2026年9月8日火曜日

『この国のかたち』(六)

 『この国のかたち』(六)(司馬遼太郎 文藝春秋、2016年第14刷)を読んだ。これでこのシリーズを読み終え、いまは『歴史の中の日本』を読んでいる。若いころと違って年老いてゆくにつれ、歴史好きになっている。というか、老いるにつれて本好きがますます昂じていく。目はよくないがいくら小さくても本が読める。これだけは神仏があるとすればありがたいことに思える。

 何かの本で人生最期の趣味は?とあった。好きだった自転車と水泳を今はやめている。残るはフルートを吹くことと本を読むことが残った。最期まで、となれば本が残るかもしれない。と、いいつつ、最期までとはいかなくても旅をしながら人生を終えたい気がある。それには体力!?昨日も体操教室で3時間頑張った!

 以下は『この国のかたち』(六)から気になる箇所をメモしたもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★平安初期、天皇家の財政が困窮し、多くの皇子たちを養ってゆけなくなった。……そういうことから、「源(げん)」という姓が創設された。弘仁五年(八一四年)のときで、多くの皇子皇女に「源」姓を持たせて臣籍に下した。……「源」は、訓読してミナモトともいう。……雑談ふうにのべる。まず「源」が、中国ふうの一字姓だということである。中国では、二字姓は前記禿髪(とくはつ)の例でもわかるように異民族出身である場合が多く、貴とばれない。ついでながら国名ですら中国内地の王朝は一字である。……源姓が創設された八一四年は、まだ遣唐使の時代である。遣唐大使は、巨勢(こせ)、土師(はじ)、吉備、阿倍、藤原、大伴、長岑といったように、二字の姓で、かれらのすべてがそう思わなかったかもしれないが、長安の社交場で自分の姓を田舎くさいと感じるむきもあったのではないか。源姓が創始される十年前の八〇四年に出発した大使藤原葛野麻呂(ふじわらのかどのまろ)の場合、公文書での自分の姓名を「藤賀能(とうがのう)」とあらためたりした。……源の成立から十一年後の八二五年、桓武天皇は葛原(かつらばら)親王の子を臣籍に下し、はじめて「平(へい)]という姓をおこさせた。初代は平高棟(たいらのたかむね)である。……二字の漢字をならべて、漢字としても意味をもたせつつ、わざわざ訓読みするというこの命名法は、こんにちにいたるまで生きつづけているのである。その後、源・平は、ふんだんに創られた。(源と平の成立の影響 200p-203p)

2026年9月7日月曜日

『一寸先は闇』

 『一寸先は闇』(佐藤優 五木寛之 幻冬舎、二〇二六年第一刷)を読んだ。この本は佐藤優と五木寛之の対談を本にしている。気になる箇所をメモした。

佐藤……じゃ、日本との違いは何かというと、これは伊波普猷(いはふゆう)(1876年~1947年)という沖縄の民俗学者が戦前に出した『古琉球』(1011年、沖縄公論社)という本に書いてあります。古琉球とは、1609年に薩摩が入ってくる前の古結縄のこと。その本で書かれた沖縄人の最大欠点は、「恩を忘れ易い」ことだというんです。

五木 なるほど。それはまた面白いですね。

佐藤 琉球人は「上る太陽は拝むが、沈む太陽は拝まない」と。つまり時の権力者しか崇めないということです。中国に行くときには、明から清に王朝が替わるかもしれないから、明宛と清宛の2通を持って行く。そういうことを平気でやるというんですね。

五木 すごいリアリズムだね(笑)。

佐藤 だから「忠臣蔵」の物語も全く理解できない、と書いてあります。それが沖縄人の最大の欠点だというんですが、これが面白いのは、天は徳の高い人を天子として治めさせ子孫も相継ぐが、もしその家(=姓)に不徳の者が出た場合は、その命を改めて(=革)別の家の者に代える(=易)とする。中国の「易姓革命思想」そのものだという点でしょう。……だから、琉球王朝が1879年に滅びても、それに殉ずる人はいないんですよね。そうなったら、次に来た日本の体制を受け入れる。その日本の軍国主義体制下であれだけ戦ったのに、次にアメリカが入ってきても反米運動は起きませんでした。そのアメリカの統治体制が終わって日本に返還されても「アメリカ統治時代の方が良かった」とはいわない。とにかく変わり身が早いんです。

(中略)

五木 じゃ、いまの日本との関係も、何かの拍子にコロッと変わるかもしれませんね。

佐藤 そういうことです。実は沖縄に対していちばん注意しないといけないのはそこなんですよ。別に日本の一員である必要はないという意識が、沖縄にはある。だから台湾海峡有事が現実化した場合には、日本から離脱することだってあり得ますよ。「冗談じゃない、中国と戦争したいんなら沖縄抜きで勝手にやってくれ」という話です。(153p-156p)(第三部 沖縄という”外部”領域)

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年9月6日日曜日

『司馬遼太郎 旅のことば』

 『司馬遼太郎 旅のことば』(編者 朝日新聞社、2002年第1刷)を読んだ。この本は著者の司馬遼太郎が『街道をゆく』で書いた「旅のことば」を編者が編集したものである。司馬作品を全部読むつもりなので図書館の検索で著者が司馬遼太郎となっている作品にヒットして読んだ。その中に旅好きの者として同感する以下の文に惹かれてしまった。旅は初対面の印象を得るため、とはうまく言い表している。確かに同じ場所に次ぎに行くときは最初のあの素晴らしさはもうない。談山神社に春と秋に出かけても初めて出かけたときの、わけのわからない地へのドキドキ感は2度目に出かける際には失せている。

 とは言いながらもどこか1か所、何度でも行ってみたいここ一番の地を見つけたいとも思ったりする。そこへは何度行っても旅心が感じられればいうことはない場所かもしれない。さてそれは何処!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★旅とは初対面の印象を得るためにするものだし、このあとどんなに素晴らしいものを見ても、最初の印象のういういしさには及ばない。(『街道をゆく』二十三巻「人と海」176p)

2026年9月5日土曜日

2つの世界地図

 今朝のネット記事に世界地図について書いてある。今の世界地図は「メルカトル図法」の世界地図で、これはアフリカ大陸などの表示が正確に示されてないという。正確な大きさで示される「イコールアース図法」は西アフリカのトーゴが主導して各国が強く支持している。国連総会は4日に投票がかけられ164か国の賛成多数で「イコールアース図法」が採択された。世界地図に2つの図法があるのを知らずにいた。この採択は当然のことに思える。

 昨日一日だけエアコンなしの生活だった。しかし、今日は33度の予想最高気温で暑さはぶり返す。先ほど生協よりも遠いスーパーに行って帰宅した。あの先日の暑さと同じく家に着けば汗びっしょりで上から下から着替える始末。と、嘆いてもこれから一雨ごとに秋が深まってゆく。昨日、道で出会った人から「恵みの雨ですね」とあいさつされた。しかし、九州地方では恵みの雨どころか線状降水帯で大雨が予想されている。大変なことにならないといいが。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年9月4日金曜日

『この国のかたち』(五)

 暑かった日々は昨日からの雨で一休みだ。昨夜は今季初めてエアコンなしで寝る。今日は最高気温27度の予想で連日のあの暑さから免れそうだ。今朝は昨日の検診で2時間半もかかったのでくたびれ果てて寝ていた。病院に通えるうちはある意味、元気といえるのかもしれない。通えなくなった日からが本当の病人!?

 以下は『この国のかたち』(五)(司馬遼太郎 文藝春秋、2016年15刷)から気になる箇所を抜粋した。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★水戸中納言とよばれた光圀は老いて隠居した。世間は、中納言の唐名である黄門の敬称で読んだ。……光圀は南朝の諸将のなかで、人柄と戦略の才においてきわだっていた楠木正成(?-一三三六)を顕彰した。正成をたたえることによって、南北朝史における正邪を水戸学の立場から明快にした。湊川にたてた碑面の題字は光圀自身が書き、碑陰には、すでに故人になった舜水の正成に関する遺文を刻んだ。世間で評判になった。(111宋学「三」181p-182p)

2026年9月3日木曜日

いきいき活動ポイント手帳

  昨日夕方、広島市から来月からのきいき活動ポイント手帳が送られてきた。これは市内に住む65歳以上の高齢者が健康で生き生きと暮らせるようにとの活動を促す制度だ。8月末までのポイント手帳を探すと見つからない。今年春にアクシデントなどあってバタバタと過ごしていた。それでもポイント手帳をなくすはずがない。

 夕食後、ポイント手帳を探し始めるが見当たらない。ポイント手帳を利用していたのはプールと日本画教室だ。日本画教室に行く際の道具など入れたバッグは利用してないので今はない。残るはプールに行く際のバッグだ。しかし、いくら中を見ても水着一式はあるがポイント手帳は見つからない。おかしい、と思いながら気になる箇所を探す。

 テレビ台の下を見ると電気器具などの取説などを置いている。その中にないかと探すとほかの気になるものが見つかった。それは8年前に電気器具のトラブルで見に来てもらった業者の名刺だ。この名刺を見て先日の家の外に設置してある電気器具にわけのわからないシールが貼ってあった業者とは違っている。やっぱりあのシールは怪しい業者だ、と再認識する。この名刺を大事にとっておこう、と。どういっても親切な業者だったから。

 さて話は戻る。探していると次に目についたのは折り畳み式の杖だ。何でこんなところにあると思って組み立ててみたが今は用がない。これは不燃ごみに出すことにした。さらに探してもポイント手帳は見つからない。それでも再度テレビ台の下をマジックハンドで探すと何か出てきた。何といきいきポイント手帳だ。うれしかった。探し始めてから何と3時間も過ぎている。おかげで不要なものを捨てることもできた。

 先ほど整形外科に行って丸5か月の診察などを受けてきた。出かける前に出てきたポイント手帳をさっそく市に郵送した。しかし、9月からのポイントは習い事を辞めたので利用できそうにない。

 昨夜、見つかった手帳を眺めてしばし思いにふけった。何と3月19日から押印がない。その日までは元気だったのに、との思いが募る。今はいきいき活動を辞めてしまったがそれでも別の方面の体操教室に通っている。そしてポイントはつかないが近場である音楽会などに出かけてなるべく動くようにしている。そして元気が戻ればまた旅を再開しよう。

 今日の整形外科の診察で先生に10月からのリハビリをお願いした。OKが出たのでポイントはつかないがリハビリに行って健康的に動ける体になろう。頑張れ、頑張れ!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年9月2日水曜日

『この国のかたち』(三)

 今朝も生協の開店時刻の9時になると家を出る。生協の魚を買おうとするがまだ店頭に並ぶのは少ない。仕方なく肉売り場に行って生姜焼き用の肉などを買う。家を出て買い物を済ませて帰宅するだけで汗びっしょりだ。この暑さはいつまで続くのだろう。本当に世の中、くるっているとしか言いようがない。

 『この国のかたち』(三)(司馬遼太郎 文藝春秋、2016年第25刷)を読んだ。以下はその中から気になる箇所を抜粋したもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★華夷は、字面でわかる。中国内部で成立する王朝は、秦、漢、隋、唐といったように一字である。それにひきかえ周辺の蛮(蕃)国は二字で表記された。前漢のころでいえば、匈奴、鮮卑、東胡、烏桓(うがん)。唐代でいえば、契丹、突厥、突蕃、回鶻、渤海、新羅、日本といったようにである。ときに、異国名が、虫偏や犭編であらわされた。蠕蠕(ぜんぜん)や猓(ろろ)といったふうにである。(57 華)(93P)