2026年5月10日日曜日

楽しみを見つけて!

 久しぶりに生協へ出かけた。この1か月余り、食料品の大半は家の近くにあるドラッグストアで買っていた。しかし、ここだけでは買えないものがある。魚類や店屋物である。リハビリを兼ねて自宅最寄り駅にあるスーパーや以前に出かけていたスーパーへも行った。しかし、生協はその2か所よりも近くにあり、図書館も隣接している。ただ、踏切を渡るのがネックだった。

 生協では久々にお刺身を買う。これを買った時点で、くすぶっていた日々から一筋の光明が差すように思えた。そしてこれとは全く関係ないがフルートを頑張ろうと思った。今更新しい趣味ではなく、せっかく習ったフルートを吹く!?そう気づくとだいぶ気持ちが晴れてくる。楽しみを見つけた気がした。

 生協の帰り、1,2年会っていなかった人と出会う。こちらから気付いて声をかける。93歳になるという。一人住まいは相変わらずのようだ。杖を突いて歩く姿を見ると自分も頑張らねば、と思ってしまう。その人から見ればまだまだ若いといわれる。しかし、今はアクシデントによるショックが勝って今一歩元気がない。何歳になっても一人で生活する人は尊敬しかない。出会ったときは内科へ行くと話された。

 昨日は午後になって、広島市のプレミアム・アウトレット付き商品券の手続きをスマホでする。1万円→15千円で買い物できる制度らしい。が、結構大変だった。それよりも各自にそれに見合う金額を振り込んでくれれば物事は簡単、と思うけどどうなんだろう。スマホの手続き後は郵送で書類が届くとか。まだまだこれは終わりではない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月9日土曜日

電話で近況を話す

 近所の道沿いの花壇に真っ白い花が咲いている。先日、2人が花壇にしゃがんで何かしている。花の名を問うと聞いたがわからない、という。スマホで調べると「オルラヤ・フライト・レース・フラワー」とある。長い名なのでちょっと聞いただけでは覚えられそうにない。聞くところによると昨年、種をまいたとか。道沿いの花壇にこの白い花が咲いているのは圧巻だ。

 先日のリハビリはどうだったかを姉から電話で聞かれる。今回のアクシデントでは姉と義兄に一番お世話になった。母亡き後、まるで母代わりのような姉の存在だ。感謝してもしきれない。と同時に、姉妹がいるのは本当に良かった、と今更ながら思っている。

 リハビリの場所からの帰り道で自分自身、変な回り道になって大変だった。姉と電話で話すと同じ事をしている。リハビリ近くのJR駅付近は区画整理で以前とは全く様相が違う。道という道は塀で囲まれて、工事現場の中を歩く感じだ。工事が終わればモデル住宅のような家が建つのだろう。あたりには樹木1本もなく、殺風景な場所を歩くので道に迷うのも当然かもしれない。しばらくはリハビリ通いが続く。

 夜になって友だちから電話がある。リハビリの日、会えるかも、と思ったらしい。それは無理、とそのわけを説明する。というのもリハビリの場所は人でごった返し、ただリハビリを受けるだけでなく、システムに沿って行動する。いろんな係に名前を呼ばれてその通りに動く。これでは人が訪ねてきても無理がある。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!


オルラヤ・フライト・レース・フラワー

2026年5月8日金曜日

「リハビリ、頑張るんよ」

 アクシデント後、JRに乗って予約のリハビリに出かける。中に入るとまるで戦場(?)を思わせるほどの人、人、人だ。30年間、病院に行かず、元気に生活し、40年間、泳いでいるとの自負があった。ところがそれもアクシデントで一瞬に崩れる。頼れるのは自分だけ、の気持ちは今回のアクシデントによってさらに増す。その分、人の親切には癒される。

 帰り、最寄り駅までの近道を教えてもらったがわからない。その時、自転車で通る人がいる。声をかけるとわざわざ尋ねた道を確認しに自転車に乗って出かけてくれた。すぐに確認できたらしく道を教えてくれる。日本人ではないようなので尋ねるとペルーと日本のハーフだという。ペルーと聞いてしばし立ち話をする。30年前に日本に来たそうだ。同じころ、ペルーに出かけている。しばしペルーの話で盛り上がる。まるで見知らぬ旅先で出会った人のような感じになった。

 出かけた場所はJRの高架事業で駅前付近は区画整理されている。かつて何度も通った場所なのにまるで初めて行くかのようにわからない。最寄り駅は徒歩で3分なのに、道を変えたがために倍近く歩いた。途中、行きかう2人に道を聞く。方向としてはあっていたが駅にたどり着かない。やっとの思いで駅まで着くとホームには誰もいない。しばしJRを待つ。たった2分の乗車は駅に向かうだけでくたびれ果てる。

 「リハビリ、頑張るんよ」の先生の言葉にどれほど勇気づけられることか。先生といえば「水泳はOK」を聞くのを忘れていた。次回は忘れずに聞こう!

 今朝、郵便受けの新聞を取ると、はがきが届いている。某会の総会の案内だ。どんな誘いにも参加していた。が、今回は参加を見合わせよう。精神的なダメージが回復するまではおとなしく、おとなしく!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記)看護師に「水飲んだ?」と聞かれ、バッグから小さいペットボトルを見せた。「小っさい!」と驚かれ、受付に給水機があると教えてもらう。この1か月余り、一番良く言われた言葉が「水を飲むように!」。昨日も帰りがけに言われて笑ってしまった。

2026年5月7日木曜日

一日の運動!?

ちまき

 GWは終わった。毎日が日曜日となって以降、GWと言っても何の感慨もない。働いていた頃はGW?といえば勇んで遊ぶ予定を立てていた。海外旅行である。いつか、これまで出かけた海外の旅をまとめようと思っている。が、それも今は気が重い。まとめるといっても出かけた日と出かけた先を記入するだけだが……。

 一昨日は地元最寄り駅にある24時間営業のスーパーまで買い物に行った。これに気をよくして昨日は1か月余ぶりにいつものスーパーに行く。これからはスーパーに出かけて買い物をするのが一日の運動になりそうだ。そのうち水泳も再開?出来ると思う。そうなれば言うことはない!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月6日水曜日

You Tubeで「世界の辻井伸行」を見る

 自宅最寄り駅にあるスーパーへ散歩を兼ねて出かける。最近は自宅前にあるドラッグストアで食料品を買っていた。しかし、それも事欠くようになる。久々にスーパーへ行くとドラッグストアにはない魚類や野菜を購入。そして握りずしを買う。

 帰りがけにきれいな花が植えてある庭の主と立ち話。その人は傘を杖代わりにしている。好きな花をあげるといわれたが欲しくても荷物になる。そう思ってあきらめた。朝から1時間の散歩となった。最寄り駅を通るときJRの情報誌を見つける。行楽シーズンなのに気持ちは何処へも行こうとは思わない。しばらくはじっと我慢の日々!?

 午後はYou Tubeで「世界の辻井伸行」を見る。BS朝日で2012年に放送されたものらしい。辻井が誕生してから世界的音楽コンクールで優勝するまでのドキュメンタリーだった。1か月余り、すっきりしない毎日だった。が、この番組を見て元気を取り戻せたかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月5日火曜日

『箱根の坂』(下)

 世の中、GWの真っ最中。お天気も良く遊ぶにはもってこいの日だ。しかし、この頃の我が身を振り返れば遊ぶ話は皆無だ。このリベンジはさていつになるやら。だいぶ前に読んだ『箱根の坂』(下)(司馬遼太郎 講談社、昭和五十九年第一刷)、気になる箇所をメモしよう。

 久しく司馬作品を読んでいない。しばらくは家にある本を読む!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★上代日本が金を欲していたのは、律令国家が造寺造仏をするためだった。上等の仏像には銅に金鍍金して金銅仏(こんどうぶつ)に仕立てねば「異国の神はきらきらし」というふうにならず、そのようにせねば律令国家の権威を民百姓に示せなかったのである。金が、鍍金用金属以外の価値をもちはじめたのは、十二世紀の源平ぐらいからであった。平家政権の平清盛が、日本国最初の貿易主義の政治家で、さかんに対宋貿易をおこなった。決済商品として、金が必要になった。当時、奥州平泉の藤原氏がにわかに繁栄したのは、北上川の砂金の採取権を持っていたためで、この砂金が清盛の貿易につかわれ、宋に流れた。室町期は、貿易の時代である。大いに金を必要としたため、国内でも金をもってたとえば米が買えるようになった。……いずれににしても早雲は、―伊豆の土肥の金で米を買い、足軽隊をつくろう。とおもいつづけている。金は駿河においても産する。(22p-23p)

★曹洞宗とは、ふしぎな宗旨である。宗祖道元はその著『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう)においてもわかるように、きわめて晦渋な表現をもって禅宗の哲理を説いたのだが、そのむずかしい宗旨が、武士や知識階級へはゆかず、民衆のほうにむかったことは奇妙というほかない。道元は権力者がきらいであった。鎌倉幕府の使者がきたとき、その使者が座っていた場所の上までけがれたとして捨てさせたほどである。道元の本拠地は、越前永平寺である。その第三世を継いだ義介(徹通義介)はあまりにも目ききがきき、経営主義的でもあった。……義介の門人の螢山(螢山紹墐けいざんしょうきん)も、いわばやり手だった。道元の思想に反し、どうげんがもっともきらった祈祷や儀式などもとり入れ、民衆教化にのりだした。……民衆禅としての曹洞宗の効用は、清規(行儀作法)にやかましいことであった。人間が社会を組む場合、行儀作法さえよければ半ば世間に波風が立つことがふせげるといっていい。宗瑞は自分自身は臨済禅をを学んだが、曹騰禅を知るにおよび、それが民政に役立つことを知った。……(ついでながらこんにち曹洞宗の末寺が全日本で一万四千、西本願寺の一万余と比べるとはるかに大きく、民衆宗教と言っていい)。(75p-76p)

★早雲の遺骸は韮山で火葬に付され、虚空にこどった。骨は遺言により、箱根湯本の古寺の境内みうずめられた。その寺は、それまで真覚寺とよばれていたが、子の氏綱が臨済禅にのっとって菩提寺とし、早雲寺とあらためた。墓碑は、骨になったこの人物の生前の好みと思想をあらわすかのようにささやかである。ながめていると、小気味よさまでただよう。人は、墓石などを残すために生きるのではない、などと早雲がつぶやいているようにも感じられる。(344p)

★この奇妙人について重要なことは戦国の幕を切っておとしたことである。さらには室町体制と網の目のあらい統治制度のなかにあって、はじめて「鎖国性」という異質の行政区をつくったこともあげねばならない。日本の社会史にとって、重要な画期であり、革命とよんでもいい.(347p あとがき)

★「箱根の坂」という題は、様々な象徴性をこめてつけたつもりであった。連載の最後の下り、早雲がようやく箱根の坂を越えて、あずまに入ったときには、書いている作者自身まで足腰の痛みをおぼえた。早雲は越えがたき坂を越えたのだと思った。(349p)

2026年5月4日月曜日

年には勝てない!?

  GW真っ最中というのに昨日は一日中雨が降る。市内で開催されるフラワーフェスティバルは初日を迎えたが雨にもかかわらず26万人の人出があったそうだ。今朝は昨日の雨とは一転してよく晴れている。

 雨が降って外にも出れないので長く話していない友だちに電話をかける。この歳になると電話をかけるのがこわくなる。それはいい話ばかりとは限らないからである。友だちは今年初めに話した時よりは元気そうだ。しかし、目の手術をしたという。若いころ、2.0の視力だったのに、と苦笑して話す。その目的は病院へ行くために車に乗るためだとか。

 午後は春になったら会おうと話していた友だちと話す。あちこちが痛いようだが生活に困るほどではないようだ。皆、年老いてゆく。自分自身も今回のアクシデントでだいぶ、精神的にショックを受けた。年には勝てない、と思いたくなかった。それも仕方がない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!