2026年2月4日水曜日

穏やかな立春!

 昨年末、近くにある家の解体があった。今年になってそこに3階建ての借り上げ住宅が建つらしく、連日、土地の整備などで重機が入る。一日中けたたましい音がする。今朝はさらに大きな重機が入るのか、我が家の通りに面した道で大型トラックから重機を下ろし、工事現場まで移動している。この騒々しさは建物が完成する秋まで続くのだろう。

 気を取り直そう。昨日、図書館で借りた『シニアごはん』、サブタイトルに「クックパッド おひとりさまにちょうどいい」とついている。「月3万円の年金暮らしの献立レシピも」ともあるが月3万円では食事代が足りない。事細かに家計簿をつけたことはないが食事代は削りたくない。というか、今の時代、このような本を参考にするよりもスマホでいくらでもレシピは見られる。

 スマホといえば携帯から買い替えて一番良かったことに旅行とこのレシピにあるかもしれない。自分に合った簡単料理がすぐにできる。ということで昨日、レンジでリンゴケーキのレシピを見つけた。1年以上も前からホットケーキミックスでリンゴのケーキを作って朝食のパンの代わりにしている。1回作ると6回分の朝食になる。と言っても他にも朝食でいただだいている。昨日はそのアレンジなのかスマホで見る限り美味しそうに見える。今日はこのリンゴケーキを作ろう。

 どういっても家にいるときは一日の大半を台所で過ごしている。日当たりの良さがここにいる理由かもしれない。

 今日は気温も13度になり明日とあさっては14度になるとか。しかしその後はぐっと下がって4度!?近いうち別府に出かける。お天気のよいことを期待しよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月3日火曜日

プールへGO~

 プールに行こうとして家を出ると近所の人と出くわす。近所の人といってもどこの誰かまでは知らない。その人が持っているショッピングカーから近所の人だと思った。「寒いですね」、とすれ違いざまに言うと何か話したい素振りだ。こちらはプールに行くバスの時間が気になる。近づいてきて「お母さんは?」と聞かれる。亡くなって今月で15年になる旨、告げると信じてもらえない顔だ。

 母を介護しているとき母を車いすに乗せて毎日、外に連れ出していた。それを見ていた人から母亡き後、声をかけられることがある。昨日の人もそうだ。名前を聞くとどこどこから嫁いできたと数十年前のことから話される。今の名を知りたいので再度聞く。プールから帰って町内の地図で調べると近所の人だった。

 そして一人で住んでいると話すと、一人で?と怪訝な顔をされる。その人は地図上では2世帯の名があるので一人、に反応されたのかもしれない。

 さて、プール。見知らぬ人と話した後、急いで隣町の循環バス乗り場へ行く。間に合った。先週は泳いでいない。そのためかクロールで泳ぐときつくなる。背泳ぎで泳いでいると人がやってきた。隣のプールに移動して泳ぐ。背泳ぎでは泳ぎが遅いのでクロールで泳ぐ。しかし、まだ息がきつい。次に水中歩行に移って歩き出す。その後、つづけてクロールで2往復泳いだ。このころには息つぎも楽になる。昨日も水中歩行50mを入れて500m泳いだ。泳いだ後は何もかもがすがすがしい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月2日月曜日

「元気があれば何でも出来る」

 毎日、気に入った人たちのXやインスタ、そしてブログなどを見ている。昨日はインスタの写真に「元気があれば何でも出来る」の言葉をアップして「元気と気合と根性」の文を添えている。その人は元カープの磯村選手。今はカープの広報などの担当だとか。その言葉はご本人が書いたのか誰が書いたのかは知らないが額に収めてある。

 確かに元気があれば何でも出来る、と思う。何をおいても行動するには元気がなくては始まらない。それに気合と根性が付随する!?

 ネットか何かで見た気がするがプロ野球選手になるには東大に入るよりも大変だとか。並の人間では到底無理というのだろう。

 この人のインスタは最近、目にするようになった。スマホを触ると自分が意図する画面が出るかどうかは知らない。が、時に知らない世界に目がいくことがある。SNS関連はお笑いの人たちのを見るのが大半だ。

 今日は朝から晴れている。泳ぎに行こうかどうか迷っている。天気予報を見ると午後から雨が降るとか。「元気があれば……」ではないが少々雨は降ってもプールへ行く!?

 ともあれ今日も元気で楽し過ごしましょう!

2026年2月1日日曜日

『義経(上)』

 『義経(上)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2005年第5刷)を読んだ。以下はいつものごとく気になる箇所をメモする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★平家はいよいよ栄華をきわめ、平家一門の平(へい)大納言時忠などは、「平家にあらざる者は人ではない」とまで傲語(ごうご)した。この一門の栄耀驕奢(きょうしゃ)は日本人がかつてその歴史のなかで経験したことのないものであったろう。なぜならば、平家ほどの強力なかたちで日本が統一されたことはそれ以前にはなかったであろう。彼等は日本人として最初に経験した権勢の陶酔者だった。それだけにその酔いざまのみごとさはそれ以後にも例がない。平家以後、源氏、足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏といったような統一者があらわれたが、彼等はすでに平家の例をみている。勢い、自制心がはたらいた。(46p-47p)

★(おなじ腹を切って死ぬなら、このような僧の姿で死ぬのはやり切れぬ。戦場で華々しく死にたい)正近の体のなかを流れている坂東武者の血のうめきというようなものだろう。よき死場所を得るには勝敗はべつとして挙兵をせねばならぬ。挙兵をするには源氏の御曹司牛若丸にその素性を教え、自覚させ、旗を野にすすめさせねばならぬ。(百に一つ……源氏が勝ち。源氏の世がくれば、生き場所も死に場所もうしなったおれも、この世の大路小路を安堵して歩ける)正近は身をかがめて、麻畑のなかを疾(はし)った。(78p)

★「御父の仇を討ち参らせよ」正近がくりかえすこの言は、錐のごとくするどく少年の心に揉みこんでゆく。「復讐心の資質は」と正近はいうのである。―-この濁世の栄達をのぞむな。栄華にあこがれるな。正近の言葉は、少年の心につぎつぎと滲みこんでゆく。正近は唐土の臥薪嘗胆の故事をもあげた。復讐者の一生は復讐のほかの快楽を求めてはならぬ。復讐のみが、唯一最大の目標であるべきである。つねに利剣のごとく鋭い心を砥がれよ。この世における主題はそれのみであるべきであり、そのためにのみうまれてきたと思召されよ――と正近派はその洛中洛外の群衆を魅了した口説をもって説き去り説き来たり、少年の心をほとんど掌にのせ、自在にしきった。奇妙な男というほかない。(198p)

★(なんと名乗るべきか)冠者は、義朝の九男である。……名は一字は父の名からとるのが慣例になっている。義をとり、その下に何を付けるべきかに迷った。……源氏は清和天皇からはじまっている。その子が貞純親王であり、さらにその子が経基であった。この経基から臣籍に降下し、はじめて源の姓を賜った。その経をもらい、義経というのはどうであろう。(源九郎義経か)と口ずさんでみると、調べもなだらかであるし、文字面もわるくはない。(136p)

★新興の土地で、田畑は「開発」によってたえずひろがっている。それにともなって人口が増加するため、同時に細分化も進んでいた。それに土地を長男が相続するのか、父の指名する子供が相続するのか、相続の慣習が確立していないため、兄弟間で紛争がおこりやすい。「一所懸命」という、これはやがて国語になってゆく言葉が坂東にある。自分の一所をまもるために命を懸けるという意味である。(198p) 

★(まさか、その堪増の子が)と、さすが九郎も信じかねた。熊野別当職といった名門の子が、諸国のあぶれ者が身をよせる叡山の僧兵に身を落としていようとはおもわれない。しかし、その名乗りが事実であるとすれば、よほど世をすねた変わり者なのであろう。げんに法師は、「久しく山にあって、乱を恋い、都に出ては狼藉をはたらいていたが、いまついに恋を遂げ、その兆しの舞い歩くのを見た。すなわち、足下である」と言い、「御名を、きかせ候え」と声をひくめ、しかし身を揉むようにいった。日が、暮れおちている。「この黄昏の刻限を、逢魔の刻(とき)、という。法師の様子はいかにも風狂であったが、感じようによっては、この刻限の邂逅を不可思議ともとれるであろう。感じやすい若者はついそう感じ、名を名乗った。それが、この若者と法師の生涯を、伝奇的な運命に変えた。(263p-264p)           

2026年1月31日土曜日

葉っぱの落ちた花麒麟

 今週と来週は日本画教室がお休みだ。前回の教室で岩絵の具について先生と話す。岩絵の具を混色する際、同じ番号でする、と教わる。それは岩絵の具の番号が水干絵の具と違って粒子の番号だからだとか。そのため粒子が同じもので混色するとよくなじむらしい。これまで10年以上も水干絵の具を使っているので「同じ番号」と聞いてすぐにその言葉に反応してしまった。水干絵の具の番号といえば粒子ではなく色番号だ。

 ほかにも先生から各自、マスキング筆をいただく。この筆はナイロン毛でできているらしく面相筆よりも細い。点描写にも合うらしく、いただいた早々から使っている。

 先日、WEB予約で広響のポップスコンサートに予約し、クレジット決済した。発券はセブンイレブンを指定したのでメールの届いた翌日、コンビニで発券した。コンビニの店員はバーコードを、という。スマホでコンビニで発券までの画面は出たがその後がわからない。店員にスマホを見せるとバーコードまで行きつき、すぐに発券できた。これでコンサートの日が楽しみだ!

 今朝、2か月前に買った花麒麟を見ると葉っぱも落ちてほぼ花だけになっている。しかし花はまるで小さい蘭のようにしっかりしている。茎はサボテンのように太くて硬いとげがある。これは花の少ない冬にはもってこいの花かもしれない。大事に育てよう!

葉が落ちた花麒麟

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年1月30日金曜日

日本画の新年会

 日本画教室の新年会に出かける。場所は新たにできた広島駅ビル内にあるグ〇ンビアホテル広島サウスゲートである。初めて行く場所で期待も膨らむ。11時20分、広電がJRに乗り入れるところで集合。すぐに声をかけられて合流できたが、まだの人もいる。とりあえずホテルへ移動する。ところがロビーでは列をなして人が並んでいる。(この列に並ぶ!?)と思うとどうでもよくなる。(こうまでして……)との思いも募る。しばらくしてやっとレストランに入る。広いレストランに予約客がいっぱいだ。バイキングなのでまたも列ができる。いただく前からもう本当にどうでもよくなる。

 興味半分で参加したようなものだ。ただ係は丁寧に応対してくれる。この点はさすがにグ〇ンビアだ。新幹線に隣接するグ〇ンビアホテル広島へはコロナ禍前までは何かあるとよく利用した。ところが最近は全く出かけていない。

 今回のバイキングはグ〇ンビアホテルの新たなホテルだ。参加者は11名。費用は@¥3300。お皿に何を取るにも列に並ぶ。料理はおいしいのだが列に並ぶのは耐えられない。と、愚痴ばかりになったがやはり初めての場所は興味が勝る。飲み物も知らないブランド品がある。料理もどことなく品がいい。好奇心が勝って宴が終わると7階から9階にかけての屋上ガーデンに行く。あたりを見渡すと駅ビルの周りに建つ50数階建てのビルがまじかに見える。広島も生まれ変わった街になった。

 この辺りはまだまだ開発中で大きなビル群は広島駅を中心にしてペデストリアンデッキでつながれている最中だ。それにしても皆で集まってのバイキングはもう結構!落ち着いていただきたい!

新たな広島駅ビル屋上ガーデンからの眺め
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年1月29日木曜日

「出雲大社の神域 八足門内へ特別参拝と宍道湖遊覧船からしじみ漁見学」の旅その3

  「出雲大社の神域 八足門内へ特別参拝と宍道湖遊覧船からしじみ漁見学」の旅その2から続く。

 2日目 2026年1月26日(月)

 朝食はホテル内でいただく。朝食はビジネスホテルの割には良かった。9時、ホテルを出てバスは宍道湖遊覧船乗り場まで行く。この日も冷たい朝で船に屋根はあるのか心配していた。心配は無用で遊覧船は暖房が効いていた。宍道湖は全国の4割くらいのしじみ漁の産地で1時間かけてしじみ漁を見学する。乗船者は私たちのグループだけだ。船長とガイドがつく。ガイドは大学を出た若い青年で船内のテーブルには実験装置が置かれていた。しじみの生育に良い水質を紹介する。2つの水槽の1つにしじみを入れている。クロロフィルを入れると水は浄化される。1時間の経過後、しじみを入れてない水槽は透明な水になり、しじみを入れた水槽もきれいになる。しかし、しじみの入った水槽をかき回すと濁ってくる。これからの観光を担う若者らしく一生懸命さが伝わってくる。添乗員は自身を31歳と話したが、ガイドはそれよりも若いとか。

 宍道湖のしじみ漁のおかげで2日間の旅の間、大きなしじみの入ったお吸い物を何度もいただいた。

 遊覧の途中で、ガイドがかっぱえびせんを一袋出して船上から海に投げ入れるとカモメは寄ってくる。各自、えびせんを手にして海に投げ入れると最初はすぐに逃げていたカモメが次第に増えて近くによって来る。何とも圧巻だ。

海に投げたかっぱえびせんを目指して向かってくるカモメ

 1時間のしじみ漁見学を終えるとバスに乗って宍道湖自然館コビウスに向かう。どういっても島根県は土地が広く地域に特化した水族館も立派だし、周りもよく整備されている。これまで水族館の見学は1,2度くらいしかなかった。が、生息する生き物を見るのは気持ちが落ちつく。観覧者のメインは子供たちらしく設備もそれらしく整っていた。

 見終わって外に出ると隣接して宍道湖グリーンパークがある。ここは入場無料でペンギンが見られるとある。時間があるので皆でペンギンを見に行こうとなった。ところが生きたペンギンではないぬいぐるみや作りもののペンギンだった。しかし、グリーンパークとあるように春になればこの辺りはいろんな花が楽しめそうだ。

 バスは一畑薬師に向かう。以前、母と出かけたことがある。聞くところによるとかなり前、お店と観光バス会社とがもめて、今はほとんど観光バスは立ち寄らないそうだ。一畑薬師へは一人旅で、と思ったがバスの便が悪くツアーに参加した。これは正解だった。一畑寺へ行く目的は以前に来た際、ここで買ったストラップが壊れてその代わりを自分で買いたかったことにある。

 以前に来たときはにぎわっていたが今は観光バスもなくひっそりとしている。しかし、一畑薬師門前でいただいたお昼は人生初ともいえるほどの美味しい精進料理だった。

 一畑薬師境内は広く石段も多い。元気でなければ何処へも行かれない、を実感する旅だった。旅の最後は道の駅湯の川に立ち寄る。ここからの下界の眺めは素晴らしいそうだが雪で簡単に行かれず、遠くから眺める。雪景色とともに旅をしたが広島方面へ帰るころにはあの雪は何処へ行った?というほど晴れていた。

 久々のツアーの旅は終わった。旅は何であれ本当に楽しい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
一畑薬師(一畑寺)