2023年9月30日土曜日

「思い立ったが吉日」

 昨日午前、日本画作品展の案内状を送付した人から電話がかかる。案内状に一度会いたい旨の一文を添え、その最後には「またTELします」とも書いて送った。それを見て電話をかけてくださったようだ。毎日暑い日が続いている。お天気が落ち着いたら電話しようと思っていた矢先に電話をくださった。

 「思い立ったが吉日」ではないが、急遽、昨日会うことにした。電話を切るとすぐにJRに乗って友だちの住む最寄り駅へ急ぐ。駅で合流して友だちの家の近くにあるというレクトへバスで行く。ここは数年前にできた複合商業施設で初めていく場所だ。が、どこを見てもキョロキョロしてしまう。大きな施設でフードコートも道の駅の何倍ものお店が入っている。ここでお昼をごちそうになった。食事中、話が弾んで長い昼食となる。その後は友だちのお宅に歩いて伺う。

 友だちと合流前、JRに乗っていて友だちとは長い付き合いになる、と思いを巡らせる。初めて就職した会社を満30歳になる時点で退職、やめてもその後の目的はなくしばらく家で遊んでいた。そのうちやめた会社の同僚の紹介で某公社でアルバイトを始める。そのバイト先の職員さんが昨日の友だちである。あれから40余年の月日が流れた。我が人生の一番暗い時期を知っておられるのでは、と思って聞くと何も話されなかった。その当時は今やっている大半のことはしておらず、思い出しても楽しい時代ではなかった。

 しかし、その時その人と水墨画を一緒に習ったりして大いに刺激を受け、今に至っている。元来、絵心もなく水墨画は1年でやめてしまった。が、友だちに誘われて山歩きなどしたり、といろいろその後も刺激を受けた。そのお陰もあったのか自分自身、徐々に行動的になり、いろんなことに頭を突っ込むようになった。今、楽しんでいるモノ、コトはその当時以降にやり始めたことが大半だ。

 お宅に伺って長居をしてしまった。スマホはまだ機種変更して1年。本好きの友だちはノートに読んだ本を作家べつにびっしり記されている。それを見てスマホ1年生が偉そうにギャラクシーNOTEを利用すれば紙のノートに書かなくてもいい旨の話をした。友だちのスマホでそのアプリを探すもよくわからなかった。が、何とかアプリは表示できた。しかし、スマホ画面にそのアプリを追加しようにも追加できない。どうやっても自分の頭では無理だ。途中でやめてしまって申し訳なかった。

 久しぶりにいろいろとお話しすることができ、ほんとうに楽しい時間を過ごした。感謝、感謝!またお元気そうで何よりと思う。友だちは木版画を長くされている。今、構想にあるのは住吉橋にかかる風景とか。A3かB4サイズの木版画のようだ。それをはがき大にして年賀状にするらしい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月29日金曜日

行楽の秋!

 姪から6年ぶりに台湾へ行ったとの報告が届く。姪はツアー参加とは違って国内はもちろん海外旅行もすべて自分で計画して出かける。今回は4泊5日の旅だとか。その点ではいつも頭が上がらない。届いたメールを勝手に引用させてもらうと「3年前に生まれたパンダにも会えました♪平日はほぼ人がいないパンダ館。見放題でした。大満足🐼入管や税関などいろいろオンライン化が進んでましたよ。〇〇〇より」とある。姪と電話で話すとパンダが大好きな姪は帰った翌日の昨日も上野動物園のパンダを見に行ったという。

 わが家の狭い庭に10数年ぶりに赤い彼岸花が咲いた。母が亡くなって以降、シルバーにお願いしてイロハモミジなど切ってもらった。その時、庭にはびこる彼岸花を取り除いてもらったが球根が残っていたのだろう。今、10余年ぶりに花が咲いた。彼岸花が好きで家に植えている人もいる。しかし彼岸花に対していいイメージがなく芽が出れば抜いていた。今年はその隙間を狙って花を咲かせたようだ。そんな彼岸花も旅先で見ると悪いイメージがなく、カメラで写している。それはなぜなのか自分でもよくわからない。ともあれ庭に咲く彼岸花はこれ以上増やしたくない。

 日本画教室では自分で写した写真をもとにして絵に仕上げている。描こうとした写真も底をついてきた。(さて次は?)と思ってコンビニに行ってプリントアウトする。以前、コンビニでスマホ上にセブンイレブンのアプリを追加した。昨日、初めてコンビニでそのアプリを使って7枚ほどプリントアウトした。デジカメで写した写真もある。これはスーパーでプリントアウトしていたがテナントが撤退してしまった。それ以降、遠くのカメラ屋に出かけてプリントアウトしていた。昨日、(コンビニでもデジカメのプリントアウトができるのでは?)、と思って尋ねるとコピー機にSDカードを差し込めばできると教えてもらった。次回はコンビニでデジカメのプリントアウトをしよう。

 一昨日で携帯の機種変更をして丸1年が過ぎた。機種変更時は以前の機種がよかった、と思ったこともある。が、今となれば何かと便利なので変更してよかったと思っている。というか、機種変更の目的が一人旅にあった。一人で出かけるにはスマホは必需品だ。もしかして旅の道連れ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!?

2023年9月28日木曜日

四万十源流の旅その3

 (四万十源流の旅その2)からつづく。

 2023年9月24日(日) 

 16時半バスは早めにホテル松葉川温泉に到着。今回も全国旅行支援のクーポン券がつく。この券を早く使いたくてホテルでお土産を購入。個人で行くときは荷物になるのでお土産は買わない。しかし、今回はバス旅であり、クーポン券を早めに使う。本来ならば夜のビール代に、と一瞬思った。しかし、それは現金で、と考え直してクーポン券をお土産代にする。早めの到着で外はまだ明るい。しかし、どこへ行こうにも山間のホテルだ。ホテルに入る前、添乗員からホテルそばに赤い橋が架かっている旨の話を聞いた。リュックを部屋に置くとすぐに外に出て赤い橋を探すとあった。が、この橋の向こうは何処なのかがわからない。ましてや山の中のホテルだ。行くのをあきらめて部屋に戻る。

つづらばし
つづらばしから川を見下ろす
 18時、夕食。夕飯の席は1人参加者8人のうち4人が同じテーブルになる。土佐は焼酎のダバダ火振がお土産にいいとか。焼酎は飲んだことがない。が、添乗員お勧めのダバダ火振を飲む人もいる。まずは見知らぬ者同士で乾杯!土佐といえばカツオのたたきが有名だ。お皿にたたきが並ぶが一切れが大きすぎる。どんどん料理がテーブルに並ぶ。そして同じテーブルの4人で大いに盛り上がる。生ビールで乾杯後、前の席の人はダバダ火振を飲んでいる。久々に旅で盛り上がる。ちなみに血液型を聞くと私以外は皆さんAB型だ。B型とAB型は合う!?それにしてもABに囲まれるとは驚き。
 
 土佐四万十のお米は仁井田米が有名らしい。このご飯が夕飯に出たがビールを飲んだので食べられなかった。翌朝、いただくと美味しい。お米はホテル売店でも売っていた。長い夕飯を食べ終えて部屋に戻る。今回の宿はいつもとは違ってとても広い部屋だ。松葉川温泉はこのホテルの専用らしく外からもお風呂に入りに来るとか。ちょっとぬるっとしたお湯で大浴場と露天風呂に入った。

 2023年9月25日(月)

 バスは日程表よりも30分早くホテルを出発。ところがバスが少し走ったところで立ち往生となる。橋が架かっている。この橋が渡れないのだろうかはわからないが、バスガイドはあちこちに電話している。しばらく経ってバスはホテルの人に誘導されて動き出した。よかった!

 10時半、バスは牧野植物園に到着。園に入ると植物園の人から簡単なガイダンスを受ける。この日は雨も降りそうな模様で傘がない人もいる。園内の周りはぐるりと屋根付きの回廊になっている。そこを通れば雨も大丈夫とのこと。牧野富太郎の妻を冠したスエコザサの場所など教えてもらって1時間半のフリータイムだ。

 スエコザサはすぐに見つかった。碑には「家守りし妻の恵みや わが学び 世の中のあらん限りや スエコ笹」と刻まれている。また牧野が愛したバイカオウレンもあった。
バイカオウレン

スエコザサの碑
特別展会場入り口
特別展で気に入ったのを写真に写す
 特別展会場には牧野富太郎の信念とも思えるような言葉があった。「植物に感謝しなさい。植物がなければ人間は生きられません。植物を愛すれば、世界中から争いがなくなるでしょう」と。
牧野富太郎の信念?
酔芙蓉
 どんどん先へ進むと赤と白い花が目立つ。酔芙蓉という花だ。この花はお昼には白い花を咲かせるが夜になるとまるで酔ったように赤くなるから酔芙蓉とか。
 
 園内から高知市内が見渡せる場所に着いた。大きな木が花をつけている。タイワンツバキ、と名前がある。-
園内から見下ろす

タイワンツバキ

ムジナモ
絵になりそうな多行松(タギョウソウ)
 昨年来たときは見ていない園内を歩いた。いろんな建物もあり、ガイダンスを受けた甲斐があった。個人的には園に隣接する五台山竹林寺にもう一度行ってもよかった気がするがどういってもツアーではそれも不可能だ。昨年11月末、土佐に出かけた時、個人で出かけた割にはいろんな箇所をよく歩いた。

 旅の最後は桂浜へ龍馬に会いに行く。龍馬は相変わらず太平洋を見つめて立っている。龍馬を見学した人々の言葉、「龍馬像が高くなっている」。以前をよく知らないので何とも言えないが工事をくり返して高くなったのかもしれない。

 この日のお昼は各自自由に食事をする。海のテラスの「神(じん)」に入ってカツオのたたき丼をいただく。土佐の旅で土佐のカツオのたたきをよく食べた。土佐の最後は桂浜に降りて一休み。久々にアイスを食べた。他の人もやってきてアイスを食べている!

龍馬像

桂浜
 昨年、桂浜に来たときは旅で道づれになった人と椿の小径を歩いて坂本龍馬記念館へ行った。急な石段の道だったがよく歩いたものだと我ながら驚く。今回はそれに比べて桂浜では龍馬像しか見ていない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月27日水曜日

四万十源流の旅その2

 2023年9月24日(日)から9月25日(月)までの2日間、高知へのバスツアーに参加した。参加人員は28名。うち1人参加は8名でこの旅はめずらしくバスガイドが同行している。バスガイドがいる旅は母たちと20年以上前のお正月に指宿や鹿児島辺りに出かけて以来かもしれない。その時は会社に勤めていた頃であり、バスガイドの声が耳について嫌だった。今回もいったん話し出すと2,3時間、マイクを通して話し続ける。初めは耳障りで聞くのが嫌だった。が、話の内容が知らないことだったのでいつしか聞いていた。

 2023年9月24日(日)

 広島から高知までは遠い道のりだ。広島駅を8時半にバスは出て途中2度ほど15分間ずつの休憩がある。バスの運行規定によると3時間に30分間の休憩をいれないといけないらしい。高知のお昼のレストランに13時着。何と4時間半もバスに乗車だ。昨年、高速バスと宿付きの個人プランで出かけた際は高速バスでの高知行は初めてだったので4時間半もバスに乗るのをためたらったりした。が、それも帰りの便は早く感じる。とはいえ、4時間半という時間はやっぱり長い。

 お昼はレストラン高知で南国土佐のオムライスセットをいただく。この辺りは日高村オムライス街道らしく、オムライスのお店が多いのかもしれない。食事後、レストラン周辺を歩くと雰囲気のある光景が広がる。赤や白の彼岸花も咲いている。その時ツアーの人が黒いトンボがいると教えてくれた。が、カメラで撮ろうとするもすぐにトンボは逃げてしまう。また、トンボが、と何度か教えてもらうが写真に写せなかった。
レストラン周辺に咲く彼岸花
 食事後、バスに乗車して牧野博士のふるさとである佐川町へ向かう。ここで現地ガイドと合流して1時間半ほど牧野富太郎の足跡をたどる。小さな町に大型バスが数台も押し寄せて駐車場もないほどの盛況ぶりとか。まずは酒蔵の道から歩きはじめる。すぐに伊藤蘭林の寺子屋に着いた。ここで富太郎も学んでいる。建物の周りを見るとここでも彼岸花が咲いていた。
80m(?)もある酒蔵
伊藤蘭林の寺子屋
寺子屋周辺には白い彼岸花が咲いていた 

この先に金峰神社がある
富太郎はここでバイカオウレンを見て好きになる
 青山(せいざん)文庫に行く途中、金峰神社がある。この神社へ行きたいと思ったら「この階段をまっすぐ上がった向こうに神社があります」と添乗員の声がする。その声にスルーされて行かずじまいになった。後でネットで調べると健脚向きのコースのようだ。足は強いので行きたかった!途中、ホトトギスの標識を見つける。名前は知っていても花を見るのは初めてかもしれない。
ホトトギス

 青山文庫に着いた。中に入るとここも牧野富太郎に関する展示がある。自筆の大きな書の展示もあった。書の揮毫は牧野結網とある。文面は覚えていないがネットで兵庫にある富太郎の書を調べると「朝夕に 草木を吾の友とせば 心淋しき 折ふしもなし」の掲載がある。牧野は淋しい時を感じないほど草木を愛していたのだろう。

 司馬遼太郎は佐川町を訪れている。そして田中光顕(みつあき)のことを書いている。青山とは田中光顕の雅号のようだが、今の青山文庫は牧野富太郎一色になっているようだ。

青山(せいざん)文庫入り口
 
牧野富太郎生家

明教館(めいこうかん)は郷校として士分の教育をした
 佐川町を観光後、ホテルへ。山間のホテルはまるでポツンと一軒家を思わせる。大型バスの往来は翌朝大変だった。

 この続きは明日に!
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月26日火曜日

四万十源流の旅その1

 2023年9月24日(日)から25日(月)まで四万十源流のバスツアーに参加した。昨年の11月末、高知へ1泊2日の一人旅に出かけた。その時は今回と同じ会社が運営する高速バスとホテルが付いた個人旅だった。当時は旅行支援真っ盛りで全国と高知県のダブル補助を受けての旅だ。そのため旅費もただ同然といえるような金額だった。それにクーポン券もついた。

 今回はバスツアーなので土佐の旅の要領は多少心得ている。ましてや、出かける前夜、NHKのBSで「牧野富太郎の大冒険」と題した1時間半の番組が放送された。何というタイミングの良さ、と驚きながらテレビを見た。今、その番組タイトルを検索していると見逃し配信がある。後でまた見ることにしよう。

 ツアー中、話をすると番組を見た人がいた。牧野が好きな花はバイカオウレンとか。また、バス通路を挟んだ隣の人はムジナモの花が好きだという。どちらもどんな花なのかはっきりしない。が、花の時季ではなかったがどんな花なのか葉っぱだけは確認できた。また富太郎の奥さんの名を冠したスエコザサも今回初めて知った。

 朝の連続テレビ小説は見たことがないがツアーの参加者たちの大半は見ておられた。今回訪れた場所は牧野博士のふるさとである佐川町。翌日は牧野植物園と桂浜公園が主な行き先である。ただ、ホテルは四万十源流にあるホテル松葉川温泉で個人ではなかなか行けそうにない場所にある。泊まった部屋はとてもよくて添乗員が各部屋の様子を見に訪れた際、「立派な部屋!」と思わず話すと他の人には公言しないようにと口止めされた。それくらい、いい部屋だった。なおこの日の宿はこのツアーの貸し切りだ。

 広島から土佐の高知までの往復は新幹線が通っている県とは違って道のりは遠い。バスに乗った感は拭えない。それくらい時間も距離もある。それでも行きたくなるほど魅力ある高知県だ。今回、牧野植物園は自由行動の前に係から園内のまわる順番のガイダンスがあった。このおかげで前回は遊歩道を主に見て回ったが今回はガイダンス通りに歩いたのでバイカオウレン、ムジナモ、スエコザサなど初めて知る植物がよくわかった。

 また桂浜は前回からまだ1年もたっていないのに大幅にリニューアルされていた。海のテラスができており、食べ物屋や土産物屋も充実していた。そして坂本龍馬も相変わらず太平洋を見つめて立っている。そのそばには何かできるのかホロがかかっていた。

 さらに初めて訪れた佐川町は小さな町なのに大型観光バスが数台来ていた。ボランティアガイドもてんやわんやの感じでどのガイドがこちらのガイドか迷いそうになる。司馬遼太郎は「街道をゆく」で佐川町を訪れているが再度その個所を読みなおそう。青山(せいざん)文庫も行きたかった場所だ。個人ではこの地までは行けそうにないので今回連れて行ってもらって本当にありがたかった。青山文庫は牧野富太郎の特別展をしていた。司馬作品では田中光顕(みつあき)のことも書いている。

 この続きは後日のブログで!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月24日日曜日

『王城の護衛者』

 いつもの如く昨夜も早く寝た。ところが消防のサイレンの音で目が覚める。時刻を見ると午後10時半ごろだ。夜中に1度、トイレに行くとき目を覚ます。ところが昨夜は火事のサイレンで目が覚めた。今朝の地元紙を見ると住んでいる町で火事が発生。それもJR線路沿いの住宅地のようだ。真夜中の1時過ぎまでJRは止まったとか。今朝はJRの通る音が聞こえる。

 今朝はこれぞ秋、とも言えそうな清々しい朝を迎える。しかし、日中は暑くなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下は『王城の護衛者』(司馬遼太郎 講談社、2007年第1刷)から気になる箇所をメモした。

★正之は、家康の血統のなかではもっともすぐれた頭脳と政治能力をもっていた。藩政を独特な政治学をもって整え、藩士を教育し、好学と尚武の藩風をつくりあげ、ほとんど芸術的といっていいほどの藩組織を完成して、寛文十二年六十二で死んだ。この正之の遺訓、言行が、幕末までこの藩の藩是となった。その八世容敬(かたたか)に子がない。縁戚にあたる美濃高須の松平家から養子をもらいうけ、嗣子とした。これが九世松平容保(かたもり)である。(10-11p)

★容保にはつよい希望がある。(帝に拝謁したい)といことであった。「玉体を保護し奉る」ということのみを考えようとしていた。……(それ以外のことを考えまい)と思っていた。そのためには、天皇の玉容を知らねばならなかったし、できれば、その守護のために死のうとしている自分と藩士のために当の「至尊(しいそん)」からお言葉の一つも頂戴したかった。……が、その機会はすぐには来なかった。(44-45p)

★隊名は、会津藩側と浪士側とが相談して新選組とつけた。……この隊の成立は、京都守護職としての治安警察活動をひどく活溌にした。(町奉行所に頼らずに済む)と、容保は最初にその点で安堵したが、かれらの実力が予想以上であることが次第にわかってきて、時に危惧した。(72-73p)

★最後に、孝明帝はいった。「朕は会津をもっとも頼みにしている。一朝有事のときにはその力を借らんと欲するものである」容保は、突伏した。この若者は哭(な)きはじめた。この姿勢のまま、四半刻ばかり泣きつづけた。(この主上のためには)と、容保は思った。……容保はこのいわば英雄時代の最後の人物といっていい。……この辰韓がそれである。(帝は、自分をのみ頼りにするとおおせられた)このことほど、容保にとって巨大な事情はなかったであろう。この辰韓がなければ容保の一生はあるいはちがったものになっていたかもしれない。……容保は、孝明天皇自身がそのように指摘した「奸人」どもと戦わねばならなかった。(89-91p)

★長さ二十糎(センチ)ばかりの細い竹筒であった。この竹筒の両端にひもをつけ、首から胸に垂らし、その上から衣服をつけていた。……容保が死んだとき、遺臣がその竹筒の始末をどうすべきかを相談した。……かれらが父の通夜の夜、その竹筒をあけてみた。辰韓であった。……維新政府から逆賊として遇されたかれは、維新後それについてなんの抗弁もせず、ただこの二通の辰韓を肌身につけていることでひそやかに自分を慰め続けて余生を送った。……辰韓は山県の手には入らなかった。松平家では婉曲に拒絶し、その後銀行にあずけた。竹筒一個 書類二通 という品目で、今も松平容保の怨念は東京銀行の金庫にねむっている。(130-132p)

2023年9月23日土曜日

秋の日本画展の案内届く

 市内八丁堀にある某金融機関のギャラリーから秋の日本画展の案内ハガキが届く。ハガキ裏面を見ると前田青邨の「応永之武者」が描かれている。コロナ禍前は各人に郵送されることはなかった。ところがコロナ禍になって以降、ご丁寧に郵送されてくる。それも無料の展覧会であり、また文化勲章受章者などの絵が大半なのに何と親切なことだろう。

 この金融機関と先日出かけた講演会の某金庫メーカーはいつもご丁寧にハガキで知らせが届く。受け取る側としては金融機関に預貯金はないし、金庫のメーカーになるとサラサラ用がないので申し訳ない気がする。

 先日、習っている絵の作品展の案内ハガキを友だちに送った。そのうちの1通は昨年妹さんを亡くされた人である。2か月前に電話するとやっと通じた。その際、一度会いたい旨を話したが、この暑さでその後の連絡をしていない。それもかねてハガキを送った。

 展覧会や作品展の案内を見ても行楽の秋!?今朝は涼しさを感じる。しかし、日中は30度の予想なのですぐに暑くなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月22日金曜日

「散心(さんじん)から定心(じょうじん)へ」

 秋らしさを感じる朝を迎える。この先、1週間の天気は行楽日和とか。しかし、まだまだ秋は遠い。10月初めまでの天気予報を見ると30度の日が続くようだ。燃える秋、は歌にあるが遠い秋は歌にもなりそうにない。ただ、いくら暑くても行楽の秋を身近に感じる。というのも近いうちに出かけようとしているからかもしれない。

 昨日午後は今朝とは打って変わって蒸し暑さも半端でなかった。年に一度の某金庫主催の講演会に出かける。場所は国際会議場。会場に入るとなんと参加者の少ない事か。例年ならば(コロナ禍の時は主催されなかった)国際会議場が満員になるほどの参加者だった。それなのに今年は暑さと雨で皆さん敬遠!?

 講師は興福寺寺務老院の多川俊英氏。この人の講演は何度か聞いているが、令和になって以降はコロナ禍もあって初めてとか。講演のタイトルは「俳句で学ぶ唯識」。唯識の「識」は「心」に置き換えてもいいらしい。講演の前と後に広島市内の10何か寺の僧侶による読経がある。いつもながら読経を聞くとおどろおどろしくてこの場からいたくなくなる。お寺や僧侶はいいのだが読経の音や線香のにおいに耐えられない。

 仏教は心の宗教で汚れた心で話したり、行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。ところが清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う、そうだ。この汚れた心は散心(さんじん)であり、清らかな心は定心(じょうじん)とか。筆記用具を持参せずに講演を聞いていた。最後に「『散心』から『定心』へ」と締めくくられて講演が終わるとき、この2つのキーワードを忘れないようにと携帯のメモに入力。

 散漫な心であれもこれもやろうとすると長続きしない。ところが心を決めてやると長続きするそうだ。結構、気に入ってやっている水泳やフルート、最近では日本画など長く続けている。ほかにもあるけど、これって、定心!?

 講演が終わると駅前の福屋にバスで移動して、お菓子所高木で和菓子を購入。もらったパンフを見るとこれから秋に向けて季節限定の和菓子が出るようだ。楽しみ!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月21日木曜日

『「司馬さん」を語る』

 『「司馬さん」を語る』を読んでいる。サブタイトルに「菜の花忌シンポジウム」とあり司馬遼太郎記念財団が編集。今年の2月に第1刷を文藝春秋から出版している。巻末に第1回から昨年までの第25回「菜の花忌シンポジウム」の一覧が掲載され、その中から7回分を除いた大半を1冊にまとめたのがこの本である。昨年末、司馬遼太郎記念館友の会に入会した。これからは記念会誌「遼」で読むことができそうだ。

 まだ半分弱しか本を読んでいないがシンポジウムに参加した田辺聖子は『韃靼疾風録』をたびたび話題にしている(88p、111p)。また出久根達郎は「司馬さんがデビュー作の『梟の城』からずっと書いてらっしゃるように、人間は志をもって生きなければだめなんだと。夢をもち、志をもって生きる。それは男でも女でも、この姿勢はいつの時代も変わらないメッセージだろうと思います。有名人だとか、大きな事業をなしたとかではなく、歴史に名を残さなくても誠実に志をもって生きた。これが司馬文学のバックボーンですね。」(121p)と。さらにシンポジウムの司会者である古屋和雄は「旅に行かれるときどういう思いで行かれたかという司馬さんの文章があります。『ガイド 街道をゆく西日本編』では、『私の旅は、いつも卒然としている。まず書斎で、古ぼけてぼろぼろになった分県地図をひっくりかえしてみる。ここへ行きたいと思い立つと、その部分のこまかい地図をとりだしてきて拡大鏡で見つめる。……』……地図を見ながら思いをひろげたという感じがします。」(129p)。

 ここまで読んで『韃靼疾風録』『梟の城』『ガイド 街道をゆく 西日本編』の3冊を早めに読もうと図書館へ予約を入れた。また『ガイド 街道をゆく 西日本編』があるからには他の地域もあるはずとネットで調べると西日本編のほかに近畿編、東日本編の2編があった。これはすぐには読めそうにないので予約前の予約かごに入れておく。

 この本の残り半分強を読み終えるころには、多くの読みたくなる本が出てくるに違いない。それにしても出久根達郎のいうように「夢をもち、志をもって生きる」は大いに共感する。これがあるから司馬作品を読んだ後の気分が爽快になり、読者をひきつけるのかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月20日水曜日

『街道をゆく』の歩いた道一覧があった!

 司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズは単行本として全43巻ある。しかし、これは1巻に1か所の街道ではない。今、読んでいる「熊野・古座街道、種子島みちほか」には「熊野・古座街道」のほかにも「豊後・日田街道」、「大和丹生川(西吉野)街道」、「種子島みち」の4か所が収めてある。1巻目の「甲州街道、長州路ほか」を読んだとき、この「ほか」を意識せずにいた。 

 ところが14巻を文庫本で読んだとき、巻末に〈『街道をゆく』全43巻「目次」および「歩いた道」一覧〉が詳細に掲載されている。それに気づく前までは単行本の裏表紙にある街道の一覧を見て読んでいた。ということで単行本に記された地の他にも多くの街道や道を歩いている、とわかった。

 来月初めに念願の司馬遼太郎記念館に出かける予定でいる。今月初め、さっそく新幹線の格安切符「おとなび」で予約し、先日、みどりの券売機で発券した。臼杵の旅では発券時、一度に出来ず1枚ずつで発券。ところが今回は機械をよく見ていたのか1度に往復とも発券できた。

 みどりの券売機はなんどか利用している。が、自宅JR最寄り駅の窓口が閉鎖されて新幹線などのチケットはネットで予約して券売機で買うことが多くなる。呉線と山陽本線が通るJR駅なのに窓口が閉鎖された。先日、日本画を習いに行く際、その駅も窓口が閉鎖されている。この駅は広島駅に次ぐとも思われる大きな駅なのに閉鎖だ。何もかも人件費削減なのか人を通さず機械に代わっている。そのうちAIにすべてを任せる!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月19日火曜日

『孤独にならない老い方』

  図書館に予約していた本が3冊になった。歩いてすぐの場所に図書館がある。それなのにスーパーへは行っても図書館は後回しにしていた。昨日は月曜日。図書館は休み、と思っていたらふと祭日、と気づく。祭日であれば月曜日であっても図書館は開館中。そう気づいてすぐに本を受け取りに図書館へ出かける。借りた3冊すべてはエッセイである。うち2冊は借りたその日に読んだ。

 母が亡くなって以降、何年間かは図書館で借りる本といえば「孤独」に関する本が多かった。ところが5年前からは司馬遼太郎に関する本が大半を占めている。そんな中、久しぶりに予約した本が『孤独にならない老い方』(高田明和 成美堂出版、2021年第1刷)である。親を亡くして12年以上経過すると「孤独」というキーワードを忘れている。もはや孤独にならない老い方は関係ないはずなのに、この本を借りて読む。

 高田は孤独について「私たちは一人でいても、いつでも誰かに連絡でき、行きたいところに行けるなら、孤独ではないのです。誰にも連絡できず、外に出られず、会いたい人に会える望みも断たれているというなら、それが孤独です」(86p)と述べる。

 さらに「定期的に連絡できる相手がいれば、最高です。たわいない雑談でいいのです。『今日はこんなことがあった。明日はこんなことをする』などと話し合える人がいるだけで、心豊かに生きていけます」(92p)とも書いている。

 そしてもう一か所メモしよう。「私の先輩にあたる浜松医科大学名誉教授で精神科医の大原健士郎さんは、こんな言葉を残しています。『人間の気持ちは、その時々に変化する。今が幸せであれば、過去のすべてはバラ色で有意義に目に映る。しかし、今が不幸であれば、過去はすべて灰色で無意味に思えるものである』普通、過去が今を規定すると考えます。しかし、それよりも、今どう生きているかが過去を規定する面のほうが強いのです。若い時に何があっても、晩年が豊かなら、それで無上の幸福だと思うべきなのです」(213p)。

 この本を読んで孤独にならない生き方をしている、と自画自賛。とはいっても人間いつ何がどうなるかわからない。その辺は覚悟しているつもり。と言いながらも最初に取り上げたように「私たちは一人でいても、いつでも誰かに連絡でき、行きたいところに行けるなら、孤独ではないのです」。確かにそう思う。このことは孤独云々の前に、とても幸せなことだとも思う。

 せいぜいこれからも元気を出して自分が行きたいところへ出かけよう。そうすれば孤独に陥る暇はない!?

 話は変わって、最近のブログの閲覧者数が以前の一日50人前後から急激に増えて150から200人前後になっている。ちょっとだけ驚いてしまった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月18日月曜日

一歩を踏み出す

 昨夜のNHKのBS1で「最後の講義」に「ジャズピアニスト 山下洋輔」が放送された。山下洋輔の弾くジャズピアノは以前から興味をもっていたので番組が始まるのが楽しみだった。この頃はほとんどテレビを見なくなった。ニュース番組くらいは見るべきとは思うが嫌なニュースを見ると体に良くない。そう思ってなるべく嫌なことから目を背けている。

 山下洋輔は81歳になるそうだ。ところがピアノに向かうと誰よりも若さがはちきれんばかりの演奏だ。見ていても気分がすっきりする。これを目の前で聞くとどんな気持ちになる!?山下が卒業した音楽大学での番組収録で現役の大学生が講義を受けた。質問コーナーがあり、ある若者は「満足できないときの対処法?」みたいな質問に山下は「満足できないなら一歩を踏み出してやること」と話した。またある学生は「これまでにピアノが嫌になることがありましたか」と質問した時、山下は即答で「一度もありません!」。ほかにも山下と学生によるセッションや質疑応答などがあった。

 久々にいい番組を見た。なかでも「満足できないなら……」の質問に山下の返答である「一歩を踏み出す」。これに感動する。何かにつまずいたとき、じっとしていてはダメだ、との気持ちがある。とにかく動く、というか行動する。動けば何とかいい方向に向かう。これは自分が長く生きていて一番感じていることである。じっとしていては何も始まらない!

 山下は10代で世間に認められるようになったそうだが、20代前半で肺の病気にかかり1年間休養を余儀なくされた。その間、ピアノを断念して療養。そして論文を一本書き上げたそうだ。その後はピアノに肘をついて弾くなどの独自の演奏スタイルを確立。学生たちもこれに刺激を受けていた。

 以前、徹子の部屋で吉行和子と富士真奈美が山下洋輔のファンと話していたがその気持ちは昨夜のテレビでよくわかった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月17日日曜日

土手に咲く桜を描く

 昨日は日本画教室の日。川の土手に咲く桜を描いている。先週、胡粉に紫色を少し混ぜて薄いピンク色をつくった。その絵皿は教室に置いたままにして帰った。昨日、教室でその絵皿を取りだして絵筆の先を切った筆を借りて桜が咲いているように色付けする。先週と同じやり方で彩色したつもりが先生によると花がかたまりすぎてまたも空気がなくなった状態とのこと。再度、バックの色に似た色を作って空気を入れてゆく。

 いつもなら点描写で描くところを今回は先週から先の切れた絵筆を借りて描いている。絵筆に絵の具をたっぷりしみこませず、余分な絵具を取り除いて上から軽く筆をおいて描く。そう習ったはずなのに気を許していると筆を縦にせず、すこし横にして描いていた。先生に注意されて筆の位置が違っていたと気づく。日本画は失敗しても何度でも塗り直しがきく。これは日本画の良さ!?

 来月、教室の作品展が開催される。例年の如くF6サイズ2点と今年はサイズはわからないが全員、正方形のパネルに箔を貼った作品を出品する。この箔を貼った作品のタイトルを考えていると先生はこれは全員の名を伏せてタイトルも書かないとのこと。「いにしへ」のタイトルは幻に終わった。

 絵を習い始めて2年目くらいの作品展で他の教室のベテランさんと話をした。その人は額の大きさを決めて絵を描かないと額が増えて困る旨、教えてくださった。その頃は額が増えるのをそれほど気にしていなかった。ところが重たい額が増えてくるのは困りものだと気づきだす。そしてそう教えてくれた人の言葉が有り難くなる。それ以降、絵のサイズはF6のパネルと決めて描いている。そして日本画作品展の時は毎年同じ額に絵を入れ替えて展示している。

 額は増えなくなったがパネルに描いた絵が増えてくる。近年になって、教室の古い生徒さんが絵を描いたパネルを塗りつぶして新たな絵を描いていると聞いた。自分が描いた絵が増えてくるのも困りものだ。その話を聞いて残したくない絵はどんどんバックの色を塗り直して新たな絵を描くつもりでいる。それでも描いたパネルが増えてくる。日本画は画用紙に描くのではなく鳥の子紙などを貼った木製パネルに描く。そのためパネルが増えると置く場所もかさむ。

 何を習っても物は増えてゆく。それは仕方ないにしてもなるべく増やさないやり方で描きたい。その点、パネルの再利用は有り難い。それでもなぜか確実にモノは増える!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月16日土曜日

一月遅れの塔婆をもってお墓参り

 この先2週間の天気予報を見ると依然として30度以上の日が続く。お盆にお寺から持って帰った塔婆をお墓に持って行かずにずっと家に置いていた。塔婆を見る度、(早くお墓へ……)と気持ちは焦るが暑さを言い訳にしてお墓参りをせずにいた。ところが昨日、この先の天気予報を見ても涼しくなる気配がない。このままだとお彼岸までに墓参りに行こうとの気持ちが10月にまでずれ込みそうになる。(涼しくなるのを待っていてはいつまで経っても塔婆をお墓に持って行けない)と思って急遽、昨日、塔婆を持ってお墓に参る。

 午前中は曇り空だったが、墓地に近づくにつれて暑さも半端でない。一休みしないで墓地に行く予定が途中で一息ついて墓地へ向かう。墓地に着くと相変わらずとなり2件の墓地は荒れ放題だ。この様子を見るのが嫌になるほど草ぼうぼうになっている。よその土地を通らねば我が家の墓地にたどり着けない。蒸し暑い日の平日の墓地は誰もいない。墓地に敷いた砂利石の間から小さい草が生えている。これを抜いてお墓の後ろに塔婆を建てる。

 母が亡くなって12年半になる。が、この間、毎月お墓参りを欠かさなかった。ところが今年の8月だけ、あまりにも暑くて参るのをあきらめた。この暑さは今月になっても続く。やっとのことで昨日お墓参りをした。これで気持ちも落ち着く。

 お墓をきれいにしていると目が痛くなるほど汗が目に入る。仕方なく、墓地にある水道のところで顔を洗う。が、タオルがなくて持っていたタオルハンカチで顔を拭く。気持ちだけスッキリするがそれでも汗は滴り落ちる。家に帰るとすぐにシャワーを浴びると今日一日の大仕事をしたような気持になる。

 図書館に予約した本が2冊ある。スーパーへも行きたい。しかし、どちらも行くのをあきらめた。朝晩は涼しくなったようだがそれでも動くと暑い。この状態だと今月いっぱいはプールの行きかえりが暑くて泳ぎに行けそうにない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月15日金曜日

トンボの名はウスバキトンボ

 昨日のブログにアップしたトンボはウスバキトンボ、とメールで教えてくださった。勝手にそのメールを引用させていただくと「この群れ飛ぶ蜻蛉はウスバキトンボではないでしょうか。下方から視るシルエットだから黒く見えるのであって、そうであるなら、実際は橙色の体長5cmほどの中型の蜻蛉です。これは南方から渡って来て、関西やこの辺りでは、6月に水田などで産卵し、それがとんぼになって今頃たくさん現れるのです」とある。

 自分なりに電子辞書にある昆虫図鑑のトンボのコーナーやネットでトンボの図鑑を調べてみたがわからなかった。ただ、写したデジカメのトンボをズームで見るとメールで教えてくださったように橙色に見えるところがあった。さらには「下方から視るシルエットだから黒く見える……」は確かにそうで、デジカメで写す際、下から空に向かって写している。

 今朝の地元紙によると呉市在住の人の投書があり、赤トンボが舞うとある。我が家の辺りは田んぼもなくトンボが飛ぶような趣がある場所ではなくなった。そのためか吉備津神社で偶然目にしたトンボに妙に魅かれてしまった。ましてやその時点では黒いトンボに見えた。その後のネット検索で全身が黒いトンボは神様の遣いで縁起がいいトンボとある。全身が真っ黒でなかったのでそこまで期待しなかったがそれでもトンボを見ただけで嬉しくなった。
 
 ウスバキトンボ、と教えていただき感謝、感謝!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月14日木曜日

岡山の旅その2

  岡山城と後楽園の2時間の観光後、後楽園そばにある後楽園・四季彩でお昼をいただく。朝早い起床で午前中は蒸し暑い中、岡山城と後楽園の観光でよく歩いた。お腹もすききっており、美味しくお昼を食べる。食事後は隣にあるお土産屋でクーポン券を使い果たす。今回も食べるものを買ったが、これも困りものだ。幸い、日本画教室が今週もある。持参しよう。

 バスで移動して吉備津神社に向かう。吉備津神社はこの2,3年で3度目になる。ナニゴトも初めての所は興味津々だが、3度目ともなるとそれも薄れる。後楽園でガイドは吉備津神社に行ったならば長い回廊の途中にある門から神社を写すといい旨、教わっていた。その通りにしてデジカメで写したが、うまく写していなかった。もっと神社の屋根に集中すればよかった、と後で気づく。

 神社参拝前に、巫女による簡単な説明があった。それは本殿や御竈(かま)殿、そして長い回廊にかかる屋根である。長い回廊は数百mもあり屋根が付いている。これは回廊の先に古い本宮社があり、御竈殿から本宮社へ神様の食事を運ぶ際の雨よけの屋根とか。今は本殿に食事が運ばれる。

長い屋根付きの回廊
 出かけた2023年9月11日はお日柄がよかったのか、白無垢の花嫁さんの姿もあった。場所を移動すると頭の上をトンボが飛んでいる。それも何匹も舞っている。デジカメをアップにして写すとトンボが撮れた。子供の頃は赤トンボが舞っていたがもう何十年も群れを成すトンボを見かけない。神社の観光どころではなくなってただトンボを写す。久々に心和む光景に出くわす。

 ネットで黒いトンボについて探すと「神様トンボ」とある。しかし、神社で見たトンボは黒い色だが真っ黒ではない。オニヤンマやシオカラトンボは子供の頃によく見たが神社で見たトンボはさて何トンボ!?


 トンボに見とれているうちに時間も過ぎてゆく。バスに乗ろうと神社の外を歩いていると神社に添って川が流れており、その中に花が植えてある。カンナやコスモスなどの花を見るとトンボと同じく秋を感じる。こうなると神社よりもトンボや花を見るほうに興味が向く!

 吉備津神社を後にして次に向かうは吉備津彦神社。この神社は桃太郎伝説で有名らしい。神社の御神籤を引いている人がいる。兎の容器の底を引っ張ると御神籤が出る仕組みになっている。面白そうなので見せてもらうと御神籤はいわゆる御神籤だった。桃の容器の御神籤や紙で桃をかたどった御神籤もある。御神籤は引かずに写真だけ写す。それにしても何と御神籤で商売!?
いろんな御神籤がある
 岡山城、後楽園、さらには吉備津神社、吉備津彦神社を巡る旅は終わった。今回もよく歩いた。携帯万歩計は12000歩。蒸し暑い中の観光で今回は結構草臥れた。元気、といっても年齢には勝てない!?翌日は家でおとなくしたが昨日は元気を取り戻して友だちとランチ。楽しみも無理は禁物。心して遊ぼう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月13日水曜日

岡山の旅その1

 2023年9月11日(月)、「岡山いいとこ取りの一日 岡山といえば……」と題した日帰りバスツアーに参加する。参加人員は28名。利用する旅行社は一人参加の場合、相席とならず2席を独り占めできる。これはバスに乗っていても楽なので気に入っている。

 7時50分、新幹線口2階のべデストリアンデッキに集合。受付を済ませるとバスは8時に出発。岡山へと向かう。岡山は広島の隣に位置している割にはあまり出かけていない。今回、後楽園が行先に入っていたので旅を申し込んだ。途中休憩をはさんで10時半、岡山城に到着。岡山城は烏城(うじょう)と言われるとか。烏はカラスなので姫路城の白い白鷺城を模して烏城!?ここで2人のガイドと合流して2時間、観光する。

岡山城

 岡山城は1966年に再建されているが令和になっても大改修された。そのためかまだ新しい建物に思える。というか城内はエレベータも空調設備もあって博物館になっている。また博物館化した館内はカフェやお土産店もある。一人で出かけたならばきっとカフェで一休み、となるがツアーではその時間はない。

 ガイドによる案内はお城の石垣から始まる。どういっても大きな石が組みこまれた城壁だ。岡山の巨石の一部は大坂城の巨石の一部に組み込まれているとか。

岡山城で一番の巨石 大阪城の巨石はこれよりも大きい

岡山城の城壁

岡山城の烏城公園
不明門(あかずのもん)から入城
この門も1966年、お城と共に再建された
六十一雁木上門(要害門)これも1966年に再建
屋根の左下に黒い桃瓦がある
 岡山城には金の桃瓦、六十一雁木上門(要害門)には黒の桃瓦がある。デジカメでアップにして写すとはっきり撮れた。
岡山城の金の桃瓦
真ん中語りにある金の桃瓦

岡山城
岡山城天守閣 
焼失せずに残った月見櫓
後楽園へ移動中に見た岡山城
 岡山城内で30分のフリータイムがある。城内はエアコンもエレベータもついて博物館となっている。またカフェやお土産屋もある。お城を出ると参加者一人の姿がない。後は添乗員に任せて隣接する後楽園へと移動する。気温はそれほど高くはないが蒸し暑さは半端ではない。耳の後ろから汗がしたたり落ちてシャワーを浴びたようになる。

後楽園
 
 ガイドによると武士には井田(せいでん)、能舞台、茶道の3つが付き物らしい。
井田(せいでん)
後楽園の広い園内
大賀の蓮!?
 園内を歩いていると時季外れとも思われる蓮がまだ咲いていた。ガイドによると大賀の蓮とか。園内は歩きやすくなっているが、ところによっては大きな石の階段になっている。細かい砂が付いた石は滑りやすい。ガイドは注意するようにと促す。が、その時、ドスンと誰かがしりもちをついた。幸い大丈夫だったようだ。時に池にある石を渡るときは落ちないようにと気をつける。観光客の歩いた石や岩は丸くなって滑りやすい。後楽園を観光中、添乗員から行方不明者と電話連絡がついたとの情報が入る。

 後楽園の岡山城が見える場所に移動する。少しだけ石段を上がって眺めると目の前にお城がよく見えた。

後楽園から眺める岡山城
 後楽園を歩いていると突然鶴の鳴き声がする。鶴がいるとはだれも思わず、ガイドが丹頂鶴の飼育場所に連れて行ってくれた時は驚いてしまった。本当に鶴がいた。年中行事で時に鶴を放すそうだ。しかし。餌を求めて鶴はすぐに檻に戻るらしい。個人的に動物園に行くことが全くないので鶴を見て感激してしまった。ここには丹頂鶴が6カ所に区分けされて飼育されている。
丹頂鶴の飼育ゲージ
  この続きはまた明日のブログで!
 
  ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月12日火曜日

トンボが舞っていた!

 昨日は岡山にある岡山城、隣接する後楽園、そして吉備津神社と吉備津彦神社への日帰りバスツアーに参加した。前夜、福山に大雨警報や洪水警報が速報として出た。福山と岡山は距離も近く、(ツアーはどうなる?)と心配した。ところが雨も上がって心配無用で参加する。広島駅で集合時の受付で添乗員から先月、旅が一緒だった旨を聞かされる。そういえば、と思いだしてよろしく、とあいさつする。

 この頃は同じ旅行社のツアーばかり参加している。添乗員は派遣会社からの仕事だが全くと言っていいほど同じ添乗員になることはない。これはツアー同士でも当てはまる。ところが大手の旅行社が軒並み広島から撤退し、地元のバス会社の旅が多くなると添乗員やツアーの人と出会うようになった。

 雨は止み、気温は低くても蒸し暑さは残る。岡山城と後楽園の観光は現地ボランティアガイドが同行する。何と2時間のガイドだ。それも高齢者の域に達した2人が2班にそれぞれ14人ずつのガイドをする。

 広島から岡山は近いはずなのになぜかこれまで岡山城も後楽園も出かけていなかった。岡山城は1966年(昭和41年)に再建され、令和になっても大改修が行われたとか。岡山城の案内を聞くとフリータイムがある。再度の集合時、一人いない。さあ、大変。しかし、今や携帯電話やスマホの時代。どうする?と思ったら添乗員に不明者を任せて後楽園を観光する。  

 このころになると半端なく暑くなる。頭から2回ぐらいシャワーを浴びたような感じになる。後楽園は広島にある縮景園とは比べられないほど広い。べつに比べなくてもいいものをつい比べてしまう。広島贔屓がある!?そのうち不明者と電話が通じた旨の報告がある。

 お昼は後楽園に隣接する後楽園四季彩で頂く。今回も岡山県のクーポン券が付く。前回同様、期限切れのクーポン券の再利用だ。食事後、すぐに隣の土産物店で使い果たす。この制度、来年から止めれば、と思う。もらっておきながら無駄としか言いようがない。

 吉備津神社では巫女さんによる境内の簡単な案内があった。これは初めてのことで少々驚く。次に向かうは吉備津彦神社。観光後、バスはクーポン券が最後に仕える場所である吉備SAに向かう。30分の休憩だ。クーポン券は使い果たしたし買いたいものはない、そう思って一人、珈琲を買ってフードコートで飲んでいると人がやって来る。この頃のツアーはおっさんの一人参加も多い。

 SAを出てバスに乗った瞬間、雷鳴が轟いて激しい雨が降る。バスに乗車していたので大丈夫だったが、まさに危機一髪の感じだった。後でネットで調べると倉敷⇔岡山間のJR山陽線は不通になったようだ。バスの窓から前を見てもほぼ何も見えなくなるほどの雨の降り方だった。しかし、これも数分行き過ぎると何もなかったかのように雨は止む。

 昨日のツアーで一番気に入ったのはトンボ。吉備津神社で時間を持て余していると頭の上を黒いトンボが舞っている。すぐにデジカメをアップにして写すと写真が撮れた。トンボを見ることがなくなって久しい。ところが吉備津神社には多くのトンボが舞っていた。

 この模様は後日のブログで!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月11日月曜日

『加茂の水』

 『加茂の水』(司馬遼太郎 講談社、2007年第1刷 『王城の護衛者』に収録)を読んだ。その中に「玉松操のふしぎな作戦」がある。これは偽の錦旗を考案したなどのことである。しかし、「その最期がどうであったか、たれにもわからない。おそらく看取られることなく死んだのであろう」と司馬は書いている。悪だくみは一見成功したかに思えるが実際は如何に!?天罰が下るというように悪いことの結果は一時的に良くてもよいことにはならない!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★僧名を猶海といった。還俗して、はじめて山本毅軒、ついで玉松操とあらためている。……時勢は暗澹としている。が、玉松操は流浪している。無名のままに、である。(137-138p)

★大久保は、それ以上にこの老人のことを訊かなかった。岩倉も、玉松操、という詔勅の起草者であり、錦旗の考案者であり、倒幕と新政府構想の骨子を立案した陰の人物のことを、まだ大久保ら諸藩有志に言うには早いとおもっていた。いわば、老人はいまのところ宮廷内部の秘密事項のひとつといっていい。もっとも老人は長くは加茂川河畔の米屋の離れに居ることはできなかった。(178p)

★薩長はようやく官軍となり、翌五日、東寺の本営に錦旗がひるがえった。さらにこの錦旗を交戦中の幕軍にみせるため、この日、淀川の北岸まで進み、晴天の下でひるがえした。幕軍はそれを遠望し、遠望した瞬間から敗走を開始し、その敗走を見とどけた上で錦旗は東寺に還御している。玉松操のふしぎな作戦はみごとに奏功したのである。……明治五年二月十五日、病没した。加茂川畔で息を引き取ったというが、その最期がどうであったか、たれにもわからない。おそらく看取られることなく死んだのであろう。(186-188p)

2023年9月10日日曜日

先の丸くない筆

 昨日午後は日本画教室に出かける。この頃は教室の人が全員揃うことがなく、いつも誰かが休んでいる。先週はオペラに出演するという人がコロナにかかって休み、昨日の休みの人は実家に一人住む親を見に行かれたとか。教室の全員がそろうことが少なくなった。そのなかでも絵にかける意気込みがすごい人がいる。時に圧倒されそうになる。しかし、元来、絵心に疎く半ば遊び半分に絵を習っている者にとっては、絵に命を懸ける人の姿が眩しい。3時間の教室の半ばにカフェタイムがある。その際、20歳以上も若い人と自販機に皆の飲み物を買いに行く。その時、その人に「遊び半分で習っている」、と話すと「趣味ですから遊びでいいんです」みたいに言われる。確かにそうだ。習うのが嫌にならない程度に習えばいい。これじゃ、うまくならないけど、これも「まあ、いいか」。

 何でも楽しくなければ続かない。とはいえ絵を描くとき、楽しみはほぼない。が、それでも時に思うように描けたときは嬉しくなる。昨日はまさにその日だった。生き生きさが見えない桜の枝を面相筆で描くと前回空気を入れた桜にさらに彩色してゆく。胡粉にちょっとだけムラサキを加えて薄いピンクにする。これを桜の花が咲いているように描く。描いていると先生から先が切れた筆で描くように教わる。先の切れた絵筆をもっていないので教室の筆を借りて描く。絵具をたっぷりとつけず、絵皿を斜めにして上に少しだけ残る絵具をつけて描く。この筆で描くといかにも桜の花を描いたように見えてくる。筆に絵の具がなくなる寸前くらいに枝の上部を描くと思ったように描けた。この時はちょっぴり嬉しくなって思わず先生に見てもらう。まるで子供が絵を習っている感じだ。

 習っているときは子供のような遊び心がないと長続きしない。というか馬鹿になって習わないと続かない。そう思って習うので割と何でも長く続く!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月9日土曜日

はっしー割

 コロナ禍前までよく利用していた旅行社からパンフが届く。旅行案内を見ると広島県内の日帰り旅で11月というのに旅行割引がある。それは「はっしー割」。この「はっしー」が今一歩わからない。割引のツアーをよく利用するという友だちに電話すると行くか行かないかは考えてみるという。その際、「はっしー」について聞くとくまモンのようなキャラクターでは?と教えてもらう。ネットで調べるとはっしーは広島市の公式キャラクター犬のようだ。それにしても自分だけが知らないのだろうか、と思ったり。
 
 さらによくパンフを見ると以前、桜の時季と紅葉の時季に出かけた仏通寺や今高野山の日帰り旅がある。桜の時季は桜が終わりだったこともあり、それほどの感動はなかった。ところが紅葉の時季の今高野山のイチョウと紅葉の彩はもう一度見てみたい衝動に駆られる。前回は2年前の11月中旬に出かけている。今回も11月中旬に同じような旅がある。昨日は初めてネットで予約した。少々手こずったが何とか予約できた。代金は申し込みから5日以内の振り込みになっている。ネットによるクレジット決済も考えたが振り込みにした。

 昨日の午後、すぐに自転車に乗って郵便局へ行って送金する。まだ先のことなのに、また何の書類も届いていないのに、と少々訝りながら送金した。友だちにその旨を話すと同じ会社の別の旅行代金をネットでクレジット決済したという。もしもまたこの会社を利用することがあればネットでクレジット決済も、と考えたり。今のところネットでのクレジット決済はJRの「おとなび」だけ利用している。というか、底辺にネットでのクレジット決済を信用していない気持ちがある!?

 何やかやと言いながらも11月までの旅のスケジュールをツアー4件、一人旅1件ほど入れた。その間には日本画の作品展や知人の演奏会などもある。ましてや行楽の秋、芸術の秋となればさらにスケジュールは埋まりそうだ。これもまた楽しみなので「まあ、いいか!」となる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月8日金曜日

またもアルビノーニのアダージョ

  歳を経るにつれて天気予報を気にするようになった。お天気がいいと気分もいいが、今年のこの暑さには参ってしまう。日中の暑さはこの先2週間の予報を見ても30度以上の日が続く。ただ、暑さ寒さも彼岸まで、とあるようにその頃になると過ごしやすくなる!?

 お盆の塔婆をお墓に持って参るのを暑さを理由にして家に置いたままでいる。「早く参りんさいや!」と、両親に急かされている気がする。が、ここまで遅くなると、お彼岸の塔婆(?)として彼岸までにお墓へ持って参ることにしよう。

 暑さを理由に毎日のように吹いていたフルートをあまり吹かなくなった。せめて1日15分でも練習すればいいのに、エアコンをつけていてもフルートを吹くのがおっくうになっている。これではいけない、と思って笛をケースから出して吹いてみると案の定、息が長く続かない。しばらく吹いているとやっと楽譜通りの長さで音が出る。気持ち程度涼しくなったので少しずつ練習しよう。練習曲は暗譜で吹ける「アルビノーニのアダージョ」。

 昨日この曲を練習していると途中で1か所、音が判らなくなる。暗譜で吹けていたのに、と何度か吹いていると途中で笛が止まる音を思いだす。この曲は寂しい曲だがメロディが気に入っている。せめてこの1曲だけでも暗譜でいつでも吹けるように練習しよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月7日木曜日

行きたいところリスト

  『街道をゆく』の「大徳寺散歩」を読み返したが、その「松柏の志」の終わりに沢庵についての記載がある。

「以上、わずかに沢庵にふれたが、大徳寺は、大燈国師の開創このかた六百七十余年のあいだに、一休についで沢庵を出した。このふたりばかりは、松柏と同様、時をへても色あせることがない。」(127p)

 一度だけ大徳寺に出かけたが松柏のうちの柏(イブキ)を見たときはあまりの大木に驚いてしまった。また松の木は大徳寺境内のいたるところに植えられている。沢庵和尚の生まれた豊岡市出石にある宗鏡寺へはいつか行きたい、と、そのリストにメモした。一休さんに関するお寺は昨日、某会の方から送られたメールに京田辺市の酬恩庵一休寺とある。「大徳寺散歩」にも一休さんについてだいぶ頁が割いてある。一休寺は京田辺市の薪里ノ内にあり、読む際にこの地である「薪」(たきぎ)を、つい「まき」と読み間違える。また間違えた、と思いながら読んだので肝心のお寺の名をメモしなかった。ところが昨日、送られてきたメールに一休寺が書いてある。この一休寺も行きたいリストにさっそくメモした。

 「街道をゆく」を読んで司馬遼太郎が歩いた道をまねして一歩でも訪ねたいと思うようになった。1年前の長府に始まって嵯峨野、土佐と少しだけ出かけた。司馬遼太郎の全作品を生きているうちに読み終えようと張り切っている。それなのにさらに司馬遼太郎が出かけた先のほんのちょっぴりでも行きたくなる。いつまでも元気でいないとこの思いは達成できない。というか、読みたい、行きたい、という気持ちがあれば元気でいられるかもしれない。そう思って、さあ元気を出して行動開始!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

大徳寺のイブキ(去年のブログから)

2023年9月6日水曜日

旅のスケジュールその2

 一昨日、広島の最高気温は37.4度で9月としてはこれまでの最高を記録したとか。暑さはこれからも続き、9月下旬になっても30度越えの予報だ。ただ、朝晩は幾分気温も下がって25度以下と涼しくなっている。

 雨が降ったり止んだりの昨日は午前中に買い物に出かけ、帰ると午後まで旅のスケジュールを考える。しかし、だいぶ経って出かける目的が司馬遼太郎記念館のはずなのに大徳寺になっている。大徳寺境内には塔頭が30近くある。広い境内を移動するだけでも大変だ。詳細なスケジュールを考えていると大徳寺の観光時間が2,3時間しかないことに気づく。これでは思うような観光はできない。宿は司馬遼太郎記念館近くのホテルに予約している。大徳寺行は又の機会にして、先に計画していたとおり司馬遼太郎記念館をメインにして出かけよう。

 旅の計画を立てるのは楽しい。しかし、計画を密にすると思わぬことが起こるかもしれない。その辺を見極めて計画を立てないと何が目的の旅かわからなくなる。

 昨日は『街道をゆく』の「大徳寺散歩」を再度読み返した。読み返して旅の計画を見るとタイトなスケジュールだ。大徳寺へは再度行くとしてこの本を読んでいて行きたくなる場所が見つかった。それは大徳寺と関係ある沢庵和尚が生まれた宗鏡寺(すきょうじ)である。ここは兵庫県の豊岡市出石(いずし)にある。このあたりに行くこともないので行きたい場所リストに加えよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月5日火曜日

旅のスケジュールその1

 頭を過るひらめきを大事にしている。昨日、広島⇔新大阪間の新幹線の「おとなび」を予約した。お昼になって先日、何かで知った尾関宗園について調べていると京都大徳寺大仙院閑栖とある。大徳寺へは1年前に出かけた。しかし、その時は尾関宗園について全く知らずにいた。そして大徳寺の大仙院に行きたい旨のことはブログに書いているが行かずじまいだった。

 来月、司馬遼太郎記念館に出かける予定。その際のスケジュールは初日に記念館を、翌日に記念館と同じ近鉄奈良線沿いにある枚岡神社などへ行くつもりだった。ところが夜になって大徳寺大仙院へ行こうと思いつく。1年前に京都へ出かけたときは携帯をスマホに機種変更したばかりで思うように使いこなせなかった。ところが1年経っとだいぶ要領を得てくる。

 広島⇒新大阪までは新幹線で、ここから先は京都まで在来線を利用して京都バスに乗車して大徳寺へ。大徳寺を観光後は京都駅から近鉄奈良線に乗車すると記念館がある河内小阪駅まで1時間16分で着く。翌日、記念館を見学。この日程で行こう。

 慣れぬスマホを駆使しているとスマホの賢さ(?)を思い知る。以前だったらJRの新幹線時刻表がないとすぐには行動に移せなかった。ところが今や動かずしてGoogleMAPで観光地の状況が把握でき、乗り換え案内も一瞬にして表示される。これほど便利なものがあろうか、と感心してしまう。

 先日、『街道をゆく』の「中津・宇佐のみち」を読んだ。これには「大徳寺散歩」も収めてある。当然、大仙院の記載もある。「大徳寺散歩」を読み返そう。それにしても自分の都合の良いように本を読んでいる。もっと丁寧に読む!?

 昨日は他にも同じく『街道をゆく』の「豊後・日田街道」を読んでいて油屋ノ熊八が出てくる。もちろん初めて知る名前だがこの人は「亀の井ホテル」の創始者だとか。そう知って亀の井ホテルを調べると別府など全国にホテルがある。別府の亀の井ホテルを調べるとホテル代も高いに違いないと思ったらそうでもなさそうだ。

 思いつくままに検索しているとスマホに画面のアプリが増えてくる。これも一つの旅が済めば消して行くので「まあ、いいか」となる。同じ旅でもツアーとなるとこういうことはほぼしない。スケジュールを考えるのも旅の楽しみ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月4日月曜日

「おとなび」予約

 来月、司馬遼太郎記念館へ出かける予定にしている。今朝、ひさびさに「おとなび」を予約する。先日出かけた臼杵の旅とは違ってスムーズに予約できた。ただ、ネット予約なので落ち着いてしないと通常料金になることがある。それはぽちっと押すところを間違えるとただの予約になり通常料金となる。この件は以前、友だちと話していて{それもあり?)、と思って聞いた。というのもその人は慌てて「おとなび」を確認せずに発駅と着駅を確認してぽちっと押したそうだ。「おとなび」の予約変更はできない。そのため通常切符の購入となった。

 「おとなび」を予約すると確認メールが入る。予約をパソコンで行ったのでこれをスマホに転送する。ところが、スマホに入るメールをパソコンからは拒否設定にしている。1度転送後、エラーとなってやっと拒否設定に気づく。拒否設定を転送する際だけ設定解除してスマホにメールを送ると大丈夫だった。この時季はJRの利用閑散期らしく、気持ちだけ料金が安い。

 そういえば臼杵の旅の予約時、転送ができなくて困った。これはスマホ設定に問題があった、と今になって思いだす。

 今日は最高気温が37度の予想。もしかしてこの夏(?)一番の暑さ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月3日日曜日

「空気を入れて」

 昨日は日本画教室の日。各自机の上に教室の作品展の案内ハガキが置いてある。今年の作品展は来月開催される。案内ハガキを見ると期間も開催時間も短縮になっている。さらに作品展の出品者を見ると習い始めた10年前と比べて10数人も減っている。その一番の原因は習う人の高齢化!?その間、何人かが亡くなられた。10月になると絵を習い始めて丸10年になる。いつも書くように運動と絵が一番の苦手だった。「絵を描くのは楽しいよね」と人から聞くたびに(何が楽しい?)と自問自答する自分がいる。10年習っていても楽しいと思える瞬間はほとんどない。(じゃ、なぜ絵を習う?)と聞かれそうだが、これも(一歩足を踏み入れたことを途中で投げ出すのは……)、という気持ちが底辺にあるのかもしれない。

 とはいえ、習い始めのころよりもちょっとだけ絵に対する劣等感がなくなっている。これは習う楽しみになっているのかもしれない。運動もそうだ。友だちに強引に誘われて水泳を始めたころは苦痛以外の何物でもなかった。ところがプールに行くうち、泳げるようになりたい気持ちが昂じてくる。自分が習った習いものの中では一番頑張ったのが水泳。それくらい泳げるようになりたかった。お陰で水泳は40年続いている。今は暑くて1か月ほどプールに行っていない。が、そのうち泳ぎを再開しよう。水泳の良さは泳いだ後の爽快感にある。これに尽きる。そして気が大きくなる。何でもできる、という感覚になる。これがいい!

 教室では相かわらず土手の桜を描いている。先生に桜の描き方がおかしい、と言われる。(桜の花に空気を入れて)、と先生からアドバイスを受ける。「空気を入れる」とは桜を塗りつぶすのではなく空の色が見えるように、とのことのようだ。言われてみて確かに変、と気づく。さらには桜の木が生き生きしていない。これも木の描き方に関係があるとか。「同じ筆遣いでなく」、とアドバイスされて面相筆で幹をさらに描く。ちょっとしたアドバイスで絵も大分違ってくる。来週はさらに幹を描こう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月2日土曜日

一服の清涼剤

 図書館に予約していた『ありがとう スミちゃん 欽ちゃんの愛妻物語』(萩本欽一 文藝春秋、2023年第1版)の予約確保ができた。久しぶりに読むエッセーであり、一気に読んだ。とはいってもこの本は欽ちゃんが週刊誌や月刊誌などに書いた記事が1冊にまとめてある。そのため、大半はどこかで読んだことがある内容だった。しかし、読んだことがあっても1冊の本になっていると読み終えた後は一服の清涼剤になる。なにか励まされているような感覚に陥る。この中から2か所、記そう。

★「運」というのは、運任せということじゃないよ。ぼくはそれを「モグラたたき」ものだと考えているんだ。例えば、「仕事」「お金」「家族」「健康」「人間関係」のなかで、「仕事」が成功していると、「家族」が上手くいかなくなる、「健康」に気を遣いすぎると「お金」がなくなる、というように。人生で大事なのは、このなかでどの部分が飛び抜けていたら、自分が幸せかを常に意識すること。ぼくの場合はそれが「仕事」だったから、家はかならず中古住宅にしたし、女の人にモテないように気をつけたりしていた。ある部分が上手くいっているときは、別の部分が引っ込む。だから、仕事が成功しているときほど、困っている人や弱い立場にいる人を助けたり、大事にしたりしないといけない、という思いがあるんだ。ぼくがそういう考え方をするようになったのは、中学生の頃に家が貧乏だったことが大きい。(91p)

★何も予定がない日であっても、なるべく外に出て人に会う。それは買い物のときの八百屋のおばちゃんでもいいし、近所に暮らす犬の散歩をしているおじさんでもいい。人と会って、ちょっとした会話を心掛けるだけでも、ボケ防止になるんじゃないかな。それにぼくは最近、こう思うんだ。そうやって人に会うこと、そしてなにげない会話ができていること――それこそが、結局は人間にとっての一番の幸せなのかもしれないなァ、ってさ。(240-241p)

 昨日、郵便受けを見ていると近所の人と出くわした。すぐ近くに家があっても子供のころと違って今は何年も会うことがないこともある。昨日出会った夫妻がまさにそうで2年ぶりくらいに出会った。奥さんは後で知ったことだが高校の同級生。圧迫骨折をしたそうで背が低くなっている。昨日は整形外科からの帰りだった。旦那さんは5歳上の幼馴染でよく知っている。しかし、会うのは久しぶりでしばし立ち話となった。欽ちゃんに言わせるとこれもボケ防止!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年9月1日金曜日

『英雄児』

 やっと涼しくなった、と思うのもつかの間のようだ。お昼になれば雨も上がって31度になるとか。また明日からの予報をみても依然として35度前後の日々が続く。今年の暑さは史上一番の暑さのようだが、今年以上の暑さがこれからも続くと思うとこの先が思いやられる。

 以下、『英雄児』 (司馬遼太郎 講談社、2007年第1刷 『王城の護衛者』に収録)から気になる箇所を記した。なお河井とは河井継之助のことである。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「おれという人間は、自分の一生というものの大体の算段をつけて生きている。なるほどおれの家は少禄だし、おれの藩は小藩だが、小藩なだけに将来、藩はおれに頼ってくることになるだろう。なるほど同じ一生を送るにしても、婦女に鉄腸を溶かしてしまうのも一興かもしれぬ。しかし人間、ふた通りの生き方はできぬものだ。おれはおれの算段どおりに生きねばならん」その算段というのは、おそらく自分をして自分の中に英雄を作り上げることを指すのであろう。十七、天ニ誓ッテ輔国ニ擬ス、という河井の自作の詩句のとおり、この男はこの目標のためにさまざまな工夫をかさねているらしい。(297-298p)