2026年2月6日金曜日

『義経(下)』

 『義経(下)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2005年第11刷)を読んだ。図書館で借りた本だが、貸出期限が明日までだ。それも1度延長しているので何が何でも読み終えなくてはいけない。源頼朝と義経は兄弟だ。義経は父の仇を討つために平家を滅ぼす。そして兄を信頼するも最期は兄に騙されて自害する。本の末尾に書いてある「悪とは、なんだろう。」について考えさせられる。司馬遼太郎は少年のような心を持った人が好みだ。まさに義経はそれにふさわしい人だった。しかし、兄、頼朝は鎌倉幕府の運営に苦慮して政治的感覚のない義経が毒物以外の何者でもなかった。

 本を読みながら源氏の子孫はどうなった?と思った。平家の子孫は「平(たいら)」や「平(ひら)」などといった姓で今でもある。その両方の姓の人を知っている。が、「源」は聞いたことがない。本を読みながらつい思ってしまった。そして面白くこの本を読んだ。

 以下はこの本から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★この時代、義経のみならず、ひとびとの心は怨念ぶかくできている。怨念ぶかいことが、むしろ美しいとされていた。法師たちがひきあげたあと、梅のにおいがいきいきと闇のなかでいきづきはじめた。(これが、鞍馬のむかしのにおいというのか)義経は蔀戸(しどみど)をあげて縁に出た。庭燎(にわび)の火が、闇いっぱいの梅花を夢幻の精のように浮きあがらせている。炎が燃えさかるたびに花影がうごき、義経を恍惚へさそった。おもわず涙があふれた。(かならず怨念を)――晴らし遂げたい、と思った。怨念のうつくしさはそれを晴らすことによって完結する。晴らすとは平家を討つことであった。平家を討滅させることによって自分の生涯も、この闇のなかの梅花のごとくにあでやかに荘厳されるであろう。この若者は、中世に生きている。自分の生涯を美化したいという、ただそれだけの美的衝動だけで十分に死ぬことができる時代に生きていた。(83p-84p)

★義経が着想し、指揮し、実施したすべての戦術が平家を潰走せしめた。「あの若者が、な」と、後白河法皇には、ちょっと信じられなかった。色白で小柄な、どこからみても見映えがせぬあの若者のどこにそのような天才性が宿っているのだろう。その翌日、すべてがあきらかになった。そのうわさの義経が、平家方の首桶を先頭に京へ凱旋してきた。……義経といえば数年前までは流浪の子であり、きのうまでは無名の若者であったのが、きょうは神であった。戦争が、その変化を遂げさせた。戦争というぼう大な生命の賭け以外に、これほどの奇跡を現じさせるものはない。(122p)

★「月代御前だ」「匂うような名だ」月代というのは月が昇る前、山の端(は)がほのかに黄金色に色づく、その現象をいう。(174p)

★鯱(しゃち)は海にいる。犬は陸にいる。犬がいかに吠えようとも海の鯱にとびかかるわけにはいかない。陸軍しかもたぬ源氏は犬であり、強大な水軍をもつ平家は鯱であった。平家は瀬戸内海という広大な水域に大小数百の軍船をうかべ、中国、四国、九州の海岸地方を完全におさえている。犬である源氏は山陽道を駆けくだって本州の西端まですでに行っているが、いくさにはならない。(水軍をもたぬ以上、平家をどうすることもできぬ)と義経は思う一方、しかしながら騎兵集団を特殊使用することによって海上王国の平家を一挙に覆滅できるただひとつの方法を義経はおもいついていた。(それならば勝てる)と信じている。しかしながらすでに頼朝から司令官である資格をとりあげられている以上、どうすることもできなかった。……(たれもできぬ)という自負心が義経にあった。単にかれだけの自負心ではなく、歴史上の何者をもってきてもかれ以外にそれができないことは、後世の歴史が証拠立てている。(184p-185p)

★ほかにも捕虜になった者がいる。この一門では齢(とし)がしらである大納言平時忠でああった。平時忠といえば、むかし、平家のはなやかなころ、――平家にあらずんば人にあらず。という有名なことばを吐いてその栄華を一世に代弁した人物であった。(313p)

★義経は、この尊大な捕虜に対し、あくまでも自尊心を傷つけぬようにあつかい、しかるべき船をえらび、船室を清めてそこへ収容した。この処置に時忠は満足し、「あの小僧は分(ぶん)を心得ているらしい」と、その息子の中将時実にささやいた。(315p)

★白拍子とは、男舞(おとこまい)を専門とする妓女のことである。男舞というのは、女ながらに立烏帽子をかしらに頂き、白い水干(すいかん)、白鞘巻の太刀といった男装をし、絣のはかまをうがって舞い、かつうたう。そういう種類の歌舞は数十年前からあったらしいが、法皇などは、――白拍子の舞の創始者は磯の禅師。ということで記憶していた。……弦楽器を用いないのが特徴で、鼓、笛、銅鑼という拍子楽器を用い、それを伴奏とした。歌は流行歌謡(いまよう)である。おおぜいで舞うときには歌も合唱をする。この神泉苑での百人舞いがちょうどそれであった。(379p-380p)

★義経が都を去った四日後に、法皇はあれほどに寵愛しておきながら、義経の官位を容赦なく没収し、伊予守でも判官でもない、ただの九郎に堕としてしまった。さらに義経退去のあと九日目には、――義経こそ賊である。追討せよ。という院宜を法皇は鎌倉の頼朝に対してくだした。すべて頼朝への遠慮であり、配慮であり、朝廷という古典的権威をまもるためのやむをえざる処置であった。義経は、諸国の山河にかくれ、隠れては奔り、転々としつつ、朝廷と鎌倉から追跡され、ついに奥州の平泉まで逃げ、追いつめられ、最後に衣川の持仏堂に逃げ入り、自害した。その首が酒漬けにされて鎌倉に運ばれてきたとき、頼朝は「悪は、ほろんだ」といった。なるほど、国家の機能をあげて弾劾と追跡をうけた義経は、悪といえば類のない悪かもしれなかっ。が、「悪」ということばを頼朝の口からきいたひとびとも、それを漏れきいた世間の者も、また京の廷臣たちも、――悪とは、なんだろう。ということを一様に考えこまざるをえなかった。後世にいたるまで、この天才のみじかい生涯は、ひとびとにその課題を考えさせつづけた。(497p-498p)

2026年2月5日木曜日

ヨーグルト入りのリンゴケーキ

ホットケーキミックスで作ったリンゴのケーキ
 毎朝、ホットケーキミックスで作ったリンゴのケーキを食べている。これまでは牛乳と卵、そしてリンゴなどをホットケーキミックスに混ぜてフライパンで焼いていた。昨日は焼くのでなくレンジでチンする方を作った。材料は牛乳の代わりにプレーンヨーグルトを使う。昨日、作った方がこれまでのよりもデザート感覚でいただける。リンゴの甘酸っぱさとヨーグルトがなじむからかもしれない。レンジでチンする四角い容器がなくて丸い皿にクッキングシートを敷いてその中に材料を混ぜてチンした。スマホを見て簡単そうな料理(?)を作っている。これは楽しい!

 昨日はまた某金庫から「抜粋のつヾり その85」が送付されてきた。まだ読み終えていないが送られてくるたび、なんと奇特な企業だろうと思う。どういっても発行部数は45万部で個人を含めた全世界へ送付している。郵送料だけでも大変だ。

 今日と明日は最高気温が14度と暖かくなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月4日水曜日

穏やかな立春!

 昨年末、近くにある家の解体があった。今年になってそこに3階建ての借り上げ住宅が建つらしく、連日、土地の整備などで重機が入る。一日中けたたましい音がする。今朝はさらに大きな重機が入るのか、我が家の通りに面した道で大型トラックから重機を下ろし、工事現場まで移動している。この騒々しさは建物が完成する秋まで続くのだろう。

 気を取り直そう。昨日、図書館で借りた『シニアごはん』、サブタイトルに「クックパッド おひとりさまにちょうどいい」とついている。「月3万円の年金暮らしの献立レシピも」ともあるが月3万円では食事代が足りない。事細かに家計簿をつけたことはないが食事代は削りたくない。というか、今の時代、このような本を参考にするよりもスマホでいくらでもレシピは見られる。

 スマホといえば携帯から買い替えて一番良かったことに旅行とこのレシピにあるかもしれない。自分に合った簡単料理がすぐにできる。ということで昨日、レンジでリンゴケーキのレシピを見つけた。1年以上も前からホットケーキミックスでリンゴのケーキを作って朝食のパンの代わりにしている。1回作ると6回分の朝食になる。と言っても他にも朝食でいただだいている。昨日はそのアレンジなのかスマホで見る限り美味しそうに見える。今日はこのリンゴケーキを作ろう。

 どういっても家にいるときは一日の大半を台所で過ごしている。日当たりの良さがここにいる理由かもしれない。

 今日は気温も13度になり明日とあさっては14度になるとか。しかしその後はぐっと下がって4度!?近いうち別府に出かける。お天気のよいことを期待しよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月3日火曜日

プールへGO~

 プールに行こうとして家を出ると近所の人と出くわす。近所の人といってもどこの誰かまでは知らない。その人が持っているショッピングカーから近所の人だと思った。「寒いですね」、とすれ違いざまに言うと何か話したい素振りだ。こちらはプールに行くバスの時間が気になる。近づいてきて「お母さんは?」と聞かれる。亡くなって今月で15年になる旨、告げると信じてもらえない顔だ。

 母を介護しているとき母を車いすに乗せて毎日、外に連れ出していた。それを見ていた人から母亡き後、声をかけられることがある。昨日の人もそうだ。名前を聞くとどこどこから嫁いできたと数十年前のことから話される。今の名を知りたいので再度聞く。プールから帰って町内の地図で調べると近所の人だった。

 そして一人で住んでいると話すと、一人で?と怪訝な顔をされる。その人は地図上では2世帯の名があるので一人、に反応されたのかもしれない。

 さて、プール。見知らぬ人と話した後、急いで隣町の循環バス乗り場へ行く。間に合った。先週は泳いでいない。そのためかクロールで泳ぐときつくなる。背泳ぎで泳いでいると人がやってきた。隣のプールに移動して泳ぐ。背泳ぎでは泳ぎが遅いのでクロールで泳ぐ。しかし、まだ息がきつい。次に水中歩行に移って歩き出す。その後、つづけてクロールで2往復泳いだ。このころには息つぎも楽になる。昨日も水中歩行50mを入れて500m泳いだ。泳いだ後は何もかもがすがすがしい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月2日月曜日

「元気があれば何でも出来る」

 毎日、気に入った人たちのXやインスタ、そしてブログなどを見ている。昨日はインスタの写真に「元気があれば何でも出来る」の言葉をアップして「元気と気合と根性」の文を添えている。その人は元カープの磯村選手。今はカープの広報などの担当だとか。その言葉はご本人が書いたのか誰が書いたのかは知らないが額に収めてある。

 確かに元気があれば何でも出来る、と思う。何をおいても行動するには元気がなくては始まらない。それに気合と根性が付随する!?

 ネットか何かで見た気がするがプロ野球選手になるには東大に入るよりも大変だとか。並の人間では到底無理というのだろう。

 この人のインスタは最近、目にするようになった。スマホを触ると自分が意図する画面が出るかどうかは知らない。が、時に知らない世界に目がいくことがある。SNS関連はお笑いの人たちのを見るのが大半だ。

 今日は朝から晴れている。泳ぎに行こうかどうか迷っている。天気予報を見ると午後から雨が降るとか。「元気があれば……」ではないが少々雨は降ってもプールへ行く!?

 ともあれ今日も元気で楽し過ごしましょう!

2026年2月1日日曜日

『義経(上)』

 『義経(上)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2005年第5刷)を読んだ。以下はいつものごとく気になる箇所をメモする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★平家はいよいよ栄華をきわめ、平家一門の平(へい)大納言時忠などは、「平家にあらざる者は人ではない」とまで傲語(ごうご)した。この一門の栄耀驕奢(きょうしゃ)は日本人がかつてその歴史のなかで経験したことのないものであったろう。なぜならば、平家ほどの強力なかたちで日本が統一されたことはそれ以前にはなかったであろう。彼等は日本人として最初に経験した権勢の陶酔者だった。それだけにその酔いざまのみごとさはそれ以後にも例がない。平家以後、源氏、足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏といったような統一者があらわれたが、彼等はすでに平家の例をみている。勢い、自制心がはたらいた。(46p-47p)

★(おなじ腹を切って死ぬなら、このような僧の姿で死ぬのはやり切れぬ。戦場で華々しく死にたい)正近の体のなかを流れている坂東武者の血のうめきというようなものだろう。よき死場所を得るには勝敗はべつとして挙兵をせねばならぬ。挙兵をするには源氏の御曹司牛若丸にその素性を教え、自覚させ、旗を野にすすめさせねばならぬ。(百に一つ……源氏が勝ち。源氏の世がくれば、生き場所も死に場所もうしなったおれも、この世の大路小路を安堵して歩ける)正近は身をかがめて、麻畑のなかを疾(はし)った。(78p)

★「御父の仇を討ち参らせよ」正近がくりかえすこの言は、錐のごとくするどく少年の心に揉みこんでゆく。「復讐心の資質は」と正近はいうのである。―-この濁世の栄達をのぞむな。栄華にあこがれるな。正近の言葉は、少年の心につぎつぎと滲みこんでゆく。正近は唐土の臥薪嘗胆の故事をもあげた。復讐者の一生は復讐のほかの快楽を求めてはならぬ。復讐のみが、唯一最大の目標であるべきである。つねに利剣のごとく鋭い心を砥がれよ。この世における主題はそれのみであるべきであり、そのためにのみうまれてきたと思召されよ――と正近派はその洛中洛外の群衆を魅了した口説をもって説き去り説き来たり、少年の心をほとんど掌にのせ、自在にしきった。奇妙な男というほかない。(198p)

★(なんと名乗るべきか)冠者は、義朝の九男である。……名は一字は父の名からとるのが慣例になっている。義をとり、その下に何を付けるべきかに迷った。……源氏は清和天皇からはじまっている。その子が貞純親王であり、さらにその子が経基であった。この経基から臣籍に降下し、はじめて源の姓を賜った。その経をもらい、義経というのはどうであろう。(源九郎義経か)と口ずさんでみると、調べもなだらかであるし、文字面もわるくはない。(136p)

★新興の土地で、田畑は「開発」によってたえずひろがっている。それにともなって人口が増加するため、同時に細分化も進んでいた。それに土地を長男が相続するのか、父の指名する子供が相続するのか、相続の慣習が確立していないため、兄弟間で紛争がおこりやすい。「一所懸命」という、これはやがて国語になってゆく言葉が坂東にある。自分の一所をまもるために命を懸けるという意味である。(198p) 

★(まさか、その堪増の子が)と、さすが九郎も信じかねた。熊野別当職といった名門の子が、諸国のあぶれ者が身をよせる叡山の僧兵に身を落としていようとはおもわれない。しかし、その名乗りが事実であるとすれば、よほど世をすねた変わり者なのであろう。げんに法師は、「久しく山にあって、乱を恋い、都に出ては狼藉をはたらいていたが、いまついに恋を遂げ、その兆しの舞い歩くのを見た。すなわち、足下である」と言い、「御名を、きかせ候え」と声をひくめ、しかし身を揉むようにいった。日が、暮れおちている。「この黄昏の刻限を、逢魔の刻(とき)、という。法師の様子はいかにも風狂であったが、感じようによっては、この刻限の邂逅を不可思議ともとれるであろう。感じやすい若者はついそう感じ、名を名乗った。それが、この若者と法師の生涯を、伝奇的な運命に変えた。(263p-264p)           

2026年1月31日土曜日

葉っぱの落ちた花麒麟

 今週と来週は日本画教室がお休みだ。前回の教室で岩絵の具について先生と話す。岩絵の具を混色する際、同じ番号でする、と教わる。それは岩絵の具の番号が水干絵の具と違って粒子の番号だからだとか。そのため粒子が同じもので混色するとよくなじむらしい。これまで10年以上も水干絵の具を使っているので「同じ番号」と聞いてすぐにその言葉に反応してしまった。水干絵の具の番号といえば粒子ではなく色番号だ。

 ほかにも先生から各自、マスキング筆をいただく。この筆はナイロン毛でできているらしく面相筆よりも細い。点描写にも合うらしく、いただいた早々から使っている。

 先日、WEB予約で広響のポップスコンサートに予約し、クレジット決済した。発券はセブンイレブンを指定したのでメールの届いた翌日、コンビニで発券した。コンビニの店員はバーコードを、という。スマホでコンビニで発券までの画面は出たがその後がわからない。店員にスマホを見せるとバーコードまで行きつき、すぐに発券できた。これでコンサートの日が楽しみだ!

 今朝、2か月前に買った花麒麟を見ると葉っぱも落ちてほぼ花だけになっている。しかし花はまるで小さい蘭のようにしっかりしている。茎はサボテンのように太くて硬いとげがある。これは花の少ない冬にはもってこいの花かもしれない。大事に育てよう!

葉が落ちた花麒麟

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!