週末に降る雨で今季の梅雨が明けそうだ。梅雨が明ければ気温が上がる。いよいよ夏到来!?
以下は『この国のかたち』(二)(司馬遼太郎 文藝春秋、2016年第32刷)から気になる箇所を記した。これを読んで山口市湯田にある井上公園を訪れたときのことを思い出す。井上馨は司馬に言わせると汚職まみれの人で決していい人ではなさそうだ。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
★明治憲法もまた他の近代国家の憲法と同様、三権(立法・行政・司法)が明快に分立していた。ただし、天皇の位置は哲学でいう空(くう)に似ていて、行政においては内閣が各大臣ごとに天皇を輔弼(ほひつ 明治憲法の用語)し、輔弼者をもって最終責任者とした。が、昭和初年、軍とその同調者は、憲法について異常な解釈をしたのである。三権のほかに統帥権があるとし、この魔法によって張作霖の爆殺(昭和三年)という謀略をやり、つづいて満州事変、上海事変をやることで三権を無視しつづけ、ついには統帥権によって日本国そのものを壟断した。そのあと国そのものをつぶした。(37無題 155p-156p)
★江藤も西郷も、史上まれにみるほどに正義がありすぎた。しかもその正義のためにかれらはほろび、あまつさえ賊名を着せられた。それに、皮肉なことに西郷を討った政府軍の総司令官は山県有朋だった。またその軍費の工面をしたのは、井上馨だった。こういう言い方は子供っぽいかと思われるが、かれらは後に公爵あるいは侯爵になる。しかし、江藤や西郷の霊も、浮かばれなかったとはいえない。この乱による衝撃がどうやら官員たちを粛然とさせたらしく、その後明治がおわるまで、ほとんど汚職事件というものはなかった。死者たちの骨は、その面での礎石(いしずえ)になっているのである。(38汚職 170p)