ところが、現地で、笹森が眼にしたものは、厳しい自然だけでなく、人頭税という重い税に苦しむ人々の姿だった。探検家・笹森儀助の苦悩に迫る」とある。

 人頭税を辞書で引くと「租税」とある。これは金持ちも貧乏人も等しく税として納める。貧富に関わらず同率の税ならば貧乏人は苦しすぎる。貧しい人たちは国の政策で村ごと全員他の地へ移住させられ、そこで厳しく働かされた。この様子を見た笹森は自分の経験したコトを文にする。笹森は現地へ赴く際、そこに住む人々の目線で話したり見たりできるように、と蝙蝠傘をさして、芭蕉布で織った着物を纏い、団扇を腰につけて沖縄探検に出る。後年、笹森は青森市長となり70歳でこの世を去った。

 番組のゲストにチベットなどの探検家角幡唯介が出た。この人は探検家の目から笹森について話す。見ず知らずの土地に出かけて現地の人とコミュニケーションをとるにはその人たちと同じ目線で、同じような格好で接触するのがいいという。その点、笹森は完ぺきだったようだ。

 いつもながら、なぜか明治前後からの時代に関心がある。興味をそそられる面白い番組だった。先日読んだ本は瀬戸内寂聴の「青鞜」の頃のエッセイ。これも吸い込まれるようにして読んだ。殺人的な猛暑の日々。外に出ても暑いだけ。それならばと家で本を読む。昨夜の番組でまたゲストに出ていた人たちの本が読みたくなる。今日は最高気温34度の予報。早目に図書館へ行って角幡唯介の本を借り、家で読もう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月26日木曜日

狂うほどの暑さ!?

 今朝のダグニーさんのブログのタイトルは「まだ暑い」。その終わりには次のように書いてある。「我々 は、我々 感謝するすべての理由がある大規模災害から免れています。熱は思考力に良い効果があります。書くことそれが少し遅くなるが、今日私の記事を書くし、私は作家のブロックを得るとき通常私はほとんど言葉を探します。今は読む価値があるとある程度の読者を楽しませることができるであろうという希望に行っている、私はブログをされています。…25/7 2018」。いつもの如く翻訳機能のため日本語として怪しいが、106歳のダグニーさんは毎日ブログをアップされている。これを見倣ってブログをアップしよう。

 それにしても暑い!川の砂が大量に山から流れて底上げされている。今週末は台風の予報が出る。川の水が氾濫する、との懸念を今朝の新聞は取り上げる。デルタの街広島。どこの町にも川が流れている。川の砂は重機に頼らざるを得ない。災害発生後、川を見る度にこの砂が気になった。今朝の地元紙に「広島県、土砂撤去急ぐ」との大見出しがあり、小見出しに「砂防ダムや河川」とある。早めに取り除かれるといいけど…。

 災害の発生したころ、わが家の電話機の画面が白くなり文字が見えにくくなった。これは何度か電源を抜いて再度電源を入れる、を何日か繰り返して今は元通りになる。これは災害発生当日、テレビのBSが写らない状況となったことと関連しているのかもしれない。その後、BSも写る。電話機もテレビも電気器具。この頃の電気器具はすべてICチップが埋め込まれているためかコトが起きるともろい面がある。これもすべては異常な暑さのためにヒト・モノ・コトすべてが狂うのかもしれない。とはいえ、ヒトはどんなに暑くても狂わされずにいなくては…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月25日水曜日

キャリーカート購入&フルートレッスン

 今回の豪雨災害で岡山と広島の宿の解約が28万人、とは今朝の地元紙。昨日はフルートのレッスン日。災害前はJRの発車時刻を気にせずに行動していた。呉線と山陽線の両方が通り、いざとなればバスもある。ところがそのすべてともいえるほど交通機関が麻痺している。レッスン後、広島駅から自宅最寄り駅までJRに乗ろうとすると何秒かの差で発車する。これまでならばすぐに次の列車が発車していた。ところが今は次の発車は40分後。広島駅5番線ホームの人はまばら。仕方なく暑いホームに腰掛けて列車の到着を待つ。

 これでは外出する気が失せる。広島への旅行客が減少はやむを得ない。JR は新幹線が通っていても在来線はほぼ通っていない。広島駅周辺から呉線は呉から三原まで、山陽線は倉敷周辺までと被害の範囲は広い。被害はJRだけでなく、途中にある広島空港までも及んでいる。どういっても空港が断水したままの状態では飛行機は飛んでも空港を利用するのは不便。JRが本来の姿に戻らなくては地元の人も観光客もこれまで通りの行動はとれないだろう。

 さて昨日のフルート。ICレコーダを持参して先生のピアノ伴奏でフルートを吹く。これをまずは録音する。家で聞くとまだまだの感がある。ともあれ、この録音に合わせて吹く練習をしよう。

 レッスン後、歩いて街中へ出る。途中、カフェで一休み。次にむかうは東急ハンズ。その目的はキャリーカートを購入すること。1階の売り場に行くと係りがいない。カートは3点ある。一番軽いのを買おうと係りを探す。若い兄ちゃんを見つけて話を聞く。軽いのを、というと2番目に軽いのをすすめられる。なぜ、と問うと軽すぎると安定感がないらしい。言われるままにそれを購入。何でも売る人との相性がある。係りは感じがいい人だ。ついでに持っていたフルート一式の袋をこのカートにくっつけてくれるように依頼する。使用方法を知るためだった。こうしてカートを引くと思ったよりも軽い。係りに、「軽い、ありがとう」と言って次に画材屋に向かう。

 あらかじめ電話してF6の木製パネルの有無を確認。購入したパネルもカートに括りつける。それを引いて広島駅まで歩く。荷物は軽くなってもビルを出れば噴き出る汗。あまりの暑さに負けそうになる。これからは用事がない日は出歩かないようにしよう、と思いつつ歩く。

 カート購入の目的は年に一度の日本画教室作品展で自分の描いた絵を3点画材屋に搬入するため。F6に描いた絵そのものは軽い。しかし、これを額に入れて段ボールで梱包すると結構な重量になる。額を展示会の都度、購入すればその必要もない。しかし、大きな重い額が日本画を習う度に増えてわが家を陣取るのは耐えられない。その思いが昂じて自分でこれまでの額を利用して画材屋に絵を搬入、と決めた。それにはカートが必要となる。買ったカート、それ以外にも何か重いものを運ぶ時に便利に使えそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月24日火曜日

今朝の地元紙

 今朝の地元紙の大見出しは昨日の国内最高気温が41.1度とある。埼玉県の熊谷市だ。他にも東京、岐阜なども軒並み40度を超えている。広島市内は35.1度。熊谷市の気温と比べれば6度も低い。40度超えは体温よりも高いことになる。この暑さの中、東京の屋外プールは例年よりも泳ぐ人が少ない、とテレビ。海に出かけて泳ぐことを思えば屋外プールの暑さはどうなんだろう。

 プール、と聞いてテレビを見るこちらまでも反応する。もう1か月プールで泳いでいない。この調子だと来月のプールの開館も怪しい限り。ああ、泳ぎたい!

 地元紙には他にも芸備線の下深川駅🚃広島駅間が昨日から運行、とある。しかし、下深川駅から上りは復旧に1年以上かかるらしい。芸備線だけでなく呉線も完全にストップし、また山陽線も一部運行の状態。いつもは気軽に市内へJRに乗れば行けたのに、呉線も山陽線も運行されなくては遊びにも行けない。今年の青春18きっぷの売れ行きはどうなんだろう。宮島の観光客も減少傾向とか。山陽線下りは災害とは無縁といっても列車の接続がままならなくてはそれも関係ないとは言い切れない。

 さらに記事として広島市郊外に住む男性が新聞投稿欄を読んでブログ投稿10年、との記事がある。「ブログ更新が一日で最も至福の時間。自己研鑽を続けたい」そうだ。同世代で今年ブログ投稿10年目に入ったモノとして、この気持ちはよくわかる。しかし、我ブログは自己満足のためであり、すべては自分が楽しく生きるため!そう思えばブログ更新は記事の人のように至福の時間になるのかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月23日月曜日

『生きのびるからだ』

 新聞の天気予報を見ると今日の名古屋の最高気温は39度、とある。広島は34度で南の沖縄は32度。沖縄と名古屋の気温差は7度もある。県内を見ても広島市よりも県北の三次市の方が3度も高い。以前は山陰や県北は市内よりも涼しいイメージがあった。ところがこのごろはこれまでの常識が覆されて何が常識なのかわからない。

 今朝は曇り空。家の近くの川を見ると山から流れてきた砂が川を底上げしている。このままの状態で大雨がまた降ればどの川も氾濫しそうだ。今や災害被害地に重機が使われて川の砂を掘るほどの機械も人もないのだろう。台風シーズンまでには川の土砂が取り除かれるといいけど…。

 暑い毎日。用事がない日はなるべく家で本を読む。昨日も図書館に出かけて書架の本を借りる。これまで読んだ南木佳士の本はエッセイで小説は読んでいない。元々、あまり小説は読まない。しかし、南木の小説を借りた。

 以下は『生きのびるからだ』(南木佳士 文藝春秋、2009年)からの抜粋。同じ人が書く本はタイトルが異なっても、内容が似てくる。以下にある『マンネリズムのすすめ』。南木はこの本にかなりの影響を受けたらしく手元に置いて読むらしい。そして手元から離れるとまた同じ本を買って読む、を繰り返す。同じ本を何冊か買ったそうだ。それくらい人がいい本というならば読まなくてはいけない。メモとして記そう。

★それまでは体や身体と表記していたものを「からだ」に変えたのは『マンネリズムのすすめ』(丘澤静也 平凡新書)を読んでからだった。中年になるまでまったく運動をしてこなかったドイツ文学者がある日からだを動かす喜びに目覚め、ジョギング、水泳自転車を本格的にはじめた。そして、からだにも教養が必要だと、悟る。67p

★落ちた葉は根に還る、のだ。72p

★ひとは変わる。変わらねば生きのびられない。128p

★からだのままに生きのびるからだ。…ひとは生きのびるために変容するのか。変容するから生きのびられるのか。183p

 ともあれ今日も元気で過ごしましょう!

2018年7月22日日曜日

『からだのままに』

 連日、猛暑日が続く。熱中症で亡くなる人が増えてくると「適切な冷房…」を、とのニュースが流れ、「電気を節約…」は聞かれない。去年までは寝る前のエアコンはお休みタイマーにしていた。ところが今年はずっとつけたままで眠る。エアコンの設定温度を決めると外気温が下がれば自動的に切れたり入ったりする。お蔭で部屋が冷えすぎることもなく熟睡できる。

 さて昨日の日本画教室。旅で写した写真を見てのデッサン。昨日はAustraliaで写した無花果の大木をデッサンする。無花果と言っても日本のそれとは異なり天まで届くような巨木だ。木全体を描くのではなく大木の幹と枝辺りまでをデッサンする。前にやはり巨木をデッサンしたときは木の周辺にも何かを描いた。巨木だけは簡単に描けるとの思い込みは大間違い。静物を描く時、丸いりんごを描くよりも柿のような形が描きやすいように単純なものほど難しいとあらためて気づく。次週の教室は休みなのでしばらく続けたデッサンを中断して、これまでのデッサンの中から1枚を本画に仕上げるつもり。先生に相談するとOKだった。

 秋の作品展の絵の題目を変更する。「本を読んで…」と話すと先生は「何の本?」と聞かれる。「南木佳士の本を3冊読んだうちの…」と話すと教室の人は良く知っておられた。「南木は信州の佐久平に勤める医師で…」と話した。知っておられたのは旦那さんが同じく医師で南木の作品を読まれているという。自分自身、南木は以前から知っていた人でなく読みだして知ったのでこれを聞いてやっぱり、と変に感心する。

 以下は最近読んだ3冊のうちの1冊で『からだのままに』(南木佳士 文藝春秋、2007年)からの抜粋。

★心身ともにリラックスすること。
 テーマはこれだった。五十歳を過ぎてまで自分を含めた誰かと競うことなどまっぴらごめんだから、リラックスの境地を得るための正しいからだの使い方を覚えたかった。25p

 南木は50歳から水泳を始める。同じく自分自身も水泳を始めて以来、心身のリラックスになっているのかからだの調子はとても快調。

★人は時と共に変容する。そレて、無責任なまでに。
こういう実感を得ると、言葉に置き換えたくなる。65p

★『流れとよどみ』(産業図書)は一九八一年初版のエッセイ集だが、内容が古びて感じられるものは一扁もない。なかでも「真実の百面相」と題された章は今日に至るまでもっとも多く読み返した達文である。119p

 大森壮蔵の本らしく、これを読もうとメモする。

★人は変容する。変容しなければ生き延びられない。四十歳の頃は階段を登ると息をきらしていたわたしが、奥穂高岳の山頂で、からだの芯から湧いてくる涙を流しっぱなしにしながら得た実感です。155p

 やたらに「人は変容する」が出てくる。確かに、人は変わる、とこの言葉に反応してしまう。生まれてから全く変化しないままだと何の進歩もない。絶えず人は変わる。この先もどんなふうに変わるか楽しみながら生きていく。これは楽しい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月21日土曜日

地元紙一面広告から

 暑さは日本だけでなく、スウェーデンも同じらしい。ダグニーさんのブログを見ると「暑い」キーワードが並ぶ。今朝は「蚊」の話題だった。

 昨夜は日中の暑さに疲れるのか早くから寝る。さすがによく眠るモノでも早く目覚める。気づけば5時前。早すぎる、と思ってまた横になる。それでも6時過ぎに新聞を取りに出る。この時刻の起床はどこかへ行く用事がある時だけ。早起きは三文の徳があるのかどうか早く起きてもわからない。

 地元紙を見ると何と紙面一面の広告がある。横には広告主の顔写真もある。よく知ってる人だ。とはいっても先方がこちらをご存じかどうか怪しい限り。というのも今から半世紀近くになるだろうか。就職したての頃、街中のYMCAに通って友だちと一緒にクラシック・ギターを習ったことがある。その時のギターの先生が今朝の広告の人だ。事業をされているのは当時から知っていた。その人自身も大学を出て間もなくであり、家業の幼稚園を手伝っていると聞いていた。幼稚園から大幅に事業を拡大されて今朝の一面広告となっている。それにしても昔の面影は見当たらない。それは何もこの方だけではなく、こちらも同じく歳を取っている。昔覚えた人の名は忘れずにいるものだ。

 ギタ―はガットギターを買った。当時の金額で3000円。当時の月給は今よりも10数分の1と少ない。家に3000円入れて、積み立て貯金を3000円していた。貯金は親に渡してやってもらった。これは親が元気な間、金額は増えても同じやり方だった。とはいっても家に入れるお金は親が娘のことを気の毒に思ったのだろう。親が怪我をする前に私名義で貯金してくれていた。親のありがたさを今でもしみじみと感じる。

 ギターの曲はクラシックだった。🎵ノクターン♪を習っていた頃、クラシック音楽の美しさに気付く。しかし、ギターの後に習ったのはエレクトーン。これはクラシックとは限らない。それでも音楽を習う楽しさに惹かれて長く習った。しばらくのブランクの後に習ったのはフルート。これは今でも続けて習っている。

 個人的に楽器を初めて習ったのは高校時代で、それは琴。琴は学校のを使用。自分で初めて購入した楽器がギターだった。次に習ったのはエレクトーン。これは一般的なものを購入。しかし、エレクトーンは電気製品のため、次々に新商品が出る。フルートはそれまでの経験を踏まえてちょっと奮発して買った。長く習い続けているのでもう元は取っている。買い始めた時の肺活量が少なくて吹けずに終わるかもしれない、との危惧がまるで無かったかのように長く使用している。

 そういえばお琴とギターの間にオルガンも買った。今、手元にあるのはフルートだけ。ということで肺活量が少ないと心配していたフルートと一番長いつき合いがある。これも何かのご縁としか思えない。この2,30年は水泳と自転車とフルートという有酸素運動のお蔭で肺活量はかなり増えているだろう。そう思うとすべてはいい具合に結び付く。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月20日金曜日

「医者がすすめる熱中症予防、これだけは」&ビアガーデン

 「医者がすすめる熱中症予防、これだけは」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180719-44683597-business-soci&p=2 (参照)
1. のどが乾かなくてもスポーツドリンクを飲む
2.エアコンを使い涼しくする
3.屋外では涼しい服装をし、日差し対策もする

 猛暑日の毎日が続く。年中、ズボンを穿いての生活もこう暑くなると外に出る時はスカートを穿く。また髪も短いよりも切らずにそのままにして耳を出す。こうするほうが涼しい。自分だけがそうかと思ったら先日の日本画教室の人も同じことを言われる。少し長いと髪が首に纏わりつきにくい。とはいってもこれも気分の問題で涼しさは怪しい限り。

 上にあげたのは今朝のネットニュースから。この3点は実行している。しかし、暑い。

 豪雨災害後、JRのほとんどはストップしたまま。日常の騒音は列車の通る音でなく車や飛行機、ヘリコプターの音にとってかわる。昨日、街中に出ようとJR駅に向かう。14日付の緊急のJR下りの時刻表をもらっていた。自宅最寄り駅に着くと18日付の時刻表に変わっており、20分間、駅で待機。JRが通っているだけで有難いと思えばいいものをついつい愚痴ってしまう。ホームの休憩室で待っていると誰彼となく災害の話になる。隣の人はマンション4階に住んでいるが1階は水に浸かったと話す。豪雨の日は道路も冠水していたそうだ。

 列車が着くと今は始発駅になり、車両もこれまでの倍の6両から8両編成になる。今朝の地元紙によると呉線と山陽線の上りが不通なのでこの駅まで自転車を利用する人が3倍に膨れ上がったとか。また自転車駐輪場も無料開放したという。これくらいは当然だろう。

 広島駅に着くと帰りの発車時刻をチェック。ここも前回利用時とは時刻が異なっていた。広島駅からバスで街中に到着。ここでも帰りの広島駅までのバスの時刻を確認する。

 昨夜は久々のフルート定例会。皆、災害に関わている人がいた。それくらい今回の豪雨被害は被害も甚大だ。まだまだ落ち着いた生活とはなりそうにない。それなのに昨夜は今季初のビアガーデンでまずは乾杯!とりあえず、皆、元気そう。暑い季節、ビールは冷たくてもビルの屋上ではすぐにぬるくなる。食べ物も食中毒を警戒してか揚げ物が多い。家ではほとんど揚げ物を食べない。たまにはいいか、と思って口にすると鳥肉がほとんどだった。鶏肉は嫌いではないので良かったけれど嫌いな人もいた。

 屋外で皆と一緒に飲むビール。まるで海外旅行気分になる。楽しい。話題は災害からフルート発表会と行きたいところだが…。毎年、年に一度開催される某合唱団の定期演奏会を手伝っている。1年前、手伝った2人は謝礼をいただいた。それを受け取るのは忍びない、ということで昨夜の会費にあてる。しかし、全額を賄いきれず、残りは奢ってもらう。感謝!今年の合唱団の定演は何と広響定演と被る。ああ何ということ!

 それにしても今朝の騒音は空からだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月19日木曜日

「どこかへ行けば、きっといいことはある」

 連日、猛暑日が続く。それでも運動を兼ねて一日に一度は外へ出る。せめてプールがあれば、と思うけどそれも今は無理。それならばと運動がてら月命日のお墓参りに出かける。とはいっても暑い。これも運動と覚悟を決めて山道を歩く。歩くと言っても往復の携帯万歩計は2877歩。それほど歩いてはいない。しかし、帰宅後は汗でびっしょり。すぐにシャワーを浴びる。

 そういえば今年は去年までと比べて、したたり落ちるほど汗をかかない。ということは体を動かすことがこれまでより少ないのだろうか。一休み後、図書館で予約確保の本を受け取る。先日来から吉行和子の本をよく読む。借りたのは『浮かれ上手の話下手』(文春文庫)。このなかにある「初めての海外旅行」として「どこかへ行けば、きっといいことはある」がある。吉行は「わたしの一番の楽しみは海外旅行だ」とか。87p

 「どこかへ行けば、きっといいことはある」はこの本で知った。それは立原道造の「天の誘ひ」の初めにあるという。立原道造の詩集は買って読んだ覚えがあるので起床後、本棚を探す。あった!昭和55年の20刷発行の本だ。今から38年前に早くも20刷ならば今ではどれくらい版を重ねているのだろう。立原道造の本は持っていてもその内容までは覚えていない。38年前といえばまだ海外に出かけていない。しかし、それから2年後に中国語を習い始めてボツボツいろんなことをやり始めるころだ。

 立原道造の本を探しているとその傍に『盛世才』の本がある。手に取ると真新しい。出版年を見ると2003年の北京の新華書店発行とある。この人に関することを社会人大学生のときに卒論で取り上げた。卒論発表は2007年。なかを見ると第2章に付箋紙を貼っている。気になるのは中国語の本をいつどうやって手に入れたのかを全く覚えていないということ。無我夢中で過ごしていた頃だ。先ほどネットで調べると北京で発売された1年後の出版がある。出版社が異なるのかもしれない。ともあれ、この本を見て暑さで緩んでいた気持ちがぐっと引き締まる。

 『立原道造道造詩集』(小山正孝編 彌生書房、昭和55年)の「天の誘ひ」の一部を記そう。

 死んだ人なんかゐないんだ。
 どこかへ行けば、きっといいことはある。

 夏になったら、それは花が咲いたらといふことだ。高原を秋深く行かう。もう母もなく、おまへもなく。つつじや石楠花の花びらを踏んで、ちょうどついここの間、押し葉を踏んだやうにして。(以下略)60p

 立原の本を読んだころはまだ海外に目覚めていない。吉行和子に教えられて再度この本を読もう。「どこかへ行けば、きっといいことはある」、もしかしてこの気持ちを抱いて海外に出ているのだろうか。「どこかへ行けば…」とまでは言わなくても「(じっとせずに)何かをしていれば、きっといいことはある」との思いは強い。燻ぶる気持ちになる前にまずは行動を…。

 ともあれ今日も元気で過ごしましょう!

盛世才の本

2018年7月18日水曜日

『薬石としての本たち』

 『薬石としての本たち』(南木佳士 文藝春秋、2015年)を読んだ。暇つぶしに図書館でこの人の本を3冊借りて読んだうちの1冊。「薬石」とは広辞苑によると3通りある。この中の1つに「身のための益となるものごと」とある。これと勝手に解釈して本を読む。

 本の紹介がある。このうち『脳を鍛えるには運動しかない!』(ジョン・J・レオティ)に次のような文がある。

 運動すると気分がすすっきりすることは誰でも知っている。けれども、なぜそうなるのかわかっている人はほとんどいない。ストレスが解消されるから、筋肉の緊張がやわらぐから、あるいは、脳内物質のエンドルフィンが増えるから――たいていの人はそんなふうに考えている。でも本当は、運動で爽快な気分になるのは、心臓から血液が盛んに送り出され、脳がベストの状態になるからなのだ。わたしに言わせれば、運動がもたらすそのような効果は、体への効果よりはるかに重要で、魅力的だ。筋力や心肺機能を高めることは、むしろ運動の副次的効果にすぎない。わたしはよく患者に、運動をするのは、脳を育ててよい状態に保つためだと話している。149-150p

 著者の南木は総合病院の医師。病棟勤務だと人の死を看取るのがまるで仕事のようになるらしい。その度に死亡診断書を書く。医師になってこの状況に耐えられなくなり精神を患う。30代後半の時だったそうだ。それもあるのか、影響を受けた本をとり上げて紹介する。南木自身、大うつ病から外来勤務に替えてもらい人の死を看取る仕事から離れる。いつしかうつも克服したらしい。その時に読んだ中にこの本がある。

 南木は50歳で水泳を開始、また山行きもやり始める。「水泳」の文字を見て反応する。自分自身は30代半ばに人に強引にすすめられて泳ぎ始める。とはいっても正式に泳ぎを習ったのは50歳ごろ。区のスポーツセンターの水泳教室に通って覚えた。その時に泳いだ後の爽快感を味わったのだろう。それ以来、今まで長く泳いでいる。

 しかし、今回の豪雨災害でいつも泳いでいたプールは臨時休館。また区のプールはJRが運行不能で行かれない。暑い毎日、気分を落ち着かせるためにエアコンの中で本を読む。本来ならばプールで泳ぎたい。しばらくはプールが利用できず残念。

 本を読み、その中で引用された文を読むと元の本が読みたくなる。『脳を鍛えるには運動しかない!』、図書館の蔵書にある。早速、予約。

 ここで余談。昨日姉と話していると姉の孫である小5の男児が手を骨折したという。ソフトボールのクラブに入った、と楽しそうな様子を聞いていたので可哀想。それこそ早く回復しないと運動どころではなさそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月17日火曜日

再び『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』

 毎日異常な暑さが続いている。先ほど姉は水道が通ったと電話してきた。ところが、JRが不通のため孫たちの通学を心配する。これは自分だけが心配してもどうにもならない。行政が子供たちの教育の機会を何とかしてくれるはず。そう期待するしかない。

 暑い日に、家でじっとするのも嫌なので9月にある日本画作品展に出品する我が絵3枚の内、2枚を額に入れる。1枚はそのままで展示。たかが額と言っても結構なお値段。決して上手に描けたとは言えない我が絵でも「馬子にも衣裳」、のことわざ通り、纏うものでよく見えることもある。これまで出した額入りの絵を外して今回の絵をはめてみる。ダークな感じの絵は白っぽい額を、その逆はまたその逆で、とこれまで買った画廊の人の話。それを覚えていたので絵を額から外したり入れたりしてどの額が似合うか試してみる。何とか絵も額に収まった。

 額も表面がガラスのとプラスチックのがある。ガラスの額は重い。今年の絵2枚は新たな額を買わず、これまでの額を利用するつもり。これは絵を習い始めてから先輩たちに教わったこと。額が増えておき場所に困る、とのことだった。教えてもらってからはF6の木製パネルに描いて額もその大きさと決めている。それにしても額から絵を出し入れするのも結構草臥れる。画廊の人は大きな額の出し入れもされる。大変な仕事だ。

 次は絵のタイトル。とりあえず前回の教室にタイトルを書いて出す。しかし、本を読んでいていい文に行き着く。次回の教室でタイトルを変更しよう。これ、結構楽しい!

 以下は先日読んだ篠田桃紅の本から再度抜粋。
 
 「もしこの世の中が幸福で、悩みなどなかったら、どんな世の中になっていたでしょう。おそらく芸術、文学、音楽のたぐいはなかったでしょう。人は生きていて、苦しい、悲しいから芸術が生まれました。不幸がなければ芸術は必要ありません。どこかで人は、不幸を感じているから、芸術に心を寄せるのです」。(『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』篠田桃紅、幻冬舎、2017年)54p

 この芸術、文学、音楽、自分にとっては芸術は日本画、文学は本を読む、音楽はフルートなどが当てはまる。「不幸を感じているから、芸術に心を寄せる」と言われればそうかもしれない。とはいっても特に不幸と思ったことはない。むしろ、この年齢まで元気に生きて好きなことがやれることの幸せを感じる。これも芸術のお蔭!?

 この本には知らないことが書いてある。それをさらにメモしよう。

★「ニ河百道」を主題に絵を描くことがあります。ちょっと踏み外せば氷の河に落ちる。ちょっと踏み外せば火の河に落ちる。その間に白い細い一筋の道がある。それを見つけて生きていくのが人生だという意味です。86p

★生きていれば、突然、なにが起こるかわかりません。なにかが起きると、人は救いを求めます。すると知恵というものが、思いもかけず降りてくることがあります。それを詩人の三好達治は、信じなさい、と言いました。

 「ああ智慧は かかる静かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絶えた境に
山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前触れもなくそれが汝の前にきて
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあらう」(「冬の日」よ)95-96p

★「玄」は人生の始めで終わり

 墨が玄の色とされる所以は、墨は何回塗り重ねても、絵の具などと違って、真っ黒にはならないからです。闇には決してならない。一点の明るさを残します。そして、その一点は、人の手が為す領域でなく、天地自然、神、宇宙、人間のはかりしれない大きな手に委ねています。真の玄人は、なにもかもやり尽くそうとはしません。どこかに一点残して、あとは天地自然、あらゆるものにチャンスを残します。119-120p

★無知は罪の一つと言われています。無知でいることは、自分の人生を投げ出しているようなものです。160p

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月16日月曜日

『九十歳美しく生きる』

 今回の豪雨災害でJRは広島へ向けて1時間に2便が運行。広島とは逆方向の上りは呉線も山陽本線も運行不能。またJRの貨物も通っていない。日常の買い物はほぼJRの線路を渡っていく。ところがJRがたった1時間に2便だけとあっては踏切がふさがった状態になることもほとんどない。何年か何十年か計画で踏切の高架事業でもめている。今は高架よりもJRの運行が先決だ。

 呉と広島間はJRもバスも運行不能だった。その時に呉市民はフェリーで広島へ通勤したそうだ。これを聞いていざとなれば初歩的なことが一番幅を利かすと感激する。2,3日前からやっとバスが本来のルートでなく動き出す。徐々に交通網は整備される。しかし、水道は!?まだ16万戸が断水状態らしい。

 昨日、家の近くの図書館に行く。区民文化センターの館内に図書館や区の施設がある。入ろうとすると前方はボランティアセンターの受付になっていて、その前を通るのに気が引ける。どう見てもボランティアの格好ではない。足ばやくその場を通り過ぎて図書館に入る。ふと目をやるとボランティアの手続きを終えた若者が人を待っている。

 この暑さと災害の余波でルンルン気分とまではなれそうにない。災害発生後、予定していた日帰りバス旅をすぐにキャンセル。しばらくはいくら外に出歩くのが好きでも遠出は考えてしまう。気分を落ち着かせるために本を読む。今のところこれが一番の鎮静剤。予約の本の順番が回ってこない。図書館の書架で目につく本を借りて帰る。

 金美麗『九十歳美しく生きる』(ワック、2017年)を読むと「日本人の多くはアンチエイジングという言葉が流行するように、若さを羨望し、歳をとることを否定するが、歳をとることはすばらしい。すくなくともむだに歳をとらず、充実した経験を重ねてゆけば、年齢は若さの輝き以上に人生に輝きを与えてくれるのだ。…そうして重ねてきた人間の年輪は、杉の大木の切り株の上に描かれた年輪が美しいのと同様、真っ白だった象牙が飴色に艶めくように、いずれも個性的で美しい」とある。8-9p

 歳を重ねた人の本を読むことが多くなった。この人たちの生き方を見倣いたい。ここにある「杉の大木…」、この秋に日本画教室の作品展で杉の大木の絵を出す予定にしている。思わずこの言葉に反応してしまった。

 金美麗は日本国籍を取得している。なぜと思ったらこう書いている。「日本政府が私たちを台湾に強制送還せず、パスポートもないのにビザを更新し続けてくれたことは、決して忘れてはならない恩義である、というのは本音だ。私が親日であり、ついには日本国籍を取得したのは、この恩義に一生をかけて報いるつもりだからだ」。131p

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月15日日曜日

『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』

 3種間ぶりに日本画教室に出かける。先週の教室は街中に住む3人が出席し、残りは災害の影響で足がなく欠席だったそうだ。久しぶりの教室へは1か月くらい前からわが家の狭い庭に咲いた赤紫色のカラーを持参する。ついでにプランターにはびこるベゴニアを根っこから抜いて持参する。ベゴニアは教室の人にあげた。

 先日来から旅先で絵になりそうな写真を見てデッサンしていた。昨日は持参したカラー3本と葉っぱ2枚を花瓶に活けてデッサンする。以前に白いカラーをデッサンした。花の色が違うだけ、と思った。しかし、持参したカラーは白いカラーほど花弁も大きくなく、少々草臥れ気味の状態で小さい。葉っぱも白ほどの大きさがない。ともあれ、まずは3本をデッサンする。この後、色鉛筆で色を施す。次に葉っぱを2枚、デッサン。葉っぱは実物大にデッサンできないので2分の1の大きさにする。デッサン帖の隅に2分の1とメモ。これは先生のアイデアだ。

 日本画はいろんなデッサンを組み合わせて本画にしていく。そのため、花瓶に活けたそのままの状態をすべてデッサンするとは限らない。この点は視力の悪いモノにとっては都合がいい。

 話は変わって災害をもたらすほどの豪雨の日や暑くて外へ出歩きたくない日に読んだ篠田桃紅の『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』(幻冬舎、2017年)。この中に「人生とは、自分以外の外界とのつき合いです」の頁がある。「外界は自分一人の力では変えられません。雪が降らないようにと思っても、降るときは降るように、人も社会も自分の思うようにはなりません。老いも同じです。老いは自然ですから、どうにかなるものではありません。しかし、外界は変えられなくても、自分はいくらでも変えられます。…」とある。そして中谷宇吉郎の「雪は天から送られた手紙である」を例にあげて「なにがあっても、うんざりだと思うよりは、たいていのことは受け止めて喜ぶほうが、人生は豊かになります。そして自分の心に広がりと厚みを持たせて、その心を働かせていれば、人生はいつまでも飽きません」とあり、その人次第で「人は、どのようにも老いることができて、どのようにも人生を楽しむことができます」という。20-22p

 今回の豪雨災害。わが家は被害はなくてもあまりにも身近に起きた災害。気持ちは穏やかではいられない。その時ふと思う。原爆が落とされたときはどんな状況だったのだろうか、と。実感として分からない。水がない、JRが動かない、など無いない尽くしをはるかに超えて何も無い、命もない状況だったと思うと、もうこれ以上考えられない。そんな時は桃紅さんのいうとおり、「なにがあっても、うんざりだと思うよりは、たいていのことは受け止めて…」と思うのが賢明かもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月14日土曜日

暑い日に!

 稀勢の里が休場の大相撲。休場者は稀勢の里だけでなく横綱が全員休んでいる。今朝、ネットを見ると栃ノ心までも怪我で休場するようだ。大相撲はテレビ桟敷で観戦。本場所をじかに見たことはない。音楽でも絵でも何でもそうだけどテレビよりも実際に見るとまた違った迫力があるはず。見に行く人は気の毒に思える。これはテレビでも同じことだけど…。しかし、稀勢の里が休場してからはテレビで大相撲中継を見なくなった。

 今朝と言えば地元紙によると姉の住んでいる地区の水道の復旧は早くて17日、遅くても23日までは完了するらしい。水はトイレも水失くしては利用できない。早くてあと3日、遅くて9日。これは結構長い。早く復旧しますように!新聞によると豪雨による直接の被害がなくても途中で水道管が通っている橋が壊れて水が使えないらしい。橋が流されたのもその元は豪雨。

 家の電話機、電源を外し、再度セットすると何とかモニター画面の文字が見えるようになった。しかし、マニュアルを見ると気温35度までの対応機種らしい。気温が高くなると毎回こうなる!?便利なものはコトが起きれば不便この上ない。まあ、電話が壊れても命に別状なしと思えばいいか?若い頃、特に就職したての頃、気が弱くて先を先を気に病んでいた。年に一度の決算で監査がある。これを気にしていた。その時先輩から言われたのが「誰も命までは奪わん!」と言って励まされた。この言葉、気になることがあればいつも「そうだ!」と思い出しては強気になる。お蔭でなんとか長く会社に勤めることができた。
 
 昨日は所属する某研究会から会報が送付される。今年度から年3冊の発行になるらしい。暑い毎日、家でテレビをつけても楽しい話題がない。一番の気休めは本を読むこと。このごろ研究会誌を読むと気持ちが落ち着く。というか関心がある研究会の論文なので余計読んで面白いのかもしれない。今回はモンゴル関係の論文が多い。

 話は変わってあまりにも暑いので昨日からは譜面台を立てて涼しい部屋でフルートのレッスンをする。いつもは冷蔵庫に楽譜をくっつけて練習していた。エアコンの入る時季は譜面台に頼る。普通は譜面台で、と思う。しかし、結構譜面台は部屋の邪魔になる。発表会でソロで吹く🎵望郷のバラード🎵、ほぼ暗譜した。また動画をアップしよう。
 

 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月13日金曜日

今回の豪雨災害から&『新潮45』1月号

 今回の豪雨災害は日を追うごとに被害の深刻さを増していく。わが家は大丈夫であってもいつ何時どんな災害に遭うかわからない昨今。他人ごとではない。

 昨日、自分にとって一番ともいえる恩人から電話がある。自分自身、今この状況にあるのもこの人のお蔭。その言葉しか思い浮かばない。それくらい、今の私を作ってくれた大事な人。互いの家が離れているのでなかなか会うチャンスがない。最近、どうしているかな、と思った矢先にこちらの安否を心配してくれる。3年前に高速バスに乗って会いに行った。それ以来、会っていない。昨日の電話では会っていない間に兄を亡くされている。これを聞いてお兄さんも知らない人ではないので複雑な心境になる。電話の主は何もできなかった私を外へ外へと引っ張り出してくれた。昨日もそれを言われる。

 30代半ばころ、人生で一番行き詰っていた。その時に知り合う。それまで生きてきた自分の価値観をひっくり返された。この人に会わなければ今の自分はない、と言えるほどの恩人。昨日も兄を亡くした不幸を話ながら私のことを気遣ってもらう。災害で交通機関が麻痺している。高速バスが元通りに運行されれば会おう、と言って電話を切る。この人とも長話になった。

 今回の豪雨災害でいつもは会えない遠くの人から電話やメールで心配していただく。最初にご心配をかけたのは東京の弁護士さん。この方とは著書を読んで一方的に知り、その後、このブログを通じて知り合った。他にも元の職場の人、短大時代の友、フルート仲間、日本画の仲間、某交流会の人や市内に住んでいない人たち、そして姉妹や姪にも心配をかける。災害は悲惨な出来事をもたらす。しかし、人との縁を取り持ってくれたり、旧交を温めるいい機会にもなった。ありがたい。

 最近、図書館で借りた古い雑誌の記事に死生観が書いてある。この感覚に一番近い死生観を持っている。ここに記そう。このなかでも「われわれには見えないけれど、『あの世』はわれわれとともにあるのです。死者の霊魂はつねにわれわれに寄り添っているのです」。そう思って読む。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 『新潮45』1月号の佐伯啓思「反・幸福論」(第81回)サブタイトルは「あの世を信じること」からの抜粋。301-302p

★日本人の宗教意識の根幹であることを徹底して主張したのが平田篤胤ですが、平田に従えば、人が死ねば、その霊魂は「あの世」である「幽世(かくりよ)(幽冥)」にゆく。それは「この世」である「顕世(うつしよ)」と独立にあるのではなく、いわば張り合わせになっているものの、こちらからは見えない。しかし「幽世(かくりよ)」である「あの世」から、「顕世」である「この世」は見える、というのです。われわれには見えないけれど、「あの世」はわれわれとともにあるのです。死者の霊魂はつねにわれわれに寄り添っているのです。いってみれば、われわれは、その一挙手一投足を「あの世」から監視されているようなものです。だからこそ、身を清め、こころを正直にし、神や死者を敬って生きなければならない、ということになるのでしょう。死者の魂によって、現生のわれわれの生は成り立っているのです。

2018年7月12日木曜日

長電話

 眼科に出かけて眼圧を測ると13と16だった。豪雨災害の影響で交通網が寸断されている。ところによっては断水も続く。今朝の姉の電話によるとまだ2週間は断水らしい。ただ、住んでいる団地の集会所に昔からの井戸があるらしく、それを利用しているようだ。ともあれ、元の落ち着いた生活に戻るにはまだまだ日数がかかりそうだ。眼科に来る人も少なく、先生と看護師さんたちと3,4人でしばし話が弾む。

 利用していたプールが避難所になっているらしくプールの利用は今月いっぱいできないらしい。電話で確認すると来月もはっきりしないようだ。暑さで動きも鈍いうえに泳がないとさらに運動不足になる。なるべく体を動かすようにしよう。

 家でじっとして本を読んでいると携帯電話がかかる。電話に出ると無言のままだ。こちらは電話に対して疑心暗鬼が生じている。相手を確かめると名前を名乗る。これからが可笑しすぎる。疑ってかかっているため何度名前を名乗られても誰だか判断できない。しばらくしてやっと気づく。日本画の人だった。先週の災害の日に教室はあったらしく市内の人しか参加していなかったそうだ。今週は何が何でも教室に行こう。

 夜になって久しぶりに元の職場の人に電話する。同じ市内に住んでいても仕事を離れてから16年もあっていない。長話をしてしまった。お蔭で寝不足。それにしても暑い。この暑さも災害に遭われた人のことを思えばそうも言っておれない。せめて元気でいなくては…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月11日水曜日

フルートのレッスンへ

 山陽本線、呉線に並行して走る公共バス。JRが駄目なら郊外バスに乗って市内まで出ようと思った。ところがJRは一部運行されても郊外バスは道路が寸断して全く通っていない。昨日はフルートのレッスン日。とり合えず早めに自宅最寄りJR駅まで行く。列車時刻の案内板を見ると1時間に2本ほど運行している。12時半からのレッスンなのに2時間前に自宅を出る。駅に着くとすぐの発車。とにかく広島駅まで行けば市内バスは通常運行だ。

 列車が入る。折り返し運転で岩国行きとなる。ともあれ乗車。早めに家を出たためレッスン時刻までに1時間ある。駅前のデパートに入ってしばしティータイム。デパート内のどこを見渡しても人が少ない。JRもバスもほぼ止まった状態。買い物どころではないようだ。先生宅に伺うと先にレッスンを受けた人は災害の日、非難されたそうだ。習っている人のうち非難してレッスンに来れない人もいるという。

 さてレッスン、発表会の日を改めて聞くと2か月先。ソロで吹く曲を先生のピアノと合わせて吹く。何とか吹けた。だが、曲の途中で歌口に当てる唇が微妙にずれる。この修正を吹きながらしないといい音で吹いていても最後までいい音が出るとは限らない。先生にそう話すと「切手」をフルートの歌口に貼るようにとアドバイスされる。去年の発表会は切手を貼って吹いた。今年は大丈夫と思った。しかし、唇がずれずに曲の最後まで吹くためにも切手を貼って練習しよう。

 レッスン後、広島駅に向かう。呉線、芸備線、そして山陽本線。運行されてるのは山陽本線の一部と可部線。駅構内の賑わいはない。

 帰宅後、電話機を見ると画面が白くなっている。こういうことは初めてで右往左往する。マニュアルを出しても思うようにならない。ネットで検索すると電話機の電源をしばらく抜いて…とある。昨夜から何度も試みる。その瞬間は画面の文字が見えるがすぐに白くなる。そろそろ電話機も換えどき!?夕飯後、福岡と関西の旅行社から届いた旅のカタログを眺める。かなり真剣に見ていたのか2時間経過。

 大雨が止んだと思ったら一気に真夏の暑さだ。災害のひどさをメディアで見ると旅どころではない。また、電話機などの文明の機器も昔の黒電話ならば今のような画面のことも気にせずに済んだはず。しかし、もはや黒電話はない。あまりにも文化的な暮らしはひとたび間違えば地獄の生活となりそうだ。楽な生活ばかりをしていると何かコトが起これば気持ちまでも変化する。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月10日火曜日

今回の豪雨災害に思う

 昨日のダグニーさんのブログタイトルは「著者」。ご自分で書いた本を手にした写真のアップがある。ブログを読むと「今私は社会のメンバーを求めてケアとして新しい人生をはじめています。私は私の援助を要求している人ではないことを指摘したいと思います。私は、しばらくの間、自分自身の世話をするが好きでしょう。1 つは恩知らずはなりませんが、提供する場合の助けを受け入れます。けど最近在宅介護職員にことはできません十分称賛彼らの有用性と åldringars 問題の理解はそれがそんなに不満…」とある。いつもの如く翻訳機能からの日本語で怪しいところがある。

 いずれにしても「私は私の援助を要求している人ではないことを指摘したいと思います」とあるように自分のことは自分でする、との気持ちが表れており、見倣う点が多い。

 話は変わって今回の豪雨災害。我が家は何もなかった。しかし、住んでいる区と被害が大きい町はもとを糺せば同じ安芸郡の住民。テレビやメディアでなぜ、安芸区と安芸郡に分かれるのかと思われるだろう。広島駅を起点として東側に隣接する町と北側の一部の町は合併前、全て「安芸郡」だった。そのためマツダやキリンビールがあった府中町は広島駅に隣接していても今でも安芸郡のままで町政を敷いている。今の江田島市も元は安芸郡だった。そのため広島市に合併しない町は今でも安芸郡で、市と合併した町は安芸区となり、市と郡が飛び石のようになっている。広島は安芸の国。早く言えば広島駅から呉市に至るまでの一帯は安芸郡だった。一歩間違えば我が家も同じ被害に遭ってもおかしくない地域に住んでいる。

 先日来からいろんな人から心配のメールや電話をいただく。昨日も東京のフルート仲間からメールで心配してもらう、また以前勤めていた会社の名古屋の人からも電話がある。久しぶりに会社に勤めていた頃の話で盛り上がる。なんと2時間も電話していた。そして今、短大時代の友から電話で心配してもらう。有難い。

 今日はこれからフルートのレッスンへ。しかし、JRの運行が気になる。今朝の新聞によると山陽本線や呉線の運転再開は線路の流出などで1年かかるとか。どういっても広島駅から東京方面へは広島駅から8分の区間だけが運転再開。学校は今日も明日も休みのようだ。働く人も「足」がなくては動きが取れないだろう。昨夜、明日予定していたフルートの人たちとの飲み会も尾道から広島に出てくる人の「足」がなくて中止となった。

 何かあるとその人の身になって考えろ、と言われることがある。今回の災害は身近なためかかなり自分だったら、と考えてしまう。本当に必要なモノとは、と思ったり…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月9日月曜日

JR一部運行開始!

 今朝は大雨も止んで久々にお日様を拝む。太陽が出ているだけで有難い気持ちになる。昨日、霧雨になったころに外に出ると何と貨物列車なのか試運転なのか列車が動いている。それもその時だけのようだった。今朝から4日振りにJRの一部区間で運行、となっていても列車の通る音が聞こえない。先ほどネットで検索すると自宅最寄り駅から岩国駅まで運行するとか。それも間引き運転らしい。呉線の運行はいつになるかわからないようだ。マツダも休業、小学校も休み、明日から始まる阪神とのカープ3連戦も延期となった。

 自宅付近はJRなしでは動きが取れない。バスが通っていても郊外を走るバスはJRの便利さに追い抜かれ、利用者は少ない。そのため本数も少ない。明日はフルートレッスン日。JRに乗れないならばバスを利用しよう。ブログ投稿中、やっとJRの踏切の音が聞こえる。列車が通るのだろう。呉線も芸備線も早く復旧するといいけど…。

 あまりにも平凡すぎる毎日を送っている。それが昂じると旅に出たくなる。しかし、今回のように予想さえできないほどの豪雨に見舞われると、平凡な毎日が一番幸せなんだと思い知らされる。今日は暑くなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月8日日曜日

豪雨災害

 JRが運行されなくなって今日で3日目。生まれてこの方こういったことがあっただろうか。先ほどネットで調べると今日も終日の運行不能らしい。昨日、義兄は電話で自宅最寄り駅近くの鉄橋が流されたと話した。今朝の地元紙によるとこの修理に数か月かかるという。広島駅まで30分の区間。その間に鉄橋が流失とは…。めいの子供たちのうち2人はJRで学校に通っている。どうするのだろう。また水道も止まったままで、近くの集会所まで水を汲んで利用しているという。「お風呂は?」と姉と電話で話すと「仕方ない」の返答。蒸し暑い日々、水道がなければお風呂どころか洗濯もできないだろう。

 一昨日の夜から昨夜にかけて電話やメールで心配していただく。有難い。また何かあると姉や妹と電話で久々に話が弾む。テレビを見ると住んでいる区や隣接する町の悲惨な様子が伝わる。わが家は昔から家が建っている場所で山を切り開いた団地ではない。被害の地域は山を削って造成された新興団地に多い。いずれにしても雨が止まないとどうにもならない。しかし、相変わらず雨は降り続く。

 昨日は広響の定演の日、そして日本画教室の日。あらかじめ日本画は休む旨、連絡していた。ところが広響から後日延期のメールが入る。たとえ延期されなくてもJRが不通では聴きに行かれない。また延期されても日本画教室も行かれない。結局、どこへも行かず家の近くのスーパーへ買い物に行く。ところがパンなどがほとんどない。流通がストップしているのだろう。

 そういえば一昨日の夜のBS。特別警報が出た時点で大雨のためBSが写らなくなる。いざとなればラジオ!?

 いつになったら雨は止むのだろう。西から東へ雨は移動する、と思った。ところが、今度は四国辺りに警報が出る。日本列島、どうなる!?それにしても雨の恐ろしさを実感する毎日だ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!それにしてもJR,いつ運行されるのだろう。

2018年7月7日土曜日

大雨特別警報発令!

 降り続く大雨は大雨警報よりもさらに強く降る大雨特別警報になる。昨夜、午後6時過ぎに自治体からの緊急エリアメールが入る。これは隣町からのメール。その後も朝方3時過ぎまで住んでいる区や隣接する町・区のエリアメールが23件入る。午後9時過ぎにほぼ雨も止む。しかし、夜半にかけて再度大雨になる。

 寝ついた頃の3時過ぎの緊急エリアメール。目が覚めて寝られない。4時過ぎ、寝ついたと思ったら、今朝は姉の電話で目を覚ます。姉とは同じ市内でも住んでいる区が違う。姉の住む区に走るJR線は駅が冠水したそうだ。その影響か、自宅の水道が止まっている、と姉。義兄は自治会のお世話をしているらしく、その打ち合わせでいないとか。お蔭でこちらは睡眠不足。二度寝しなくては…。

 朝からヘリコプターが市内の様子を見ているのか音がうるさい。しかし、JRの各線は止まったまま。今日午後は広響の定演がある。日本画教室とも重なるが…。いずれにしてもJRが動かないと街中へは行かれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 ブログ投稿後、JRは7日の列車運行の予定はないとの地元新聞社からメールがある。ああ、なんということだろう。

2018年7月6日金曜日

メディアを賑わす汚職と大雨

 文科省の汚職事件。先日の日〇アメフト問題に続いてまたも大学絡みの不正事件だ。我が子を不正に入学させるために親が悪事を働く。不正がバレたからよかったものの不正入学した子供はいつの日か、医師になるのだろうか。医師になろうとした入学時点で成績も精神的にも良くない人間だ。そんな人が医師になる、とは恐れ多い。

 子供の数が年々減少している。それに生き残りをかける私立大学。こういう事件が起きるとますます大学のイメージが悪くなる。私学助成が目的でなく、事業の対象校に選んでもらいたったのであれば、こういう事件でさらに大学のイメージは悪くなる。ましてや日〇も今回の大学もともにトップの人相が悪すぎる。年老いてもまだ権力や地位やお金が欲しいのだろうか。事件を知れば知るほどあきれ果ててしまう。それにしてもこの事件、何が発端で逮捕へとなったのだろう。

 話は変わって🎵雨は降る降る~♪と悠長に歌っておれないほど連日の雨。どういっても大雨警報発令中。外に出たいけど降る雨に負けてしまい、出られない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月5日木曜日

「熊野・神秘の森を歩く」を見る

 今朝のダグニーさんのブログは「ホームサービス」。ダグニーさんはどうもこれにご不満のようだ。その一部に「それは少し寂しいときいくつかの日私はすべての日に話す誰かを満たしていません。孤独は多くの高齢者の正常な存在が、私はされている私は知っている特権し、まではかなりいい生活を送っていた。朝と夜、在宅ケアの決定を受け取った今日は私に見える必要があります。個人的に私は開発が必要だが、私はまだ感謝して受け入れられた提供を取るなどは考えない。私は自治体がイニシアチブを取っているが、ヘルシンボリの姪を信じていない彼の古い叔母のふくと災いを考えて距離にもかかわらず。私はまず朝と夕方 2 回今日で私のもの訪問してに割り当てられた連絡担当者。彼女は若い美しいとチョコレートの茶色エチオピアです」とある。(翻訳機能のため日本語として変なところもある)。

 ここまで自分の意見が言えるのだから頭はしっかりされている。ただ106歳の一人暮らしが福祉国家スウェーデンにおいてネックとなるのだろうか。ホームサービスの訪問者はエチオピア人らしく、日本が外国人を受け入れるのもうなづける。

 雨の日が続く。テレビはあまり見ないと豪語しても家でおとなしくするには本かテレビが友になる。昨夜は「にっぽんトレッキング100『熊野・神秘の森を歩く』」を見る。最近、熊野古道に行ってみたいと思った矢先の昨夜のテレビ。3日間をかけて熊野三山を歩く番組だった。とてもじゃないがこの三山を歩けそうにない。http://www4.nhk.or.jp/P4100/x/2018-07-04/10/8962/1780042/(参照)

 2年前に出かけた月山、羽黒山、湯殿山などの出羽三山。月山は過去、羽黒山は現在、湯殿山は未来のご利益があり、熊野三山もそれがあるようだ。和歌山県熊野地方にある本宮(熊野本宮大社)、新宮(熊野速玉(はやたま)大社)、那智(熊野那智大社)はそれぞれ未来、現在、過去のご利益があるという。

 本宮から速玉大社へはシーカヤックで16Kⅿを櫓で漕いでいた。信州の旅でオールを持って舟を10数人で漕いだ後、腕が痛くなった。テレビで見ると気持ちよさそうだが自分の体力では無理だろう。それにしてもますます行きたくなる熊野古道。せめて観光バスで熊野三山詣でとなればいいけど…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月4日水曜日

外国語を学ぶ!?

 台風7号による大雨警報も先ほど解除される。今朝は蒸し暑さが半端ではない。しかし、夜半から今朝にかけて大雨が降ったのだろうか、その気配は感じられない。

 年中、自転車に乗って外に飛び出していたが、先月から今月にかけて外に出ない日が多くなる。これでは体に悪いと思いながらも家でおとなしくする。その時、ふと頭をかすめるのはスペイン語。先日テレビを見ていると米倉涼子が安住の「ぴったんこかんかん」に出ている。8月に同じ番組でスペインへ行くらしい。そのためかスペイン語を習っていると番組で話す。「スペイン語…」と思い、久しぶりに大学の科目等履修生で学んだ教科書を取り出す。これを1冊丸暗記すれば覚えられる、と思った。だが大変かも…。ときどきNHKのスペイン語のラジオ講座をネットで聞く。最近は同じくラジオの「英会話タイムトライアル ストリーミング」を聞くこともある。他にも中国語がある。いずれも基礎的な会話。どの外国語のラジオの講座も今どき使う新たな言葉がある。特に中国語は習い始めが36年前のことでネット時代のキーワードは全く習っていない。

 雨の日、自転車で外に出られない日はネットで外国語を学ぶ、これ、いいかもしれない。そういえば外国語だけでなくネットでは著作権切れの作品も読める。なにごとも家に居ながらにしてやる気になれば何だって学べる。しかし、これにはかなり強い気持ちがいる!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月3日火曜日

変な世の中!?

 今週のお天気は先週の予想に反して毎日雨マークが続く。昨日は急遽お昼からプールで泳ぐ。月曜日は混み合うので火曜日に、との予定も変更して泳ぐ。最高気温31度の日中に自転車でプールに出かける。31度はこれからやってくる真夏のことを想うとそれほど高い温度ではない。去年購入した麦わら仕様の大きな帽子を被ってプールへGO~。布製の帽子よりも麦わら帽子は被ると涼しい。ともあれ元気を出して泳ぐ。

 出かける前に変な電話がかかる。途中から留守電にすると留守録になる。受話器を取らずに聞いていると「日本年金機構…」と、女性の声がする。思わず受話器を取ると間違い電話のようだった。とはいっても何か変。ネットで番号を検索するとブラックリストにのっていない。それでも受話器をとった自分が怖い。もしかして…。昨日はずっとこのことが頭をよぎる。そこで心を決める。登録していない番号の電話の受話器をとらない!用があれば再度かけてくるはず、と決心する。けっこう気が小さい。心に決めたからには、と電話機に大きく「受話器をとるな!」、と書いて張り付ける。これは家のドアホンにも張り付けている。だがドアホンのコンセントは抜いたまま。ドアホンや電話がない時代にはこういう心配もなかった…。

 どういっても日本年金機構を名乗るのが怪しすぎる。以前、父の遺族年金のもれで両親亡き後、遺族年金受け取りの権利が私になり、年金機構と書類や電話でやり取りした。2,3年前のお話。それは本来の年金機構からで振り込みもされた。昨日の女性は声から判断すると怪しい人には思えない。これが騙される元になりそうだ。ただ「どちらへおかけでしょうか?」と問うと何とか税理士事務所、と言っていた。そして「違います!}とだけ言って受話器を外す。たったこれだけのことなのにこの怖さは何じゃ!とにかく「受話器をとるな!」と自分に言い聞かせて…。

 そういえば泳いで帰ると我が家の前で男の子2人が電線の方を見上げて「鬼ヤンマ!」と叫んでいる。今年はまだ蜻蛉を見ていない。毎年のように家の塀に蜻蛉が止まっていた。蜻蛉、見たかった!
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月2日月曜日

情報あれこれ

 今朝のネットニュースに「市販薬『命に関わる副作用』実名リスト29」がある。このうち該当するのは風邪薬のパブロン。ショック死となるコトもあるらしい。寒い季節、鼻水が出ることがある。その時、耐えきれずパブロンを服用。それも副作用が怖くて小児用ほど飲んでいた。薬についてはかなり気を付けている。これからはパブロンを飲まないようにしよう。https://www.newspostseven.com/archives/20180702_711268.html?IMAGE&PAGE=2(参照)

 2,3日前、自宅最寄りJR駅近くのコンビニに強盗が入った。なんとその犯人は昨朝の新聞報道によると新幹線の線路上にいたという。犯人はそこで捕まる。

 同じく2,3日前に市内で発令された竜巻注意報。幸い市内はひどいことにならなくてよかったものの滋賀県辺りでは竜巻により屋根が吹き飛んでいる。地震も台風も怖い。しかしそれと同じくらい竜巻の怖さを実感する。

 被害に遭われた家の映像をテレビで見ると自分だったらどうするだろう、と思ってしまう。というか、茫然として何も手に着かないかもしれない。本当に自然災害の怖さを実感する。

 気を取り直そう。蒸し暑くなった。昨日初めてエアコンを作動。今朝も蒸し暑い。この1週間の予報を見ると雨のマークが並ぶ。まだ梅雨明けにはならないようだ。今朝の新聞折り込みチラシを見ると旅の案内がある。しばし眺めて1か所行く気になる。だが下旬。暑さも本格的になる。さてどうしよう!迷っているうちは行くな、との暗示!?他にも今朝はメールで某研究会の情報が届く。いろんな会に所属している。さてこれもどうしよう!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月1日日曜日

スーパープレミアム「桐谷健太 熱帯の氷河キリマンジャロに挑む」

 NHK・BS のスーパープレミアム「桐谷健太 熱帯の氷河キリマンジャロに挑む」を見る。放送前から番組スポットで紹介され、もう絶対見なくては、と思った。予想通りの素晴らしい番組だった。桐谷健太は以前放送されたギアナ高地を見て初めて知る。

 キリマンジャロの高度は5895m。桐谷は高地の登山経験がないらしく、何週間かアフリカで高度に順応する訓練をしたそうだ。マサイ族の村を出発してキリマンジャロを目指す。そこで桐谷は「経験フェチ」と自らを紹介する。「フェチ」は広辞苑によると「特定なものに異常な愛着を示すこと」とある。桐谷は自分が「これっ」と思ったことを経験する好奇心旺盛な人だろう。

 以前、ギアナ高地に挑んだ桐谷。次は、と番組スタッフは南アフリカのビクトリアフォールズを、と考える。しかし、ここは一度の取材でなく滝の量を比較するために2度出かけなくてはいけないらしい。そこで比較的治安の安定しているタンザニアから取材ができるキリマンジャロを目指したという。しかし、桐谷は登山経験がない。2月の乾季の取材が理想でも桐谷が高度順応に慣れるため、その準備期間が必要だった。それが終わった3月26日から31日のキリマンジャロ登頂に向けて出発する。

 マサイ族の村ではキリマンジャロを神聖な山としてあがめている。キリマンジャロは年中、山の頂に白い雪を頂く。この白い雪が神聖な山となる。登山口近くに住むマサイ族。この人たちの手を借りなくては猛獣やキリマンジャロの大自然と共存できない。野生の王国の巨大クレーターは野生動物を保護区で保護する。以前のマサイ族は1万人余り。しかし今はその10倍もいる。保護区内にマサイ族と野生動物が共生していたが、この頃は一部のマサイが居住し、他の人々は保護区の外で暮らす。また、最近の流行として車でのサファリでなくウオーキングサファリがブームという。

 キリマンジャロの登頂に成功した桐谷は山を背にして並んだ登山隊の前に立って「キリマンジャロ最高!」と拳を天につきあげて讃える。スタッフから登頂の感想を聞かれて「ありがとう!」とただ涙を流して話す桐谷。この場面にこちらまで感動して涙があふれる。素晴らしい感動の場面だった。

 番組スタッフのディレクターは女性。彼女は日本の長野県の山岳気象予報士と連絡を取り、31日に予定していた登頂を1日早めた。翌日は雨になるのを怖れての一日早い強行スケジュールをスタッフ会議を開いて決める。それでも登頂は全員ではなくプロデューサーが高山病で途中リタイア。個人的に高山病を何度も経験している。とはいっても5000mの高さでなく、2500m以上の高度。これ以上になると高山病で何度もダウンした。そのためキリマンジャロでなくても富士山も登れない。

 この番組のHPは以下のURLで。https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92420/2420508/index.html

 桐谷健太、この番組ですっかりファンになってしまった。そういえば放送の初めころ、リュックにぶら下げたお守りは「おかんのプレゼント」と話していた。「おかん」から関西圏の人だと思ったらやはりそうだった。ドキュメンタリーはいい。これからもこういう番組があるように期待しよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!