2018年9月30日日曜日

清水寺管主森清範講演会から

 今日午後は葉書で知らせを受けた青山俊董尼僧の講演を聞きに行く予定にしていた。ところが台風24号の影響でJRは運行不能になり行かれない。年に2回開催される青山尼僧の講演会(去年から1回になる)。尼僧様を知ったのは5年前に出かけたスリランカの旅で知り合った九州の3人のお坊様たちによる。ともに永平寺で修業されたお坊様たちでそれぞれ曹洞宗の寺院の住職をされている。旅の道中、曹洞宗の尼僧として活躍されている青山尼僧に弟子入りせよ、とたった一回言われただけで何となく名前を憶えていた。その人がこの何年か前に広島で講演をされるという小さい記事を目にする。ネットで調べるとご本人だった。それ以来、何度か青山尼僧の講演会に出かけた。ところが今回は台風で行かれない。残念!

 講演と言えば、南紀に行く前日、清水寺の管主森清範の講演会に出かけた。この講演会も新聞に掲載された小さい記事を目にしたことによる。森管主は今年の漢字で有名。しかし、講演を主催する団体が気になり、電話で問い合わせると有名企業で、疑った自分が悪い。広島国際会議場での講演会は会場に入ると入場券がわりなのか、連絡先を書かされる。後でこれは主催する企業が年に一度発行する本や来年以降の講演会情報を知らせてくださるためだった。

 講演会は今回で100回目らしく、1回目は大正7年の開催。当時の清水寺管主は大西良慶であり、主催者は企業の創始者熊平源蔵で始まった。清水寺は50年に一度屋根をふき替える。100回目となる講演会は清水寺の屋根ふき替も2回目となる。清水寺と言えば今年の出来事を漢字一文字で表すことで有名。去年は「北」だった。掌の裏を合わせると背中合わせとなり「北」になる。背を向けるというように「背」は背くで敗北になる。背中合わせでなく言葉をかけ合うのがいいらしく、「言葉には力がある」という。まずは「鋺」を書かれて話を始められる。

 次は「布」(あまねく)を書かれた。言葉には言霊といって霊があり、エネルギーがある。言葉は言い方によって良い言葉は「力」になり、悪い言葉は「刃」になる。スリランカ人の言葉を例にして「憎しみは憎しみを持って憎しみを超えることはできない。ただ愛を持って憎しみを超える」と話される。そのためにも座右の銘を持つといいらしい。

 座右の銘に「一徳 存命の悦」がある。ある時、列車で移動したそうだ。隣にいた女性から僧侶であるためかいろいろと聞かれたらしい。話していると女性は管主の手を取り、号泣したそうだ。女性から手を握られることはない、と冗談を交えて話される。管主は「亡くなった娘さんはあなたの心の中にいますよ」と言葉をかけたという。これに近い例として自分自身も経験がある。親を亡くして3回忌を済ませた頃にスリランカへ出かけた。飛行機の座席が隣同士となった九州のお坊様たち3人。トランジットを入れて16時間の長い飛行中、いろんなお話をした。当時は哀しみに暮れていて話ながら思わずお坊さんたちの前で号泣した。「一徳 存命の悦」、覚えておこう。

 言葉をとどめる器を文字というそうだ。白川静によると言葉には「呪能」があり、文字霊がある。清水寺の管主は年末に今年の世相を一文字で表す。今年は「広」が有力と笑って話される。というのも前夜、広島カープが優勝したことで講演会を聞きに来た聴衆を喜ばす意味もある。個人的には「虎」だが、今年は「広」を期待して…と笑いを取る。この一文字は牛耳筆という広島の熊野筆で書くそうだ。牛の耳の毛は墨が一度に出るようになっていて書きやすいらしい。

 漢字を例に出して話される。「寺」の文字は「土」と「寸」からなる。寺に手扁を付けると「持」になる。これは「持ってこい」や「持って帰る」があるが「佛さんの心」を持って帰ることだそうだ。「佛」はすべてのモノに佛が宿り、命の佛格化したものらしい。そして、どの人も皆、朝が来るという。この「朝」は人間がお腹の中で十月十日して生まれてくるの意。それゆえ十月十日と書いて「朝」になるという。確かにそうだ。

 「言葉のちから」と題された講演会。この講演会でスリランカの話題があった。スリランカの旅で私も九州のお坊さんたちと知り合い、青山尼僧のことも知った。今日は台風で生憎、青山尼僧のお話は聞かれそうにない。それにしても人の話は何でも聞くものだ、と改めて感じる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう! 

2018年9月29日土曜日

新・伊勢神宮と南紀ぐるり周遊2日間の旅から帰って

 2,3日続いた秋晴れも今朝は台風の影響なのか大雨となる。一昨日と昨日、J〇Bの国内ツアーに参加する。出かけた場所は前々から行きたかった熊野古道。それに伊勢神宮がつく。伊勢は4,5年前に出かけているので目的は熊野古道。とはいっても本格的なものでなく、いわゆる観光地巡り。それでも初めて行く場所は興味津々だ。

 出かける2週間くらい前に添乗員をしている人とランチをした。観光地へはバスが横付けされるので歩くところは少ない、と話していた。ところが旅行社のパンフには「歩きやすい靴で…」と注意書きがある。数年前に購入してこれまで2度しか履いていないトレッキングシューズが再度の出番となる。少々大げさ?と思ったらこの靴を履いてよかった。どういっても平たんな道でなく、古道と名がつくように歩きにくい道が続く。特に階段に敷いてあるのは昔からの石でできた石段だった。

 幸いお天気に恵まれて快適な旅となる。ところがところが…。帰りの紀伊田辺駅から新大阪まで乗車した特急くろしお32号が天王寺駅到着の手前でアクシデント発生。お蔭で新大阪から乗るのぞみに間に合わなくなる。団体席で乗車のため簡単には他の列車に乗り換えできない。結果、1時間15分後に発車するのぞみに乗車。広島駅到着時刻は何と午後11時8分。家に着いたのは深夜だった。

 広島駅から自宅最寄り駅までは特別のチケットをもらう。団体でなく個人で乗るためのチケット。これは初めての経験だった。旅は家に着くまでが旅らしい。帰宅が遅くなっても楽しい旅に変わりはない。今回の旅の良かった点を一つだけ挙げよ、と言われれば即、答えるのは1日目の夕食。和食か洋食かを選べるプランだった。旅を申し込んだ時点では和食だった。しかし、洋風?に心惹かれ途中で変更した。これは大正解。高級なホテルで一人西洋料理をいただく。どんな気持ちになるのだろうか。自分の気持ちに関心が湧く。初めて尽くしはいろいろとあった。これは後日のブログにアップする予定。今日はここまで!

 そうえいば、特急くろしおに乗車するまでの観光バス車内で同じ旅行社から電話が入る。話を聞くと11月に予定していた海外の旅がキャンセルとのことだった。かなり楽しみにしていたので残念。しかし、今回の旅に出る前に郵送されてきた某交流会の新年早々の海外旅行の詳細が届く。これを楽しみにして…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月26日水曜日

「釘スープ」のお話&プール

 ダグニーさんのブログを見ると「我々 弱い寒い秋」のタイトルの投稿がある。ブログの一部を日本語翻訳機能を使って記そう。「表示した秋葉混合花画像で『釘にスープを煮る』を観察することが出来る」とある。この「釘にスープを煮る」の意味が解らない。さっそくネットで調べるとスウェーデンの昔話で「釘スープ」というお話にあるらしい。それによると「食べられないモノを幾ら煮てもだしすら出ない。しかし、味は目に見えないし、食べられないモノをぐつぐつ煮て『美味しいスープが出来ましたよ』、と言って出すと騙される人がいるかもしれない」とある。

 日本にもこのような昔話があるのだろうか。国によって昔話もいろいろあって面白い。ダグニーさんのブログによると昨日はひどく風が吹き、近くの公園に植えてある大きな樫の木のドングリが吹き飛ばされ、秋を感じておられる。日本で言えば木枯らしに相当するのだろうか。

 昨日と言えば午前中にプールで泳ぐ。先週から午前中に泳いでいる。昨日も急遽、泳ぎに行こうと思いたち11時近くになってプールに到着。昼休憩の合図が12時15分前に出る。大体1時間を目安に1キロ泳ぐので到着時点で1時間を切っている。幸い、人が少なくて短時間ながら思い切り泳げた。これから冬になると午前に出かけられるか怪しい限り。なるべく早起きを心がけて午前中に泳ぎに行こう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月25日火曜日

地元のカープ愛!

 CARPの地元胴上げは持ち越しとなった。今日か、今日かと待ち焦がれるカープの優勝。家の隣は集会所。ユニフォームを着てここに集まる若者たちはテレビ観戦で応援するようだ。家の中にいても選手の動きを悲鳴に近い歓声で応援するのが聞こえてくる。

 Carpは昨日のDENA戦で負けて、球場はヤクルト対中日のパブリック・ビューイングに早変わり。ヤクルトが負ければその時点でカープの優勝が決まる。小雨降る中、選手たちはどうするのかと思えば控えでヤクルト対中日の試合を見て、その結果次第で胴上げになるか、または全員が出て球場で観戦するファンに挨拶するという。

 見知らぬカープファンの若者のツイッターを見ると大阪からのファンは残念会、他にも楽しみの前の前夜祭と負けても楽しそうだ。表現は違えどカープを応援するファン心理は同じなのだろう。

 広島に住んでいればファン心理は老若男女に変わりなく、すれ違い様のあいさつはCarpの話題で盛り上がる。中国でのあいさつが「ニイハオ」の代わりに「ご飯食べた?」と話すように広島は「カープはどう?」になる!?

 地元びいきは海外に出るとよくわかる。特に福岡発の海外旅行のツアーに参加すると九州のそれも福岡の人たちはソフトバンクを応援。ところが福岡以外はテレビのソフトバンク中継が福岡ほどないのか今一歩盛り上がりに欠ける。それはCarp応援も同じようだ。中国地方でも山口はDENA、岡山は阪神ファンが多い。その点、広島はCarpオンリー。地元のNHKでさえもCarpを応援する。ましてや地元の民間放送4局はすべてカープを応援。新聞もそうだ。これで他所の球団を応援するなどありえない!?いや、たまに天邪鬼がいる!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月24日月曜日

お墓参り

 昨日は姉夫妻がお墓参りにやって来る。幸い、曇り空でこれまでのような暑さでない。義兄の車に同乗してお墓に参る。わが家の墓地の隣と隣は墓が建立されておらず草ぼうぼうの状態。外で近所の人に会うと、墓地の草を…と言われる、言われても草ぼうぼうの墓地はわが家のではない。姉夫婦は墓参りの度に他所の墓地まで草など抜いてきれいにする。しかし、近所の人はそれさえも知らず、わが家の如く話をする。

 お墓参りの後、今年の春とお盆の塔婆を残し、古い塔婆は車に乗せてお寺へ持っていく。今日は秋の彼岸の塔婆を受け取りに行かねばならない。去年までは年3回の塔婆を2本ずつお願いしていた。これは1年に6本の塔婆になる。塔婆の長さは1.5mくらいで、2本持っては自転車に乗れない。ましてや塔婆の代金は1本3000円。この費用も年間になれば高くなる。

 お盆の塔婆を受け取る際、一緒になった近所の金持ちそうな家でも塔婆は1本だった。わが家も今年の春の彼岸法要から塔婆を1本に変更した。お上人に変更を伝えるのは勇気がいる。しかし、わが家は年金生活者。ましてやお寺に関わる跡継ぎはいない。徐々にすべてのモノ・コト・ヒトをスリムにして自分自身を生き易くするのがベターと気づく。言いにくいことも言わねばならない。これも勇気を出して言う、これに尽きる。

 お墓参りを済ませるとお昼になる。地元にあるビジネスホテルで姉夫妻とランチ。費用はすべて姉夫妻に任せて…。さすがに姉。家に来る際もお米や野菜、お花など、農家でもないのに持ってきてくれる。ましてやお布施までも持ってくる。このお布施、これから塔婆を取りにお寺へ行くのでそれに振り当てよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月23日日曜日

久々の再会&ボロディン のノットゥルノ「弦楽四重奏」


 3連休の初日の昨日、広島駅周辺はまるでお祭りがあるかのような人、人、人の群れ。そのなかには優勝を目前にしたCarpを観戦する3万余人やお天気に恵まれての行楽客、そしてお彼岸のお墓参りに帰省した人々もいるだろう。今月6日、広島駅はほぼ完全にリニューアルを終えて、市内に住んでいても急激な様変わりに驚いてしまう。群衆に交じって短大時代の2人の友と合流。うち1人はなんと約半世紀ぶりのご対面。過ぎ去った月日は長くても会えば昔の面影を残したままの3人。話す言葉はいつもの広島弁で何ら違和感はない。
 
 駅に隣接するホテル・グランヴィアの最上階でのランチ。以前は市内全域が見渡せた。しかし、近年、50数階建ての高層ビルが建ち、様変わりする。静寂を取り戻した中でランチをいただき、話は弾む。話していて2人の友の結婚後のお家にお邪魔したこなど思い出す。半世紀ぶりよりもちょっとだけ短いかもしれない。ともあれ、元気に主婦をされている。この点はまるで異なる人生を歩んでいる。その違いはあっても、今となっては皆同じように年だけは取っている。
 
 西宮在住の友から、まるで宝石が入ったようなチョコレートをお土産に頂く。また同じ広島に住む友からは趣味でされている刺繍のティッシュ入れをいただく。手ぶらで出かけていただくだけで申し訳ない。感謝!

頂いたお土産
 
中は宝石をちりばめたようにきれい!


手作り刺繍のティッシュ入れ


 3人で会う前、キャリー・カートに日本画2点を載せて画材屋へ搬入する。後は業者の手によって作品が展示される。次にさらうフルート。これまでさらっていた曲集から1曲選ぶ。曲名はボロディンの🎵弦楽四重奏第二番🎵。発表会の曲を吹き続けていた。気持ちを入れ替えて新たな曲を練習しよう。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!


2018年9月22日土曜日

「薫風爾南来」&プール

 以前読んだ枡野俊明の本からの抜粋。本の名前はメモしていないので気になる文だけここに記そう。2つの文の意味はほぼ同じ。昨日の「自灯明」と同じくらい反応してしまった。

★「百花春至為誰開」(ひゃっかはるいたってたがためにひらく)

春、満開の花は誰のために咲いているのだろう。
それは誰のためでもない。
ただ己の本分を全うする自然の姿にすぎないのだ。
花には計らいごとがないから美しい。
今、なすべきことを必死にすれば、
結果は後からついてくる。
それが人生、そして余生を輝かしてくれる。

★「薫風爾南来」(くんぷうじなんらい)

春、気がつくといつのまにか南風が吹き
植物は花を咲かせ、枝葉を伸ばしている。
機が熟せば物事は進んでいく。
無心になって励むことが大事。
結果は求めるものではなく、
ついてくるものである。

 他にも★「年齢を重ねるということは、老いていくことではなく成熟していくということです」、この言葉は岡山でコンサートをされた老齢のピアニストが話していた言葉と重なる。これも記そう。

 小雨降る中、昨日は朝からプールで泳ぐ。久しぶりに朝のプールで泳ぐ。お昼に1時間休憩があるので、お昼前になると人がいなくなる。これが朝のプールのいいところ。今朝はこれから画材屋へ日本画作品展に出す2枚の絵を持参する予定。たった2枚の絵でも日本画の絵は木製パネルに描くので額も厚みがあり、大きくて重い。それをキャリーカートで画材屋まで搬入せねばならない。昨夜、絵を眺める。いくら眺めても絵は同じはず。それでも、もっと絵がよく見えないかと額を出したり、入れたりして変えてみる。結果、元のさやに納まるではないが、元の額に入れなおす。今年は、画材屋で絵に合う額を頼まず、これまでの額を再利用した。そのため絵にまとう衣裳は素人スタイリストの出番となる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 ブログ投稿後に調べると昨年のNHKの番組で「92歳の旋律~超人ピアニスト ルース・スレンチェンスカ~」の中で「年を取ると美しく成長する」と話している。

2018年9月21日金曜日

『人生の現在地』&「自灯明」

 年齢を経るにつれてお天気を気にするようになった。雨の日が続くと、今朝のようにちょっとでも日差しがあるとホッとする。今朝と言えば頭をかすめることがある。それは若い頃に出席した友だちの結婚式。明日会う予定の人のうち、1人の結婚式に参加した。高校時代、短大時代、そして社会人になって身内の結婚式は別にしても友だちの結婚式への参加は多くない。参加した人たちとは今でも会ったり、会えない人とは年賀状の付き合いなど連絡は取っている。結婚式もそうだけど、これまでを振り返ってなんと「式」と名がつくところに縁がないことだろう。

 昨日は社会人大学生として学んだ大学のホームカミングデーの案内が届く。年齢を経て大学、大学院と計6年間学んだ。この卒業式、修了式は参加した。今、同じことをせよ、と言われても出来そうにない。自分がやってきたことも今となっては他人ごとのような気がする。どういっても当時は母の介護と並行して学び続けた。今はできそうにないことでもやり終えたことが大きな自信となった。大学で学ぶ良さはお金儲けのためでもなく、資格を取るためでもない。目には見えない大きなものが自分の「生きる自信」へとなっていく。これは何物にもかえがたい大きな財産!

 図書館で予約の本の順番が回ってこない。それならばと書架から取り出して借りて読む。『人生の現在地』、サブタイトルは「まだまだ迷っているぞ、私は。」(立松和平 大和出版、2000年)を読んだ。著者とは同世代を生きる。しかし、もはやこの世におられない。この中に「自灯明」がある。このキーワードに反応してしまった。私も立松と同じようにこの「自灯明」が好きになった。そしてもう一つは「いつ、どこで死んでもいい」。これは阪神・淡路大震災後に書かれた本だが、この夏の西日本豪雨災害や台風21号、そして北海道大地震にも当てはまる。人工知能が大自然を冒とくしているように思えて仕方ない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★釈迦の言葉の中に「自灯明」というものがある。…誰にも頼ることなく自分で人生の真理を見つけて生きなさい、ということである。私はこの言葉が好きで、いつも心に思っている。…我が道を自分の力で歩いている限り、そこには比較するものは何もない。そこにあるのは他人との比較ではなく、自分自身の過去と現在の比較だ。昨日より今日の自分がどれだけ進んだか。一年前よりもどれほど前に進んだか。そして明日はどこまで歩けるだろうか。それしかないのである。
 私たちはもう、他人と比較しながら生きる年齢ではない。たかが凡人同士、比較したところで大した差もあるまい。そんなことを気にするヒマがあったら、少しでも自分の行く末に目を向けていたい。自分の目指す道や生き方を、少しでも極めたいと思う。171-172p

★いつ、どこで死んでもいい。そう自分に言い聞かせなければ、これからの時代は生きていくことができないだろう。都市をこれ以上構築していくことは、もう限界にきていることを大震災は教えてくれた。自然に逆らって、情報密集型の都市を構築することの反省が、そろそろ出てきても良いのではないか。
 排水を流し、埋め立てて海を汚し、堤防をコンクリートでがっちり固めて川の生命力を損ない、永遠の恵みをくれるはずの大地を顧みずに、ただ人工的な都市に向かって疾走しようとした私たちの文明が、たった数十秒で崩壊したのが阪神・淡路大震災だった
 自然環境保護がしきりに叫ばれている。だが、自然を守るなどという不遜なことが人間にできるはずはない。我々人間が自然に守られていることを認識しなければならない。190p

2018年9月20日木曜日

9月も下旬に入った!

 ダグニーさんのブログを見るとご自分の著書を笑って手にする姿がある。スウェーデンの106歳が書いた本はベストセラーのようだ。106歳で所得申告をするのはスウェーデンでは初めて?とのブログアップがある。

 先日NHKで何度目かの放送がされた「100歳から始まる人生」。この時、我ブログの閲覧数が放送開始時点で一気に90人を超えた。テレビの影響の反応の凄さを思い知らされる。この中に昨日から3度もコメントを書いてくだる人がいた。感謝!

 今朝は雨。これから当分雨の日が続く。カープの優勝がまじかになって地元での胴上げが待たれる。雨で試合はどうなる!?

 先日のフルート発表会。疲れもピークに達したのか昨夜は早い就寝。今朝の起床も遅い。体力と気力はこれで充電。これからは遊びが中心の日々となる。昨日は某旅行社から11月に出かける海外の旅の書類が届く。急遽、フルート仲間と出かけることになった。他にも遊びではないが、新聞を見てキョロキョロと情報を探す。いいのがあった。先ほど、どの主催者かの確認とチケットの有無を電話で問い合わせる。来月始めに開催される日本画作品展。それまで暇になる。しかし、久々に会う友だちとのランチ、今朝見た新聞の催しへの参加、泊りがけの国内の旅、そして年に2度ある某講演会出席と予定は埋まりそうだ。その合間に日本画2点を画材屋にもっていかねばならない。それと、水泳もある。やっぱりウロウロちょろちょろ、これが自分には合っている。そういえば日本の書展に出品される人から招待券を送付される。これも見に行こう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月19日水曜日

「不思議な導きにピンと来たら、素直にやってみること」

 一昨日、NHKのBSで再放送されたダグニー・カールソンさん。テレビの影響は名もないブログにまで反応する。後日、ブログのトラフィックを見ると午後5時放送時点で以前にアップした「100歳から始まる人生」のブログ閲覧数が一気に90にまで上がる。自分自身も昨年初めてこの放送を見た時、ダグニー・カールソンについてのブログをネットで探した。皆、同じように検索するのだと改めて知る。

 今朝もダグニーさんのブログを見る。「ロースンダ ・アストリッド ・ リンドグレン」という映画を見に出かけられている。この人はスウェーデンの児童文学の編集者らしく、1907年の生まれ。ダグニーさんはその4,5年後に誕生。この2人は、ほぼ同世代を生きている。それにしてもダグニーさんは毎日、いろんな人に会い、いろんなところへ出かけ、いろんな食事をされている。これがお元気の秘訣だろう。

 元気な人に共通しているのはじっとせずに行動を起こす。これに尽きそうだ。

 元気といえば昨日ネットで見た記事に「黒柳徹子さんに教わる、ずっと輝く秘訣『ピンと来たら素直にやってみて』」がある。これも「行動」が伴う。「ステキ好奇心を原動力」にしているらしく、ある時、病気でダウンして医者に聞いたそうだ。病気をしない秘訣を医者は「”好きなことをやって生きることだ”と教えてくださったんです。毎日遊んで暮らすということではなくて、自分が進んでやりたいと思う仕事をやれたなら、病気にならない」という。これは以前にも雑誌やテレビで黒柳は話していた。その結果「自分が進んでやりたいと思うことのみやる、と変えてきたんです」という。

 他にも次のように話している。https://trilltrill.jp/articles/1049806 (参照)

「人間には誰しも何か導いてくれる運命みたいなものがあるから、ピンと来たら素直にやってみたほうがいいなと思うんです」

「元気を出してほしいなって思うんですよ。せっかく生まれてきたんだから、自分の長所を大切にしてね。自分で考えて、探して行動して。そうしたらきっとステキなことがたくさん見つけられるはず」

 上にあげたのは大いにあてはまる。 特に「不思議な導きにピンと来たら、素直にやってみること」、これは特に感じる。「不思議な導き」、これは何も神とか仏ではない。外山滋比古流に言えば「セレンディピティ」にあたるかもしれない。「人間には誰しも何か導いてくれる運命みたいなものがある」、これまでをふりかえって自分では気づかないうちに行動を起こしていることがある。それは自分一人ではなし得ないことでも何かの力が働いたというか、人の強引な導きで動いてきたように感じる。それもすべては「セレンディピティ」というか自分自身の「閃き」を信じることが底辺にある。それなくして、ただ人の言葉に操られての行動はしない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月18日火曜日

疲れた一日!

 先ほど短大時代の友だちから電話がある。電話の主とはたまに会ったり、電話で話したり、得意の絵手紙をもらったりしている。今朝の電話は短大時代の別の友と合うので一緒に会おうと誘われる。半世紀前は今ほど大学の数も多くなかった。公立や国立に受からなかった人は中学から大学までエスカレータ式の私立の大学を受験する。五十三会、と名があるように当時の専門コースは53人いた。うち10人程度は持ち上がりでなく、外部の公立高校から受験して入学した。友だち2人は同じ市内の公立高校で、私と言えばまだ市内に合併していない郡部の公立校から1人入学。

 外から入学した人同士は持ち上がりの人よりも早く友だちになった。外部からの入学者は後で聞くと全員、国立、公立を受験しており、目的とする大学は当然入学した大学ではない。このいわれなき違和感は在学時も卒業してからもずっと心の底にあった。長年の思いが積もり積もって35年後に社会人大学生へとなっていく。そう思えば「念ずれば花開く」ではないが、それも当てはまるのかもしれない。

 ともあれ、うち1人は半世紀ぶり(?)のご対面となりそうだ。それくらい歳月は経過し、自分自身も歳を取った。

 昨日はフルートの発表会。電話の主にフルートの案内でなく日本画展の案内をしている。その電話か、と思ったら違っていた。先日NHKの「らららクラシック」でオーボエ特集をした。昨日のゲストはオーボエ奏者。この人とフルートの仲間は先生と同じく古くから知っている。とはいっても年齢的には2まわりも年下。オーボエはリードを咥えて音を出す。その方法を番組では詳細に伝える。昨日のフルート・ソロは最悪の事態発生。打ち上げに行く途中、オーボエ奏者に「リードの調子が悪く、フルートがうまく吹けなかった!」と話すと大笑いされる、フルートにはリードはない。それをリードのせいにして話した。それに加えて「作曲はするし、息継ぎはするし…」というとさらに受ける。ということで今年でフルートの発表会は卒業(?)と決める。

 打ち上げ後、3人で広島駅に向かう。途中、遊ぶ話になる。次に行く外国旅行の話をすると参加する人が出る。先ほど旅行社に電話して1名から2名の参加に変更する。昨日は他にも日本画展の案内を新たなフルート仲間やオーボエ奏者、ピアノの先生にまでも渡してしまった。10月初めの日本画作品展。決してうまくない絵だけど、まあこれも大目に見ていただこう!

 今日はいいお天気!これから画材屋へ絵を持参しようかどうか思案中。F6の大きさの絵も額に入れて段ボールに梱包すると大きくなる。これを2個持参。それもJRとバスで…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月17日月曜日

「日記を書くことで幸せになる」

 秋というのにまるで梅雨のように蒸し暑い。昨日は一日中蒸し暑く、夜にはエアコン登場となる。ネットの天気予報によると今朝の湿度は6時に94%、9時は73%、そしてお昼は78%となり、午後からは徐々に下がるらしい。

 ネットといえばいつも見るネット記事。先日、「精神科医が解説!日記を書いてアウトプット力を磨け --- 尾藤 克之」を読む。https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180914-00010000-agora-soci&p=1 (参照)

 「日記」と似ているのは「ブログ」。しかしこの2つには違いがある。日記は公開しないがブログはWEB上で公開する。いずれにしてもポジティブに書けば「日記を書くことで幸せになる」らしい。

 幸せになるかどうかわからないが、日記でなくメディアを通してブログという手段で毎日それらしきことを書いている。今のブログの前に母を主な題材(?)にして「アサちゃん日記」をアップしていた。しかし、母が亡くなって7年経ってもその日記を読み返す勇気がなく、今は非公開にしている。次に始めたのが今のブログ。これも早7年半経過した。この記事にあるように後から読み返して嫌なことは書かないようにしている。それはコトだけでなくモノ・ヒトもそう。その日一日あったことでもこれは?と思うようなモノ・コト・ヒトの話題は書かない、これは肝に銘じている。それはもしかしてポジティブなことを書く、そういうことになるのかもしれない。とはいっても時にムッと怒ることもある。それはそれで憂さ晴らしで人には迷惑をかけない範囲でアップする。これが結果的に「楽しい」ことだけを書く癖になり、幸福感を感じるのかもしれない。

 ブログと言えばダグニーさん。先日、数日間、妹さんの家のパーティーに招待され、帰宅後、一日置いて昨日はアフタヌーンティーを楽しまれている。確かにダグニーさんも楽しいことの話題が多い。106歳、ダグニー・カールソンさん。今日午後5時からBSでダグニーさんのドキュメントの再放送がある。

 ともあれ今日も元気楽しく過ごしましょう!

2018年9月16日日曜日

「締め殺し」の無花果の木

 フジテレビ系の「極タウンに住んでみる」を見ていると、遥か彼方から地響きのような音がする。番組は「極タウン」とあるようにシベリアのカラチ村という11人が住む村の取材。水もガスもなく電気は朝1時間、夜は11時までと制限がある。秘境と言われる場所は好きで行って見たくなる。しかし、この極タウンは人の住む世界とは思えず見ていてもハラハラする。それなのに体に感じる地響き。不気味だ。トラックの荷物を降ろす音なのだろうか、それとも遠くで工事をする音?といろいろと思いながらテレビを見る。それでも気分が落ち着かない。今朝地元紙を見て「犯人」がわかった。廿日市の沖で花火大会があり、7000発の花火が打ち上げられたという。花火の打ち上げる音が海を伝わって広島まで響いたのだろう。それにしても嫌な夜になった。

 廿日市市に属する宮島。この花火大会は本土の対岸のためか広島までは響かない。しかし、昨夜のように本土寄りになると地響きとなる。それでなくてもこの頃はやたらと災害が多い。ついついまたも災害?と疑い深くなる。

 話は変わって昨日の日本画教室。Australiaで撮った無花果の大木を描いている。この無花果は食べられないもので、その名はネットによると「締め殺しの木」とある。何とも物騒な名前がついている。それくらいインパクトのある樹木で絵の中心に大きく無花果を描く。昨日は無花果の向こうに見える川とその両岸に生えている樹木、それに無花果の植わっている土に色を施す。どの色を塗るにも初めは薄く色付けするのがベターと気づく。濃い緑系統の水干絵具を膠で溶いていた。先生は別の色で胡粉を混ぜて膠で溶くようにとのこと。ここで改めて色付けは初めは薄く、とわかる。

 日本画は色を塗れば塗るほどよくなるらしい。川幅が小さくなり、広げようとする。ところが考えずに広げていると両岸の樹木の生えてる位置が変になる。何とかこれも修正して次回は日本画作品展後の教室になる。その時は大木の葉の色付けが待っている。

 今朝は久々に太陽がギラギラして真夏の暑さになりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
締め殺しの無花果の木、これを参考にして絵を描く

2018年9月15日土曜日

旅のカタログ

 広島のJ〇B から秋号の旅のカタログが届く。なかを見るとすぐに旅行社に電話して旅の参加を申し込む。何でも「これっ」と思ったことはやることが早い。行く場所、日程、旅費とも何ら迷うことがない。「一度は行かんといけんじゃろ~」と気にかけていた。フルートの発表会が終われば国内旅、日本画作品展が終われば海外へ出かける予定。やっぱり旅に出ようとするとなんだか、お腹も気持ちも満杯になる。

 先日、添乗員の仕事をしている人とランチをした。その時、これから出かける国の話をして広島発がないとぼやいたばかりだった。それが旅のカタログに掲載されている。催行されるかどうかは未定らしい。多分大丈夫、そう願って…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月14日金曜日

プールの開館情報

 先週に続いて昨日も2か月ぶりに開館したプールで泳ぐ。聞くところによると住んでいる区のスポーツセンターのプールは今月から半年間、修理のため休館。また隣の区のプールも1か月間休館らしい。プールの顔なじみからそう教えてもらう。道理で水中歩行の人は20人、泳ぐ人は10人といつもよりも多い。というのは、このプールは25mプールであっても3コースと一般のプールに比べて泳ぐレーンが少ない。教えてくれた人はプールに来ている人は知らない顔ばかり、と怪訝そうに話す。とはいいながら2か月の休館時は現在修理中のプールで泳いだという。

 浅いプールで、背泳ぎで泳いでいると水中歩行の年輩の人からリカバリーの手を注意される。顔を見ると2,3年前にもクロールで注意された人だ。注意と言っても水の掻き方を教えてくれるのだが…。教えてもらう度、泳ぎが中断する。ありがたいような迷惑のような、どうでもいい気持ちになる。ましてやプールの外は今にも雨が降りそうな気配。教えてくれる人も悪気はなく、親切心で言うのだろう。それもどうでもいいこともある。

 話は変わって先日、図書館で借りた森博嗣の本。これを読むと文字が横書きのため読みにくい。ブログが本になっている。

 ネット上は100%、横書き。これも長いと読みにくい。そう言いながらネットを利用するブログも当然、横書き。短文で書くように心がけよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月13日木曜日

『デラシネの時代』

 先日、レモンの木の上に突き出た枝を切った。大きく伸びた枝は花ばさみでは切りにくい。それを見かねた集合住宅の掃除人が枝ばさみで切ってくれる。昨日、枝ばさみは家にあるはず、と思って2階に上がる階段下の半畳くらいの物入れを見る。手つかずになった物入れ。気になっていた。なかを覗くとあるわ、あるわ。枝ばさみもハサミ部分が袋に入ったままである。大半は父が日曜大工に使っていたもので釘など重いモノもある。ほかにも普段使わない大皿や鍋などがある。

 蒸し暑い午後、テレビを見るのをやめて物入れの整理をする。結果、枝ばさみやのこぎりなどの日曜大工につかうものと釘を少し残して残りは破棄する。今朝は燃えるゴミの日。紙のゴミ袋6袋をゴミに出す。後日、皿などの燃えないゴミや鍋などの資源ごみを出すつもり。

 布団類の一部は春にちょっとだけ処分した。昨日片づけた物入れは気になっていた所。後はやはり布団類を処分しなくてはいけない。

 家の中を片付けようとすれば捨てるに限る。しかし、そう決心しても両親はどんな気持ちで家にモノを置いていたのかと思うと片付けるのが嫌になる。そしてモノは増やすまい、と心に決める。しかし、絵など習っているとどんどん増えて行く。自分がいなくなればだれがこの絵を見て喜ぶだろう。かといって何もせずにモノを増やさないことだけに集中すると味気ない人生になる。

 その点、旅はいい。思い出は増えても形としてのモノは増えない。

 まあ、どうであれ、生きている間はモノが増えようがどうしようが自分が満足して幸せに生きられたらそれでもう十分だろう。以下は最近読んだ『デラシネの時代』(五木寛之 2018年、角川新書)の抜粋。これは著者の死生観。自分自身も著者の意見に同感する。そうはいってもまだまだ「死ぬ」ことは考えたくない。人生、これから!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★個の確立こそが近代人の理想です。だから、孤独死という言葉は寂しいという人もいるけれども、病院のベッドで家族が見守っている中で「ご臨終です」と言われるよりは孤独死の方がいい。
 私はやっぱり、人間は最後、一人で死ぬのがいいと思っているのです。
 ある時期、「行き倒れの思想」ということを言っていましたけれども、私は孤独死か単独と言われる死にざまを大事にしたいと思っているし、孤独死をきちんとした一つのスタイルにまで磨き上げたいと思っています。
 人は誰しも死のキャリアとして生まれてきて、デラシネとしてこの世をさまよい、土に還っていく。その自覚に、不安の時代を生きるヒントがあるように思います。(おわりに)250p

2018年9月12日水曜日

またも「望郷のバラード」

 昨日はフルートのレッスン日。雨も上がって秋らしくなってきた。JRに乗ると9日から呉線と本線の列車は一部運行の区間が増えて車両も以前のように3,4両編成と少なくなった。広島駅の一つ前の駅で座るようにと言われる。すぐに降りると告げると隣に立っている人はどうかと聞かれる。人のことはよくわからない。座席をすすめられることが多くなった。これも歳を取った証拠!?まだヨボヨボしてないつもりでもヒトから見ればそうは見えないのだろうか。

 さてフルート。先日のピアノ合わせの時(それ以前からも)、キーが高いと指摘される。チューニングの「ラ」の音は割ときれいに出てもキーの高さが気になりだす。数日前からフルートを吹きながらチューニングメータで音を合わせると少し高い。では低く、と唇とフルートの歌口の合わせ方を微妙に変えると低くなった。これだ、とノートに当て方をメモする。昨日、3人で全体合奏の曲の音出しをするとキーが低いらしい。なぜわかる?と先生の耳の良さにしばし驚く。下唇とフルートの歌口の当て方はこのままにして他を微妙に変えて吹くことにする。

 ソロで吹く「望郷のバラード」、何回吹いたことだろう。かなり前、先生は間違えずに5回吹くとよい、と話されたことがある。それ以来、練習する時は間違えずに曲を通して吹いている。こうやっているといつの間にか曲全体を暗譜できる。フルートを長く習っている。数年前から発表会に出る度、出だしの音が旨く吹ければ…と思った。これは自分では課題だった。昨年くらいから出だしは大丈夫だが、吹いてる途中で楽器がぶれることがある。またこれが課題になった。練習では割といい音が出るようになった、と思ってもさてさて本番は…。

 去年聞きに来た人は今年、吹く立場になり、知り合いを呼ばれるらしい。仮のプログラムを見せてもらうと自分の順番は休憩後になっている。なるべく初めに吹く方がイライラしない。急遽、前半で早めに吹くようにお願いする。

 暑さも峠を越したようで久しぶりに広島駅まで川岸を歩く。木蔭に入ると気持ちがいい。9,10月と発表会や作品展が続く。これが終わると行楽の秋。と、なればいいけど…。それにしてもすっきりとした秋晴れは続きそうにない!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月11日火曜日

旅の話題

 いわゆるツアーでなく、個人で航空機とホテルを手配しての10日間のスリランカの旅。姪はスリランカの旅は2回目とのことだが叔母としては心配。ところが昨朝、無事帰ったとのメールが届く。出かける前々日、「危なすぎる!」と心配するメールを送ると姪から「英語でホテルとやり取りしてるし、~危険なことはしてない。この未知なる挑戦が好きなんだと思う。登山と一緒。無事帰ってきます。~今は仕事が趣味のようなものになっていたから、別の趣味があれば、頑張れる」とのメールが入る。このメールの前には「心配しないで」との文に続いてアメリカ、オーストラリア、ニュージランド、マレーシアなどで今度のような旅を経験済みとのメールが入っていた。それにしても度胸がありすぎる。

 日本画教室で先生はツアーに独りで参加するだけで度胸があるようなことを言われる。姪であれば、どれくらい言われることだろう。無事帰国のメールにはいろいろと楽しんだことが書いてあり、それに続いて「英語も馴染んだ頃に帰国。いいオーラが出ていたのかビジネスクラスにアップグレードされて快適でした。~また写真送ります」とある。昨日、姪と電話で話すと帰国便はエコーノミーの予定が満席で急きょビジネスクラスに変更されたそうだ。(エコノミー料金でビジネスクラスに替えられた)その理由を姪自身にいいオーラが出ていたからだろうと推し量る。そしてビジネスクラスはなかなかいい!料理も別に頼んだ、と満足そうに話す。国の機関に勤める姪は遅い夏休みを楽しんだようだ。

 旅といえば昨日は添乗員を生業とする友と街中でのお昼のランチ。久々に会って長話をする。添乗員歴は長く、今も月に数日添乗されているという。以前は海外専門。だが、今は国内の宿泊を伴う旅をされている。2年くらい前、偶然その人の添乗で日帰り旅をした。その旅で20数年ぶりで再会。以前、中国語を一緒に習った仲間。仕事の合間には本当に旅好きらしく、姉妹で外国に行ったり、旦那さんや友達との国内旅を楽しんでおられる。

 昨日は姪や友との旅の話題満載の日となった。家に帰るとJ〇Bの関西と福岡から旅のカタログが届く。台風21号の被害に遭った関空は陸の孤島になりかねない。その点、福岡は家から近くて便利な場所にある。暇つぶしにカタログを見るとまだ出かけていない国の掲載がある。福岡発であればと行き先を探すが、福岡→関空→成田と何度か乗り換えねばならない。ましてや広島からだとさらに乗り換えが増える。旅をし始めた頃は成田でも名古屋でもどこからでも平気で旅立っていた。さすがに今は歳を取ったのか、そこまでしなくても、との思いがある。広島発で遠くの国があっても現地の航空会社でない。これには抵抗がある。まあ、暇があればカタログでも見て旅心を満喫する。これもいいかもしれない。

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2018年9月10日月曜日

「睡眠満足度が高いほど人生への満足度が高い」

 今朝は数日ぶりに太陽を拝む。しかし、雲が多く、一日中太陽が顔を出すかどうか怪しい限り。いずれにしても雨が降れば外へも出られない。昨日は大雨警報の中、小降りになったころを見計らってスーパーへ行く。牛乳やパンなど冷蔵庫に定番の品を補充する。

 ネットニュースを見ると「実は密接な関係があった睡眠と人生の満足度」がある。睡眠不足が一番の致命傷なので寝不足には気を付けている。というか寝られないことがまったくと言っていいほどない。元来、強い体でないとの自覚があるのか、寝ずにおれないのかもしれない。今朝はとんでもない夢を見ていて、目を覚ます。

 ネット記事によると「睡眠満足度が高いほど人生への満足度が高い」という。人生の満足度が高いかどうかはさておいて、寝不足の日はたとえ起きても眠たさに負けて2度寝がしたくなる。少し寝ると頭がすっきりする。このすっきり感がないと何か行動する気がおきない。とはいってもよく寝る方なので寝不足を感じることは旅先位。家にいる時はよほどのことがない限り寝不足にはならない。それくらい気を付けているのが睡眠。お蔭で元気!

 定期的に出かける眼科。朝5時には目が覚めるそうだ。それを聞いて思わず「早い!」と言ってしまった。年齢的にはこちらと遜色ない女性医師。ご自宅のビルが医院を兼ねている。それなのに朝が早すぎる!人生の満足度を増すためにも睡眠不足に陥らないようにしよう。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180909-00010005-dime-hlth (参照)
 
 昨日の朝刊に西日本豪雨災害に関係する復興割を利用した旅の宣伝が2件ある。そのうちの1件は四国であっても行ってない地域で、一人参加の追加料金は2泊3日で5000円。行く気になる。旅行代金としてはそれほど高くない。しかし、国内の旅よりも今は海外へ…、との思いもある。このように迷うモノ、コト、ヒトであれば多分行かないほうが勝る。どういっても行動を起こすときは決して迷わず、やることが早い。

 旅といえば先日の日本画教室。春に出かけた戸隠神社への杉並木の写真を教室の先生がご覧になって生徒さんに描かせようとされる。写真が小さくて、地元のパンフがあれば…と生徒の一人は話される。昨晩、捨てずにいたパンフが手元にあった。次回、持参しよう。

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2018年9月9日日曜日

自分でやるように!

 昨日から大雨警報発令中。情報を知るためにテレビでなくNHKのラジオを聞く。音楽の合間に緊急で入る大雨警報。大雨注意報の出ている地域が警報に変わった旨、知らせる。大雨警報と聴けば先日の豪雨災害を思い出す。その時は土砂降りの雨が長く続いた。ところが今回はしとしとと降り続く雨。これもいつの間にか豹変して土砂降りになるかもしれない。気を付けよう!

 昨日は日本画教室の日。大木に色を施している。地面辺りに色を塗る。独りで勝手に塗っていくが思うようにならない。「何はともあれ自分でやってみる!」、先生の昨日のお言葉。忘れないようにと諭される。日本画はどんなふうに色を塗ってもあとから修正が効く。そうはいっても、色を塗るのは難しい。いつまでも先生に聞きながらやるのでなく、自分でやってみる!そうしないと進歩がないらしい。「パソコンでもそうでしょ?」と先生。いくらパソコンを習っても自分で触って見なければ上達しない。これと同じことのようだ。

 先日、作品展に出す絵を段ボールに入れて梱包する。2枚ほど画材屋に持っていって展示してもらう。残りのM8は額に入れないので当日、自分で展示会場に持参する。段ボールに額入りの絵を入れると重たい上に大きい。自分の体力ではF6の大きさでもう十分。これ以上、大きな絵を描くと額に入れるだけで大変。画材屋への搬入は1週間後に、と先生。晴れた日にキャリーカートで持っていこう!

 それにしてもよく雨が降る。ひどいことにならなければいいけど…。

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2018年9月8日土曜日

広島交響楽団第383回定期演奏会を聞く

 昨夜は広島交響楽団第383回定期演奏会に出かける。家を出る1時間前から雷鳴・雷雨が響き渡る。ネットを見るとJRの広島駅下りの岩国行きは運行不能とある。今は上りが一部運転なのに、それに加えて下りまでも…。聞きに行くか行かざるべきか躊躇う。お天気は西から東に向かう。響き渡った雷鳴も落ち着いてくる。テレビを見ると市内は雨が上がったという。では、と出かけることにする。ところが、広島駅下りが不通のため、到着するホームが満杯との車内アナウンスが流れる。これにより列車の発車が遅れる。地元駅で通勤帰りの満員列車に乗ったままでしばらく待つ。とりあえず、広島駅の一つ前の駅まで動かすとのアナウンス。途中からさらにマツダの社員も乗ってくる。立つ場所もないほど満員の車内。30分かかって何とか広島駅到着。これは演奏会後の帰りの便も同じように大変だった。10分足らずの地元駅⇔広島駅間も昨日だけは長い時間を要した。

 さて、演奏会。今朝の地元紙を見ると今回は「広響を応援する日」らしく、県知事、市長、企業のトップなどが演奏を聞かれたようだ。企業の社員が駆け付けたのか、いつもとは会場の雰囲気が違っていた。聴衆は1600人。「愛」をテーマにした演奏会らしく演奏曲目は次のようであった。

 🎵モーツアルト 歌劇「ドンジョバンニ」序曲
 🎵モーツアルト ピアノ協奏曲第9番変ホ長調「ジュノーム」
 ピアニストに2016年第6回仙台国際音楽コンクール優勝者キム・ヒョンジュンを迎える。演奏後のアンコール曲としてドビッシーの前奏曲より🎵亜麻色の髪の乙女🎵をソロで弾く。

 🎵ベートーベン 交響曲第4番変ロ長調
 指揮者にガエタノ・デスピノーサを迎えての演奏会でアンコール曲としてロッシーニの🎵歌劇ブルスキーニ序曲🎵が演奏された。

 演奏会後、年に数回交流会がある。いつか、この交流会に出てみたい気もするが、まだデビュー(?)していない。

 またも災害が、と思わせるような昨夕の雷鳴・雷雨。何とかそれもおさまり、落ち着いた気分で演奏を聞いた。それにしてもプログラムにはせてある演奏会のチラシ。半端でなく多くはせてある。その1枚が気に入った。奇しくも日本画作品展と重なる。しかし、演奏は夜なので作品展の当番の後、聞きに行こう!

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2018年9月7日金曜日

”迅雷風烈”

 「あの葵(き)丘の村から宋都に向かう旅に於いて、子の一行を中に嵌(は)め込んだあの激しい雷鳴、雷雨の一夜を経験したことは、私にとっては己が生涯を変えてしまう大きい事件であったと思います」。(53p)

 これは『孔子』にある一文で「子」は孔子のこと。孔子御一行が遭遇した”迅雷風烈”。これに対して孔子門下の末端に位置する蔫薑(えんきょう)は同じく門下の顔回に対していかなる心構えで座っているべきかを訊ねる。孔子はいつの場合も説明されないが顔回は次のように解釈した。「疾風、迅雷、豪雨といったものは、天の怒りであると考えるのが、一番自然のようである。天の怒りとするからには、人間は心を虚しうして、それに対さなければならない。そういうわけで、自分はいつも居住まいを正し、心を素直にし、ひたすら天の怒りの声に耳を傾け、その鎮まるのを待っている」。(53P)

 7月の西日本豪雨災害、台風21号、そして昨朝の北海道を襲った震度7の地震。日本列島の南から北までを大災害が襲う。特に昨日の早朝の震度7の大地震。予想さえしないことだった。どの災害も一番先に止まるのが電気、そして交通網の麻痺。今回は水道は大丈夫だったのだろうか。たった2か月の間に日本列島は予期せぬ大災害に見舞われる。これは何かの祟りか、それとも天の怒り!?

 最近読み終えた井上靖の『孔子』。こういう場面があったと頁をめくると上のように書いてある。まさに今起こっている日本の状況はこれに尽きそうだ。じゃ、どうすればいい!?孔子門下の顔回のいうように「自然の雄叫びの中に小さい自分を曝し、天の怒りが荒れ狂い、そして少しずつ鎮まっていくのを待つことにしております。いずれにせよ、他の何ものにも替えることのできぬ、自分の心を洗い清める大切な時間になっております」。(54p)

 今から2千数百年前の孔子の生きた時代と文明の進化が著しい現代。時代は変わっても自然災害に対する備えは孔子の時代と比べて何も進歩していないようだ。自然に対する畏敬の念を忘れてはけない!?


 気を取り直そう。今朝のFMは「チェロ協奏曲 ロ短調 作品104(ビオラ版)」が流れる。この中で繰り返されるフレーズ。頭から離れないことがあった。今朝やっと曲名がわかる。

 昨日、用事を済ませたのち、幾分涼しくなったので気になっていたレモンの上に伸び切った徒長枝を花ばさみで切る。しかし、自転車置き場の屋根よりも伸び切っている。ましてやレモンの枝はとげがある。枝を箒のようなもので手前に引いて切っていくが太くてなかなか切れない。それでも少しずつ切り始める。しばらく切っていると前の借り上げ住宅の掃除に来ていた人が大きなハサミを車から出して切ってくれるという。5分もかからないうちにレモンの木の上部辺りを切ってくれた。それも数段あるブロック塀に上がっての作業だった。月に2度、20分ほど10数軒の集合住宅の回りを掃除するという。そういえば以前にも紫陽花を切ってもらった人?と問うと同じ人だった。

 この後、まだ2件仕事があるという。それなのに枝を伐ってもらって有難かった。お礼は要らないと言われても申し訳ないのでAustraliaで買ってきたクッキーと九州博物館で買ったイレーヌの美少女の缶入りのチョコレートを渡す。本来ならばもっとお礼をしないといけない、そう思うと少なくて申し訳ない。遊んでいるモノが仕事をしている人の手を煩わせてしまった。感謝、感謝!後で自分の右腕を見るととげでいっぱい擦り傷になっていた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月6日木曜日

いろいろとあった一日

 今朝の地元紙催し欄に山本恭平の個展案内がある。記事には「夜明け」のタイトルの絵と共に展覧会の場所と時間が記される。先日も新聞記事でこの人の絵を見に行く衝動に駆られて、県立美術館で実物の絵を見た。絵を見てかなり興奮したのだろうか、日本画の人にも絵の良さを話した。その人の絵の個展がある。先ほどネットで場所を調べると県北であるため、公共機関で行くのは不便そうだ。今朝の記事には若い人なのに病気を患っておられる。インターネット美術館でこの人の絵を見ると大半が樹木の絵。それも木の根っ子部分が多い。

 この人のように見ず知らずの絵や音楽、そして本などを読んで感動することがある。8月26日の朝刊読書欄に中島岳志の新刊紹介がある。親を亡くした年の翌月に発生した東日本大震災の際、中島岳志氏は新聞に「喪失から新たな出会いを」との記事を書かれた。この記事に感動して中島氏にメールを送るとすぐに返信メールが届いた。その時の感動は今も忘れられない。それ以来、この人の名前をネットや記事で目にする機会が増えた。先日の新刊紹介記事の本を読もう。

 さらに昔にさかのぼると「みんぱく」の記事に感動して山形先生に便りを出すと本を送ってくださった。この本、今も大事にしている。

 そして、昨日。20数年前に本を読んで感動した舛井一仁氏の言葉をブログ開設2日目にアップした。この方は大学の先生で弁護士をされている。前日のブログにアップした関空のことで電話をいただく。それは関西空港が今回の台風で被害に遭った9月4日は、なんと開港記念日、と知らせてくださる。その時点ではNEWSを見ておらず、お話を聞いて驚いてしまった。皮肉にも開港記念日に被害に遭うとは…。この方の本を読んで以来、気に入った記事のコピーを長年、手帳にはせていた(今は携帯に保存)。自分の行動の底辺にはこの言葉が大いに影響されている。

 結構、自分が「これっ」、と感動したヒト・モノ・コトに対しては影響を受けやすい性格。しかし、かといって人がいい、といくら言っても自分にその気がなければ何の感慨もない。これは、まあ、誰もそうかもしれない。他にもまだ感動秘話(?)はあるけど今日はこれでお終い。

 本を読み、絵を見て、そして音楽を聴く。また旅に出たり、いろんな人と会って食べたり飲んだり会話して感動する。こういったことがもしかしたら自分の元気の素になっているかもしれない。人さまから見ればおめでたい、と思われるだろう。何の感動も覚えずに冷めた目で生きるよりも些細なヒト・モノ・コトに一喜一憂する。これでいいと思っている!

 話は変わって昨日はピアノと音合わせの日。舞台でのあいさつの仕方に戸惑い、改めて音合わせの前に教えを請う。まずは舞台に出るとピアノの先生と同時に挨拶。その後、ピアノの方に向いて「ラ」の音をピアノに合わせる。そして、前に向きなおしてフルートを吹くそぶりをしてから吹き始める。レッスンではソノリテなどの後、曲を吹く。昨日はいきなり吹いた。これではいい音で吹けない。発表会では曲の前に音を出して吹くようにしよう。

 レッスン後、J〇Bに立ち寄る。今月末に出かける国内の旅の代金をクレジット決済する。新たになったビルの8階は初めて行く。係りによると15名参加と聞いていたが30名で催行されるという。J〇Bを出ると福屋の日本画展を見る。市立大に関係ある人たちの絵だった。デパートを出ると号外が配られる。「何の号外?」と思っていたら目の前でなくなる。残念、と思いながら信号を渡ると他で配っていた。それを1枚もらう。新井選手引退の速報だった。人が去っていくのは寂しい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月5日水曜日

ああ台風21号!

 ナニ(?)が日本列島を憎むのか、今年の7月から昨日までのお天気は「どうよ?」と思ってしまう。神様がいるかどうか知らないが、ここまで集中して日本列島が襲われると「いる!」としか思えない。そのわけは災害を被った同じ場所に被害が出ていないことに由る。これは勝手な判断!神様は公平に被害をもたらす!?

 西日本豪雨では山を切り崩した付近が被害に遭っている。今回は関空のように海を埋め立てた場所。どちらも自然を破壊する行為が神様を怒らせた!?文明の進化は良いとしても自然に逆らう行為は許せない、と怒りの声をあげられたのだろうか。いずれにせよ、災害は怖い!ヒトも謙虚さを忘れて自然に逆らうような文明の進化をやってはいけない。

 広島の呉も公共機関が止まった時、フェリーが人を代行輸送した。昨日の関空で取り残された人たち3000人も船が代行輸送している。日本は島国。いざとなれば陸よりも海を利用!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月4日火曜日

やっぱりプールはいい!

 前回泳いだのは7月3日。昨日はちょうど2か月ぶりにプールで泳ぐ。プールのあるビルに着くと張り紙がある。2階は災害の避難所になっているため立ち入り禁止とある。プールはその上の階にある。さらに張り紙を見ると1週間前からプールは開放されていた。月曜と木曜日の午前中は嫌な輩が泳ぐ。これを避けるため日中の最高気温34度の午後1時過ぎに自転車に乗って家を出る。久しぶりのプールは気持ちがいい。顔なじみの人と話すと区のスポーツセンターは修理のために長い期間、閉鎖になるという。これを聞いて今、泳いでいる隣町のプールの人出が多くなると予想する。どうであれ、週に1回1キロ泳ぐようにしよう。しかし、昨日は久しぶりに泳ぐので出かける前からいつもの半分、と決めて泳ぐ。それでも600m泳いだ。やっぱりプールはいい。何がいいといって泳いだ後の爽快感、これがいい。

 一昨日いつも行くスーパーで声をかけられる。振り返ると高校時代の同級生だ。運動選手、という雰囲気が顔に出ている。居合わせた人はスーパー内の健康器具お試しコーナーらしき場所に腰掛けて、それを待っている。話の途中で名前を呼ばれていた。私もその仲間に入るように誘われる。思わず「どこも悪くない!」と言ってしまった。「いいねえ」と同級生は言う。膝が悪いそうだ。それもそうだろう、と思った。バレーの選手をしていた人だ。運動もクラブに入るくらい本格的にすると体を壊す人がいる。特にプロの選手は短命の人が多いようだ。

 そういう人と違って運動音痴は小さい時に使っていなかったエネルギーを人生後半で使い切っている。これはこれでいいんじゃない、と勝手にそう思った。人の一生の持ち分は決まっている。そう確信する。食べる量も飲む量も、お金も体力も全て決まっている、そう感じる。そうでないと世の中不公平。その思いが強いのか、小さい頃出来なかったことが今できる喜びは人よりも大きい!

 話は変わって母が亡くなってから再開した海外旅行。その時の写真のSDカードを整理する。デジカメは3台目を使用。はじめの頃のデジカメのメモリーカードと今のSDカードは異なり、互換性がない。ところが2台目のデジカメと3台目は同じSDカードのため、互換性がある。以前のSDカードを今のデジカメに入れなおすとOKだった。7年半前に旅を再開して以来、年に2,3回海外に出かけている。昨日、この記録の一番いいやり方はブログに勝るものなし、と勝手に判断。というのは、デジカメもSDカードもいつの日か新たなものにとって代わる可能性があるから。

 ブログ、といってもそれは風景などで自分自身のアップはしない。それでもこれまでの旅の記録を旅に出られなくなった時、思い出しながら我ブログで当時を懐かしむ。これはこれで楽しいんじゃない、と思えてきた。これもすべては自己満足の世界。それでもこれは誰にも迷惑をかけないし、また、自分自身の密かな老後(今でも十分老後だけど)の楽しみとなるに違いない!
 
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月3日月曜日

プール再開!&「奇跡のレッスン弦楽器」を見る

 2日のダグニーさんのブログには「今日エレナとはスカンセンを訪れた。DN カードの無料エントリだったとすべて無料です、我々 を活用。スカンセンはアルトゥール ・ Hazelius によって 1891 年に設立された世界最古の野外博物館です。自分自身を知るために最善の方法だから、その歴史を知るために人がいた。…」とある(翻訳機能の日本語訳)。スカンセンをネットで調べると有名な観光地でブログにあるように世界最古の野外博物館があるところらしい。それにしても106歳のダグニーさん、家でじっとせずにいろいろ関心を抱いて外に出られているのがブログを通してわかる。これが元気の素かもしれない。

 ダグニーさんとは裏腹に暑さとプールの閉館が重なり家にいることが多くなった。昨日、プールの開館を聞くため、3度目の電話をする。係り曰く「やっていますよ!」。もうこれを聞いて泳ぎに行けるとプールに感謝。今日は午後から早速、泳ぎに行くつもり。たったこれだけのことで気分がウキウキしてくる。

 その後は気をよくしてBSの「奇跡のレッスン ~世界の最強コーチと子どもたち~『楽譜が物語に変わるとき・弦楽器』」を見る。これは番組HPによると「元ウィーンフィルのコンサートマスターであるダニエル・ゲーデさんのバイオリン。レッスンは、音色と気持ちは密接なんだと改めて思わせる1週間でした。最終日、子どもたちはゲーデさんと一緒にステージに立って演奏。そしてさらに、ゲーデさんは集まって下さったお客さんのためにソロで奏でてくださいました。その時、子どもたちはステージ上に一緒にいたのですが、子どもたちが皆、ステージ上でゲーデさんを見つめ、余りのピュアな音色に涙をこぼす子さえいました。つい5分前に、自分の音で観客を感動させた子どもたちです。その時の子どもたちの顔はなんともいえません。音楽に目覚めたのかもしれないと勝手に私は思いました。みなさん、どうぞ確認してください!」とある。

 コーチのダニエル・ゲーデが番組の中でソロで弾いた曲は🎵タイスの瞑想曲🎵だった。これはフルートの演奏でも定番の曲で馴染みがある。子どもたちがこれを聞いて涙を流す、確かにそうだった。以前に奇跡のレッスンでフルートの放送があった。弦楽器と管楽器の違いはあってもどちらも楽器なので基本的には教え方に相違がなさそうだ。楽器がうまくなるためにはそれ以外の要素があるらしく、最強のコーチのダニエルさんは番組最後で「音楽は心に届けるメッセージ」という。

 それにしても地方の公立の小学校で弦楽器のクラブがあるとは、時代を感じる。自分が子供の頃は学校で習う楽器と言えばハーモニカや縦笛だった。高校の時、音楽を習っている。その時は横笛で、弦楽器はなかった。卒業後、だいぶ経って弦楽器のヴァイオリンが導入されている。それにしても今、気づいた。横笛→フルートへと結びついている!

 昨日、図書館で雑誌を見ていると日本の現役最高齢のピアニスト・室井摩耶子の記事があった。御年97歳。それも独り暮らし。数年前、ご高齢にもかかわらず家を新築してわざわざ2階を寝室にされている。2階から外を眺めるのが好きだから、との思いがあったようだ。また、最近、大腿骨を骨折しても手術後すぐに退院して今では歩けるという。それでも独り暮らしでピアノを弾き続ける。

 母は88歳で大腿骨を骨折した時、4か月入院した。それもまだ退院できないとの医師の言葉を振り切って無理やり家に連れて帰った経緯がある。それは、院内で母がいじめにあって泣いていた、と聞かされたことによる。自分の親が知らないところで涙を流していると聞いた時、堪えられなかった。幸い歩けるようになったが、このピアニストのようには回復しなかった。人それぞれとはいってもやはりこのピアニストやダグニーさんもそうだけど元気で長生きする人には他の人よりも何か強い意志があるとしか思えない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年9月2日日曜日

本画の下絵

 広島は西日本豪雨災害発生後の7月9日から昨日までの54日間、真夏日が続いたとの報道がある。今朝は最低気温23度で幾分秋を感じる。しかし、日中は31度の予想で暑くなりそうだ。

 昨日の日本画教室では鳥の子紙を貼ってバックを塗った木製パネルに前回の続きの下絵をトレースする。それを終えると大きな無花果の巨木に色を施す。樹木らしさを出すために水干絵具にはどれにも方解沫を加えるようにと先生のアドバイスがある。ともかく自分で色を塗るようにとせかされて恐る恐る色を塗る。それにはトレースした線を残して塗るといいらしい。2度目の色は絵具と方解沫にさらに胡粉を加える。胡粉は絵具で言えば白に匹敵する。昨日は2度ほど色を塗って次は次週へ持ち越し。色を塗ると言っても下絵の絵や写真などを手元に置いてそれを見ながら色付けする。

 今年春に教室に入った人から水彩で色付けした下絵がいいと褒められる。そしてその人は自分ならば作品展にこれを出す、とまで言ってくれる。本画の水彩の下絵は前々回かなり気落ちして教室を去った覚えがある。自分ではデッサンはできても水彩などの色付けは駄目だ、と感じていた。そのやり取りをご覧になった先生も水彩の下絵を褒めてくださる。こういったちょっとのことで気が和らぐ。底辺にはどういっても絵が下手の意識があるためかもしれない。

 下手な絵でも樹木にばかり関心がいく。先日見た日本画協会展の中に6点の樹木の絵が展示された。これを見た教室の人は樹木がブーム?と話される。ブームかどうかは知らない。自分自身はいきなり風景は描けない。そのため拾い集めた落ち葉一枚ずつから描いて、樹木の根っ子にたどり着く。そして今回の巨木は周りの風景も入れていく。こうして徐々に風景画になればいいと思った。とはいってもこの先は簡単ではなさそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
  

2018年9月1日土曜日

緊急避難指示メール&作品展案内状

 今朝は5時半に広島市から緊急避難指示メールが入る。音で目を覚ますと我が町はあてはまらないと確認して再度眠る。それにしても今年の夏の豪雨による落ち着きのない日々。被害がなくても雨が降れば以前よりもかなり敏感になる。昨日の夕方は雷を伴った雨が降る。それも続けざまに雷が鳴る。後で佐伯区のデパート辺りに雷が落ちて3100世帯が停電したと知る。今朝も雨。台風21号も近づいている。9月に入ってもお天気に振り回される日々となりそうだ。

 『新版 平山郁夫 私のスケッチ技法』(実業之日本社、2007年)を読む。読むと言ってもスケッチが大半。それも屋外の観光地でのスケッチだ。この人も井上靖と同じくシルクロードに度々出かけている。また、今では行かれない国々も出かけている。スケッチを見ながらそういった国へ行きたかった、との思いが募る。これは絵を見て行った気持ちになるしかない。以下は本からの抜粋。

★主役をまず決めるわけです。そうでなくてただ満遍なくやっていると、何を描きたいのか、何を表現したいのか、その意図がぼやけてきて、スケッチにも迫力がなくなります。つまり生きたスケッチにならないのです。(平山)41p

★感動がなければ生きたスケッチは描けないという画家の言葉は、そのまま平山郁夫のスケッチの特質を説明する言葉であると、見てよいだろう。サンサシオン(制作における感動)のない作品は、見る人に訴える力を持たない。芸術作品が見る人に訴えるのは、そこに画家の感動があればこそである。(平山との対談相手)197p

 苦手意識しかなかった絵。それに関する本を読む、これだけでも我ながら進歩したと自画自賛。ナニゴトも自分が自分を褒めなくて誰が褒めてくれる!?そう思わないと作品展に自分の画を出品できない。先日の某交流会で元美術館館長や参加者の人たちに10月に行われる作品展の案内状を手渡す。後で案内状を差し上げてよかったのかと自問自答する。旅で知り合った人たちばかり。ここは大目に見ていただこう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!