2022年9月30日金曜日

「自分が自分を楽しくさせる」

 携帯の機種変更後、何日も経っていない。それなのにいろいろと煩雑さを窮めて振り回されている。昨日は電話で義理の兄を巻き込んで長時間にわたって教えてもらう。また岩国の友だちも巻き込んでしまった。本当に申し訳ない。

 先日、ドコモで機種変更の際、頑として拒否したことを撤回すべく、これからドコモへ行く。電話でその旨話した。今年、なにかを始める、と思ったことはネット接続環境や機種変更などに関連することなのかもしれない。それにしてもこの2,3日、異常な興奮状態で過ごしている。ナニゴトも気になることはすぐに済ませたいタイプ。そのため、思いどおりにしようと必死になる。興奮気味で寝られないかと思ったらぐっすり寝ていた。よほど草臥れたのだろう。

 昨日、午前中は眼科へ行く。受付を済ませ、女性週刊誌を見ていると吉行和子の記事がある。コロナ禍の時代、楽しくない、と思わず、それを跳ね返すように自分が自分を楽しくさせるようにする。みたいなことを話していた。これは素晴らしい考えだ。何か面白くないとか世の中が変と思う前にそれ以上のことを自分で見つければ楽しい毎日が過ごせそうだ。

 秋も本番!と思ったら今日の最高気温は30度と暑くなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月29日木曜日

「色づく秋……」

 JR西日本から届いたメールのタイトルは「色づく秋……」。なんと美しい言葉だろう。色づくで思い浮かぶのは柿。これを連想すれば風情がなくなりそうだが……。とは言いながらこれにススキや黄金に実った稲穂を連想すれば旅心に誘われる。近場には田んぼもなくススキの穂も見られない。里山はどこへ行った!?

 司馬作品にのめりこみ、その後にひらめいたのが「街道をゆく」のほんの一部でいいから歩いてみたい気持ちになった。NHKの「街道をゆく」の大半は海外だった。放送される「街道のゆく」に並行してこの本を読んでいた。が、それも放送されなくなる。それならばと思いついたのがこの際、「街道をゆく」すべてを読もう、となった。そして最近、岡田准一の「新・街道をゆく」が放送される。「三浦半島記」である。

 これを見てさらにひらめく。そうだ、「街道をゆく」の中から自分自身が行かれそうな場所へ出かけようと。いまは「街道をゆく」の「大徳寺散歩」を読み終えて気持ちは京都に向かっている。と、その前に長州行きがある。今日はこれから図書館へ行って京都に関連する『街道をゆく』の「嵯峨散歩」を借りて読もう。

 行きたいことややりたいことが次から次へと湧いてくる。そのためにも元気でいなくてはいけない。昨日、長く出会っていなかった近所の人と出会う。その家の塀を見ていたら帽子が見えた。声をかけると入院していたと話される。入院時のいじめについても話される。自分自身、母がけがで入院した時、泣いていたと聞かされたことがある。病院には行くものではないと強く思った。元気でなくてはいけないと思い知らされた。そんなこともあって病院が大嫌いだ。

 近所の人は一回り上の方だけどもう入院したくない、と話されて庭を歩いておられた。どういっても家がいいとも言われた。自分自身もそう思う。母は這ってでもいいから家にいたいといつも話していた。幸い亡くなる3週間だけの緊急入院で家での介護だった。自分自身も先のことはわからないがなるべく入院せずにずっと家で生活したい。そういえば父は母が介護して家で亡くなった。

 先のことはだれにもわからない。せいぜい元気なうちはやりたいことをして楽しく暮らしたい。それにしても外が暗い。季節は確実に秋に向かっている!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月28日水曜日

機種変更

 大雨のなか予約していた自宅最寄りのドコモへ向かう。機種変更である。ドコモのお店に着くと靴の中は雨でずぶぬれだ。係がすすめる中くらいの価格の機種に決めた。ところが係が商品を取りに行くと在庫切れ。入店後、どの機種にするか3機種ほど聞いていた。なければ安い機種で、というとそれもない。結果、今年春に発売された6万9千円の機種にした。この機種は色が3種類あるそうだが黒しかないという。あるのはこの黒だけ?と訝りながらそれにする。

 機種変更の予約を入れるだけでも電話がつながらず数日もかかった。それなのにお勧めの品切れ機種が3日たてば送られるという。そうなればまた来店しないといけない。元来、決めたことはすぐにしたい方なので少々高くてもどうでもいい。

 値が張ることを決めるとき、いつも思うことは一回、海外に行けば何十万円もする。そう思えばこの2年半、海外にも行かず我慢している。高くてもいいじゃない!?となる。

 機種を決めても手にするまでに2時間も要した。カバーもフィルムも何もかもお店の言われるままにする。しかし、ドコモの光やドコモでんき、さらにはdカードなど勧められてもここは頑として言われるままにはならない。後で笑ったのはお店に入って応対の初対面で個人を証明するものを、と言われてマイナカードも免許証もないと返答すると「どちらもないんですか」とあきれられてしまった。そしてドコモの係は「ここでマイナカードが作れます」と言い出す。こりゃどういうこと?ドコモも変に変わってきたようだ。

 いきなりのスマホだ。先ほどネットで購入機種のトリセツをダウンロードし、パソコンに取り込んだ。検索はどういってもパソコンがいい。今日から一つおもちゃが増えた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月27日火曜日

写真の編集

 作品展が終わり、さっそく画材屋さんから絵が帰ってきた。絵をブログにアップする際、実物に近い色を、と試行錯誤した。そのお陰でブログ投稿13年目にして写真を編集する作業ができた。何でもやってみないとできないものであると一人で感心する。これまではブログの写真編集もカメラで写したそのままの画像しか取り込めなかった。これからは少々はみ出しても小さくてもトリミングができ、さらに自動補正で色使いも修正できる。ちょっとしたことができるようになると本当に嬉しい。

 朝から雷が鳴り響く。一日中、雨が降りそうだ。作品展が終わるとしばらくは気持ちが旅に向く。あれこれと思いを巡らすうちが楽しいのかもしれない。ましてや今回の旅から司馬遼太郎が歩いた「街道をゆく」のほんの一部を歩こうと思い立つ。

 今日は大雨の中、予約しているドコモへGO~。これも旅支度の一つである。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月26日月曜日

一人旅

 地元紙を読むと70代の人が一人旅を予定する投稿がある。自分自身、今まさにその心境なので興味を持って読む。今朝の人は70代であっても働いており、リタイア後の旅でなく、休みの時を利用して美術館を気ままにめぐりたいとか。勤めを辞めて久しい。が、投稿者の気持ちがわからないでもない。ナニゴトも先延ばしにするとできることであってもできなくなるかもしれない。「思い立ったが吉日」の諺通りひらめきを大切にしたい。

 人生初の一人旅は20代だった。20代になるまでは乗り物酔いがひどく旅をする気持ちは皆無だった。小・中学校の修学旅行で旅の1日は観光せず宿で臥せっていた。その頃、観光バスのガイドさんの職業を尊敬の念で見ていた。自分には乗り物に携わる仕事はできないと……。

 ところが人は年とともに変わってゆく。気づけばどんな乗り物に乗っても乗り物酔いはなくなった。むしろ乗り物に乗るのが大好きになっている。20代初めの一人旅は旅行社でプランを組んでもらっての旅だった。ところが今はネット時代。自分で宿を決め、乗り物も自分で予約する。

 今朝の投稿者は青春18きっぷを利用、とあった。自分自身は新幹線を利用する「おとなび」にハマっている。

 作品展が終わった日、教室の若い人と一緒に帰りながら旅の話で盛り上がる。20歳以上も若い人だが、いろいろと教えてもらうことも多い。その人も一人旅が好きだという。

 乗り物と言って思い出す。高校まで地元にある学校に通っていた。そのため恥ずかしながら一人でJRに乗ることさえできなかった。一人でできないことは何もこれだけではなくいろいろとあった。年齢を経るにつれてこれではいけない、と自分に言い聞かせる。

 人ができることが自分にはできない。これは同じ生きていく上でいいことではない。せめて人並みに、との願望はあった。遅まきながらまずは一人で乗り物に乗ってどこへでも行く癖をつけた。そしてできない筆頭である自転車と水泳。これを30代半ばでクリア。今思い出しても嬉しい事だった。人さまから見れば何を、と笑われそうなこができなかったからである。それもすべては体が弱く生まれたことによる。親はできる、できないよりも体が一番と思ったようだ。お陰で今は人一倍元気と思ったり……。

 一人で自由に行動する今の若者を尊敬する。そのうちの一人に姪がいる。海外も国内もツアーでなく自由に飛び回っている。今は海外は無理のようだが。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月25日日曜日

106歳の谷口さん

 県北の三次市君田町に住む谷口善之さんは三次市で最高齢の106歳。精緻な筆運びで「写仏」を描かれ、君田生涯学習センターで作品展をされている。地元紙に掲載の谷口さんはとても106歳とは思えないお顔でしっかりされている。ご自宅で生活され、長男と2人暮らしだそうだ。「写仏」は90歳から始められ「何事も続けることで毎日が充実してくる」と話される。

 ただ近年は視力や体力に衰えを感じ、3月に描いた「千手観音菩薩」はこれで最後と話される。この作品は5月に開催された東京都美術館での写仏展に出品されている。

 谷口さんは戦前、海軍に所属されて戦地に赴く。が、負傷して内地勤務となる。戦後は今の場所で奥さんと暮らした。そして60歳ごろから漢文や絵手紙に打ち込み、写経もたしなむ。そこで出会ったのが写仏。100歳までバイクに乗り、畑仕事もされていた。これからを聴かれて「できそうなことをこれからも見つけて、こつこつやっていきますよ」と話される。

 106歳といえば生きていれば両親の年齢である。メディアで報道される長寿者はたくさんおられるが今朝、読んだ谷口さんはこれまた他の長寿者とは違った凛々しさがある。矍鑠(かくしゃく)たる老人だ。この人を見習おうと思った。

 日本画作品展は終わった。「信州・鬼無里」の絵を展示したが何人かにこの読みを聞かれる。また出かけた時期も聞かれた。鬼無里(きなさ)は4年前の5月21日に出かけている。聞かれた時、「7月」と話した。昨日の搬出日に聞かれた人に謝りを入れる。「5月ならば水芭蕉が一面に咲いている」と話された時、「7月」ととっさに口から出た。後で調べると出かけたのは5月21日だった。その人は2回ほど鬼無里に行かれていた。

 9年前に作品展を見て日本画を習おうと思った。というか友だちに強引に誘われて習う気になった。元来、絵心はなく我ながらよく続けていると思う。と同時に、やっと最近絵を描く楽しみがわかってきた。このすべては点描写のお陰かもしれない。

 地元紙に掲載の谷口さんを見習って「できそうなことをこつこつやってゆく」しかなさそうだ。嫌な事ばかり目立つこの時代、谷口さんのような我が道を何歳になっても元気で歩む人を見ると本当に元気が湧いてくる。りっぱな人だと感心するばかり。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月24日土曜日

2022年日本画作品展

 2022年の日本画作品展は今日で終わる。先日、自分の絵を会場で写真に撮った。記念にブログにアップしよう。ところが写真と実際の絵とは色合いに違いがある。が、そのままアップしよう。
「信州・鬼無里」F6 日本画

「老楓」F6 日本画

 平々凡々と生活しているためか、作品展のように日常とは異なる日々を過ごすと草臥れることこの上ない。それにもかかわらず、久々に泊を伴う旅に一人で出かけようと下調べに張り切っている。草臥れは増して今朝の起床は遅すぎる。なんであれ、よく寝るのが一番の元気の素との思いがあるのでこれはこれで仕方がないのかもしれない。

 来週というか来月になれば絵を習い始めて10年目に突入する。先日は来週から新たな絵を描くので画材屋で木製パネルを購入した。下手な絵でもパネルに描いた絵が増え続ける。困ったことだ。

 今日は作品展の搬出に行く前に地元の区民センターで開催されるコンサートを聴きに行く。忙しい一日となりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月23日金曜日

作品展当番日に

 今日はお彼岸の中日。暑さ寒さも彼岸まで、といわれるように季節は正直にやってくる。秋らしくなった。一昨日、数か月ぶりに自転車に空気を入れる。暑い時季は自転車に乗って……とはならなかった。季節がよくなれば自転車に乗っても気持ちがいい。スーパーへ久しぶりに自転車に乗って出かける。自転車であれば少々、重たいものでも購入できる。早速お米を買った。自転車に乗るのは有酸素運動らしい。有酸素運動といえば水泳がある。笛を吹くのも有酸素運動だが、これはいつも吹いている。

 泳ぐにはプールへ行かなくてはいけない。マスクなしの水泳はコロナが気になって今のところ泳ぎたいけど気持ちがついていってない。コロナでダウンとなれば健康どころではなくなる。泳ぎはもうしばらく我慢しよう。

 昨日は日本画作品展の当番日。葉書で作品展の案内を知らせた同級生と会場で1年ぶりに会う。この人は短大時代の同級生。絵を見てもらった後は近くのカフェで久しぶりに話をする。だが、同級生であっても時代が変われば生き方も異なってくる。同級生といえば教室の人の友だちも絵を見に来ていた。この同級生とは教室の人と職場が同じだったらしく作品展で出会うようになった。この小・中の同級生と昨日、1年ぶりに出会った。この人からはいつも同窓会の話が出る。その都度、話を聴こうとしない自分がいる。昨日も以前の同窓会に誘おうと家に何度も電話した旨、言われる。登録してない電話には出ない、とはっきり言った。話していると数人の名が挙がる。が、1人は聞いたこともない名前があった。

 小学生当時、1学年が300人以上もいた。ましてやそのうち地元の中学校に進むのは3分の2.その他は私立に進学した。わからない人はその中にいるのだろう。

 同窓会をなぜこれほど毛嫌いするのか。自分なりに考える。自分自身が社会人になるまで今ほど活動的でなく思いだしても楽しい時代ではなかった。それが関係しているのかもしれない。今、楽しくやっている旅行、フルート、水泳、自転車、日本画などこれらすべては30代半ば以降に始めたこと。これだけをとっても若い頃よりも今が楽しいはずと我ながら納得する。ところが、小・中学時代の同級生は何もできなかったというか、しなかった自分を知っている。たとえ会っても面白くない!と自分自身が決めてしまっている。やっぱり合わない方がいい。

 昨日はまた某金融機関から秋の日本画展の案内が送付された。送ってきた金融機関のなんとご丁寧な事かといつもながら感心する。しばらく我慢の日々だったがここに来ていろいろと動きがある。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月22日木曜日

行楽の秋!?

 ふと頭に浮かぶひらめきを大切にしている。台風が去った後、急に秋めいてきた。今年になって旅らしい旅をしていない。その時思いついたのがツアーでなく一人で出かける旅だった。先日、さっそく来月初めに出かけよう、と宿とJRのおとなびを予約した。この旅の後に次の予定を、と思った。昨日、その宿を予約。宿選びは行先と関係あるので慎重になる。OKだった。JRのおとなびは後日、ネットで予約しよう。

 図書館で旅の本を4冊借りた。ネット時代とは言っても本を読む方が理解しやすいこともある。いろいろと情報を集めて出かける旅。これはこれで楽しくなる。若い時は友だちと一緒だった旅は海外旅行が多かった。母が亡くなって以降、この10年余りは海外も国内旅行もツアーが大半。コロナ禍になって思うように動けず、かといって世の中が落ち着くまで待っていては何もできないと気づく。そこでひらめいたのが一人旅。それも国内の旅である。日帰り旅は慣れていても泊をともなう一人旅はあまり慣れていない。年老いたとはいえ、まだまだ自分で思うような行動は出来る。時は待ってくれない。自分で行くしかないと気づく。こうやってあれこれ考えるのも旅の楽しみである。

 コンサートや美術館巡りは一人でも行ける。が、観光となると下調べがいる。何やかやと思いを巡らすうちが楽しさも倍増すると思うのでこれはこれでいいのかもしれない。

 昨日はお墓参りをする。台風の影響か、あちこちから飛んできたものがある。水汲み場で近所の人に出会う。お彼岸のお墓参りのようだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!。

2022年9月21日水曜日

芸術の秋到来!?

 何の変化もなく生活している。そんな生活に行事などがあると草臥れ果てる。如何に毎日を楽に過ごしているかが、こういう時に現れる。日本画作品展が終わると遊びに行く予定にしている。遊ぶにも気力と体力が伴う。その前にコンサート、講演会、絵画展などのチケットを貰っている。昨日は、それに加えて書道展のチケットが送付されてきた。

 台風も去って気候も良くなり、これから本格的な秋がやってくる。いただいたチケットを眺めながら芸術の秋を実感する。また昨日は社会人大学生として修了した大学からホームカミングデーの案内も届く。今年の講演会のゲストはテレビなどでおなじみの俳人だ。講演会を聞きに行くというより大学へ久しぶりに訪れたい気持ちがある。だが、6年間も通った大学なのにしだいに足が遠のいている。広い敷地内にある大学は散策にはもってこいの場所でもある。いつか訪れたい。

 送付されたパンフを見ると北広島にあるテングシデの写真がある。大木が好きなのでここへもいつか行ってみたい。だが、公共交通機関で行くには不便そうなところにある。

 地元紙を見ていると敬老の日を前にしての投書がある。その中に、私のFavorite(お気に入り)を作成しているとの掲載があった。これを読んでブログの下書きに似たようなことをしていると思った。これからは行きたい場所などを加えよう。今、主に国内の『街道をゆく』を読んでいる。先日は「芸備のみち」を読んで鳳源寺へ行きたいと思った。最近は「大徳寺」を読んでいる。このお寺は観光寺ではないようだ。今年中には大徳寺へ行こう、との気持ちになる。やっと遊ぶ計画が立てられる季節になった。遊ぼう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月20日火曜日

日本画作品展初日

 日本画作品展の初日というのにJRは始発から不通になっている。昨日から台風の影響による線路の点検のため不通が見込まれた。じゃ、どうする?と考えても代替え輸送はなく、自分で解決するしかない。究極はバスに乗って…となる。が、JRが便利になりすぎてバスは衰退の一途を辿っている。

 朝9時半集合なのにどう考えても間に合いそうにない。先生に遅くなる旨の断りを入れるが、それでも気分はすっきりしない。そのためか朝から自分の話す声が響いて聞こえ、話しにくいことこの上ない。これはストレスだ、と原因はわかっていてもどうにもできない。2時半ごろ、家に帰宅するとさっきまでの耳がウソのようにはっきりと聞こえ、また話しやすい。

 今朝は8時半ごろ家を出る。最寄りバス停に向かうと長蛇の列だ。30分くらい待ってもバスは来ない。思いついたのが一つ前のバス停に移動すること。しばしそこで待っているとバスが到着した。バスは満員で入り口でなく出口を開けて入れるという。幸い、バスの入口にいたので乗車させてもらった。ところがこの後が大変。何とバスセンターまでギューギュー詰めの車内で2時間半、立ちっぱなしだ。

 どうにか11時過ぎに作品展会場に着いた。初日は正午にオープン。その後、ハガキで連絡していた人がやってきた。しばし絵を紹介した後、会場を去る。近くのデパートで軽くお昼を食べてバスで帰宅。帰りのバスは50分で帰路についた。家に帰ってホッとしたのかやっと耳の調子が戻る。生まれてこの方これほど長時間、耳が変になることはなかった。今日一日がいかにストレスにさらされたかがわかるというもの。本当に草臥れた!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月19日月曜日

台風の大きさ?

 台風14号の大きさを見ていると現在の状況は中心気圧970hPaで最大風速35m/s最大瞬間風速50m/sである。前日のこの頃は920hpaで最大風速もこれを大幅に上回っていた。

 中心気圧を表すhpaは知っていてもこの数値と台風の大きさがはっきりしなかった。ネットで台風の動きを見ているとhpaの数値が大きくなっている。ネットによると「台風の中心気圧を表す単位にはヘクトパスカル(hPa)が使われる。そもそも気圧とは大気の圧力を指し、日本周辺の平均気圧は約1013ヘクトパスカル、台風の中心気圧は950ヘクトパスカル前後とされる。このヘクトパスカルの数値が低いほど、台風の勢いが強くなる。特に強い台風では中心気圧が930ヘクトを下回ることもある。つまり、台風の中心気圧が低いと台風が強くなる傾向にあり、台風の気圧と強さには関係性があるといえるだろう」とある。

 昨夜は3度、携帯に緊急エリアメールが入った。午後7時から10時過ぎまではゴーっと鳴り響く風の音で寝られそうにないと覚悟を決めた。が、朝起きると熟睡していた。風が吹く轟音も今はなく雨の勢いもそれほどではない。が、各種警報は発令されている。広島県は今夕から夜にかけてがピークのようだ。その間もずっとhpaを注意して見るようにしよう。

 ネットによると台風の階級、台風の最大風速、 中心気圧は次のように表示されるようだ。

強い  33m/s以上・44m/s未満 950hPa 〜965hPa
非常に強い  44m/s以上・54m/s未満 915hP〜950hPa
猛烈な  54m/s以上 870hPa〜920hPa

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月18日日曜日

信州の絵完成!

 信州の絵をやっと仕上げた。絵は相変わらず点描写している。先生によると先生の教室で点描写は2人いて、その1人になるそうだ。風景を描くようになって先生から点描写をするようにアドバイスされた。これが自分に合ってたようでそれ以来点描写している。次に描く絵は下関にある功山寺の大木を描く予定。しかし、新たなパネルを持参していない。その前に、以前、先生にサムホールよりも小さいパネルをいただいた。これは家に持って帰ったままで教室にない。絵を仕上げた後は予定がなく、しばし教室の人の描く絵を見せてもらう。

 絵の教室は文化センターの三階にある。コロナ禍での教室はどの部屋も入り口や窓が開け放たれている。昨日の3階フロアは来週、聞きに行くレクイエムの練習真っただ中だった。大勢の人が歌うレクイエムがフロア全体に響き渡る。耳に心地よい響きだ。

 暇つぶしに近場ながら泊を伴う旅に行くと話すとどの人も賛成してくれる。とくに若い人はツアーもいいが一人旅が好きだと言ってくれる。ツアーでの旅は海外旅行が主で国内は母がいなくなって以降、参加し始めた。国内のツアーの最初は日帰り旅だった。その時、バスの集合時刻が発車時刻と思っていた。最初の日帰りツアーで隣席の人に注意されたことをよく覚えている。それ以降、時間に注意しながらも日帰り、宿泊を伴う旅と国内のツアーはよく出かけた。それも昨年のGO TOで最後となっている。

 人生の残り時間がどれくらいあるのか知らないが、昨日も教室の人から旅は行かれるうちに行った方がいいとすすめられる。話しながら俄然、行く気が湧いてくる。予定の旅を終えたら次は?と思うようになる。これが楽しい。

 その前に日本画作品展が待っている。昨日、当番日の変更を先生にお願いするとOKとのこと。これで連日、会場に行かなくてもよくなった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月17日土曜日

『街道をゆく』(二十五)「中国・閩のみち」

 台風の影響なのか気温は高くてもお天気は良くない。台風が過ぎ去れば気温も下がるとの予想もあてにはならず来週以降も30度の日々が続きそうだ。(作品展の頃には涼しくなる?)と期待したけど、まだまだ夏服のままのようだ。

 以下は『街道をゆく』(二十五)「中国・閩のみち」 (司馬遼太郎 朝日新聞社、1989年)から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★福建省というのは、中国でもいわば田舎のような省である。ながく、「閩(びん)」という地域名でよばれていた。閩というコトバの意味はわからないが、華北や華中の先進地帯からみればどこか草深くて異風なイメージを帯びていた。孔子(紀元前五五一~四七九)の時代には、中華のなかに入っておらず、後漢のときにできた辞書の『説文解字』にも、閩とは「東南越」とあって、いわゆる百越のあつかいになっている。(9p)

★NHKが西域を現地に取材し、「シルクロード」という番組を放映して高い視聴率をえた。この番組は、中国側との共同制作だったから、当然ながら中国においても放映された。中国側は、「絲綢之路(スーチョウ・ツルー)」というタイトルをつけた。絲綢之路というのはこのときはじめて造語されたのではないか。日本では、古代中国の西域のことを、とくに「シルクロード」とよぶ。そのことばを万人が知っているというのも、日本人の特異なロマンティシズムの一つかとおもえる。(11p)

★「余」と「田」をあわせて、という。日本の漢和辞典では、ヨとかシャとかよんだりする。この一字で「焼畑」という意味なのである。ただし、日本で、古来、こういう漢字が文献で使用されたことは、まずない。中国音ではショーとよむらしい。したがってこの民族の名前はショー族(畲族)である。中国の場合、この漢字はさらにややこしい。――畲族(焼畑族)などというのは、一個の堂々たる民族に対して失礼ではないか。ということもあり、「畲」という文字を(想像だが)作った。小さな明朝活字では、虫めがねでも用いないとこのちがいがわからない。民族名のほうは「余」のしたに「田」なのである。(78-79p)

★唐や宋の時代、中国人はイスラム教徒のことを、「大食(タージー)」とよんでいた。大食は概念あいまいで、狭義にはアラビア人をさし、広義にはイスラム教徒をさす。このため、イスラム教徒であるペルシャ人(波斯人 はしじん)まで、ときに大食の仲間に入れられたりする。(194p)

★宋・元のころ、福建や広東を根城とする大食(タージー アラビア人)の海商のことを地元のひとびとが、「海獠(かいりょう)」とよんでいたことはすでにふれた。明代の福建海賊はじつはそれらの後継者で、実際には海商だった。地元民たちは大食にかつて言ったように、福建海賊(海商)の親分のことを「海獠」とよんだ。彼ら貿易家にとって海禁主義の王朝こそ敵であり、官軍の水軍に供えて武装するようになった。(224p)

★海獠のなかの名だたる者としては、安徽省のひと王直(?~一五五九)がいて、今も平殿市街地の高所にその邸趾趾(印山寺屋敷趾)がのこっている。(226p)

★周知のように、いまの中国は台湾に独立政権があり、一九一一年の辛亥革命以来の国号である「中華民国」として関係諸国と国交をもっている。本土の中華人民共和国とのあいだには断絶があるが、その奏法が無条件に称賛する民族的英雄が、鄭成功である。(230p)

2022年9月16日金曜日

みどりの券売機で

  狂うような暑さが続いている。昨日の最高気温は35度。今日は34度と9月も半ばというのに暑さは続く。明日からの予報を見ると台風の影響なのかやっと30度を切るようだ。

 「おとなび」の切符を受け取りに自宅最寄りJR駅へ向かう。以前はみどりの窓口に係がいた。ところが駅の窓口は閉鎖となった。そのため、みどりの券売機で購入となる。駅に着くと自分では発券できそうにない。係を見つけてその旨、依頼する。ところがみどりの券売機の金銭の回収時だったらしく5分か10分待つようにと言われる。昨日も朝から暑かった。暑いしマスクはしているしで頭から顔から汗が流れる。10分も待てそうになく、そこら辺にあるチラシなどを見ていた。しばらくすると券売機の音が静かになり、係がやってきた。

 メールで届いた予約事項を係に見せると往復同時に発券できるとのこと。まずは機械にクレジットカードを入れる。係はメールの内容を確認してすぐに発券となった。みどりの窓口が閉鎖され、係に伺いを請うようでは何のための人件費節約なのか疑問に思う。ともあれ、わからないときは係にやってもらうしかない。ちなみに「おとなび」は少し値上がりしているがそれでも新幹線のチケットは4割引きである。これは安い!

 その足でついでに図書館へ向かう。予約の本を借りて帰ったが分厚い翻訳本で数頁読んで読むのをあきらめた。どうも翻訳本は自分には向いていない。図書館では以前借りた宿の本を再度借りる。この暑さが過ぎ去れば行楽シーズンになる。近場でもいいからとにかく家から外に出る癖をつけないといけない。あまりにも体がなまっている。これでは体に良くないとわかりきったことに今さら気づかされる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月15日木曜日

「おとなび」予約

 日本画作品展に展示する絵を画材屋さんが午前中に家に取りに来られるとのことで外に出ずに待っていた。ところが正午になっても来られない。予想最高気温は35度。連日の暑さでも一度は外に出て買い物などをする。正午過ぎ、絵を玄関前に出して買い物に行った。こういう時にかぎって取りに来られるとの予想は当たって帰宅すると絵を持って帰られていた。

 午後になってBSシネマで司馬遼太郎の「梟の城」が上映された。この原作は読んでいないが「司馬遼太郎に捧ぐ」といきなり画面に字幕が出る。しばらく見ていたが原作を読む方が面白い気がして映画は途中で見るのをやめた。その代わりではないが、ふと頭をかすめた旅のことである。

 作品展が終わればいよいよ秋到来は間違いない。今年になって泊が伴うところへ行っていない。このまま出かけない癖がつくとどこへも行かれなくなりそう、と思って急遽、宿と「おとなび」を検索して旅の計画を立てる。ツアーで行かれないなら個人で行くしかない。近場の日帰りは行っても宿泊は久しぶり。以前、本を読んでおひとり様歓迎とあった宿を検索する。そして1泊予約を入れた。OKだ。次に新幹線の「おとなび」だ。コロナ前から久しく「おとなび」を利用していない。検索すると会員登録の期限切れなのか思うようにならない。仕方なく新規登録して会員となり、あとは検索画面に従ってチケット購入までこぎつけた。

 往復チケットを何とか予約できたけどこの間、時間がかかった。久しぶり興奮してしまって夜の寝つきの悪いこと。いかに日ごろ、ボンボンと過ごしているかがわかる。それに加えて旅の計画など考えていると頭はフル回転だ。出かける日はまだ先だが今日はJRへ行ってまずはチケットをゲットしよう。

 久しぶりに旅に出るとなるといくら近場でも準備がいる。ツアーならば荷物が増えてもバスで運んでくれる。が、個人では持ち歩かないといけない。荷物は最小限で、と考えていると旅の楽しみも増してくる。そういえば「おとなび」の料金、値上がりしていた。それでも安い!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月14日水曜日

迷惑メール

 毎朝、パソコンを起動するとまずメールをチェックする。メールのチェックといっても受信メールの大半は迷惑メール。そのため迷惑メールボックスに入り、受信ボックスにはほぼ迷惑メールは入ってこない。ところが迷惑メールをすり抜けてたまに怪しげなメールが受信ボックスに入る。2,3日前と今朝、国税庁からのメールが入る。税金未納でその金額まで書いてある。

 怪しいメールに間違いない。そうわかっているがとりあえず国税庁のHPで確認すると以下のような注意を促す文がある。

★「未払い税金のお知らせ」などの件名で、支払の催促や差押の予告に関する内容など、国税庁からの連絡を装った不審なメールが送信されていることを把握しました。

 怪しいメールといえばほかにもたくさんある。利用していない銀行のクレジット決済やアマゾンなどの通販決済などが大半を占める。これらの迷惑メールはOCNの迷惑メールとして処理される。が、時にその網をくぐって受信メールに入ることがある。その時は迷惑メールとしてその都度報告する。

 一昨日はパソコンではなく携帯電話にもあやしいメールが入った。ところが携帯の迷惑メールの報告はその処理方法がわからずにいた。が、携帯の使い方のガイダンスで調べるとその方法がわかった。早速ドコモへ迷惑メールとして報告。

 便利さを求めて使っているパソコンなどの電子機器も時によっては悪用されるケースも多々ある。怖い世の中になかった。とくに今朝の国税庁のメールは本物と信じそうになった。ナニゴトも悪知恵の方が善よりも優る世の中なのか、かなり疑ってかからないとひどい目に遭いそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月13日火曜日

『街道をゆく』(二十)「中国・蜀と雲南のみち」 

  9月も中旬になったというのに連日33度の暑さが続く。この暑さ、まだまだ収まりそうにない。日本の四季は春と秋がなくなって夏と冬だけになるのだろうか。そんなことを思ってしまう。着る服もこう暑くては何とか涼しい格好で、との思いしか浮かばない。結果、毎日同じような格好をしている。

 買ってそのままにしていた『街道をゆく』数冊を読み終えた。まだ読み終えていない『街道をゆく』は図書館で借りて読むようにしよう。

 以下は『街道をゆく』(二十)「中国・蜀と雲南のみち」 (司馬遼太郎 朝日新聞社 昭和62年)から気になる箇所をメモしたもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★新中国成立以後、食糧増産の大方針は、草原の開墾をも大きなプログラムに組み入れた。モンゴル人には昔からの禁句(タブー)として、――土をひっくりかえす。ということがある。鍬で耕せば、ひっくりかえされた土がたちまちに乾いて、やがて風塵の季節に風が天へ舞いあげてしまい、あとはかつての草原の草も生えず、砂漠になってしまうのである。……内蒙古から発したその砂漠化はいまでは北京周辺にまでおよんでいるという話をきいているが、私はその実否について張和平さんに質問しなかった。かれが農業問題の専門家であるならともかく、かれが研究したこともないテーマでこの良友をくるしめたくなかったのである。(69-70p)

★伝統的な中国社会にあっては、君子、あるいは士大夫や読書人などとよばれるひとびとは、精神を労する人ということで、肉体を労するひとびとより上位に置かれる。「君子」というのは、孔子が興した儒教にあっては高度の道徳性をそなえた理想的人格ということだが、同時に官僚という意味もある。……君子の反対語が小人だが、基本的には、庶民、労働者という意味である。……杜甫は、常時は官にいなかったが、知識階級であるという点で、君子であった。すくなくとも労働などをして小人に身をおとすなど思いもしない階級に属した。……君子の「志」は、治国平天下ということになっている。……儒教国家の知識人がもつえたいの知れぬ、あるいは伝統としてごく自然な尊大さが、わが杜甫にもうかがえる。むろんこのことは杜甫個人の人格論ではなく、杜甫においてみることができる伝統的な中国の一側面である。(132-134p)

★四川省滞在中、四川の犬は太陽を見ると吼える、ということわざを横川氏からきいて、ことばのおもしろさを知った。いくら蜀の犬でも太陽を怪しんで吠えないと思うのだが、そういう言いまわしによって、蜀の曇天がイメージとしてひろがるのである。もっとも、帰国後、「蜀犬日ニ吠ユ」ということばは、すでに唐の中期の文章家の韓愈(七六八~八二四)がつかっていることを知った。見聞や見識の狭い者が卓れた言行に接したとき、それが理解できず、疑って怪しみ攻撃することをいう。韓愈そのひとは蜀にきたことがなかった。かれがそういうたとえをつかっている以上、蜀の雲霧のはなはだしさが、知識としてひろく知られていたにちがいない。(151-152p)

★心に貪りが生ずれば満ち足りるということがない、ということを「望蜀」(ぼうしょく)という。『後漢書』の「献帝紀」に、曹操のことばとして出てくる。……そのとき「人間というのは、足りるということがないために苦しむのだ。われわれはすでに隴(ろう)(いまの甘粛省)を得た。この上なお蜀を望むか」といったという。(152p)

★滇(てん)王嘗羌(しょうきょう)は漢の使者に対し、漢ト我ト孰レガ大ナルヤ、とたずねた。『史記』の筆者はさらにつづけて、夜郎侯が漢の使者に会ったときも同じ質問を発した、と書いている。自然がその社会を閉鎖しているがために、かれらは外界を知らず、みずから大なりと思ってる。そういうユーモアが行間にこめられているために、「夜郎自大」という慣用句がここからおこり、こんにちにいたるまで、中国でもわが国でももちいられている。(163p)

★清朝自身が、東胡とよばれる満州ツングースによる征服王朝であるため、夷や胡、虜、狄といった異民族呼称をきらい、雍正帝の十一年(一七三三)勅命によって禁止し、夷族は彝族と書かれるようになった。彝は『周礼』(しゅらい)に出てくるふるい文字で、宗廟をまつるとき酒を盛ってささげる器のことで、雅字である。彝章といえば「守るべき法則」であり、彝倫といえば人間が守るべきモラルのことで、文字としてとびきりいい。(168p)

★歴史というのは、民族呼称という面でも厄介なものである。辛亥革命(一九一一年)は清朝を斃して共和制体を樹立したかがやかしいものであるが、そのスローガンが「減満興漢」(異民族である満州人を滅して漢民族を興隆させる)であったため、異民族への否定的要素をふくんでいた。明治維新にもそのことに似た要素がある。明治期、結果として類のないほどに極端な文化革命がおこなわれ、いわば近代主義が昂揚されることになるのだが、維新前後は、それだけでは革命の爆発力になりにくかった。神道や国学ナショナリズムあるいは尊王攘夷といった復古的もしくは士族的排他主義が起爆力の一つになっていた。辛亥革命もまた、合言葉としては減満であり、興漢たらざるをえなくなり、結果として、イ族の呼称まであおりをくらってもとの「夷族」にもどるのである。当時、国民党時代は夷族であった。(169p)

★「イ族のことをロロぞくともいいますが」と、民族学者の松原正毅氏がいうと、老先生の声がにわかに大きくなった。「ロロ、これも蔑視語です:」老先生の顔に、怒りがあらわれていた。しかしながら、不幸なことに、世界中の文化人類学者がイ族のことをLoloとよんで、学術後になっており、世界中の辞書や論文からこの世界語を追いだすことは不可能といっていい。ロロというのは、かつてはイ族自身が自称してたというから、決して蔑視語ではなかった。このことは、漢字が表意文字であるという不都合さからきている。かつて漢族が、ロロ族に対し、玀猓などという悪意をこめた文字をあたえたために、漢字を知るロロ人にとって腹の煮えかえるような蔑視語に変質したにちがいない。表意文字をもつ欧米人の学者にすれば、こういう視覚的印象におそらく鈍感なのではないか。(229-230p)

★アーチは、イタリア半島のティレニア海に面した小地域に密度の高い文化をつくったエトルリアに由来するといわれている。ローマ文明はこれを吸いあげて、城門や橋にアーチを多用した。(241p)

2022年9月12日月曜日

アンダルーサ


 一日中、メロディーが耳から離れずにいる曲がある。曲名が判るので楽譜を探す。フルート曲集の40選に入っているエミール・パサールのアンダルーサだ。楽譜のコピーを取りだして吹いてみると何とか吹ける。連日のように吹いているアルビノーニのアダージョ。しっかり暗譜で吹けるがアンダルーサを吹くようになるとアダージョは暗譜で吹けなくなりそうだ。

 暗譜でなく暗唱で歌うスペイン語歌詞や英語の歌は他の曲であっても同時に数曲は暗唱できる。それなのに暗譜のほうは違う曲を吹けば先の暗譜がおろそかになる。これはなぜ!?というか、暗譜は暗唱と違って一曲が長い。それもあるのだろう。しばらくはアンダルーサを吹こう。動画は多くのフルート曲を動画でアップしているYOU TUBE先生の演奏から。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月11日日曜日

河骨(こうぼね)

 日本画教室で蓮の花を描いている人が2人いる。蓮にちなむ話なのか先生の口から鳳源寺や阿久利姫、枝垂桜などのキーワードが並ぶ。昨日、絵を習いに行く前に司馬遼太郎の『街道をゆく』(二十一)「芸備の道」を読み終えたばかりだ。記憶に新しく話されるキーワードと結びつく。鳳源寺のくだりを再度読むと「池には、睡蓮が七、八個の赤い花を浮かせている。……池の中ごろに架けられた橋の上に立ってみると、橋の下に河骨(こうぼね)が葉を沈ませつつ黄色い花をつけていた。……『三次は、どこというところなしに、いい処ですね。こう、この盆地ぜんたいかもしれません』と、橋の上で須田画伯がつぶやいた」(183p)とある。

 この箇所に付箋紙を貼って絵の教室へ出かけた。先生が蓮の話をされた後、河骨について聞くとよく知っておられた。河骨は本を読んで初めて知る。電子辞書で調べておおよその見当はつく。だが、一度でいいから本物を見てみたい。それにしても河骨とはなんと花に相応しくない名前だろう。三次近くに県北の友だちがいる。鳳源寺近くの尾関山は車で連れて行ってもらった。コロナが少しでも落ち着けば鳳源寺の枝垂桜と河骨を見に行こう。

 教室では相変わらず林の中の道を描いている。先生は絵に奥行きがないと話される。混色して彩色すると少しは奥行きが出た。次週は木にも奥行きを持たせて彩色する予定でいる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月10日土曜日

「小さな庭」

 地元紙文化欄「緑地帯」に林原玉枝の「徒然雑草」が連載されている。今朝はその6。毎朝新聞は丁寧に読んでいると思っていた。が、今朝、その6を読んでこの連載を飛ばしていたと気づく。今朝は「わが家の小さな庭は、……」で始まる文の「小さな庭」に目が留まる。「小さな庭」の表現は自分自身が書いている「狭い庭」よりも文としての感じがいい。(狭いと小さいの違いは?)と思って電子辞書で調べると「狭い」は「面積が小さい」とあり、意味としては同じようなものだ。が、狭い庭よりも小さな庭の方が言葉としてきれいに聞こえるのはなぜ?というか自分だけがそう思うのだろうか。

 狭い庭と小さな庭は同じように感じても「小さい秋」を「狭い秋」とは言わないようにこの言葉遣いはやはりどこか違うはず。ちょっとした言葉の違いでその意味もニュアンスも異なってくる。どうせなら響きの良い言葉で書きたいものである。

 しばらくは林原玉枝の徒然雑草を読むのが楽しみになった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月9日金曜日

狭い庭

  パソコンを立ち上げるとタスクバーの天気の個所に「白露」の表示がある。「白露とは如何に」と電子辞書で調べる。二十四節気の一つでこの頃から秋の気配が感じられはじめるようだ。地球温暖化、と言われて久しいが季節の変化は変わらずにめぐってくる。

 昨日、百円ショップで買った金盞花の種を撒いた。種を撒くには庭の土を整備しなくてはいけない。ナニゴトも思いつくままにする。手袋もせずに大きく茂った2本の青じそを花ばさみで刈ってゆく。1本は根っこから抜き、もう1本は少しだけ種ができるまで残した。この夏はコスモスと向日葵が想像以上に伸びて向日葵は2m以上にもなった。最後の1本の幹を30㎝ずつ切ろうとするが花ばさみでは幹が太くてどうにもならない。仕方なく根っこを抜いた。これがまるで木のように根を張っている。

 昨日は燃えるゴミの日。急遽、抜いたり切ったりした向日葵や草をゴミに出そうとするが収集車が来た後だった。仕方なく、大きなナイロン袋に抜いたものをいれて次回のゴミ出しに用意する。草などを抜いた後は狭い庭が広く感じられる。土をならして金盞花の種を撒く。

 昨夕は地元の中学生がマリーゴールドのポットを持って来てくれた。あいにく、留守にしていたのか玄関前に置いてあった。これをポットから出して他の鉢に植え替えた。マリーゴルドは金盞花と同じような色の花で秋に相応しい。

 狭い庭でちょっとだけの庭仕事なのに結構草臥れる。ポツンと一軒家の人たちのように生活の大半を自給自足でする人たちにあこがれはあっても、とてもじゃないが自分は無理と思ってしまう。まず、恰好がその雰囲気になっていない。後で手足が虫に刺されてかゆくなる。

 とはいえ、自分自身、まさかこの期に及んで花を植えようとか種を撒いて育てようとか思いもしウなかった。それだけでも嬉しい気持ちになる。花を見て気分が悪くなったり怒る人がいるだろうか。たとえいたとしてもそれはその人が変なだけで大半の人は花を見て気持ちが和むはずである。

 今、庭にはベゴニアとゼラニュウムが咲いている。どちらも多年草でベゴニアはほっといても時季がくれば花を咲かせる。

 今日も最高気温は33度と暑くなりそうだ。この暑さ、しばらく続くようだ。ただ朝晩は涼しくなった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月8日木曜日

『捨てない生き方』

 世間では「断捨離」がもてはやされている。が、それに異を唱える本が出た。それは『捨てない生き方』 (五木寛之 マガジンハウス、2022年第2刷)である。手もとにある『街道をゆく』を読み終えた。そのとき図書館に予約していたこの本を確保する。借りて一気に読んだ。

 捨てないものとして五木は数点、写真を掲載している。そのなかに血液型を調べたときもらった証明書がある。自分自身、両親がB型なので間違いなくそのはずだ。それなのに一度調べたことがある。もちろん捨てずにとっている。五木もB型だ。

 何が何でも断捨離に賛成していない。が、だからと言って何でもしまい込む方ではない。なるべく少ないもので生活できれば一番いいのだがあまりにもモノがない生活はすべての欲望を否定するようで楽しみがなくなりそうだ。モノには程度がある。自分に合ったやり方で捨てる捨てない生活ができればいいと思ったりする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下は本から気になる箇所の抜粋。

★依代(よりしろ)とはミディアムのことです。あの世のお告げを人々に伝える恐山のイタコのような存在。神さまと自分を結ぶ。あの世とこの世に橋をかける。そういった場合には、それを伝えてくれる(何か)が必要なんですね。モノは依代となって、記憶や思い出を私たちに伝えます。モノを通じて、噴水がさあっと吹き上がるように記憶や思い出が蘇ってきます。……見えない明日に向かって生きていくうえで、自分を後ろから支え、そして背中を押してくれる力を得る。過去の記憶を噛みしめるとは、そういうことなのだとぼくは思います。……そういう意味で、今まで生きてきた過去の記憶は大変大きな力を持っています。昨日が見えない者には明日も見えないのです。(66-68p)

★簡単にモノを捨て去ってしまうということは、モノにまつわる人それぞれの記憶と合せて、もっと大きな、モノを依代にして甦る私たち全体の時代の記憶、(歴史)というものを簡単に捨て去ってしまうということ。記憶とは、結局、歴史なのです。(164p)

★モノをどんどん捨てていくということは、自分が生きてきた人生、そして、自分が過ごしてきた時代という(歴史)を捨てていくのと同じことのように思います……捨てられないのは、もちろん執着する心があるからでしょう。執着はよくないという話も聞きますが、モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間というものです。(195p)

2022年9月7日水曜日

台風11号が去って

  30年以上買ったったままで読まずにいた『街道をゆく』シリーズ数冊が家にある。その最後となる「耽羅(たんら)紀行」をやっと読み終えた。「耽羅紀行」の「耽羅」とは韓国の済州島である。本を手にしたとき、この意味がつかめず電子辞書で調べる。が、その掲載がない。パソコンで調べるとそれは済州島とある。済州島を電子辞書で調べると最後辺りに「耽羅」と載っていた。

 自分の中では韓国はいつでも行かれる国とのイメージがあった。それなのに今日までとうとう行かずにいる。コロナ禍になって韓国がいくら近い国であっても所詮外国である。(とうとう行かずじまいでこの世を去る?)と考えるのも嫌だ。いつか必ず機会を見て行くようにしよう。

 司馬遼太郎の『街道をゆく』はどのシリーズをとってもとても詳しく書いてある。このシリーズにある引用文献や参考文献をすべて読むと莫大な量になる。司馬遼太郎は文献を読みながら書いている。たとえ引用文献や参考文献を読もうとしてもその文献を探すだけで読むまでにはなかなか至れそうにない。それくらい聞いたこともないような文献である。

 せめて凡人はそこまでしなくても『街道をゆく』シリーズ全読破を目指そう。とはいえ自分自身は生きてるうちに司馬作品全読破を目指している。1冊読み終えるたびに『司馬遼太郎全仕事』の一覧をコピーして読んだ順に蛍光ペンでその作品を消していく。この時は読むときと同じくらい至福の時だ。そしてブログの下書きにも司馬作品読書一覧表に記している。

 台風11号は大きな被害もなく通り過ぎて行った。今日は最高気温34度と暑くなる。ただ朝晩は気温も下がって幾分過ごしやすくなっている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月6日火曜日

『街道をゆく』 (十九)「中国・江南のみち」

 台風11号が接近している。今のところ雨はそれほど降っていないが、時に強い風が吹く。ただただ無事に台風が通過するのを願うばかりで落ち着いて何もできない。

 家に積読のままにしていた司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズの数冊を読み終えた。このシリーズは何十巻とあり、まだ読んでいない巻もこの際、ついでに読み終もうと思っている。ついでに……、とはいえ簡単に読める本ではない。まだ読み終えていない『街道をゆく』シリーズを読み終えようとすれば1年以上かそれ以上はかかりそうだ。目下のところ司馬作品全読破が今の大半の生き甲斐なのでこれはこれで楽しくなりそうだ。

 以下は『街道をゆく』 (一九)「中国・江南のみち」(司馬遼太郎 朝日新聞社、昭和62年第1刷)から気になる箇所の抜粋である。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「羌」(きょう)という中国西北角住んで古代、粗放な牧畜をしていたチベット系の勇敢な民族は、周の王室とも血縁上の関係があったが、秦の人民の多くはこの「羌」の農耕化したものではないかと思われる。いまなおその末孫たちが、羌(ちゃん)族として四川省などに住む。(9p)

★粽(ちまき)については、楚の屈原が汨羅(べきら)に身を投じたことをひとびとが哀しみ、この日にこれをつくって食べるというのは本家の国でいまもおこなわれる。日本でもわりあいすたれない。いうまでもないことだが、菖蒲が尚武の音に通ずるということで、日本では武者人形をかざったり鯉幟をあげたりする。このことは、中国にはない。(78-79p)

★故河上徹太郎は、岩国の人である。氏に「独立のこと」という随筆がある(『河上徹太郎全集』第五巻)。……吉川広嘉は、錦川にかかる橋がしばしば氾濫で流れるため、構造をどうすべきかで悩んでいたのだが、独立からその話をきき、――西湖の石橋の絵がありますか。ときくと、独立は長崎にあります、と答えた。すぐさま飛脚を出し、とりよせて広嘉にみせると、この殿様は案(つくえ)をたたいて笑んだという。この程度のヒントで、名橋錦帯橋ができた。(94p)

★漢文では、田と畠(畑)の区別がなく、粟を植えても瓜をうえても、田である。……漢字文明が、水田地帯長江流域(楚・呉・越)で発生せず、水田のない黄河流域で発達したからであろう。……日本では、タとハタケを厳密に区別した。……このため、畠も畑も日本製文字で中国にはない。 (99-100p)

★樋というのは、りっぱな漢字だが、しかし中国においてはある種の樹木の名をさし、日本でいう「ひ」や「とい」の意味はまったく持たない。……(中国には、樋がなかったのか)過去形にしたのは、ごく最近に建った屋根つきの公共建造物や新築アパートなどには、といが設備されているからである。古い民家は、実見したかぎり、例外なしといっていいほどそれがない。(101p)

★「行」をあん(ハン)というのは、ひょっとすると、杭州あたりの土着の音だったかもしれない。……日本では奈良朝以来「行」は呉音で「ぎょう」漢音で「こう」だけで済んできた。鎌倉・室町期に、南宋とひんぱんに交易したために「あん」という音まで入りこんでしまった。(113p) (注:例として行燈、行脚などがある)

★中国人には中華思想があるという。たしかに、歴史的には存在した。「華夷の別をたてる」というのは、歴史的中国の伝統思想で、価値はすべて華(文明)であることのみに集約される。「華」の内容のほとんどは倫理的慣習のことで、武力や科学文化を指さなかった。夷(非文明)もまた、人種論ではなく、漢民族のもつ倫理的価値を持っていない集団および状態をさしている。歴史的な漢民族というのは、夷のひとびとを禽獣にひとしいものとしてきた。繰りかえすようだが、中華思想には人種論は含まない。 (125p)

★新中国は、仏教については寛容であったが、中国的迷信の卸し問屋の道教については、これを根絶した。宗教とはいいがたいほどに迷信化し、科学主義をたてまえとする政治原理にとても適わなかったからである。道教は、福・禄・寿を願望とするどぎついばかりの現世利益の心を庶民の暮らしに浸透させていた。したがって、道観もまた、朽ちるがままになっているが、他の目的に使われている。たとえば、蘇州城内の代表的な道観だった玄妙館は博物館になっているし、他にもそういう例が多い。(181p)

★「尊」というのは、元来、酒器から出ている。……この「尊」に酒を盛って先祖を祀るところから、尊いという形容詞や尊ぶという動詞が派生した。「爵」も、殷・周のころの酒器であった。……王が、諸侯の僚臣の身分に応じ、それぞれ等級に適った「爵」をあたえた。酒器としての「爵」をあたえる相手の等級には、殷のころは侯・爵・伯の三等級で、周になると侯・公・伯・子・男の五等級が存在した。明治の日本は、一八八四年(明治一七年)に華族令第十条をさだめ、西洋のまねをして侯爵、公爵、伯爵、子爵、男爵の五爵をつくったが、名称は周の古制からとった。制度は西洋にとり、名称は古中国からとって、一方では封地をとりあげられた旧大名をなだめ、一方では維新の勲・元老にいい気分をさせるというふしぎな制度だった。この場合、「爵」というのはもともと酒器であったことはわすれられた。(248-249p)

★私にとってこのたびの中国の旅の目的は、寧波(ニンポー)を見ることであった。べつにだいそれた欲はないが、この古い町と港のにおいを嗅げればいい。むろん、海も見たい。さらに、運さえよければ、この古い河港から海へ出てゆく――あるいはもどってくる――ジャンクのさまざまを見たかった。寧波・寧波港は日本歴史ときわめてふかい関係をもつにもかかわらず、残念なことに、ここまで足をのばす旅行者がすくなく、さらには、日本人の学者で寧波研究を主題に選ぶ人がすくない。寧波は、唐・宋のころ、「明洲」とよばれていたことは、よく知られている。(263-264p)

2022年9月5日月曜日

「変化のある生活」

 9月3日のpresidenton-lineに和田 秀樹は〈「70代以降は1カ月でも油断したらアウト…」急に要介護になる人に共通する"ある失敗"〉を書いている。それによると老化の最大の“敵”は「意欲の低下」があるという。それには脳機能、運動機能を維持して「使い続ける」ことが重要らしい。70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは「70代においていかに意欲の低下を防ぐか」にかかっているとか。そして「70代に一気に老け込む人の典型は、仕事をリタイアしたときから、あらゆる活動をいっぺんにやめてしまうというケース」があるという。これには前頭葉が関係する。「前頭葉の老化を防ぐには、『変化のある生活』をすることがいちばん」だそうだ。
 
 ここにある「変化のある生活」とはほど遠い生活をしている。これもすべては「コロナよ、お前が悪い」、との考えはよくない!?コロナ禍であっても「変化のある生活」をしなくてはいけないようだ。

 20年前に仕事はリタイアしたが、幸いリタイア後すぐに考えを切り替えて新たなことを始めた。それは社会人大学生だった。現役の若い学生に交じって50代半ばでの学生生活は今となってはいい思い出だ。どういっても50代から60代にかけて6年間学んだことは我が人生で一番充実していた。これに加えて母の介護も加わったが……。今思い出しても大変な日々だったにもかかわらずよく乗り越えたと思う。

 リタイア後はあらゆる活動をやめてしまうどころか、新たなことに挑戦する意欲があった。何かに夢中になる、これが一番幸せ、と思っている。せいぜい「変化のある生活」を楽しむ!?頭に浮かんだ思いつきというかセレンディピティ、これを大切にしてゆきたい。そうすれば「変化のある生活」は可能だ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月4日日曜日

日本画教室へ

 日本画教室に出かける。山にある神社へと続く道を描いている。描き始めて何週間か経っが、彩色については先生に聞いて描く。ある程度描き終えるたび、先生が見に来られると(良くなった!)と思わず自画自賛。(自分で褒めずに誰が褒めてくれる?)と思いながら、下手な絵を描いている。教室のある人は寝るのを惜しんで一心不乱に描くそうだ。どういってもその人ははがき大程度の小品を昨日の時点では22枚出品するとか。他にも大きな作品の展示もある。

 先週、教室が終わってからカフェに入り、その人がなぜたくさんの絵を展示するのかを聴いている。人それぞれ生き方は異なる。その人らしい生き方を聞くと作品数の多い意味もわかる。外野としては何も言えず、ただただ感心するばかりだ。先生もそう話されていた。

 作品展も近づいてきた。先日2枚の絵をそれぞれ額に入れた。額に入れるにも結構体力がいる。額を入れる段ボール箱は毎年のことなので大事にしまっている。それを出して額に絵を入れて箱詰めする。梱包作業は年々、体に堪える。とりあえず画材屋さんがいつ取りに来られてもいいように用意した。

 これから先1週間の天気予報を見ると33度の日々がつづく。今日も最高気温33度の予想だ。ただ、気持ち程度ほど最低気温が低くなっているのか夜は過ごしやすくなった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月3日土曜日

水で育てる観葉植物

 NHKの趣味の園芸を見ていると土を使わずに水に差すだけで観葉植物が育てれるという。花などを水に入れて育てることはある。が、(観葉植物を?)とテレビに見入ってしまった。何か月か前までは部屋の中にベンジャミンを置いていた。20年以上も育てていたが大きくなりすぎ、また下手な剪定をしてしまって外に出すと枯れてしまった。剪定時の小枝を水に差していたら根が生えた。それを以前、ベンジャミンを植えていた鉢に植え替えた。今では30㎝くらいの高さまで成長し青々と元気に育っている。この鉢植えは土で育てている。

 昨夜の水だけで観葉植物が育てられると知ってやる気が出た。水、それも水道水がいいらしい。何と胡蝶蘭さえも水だけで栽培可能という。それも何か月単位でなく年単位でも育てられるそうだ。なお、水は毎日変えるのではなく、なくなれば足す程度でいいらしい。以前からアイビーなどは水に差して育てているがこれからはもっと大きな葉っぱ類を育てたくなった。ただ、(肥料は何を?)と気になるけど番組ではそこまで話は出てこなかった。「NHK趣味の園芸」8月号にこの詳細が掲載されている。

 先日来から暗唱の「想い出のサンフランシスコ」。出だしというかセリフのような箇所は覚えていないが歌の部分は暗唱できる。以前の動画とは違う動画を探すと女性が歌っていた。サンフランシスコには想い出も何もないが一度は行ってみたい。往年のヒット曲(エターナル)は歌うだけで気持ちが和らぐ。

 以前に暗唱していたスペイン語歌詞の歌とこの歌を歌うことがしばらく続きそうだ。そしてフルートは相変わらず「アルビノーニのアダージョ」を吹いている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月2日金曜日

「世界ふれあい街歩き」

 我が家の狭い庭にこの春2本の青じそが芽を出した。種は撒いた覚えがないのでどこからか種が飛んできて芽が出たのだろう。今年は雨の降り方が異常だ。庭に水をまかなくても青じそは新たな葉をつけていく。だが、その半分以上は虫食いだ。それでもこの夏、毎朝のように虫食いでない青じそを何枚も摘む。数日、雨の日がなく青じそも元気がなかった。が、雨上がりの今朝は元気な葉っぱの青じそを何枚か取った。摘んだ青じそはちぎって散らせばどんな料理にも合い、日本の味になる。

 昨夕、何気なくBSを見ると〈世界ふれあい街歩き「インド洋の楽園 タンザニア・ザンジバル」〉を放送していた。タンザニアは大体の見当はついてもザンジバルは初めて聞く。電子辞書で調べるとザンジバルはインド洋に浮かぶ島でタンザニアと同じ国だ。番組HPには「東アフリカ・タンザニアのザンジバル島。アラブやインドとの交易で栄え、石造りの歴史的建物が残る街は世界遺産。海に沈む夕日の美しさは格別で、多くの観光客が訪れる。迷路のような路地は歩いているだけで楽しく、人びとは陽気に話しかけてくる。エネルギーあふれる露店のおじさん、澄んだ目をした元気いっぱいの子どもたち、ビーチで古タイヤを踏み台に跳躍を競い合う若者たち。お互い助け合い優しさにあふれる人たちに出会う」とある。

 路地に入ると生地を売っているお店がある。ミャンマーなどで見られる一枚になった生地を売っている。巻きスカートにするようだ。その生地が巻きスカートの裾辺りになるところに何やら文字が書いてある。(生地には何と書いてある?)と尋ねると「愛する者同士は我慢が必要」とか「人は一人ではない」みたいなことが書いてあるとか。

 Tシャツなどに文字が書いてあるのはよく見かけるが、裾一帯に教訓めいた言葉が書いてあるのを見て驚く。タンザニアの事実上の首都はダル・エス・サラーム(公式にはドドマ)とサラームがついているのでイスラムの国と思ったらやはりそうだった。人々の表情は優しくいい国のようだ。

 タンザニアはまだ出かけていない。が、いつか必ず行こう、と言えるほど簡単には行けそうにない。この近くに位置する南アとジンバブエは出かけた。が、これまで出かけた中で一番遠かった。20数年前のことで当然、今より若かった。タンザニアでなくてもいいからどこかへ行きたい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
 

2022年9月1日木曜日

「なんとかなる」

 ネット記事を見ると〈「企業が取り組むべき「ウェルビーイング」とは? 幸福学の第一人者に聞く〉(2022年6月27日 山岸 裕一)がある。これによると「幸福学の第一人者で、慶應義塾大学大学院のウェルビーイングリサーチセンター長・前野隆司教授に聞いてみました」とあり、「幸せの4つの因子」をあげ、〈この4つの因子が、まるで四つ葉のクローバーのように欠けることなくひとつなぎに関係し合い、これらすべてが満たされているときに「幸せを感じる」〉とある。

 「幸せの四つの因子」は以下のようだ。

1 やってみよう 自己実現と成長という自分に向かう幸せの因子

2 ありがとう 人とのつながりと感謝によって感じる幸せの因子

3 ありのままに 自立と自分らしさに関わる幸せの因子

4 なんとかなる 前向きと楽観に関する幸せの因子

 四つの中に「なんとかなる」がある。自分自身よほど「なんとかなる」に魅せられるのかすぐにこのキーワードが目に入る。このキーワード、プロ野球ヤクルトの野村元監督の奥さんが発したとメディを賑わせたこともあった。先の見えない今の社会にこの言葉は大切かもしれない。
  
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!