敏々日記
2026年5月19日火曜日
ジンバブエの敷物
2026年5月18日月曜日
「蛍」
起きてすぐに浮かぶメロディは「蛍」。「蛍の宿は 川端ヤナギ ヤナギ……」から次の歌詞が分からない。生まれてから今の家に引っ越すまでは隣の建て替わる前の家に住んでいた。家の前には小川があり猫柳が植えてあった。まさに蛍が好みそうな宿だったかもしれない。今とは違って家の周りは畑や田んぼがあった。蛍を捕まえると父親が近所の麦畑の麦のストローで蛍籠を作ってくれた。蛍を見るのは夏になれば日常のことだった。
今朝の歌で小さかったころの光景が目に浮かぶ。今は年中、借り上げ住宅が建設される爆音が響き渡るが、当時は静かなものだった。今は田んぼや麦畑は周りを見渡してもどこにもない。
蛍といえば蛍草がある。別名はつゆ草ともいうようだが今でもこの草は線路の付近に生えている。子供のころを思い出しているとどの言葉も情緒がある。今は何でもかんでも言葉がカタカナだ。
昨日もスーパーへ運動を兼ねて出かけた。今日はさてさて何処へ……。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2026年5月17日日曜日
『歴史と視点―私の雑記帳ー』
自宅近くにドラッグストアとスーパーが3軒ある。ドラッグストアは食料品の中でも牛乳、豆腐、卵やバナナなど重たいものを買っている。が、スーパーは野菜や鮮魚などを購入。今は使い分けて買い物している。旅に出るのが当分無理なので今は近場の買い物が一番の気晴らしだ。一歩自宅を出ればだれかと出会う。それは知り合いだけではなく出会う人は皆知り合い?の感覚で話をする。これも結構な気晴らしだ。
今、完全とは言えない中での生活を強いられている。しかし、出会う人の中にはもっと大変そうな人も見受けられる。どこにいても今の状況に満足して生活するしかない。そして元気を取り戻せば、このリベンジを……。それまでは辛抱、辛抱!
3月に読んだ『歴史と視点―私の雑記帳ー』(司馬遼太郎 新潮社、平成十七年五十四刷)から気になる箇所を記そう。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
★太平洋戦争には戦略というものはなかった。横井庄一氏のような兵隊を汽船に乗せ、地図にあるかぎりの島々にくばってまわり、配るについては海軍がその護衛をし、まるで棄民のように島々に捨て去りにしたあとは、東条英機という集団的政治発狂組合の事務局長のような人が、東京の大本営で「戦陣訓」というお題目をひたすらに唱えつづけただけの戦争であった。そして横井さんが戦後二十八年してグアム島の密林から出てくるのである。……私はつい不覚にも大正時代に生まれてしまった。このため戦争時代を兵隊として多少体験したということで、後続世代のひとびとからどうやら中州に入れられている。しかしその立場から提言できることがあるとすれば、反戦とか非戦とかという裏返しの旧軍人じみた感情コトバを題目のように唱えることでなく、日本というこの自然地理的もしくは政治地理的環境をもった国は、例えば戦争というものをやろうとしてもできっこないのだという平凡な常識を認識としてひろめてゆくほうが大事なように思えるのだが、どうだろうか。(大正生まれの『故老』)(22p-24p)
2026年5月16日土曜日
みどりの窓口へ
2度目となるリハビリに行く。前回出かけたGW明けとは違って混雑は緩和している。リハビリが終わって最寄りJR駅に向かう。前回はかなり回り道だったが今回は来た道を戻って駅に向かう。そして今回は広島駅まで行く。駅構内でカフェに入りお昼を済ませる。構内の食べ物屋は数軒しかない。が、だいぶ前に入ったお店がわからない。仕方なくミスタードーナツに入る。ここを出た際、目的だったお店が目に入る。何を慌てていたのだろう。
構内の改札を出てみどりの窓口に向かう。1か月余り前、姉の孫息子が発券済みのチケットを延長する押印をしてくれていた。みどりの窓口に入るのは初めてだ。たくさんの人がいる。が、カウンターに並んでいる人は少ない。あれっ、と思って近くにいた人に聞くと受付を済ませて、その番号を呼ばれるまで待機だとか。それには30分以上かかると教えられる。どこかへ座って待てば、とも言われるが席はない。その人は自分の席を外して座らせてくれた。本当に申し訳ない。今は人の親切に頼るしか生活できないので遠慮せずに座らせてもらった。
受付番号を見ると620番で時刻は13時3分だ。ただいま応対してもらっている人は550番台だ。カウンターの窓口は4か所。本来は10か所くらいあるのだろうが応対はしていない。呼ばれる番号を首を長くして待つ。50分くらい経過後、やっと呼ばれる。それからがさあ大変。押印された新幹線のチケットを渡して事情を話す。すぐに応対してくれるがパソコンでJRのポイントを使ったり、クレジットで決済のため返金と言っても面倒のようだ。
すべてが終わった時刻は14時20分過ぎ。一人にこれほどの時間がかかれば窓口の混雑もわかるというもの。チケットをネットで買う際は簡単でも、いざ、払い戻しとなると大変なことになる。ポイントの払い戻しもしてくれるがそれはこちらのスマホを駆使してやってくれた。何の仕事も大変だ、と改めて思った。
何はともあれ、クレジットでの返金手続きは終わった。
久しぶりに広島駅に行った。とはいっても駅のお店があるミナモアではない。
徐々に活動範囲を広げて……。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2026年5月15日金曜日
執着心
まだ完ぺきではない状態でも、また、たとえ年老いていても、知恵が湧くものだ。少々不便な生活を強いられている。その一つにクローゼットの一番下の引き出しに手間取る。いい方法は?、と思いを巡らすうち、その中のものをほかの引き出しに入れれば物事はスムーズに運ぶ、と。そうはいっても入れる引き出しが満杯ならばそうもいかない。1年半前のリフォームの際に衣類などだいぶ、処分した。が、それでもまだ処分しよう、となった。昨日は大きなナイロン袋にいれて処分した。
処分品の中に海外で買って帰ったお土産類がある。お土産と言っても飾り物ではなく布製のカバー類だ。大きなものですべてに刺繍が施してある。が、我が家にあっても利用方法がない。そういえば衣類のうち数枚は海外で買って帰ったTシャツがある。綿製品だがこれも着ることがないので処分となった。
コロナ禍以降、海外旅行はしていない。それまでは年に1,2度か2,3度出かけていた。それも10年くらい前までは大きさとか量とか考えず、若さに任せてよく買っていた。その雑魚がたくさんある。が、だいぶ処分した。それでも中国で買った端渓の硯、翡翠の玉香炉、唐三彩の馬の置物などは捨てられない。ほかにも九塞溝に出かけた際、日本で知り合った中国の人からお土産にいただいた両面刺繍の飾り物はもったいなくて捨てられない。ということでまだまだ欲が勝っている?!というか執着心!?
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2026年5月14日木曜日
2か月ぶりに図書館へ
2026年5月13日水曜日
一人祝杯は何時!?
アクシデント後、髪は洗うだけにして染めずにいる。真っ白くなるのが理想だが今のところは薄茶色と黒がかったところと白髪の混合だ。母は晩年、染めずにいたらきれいな白髪になった。まさか自分自身が髪を染めなくなるとは思わなかった。が、何事も自然なままがいいようだ。
昨日は一昨日急遽予約を入れ、幸いにもキャンセルが出たという歯科へ出かける。相変わらず歯のクリーニングなどだが、昨日は歯科医に診てもらう。まったくと言っていいほど薬のお世話にならずに過ごしていた。が、今回のアクシデントで薬の服用もやむを得なかった。今は量も少ない。まずは歯科医にその旨告げる。歯は健康バロメータのようだ。
日に日に元のような生活に戻っている。完全に戻るには旅の再開如何にかかわっていそうだ。その時は以前のように旅先で生ビールで一人祝杯をあげよう。その時期は何時!?楽しみにして待つしかない!
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

