2026年6月26日金曜日

ペデストリアンデッキを通って福屋へ

 雨が降り続いている。昨日、午前は予約のリハビリの日。雨降りに外へ出るのは滑らないかと気になる。しかし来週のリハビリの予約が気になって勇気を出して出かけた。出かける前からJRの呉線は一部の運転で山陽本線は倒木の影響で瀬野駅から上りは運休だ。とりあえず地元最寄り駅まで出かけると案の定、駅の案内板はどのホームも調整中で掲示がない。係に問うと山陽線が3番線に入るという。ホームに降りて待っているとしばらくして列車が到着した。列車に乗ると車両には数人も乗っていない。たった2分の乗車だが早めに家を出たのでリハビリには十分間に合った。リハビリ後、来週の予約を入れて病院を後にする。

 JRに乗って広島駅まで行く。駅構内のいつものパン屋に入って軽いランチを済ませる。その後、勇気を出して福屋に行ってみた。アクシデント後、家の近くでなく初めて福屋に入る。とはいっても広島駅付近は工事で様変わりしている。まずは駅と福屋をつなぐペデストリアンデッキを通って5階の靴売り場へ行く。店内は様変わりして何がどこに売ってあるのかわからない。靴売り場も様変わりしており、買う気満々で出かけたのに係がいない。

 ウオーキングシューズを買うのが目的だった。買わずに帰るのは、と思って駅のミナモアの靴売り場へ行こうとした。しかし少々疲れはてていく気が起こらない。そのままJRに乗って、となる・が、JRの運行は一部運転のため乗るのが大変だ。家に急ぐころには雨もだいぶ大降りになる。

 とりあえず広島駅構内から何か月ぶりで外に出た。これを機会にこれからはミナモアや福屋へも出かけよう。そしてどんどん行動範囲を広げよう。

 それにしても雨はいつまで降り続く!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年6月25日木曜日

リハビリの朝に

 ラジオをつけると朝から青森県付近で震度6強の地震発生を告げる。個人的に震度5弱は経験済みだが6強は震度を聞くだけでも怖い。今朝はリハビリの日。昨日から雨が気になるがそれに伴う列車の遅れや休止も気になる。何やかやで落ち着かない朝を迎えている。我が家からJRの通る音を聞いているが雨のためかはっきりしない。JRの列車遅延情報を検索すると遅れや一部休止が出ている。リハビリのキャンセルは可能だが地元最寄り駅までリハビリを兼ねて出かけるつもりでいる。その後のことはその時に考えよう。

 本来ならば今日と明日は京都へ行く予定だった。が、アクシデント発生で3月末に宿の予約はキャンセルしている。それなのに一昨日メール受信で予約済み云々とある。すぐに宿に電話して確認するとキャンセルになっていた。が、何かの手違いでメールが送られたのでしょう、ともいう。いい加減だ。

 気を取り直そう。宿の予約は2月中旬にしていた。京都駅近くのホテルを予約していたが、いまとなってはどの観光地へ行くつもりだったのか、はっきりしない。予約時は旅に行くことばかりを考えていてつぎつぎと予約を入れていた。今ではそれも夢幻!?

 まずは水泳の許可が下りて、次に旅行を再開!?それまでは元の元気さを取り戻さねば……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年6月24日水曜日

利休ネズミ


 梅雨も本番で雨が降り続く。今朝はゴミ出しをやめて外に出ずにいる。午後はさらに雨も降るようで一日中、家に引きこもる!?

 昨日、生協に行って初めてズッキーニを買った。日本名はウリカボチャというらしい。食べ方もわからず買ってみた。が、スマホで簡単料理を検索すると多くの調理方法がある。その中の1つを作った。きゅうりの倍くらいの太さのズッキーニを洗って1cm幅の輪切りに切る。それをフライパンで焦げ色がつく程度に焼く。その後にポン酢とコショウを加えて出来上がり。夕飯時に食べると柔らかいシャキシャキ感があり、美味だった。なんでもスマホに聞けば教えてくれる。この頃は材料名を入れた簡単料理、と検索しては作って楽しんでいる。これはスマホ時代の贈り物!?その点でいえばいい時代になった。

 この時季の歌といえば城ヶ島の雨がある。歌詞に「利休ネズミの雨が降る」がある。母が元気だったころ、この歌で利休ネズミを知った。歌う度、元気だった母を思い出す。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年6月23日火曜日

扇風機もリモコン

 昨日午後は体操教室に出かける。家のカギなどのトラブルがあったが体操に夢中になると何もかも忘れている。何かに夢中になるのは本当にいことだと思った。教室にはいろんな人たちが通っている。年齢も90歳半ばの人もいる。話をすると独り暮らしだが畑作業をしているという。これが元気の秘訣かもしれない。

 教室では皆でするものとマシンを使って一人で行うのとがある。今月初めから通っているので教室の雰囲気や器具にも慣れてきた。今の時点ではまだ水泳の許可が医師から降りていない。許可が下りればまた以前のプールへも通える。それまでは体操で体を動かす!?

 きのうの午前は電気店にお願いした扇風機を届けてもらう。ついでに掃除機で掃除中、家にある扇風機にぶつけて前カバーが外れ、またクリップも外れた。これを電気店の店長にみてもらうとカバーのクリップを付けてもらい、扇風機も使えるようになった。

 新たに買った扇風機を組み立ててもらって使い方を聞く。同じメーカーなので製品は改良されているが、操作がリモコンと本体との併用になっている。リモコンはテレビや照明器のリモコンとは違って大きさは名刺大と小さい。これこそすぐになくしてしまいそうだ。

 店長が帰られて説明書を見るとリモコンの収納場所が本体にある。季節外れになって納めるときはここに入れよう。それまではリモコンが小さいのでなくさないようにしないといけない。

 世の中、何もかもリモコン操作だ。もしも認知症になれば何もかもわからなくなって使えなくなりそうだ。そのためにもボケずにいなくてはいけない。

 ここ2,3日、照明器のリモコン、家のカギ、扇風機とトラブルが続いた。なにかコトがあればない頭を使う。昨夜寝る前、家のカギを新たにしようと思いつき、ネットで調べる。水回りやカギなどは業者にお願いするのが怖い。近くの電気屋さんのように安心して頼めるところがあればいいのだが……。

 そうこう思っているとチャイムが鳴る。先に郵便で注文した自宅宛ての贈り物だ。近いうち姉の家や友達の家にも届くだろう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年6月22日月曜日

またもトラブル発生

  昨日、玄関のカギを開ける際、よほど慌てていたのかまたも抜けなくなった。「どうしよう、日曜日だし……」と思い煩ううち、電気屋さんに留守電を入れる。しばらくカギを触っていると何とか抜けた。すぐに電気屋に電話してその旨、告げる。そのうち、電気屋さんが来てくださった。カギとは別に例の照明器のリモコンについて話す。3部屋のリモコンの設定を改めてしていただいた。

 やっと落ち着いたと思ったら、今朝もまたドジをする。お米を容器に移し替えていたら米粒がこぼれた。掃除機で掃除していると扇風機が倒れる。そして扇風機のカバーが外れ、おまけに留め金も外れた。先ほど、電気店に昨日のお礼にとビールを持参する。そして新たに扇風機を買うことにした。後で持ってきてくださるそうだが、その時外れた方の扇風機も見てくださるようだ。

 何か落ち着きのない日々を送っている。これ以上のアクシデントはもうなくさないといけない。落ち着いて、落ち着いて。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記)玄関のカギのトラブルが絶えない。今朝から家の出入りは裏口からにした。

2026年6月21日日曜日

LED照明器のリモコン

 昨夜寝る前にリモコンでLED照明器を切ろうとした。しかし、何度消灯を押しても切れない。隣の部屋のリモコンを使っても切れない。困ったことだ!夜なのに照明がついたままでは寝られない。スマホでリモコン操作ができない旨、検索する。電池は?とかいろいろと表示が出る。照明器を取り換えたときのままの電池だ。幸い予備の電池がある。

 1年半前に家をリフォームした。その際、照明器をすべてLEDに取り換えた。そのため、2部屋をのぞいた部屋はリモコンで操作する。昨夜、電池を新たにしてリモコンを操作すると隣の部屋へも反応する。しまいには3部屋が反応する。困った、困った!部屋ごとにリモコンを操作する番号としてCH1、CH2、CH3とチャンネル番号が振りあてられる。これを触って勝手に番号を変更してみた。とりあえず3部屋から3部屋に反応する。そしてその2部屋の消灯ができた。

 今朝再度試す。隣の部屋のリモコンの電池も変えた。そしてCH1とCH2を設定しなおす。なんとかいい具合になった。

 今回は自分で解決できた。進化する器具についていくのも大変だ。前は照明器からひもがぶら下がっていてそれを引っ張ればよかった。それが今はリモコン頼みだ。部屋に電源スイッチがあるのは2か所で後の3か所はリモコン操作だ。

 いつまで自分で行えるかどうか。電気器具は何でも電気店に任せている。しかし、お店が営業中はいいがそうでないと困り果てる。いつまでも元気でいなくては……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年6月20日土曜日

『この国のかたち』(四)

 外は薄暗く梅雨本番を思わせる朝だ。こんな日は外に出るのはやめよう。以下は『この国のかたち』(四)(司馬遼太郎 文藝春秋、2016年第20刷)を読んで気づいたことを引用している。その中に先の戦争が「石油」に絡んでいたことだ、と初めて知った。なぜアメリカ等との戦争でフィリピン沖や東南アジア諸国が戦争の舞台となったのかを疑問に思っていた。それが判明した。昨日の地元紙の先の戦争の遺骨収集の記事においても「石油」が戦争と絡んでいたとは一言も触れていない。「石油」をめぐっては今も世界中で争いは絶えないが……。残る2点は気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★南方進出作戦―大東亜戦争の作戦構想ーの真の目的は、戦争継続のために不可欠な石油を得るためでした。蘭領インドネシアのボルネオやスマトラなどの油田をおさえることにありました。その油田地帯にコンパスの芯をすえて円をえがけば、広大な作戦圏になる。たとえばフィリピンにはアメリカの要塞があるから、産油地を守るためにそこを攻撃する。むろん、英国の軍港のシンガポールも、またその周辺にあるニュ-ギニアやジャワもおさえねばならず、サイパンにも兵隊を送る。それを総称して、大東亜共栄圏ととなえました。……石油戦略という核心の部分は、むろん隠され、多くの別なことばにつつまれて窺うことができません。この構造を裏づけるに十分な経済力も戦力も日本にはないということまで、さまざまなことばによっておおいかくされ、人々に輝かしい気分をもたせたのです。……あの戦争は多くの他民族に禍害を与えました。領地を取るつもりはなかったとはいえ、以上に述べた理由で、侵略戦争でした。ただ当時、日本が宣戦布告したのは米英仏蘭であって、その諸領土のなかの、油田を奪おうとし、また英国のシンガポール、米国のコレヒドールなどの要塞を攻撃したのです。この点では欧米との戦いだと当時の日本人は思っていました。しかし土地に現実にいるのは土地の人々であって、その人々が日本軍の作戦によってひどい目にあいました。あの戦争が結果として戦後の東南アジア諸国の独立の触媒をなした、といわれますが、たしかにそうであっても、作戦の真意は以上のべたように石油の獲得にあり、その獲得を防衛するために周辺の米英の要塞攻撃をし、さらには諸方に軍事拠点を置いただけです。真に植民地を解放するという聖者のような思想から出たものなら、まず朝鮮・台湾を解放していなければならないのです。ともかくも開戦のとき、後世、日本の子孫が人類に対して十字架を背負うことになる深刻な思慮などはありませんでした。昭和初年以来の非現実は、ここに極まったのです。(239p-241p)

★西暦一八六八年は、いうまでもなく明治維新のとしである。年号が二つあった。幕府時代最後の年号になる慶応四年と、あたらしい時代を象徴する明治元年(このとし九月八日に改元)で、まぎらわしいために、このとしのことを、ふつう、「戊辰(ぼしん)」と、十干十二支(じっかんじゅうにし)でいう。戊辰戦争とよばれる革命戦争は正月の京都南郊の戦いではじまり、翌明治二年五月北海道五稜郭開城でおわる。革命軍は”官軍”と称した。主力は薩(のちの鹿児島県)長(のちの山口県)土(のちの高知県)肥(のちの佐賀県)の四藩で、他藩は時流を追うかたちで参加した。(83p-84p)

★僧はむかしから、”法外”(世間の外といわれた。殿中の坊主衆の頭は、”私どもは世間の秩序の外の者でございます”というしるしとして剃っているのである。(207p)