2015年8月31日月曜日

「夢を見るときひとりのように、人生もひとりで生きるもの」

あることをしようとしてネットで受講登録をしようとする。しかし、いくら試みてもできない。どれくらいの時間、夢を見ていたのか気になりながら目を覚ます。今朝も雨。最高気温も下がって26度の予報。一雨ごとに秋も深まっていくのだろう。

ゴミを出しに外へ出る。各戸前に出すゴミ。燃えるゴミだけは他の人と同じところへ持っていく。これもカラスにつつかれないための対策。こうすると被害もない。ごみ置き場は大きな道の真向い。道を渡ると渡った先の家の人と何か月ぶりかで出会う。腰を曲げて痛そうにして歩かれる。腰の骨折らしい。どうにか歩けるようになったものの、立っているのがつらいとか。

こういうお話を聞くたびに考えさせられる。我が家に戻ると、少しだけの勾配に雨で足が滑りそうになる。「転ぶな、風邪ひくな、義理をかけ」、岸元首相の言葉。これは歳を取るにつれて気を付けたい大事な三大要素。ここで足を滑らせて転倒してはいけない。

気を取り直して、先ほどから始まったBSのターシャ・チューダーの再放送を見よう。ターシャの好きなソローの言葉を昨日、本で見つけた。

「夢に向かって自信をもって進み、思い描いた人生を生きようと努力するなら、思わぬ成功を手にするだろう」。

成功は手にしなくても、思い描いた人生を生きたい。若い頃一番欠けていたと思える「自信」。これも自転車と泳ぎができるようになるとナニゴトもやればできる気がしてくるもの。この言葉はいい!そして「この世界でこわれずにいるのは、夢くらいなものではないか」(いずれも『喜びの泉』より引用)。他にも「夢を見るときひとりのように、人生もひとりで生きるもの」。どの言葉の引用もそれぞれ深い意味がある。

今朝見た夢とはちょっと違う夢だけど…。ともあれ今日も元気で楽しく!

2015年8月30日日曜日

「喜びは創り出すもの。人生を思いっきり楽しもう!」

NHKの天気予報を見ていると一年中で一番雨が降るのは9月らしい。梅雨の時季でなく9月とは…。秋雨前線の影響らしい。昨日も一日中雨。夜半は大雨だった。自転車にも乗れず、家から一歩も出ずに、新たに購入したカメラで写した旅の写真をパソコンに取り込む。これまでのファインピックスでは画像を取り込めず、ソニー用のソフトを入手。以前はカメラに付属するCDソフトもこの頃はついておらず、ネットでの取り込みとなる。

新たなことをするたび、かなり頭を働かす。これも老化防止?すべてをそう割り切ればナニゴトも怖くない。パソコンに取り込んだ画像を今度はブログに取り込む。これは結構時間がかかる。88枚、今回の旅の写真をブログ用に取り込む。昨日の仕事はここまで。やろうと思えばすぐにできることもそこに至るまでの気の重いこと。半日かかって無事終了。後は、旅日記を書き込むだけ。これもまた時間がかかる。とはいってもこれもまた旅の後の楽しみ。

NHK・BSでターシャ・テューダー~生誕100年 夢は今も息づいて~の2時間番組を見る。この番組の前には関口知宏のオランダ鉄道の旅も見る。カープの試合のテレビ中継がなく、雨は降るわでおとなしくテレビを見る。手にはタブレットを持ってカープのネット観戦。昨夜は勝鯉!番組の中のターシャの言葉、「喜びは創り出すもの。人生を思いっきり楽しもう!」。これは『喜びの泉』にある。ナレータの読み上げるこの言葉、素晴らしい!ターシャの原点にはソローの『森の生活』があるとか。社会人で学生をしていたころ、この本のテキストで学んでいる。だが、そのころはこういうことに気付かず。後で本を探してみよう。

ターシャの言う楽しみや喜びは自分で創り出すもの。確かにそう。旅もそう。先ほどNHKのHPで検索すると、これまでのターシャの再放送が明日から3日間ある。見るのを楽しみにして…。

今日もお天気が良くない。家に閉じこもらず外へ飛び出す!?泳ぎは明日にして、さて今日は。新聞で吾妻山ハイキングの募集がある。行きたい!しかし、9月10月はスケジュールが詰まってきた!

ブログに書くのを忘れている。先日応募したNHKの公開放送の希望の歌コンサート。ゲストにヴァイオリニストの古沢巌、他がいる。当たった!嬉しかった!これこそ喜びを自分で創り出した!?良かった!本当に楽しみ!

2015年8月29日土曜日

何故旅に?

何故、旅に出るのだろう。人それぞれ、その思いは異なる。今回の旅を誘ってくださった宮崎のお坊さんは仕事柄、電話から離れることができない。電話のかからないところが海外だったとか。ところが今や世界のどこまでも電波が通じ、それも難しくなりつつある。

自分自身はどうだろう。初めての海外は1986年で29年前のこと。その4年前から中国語を習っていた。海外に全く関心を抱かないモノでも、外国語講座の人たちは海外駐在員も含めて海外旅行を経験済み。その中にいると気分も変わってくる。習っている中国語を現地で話してみたい気持ちにかられる。同じ講座の人と初めての外国、中国へ行く。8日間の旅で初日の上海の夜、夕飯後、街へ繰り出す。その帰り道、タクシーに乗ったはいいが途中でエンスト。これは怖かった!何が起きたのか、何をされるのか、半端でなく怖かった。知っている中国語をまくし立て、ホテルの夕食で出たホテル名の入った箸袋を見せて何とか無事ホテル到着。

この免疫のお蔭でかなり海外での語学力の必要性を実感。というか、旅慣れておらず、今よりも若さもあって怖いもの知らずだった気がする。今では見知らぬ街のそれも国家体制の全く異なる国でのそういう行動は慎重にならざるを得ない。

その時知り合った方とは今でも連絡を取っている。父息子で参加されていた。お父さんはすでに亡くなられ、息子さん(といっても私より年齢は上の方)は長く大学で教えられ、何度目かの定年?をされている。それ以降、これまでに何十回か海外に出かけていろんな方たちと知り合った。その大半は平常、知り合えない方たち。何を話しても気軽に親切に接していただく。どの人もありがたい!

今回のメインの観光地であるボロブドール遺跡。午前3時に起床して日の出を見に行く。太陽が顔を出した頃、小倉のお坊さんが話しかけた人はイタリア人。イタリア語の言葉は一つだけ覚えている。「〇〇はイタリア語でどういいますか?」。久しぶりに話すと通じた。気分良くして一緒に写真に納まる。これも旅の楽しさの一つかもしれない。

旅の楽しさを知ると海外も一人で参加することが多くなる。道連れを待っていては出る機会を失う。2回目は一人で…。それ以後も今日まで半分くらいは一人参加。とはいっても2年前の台湾旅行からは所属するグループで行く機会も増える。

他の場所では中国人と会話する。広東の人だった。シンガポールの公用語は英語と北京語。中国本土の話す「普通話」。いわゆる北京語は日本でいえば東京の人の話すべらんめえ口調。言葉の終わりが”R”化して巻き舌になる。これは早口に聞こえて聞きずらい。ところがシンガポール人の話す北京語はそれがない。シンガポールの現地人は100余名だったとか。もともとのシンガポール人はいなくて大半は中国の南の広東、福建省あたりからの移住者。現地ガイドは広東からの移住者で中国系3世と話していた。この話し方は聴き易いし、話しても通じる。

久々に中国語を話した。10月末から、またこの辺りに出かける。もっと耳をならすためにも中国語、頑張ろう。

2015年8月28日金曜日

久々の美術講座

今回の旅の行き先はインドネシア。利用航空会社はシンガポールエアライン。そのため、行きと帰りの便はシンガポール経由となる。しかし、行きはトランジット後、すぐにインドネシアへ。帰りは帰国寸前までシンガポールに滞在。このシンガポールの気温と日本の気温が同じくらいの蒸し暑さ。年中暑いと思えるインドネシアは顔から汗が流れることはなく、快適そのものの旅だった。百聞は一見に如かず。ナニゴトも体験してみなければわからない。

今朝は電気温水器のメータを取り換えるとかであわただしい。久々の美術講座も待っている。ところが今回も(毎回のことながら)お土産らしきお土産がない。何といってもインドネシアでのルピアの両替はどの人も5千円。これが約百倍の53万ルピアになる。100ルピアが1円の換算。夕飯時のビールは小ビールで600円から1000円。これだけで大半のルピアはなくなる。かといって両替するほどのお土産はない。いつもながらお土産を渡せず申し訳ない。

旅慣れてくると、以前のようにお土産を買わなくなるのも事実。また現地ガイドも観光地では店の奥に連れ込まれて買うまで出してくれず、ぼったくりにあうとの注意がある。

さて美術講座。ゴーギャンの時代と題して、ポン・タヴェン派などを学ぶ。遊びモードから頭を切り替えて…。それでもこのグループで出かける現地美術館での話題も出る。講座後は先生と一緒に皆でお昼をいただく。夏休みの間、対馬へ行かれたとのこと。壱岐対馬の壱岐は以前、勤めていたころ会社の社員旅行で出かけている。ただきれいな海だったことしか覚えていない。当時はまだ泳ぎはできなかった。いまならば泳げるので楽しさも増すかもしれない。話は対馬。行って見たくなる。願っていればチャンスも訪れる!?

それにしても暑い!家に着くとジパング倶楽部の冊子と広島発の旅行社の冊子が届いている。行楽の秋まじか。今年はもう1回外へ出る予定。京都へも行かなくてはいけない。忙しい秋が待っている!

2015年8月27日木曜日

インドネシアの旅から帰って

何はともあれ睡眠。元気の素は十分な睡眠。これを実感した旅だった。昨夜10時前から今朝8時までぐっすり眠る。目覚めの壮快なこと。また高く澄み渡った真っ青な空。秋の訪れを感じる。

それにしても楽しい旅だった。旅の参加者は10名。皆さん旅慣れた方たちで宮崎、長崎、小倉のお坊さんのほかには久留米のご夫妻、熊本の一人参加の男性、長崎の一人参加の女性、福岡市内の母娘、そして私の10名。お名前はわからなくても会話は弾む。3人のお坊さんたちと親しく話すので不思議に思われたかもしれない。聞かれる度にそのわけを話す。

旅で知り合った人と旅先でなくお会いすることがある。しかし、旅友はやはり旅で会うのが楽しい。今回は早い集合なので前泊する。3名のうち2名のお坊さんとは同じホテルと聞いていた。夕飯を一緒にしようとのこと。ところがホテルの教えてくれた部屋番号が異なり、一人で博多駅へ食事に行く。博多駅中央街の一番街店「魚がし」に入り、お寿司を食べる。目の前にビールが陳列してある。小ビールで一人乾杯。気分良くしてホテルに戻ると連絡が入っている。宮崎のお坊さんからだった。

再度、3人で夕食を食べに出かける。入ったお店は博多駅内の別のお寿司屋さん。盛られたお刺身を食べながらまたもやビールで乾杯。お坊さんたちはひれ酒だった。何の違和感もなくいただく食事。ただ、先に一人で済ませていたのであまり食べられない。それでも楽しい旅の前夜祭となった。

「同じ釜の飯を食う」という諺がある。2年半前にスリランカの旅で知り合った3人のお坊さんたち。旅を共にするとこの諺になる。その間も旅に誘われる。だが、行き先がすでに行った場所。今回はインドネシアのボロブドール遺跡の旅。すぐに行く気になる。

この楽しい旅の模様は後日ブログにアップしよう!

ここでちょっと余談。旅も最終のころ、長崎のお坊さんとのお話で小倉のお坊さんの話になる。この小倉のお坊さんが今回の旅の面白い話題の提供者!?長崎のお坊さんは行きのシンガポールエアラインでの諸事情を架空のことと思われる。ところが小倉のお坊さんの夢「旅」物語は実際のお話。そうお話しすると「架空でなく実際の話!?」と長崎のお坊さんはびっくり仰天される。これがまた可笑しい。長崎のお坊さん曰く「坊さんの世界は狭い世界…」。だから旅での出合いが新鮮なのだろうか。独身の小倉のお坊さんの夢が実現するその時、私に対して「君は侍者で参加だよ!」。この続きは後日のブログで!

2015年8月20日木曜日

ピリケン届く

小さい贈り物が届く。姪にもらったピリケン。初めて見るものでかわいい!送られ方で姪との年齢差を感じる。まず郵便物に貼ってある切手。そして、お土産を包む包装紙のシール。包装紙はロシアの新聞紙。これはよくわかる。シールはシンガポールの動物か何かわからないけど動物のイラスト入り。切手はこれまた動物(犬?)のイラスト。

ディズニーやアニメなど全く興味がない。この辺に姪との年齢差を感じる。母を介護中、姪は母を見舞ってくれた。その際、枕カバー代わりにタオルを枕に置いていた。それを見た姪は「ばあにはかわいいモノが似合う」と言って犬のイラスト入りのタオルを贈ってくれた。他にもかわいいモノが母の周りに置かれた。犬好きだった我が家にピッタリのタオルだった。いま、いくら思い出してもその犬の名が浮かばず残念。

昨日は他にも添乗員から電話がある。今回の旅は10名らしい。これまでの中で3番目に少ない人数。参加者が少ないこともいい旅の条件と観光心理学の本に書いてあった。一番少なかったのはパキスタンの旅。2番目が九寨溝。それぞれ7か8名と9名だった。いずれも過酷な旅だった。同じ旅行なら少ない人数がいい!

ブログアップ2時間後、犬の名をやっと思い出した。「豆芝」のタオル。このごろはイメージが湧いても言いたいことが言葉にできない。困った、困った!

2015年8月19日水曜日

春の院展を見に

お盆が明けるとまた今日から都市ガスの工事が始まった。騒がしい一日になりそう。それにしてもなぜ同じところを掘り返すのか。つぎはぎだらけのアスファルトの道。近くには旧山陽道が通っている。家からすぐのところにある道。明後日オープンするというコンビニ。開店を知らせるチラシが郵便受けに3部入る。うち1部は昨夜、留守のわが家を訪問して入れている。行きかう車と工事の音で夜も昼もにぎやかになりそう。

にぎやかになるのは結構。スーパーなどない時代の旧山陽道沿いは小売店で栄えていた。ところがそれも時代の変化についていけず、お店もなくなる。買い物はすべてJRの線路をまたがないといけない状態。これからますます歳を取っていく。何かと便利なコンビニ。家の近くにできるのは賛成する。

買い物もままならぬ状態だった数年前、本やCDはコンビニ受け取りでネットで注文していた。当時はかなり遠いところまで受け取りに行った。これからは楽になる。とはいっても今は自由に動けるのでネット注文でなくてもOKだけど…。.

動くと言えば昨日もよく動いた。先週、今回の旅にと新しく靴を購入。これをならすため履いて出る。ところが形のいい靴は疲れやすいと気づく。今まで通りウオーキングシューズを履くことにする。

春の院展が始まった。日本画の先生の入選作も展示されている。「径」、「路」などいわゆる「道」の題目が6点ある。それ以外にも道を表した絵はもっとある。いわゆる花鳥風月は少ない。

去年、日本画の人たちに連れられて始めて八ヶ岳へスケッチ旅行をした。いきなりスケッチするようにと先生。絵の素養がなく何からやるのか皆目わからない。それでも先生に半分脅されて(?)仕方なくスケッチの格好をする。その時、全体をスケッチするのでなく、どこか一か所を描くようにとアドバイスされる。木があればその1本の樹だけを描く。そうか、と思い次の場所では段になった山道を歩きながら、前方からでなく後ろ向きになって丸太の敷かれた階段をスケッチした。

この山道がいいと先生に褒められる。それからはいわゆる「道」に関心を抱くようになる。先生の絵のタイトルは「散歩径」だった。

このことをきっかけに人の絵を見てそのモチーフに関心を抱く。いつか「水」「空」なども描けるようになるといい。絵を堪能した後はフルートのレッスンへ。デパートでの絵の展覧会も気温は高め。暑さも加わって少々お疲れ気味でのレッスンが始まる。きれいな音を出す練習。練習、練習しかない。ピアノ合わせの日程も決まる。忙しさもピークとなりそうな9月と10月。遊んでいて忙しいと言ってはいけない。まあ、これも適当に。それにしても外が騒がしくなってきた!

2015年8月18日火曜日

無事を願って

最低気温が25度以下になると寝苦しさもなく、朝もすがすがしい。ところが、地元紙の国際情勢を読むとテロはあるわ、航空事故はあるわとすがすがしい話題がない。近いうち外へ出かける。こういう記事を読むたび気も落ち着かない。そんな矢先、姪はカムチャッカ半島の旅行から無事帰ったとの報告。写メールを見ると暴風で砂地の雪山を「大変だったけど無事登頂。ロシアも異国感あって良かった。…」。そして現地から絵ハガキを出してくれたという。それも宛先のない手紙ではないが、住所を控えておらず町の名だけで送っている。

市内に合併されるまでは隣町の宛先でも郵便物は届いていた。さてさて今回は…。続いて届いたメールにはペリケンという幸運の神様のお土産を送ってくれたとある。異国の地でのお土産購入は結構大変。それを知っているので姪の心遣いがありがたい!

今日はこれからは旅の無事を願ってお墓参りへ。午後は院展を見た後、フルートのレッスンがある。

2015年8月17日月曜日

”低所得よりも怖いのは“精神的な貧困”

今朝は大雨。しばらくお天気の良くない日が続きそう。こういう日は自転車に乗れない。図書館も定休日。街中に行こうと思えばすぐに行かれる。だが、これもお天気の悪い日にわざわざ出かけることもない。ということで今日は一日、家の中でゆっくり三昧!?

さっちゃんのブログをひさしぶりに眺める。お元気そう。相変わらず毎日ご自分で描かれた絵をアップし、動画のアップもされている。絵を習って気づくことは絵を描くということの大変さ。もともと絵を描くのは好きな部類ではない。この点、さっちゃんは毎日絵を描いてブログにアップ。これは素晴らしい。ましてや94歳の人がすることとは…。見倣うことが多い。

先日、ネットで遊んでいると老人の貧困が問題となっている。老人とよばれる域に達したものとしてこういう話題も困ったもの。長年生きて来て何という結末…と思ってしまう。とはいってもこの「貧困」、金銭でなく精神的なコトを指している。以下はその参照URL。”低所得よりも怖いのは“精神的な貧困”
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150808-00908764-sspa-soci

こうならないために以下の<3か条>をあげている。

1 孤立しても孤独を感じない内部志向型の人間を目指す

2 現役世代のうちに仕事とは別の趣味、仲間を見つける

3 生活知を磨くことが尊敬される老人への第一歩

手元に入ってくるモノはよほどのことがない限り、もはや多くを望めない。とはいっても「精神的な貧困」に陥らず「心の豊かさ」だけは保ちたいもの。ということで今日も元気を出して…といいたいところが、昨日はかなり阿保になる。今週出かける旅先の本を図書館で探す。借りて読んでいると目的地が見当たらない。何か変?と思ってネットで検索。借りてきた本に掲載がない意味が解る。何と所在する島の名を完全に間違えていた。我ながら自分の馬鹿さ加減にあきれてしまう。

本を借りるのは遅すぎる。今日は本でなくネットで…。それにしても雨の降り方が尋常ではない。ひどいことにならなければいいが…。

2015年8月16日日曜日

『ちょっと今から仕事辞めてくる』

今朝のFM名演奏ライブラリー はイタリアの名テノール フェルッチョ・タリアヴィーニ 。いきなりの歌は「歌劇“ルチア”第3幕から“わが祖先の墓よ”~“おまえは昇天の翼をひろげた”」。朝から素晴らしい歌を聞く。後で動画を検索しよう。

昨日は午後の暑い時間帯に泳ぎに行く。お盆とあってさすがに親子連れはいない。気をよくして泳ぎ始める。プールの隅に人が立って話し込んでいる。少しばかり泳ぐのに遠慮がある。昨日の人はそれがわかるのか「どうぞ!」と声をかけてくれる。この言い方は感じがいい!昨日も1キロ泳ぐ。

今朝の地元紙投書欄。いつも思っているようなことの投書がある。暑い日を過ごしていた母親を思い出す記事。今は暑い夏の日、どの家にもエアコンがあり、楽な生活となった。楽に過ごせば過ごすほど家にいた親はどんな生活をしていたのだろう、と思いをめぐらす。他にも記事がある。新刊紹介の記事。北川恵海の『ちょっと今から仕事辞めてくる』。2月からの発売で17万部売れたとか。生きづらい時代が透けて見えるという。命を賭ける仕事ならさっさと先にやめればいい!

希望を失い、駅のホームで転落しそうになったときに声をかけてくれたヤマモトがいた。悩めるときいつも受け止めてくれるヤマモトがいた。ある時、そのヤマモトが気になりネットで検索すると3年前に激務で自殺している。ヤマモトは悩める人に対して、会社を辞めることを携帯を変えるような感覚で話す。「会社を変えたら?」。ヤマモトのような人がいると気も楽になる。

長く働いていたのでこの本の意味がよくわかる。外で働くということは楽なことではない。いくら自分が正しくても組織の中では長いモノに巻かれろがまかり通る。学校を出て働き始めたころ、「働く」意味が解らなかった。毎日同じことの繰り返し。「辞めたい!」と母に言うといつも「ボーナスをもらうまで我慢しんさい」の繰り返し。当時は今と比べてボーナスも多かった。この言葉を聞くと「そうか」と思って気を取り直す。とはいっても辞めたさも激しさを増すと「辞めんさいや!」と簡単に返答していた母。ヤマモトには母が当てはまりそう。

今朝の投書の人は86歳。何歳になっても親は親。いつまでたっても母の一言はありがたい!

2015年8月15日土曜日

「勉強するのも体験をつむのも自分のため…」

今朝早い電話で目を覚ます。九州のお坊さんだった。来週出かける旅の参加者の一人が怪我をされたとのこと。相部屋は急きょ一人部屋となる。いつも気ままに過ごしている。費用は掛かっても一人部屋になるのは気にならない。それよりも見方を変えれば相手の人は旅先の怪我でなく、行く前でよかったのかもしれない。

最低気温が25度以下の朝は涼しい。洗濯ものを干しに2階のベランダに上がると、1階ほどの涼しさはない。10数年前まではこの2階に寝ていた。今ではもう暑くて2階へ行くのは洗濯物を干すときだけ。この間、気温も上昇したのか、それとも自分自身歳を取って暑さに耐えられなくなったということ?ともあれ、今日も暑くなりそう。

図書館で読んだ昨日の朝日新聞寄稿欄「私の歩んだ戦後70年」。ドイツ文学者の池内紀のエッセイがある。この中に「母が口癖にしていたとおり、国は信用ならないし、他人は頼りにしないほうがいい。勉強するのも体験をつむのも自分のため、人の話はよく聞いても決めるときは自分の考えどおりにする。『戦後50年』を自分だけの目じるしにし、55歳でサラリーマン生活を切り上げた。…」とある。

この「55歳で…」のころの地元紙に掲載された氏のエッセイを思い出す。もう20年近く前のこと。当時はパソコンもなく、気に入った言葉は切り取ったり、コピーしたりしていた。今でも当時の切り抜きは持っている。日本で最高学府の教授を早めにやめられた時の記事。権威や名誉をひどく嫌っておられた。偉い人でもこういう素晴らしい人がいらっしゃると思った。折あれば、この人のエッセイを読んでいる。

以前にもブログに書いたかもしれない。広島の泉美術館で開催された氏の講演会。講演後、氏を囲んでのサイン会。珈琲を飲みながら氏の右横に座った。購入した氏の本にサインをお願いすると絵も描いてくださった。今でも大切に保管している。

「他人は頼りにしないほうがいい。勉強するのも体験をつむのも自分のため、人の話はよく聞いても決めるときは自分の考えどおりにする。」、これは本当にそう思う。というかそうありたいものである。

2015年8月14日金曜日

お盆の法要

何も予定のない朝のなんというすがすがしさ。一日がゆっくりとはじまる。おまけに今朝は気温も低い。だが、午後には暑くなりそう。

お盆休みのせいか、世間は静か。とはいってもどこもお盆の行事で忙しそう。昨日は朝から忙しくする。仏壇を開けて…。いつもは世間に逆らった生き方をしていても、こういう行事は逆らえない。これが一番苦手とする。だが、これも家に残ったものの宿命?とはいっても、この言葉は好きではない。いやな気持ちでしていると罰が当たりそう。

お昼過ぎにお上人が参られる。その時刻に姉夫妻もわが家に到着。ご丁寧にお供えなど持ってきてくれる。気持ちだけ受け取り、チビたちにあげるようにと託ける。他にも野菜やお米、そしてお布施もある。いつまでたっても姉は姉。この点は妹とは大違い。姉は姉らしい心遣いがある。このお礼は何倍かになって姪やチビたちに戻っていく。

お盆の法要が終わるとお墓参り。今年もたくさんの盆灯籠が各家の墓前に並ぶ。母がいなくなって我が家はこれを廃止。その代わり、お寺でいただく塔婆を持参。草ぼうぼうの隣の墓地もお盆前に綺麗になっている。ともあれ、年に一度のお盆の行事。これも生きている回数しかできない。そう、思えば疎かにはできない。

昨日から春の院展が始まった。家の行事優先でオープニングに行かれず。次のフルートレッスン前に見に行くことにしよう。先日デッサンしたかぼちゃとししとう。水彩で色付け、と思ったら絵筆がない。すべて教室に置いている。色鉛筆で色付けしよう。これがお盆の宿題となりそう。その合間の旅支度。今日も元気で!

2015年8月13日木曜日

塔婆を受け取りに

今朝も雨。忙しい一日が始まる。昨日も忙しい日だった。雨の中、自転車に乗ってお寺へ行く。塔婆を受け取ろうとすると受付にお上人の姿がある。長いこと古いお上人に会うことはなかった。春ごろ、半世紀以上ぶりで小学校時代の同級生と会う。その際、同行の人と話す機会があった。話の中で、その人は昨日出かけたお寺と同じ宗派のお坊さんで、お上人同士は交流があるという。

昨日、お上人にこの話をすると驚かれた様子で話が盛り上がる。お上人の娘さんもよくご存じでお茶やイスまで出してくれて長居をする。終いには話好きのお上人のために遊びに来るようにと言われる始末。

歳を取ったためか、はたまたいろんなところへ出没し、いろんな人と話す機会が増えたためか、物おじせずに誰とでも話せるようになった。お上人は元気だったころ母が話していたことも話してくださる。その内容は母らしい話でそういうことも言ってただろう、と聞いていて懐かしい。なかなかしっかりした母だったと言ってくださる。家の主が父母のどちらかわからないほど、母は家の主導権を握っていた。人がいいだけの無頓着な父に代わって、母はしっかり者だった。今日午後は若いお上人が我が家に参ってくださる。

お坊さんと言えば、来週出かける旅行がある。2年半前に出かけたスリランカの旅で知り合ったお坊さん。こちらは方丈様とお呼びする。3人の方丈さんと知り合う。その人たちの信者さんも同行されるとか。先ほど旅の最終案内も届く。楽しい旅になりそう。

今年はこの旅以外にも10月にも出かける。年に3回の海外は結構、費用も掛かる。それでも、楽しい人たちと出かける旅がいつもあるとは限らない。元気なうちに楽しんで…。

昨夜はフルート定例会。お好み焼きでもお店の雰囲気がまるでフレンチ風のところがあるという。ここに、と向かうとなんと11人待ち。またの機会にしていつものお店に向かう。蒸し暑い日のいきなりのビール、美味。久々に音楽の話題もでる。

家に帰ると野球のチケットがあるという電話。もらうつもりが、遅れて返事すると他所の人にわたる。残念でもあるが、球場に行っての応援は疲れそう。テレビで見ることにしよう。それにしても、カープ頑張れ!

2015年8月12日水曜日

フルートのレッスン

今朝は雨。忙しい一日が始まる。年に一度のお盆。亡くなった人が戻ってくる日とか。特別な行事はない、といってもちょっとだけ特別。お寺さんが明日参られる。その用意が待っている。その前にお寺へ塔婆を受け取りに行かなくてはならない。座布団を出したり、仏壇を開けたり、お花も買って、お供えも買って…。それを終えると今日まで開催の絵画展へ。その後はフルート定例会。

昨日はフルートのレッスン日。発表会のソロの練習前に、ソノリテともう一つ音を出す練習をする。ところが今やっている練習は高い音のためか、指に力が入る。フルートを吹くのに指の力は要らない。わかっていても指摘されればされるほど変に力が入る。今週は力を入れない練習をしよう。

ソロの曲のレッスンでは初見で吹けてもフルートの奥は深い。先生に指摘されて吹きなおすと同じ音とは思えないほどきれいな音になる。一つの音符を丁寧に吹く練習をすればもっときれいな曲になる。練習、練習!

さて雨の降り方は如何に?小雨ならば自転車で動ける。今日も元気で!行動開始!

2015年8月11日火曜日

「ビルマの土は赤い 岩もまた赤い」

セミの鳴き声が響く穏かな朝。FMを聞きながら新聞を読む。久しぶりの至福のひととき。世の中こうでなくてはいけない。

先日来から気になっていた父の年金問題。昨日、やっとその明細が届く。それにしても振り込み明細と振込金額、何故同時に届かないのだろう。封筒の中には時効特例給付…、と遅延特別加算金の支払い決定書の2通がある。そして他にもその内訳明細書が2通ある。先月振り込まれた金額は何に当たるのか。ともあれ、父がいなくなってから母の亡くなるまでの21年間分の明細だった。姉が言うように振り込まれるものは黙ってもらうことにしよう。

今朝は工事の音がしないためか、幾分涼しさを感じる。とはいっても毎日暑い。いくら出べそでも自転車で外に出るのは厳しすぎる暑さ。BSシネマでビルマの竪琴を放映。この本は読んだ気がする。だが、何も覚えていない。モノクロ映画で画像も悪いし音も悪い。だが、いつの間にか惹かれて見てしまった。見ながら、なぜ日本はビルマで戦ったのかが気になりだす。ネットで検索すると、その詳細の掲載がある。またまた、何にもわかっていないと気づく。

映画の最後に流れる「ビルマの土は赤い 岩もまた赤い」。これは何を意味する!?父の年金問題とビルマの竪琴の兵隊さんの姿。父のアルバムには「新兵さん」と自らを記した真新しい制服姿の写真がある。こういう時代を生きてきたのかと思いながら映画を見る。

そして戦場となったビルマ。今のミャンマー。一時、ミャンマーにのぼせていた。この地が専門の先生の講演を聞いて「みんぱく」にもよく出かけた。講演に感動して会社のパソコンから先生にメールを送ったことを思い出す。パソコンが世に出て間もなくであり、自分のパソコンを持っていなかった。ご自身を「発展途上」といただいたメールにあった。この言葉にまた感動し、この先生に学びたいと思った。それから何年もたたず、この夢は実現。文化人類学を学ぶ。
3年前に知り合った人と話すと偶然にもその先生と同じ職場の人だった。そしてなんとその先生のご実家はお寺と教えてもらった。ほんとうに頭の低い先生だった。今でもミャンマーについて教えておられることだろう。いろんなことを思い出す夏の一日となった。

2015年8月10日月曜日

血液型一人談義

いつも見ている人のブログに個人的な投稿がある。ご本人の性格や血液型まで…。特に血液型。別にこれでどうこう言うつもりはないが、結構気になる。以前、旅に出ると必ず血液型を聞いていた。これを聞いて怒る人はまずいない。ところがたまに問題にする人がいる。こういう人は話にならない。たいがいの人はこの話題で盛り上がる。

最近も某会で会長に血液型を尋ねるとごまかされてしまって応えようとされない。応えてくださらないのは美術講座の先生もそう。

人類学を学ぶ頃、血液型を問題にしてはいけないと教わった。面白半分に聞くのも時にはいけないのかもしれない。とはいっても自分自身、人から聞かれても何の違和感もない。両親、姉妹、姪や甥、はたまたその子供たちもほぼ全員がおなじ血液型。ヒトからの顰蹙を買いそうな型。

10月に出かける旅行申込み書に血液型の記入欄がある。某会の会長、さてさてこれは如何に?

この血液型。プロ野球選手のプロフィールにも必ず記されている。カープの選手を見ると日本人に多いとされるA型も飛びぬけて多くはない。反対に少ないとされるAB型やB型が割と多い。

黒田選手や昨日の勝利投手福井はB型。この2人の投手の生まれた日の間が自分の誕生日。そして同じ血液型。それがどうした?ではないがなぜか親近感を抱いて応援したくなる。(訂正:福井選手はA型だった)。

これまで個人的に習い事をしてきて、中国語と日本画教室に関しては圧倒的にB型とO型が多い。フルートはどうなんだろう。食べたり飲んだりする人たちはそれぞれ血液型が異なる。いろんな血液型の集まりが楽しいのかもしれない。別に統計を取ったわけではない。そんな気がするだけ。この頃気づいて外での場所では某血液型がいないと言うと、その人たちは出べそでなく家に引っこんでいるのだと笑って話す人もいる。

とはいっても、関係ないようで少しは何か関係あるように思える血液型。まあ、なんでもいいけど、今日も暑い!

ここに昨日の追加。日本画教室で今年もたくさんの梅干しをいただく。いただくのは今回で3度目。このお礼、どうすれば…。遅くなったけど、本当にありがたい!

2015年8月9日日曜日

暑さで頭も変?

今朝の湿度の高さは耐えられない!メディアをにぎわす3姉妹の老婆の熱中症死亡。3人で住んでいてもこういうことが起きるとは…。何とかならなかったのだろうかと不思議に思える。

「温かいのが一番のごちそう」と寒い冬になると話していた母。これをもじれば夏の暑い日は「涼しいのが一番のごちそう」。エアコンもケチってはいけない。この姉妹、エアコンが嫌いだったとは。こうなるともうどうしようもない?

あと何年生きられるのか誰にもわからない。くよくよ、ちまちませず、おおらかな気持ちでやりたいことをやって楽しく過ごす。これも一生。

昨日、また例の年金機構から振込を知らせる葉書が届く。何がどうなっているのか。先月届いた葉書で終わったものと思っていた。ところが、またも今月振り込まれるという。これまで届いたはがきと見比べる。今回は前回と比べて10倍以上の金額。姉に電話すると、要らないという。じゃ、これで驕るよ、とわらって電話を切る。

父の年金漏れが母に入る。だが、その母はもういない。その受け取り手が自分にまわってきた。それにしても振り込み明細が知りたい。何がどうなっているのか、ただ金額だけが記されてくる。暑いので皆おかしくなっている!?

おかしいのは自分自身。昨日の日本画教室。変なことをやっていた。あっ、と思ったときはもうおそい。本画の仕上げに入ったパプリカ。先生から4色ほど水干絵具を溶くように言われる。普通だったら膠と水を1対1で混ぜることから始まる。それをせずに絵皿にいれた絵具を指で砕き、なんと、それに直の膠で混ぜてしまった。何か変、とすぐに気付かず。

先生が作ってくださった水と混ぜた膠を見てやっと気づく有様。何かに夢中になると、何かが疎かになる。暑さのせいばかりにしてはいけない。気を付けよう!

気を取り直して、かぼちゃとししとうのデッサンを始める。デッサンの段階ではまあまあの自己満足の世界。ところがこれを本画にする段階で満足できなくなる。何しろ、描く枚数が少なすぎる。徐々にうまくなるのだろうか。デッサンも色鉛筆でなく水彩で…、と先生。1か月以上日本画教室を休む。家にいる間、昨日のデッサンに色付けしよう。とはいっても色鉛筆でなく水彩は失敗が許されない。ぼやかず、やってみるしかない!?

2015年8月8日土曜日

睡眠時間の調査

しつこすぎるガス工事。今朝はない、と思っているとまたもや工事の音がする。どこでやってるのか見に行くと、今度は家の横。大通りに面した道を掘っている。工事はいいのだが、毎日のことなので落ち着かず、まるで船の上にいる気がする。同じところを何度掘れば気が済むのか。工事する業者が異なるためか、それとも…。いずれにしても工事する人も大変だけどしてもらう方もこれまた大変。もう工事をせんでもええよ、と言いたくなる。

先日の健康診断で血圧測定の際、睡眠時間について聞かれる。3枚用紙がある。何をと思って話を聞く。睡眠に関してはよく寝るほうなので何の心配もない。むしろ寝られない人の気持ちがわからない。質問用紙があるということは、睡眠障害の人が多いということ?

若い頃は?とまた聞かれる。若い頃も今も睡眠に関してはよく眠る。ただそれだけ。元気の素はくよくよせずよく眠ること。そう思う。特に若い頃は何か面白くないことがあると早く寝ていた。寝れば嫌なことは忘れる。その名残か、今でも何かあるといつもにもましてよく眠る。といってもこの頃はほとんど何も気にしない。これも歳を取って図々しくなったせいかも…。

こんなに暑い日が続くと長時間、熟睡しないと体が持たない。特に泳いだ翌日はよく眠る。とはいってもだらだらとは寝ていない。寝る時刻になると寝るだけ。

ともあれ今日も暑い!お昼からは日本画教室へ。お盆と個人的な遊びのために日本画教室も1か月以上も休む。休みたくないけど遊びが優先。これも仕方ない。

朝からぼやかず、今日も元気を出して!

2015年8月7日金曜日

「中国語」or「中国」と関わって

天気予報を見ると沖縄の最高気温は札幌を除いて低くなっている。冗談でも沖縄へ避暑に行くとならなければいいが…。それにしても毎日暑い。わが家の周辺は相変わらずガス工事の音で暑さに拍車をかける。昨日は午後3時からプールへ逃避。行く前に我が家のガス管も替えるらしく4,50分ガスが使えないとのこと。ひと月使っても1000円未満。ましてや日中の暑い時、ガスは使用しない。

泳いで帰ると、ガスが使えるかどうかのテストを依頼される。無事ガスは使用可。今日からはガス工事も2,30メートル先のほうである様子。それにしても車の出はいりの音でこれまたうるさい。

うるささもセミならばまだ風流。外の騒音も小さいとセミの鳴き声が聞こえだす。

朝から電話で絵の展覧会に行くようにと勧められる。教えてくれる人に罪はない。しかし、描いている人に嫌悪感を持つ。描いている人が嫌になると絵までも嫌になる。こんな気持ちは大人げないかも。とはいってもこれはどうしようもできない。お盆を挟んで大きな絵の展覧会がある。残り2つは見ることにして、今朝の話は賛成できない。

絵と言えば先日出かけた県北の美術館。バスの席が隣になった人との話で不思議なご縁を感じる。その人は日本画、テニスなど活発にされている。ところが唯一苦手は文を書くことらしい。その話から中国語の話になる。何と初めて広島で開催された市の公開講座の中国語教室。1982年のことだ。その時、一緒に学んでいた!これには驚く。その人はその時以降、中国語を習うのを止められている。

それから今日まで何かの形で「中国語」or「中国」と結びついた生活をしている。当然どういう講師でどんな中国の留学生だったか、名前まではっきり覚えている。オーバーに言えばこの中国語講座が自分の意識を変えた気がする。外国へ行くようになったのも中国語のお蔭。これに気をよくして外へ外へと目が向いていった。究極は文化人類学へと…。こうなると発展途上国しか興味もなくなる。ところが変に偏った国ばかりもよくない。しだいに先進国にも目が行く。

ナニゴトも一つのことにとどまらず、気持ちはあっちこっちに飛び散る。これも性格。仕方がない。ゴーギャンの「われわれはどこから来たのか  われわれは何者か  われわれはどこへ行くのか」ではないが、これをもじって言えば「私はどこから来たのか 私は何者か  私はどこへ行くのか」。最後の言葉は「私は何をしたいのか」に当てはめて…。

2015年8月6日木曜日

「平和の夕べコンサート」へ

原爆の日。昭和40年代、会社に勤めていたころのこの日は東京に本社があっても地方祭といって会社は休みだった。今でも広島市は休日にしている業務が多い。

昨夜は広響の「平和の夕べコンサート」に出かける。サブタイトルは世界に平和を!

指揮者は秋山和慶、ピアノにマルタ・アルゲリッチを迎える。何と言っても世界一有名なピアニストの演奏とあって何が起きたのかというほどの人の多さ。5時半からの座席引き換えで18列の18番になる。開演までの時間、隣にある情報プラザに立ち寄る。

今月号の『文藝春秋』を見ると伊集院の連載がある。この連載もすでに20数回目。全く知らずにいた。興味惹かれる記事なので古い号を順に読むことにしよう。

演奏曲目は以下の通り。

♪ベートーベン:劇音楽「エグモント」OP.84~序曲
♪ベートーベン:ピアノ協奏曲第一番ハ長調OP. 15
♪ヒンデミット:交響曲「世界の調和」

演奏と演奏の合間にはアルゲリッチの次女であるアニー・デュトワと平野啓一郎の朗読が入る。この朗読、行く前は知らなかった。アルゲリッチがユダヤ系であるからなのか、朗読はホロコーストと原爆詩人の原民喜の詩の朗読だった。さすがに、というかまるで劇を見ているような朗読のすばらしさ。チャールズ・レズニーコフのホロコーストの詩では見るからに美しい少女だけがガス室に運ばれず、外へ出される。解放されると思ったら、その途中で後ろから拳銃で撃たれる。なんともやるせない。

アルゲリッチのピアノ演奏。さすがに素晴らしい。次女の名がデュトワと知って何故かを調べるとあの有名な指揮者との間の子供だった。アルゲリッチには3人の娘がいる。いずれも父親が異なるらしい。それはともかくとして、素晴らしい演奏会だった。

コンサートに行く途中、バスの車窓から見えるのは全国から集まった今日のための平和大行進の人の群れ。見ているとまるでお祭り騒ぎ。広島駅前はカープの試合でこれまた大勢の人、人、人。今や、平和となった感じの広島。今夜はそのカープの試合も全員背番号86のユニフォーム着用。またユニフォームには亡くなられた人数も刻まれる。

今朝の45分前の若鯉のツイッター。

「みなさんおはようございます! 今日は広島にとって特別な日ですね! 僕は言葉ではうまく伝えられないので、プレーでみなさんに伝えていきたいと思います! 今日は勝つ! それだけです!」

いいね。こういう若者。

今宵は野球のテレビ観戦をするとして、昼は何をしよう?夕方からプールへ行こう。若鯉にあやかって元気を出そう!

2015年8月5日水曜日

「常識を疑え」

今日の天気予報を見ると日本国内で一番最高気温が低いのはなんと北海道ではなく沖縄。これまで常識とされていた最高気温の高低も覆される。「常識を疑え」、と学ぶ中で言われ続けた。まさにその言葉通り何が常識かわからなくなりそう。

昨日は夕方からフルートのレッスンに出かける。JRに乗ると隣の席の人から声をかけられる。若い頃、一緒にエレクトーンを習っていた人だ。びっくり!習わなくなって会う機会もほとんどない。ところが、何年かおきにばったり出会うことがある。一緒に習っていたころは20代半ば。鬱々とした日々を過ごしていた。今思ってもそれは当然のこと。自転車、中国語、水泳、フルート、海外旅行、ブログ投稿、合唱、日本画など当時はどれもやっていない。いま行動している大半は30代半ばから最近になって始めたこと。

若いころを知っている昨日の人は「今が青春!」と言ってくれる。日本画の先生にもそう思われる。自分でもやっていることが今一番若いと感じる。何もせず一生を終えるより、人よりかけ離れて遅くからやり始めるのも私の人生。

先日県北に行った際、バスの隣の席の人は15年、日本画を習っておられる。この人の話を聞いていると俄然ファイトがわく。日本画に対する執念というか、素晴らしい!ナニゴトも楽しんでおられる姿が素晴らしい。デッサンも教室に行ってやるだけでなく、家で100枚200枚と描かれている。手の神経がおかしくなるくらい描かれるらしい。こういう人は元気!そして考え方も若い!

世の中、何歳がどうじゃこうじゃの常識は通用しなくなった。何歳になっても頑張る人は頑張っている。11歳上の人だった。

さてフルートのレッスンの話題がない。やっぱりフルートも頑張るしかない。今夜は「平和の夕べコンサート」へ。世界的なピアニストの演奏がある。今日も楽しく!

2015年8月4日火曜日

遊ぶ話

年に2度、健康診断を受けている。昨日の一般検診では異常なし。ところが血圧測定では再度測る。測定器も進化するのか新たなやり方になる。左腕をぐるぐる何かで巻かれての測定。腕の内側の異常な痛さ。思わず声が出る。案の定、変な値がでる。再度の測定は5分後。以前、測っていた機械で測定すると基準値だった。もともと血圧は高くない。それなのに…。ともあれ、昨日の段階では異常なし。

昨日の午後、部屋にいてゆっくりしていると電話が鳴る。かかる電話もディスプレーで出る出ないを判断。フリーダイヤルはまず出ない。ところがフリーでない。呼び出し中にすぐに留守電に切り替える。録音する内容で素早く電話に出る。今月出かける旅行社だった。ビザの余白頁数の確認。こういうことは初めて。行先により余白が3頁以上必要だとか。旅行の中止でなくて一安心する。

親がいなくなって4年半。この間、いろんな人の誘いに乗って行動している。誘ってもらう人たちの大半は親を亡くして以降に知り合った人たち。それは旅行だけでなく、習い事などにも言える。誘われても誘いに乗らなければ今ほど行動していないかもしれない。

誘いに乗るといえば、1年前にも合唱の人に誘われて青森のねぶたを見に行った。生憎の大雨の中でのねぶた見学も勇壮すぎる。東北も秋田、山形などに行ったことがない。月山にも行って見たい。まだまだ遊び心は満載。だが、日本であっても行くのは簡単ではない場所もある。

遊びといえば先日の某会の納涼祭。遊ぶ話で盛り上がる。9月と10月の遊ぶ予定が入る。同じような年齢の人が多い。そのなかで、少し年上の人たちが先頭を切って遊ぶ計画を立てておられる。海外が続く。そしてそれは以前出掛けたところ。行ったところという迷いが顔に出るのか無理しなくてもいいと指摘される。昨日メモを見ると、10月の行き先は22年前に出かけている。10年ひと昔。その国も大きく変化しているはず。この誘いに乗ることにしよう!

2015年8月3日月曜日

県北の美術館へGO~

我が家の周りは今朝もにぎやか。今日も工事があるのだろうか。我慢の一日となりそうだ。我慢といえばこの暑さ。昨日は県北へ出かける。以前の県北のイメージは夏は涼しく冬は寒く。ところが昨今は涼しさを通り越して市内よりも暑さは厳しい!日本全国、連日の最高気温も盆地が暑そう。

県北にある美術館。オープニングセレモニーなるものに初めて参加。中型バスを貸し切り、式に間に合うように早めに出かける。1週間前と一昨日と昨日。それぞれ主催する団体は違えど、なぜかこの頃は美術関係の行事の参加が多い。これもすべては先生方とその周りに付属する者とのにぎやかしというか緩衝剤!?

セレモニーが終わると会長の案内で絵を見て歩く。突如目の前に「誰かわかりますか?」「わかりません!」。何というやり取り。1週間前に同じテーブルでお話しした絵の先生だ。

よほど特徴ある人か自分で気に入った人か、そうでない人はなかなか顔が覚えられない。詫びを言って話を続ける。それにしても優しい先生だ。

昨日はもう一か所、別の美術館にも出かける。習っている先生は2か所に出品。それにしても絵を見るのはけっこう疲れる。絵を堪能した後は新たにできた道の駅に立ち寄る。立ち寄ると言っても車から外へ出るだけでも暑い。トルコキキョウを描いた人から何を描いているのかを聞かれる。そして、かぼちゃを描くことをすすめられる。道の駅で先生に相談してかぼちゃを購入。ところがかぼちゃであっても絵になるのとそうでないのがあるらしい。ここは先生に選んでもらったかぼちゃを購入。

それに、ししとうも加えるようにと、トルコキキョウを描いた人はいう。こうなると、どの人が自分の絵の先生かわからなくなりそう。そう言って笑う。とはいってもトルコキキョウを描くきっかけを作ってくれた人はかぼちゃを、と話してくれた人。絵の方向がその人と似ているのかもしれない。

ふと気づく。この2点を買っても今週教室に行くと来月の2週目まで教室に出席できない。その間、個人的な遊びが優先しそう。

日本画を休む、と人に話すと当然、遊びを優先するようにとの言葉。習い事を休むのは好ましいことではない。この辺の折り合いが難しい。先の話だけどさてさてどうなることやら…。

2015年8月1日土曜日

新語?

土日は工事もないだろうと、優雅に新聞を読む。ところが、またもや人の声が…。外へ出ると立て看板を持った人がそわそわしている。今日も工事があるのか尋ねると、数十メートル先の路地をするらしい。そのため看板を置かせてほしいという。わが家の周りは?と尋ねると終わった様子。今朝は女性の交通誘導員の姿もある。

暑い中、真っ黒い顔になって本当にご苦労さん!頑張る姿を見ているとやっぱり暑いじゃどうじゃと文句は言えない。みんな一生懸命されている。

毎日見ているツイッターやブログ。知らない言葉も出てくる。ヴァイオリニストのブログでは「へべス」、若者のツイッターは「た~ま~や~」。ネットのない時代は辞書で探す。しかし、この頃のような若者言葉や新語は辞書にもないはず。特にツイッターをにごわす略語はネットで調べるに限る。

「ヘベス」はウイキペディアによると「ヘベズ、またはヘベス(平兵衛酢、学名:不明)は、ミカン科ミカン属の常緑低木の柑橘類で、香酸柑橘類の一種。果実を食用とする。原産地は宮崎県日向市。味がスダチカボスに似ている。」とある。以下を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%99%E3%82%BA

「た~ま~や~」は花火の画像に載せている。どうも花火が打ちあがった際、この呼び声をかけるらしい。花火の昔からのメーカーの名?それにしても若者言葉も奥が深い。

今朝はまだ午前10時前だというのに暑さもすでに限界。お昼からは日本画教室へ。それが終わると某会の納涼祭。秋の海外旅行で持ち上がりそう。この旅行先は以前出掛けている。行くのをためらう。先日姪に話した際、楽しい人たちだったら行けばいい、と諭される。

明日は日本画の先生たちと県北へ。行先の内容は聞いていない。朝が早いらしく、今日の教室で具体的に聞くことにして…。今日も元気で楽しく!