2026年5月6日水曜日

You Tubeで「世界の辻井伸行」を見る

 自宅最寄り駅にあるスーパーへ散歩を兼ねて出かける。最近は自宅前にあるドラッグストアで食料品を買っていた。しかし、それも事欠くようになる。久々にスーパーへ行くとドラッグストアにはない魚類や野菜を購入。そして握りずしを買う。

 帰りがけにきれいな花が植えてある庭の主と立ち話。その人は傘を杖代わりにしている。好きな花をあげるといわれたが欲しくても荷物になる。そう思ってあきらめた。朝から1時間の散歩となった。最寄り駅を通るときJRの情報誌を見つける。行楽シーズンなのに気持ちは何処へも行こうとは思わない。しばらくはじっと我慢の日々!?

 午後はYou Tubeで「世界の辻井伸行」を見る。BS朝日で2012年に放送されたものらしい。辻井が誕生してから世界的音楽コンクールで優勝するまでのドキュメンタリーだった。1か月余り、すっきりしない毎日だった。が、この番組を見て元気を取り戻せたかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月5日火曜日

『箱根の坂』(下)

 世の中、GWの真っ最中。お天気も良く遊ぶにはもってこいの日だ。しかし、この頃の我が身を振り返れば遊ぶ話は皆無だ。このリベンジはさていつになるやら。だいぶ前に読んだ『箱根の坂』(下)(司馬遼太郎 講談社、昭和五十九年第一刷)、気になる箇所をメモしよう。

 久しく司馬作品を読んでいない。しばらくは家にある本を読む!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★上代日本が金を欲していたのは、律令国家が造寺造仏をするためだった。上等の仏像には銅に金鍍金して金銅仏(こんどうぶつ)に仕立てねば「異国の神はきらきらし」というふうにならず、そのようにせねば律令国家の権威を民百姓に示せなかったのである。金が、鍍金用金属以外の価値をもちはじめたのは、十二世紀の源平ぐらいからであった。平家政権の平清盛が、日本国最初の貿易主義の政治家で、さかんに対宋貿易をおこなった。決済商品として、金が必要になった。当時、奥州平泉の藤原氏がにわかに繁栄したのは、北上川の砂金の採取権を持っていたためで、この砂金が清盛の貿易につかわれ、宋に流れた。室町期は、貿易の時代である。大いに金を必要としたため、国内でも金をもってたとえば米が買えるようになった。……いずれににしても早雲は、―伊豆の土肥の金で米を買い、足軽隊をつくろう。とおもいつづけている。金は駿河においても産する。(22p-23p)

★曹洞宗とは、ふしぎな宗旨である。宗祖道元はその著『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう)においてもわかるように、きわめて晦渋な表現をもって禅宗の哲理を説いたのだが、そのむずかしい宗旨が、武士や知識階級へはゆかず、民衆のほうにむかったことは奇妙というほかない。道元は権力者がきらいであった。鎌倉幕府の使者がきたとき、その使者が座っていた場所の上までけがれたとして捨てさせたほどである。道元の本拠地は、越前永平寺である。その第三世を継いだ義介(徹通義介)はあまりにも目ききがきき、経営主義的でもあった。……義介の門人の螢山(螢山紹墐けいざんしょうきん)も、いわばやり手だった。道元の思想に反し、どうげんがもっともきらった祈祷や儀式などもとり入れ、民衆教化にのりだした。……民衆禅としての曹洞宗の効用は、清規(行儀作法)にやかましいことであった。人間が社会を組む場合、行儀作法さえよければ半ば世間に波風が立つことがふせげるといっていい。宗瑞は自分自身は臨済禅をを学んだが、曹騰禅を知るにおよび、それが民政に役立つことを知った。……(ついでながらこんにち曹洞宗の末寺が全日本で一万四千、西本願寺の一万余と比べるとはるかに大きく、民衆宗教と言っていい)。(75p-76p)

★早雲の遺骸は韮山で火葬に付され、虚空にこどった。骨は遺言により、箱根湯本の古寺の境内みうずめられた。その寺は、それまで真覚寺とよばれていたが、子の氏綱が臨済禅にのっとって菩提寺とし、早雲寺とあらためた。墓碑は、骨になったこの人物の生前の好みと思想をあらわすかのようにささやかである。ながめていると、小気味よさまでただよう。人は、墓石などを残すために生きるのではない、などと早雲がつぶやいているようにも感じられる。(344p)

★この奇妙人について重要なことは戦国の幕を切っておとしたことである。さらには室町体制と網の目のあらい統治制度のなかにあって、はじめて「鎖国性」という異質の行政区をつくったこともあげねばならない。日本の社会史にとって、重要な画期であり、革命とよんでもいい.(347p あとがき)

★「箱根の坂」という題は、様々な象徴性をこめてつけたつもりであった。連載の最後の下り、早雲がようやく箱根の坂を越えて、あずまに入ったときには、書いている作者自身まで足腰の痛みをおぼえた。早雲は越えがたき坂を越えたのだと思った。(349p)

2026年5月4日月曜日

年には勝てない!?

  GW真っ最中というのに昨日は一日中雨が降る。市内で開催されるフラワーフェスティバルは初日を迎えたが雨にもかかわらず26万人の人出があったそうだ。今朝は昨日の雨とは一転してよく晴れている。

 雨が降って外にも出れないので長く話していない友だちに電話をかける。この歳になると電話をかけるのがこわくなる。それはいい話ばかりとは限らないからである。友だちは今年初めに話した時よりは元気そうだ。しかし、目の手術をしたという。若いころ、2.0の視力だったのに、と苦笑して話す。その目的は病院へ行くために車に乗るためだとか。

 午後は春になったら会おうと話していた友だちと話す。あちこちが痛いようだが生活に困るほどではないようだ。皆、年老いてゆく。自分自身も今回のアクシデントでだいぶ、精神的にショックを受けた。年には勝てない、と思いたくなかった。それも仕方がない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月3日日曜日

人生は予期せぬ出来事の連続だ!

 毎日散歩を兼ねて外に出るようにしている。とはいっても以前のような距離ではない。歩いていると前から来る人が道にある何かを手にしている。声をかけると道に生えた小さい草の芽を摘んでいるという。これが大きく育たないようにとの配慮だろう。話をするとその人は向きを変えて同じ方向を歩く。少し歩くと自分の家を指して「我が家です」と話す。その家の人をよく知っている。しかし最近、見かけない。その人の母親は今年97歳になるという。そして今はどうも施設に入っているようだ。

 近くに住んでいる同級生はわかっても年齢が違えば全くどこの誰だかわからない。しばらく立ち話をしていると数人と出くわす。

 午後は別の道を歩いていると車が通る。どうも見覚えがある車だ。その車がまた通り、横に止まった。車の主は近くの電気屋の店長だ。こちらの様子を見て気になったらしい。しばし立ち話をする。夕方になって再度、外に出る。家を出るといつも歩行器で歩く練習をしている人と出くわす。3年前のけがで歩行器になったらしい。

 人生は予期せぬ出来事の連続だ!これは何も悪いことばかりではない。これがきっかけで新しい人生の一歩が踏み出せる(!?)

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月2日土曜日

日本画を辞める

  連日、さっぱりしないお天気が続いた。今朝は日差しもあり、晴れの1日となりそうだ。朝からスマホで阿刀田高の記事を読む。90歳での一人暮らしはさぞかし大変だろう、と思ったがそうでもなさそうだ。阿刀田の『90歳……』の本を図書館で予約していたがキャンセルしたので再度、予約した。先客が100人以上もいるのでなかなか予約確保は難しそうだ。

 キャンセルといえば12,3年習った日本画を先月でやめた。元来、絵を描くのは苦手だったがそれでも気に入った絵が何点か描けた。これからは日本画ではなく色鉛筆などで簡単な絵を描こうと思っている。それよりもまず、なるべく体を動かすようにしなくては……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年5月1日金曜日

草ボーボー

 毎日目を通さない日がなかったほど司馬作品を読んでいた。ところが今回のアクシデントで図書館に予約していた本はすべてキャンセル。借りていた本も姉に返却してもらった。そんな矢先、司馬遼太郎記念館から「遼」が届く。今年の大河は「豊臣兄弟!」のようだがこれは「豊臣家の人々」が基になっているのだろう。この一か月、まったくテレビを見ていないので大河も当然見ていない。が、昨日はラジカセでラジオを聞いた。

 降り続いた雨も上がった。狭い庭は草ボーボーだが、今はどうにもできない。生えるだけ生やすしかなさそうだ。落ち着いたら草を抜こう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年4月30日木曜日

「帰らぬ季節はもう 忘れてしまえばいい…」

 1か月弱の長期休暇中(?)に読んだのは夏目漱石の本である。なぜ夏目漱石かといえば青空文庫で一番よく読まれている作家だとか。読んだ本は『こころ』『満韓ところどころ』『正岡子規』『三四郎』で、『それから』は途中まで読んだ。限られた生活の中でスマホのおかげでたくさんの本が瞬時に読める。これはとてもありがたいことだ。活字に飢えそうになると青空文庫を読んだ。ウイキペディアで調べると青空文庫の蔵書作品は2026年2月22日現在で17、791作品だそうだ。

 今朝の地元紙に南こうせつのコンサートの模様が記事にある。今年になって何が何でもこうせつのコンサートを、と思ってネットでチケットを購入した。昨日のコンサートに行こうと思えば行かれた。が、無理することもないと思って早々とチケットを人にあげた。

 チケット以外にも1,2月に予定していた6月までの一人旅のホテルや新幹線もすべてキャンセル。ツアーの参加も2件予定していたがこれもキャンセル。新幹線のチケットは姉の孫息子がみどりの窓口でキャンセルの延長の押印を済ませてくれた。これは今回初めて知ったことだが、押印後1年間にキャンセルを申し出れば全額返却されるという。まだ手続きはしていないが姉の孫息子にお礼として先に全額、渡した。

 1か月の長期休暇(?)については毎日の記録をスマホのカレンダーに記した。これを文章にしてブログにアップを、と思った。が「夜明けのメロディー」にあるように「帰らぬ季節はもう 忘れてしまえばいい  素敵な思い出だけ 大事にしましょう」のとおり、ふりかえるのはやめた。それよりも前を向いて地道に歩を進めよう。

 今日は雨の一日となりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!