2012年12月13日木曜日

「若者と選挙」の記事から

今朝も寒い。天気予報によると今日の広島の最高気温11度、最低気温1度。日中は少しは暖かくなるのか予想では10度を超えている。だが、朝が冷たい。

朝刊を読むと清水寺で毎年発表される今年一年の世相を「金」の一文字で表している。

「金」はカネ、キンとも読む。オリンピックの金メダルの数やノーベル賞受賞のめでたいキンとお金にまつわるカネ。

いずれにしてもこの「金」、誰も嫌がるヒトはいないだろう。

お金といえば年金もそうである。自分で働いて掛けたものを一定の年齢になってもらいはじめる。今朝の地元紙オピニオン欄に「若者と選挙」の記事掲載がある。それによると、「将来、年金をもらえるとは思っていない。自分で備えるしかない」という意見が市内の私立大生の意見として書いてある。そしてその底辺に、「若い世代ほど、政治に何も期待できないという諦めが広がっているのではないか。」ともある。

先日我が家に短大卒業後勤めた会社の仲間がやって来た。その時、その模様をブログにアップしながら当時のことを思い出す。満30歳でその会社を辞めた。いい会社だったので定年まで勤めることも可能だった。だが、当時の世相に負けて自ら辞める。

会社に辞表を書いたとき満30歳まで2ヶ月ほどあった。辞表提出後、組合の支部長から2ヶ月辞表を延期するよう諭される。辞める頃の昭和50年代、労働組合の活動は盛んだった。社員が辞めるといえば組合が口を挟んでくる。だがその意見は私にとってありがたいことだった。満30歳になれば雇用保険も長くなる。そして末日付けの退職日でなく1日付けで辞めるようにという。そこには年金が絡んでいた。

若い頃、新聞記事掲載にあるように親の庇護の下、年金や金銭に無頓着だった。ところが労働組合支部長は末日付けにするとその月の年金を会社が掛けてくれない。1日付に変更すれば1日違いで前月の年金を会社側が掛けてくれるという。

今思えば、その時そう諭してくれた支部長のお蔭で年金に対する考えも変わってきた。その後しばらく公の機関で臨時職員(アルバイト)として働く。その際、年金を掛けてもらえないところもあった。その時は国民年金とその付加年金をつけて多く掛けた。そして次の会社ではリストラになるまで勤める。その際も、会社側はリストラとはいわず、職種の配置転換を迫った。

「決して自分の口から辞めると言うな」、という母の言葉が頭をかすめる。その瞬間、リストラ、という形にしてもらえれば今すぐに会社を辞めると条件を出した。そうすれば雇用保険もすぐにもらえる。その決断はかなり勇気のいることだった。余りにもすぐに結論を出したため、上司も驚いたのだろう。本社に掛け合ってくれて、それ以降出勤せずに2ヶ月分の有給休暇消化という形をとってくれた。それで気持ちよく会社を去ることができた。

この話を先日幼馴染のわかちゃんにすると、彼女も若い頃、年金のことを考えたコトもなかったという。今、こうして気楽に生活できるのも年金のお蔭。だから、若いヒトも国の政策に無頓着にならず、しっかり選挙に行ってほしい。とはいっても、若者のお蔭で年金をもらっていると思えば申し訳ない。

ブログにアップするようになって、若い頃のことやいろいろなコトを思い出す。振り返るにはまだ早い?それにしてもヒトの話を鵜呑みにして生きている。だが、支部長にしても、またアルバイトを紹介してくれた元の会社仲間も、そしてリストラになるまで勤めた、2度目となる会社を紹介してくれたヒトも、どのヒトも皆、私のことを思って言ってくれた。今となってはそのヒトたちの言葉は本当にありがたい!

そう思えば、これからどんなヒトの言葉に乗って生きていくのだろう!?それもまた楽しみといえば楽しみ・・・。

今日も元気を出して!

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