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2015年8月28日金曜日

久々の美術講座

今回の旅の行き先はインドネシア。利用航空会社はシンガポールエアライン。そのため、行きと帰りの便はシンガポール経由となる。しかし、行きはトランジット後、すぐにインドネシアへ。帰りは帰国寸前までシンガポールに滞在。このシンガポールの気温と日本の気温が同じくらいの蒸し暑さ。年中暑いと思えるインドネシアは顔から汗が流れることはなく、快適そのものの旅だった。百聞は一見に如かず。ナニゴトも体験してみなければわからない。

今朝は電気温水器のメータを取り換えるとかであわただしい。久々の美術講座も待っている。ところが今回も(毎回のことながら)お土産らしきお土産がない。何といってもインドネシアでのルピアの両替はどの人も5千円。これが約百倍の53万ルピアになる。100ルピアが1円の換算。夕飯時のビールは小ビールで600円から1000円。これだけで大半のルピアはなくなる。かといって両替するほどのお土産はない。いつもながらお土産を渡せず申し訳ない。

旅慣れてくると、以前のようにお土産を買わなくなるのも事実。また現地ガイドも観光地では店の奥に連れ込まれて買うまで出してくれず、ぼったくりにあうとの注意がある。

さて美術講座。ゴーギャンの時代と題して、ポン・タヴェン派などを学ぶ。遊びモードから頭を切り替えて…。それでもこのグループで出かける現地美術館での話題も出る。講座後は先生と一緒に皆でお昼をいただく。夏休みの間、対馬へ行かれたとのこと。壱岐対馬の壱岐は以前、勤めていたころ会社の社員旅行で出かけている。ただきれいな海だったことしか覚えていない。当時はまだ泳ぎはできなかった。いまならば泳げるので楽しさも増すかもしれない。話は対馬。行って見たくなる。願っていればチャンスも訪れる!?

それにしても暑い!家に着くとジパング倶楽部の冊子と広島発の旅行社の冊子が届いている。行楽の秋まじか。今年はもう1回外へ出る予定。京都へも行かなくてはいけない。忙しい秋が待っている!

2014年8月1日金曜日

ケーナの体験レッスン

昨日はケーナの一日体験レッスンに出かける。場所は郊外にある大型ショッピングセンターで、そのデパート内の文化教室。生徒は15人くらいだろうか。市内からの参加者は少なく、大竹、三次、東広島など遠くからきている。

自己紹介でこれを知って驚くばかり。教室はわが家からでもかなり遠い。どんな感じで教えるのか、ただそれを知りたくて参加する。

参加者の年齢はどの人もそん色がない。それも当然のこと。平日の真昼間に習うのだから。

一時間半の大半は先生のお話と音出しの練習。これがなかなか音にはならない。それでも帰るころには何とか音も出る。

出かける前から一回きりの学習と思って出かけた。家に帰ってもケーナに触って音出しの練習をする。指をあてて勝手に音階で音を出そうとするとソ、ラ、シ、ドは音になった。だが、これに気を取られているとフルートがおろそかになる。

その後にフルートを吹くとなんと楽に吹けることか。

ケーナの先生はケーナを吹くには①スピード②方向③口の形④唇の距離の4点が大事という。

唇はリコーダの形を見て、それと同じ形にするようにとアドバイスされる。もう一人の先生からは「え」の発生の口にしてその形で閉じて吹くといいと教わる。

フルートもケーナも口を使って吹く楽器。音出しは基本的に似ている。

ケーナの先生はご夫妻でされている。授業の始めと終わりに曲を演奏された。楽器は奥様がチャランゴ。これはギターを小さくしたような南米の民族楽器。旦那さんはケーナとサンポーニャでアンデスの音楽を奏でる。

ケーナも当然だけど、何ごとも一日にしてならず。暇があるとき、独学で練習しよう。

今朝はこれから美術館で実地学習。今日も一日楽しく!

2014年1月25日土曜日

東奔西走の一日

よく学び、よく遊び、よく食べ、よく動いた東奔西走の一日は終わる。昨日の携帯電話の万歩計は12,789歩を示す。

西条で美術講座を受ける。いつもの如く、知らないことばかり。ただ“モチーフ”が“モチベーション”からきているとは知らなかった。理論的にわからない美術の講義も少しずつわかってくると楽しい。これも絵を習い始めた影響かもしれない。

お昼を酔心で食べ終えると、国際会議場までバスで移動。養老孟司の講演会を聴く。これについては後日ブログにアップしよう。

講演を聴くと、平和公園を抜けて八丁堀の福屋で院展を見る。駅前店の院展を見たときと同じように感動する。

再度、バスで移動して、駅前の福屋で人と合流。福屋11階にある梅の花に入って夕食をいただく。このお店、できて間もない頃、母と来たことを思い出す。いつも予約待ちの状態だったが、久しぶりに行くと閑散としている。

ゆっくりと一品一品料理が出てくる。コンサートの開演も近づいてくる。途中から早めに料理を出してもらうよう催促する。食べ終えると急ぎ足で会場へ。

コンサート会場は初めて行く場所。市内の真新しい教会で最近のコンサート情報を見るとよく利用している。演奏者は広島在住の芸大出身者で、和楽器を中心とした演奏会。これに誘ってくれた人は残念ながら入院中。最後の曲は和洋織り交ぜてのコラボだった。

演奏後、聴衆を見送る演奏者の一人に声をかける。友人の名を告げるとわかってもらえた。

会場は広くなく、まじかに演奏者が見える。音響もいい。また、交通の便もいい場所に位置している。これから行く機会も増えるだろう。

忙しい一日は終わった。今日はこれから日本画とスペイン語へ出かける。家でぐずぐずしているより外に出て忙しくしている方が自分に合っている!

今日も元気で楽しく!

2014年1月11日土曜日

「世の中狭く、色々な時代が再登場して驚きです。」

今朝は朝食を終えると地元の区民文化センターで配布される某チケットを取りに行く。受取ると同じビルにある図書館によって予約の本を借りる。昨朝と違って眩いばかりに日が射していて自転車に乗っていても寒くない。

 帰宅後は、昨夜遅くメールをもらった美術を学んでいる人に返信メールを送る。

昨日、その人に講座前、昨年末の電話のお礼をいうと、話が盛り上がる。そのことを電話の相手である同級生にメールで送信されたのだろう。その返信メールの一部を送ってくださった。

それには「〇〇さんの話、楽しいですね。世の中狭く、色々な時代が再登場して驚きです。よろしくお伝えください。まだまだ長生きすればお会いすることもできるでしょう。よろしくお伝えください。」と書いてある。

そうメールに書いてくれた同級生は小学校時代のまましか思い浮かばない。まるで幻の人。

「〇〇くんは神童だったでしょ!?」と昨日も美術の人から聞かれる。まったくその通りとても賢かった。それにしても、メールに書いてあるように「世の中狭く、色々な時代が再登場して驚きです。」にまったく同感する。

昨年はどの年にもまして思いがけない人たちとの出会いが多かった。ちょっとした人の誘いに乗って生きていると思わぬことも起きるもの。そう実感する。

さて昨日の美術講座。楽しい講座だった。いつもの如くブログに表現するのは難しい!

ただ、先生からこの講座の1年の締めくくりのレポート提出の話がでる。

久しく本格的なレポートを書いていない。今のところはこの講座で知ったイディッシュ文化についてまとめよう。だが、その切り口が問題。

まあ、こうして講座に参加し、老化するばかりの頭にカンフル剤を打っていただくこともありがたい話。そう思って頑張って書く!?

とはいってもまだ先の話。ゆっくり考えよう。

今夜はスペイン語講座。それにしてもスペイン語はちょっと疎かになっている。新年になって大学の教科書を引っ張り出して再度、見ている。今日も一日元気を出して頑張ろう

2013年11月30日土曜日

シャガール展を見に行く

連日一ケタ台だった最高気温も今日は14度の予想で暖かくなりそう。

昨日は美術館で講座があり、早めに家を出る。

指定された集合場所に着くとすでに皆揃っている。どの人もコートや荷物を持っている。ロッカーに入れるように教えてあげて美術講座が始まる。

先週、美術館の学芸員からシャガール展の講座を受ける。昨日は先生の講義を受講する人たち数人で話を聞きながら絵を見て歩く。

こういったことは20年位前、「みんぱく」の何十周年かの記念で泊りがけで出かけて以来になる。

現地で学ぶとどういう風に展示品を見るのかも何となくわかってくる。

一通り見終えると館内のカフェで先生を囲んでミーティング。美学が専門の先生。美術に疎いので質問すらできない。昨日も先生が翻訳された「カンディンスキー」の本を借りる。本を読んで、また話を聞いて徐々にわからないことを理解しよう。

カフェで先生を囲んで楽しくお話をしていると、外山滋比古の本に書いてあるような場面を想像してしまった。

先生とわかれた後は、有志でお昼を食べに行く。館内のレストランは今年になってリニューアル。いつ行っても満席。昨日もそうだった。

近くにある市内で一番高いタワーマンションの中のお店に行く。初めての場所で浮き浮きしながら人についていく。ところが、想像していたよりもそれほどのお店ではない。


黙って美味しそうに食べていたら、誰彼となくブーイングが起きる。コーヒーは煮詰めた最後の一滴のよう。

その人たちとは初めての食事会だった。

その中の2人から年齢を聞かれる。「〇年生まれ」と話すと「若い!」と言われる。お世辞であっても嬉しいが、聞かれた人たちと同じ年の生まれだった。

同年齢の一人は先生と同じ学会に属して書記か会計をされていたようだ。家でネットで検索するとズラーと検索画面に名前が出る。

美術館を去るとき、開催中の展示会会場の外でオペラ座に出てくるようなドレスを自由に着ることができる。

一度、着てみたかったので、着せてもらって王冠も被って携帯写真で写してもらう。他の人もワアワアきゃあきゃあ言って写真に収まる。だが、一番明るい人は写らない。人は見かけによらない!?

いろんなところに出没するとこれまで知りえなかった人たちと交流できる。これは楽しい。本当にいろんな人たちと知りあった1年だった。とはいっても、まだ今年も一ヶ月残っている・・・。

家に引っ込まず、外へ外へ目を向けよう!きっとまだまだ楽しいことがあるのだろう。

今日はこれから忙しい一日が始まる。日本画を習いに行き、途中、はやめにそれを終えると、ミッシャ・マイスキーのチェロを聞きに行く。それも終えるとスペイン語。だがこれは時間的に無理のよう。その時はスペイン語を終えた友人と夕飯で合流しよう。

今日も一日楽しく元気で!

2013年9月17日火曜日

研究会に参加する

昨日、日本列島に何も起こらなかったかのような秋晴れの朝を迎える。清清しい季節とは裏腹に、先ほどからブログにアップする動画に手こずる。いつもはすぐにできるのになぜ出来ないのだろう。 

昨日は友人に誘われて某研究会に出かける。昨日はカープの地元での巨人と対戦。今、カープは6連勝とかで市内は賑わう。広島駅で友人とお昼を食べ、研究会会場近くのカフェに移動する。そこで会が始まるまでしばしカフェタイム。 

この研究会はまったく関係ないところと思って参加する。ところが、話の中で、修了した大学と同じ学部であり、また専攻も同じところと知り吃驚する。

友人によるとすべて「つながり」があるという。人とも新たに知り合うというよりも繋がっているという。確かにそうかもしれない。

 昨日の研究会の発表者の一人目は踊り手(ダンサー)で、「踊る」ということから論じ、そして二人目は某県の美術館学芸員で、「アントニオ・ロペスにとってのリアリズム」を論じた。 

久しぶりわけもわからず参加する。だが、その道の専門家から聞く話は難しいけどわかりやすい。

終了後、懇親会。参加予定はまったく考えてもいなかった。ところが、研究会終了後、顧問の先生と友人から懇親会への参加をすすめられる。

先生とは直接のかかわりはなかった。だが、友人に紹介されて先生と話す。その時、4年半前まで大学で学んだ、と話すと驚かれてしまった。先生は、すでに退職されていた。しかし、同じ学部の同じ専門コースの先生と知る。友人の言うとおり人とのつながりを感じる。 

懇親会の楽しい3時間はあっという間に過ぎる。参加者は北海道から長崎までと各地から来ている。

宴も終わる頃、発表した若い踊り手のYOU TUBEへのアップを聴く。それをブログにアップする旨、話す。だが、パソコン上では見られるのだが、ブログへのアップとなるとなぜかそれも出来ない。何度も試みる。 折角の機会なのにとても残念。アップする予定の動画は(ウパシクマwithひさす)。

ということで今日は頭を冷して、再度ブログに挑戦します。申し訳ありません。 

懇親会の終了後、隣の駅に住む人の車で家まで送ってもらう。 それにしても、友人の話ではないけれど、ヒトとのつながりを感じる一日となった。 

別れ際、顧問の先生から他の勉強会への参加をすすめられる。6回のコース。ところが、スケジュールを見ると3回は予定が入っている。残念! 今日は夕方からフルートのレッスン。今日も元気を出して!

2013年6月4日火曜日

歌を歌って

今日も朝は涼しい。だが予想最高気温は29度で日中は暑くなりそう。昨日も日中は暑かった。いつもより早起きをして遠くの町まで歌を歌いに出かける。

自宅最寄駅で予定していたJRに乗る。ところが他のホームに列車が入る。もしかして出かける駅までの直行便?と勘違いして列車を乗り換える。だが、それは間違いだった。

予定では歌を歌う最寄駅までJRで行くつもりだった。途中行き方を変更して広島駅で下車し、バスに乗り換える。丁度いいバスがあった。これだとバスを降りても2,3分くらい歩けばよい。

会場には5分遅れで到着。もう合唱は始まっていた。もしもJRで直行ならば15分くらい歩かねばならない。これから暑くなってくるので行きはバスに乗り換えて行こう。

会場に着くとあっちへ座れ、こっちへ座れといっては動かされ、3度目でようやく落ち着く。いろいろと気を使っていただく。あり難い!

次回はみなの前で歌うらしく、その予行演習となる。だがなんといってもそのサークルに入ってまだ2回目。何もわからない。言われるままに動くしかない。

練習を終えて会場の外へでると歌の先生から友だちとの関係を聞かれる。他の人が職場が同じと告げる。それは間違い。友だちが勤めていた大学に学生として通っていた。だから職場の仲間ではない。友だちとはスペイン語を通して知り合う。先生は友だちと高校まで同じ学校だと思われたようだ。

それにしても世の中は狭い。通っていた大学は総合大学。学生数も多いが教職員もかなりいる。そのため学部も多い。その学部の中でも地域科学を専攻する。友だちは偶然にもその専攻したところの職員さんだった。話をしていて互いにびっくりする。

2時間続けて歌を歌っているとかなりの運動になるのだろう。お腹がすいてくる。お昼はサークルの会長や副会長、そして友だちとの6人で前回食べた和食のお店に入る。

会長さんはまたもや若いヒトが入ってサークルの雰囲気が明るくなったとしきりに話される。それを聞いて友だちと「若い!?」といっては笑う。いいサークルに入れてもらった。友だちに改めて感謝、感謝!

80歳以上の人もおられる。その人たちと比べれば若い。戴いた名簿をみると近所からの人が大半。だがご高齢でも綺麗にお化粧をし、着飾って楽しそうに歌われている。見習わなくてはいけない。遠くから来ているのはピアノの先生と歌を指導される先生、それに私。

昨日は仲間のヒトからある自宅でのハープのアイリッシュ・サロン・コンサートの話や絵画の話題となる。音楽ならばある程度ついていける。だが絵画は疎い。昨日の6人の内、3人は絵画を習っていた。いつの日か、絵画も習おう。

友だちと別れた後、ドコモに電話する。名刺の支店長に電話するとOKとの返事。すぐにJRで出かけ広島駅で降りる。昨日はお客も少ない。支店長を名指して一部解約の手続きをした後、タブレットの疑問の箇所を質問する。またブログ作成の文字変換もできるようにお願いする。

だが、係りのヒトも簡単にはできない。しばらくすると出来るようになる。

家に帰ってからはタブレットに集中する。YOU TUBEもできるようになった。若者がアイフォーンなどでイヤホンをつけて聞いている。タブレットでもできた。まさにタブレットは動くパソコン。これでますますテレビを見ない生活になりそう。

旅行から帰ってから毎日外に出かけている。旅の睡眠不足もおさまった。だが何故か気分は浮っついている。それなのに、早くも次の旅行の説明会に行く旨、申し込む。早く落ち着きを取り戻し、普段の生活に戻そう。

今日は、午後からフルートのレッスンに出かける。余り練習していない。行くまで少し練習しよう。

怪我をしないよう、元気を出して、さあ今日の行動開始!

2013年3月21日木曜日

直島へ行く

今日の最高気温14度、最低気温4度で肌寒いお天気。だが陽射しもあり暖かくなりそうだ。

昨日は小雨の中、香川県直島へバスの旅。集合時刻に行くと、添乗員は福岡のフェルメールを観に行った際の人だった。バス会社主催のバスの旅。だがこの会社は2度とも自社のバスを使用せず、知らないところのバスを使っている。大手の主催だと運転手は必ず2名ついてくる。だが昨日は1人。疑問を持ちながらバスに乗る。

直島へは初めて行く。岡山の玉野港から直島へはフェリーに乗船。フェリーは宮島航路のフェリーよりも大型に見える。瀬戸内海を航行のためか揺れはない。だが曇り空で瀬戸の島々もぼんやり見える。

昨日のバス旅は、これまで出かけたどれよりも平均年齢が若い。女性が9割を占める。若い人の参加理由も直島へついて理解する。一番には祭日もあるだろう。だがそれよりも、直島が福武財団(福武書店が母体でベネッセコーポレイションも関係ある)が運営する美術館。その美術館の中に入るとまるでお年よりは観覧してはいけない雰囲気の環境がある。それは安藤忠雄設計の美術館そのものにある!?トイレもエレベーターもあることはある。だが決してその表示はされていない。

昨日は地中美術館しか観覧できなかった。何しろ時間がない。もらった行程表では4時間の自由時間がある。ところが、実際は観覧する美術館まで行く時間が必要。それには大型バスから下りて再度島内を走るシャトルバスに乗り換えねばならない。すぐに時間は過ぎていく。

それにしてもと思う。この地中美術館は添乗員によると安藤忠雄が初めて設計した大型建造物とか。25年前にはじまるらしい。

足が悪い人も視力の衰えた人も体の弱い人も見学は出来そうにない。所謂人に優しい設計ではない。コンクリート打ちっぱなしの階段を登ったり降りたり、靴を脱いだり穿いたり、列を作って係りの言うとおりに進んでいく。それは切符を買うところから始まる。

シャトルバスから下りると、一列に並ばされて、キップを買う時刻の表示の紙を受け取る。その時刻になると入場の切符を購入するために再度並ぶ。やっと入場券を手にすると、全く別の館まで歩いて行く。やっと館内に入ると係りがいる。ここの係りの人たちは全員若い女性。理学療法士が着ているような白い上下の服を着ている。決して笑顔はなく、見せてあげる、の雰囲気。目的地に行くにも案内板もなく右往左往する。行き先を聞いても愛想のかけらもない。ただ無機質のコンクリートの暗い道を歩くのみ。

やっと自由に見学できると思いきや、一般の美術館と違って展示物が数点あるのみ。館内を見ていて気づく。これは館内の建物そのものが作品だということを。

しかし一箇所気に入ったところがあった。それは光そのものをアートとして提示した空間だ。ジェームズ・タレルという人の3空間。これは見る物を不思議な空間に引き寄せる。

スリッパに履き返えて、数人ずつがその空間に入る。正面から見ると前方にはスクリーンに映されたような平面が見える。その前の階段を係りの指示のもと数段あがると広い空間になる。まるで北極に一人いる感じのような感覚に陥る。北極へ出かけたことがないので実際のところはわからない。それでも想像の中の北極を思わせる。

中にいる数人の顔はそれぞれ相当綺麗に見える。これは光のなせる業だろう。

その一箇所が気に入った。いろいろと美術館へ足を運んでいる。これは忘れられない場所となりそう。これだけでも出かけた甲斐がある!?

そこをでると時間もなくなってくる。シャトルバスに乗ってきた道を引き返す。途中下車して、草間弥生のかぼちゃのオブジェを観に行く。島の先端の一部にかぼちゃのオブジェがある。晴れていれば、海も島も見えてきれいだったかもしれない。昨日は小雨が降り続く。

集合時間になり来た道をバスは帰っていく。ところが福山の高速道に入ると事故渋滞に巻き込まれる。広島駅到着時刻1時間遅れ。

昨日はお昼をバスの中で食べ、夕飯もサービスエリアで購入したもので済ませる。わびしい限りの食事となった。

帰りのバスの中で添乗員は直島の美術館などの対応の横柄さを話す。ひとりだけそう感じたと思った。だが、添乗員に言わせると大体がそうらしい。これは運営母体の福武財団の運営ポリシー!?実態はわからない。

長く生きてきた。人には親切にといわれて育った。だがここではそうではなかった。添乗員はいう。観光する外国人はそれでいいらしいと。

ともあれ、しばらくバス旅は行かない。自由に行動できないバス旅。もっと自由に行きたい。バス旅は性格的に向いていないかもしれない。

今日はこれから昨日のお寺で行われた彼岸法要の塔婆を受取りに行き、それをお墓に持って参る。

夕方から出かけるスペイン語の講座までゆっくりして過ごそう。今日も元気で!

ブログ投稿後、気づいたことがある。昨日の美術館の横柄さ。それはファストフード店に見られるマニュアルどおりの接客態度がそう感じさせるのではないのかと。マックの接客も大きく明るい声だ。だが決して優しさ、丁寧さは見受けられない・・・。

2013年3月10日日曜日

頑張れ!

今日の最高気温18度、最低気温12度と最低が高くなり朝が楽になってくる。やっと暖房も要らなくなった。

昨日は午後、節分草を一緒に見に行くわかちゃんが久しぶり我が家にやってくる。家も近く幼馴染とあってわかちゃんとはよく会っている。だが、ここ1ヶ月くらい、互いに国内や海外に出かけていて会う機会がなかった。

昨日は互いにお土産を交換して短時間ながら談笑する。

わかちゃんが帰った後は、スペイン語の講座へ出かける。講座といっても昨日はペルー人の先生の指導でペルー料理を作る。各自、材料を用意して会場へ行く。

初めて会う人も2人いた。総人員は先生を含めて11人いた。

この教室は入ったばかりで雰囲気が今一歩つかめない。まして料理となるとなおさらわからないことばかり。だがその心配をよそに先生はスペイン語を話しながら料理を作ってくださる。

昨日個人的に持参したものはサラダ油。どれくらいの量を持参すればよいか分からず、スーパーで400CCのサラダ油を購入する。ところが、そのサラダ油、1000CCの量も100CCの量も金額は同じ。これには吃驚。家で使用するサラダ油は1000CC。それでは重過ぎるので小さめの400CCを持参する。

料理の時間にはや代わりとなるため、どの人もエプロンを持参する。だが、いつもの恰好で出かけたため、何となく体裁が悪い。とはいっても家で料理をする時もエプロンを使用したことは無い。皆律儀なヒトだとまた驚く。

メニューは以下の3品だった。

Entorada( Sopa)スープ
Polta Rellera (Fuchifu)かぼちゃ、とうもろこし、干した海老などを使った中華風のシチュウ
Segunndo (Locro de Zapallo)アボガドの種をくりぬいたものに鶏肉を糸状に割いたサラダ

これに白ワインがつく。どれも美味。料理中、先生の話されるスペイン語は調味料一つをとってもチンプンカンプンわからない。だが来月もまた料理があるそうなので、慣れるだろう。

ともあれ、皆で作って美味しいものを食べる。これはこれでまた楽しい。

講座が終わるとこの教室で知りあった人と駅まで話をしながら帰る。その人はアラビア語も習っている。スペイン語がわからないというとアラビア語に比べればわかっているほうだと慰めてもらう。そういえばそうか、とこちらもまた妙に納得する。ともあれ、スペイン語を習いはじめてまだ1年も経っていない。そう思えば何もわからないからといって気にすることも無い。

土曜日に習ったAnimate(頑張れ)! 中国語では加油(jia you)!英語ではどういうんだろう。Good luck!or Go for it!つかったことがない。ともあれ今日も一日Animate!!

2013年3月3日日曜日

「私は~が好きである」“Me gusuta~”

今日の最高気温10度、最低気温1度で明け方は寒かった。だが、陽射しがある。

今朝は母の言葉で目が覚める。「〇ちゃん、早よう起きんさいや。もうお昼よ。」。夢を見ていた。

昨夜のスペイン語講座ではその雰囲気にも慣れる。隣の席の人から「いつからこの教室で習っている?」と聞かれる。聞いた人よりも1週間早いだけだ。

このスペイン語講座、存続の危機にあったとか。それが、先月3人が新たに加わる。これで一安心らしい。クラスで新人である。だが、このサークルの人たちはいい人たちなのだろう。かなり馴染んでいる。

昨夜の講座ではちりばめられた単語で一つのセンテンスを作る。それが10問と、クイズ形式のものがスペイン語で記されていた。

文を作る際、先生はそれにちなんで一人ずつ質問される。

「私は~が好きである」“Me gusuta~”、「私の好きな音楽の種類は~である」、「今週末、私は~をする」、「昨夜は~をした」などをスペイン語で返答する。その際の返答の「~」はそれぞれ「音楽」「フルートを吹く」「泳ぐ」「女子会でビールとワインを飲んだ」と話すと皆から笑われてしまった。

特に「泳ぐ」と言った後、「一キロ泳ぐ」と言うと驚かれる。また「女子会」もそうだった。「女子会」と言うよりも「オバサン会」!?

先生の話される「女子会」のスペイン語の訳を海外ボランティアへ出かけていた人からスペルをノートに書いてもらう。すべてスペイン語で話されるのでわからないところが多い。そのため、つい隣の人に聞いてしまう。

このサークル、一人変なオバサンが入ったため、かなりカルチゃーショックを与えているかもしれない。これまで「おとなしく」見られていた。これはマイナスイメージ。これからはナニゴトも自分をさらけ出して生きていこう。そう思うと気も楽になる。

来週には早速、スペイン語講座は料理の時間にはや代わり。自分をさらけ出すといっても、その場をかき乱してはいけない。どういう手順でモノゴトをすすめるのか聞いていた。すると、各自持参するものを言い始める。結局、「サラダ油」を持参するように言われる。来週は「油を売りにきます!」と言ってしまった。

30年前、初めて中国語を習う。その時は、今よりも若かったこともあり、すべての人がおっさんやオバサンに見えた。ところが今や、その人たちの年齢をはるかに超えているかもしれない。それなのに気持はその当時と変わらない。

何かを始めようとすると何歳になっても謙虚になれる。

昨夜は講義後、3人で広島駅に向かって歩く。途中一人は駅で買い物。残った2人でJRに乗る。相手の人は一つ先の駅で降りる。だがその人は優しい。呉線で同じところまで乗り、それから山陽線に乗り換えるという。

呉線に乗ると一向に止まる気配が無い。快速に乗車していた。仕方なく、止まった駅で元の駅までかえる。長い帰路となる。

一つ先の駅まで帰るその人に対して申し訳ない。と同時に、親切な人のいるグループに入ったなあと改めて思う。その人と初めて、昨夜は道中いろんなコトを話した。サークルのメンバーは10数年間、スペイン語を習っている。それに混じって初心者は学ぶ。だから、大変なコトは大変。だが、続けるためには楽しく・・・とその人も話す。この考えに同感する。

お蔭で来週の料理は楽しいだろう。

それにしても世の中、親切な人が多い。つくづくそう感じている。人には優しく!

今日は、元気を出して泳ぎに行こう。2,3週間泳いでいない。無理せずに泳ごう!さあ今日も一日元気を出して頑張れ!

2013年1月11日金曜日

がっかりしたり、喜んだり

今日も寒い朝。だが日中は陽射しも暖かい。

まだ一日が終わっていない。それなのにがっかりしたり喜んだりする。

午前中の講義を受けに大学へ行く。教室に入る前、来年度の受講申し込み書類を受取るべく事務局へ向かう。窓口に声をかけると3人がやってくる。

用件を告げると、授業の時間割が決まっていないという。顔なじみの人は家に送付する旨言ってくれる。だが、まだ大学へ講義を受けに行くので、再度受取りに来ると話してその場を去る。

講義前、先日SMSで問い合わせた若い学生と出会う。彼女は立って丁寧に新年の挨拶をする。それを聞くか聞き終わらずに先日のことを謝る。一昨日の講義はビデオを見たらしくホッとする。

講義後、目の前に立っておられる先生のところに行く。そこで来年度の話をすると話がかみ合わない。その理由がすぐにわかった。先生に来期も習う予定にしていた。ところが大学側の考えで、目指す科目がなくなるという。先生は「リストラされたんですよ」と。

この先生の科目を受講するつもりだった。それを聞いてかなりのショック!すぐ気を取り直すと「インテンシブをやりますか」と聞かれる。それは週4日で水曜日は1コマ目に授業がある。

これだと仕事に行くようなもの。「考えてみます」と返事をして周りを見ると何人かが聞いている。友だちになった彼女も待ってくれて・・・。

その後、図書館によって家路に着く。最寄駅で気分なおしに鉢植えの花2鉢を買う。

家についてすぐにパソコンで市内にあるスペイン語講座を検索。いいところを見つけた。4月から受講するというと2月から来るように係りの人は言ってくれる。

先生と別れてから思いをめぐらす。別にこれを仕事にするわけではない。ただ、老後の楽しみ(?)としてスペイン語を習い始めた。いつまでも大学へ通えるわけではない。ナニゴトも始めがあればいつかは終わりもやってくる。

「無理して遠くに通わなくても市内で習うところもあるよ」との天の教えかもしれない。そう思うと気分もほぐれる。

今日のことで思い出す。昨年先生のところへ出かけて受講をお願いする。その際、大学の組織改革で教員は怒っているんですよ、といわれていたことを。私立大学だけでなく、どの大学も採算に合わないものは排除する!?

それにしても先ほどは可笑しかった!次に習おうとするところへ電話する。その際、今、スペイン語を大学で習っていると告げると若い人、と思われたようだった。すぐに「若くはないんです。リタイア組みです」、と名乗る。初級が無いので中級のクラスに入れてもらう予定。次のところはずっと続けて習えそう。

やっと気持も落ち着いてきた。あと、試験を含めて4日ほど大学へ行く。春からはもう行かないと思うと淋しい。だが、大学へ通うと大学を優先するため、気候のいい季節にどこへも行かれない。

通わなくなると、長いこと憧れていた尾瀬にも行かれそう。また大学の休みでなくてもいつでも海外へ行くことができる。

この1年間スペイン語の学習でかなり頭を使った。これからはもっと気長に、もっとゆっくり、もっと楽しんでスペイン語を学ぼう。

その前に試験が待っている。それにしても今日の切り替えは早かった!

ちょっと遅くなったけど、これから自転車に乗って買い物に行こう!

2013年1月9日水曜日

¡Dios mío!

先ほどブログに投稿して気づく。なんと愚かなことよ!

大学へ行こうと思って早めのお昼を食べようとする。ふと気づく。確か先生は今日の講義は18日(金)のセンター試験の補講と・・・。ならば、朝早い授業。すぐに若い学生にSMSで問い合わせる。その返事は「そうですよ!」。ああ私のしたことが・・・!

続いて「でも今日は出席取りませんでしたよ!」。出席は大して気にならない。ただ、気づくのが遅い!そのほうが気になる。

今日の講義はビデオを見る、と話されていた。スペイン語の講義がなければよいのだが・・・。講義があれば若い学生にまたノートを借りよう!

年を重ねると思い込みが激しくなる。これは今日の実感。先ほどまで火曜日の補講と勝手に思っていた。それなのに・・・。何てことを!(¡Dios mío!)

JRに乗ろうとして家を出る前に気づく。これがせめてもの慰め。気をつけよう!

とはいっても、怪我でなくて良かった!

今日はこれから罪滅ぼしにスペイン語三昧!?しっかりしなくては・・・。今年の教訓!

2012年12月19日水曜日

メディアを賑わす話題

窓から陽は差し込むものの、今朝も寒い。今日の天気予報は最高気温7度、最低気温2度。寒さに負けず、今日も元気で!何といっても今年もあとわずかだ。

毎日取り留めもなく書いているブログ。これも今年末で丸3年半になる。「根気」はある方だが、さてさていつまで続くやら・・・。

ブログはヒトとのつながりはわかりにくい。だが、毎日見ているヒトのツイッターはヒトとのつながりがよくわかる。数人のヒトのツイッターのフォローを見ると、互いにフォローに名を連ねている。

フォローでもフォロワーでもない。ただ訪問させてもらうだけのモノだが、その人たちのツイートを通して世の中の動きがわかってくる。今のところ大学の先生のツイッターが多い。

世間の狭いモノからすれば、その人たちのツイッターは今年の大きな収穫。元はといえば今年半ばに長沼氏の講演記事を新聞で読み、講演を聞いたことに始まる。それからその人のブログやツイッターを見るようになった。

たまたま見た新聞記事。それがきっかけで世の中がどんどん広がっていく。来年はどんなことに興味を抱くようになるのやら、それも楽しみ。

昨日は大学の講義を終えてフルートのレッスンに出かける。前のレッスンのヒトが休みらしく、早めに到着したので、先生の来られるまで練習をする。

今年最後のレッスン。さらう曲もどうにか終えて、新年からは新たな曲に入る。その曲は忘年会で教えてもらう予定。終えた曲は難しい曲だった。だが、習い終えてその曲を吹かずにいると吹けなくなる。いい曲なので時々は吹くようにしよう。

今朝新聞を見ると2日後の2012年12月21日、中国で終末論を説く宗派の全能神が拡大し、共産党が危機感を抱いている。中国国内のキリスト教徒は政府非公認の地下教徒も含めて1億3千万人。その数字は共産党員の8300万人を超えている。またこの数値は日本の全人口に匹敵する。

全能神をキリスト教系の邪道と共産党は決め付ける。だがその信者は中国の全人口からすれば1割弱にあたる。ちなみに日本のキリスト教徒は全人口の1%。130万?

この巨大な集団の「終末論の流布」に共産党が怖れるのもうなづける。日本でいえば東京を含めた近郊全部が日本政府に対して反旗を翻すようなものだから。

さらに中国といえば日本人として中国で一番有名人とされる加藤嘉一の学歴詐称の話題が『Newsweek』日本語版で取り上げられ、メディアを賑わしている。ヒトのツイッターを見て、web上でその内容を読んだ。

加藤氏は夏に大学で講演を聞いたヒト。這い上がれば必ず落とすヒトが出てくる。それともその這い上がり方がいけないのだろうか。その批判者は新宿歌舞伎町在住の中国人李氏。

いずれにしても、ブログでも何でもそうだけど真実を書かないといけない!?

2012年12月14日金曜日

来年のカレンダー

先ほど講義を終えて帰宅した。大学の今年の講義も後2回。フルートも来週のレッスンで今年も終わる。

今日も寒い朝だった。それでも最高気温は13度の予想。だが、雨が降り始めるのだろうか、陽は射してこない。

曇り空の下、大学の通称、スペイン広場では、久しぶりに聴く若者の奏でる元気なドラムの音やスピーカーを通して鳴り響くエレキギターのけたたましい音がする。見ていて微笑ましい。

今夜、NHKの夕方のローカルでは、一世を風靡した吉田拓郎などの広島フォーク村をとりあげる。同時代を生きてきたモノとして番組に興味津々。大学の演奏メンバーもフォークソングのサークルだ。それにしても彼らはフォーク村の存在を知っている!?

帰りにバスの時間まで図書館に寄ると、返却期限も正月明けの15日となっている。2冊借りた。

家に着くと広島交響楽団からクリスマスカードが届いていた。団員が割り当てられた個人会員宛に書くのだろう。今年はバスーンのヒトからだった。「素敵なクリスマスを!」とサインと共にバスーンのイラストも書いてある。

バスーンはコントラバスと勝手に思い、団員名簿を見る。だが名前がない。辞書で引くとバスーンはファゴットと同じだった。演奏を聞いているわりに楽器をわかっていない。何とお粗末。次回の定演ではバスーンの演奏者をしっかり観察しよう。

年の瀬も押し詰まると、デパートなどから催し物案内の封書も届く。年末になって特別に買いたいものも無い。むしろ年が明ければバーゲンが始まる。それを待つのも楽しみ。

明日から年賀状の受付が始まる。年賀状を書く季節となってきた。だが、パソコンの賀状ソフトを削除してしまい、新たなソフトに挑戦する。やりながら、数人の名簿が漏れていると気づく。わからなくなった人は年賀状が届いてから書くことにしよう。

今日はこの後、新しいカレンダーに来年の予定を書こう。すべての予定は大きなカレンダーに書き込む。これだと、決して「削除」したり、洗濯機で「洗濯」したりすることもない・・・。

「来年はもっとしっかりしんさいよ!」と自分に気合を入れて新しいカレンダーに書き込もう!

2012年12月12日水曜日

”真実の音”

今朝も寒い!今日も朝からエアコンと加湿器の大合奏でにぎやか、にぎやか。

昨日の講義では先日のテストを返してもらう。前回よりもちょっとよくない結果だ。後期の期末テストを重視するとのコト。期末は頑張ろう!

その後はいつもの通りフルートのレッスンに移動する。早めの教室到着。昨日は、前のレッスンの人と急遽入れ替わって早めにレッスンを受ける。

ソノリテとは別に基本的なレッスンも受ける。次回からそのレッスンは右手の小指を使う練習になる。だが小指に力が入らないので早い動きは難しい。その意味でも丁度よい練習になる。

小指はヒトの体の一部。その一部でさえも思うようにできないとフルートも上手く吹けない。

それなのに、今朝はもっと大変なヒトをテレビで見る。

昨日の朝刊でその人の放送があると知った。今朝、朝刊を読むとNHK「あさイチ」の2部で「Jポップを圧倒した交響曲」と掲載がある。すぐにTVをみる。その人は佐村河内守氏。アメリカの「TIME」誌にも「現代のヴェートーベン」と取り上げている。

それもそのはず、1963年に広島市で被爆2世として誕生するも30代で突然聴覚を失う。その人の夢は”交響曲の作曲家”。それなのに耳が全く聞こえない。

子ども時代、英才教育を受けて育つ。耳が聞こえていたとき、ノートに浮かんでくるメロディーをすべて書いて暮らす。だが誰も彼の作る曲を相手にしない。ところが28歳で転機がおとづれる。テレビ番組の音楽作曲の依頼が来るようになる。それは映画、ゲーム音楽である。

さらに35歳で再度チャンス到来。ゲーム音楽からオーケストラの作曲依頼がある。夢が叶う、と思われた頃、全く耳が聞こえなくなる。聞こえるのは耳鳴りのみ。音がなく
て作曲できなくなると思われた頃、五線譜に音の再現を試みる。

その人には絶対音感が残っていた。そう感じるとこれで作曲ができると思い涙が溢れ出たという。その時ゲーム音楽を100曲作曲。そして202名で編成されたオーケストラの25分の作曲を数秒で完成させる。

その曲を大ホールでオーケストラが演奏するのを聴く。だが、本人は聞こえず、ただ惨めで笑えない。それがあって引きこもりとなり、それ以降皆の前から姿を消す。

その後、障害のある子どもたちと触れ合う。その中に12歳の少女がいた。その子は右手がない。だが、義手をつけてヴァイオリンを弾きこなす。その子から励ましのメールを受取ったとき、自身の境遇を受け入れるようになっていく。そして頭に浮かんだメロディーを、これこそが”真実の音”と感じ始める。

その後、200枚(メモしながらTVを見ていたが、数字は怪しい)の譜面を書き、2003年3月、ついに交響曲を完成。

昨年は震災で障害のある孤児などにその曲を演奏して聞かせる。それを聞いた人たちから1ヵ月後、「最も希望をもたらす曲」として多くのメールを受取る。

先日、広島に帰省して被爆地に暮らす障害の子どもたちと遊ぶ。彼は言う。「交響曲を書く夢がついに叶いました」。軌跡の作曲家佐村河内守氏。こうして「交響曲第一番”HIROSHIMA”」は誕生する。

今、全国のCDショップでの売り上げはクラシックなのにJポップの売り上げを抜いて第一位。クラシックファンでなくても買っていく。5万枚の売り上げ達成らしい。

朝から元気の出るいい番組を見た。テレビに出ているコメンテータも涙を流していたけど。見るほうも涙、涙。朝から感動的だった。今朝この人のテレビを見たヒトは皆元気になる!素晴らしい!

幸い今のところ体のどこにも異常なし。どんなヒトも皆頑張っている。見習わなきゃいけない。それにしても寒い!

2012年12月5日水曜日

「さらばシベリア鉄道」

「さらばシベリア鉄道」 大瀧詠一 作曲 松本隆 作詞 太田裕美 歌

哀しみの裏側に何があるの?
涙さえも氷りつく白い氷原
誰でも心に冬を
かくしていると言うけど
あなた以上冷ややかな人はいない

君の手紙読み終えて切手を見た
スタンプにはロシア語の小さな文字
独りで決めた別れを
責める言葉捜して
不意に北の空を追う

伝えておくれ
十二月の旅人よ
いつ・・・いつまでも待っていると

この線路の向こうには何があるの?
雪に迷うトナカイの哀しい瞳
答えを出さない人に
連いてゆくのに疲れて
行き先さえ無い明日に飛び乗ったの

ぼくは照れて愛という言葉が言えず
君は近視まなざしを読みとれない
疑うことを覚えて
人は生きてゆくなら
不意に愛の意味を知る

伝えておくれ
十二月の旅人よ
いつ・・・いつまでも待っていると

伝えておくれ
十二月の旅人よ
いつ・・・いつまでも待っていると

今日も寒い!天気予報によると広島の最高気温8度、最低気温2度とか。ついに最高気温が一ケタ台に突入した。寒さもこれから本番を迎えるのだろう。

昨日も寒かった。テストを受けた会場は大講義室。いつもの教室は狭くて場所を移動して行われた。

テストで遅刻は厳禁。いつもよりかなり早く家を出る。会場に着くとお昼をここで食べ終えたのだろうか、かなりの学生が部屋にいる。先ずは若い女性に部屋を確認する。

学部時代から数年を経ている。久しぶりの大講義室。懐かしさがこみ上げる。しばらくすると、いつもの隣の女性が到着する。周りを見渡すと皆真剣な表情。数年前のにぎやかさとは比べ物にならない。それは学生の身なりにもある。

真面目さと綺麗さは世の中の不景気とは関係ない?

テスト中も静かなこと。誰もいないように静かだ。今年の2度のテストでは終わった人は早くから席を立つ人が多かった。ところが昨日はほとんどそれも無い。かなり難しかった?

テストの緊張感もマンネリな日常の打破と思えばそれはそれでまたいいこと。

何事も結果ではない。まして、ここまで生きてくるとナニゴトも「楽しみ」がなければやっていられない。それはフルートでもそうである。

そのフルート。テスト後、市内へ移動してレッスンを受ける。今週はテストに気が向いてフルートは練習不足。今日から頑張ろう。

頑張ろうといえば、昨夜家に帰って夕飯に味噌汁を作ろうと思って換気扇を回す。だが、スイッチが入らない。義兄に電話すると業者を寄こすという。何かがあればいつも姉のだんなのお世話になる。しばらくすると、義兄がどんな様子か換気扇を見に来ると電話が入る。

今朝ためしに換気扇をつけるとまわった!ビックリ!今朝、義兄に大丈夫!と電話する。

換気扇は一年に一度年末に掃除する。きっと換気扇は「早よう掃除してくれ!」と悲鳴を上げたのかもしれない。

そのため、今朝は朝食も取らず、換気扇を外して洗剤をつけて洗う。朝食が遅くなってしまった。

朝食後、ゆっくりとパソコンに向かう。パソコンといえば、昨夜YOU TUBEで「さらばシベリア鉄道」を検索した。この曲は月曜日の夕方、NHK・FMでつのだひろの「昭和歌謡」の中で流れた。

誰の曲かわからずただ題名だけを覚えた。「さらばシベリア鉄道」。歌っている人は男性だった。

いろんな人が歌っている。ラジオから流れていたのは多分、大瀧詠一のこの歌だろう(後日削除されたので太田裕美に変更)。これまでブログにいろいろと動画をアップした。だが、気に入っていた「誰かがサズを弾いていた」と「鳩の歌」をYOU TUBEで削除された。

今回は削除されないように・・・。かなり気に入って昨夜も動画を見ながら歌っていた。今年のカラオケは古い歌だけど是非この曲に挑戦!?

今日も寒いけど元気を出そう!遊ぶ元気を!

2012年11月28日水曜日

講義&フルートレッスン&etc.

今朝は今秋一番の冷たさ。だが日差しは温かそう。昨夜は忙しい一日が暮れてよく眠る。

携帯電話のアクシデントで、昨日もブログを読んでくださった人からメールで連絡をいただく。ありがとうございます。

昨日のスペイン語。授業の進み具合は段々とエスカレートして直説法現在完了に入る。直説法現在完了は直説法現在形に過去分詞がプラスされる。だが、点過去と線過去、それに直説法現在完了形。この3つの過去形の使い分けが難しい。先生は時制の線を引いてその説明をされる。だが、それもスペイン語圏や、日常会話ではしばしば異なるらしい。

そんな過去形が3つもあれば頭もこんがらがってしまう。でも今はそういってる場合じゃない。頑張るしかない。

講義が終わると市内へ移動する。フルート教室へ入ろうとすると音色が聞こえる。レッスン?と思ってしばし立ち止まる。どう聞いても綺麗な音だ。教室へ入ると先生がフルートを吹かれていた。

レッスン予定まで時間がある。その間を利用して先生の携帯番号を聞く。すると赤外線ですぐに自分の携帯に登録できる。これには驚く。

さらっている曲はどうにか曲の終わりになった。曲の最初から吹いてイメージに近づけるようさらってもらう。何度吹いてもいい曲。さらにいい音で吹けるようフルートも頑張ろう。

レッスン後、携帯を見ると女子会の人が近くにいるとのメールが入っている。その人は平和公園付近に自宅がある。昨日はボランティアの研修会だったとか。電話をすると習っているビルのそばにいるという。すぐに降りていってその人と合流する。

それにしても何というタイミングだろう。来週、女子会を予定している。その前のリハーサルではないけれど、2人で食事に行く。ビールを飲みながら、食べながら他愛ない話をしては笑う。入ったお店は若者で溢れて満席。

流行っている店とそうでない店の違いはよくわからない。それにしてもお客が多いお店だった。

話を聞いていると、ボランティアも研修があるらしい。そのボランティア。さらに聞くと全くの無報酬だという。当然ボランティアだからそうかもしれない。だが、それにしても・・・。

その人はボランティアがライフワークとなっているのだろう。張り切っている。そしてボランティアの中で新たなジャンルを開拓している。そのHPにブログを開設したいとも話していた。

途中、携帯で他のメンバーも誘い出そうとする。だがすぐに出て来られる距離ではない。

ちょっと忘れていた。昨日の会話で今度の会はオヤジ会(かい)?。いえ、いえ、オヤジじゃありません。淑女です。女子会です。

もう一つ忘れている。昨夜の人は旦那さんがただ今海外出張中。それもあって暇人2人で盛り上がる。この話の続きはやっぱり女子会で・・・。昨夜はありがとう。楽しかったね。

今日は夕方からフルートの知人たちと市内の大学で開催されるフルートの演奏を聴きに行く。出かけるまでスペイン語を頑張ろう!

さあ今日も元気で楽しく!

2012年11月21日水曜日

情報を把握しよう!

今朝も気持ちよく目が覚めると、NHK・FMを聞きながら朝食を食べる。清清しい朝に相応しい歌声が響く。何と落ち着きのあるバリトンの声、と聞いていると番組が終わる。歌っている人は誰と思い、思わずメモする。

オラフ・ベーアという人で「白鳥の歌」歌曲集を歌っていた。すぐにネットで検索。あった、あった!

いつもなら歌よりも演奏を好んで聞いている。ところが今朝のその人の声は人の気持をやわらげる。その人について調べていると面白いブログにヒットした。後でゆっくり読もう!

次は昨日のこと。スペイン語の講義も初めのころとは違って講義も速度を増して進んでいく。ある程度のことはその場で聞いてわかる。ところが、外国語は覚えなくてはいけない。先生の話を聞きながら講義ノートをとる。だが、そのノートの文字は乱雑で読めたものではない。

別のノートに書き改める。その前に、教科書に出てくるキーワードを辞書で探す。それをまた別のノートにまとめる。なかでもそれが動詞ならば、すべての変化形を書き写さねばならない。当然それも覚える。こうやって書いたり、覚えたりすることも語学を習う楽しみ。そう思えば、それはそれでいい・・・。

講義が終わると、例の如く市内へ移動する。広島駅に着くとティータイム。この至福の時は何物にも代えがたい。その後バスに乗ってフルート教室へ移動。

昨日も前のレッスンの人が休みらしく教室でレッスン時刻まで練習する。レッスンが始まるとしばらくしてレッスンの模様をカメラに収めるといって係りがやってくる。フルートを持って後からの撮影。人に見てもらうほどの容姿ではない。後からなのでそれもまあいい!?

今さらっている曲は私にとっては長い曲。それも昨日のレッスンで最後までたどり着きそう。その出来はまだまだだけど、曲の感じはつかめてきた。

フルートを長く習っている。最近やっと以前とは違ってフルートに対する思い入れが増してきた。頑張ろう!

レッスン後、しばし雑談。これが可笑しい。どう表現すればいいのだろう。皆、輪になって聞かせてあげたい!

また話は変わって、今朝の地元紙をみると、社会人大学生の頃の恩師がアップで写っておられる。タイトルは「日中関係の行方 尖閣問題から考える」。

最近の日中の動きから、「中国」を専門とする先生方の考えは如何に、と思っていた。

先生は1920年~30年代に中国の強い主張に日本人は違和感を募らせたと述べている。それが結果的に日中戦争へとなっていった。この問題は今に始まっていないようだ。

この問題の解決をじゃ、どうすればいいのか。先生はそれには私たちの愛国も問われるという。「インターネットにあふれる情報をよく吟味し、自分の心と頭で感じ、考えようと訴えたい。講義や公開講座を通じ、学生、市民と幅広い情報を分かち合い、発信していきたい」と話される。

今こそ「現状を正確に知る好機」となのだろう。

今日はこれから皇帝ダリアを見に行く。さあ今日の行動開始!元気を出して!

2012年11月14日水曜日

「一君万民」主義

今日から明日にかけて寒くなるとか。日中の気温も段々と下がっていく。それとともに冬眠しそう。

ところが今朝の地元紙を読んでいると冬眠している場合じゃない。しっかり目を見開いて前に進まないといけない。

歴史学者與那覇潤氏は新聞の大見出し「橋下現象考」で述べている。まだ30歳過ぎの若い学者。それによると橋下氏は「左右自在な『一君万民』」とある。「一君万民」とは「中国の儒教主権に起源を持つ『一君万民』主義」で決断力を重んじる体制だとか。

今、「日本の社会は『西洋化』に失望し『中国化』」しており、「自らの意志と民意を同一視し、政敵に厳しい中華皇帝の専制にも似た、現代の一君万民といえるでしょう」と橋下氏について述べる。

これを読むと「中国化」になりそうな政権は政治に介入して欲しくない。

自民から民主政権に移行する際も、国民は言葉のあやに騙された。

言葉といえば橋下氏も「維新」の言葉のイメージとともに出てきた。だが昨日の地元紙の同じコラム欄で歴史学者の色川大吉氏は明治以降の維新という言葉は傷らだけであるという。それは大正期で見れば犬養首相が暗殺された五・一五事件と議会政治にとどめをさした二・二六事件の「昭和維新」である。

このように「維新はテロリストのため、軍による政党政治の廃絶のためと、基本的に右旋回のために使われてきた。だから、本当の維新は一回きり。」だと色川氏は述べる。

橋下氏のかかげる維新は維新ではなく、統治の発想、支配者の発想があるという。

政治に疎い。それでも今朝のコラムにある日本の社会が「中国化」するのだけは避けたい。

先ほど與那覇氏の本を図書館に2冊予約した。専門は日本近現代史。與那覇氏はツイッターをしている。今日からこの人のツイッターを読むようにしよう。

話は変わって昨日の講義で新たなことを習う。動詞「線過去」の活用形。この活用は規則変化が大半で不規則変化は3つの動詞だけ。先生は5分で講義は終わった、といっては「楽勝ですね」を繰り返す。

「楽勝じゃない」と思いながらも講義を聞く。すると講義後、先生から「来週、中間試験をします」と突然の報告。学生からのブーイングで結局12月はじめの火曜日に決定。教室も大講義室に変更しての試験となる。

試験と聞いて、紅葉を見に行くどころではなくなった。なんといってもノートをまとめなければ・・・。かなりのプレッシャーになる。

講義後、いつものように市内へ移動する。広島駅で気分を変えてティータイム。

昨日のレッスンでまた先生に家で練習していて気づいたことを話す。その吹き方でもいいらしい。レッスン曲をさらってもらうとき、前の週に習った方法で吹くとよく吹ける。その度、習うということはこういうことなんだと気づかされる。

昨日も曲の次のレッスン箇所の吹き方の方法を習う。自分では考えもつかない練習方法を教わる。言われてみて、確かにその方が効率的。

もしかしたら、フルート以外の、どんな勉強でも学習方法で学力の差が出ているのかもしれない。

ちょっと風邪気味だけど、さあ今日も元気を出して!

2012年11月9日金曜日

ステレオタイプ

先ほど講義を聞いて帰ってきた。最寄のバス停でバスを待つ間の気持いいこと。秋真っ盛り。このまま遊びに行けばいいのだけれど、咄嗟には無理。

バスを降りてJRに乗ると先ほど図書館で借りた本を読む。今日借りた本はご当地広島の『とっておきのカフェ』。本を読むというよりも雑誌を読む感じ。

それを見ると何と住んでいる町(区)には1件のカフェの掲載もない。道理でカフェが少ないはず、と納得する。

以前と比べてカフェは少なくなっている。街中を見ても、「青山」を筆頭に「ドトール」、「スターバックス」などの全国チェーン店が多い。そのためか、市内で人と会うときはホテルのカフェやラウンジの利用が多くなる。

カフェではないけれど、今日の講義で南米で一番食べ物が美味しいのはペルーだと先生からの話で知る。中でもCeviche(セビチェ)が美味しいらしい。

16,7年前にペルーへ行った。そのときの料理が美味しかったことは覚えている。だがセビチェがどんな料理か全くわからない。

外国へ行くと、特に辺境へ行くと、その国のすべてに偏見をもって話す人がいる。それにはその国の料理もある。辺境だから、貧しい国だから料理も不味いとは限らない。もちろん、その国を旅行する人はそんな考えを持たずに出かける。「〇〇へ行く」と話すと、特に辺境の地に行くと言うと変な顔をされることがある。

食べ物も一つの文化で、辺境の国、発展途上国だから料理が不味いという発想はおかしい。とはいっても南米はペルーしか行ってないので南米の他の国のことはわからない。

南米でなくても、アジアでも同じこと。かなり辺境の地へ出かけると、食べ物云々を言う人がいる。食べ物の好き嫌いは仕方がない。そうではなくて辺境=貧しい国=不味い国とステレオタイプの発想がいけない。そしてそれは、その国へ出かける人までも変に見ることである。

変といえば自分にも当てはまるかもしれないけれど・・・。

とはいっても、食べ物ではいくら辺境趣味でも耐えられそうにない国もある。それゆえ隣国もまだ行ったことがない。これもステレオタイプ!?それならば反省の余地あり。

ステレオタイプといえば語学もそんな感じを受ける。30年前中国語を習い始めた頃にそんな気持を感じた。中国語=劣っている国=何故そんな国の言葉を習う?と思われた気がする。それが例えばフランス語ならばそうではなかったかもしれない。

今習っているスペイン語はヨーロッパの言語だからかあまりそういう風には言われないけれども・・・。

話は変わって、昨日社会人で卒業した学部から、同窓会だよりが送られて来た。中を開けると、同窓会費の欄に「未納です」となっている。何と恥ずかしい!

多分その頃、親の介護などで忙しくしていて後で収めればいいと思ったのだろう。それがそのままになっている。すぐに郵便局へ行って送金する。

便りを読んでいると、未納ならば年末に送付される同窓会名簿を送ってもらえないとある。名簿といっても年齢も異なる人たちが大半。それでも、何人かは消息を知りたい。むしろ、何十年前の中学の同窓生よりも、今の時代の人の方が知りたい。

社会人大学生の人たちとは苦労しながらも若者と一緒に学んで楽しい時代を共有した。それだけでも懐かしい。入学して以来、いつも大きな松の下で昼食を食べた人たち。その人たちと再会できれば、と思ったりする。皆どうしているんだろう。

あれから、5年。講義を受けに行っても誰とも出会わない。当然といえば当然だけど・・・。