2026年3月28日土曜日

「健康でいた方が身軽でいられる」

 図書館で「婦人公論」を読むと91歳で一人暮らしの阿刀田高のインタビューがある。そのなかに「健康でいた方が身軽でいられる」とある。健康でなければ何をするにも人の手を煩わせる。しかし元気であれば自分の思うままに身軽に行動できる。この言葉、本を読んで思わずメモした。ほかにも今年94歳の五木寛之とタブレット純の対談がある。タブレット純はクミコのブログによく出てくる人だ。94歳の会話は何を話しても迫力がある。そして77歳で亡くなった内館牧子の友人の吉永みち子のインタビューもある。

 内館牧子の本はほぼ読んでいない。しかし社会人大学院生として同じ時期に学んでいる。彼女が発した「養老院より大学院へ」の言葉には共感した。これはその当時の「婦人公論」に掲載された気がする。

 今朝の地元紙によると岡山大学は来年度から授業料を値上げするとか。特に外国からの留学生の授業料は2.5倍になり、日本人は1.2倍になるという。現在の授業料は535,800円。これは17年前に修了した大学も同じ額だった。それにしても留学生の授業料値上げはあまりにも高すぎる。大学は1年間だけでなく4年間ある。ましてや大学院を含めると6年間だ。それに初年度は入学金もいる。大学院へ行けばさらに必要だ。

 いま思うに、多額の金銭を払っても社会人になってから大学・大学院で学ばせてもらったことは本当にありがたく、また良かったとしか言いようがない。それまでは何事にも自信がなかった。それが6年間、学んだことで自信となった。これはなにものにも代えがたい大きな財産である。親を介護しながらの通学だは大変だったが学ばせてくれた親には感謝しかない。

 内館牧子の話を吉永ミチ子から知って当時の自分自身を顧みる。それにしても77歳で亡くなるとは……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年3月27日金曜日

夜明けのメロディー

 「予防医学の観点からすると、実年齢というものはさほど意味を持たず、重要なのは体の機能が正常に保たれているのかという『機能年齢』にあるということです」、とここまでネットの記事を引用して、そのあとの記事が分からなくなった。実年齢を気にしすぎる面がある。後は自分勝手に解釈しよう。

 昨日は2か月ぶりに眼科へ行く。春休みとあって親子連れでいっぱいだ。待つこと40分で名前を呼ばれる。眼圧と視力を測られ、その後、医師に呼ばれる。以前の眼科と比べるとどういっても患者の多さが半端ではない。待つだけでくたびれる。目薬をもらいに隣の薬局へ向かう。眼科も真新しくてきれいだが、薬局もできたばかりなのかきれいだ。

 今、通っているのは歯科と眼科。歯科は治療という治療はないようだが歯のクリーニングが月に1回ある。眼科は2,3か月に1度、目薬をもらいに通えばいい。ほかは今のところ元気なのでいいが、とにかく医院や病院は嫌いだ。

 月末から月初めにかけてお天気が良くない。それならば今日宮島へと思った。が、まだ桜は咲き始めのようなので日を改めよう。

 昨日まで鼻水が出て集中力が切れていた。「夜明けのメロディー」を覚えようとするが鼻水が出てなかなか覚えられない。が、今朝は2番の歌詞まで覚えたようだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年3月26日木曜日

ユキワリイチゲ&イズモコバイモを見に行く

 地元紙を見ると昨日、日帰りバスツアーで出かけた島根県川本町のイズモコバイモの記事がある。広島駅新幹線口を9時半に出発したバスはあいにくの雨の中を春の山野草を見るために川本町に向かう。山野草はユキワリイチゲとイズモコバイモである。このツアーで初めて知った花だ。出かける前の情報では雨の日は花を開かないとか。

 広島から川本町までは1時間余りで着くらしく、先に里山イタリアンのあじくらでお昼をいただく。コース料理だが1品が出てくるのが遅く、2時間くらいかけていただいた。

 その後、今回の旅のハイライトである山野草を見に行く。広島をバスが出るとき、ツアー客は添乗員と運転手を除いて全員女性だった。ところが現地のガイドについて案内されるとき、見知らぬ男性がいる。そしてガイドたちと何やら話している。今朝の地元紙を見てこの男性は新聞記者で取材していたのだろう、と思った。

雪割一華(ユキワリイチゲ)


ユキワリイチゲ自生地看板

イズモコバイモ

イズモコバイモ

スミレ

県道わきの斜面にイズモコバイモの自生地がある
 ツアー参加者は25名で相席だった。しかし今回のバスは中型で座席と座席の間隔が幾分広く窮屈さがない。相席の人は三原から新幹線に乗って参加したそうだ。

 住んでいる町には田んぼなどまったくなくなった。出かけた川本町は山間にあり田畑も多い。こういうのどかな景色を見るのが好きなので特別に神社仏閣を見なくても十分楽しめる。欲を言えばお天気が良ければいうことはない。が、幸いにも大ぶりの雨ではなく小雨でよかった。
 
 次の予定は4月の奈良の一人旅までに宮島と尾道、そして生口島の院展が待っている。せいぜい桜を愛でよう。そう言えば昨日、帰宅途中にある小学校の桜が咲いていた。今日は21度、明日は20度の最高気温だ。桜が一気に咲きそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年3月24日火曜日

久々の自転車

   1年前に買い替えた自転車に空気を入れて、何か月ぶりかでスーパーへ乗っていった。ちょうどそのころからプールへは循環バスで行っている。それでもスーパーへは自転車に乗って行っていた。ところが運動不足になりそうでいつの間にか乗らずにいる。気候が良くなれば時に自転車に乗って、と思ったりもする。

 桜の開花時季に合わせて桜を見に行こうとしている。今月末から来月初めまでが開花のようだが、その間、お天気が良くない日がある。宮島と尾道と瀬戸田を予定しているが、瀬戸田は日付が決まっている。残る2か所はお天気次第で行く日が決まる!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年3月23日月曜日

「海の上を走る鉄道」

 3月最後の日本画教室に出かけると各自の机の上に3枚の書類などがある。うち1枚を見ると4月初旬にバスを貸し切って院展を見に行く案内だった。この日は幸いにも日帰りツアーが催行中止となった日だ。ということで瀬戸田の平山郁夫美術館で開催の院展は教室の人たちと行くことになった。

 3月下旬から4月初旬にかけては桜の季節だ。この時季は瀬戸田の院展以外に宮島と尾道の桜を見に行くつもりでいる。宮島へはJRの連絡船が新たになった。今月から「みせん丸」は「海の上を走る鉄道」をコンセプトにして15分間隔で運行している。これに乗るのも楽しみなので宮島へ行こう。

 それより前に近いうち日帰りバスツアーでユキワリイチゲやイズモコバイモの自生地を訪れる。ただ、出かける日のお天気を見ると雨のようだ。遊ぶにはお天気が8割くらいその良しあしを左右するとか。お天気が良くなるように期待しよう。

 昨日はほかにも「夜明けのメロディー」の無料楽譜をネットで見つけた。ただフラットが5個も付いている。変ニ長調か変ロ短調と思うが明るい曲ではないので変ロ短調だろう。ということで5つのフラットを意識してフルートを吹かないといけない。これも慣れればどういうこともないが。その前にネットの楽譜を5線譜に手書きしよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年3月22日日曜日

「人に元気を与えるポイント」

 今から15年前の2月23日、このブログを開始した。それまでのブログは母の介護日記の感じで今はその一部しか公開していない。15年前の悲しかった日々は年を経るにつれて図々しさも増して強くなった。このブログ開始、2日目にだいぶ前に読んで書き留めていた舛井一仁氏の「人に元気を与えるポイント」を引用して生きるエネルギーとした。今朝、またも引用しよう。

 「人に元気を与えるポイント」(舛井一仁)

1 声を大きく、よく話をする

2 健康である

3 手紙でもファックスでも、思い立ったらすぐに出す

4 悩んでいる人に気をつかわせないようにする

5 人脈を豊富にし、質を高く保つ

6 不条理を感じるものがあれば常に怒りを忘れない

7 自分なりの、ネットワークルートを頭の中で完成しておく

8 金銭的に少し余裕をもっておく

9 機会があれば旅のかおりを届けられるようにしておく

10 自分の目標をもって突き進む

 何度読み返しても素晴らしい10か条だ。そしてかなり実行しているかもしれない。このブログが、その後、著者ご本人の目に留まるとは……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年3月21日土曜日

「人は、墓石などを残すために生きるのではない」

  図書館で借りた『箱根の坂』(下)の貸出期限が今日までだ。昨日の時点で残り100頁以上もある。昨日、60頁ほど読んで残りは今朝、読み終える。最近、司馬作品を読んでいると借りるときは予約者がいないのに、読み始めると予約者が出てくる。今回の『箱根の坂』の上・中・下巻は単行本で発行年は昭和59年とかなり古い。それなのにどの巻も予約者が出て、せかされて読んだ。

 今朝、返却までに気に入った個所を書き留める。特に、以下の個所に惹かれる。「墓碑は、骨になったこの人物の生前の好みと思想をあらわすかのようにささやかである。ながめていると、小気味よさまでただよう。人は、墓石などを残すために生きるのではない、などと早雲がつぶやいているようにも感じられる」。(344p)

 なかでも「人は、墓石などを残すために生きるのではない」に、惹かれる。

 毎月のようにお墓に参っている。我が家は後継ぎがいないのでいつの日か墓地の管理をする人がいなくなるだろう。墓石を見ると母の名で父の墓碑銘を刻んでいる。母の墓碑銘も刻んだが決して娘である自分の名を記さなかった。自分がいなくなっても戒名も墓碑銘も刻まないでほしいと思っている。

 人は、墓石などを残すために生きるのではない」、を読んで特にそう感じる。死んでからのことよりも生きていることが大事だ。それも楽しく生きることに限る。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!