2013年6月30日日曜日

外国語表記

今日も気持ちい朝を迎える。だが、日中の予想最高気温は30度で暑くなりそう。

昨夜は遅くから友人と電話で話す。友人は旅の案内を見て、所属する友好団体のスケジュールと比較検討したらしい。日程的にはそれほど遜色はない。だが、利用する航空会社によって現地到着後、すぐに観光するか、宿泊するかの違いがある。

すぐの観光は、ハワイでよく見られる。これは睡眠不足が一番の致命傷のものにとっては辛すぎる。その辺りを友人は話す。たとえ今回一緒の旅は不可能であっても、日程も旅行社も同じなので現地で会えるかもしれない。また会えなくても、いつか一緒に旅行しようと話して電話を終える。

友人からは昨夜「北あかり」という名のついたジャガイモを頂く。ネットでジャガイモを調べると何と種類の多いこと。ジャガイモといえばメークインと男爵しかしらない。だが多くの種類に驚く。

またジャガイモといって思い出す。ジャガイモは外国へ出かけて食べられそうなものがないとき、パンとジャガイモ、それに卵焼きかゆで卵が私にとってのメインディッシュとなる。途上国でなければそれに果物が加わる。外国で食べるこのジャガイモ。大きさはピンポンだまよりも小さい。日本だと誰も見向きもしないようなものが美味しいものにとって代わる。

頂いた北あかりのジャガイモは中が黄色いらしい。今日早速、外国のテーブルによく出るように皮ごと蒸かしていただこう。

昨日はスペイン語講座に出かける前、駅前のデパートのバーゲンに行く。バーゲンといってもお目当ての売り場にはまだ安くなっている表示がない。

前から気になるブラウスがあった。係りに聞くと表示をみてそれは3割安くできるという。安くなってもまだ私にとっては高価な買い物。上から着せてもらうとますます気に入る。すぐに購入。その後、その下に穿くスカートを若者の売り場に移って物色する。

先ほど購入したものと合いそうなスカートを見つけ、係りと相談してそれも購入。なんといっても10年以上スカートを穿いていない。どんなものがいいのかさっぱり分からない。

その後スペイン語講座へ出かける。昨夜は25歳の若者がいた。2年ほど大学でスペイン語を学んだらしい。ある場所に出てスペイン語を学びなおそうと気付き、習いに来たという。

先生の話されるスペイン語で分からないところは電子辞書で探す。その中で何度も“〇〇チゲ”がでる。分からない所を全部質問するわけにもいかない。だが、思い切って話が終わると日本語でそれを聞くと、旦那さんの名前の一部だった。それも“チゲ”でなく“シゲ”。辞書にないはずである。

もう一つ興味深い話を聞く。昨日の話題は“料理”。その中で先生は“Chifa”と何度も言われる。これはスペイン語のぺルーの俗語で中華料理店や中華料理のこと。そのわけは、毛沢東政権時代、大量の難民がペルーに流れ込む。その人たちはペルーのあちこちに“Chifa”を作ったらしい。

そして毛沢東を中国語読みにすると“Mao Ze Dong”。これを先生はスペイン語読みなのか“Mau Su Tu”に聞こえる。スペイン語では“Z”は“S”と発音するからそうなるのかもしれない。

いずれにせよ人の名前などの固有名詞は外国語を習う時は難しい。理解できないからそう思うのだろうか。いっそうのこと、韓国のようにその国の表記で発音するようにすればいい。国によって同一人物の読みが違うのは何だか変。中国語を習ったら、その辺りに誰も気付く。自分自身がとんでもない名前で呼ばれる。それもまあ面白いといえば面白い。個人的には中国語読みのほうが好きだけど・・・。

2013年6月29日土曜日

いろんなことが・・・。

昨日はいろいろなことがあった一日だった。

朝食を終えてブログの投稿を終えると友人から電話がかかる。次回出かける国への誘いの電話だった。ところが、その国へはすでに申し込み済み。それもそれほど知らない人と行く約束をしている。

昨日の友人も一緒に行く人もある友好国の同じ団体に所属している。だが互いに顔は知らない様子。

結局その2人は友好団体のツアーに参加せず、これから出かけるツアーに参加する。3人でツアーに入るのは何も問題ない。ただ、昨日の友人との連絡が4,5日早ければ同室も可能だった。それが問題。だが、すでに申し込んでいる。そのため部屋の変更はできない。とはいっても変更しようと思えばできる。

しばし頭を冷す意味で泳ぎに行く。平日のプールは少ない。いつものように1キロ泳ぐ。今週は月曜日も泳いでいる。週2回泳いでも大丈夫、と思って泳ぐ。

泳ぎ終えて家に着く。頭は通常モードに切り替わり、朝の動揺した気持ちも収まる。

相手の立場になって考えてみる。今朝の友人は一人部屋でOKとのこと、じゃ、何も考えず、このままで行こう。部屋は違ってもツアーは同じ。楽しく3人で行けばいい、そう思った。

気持ちが固まるとお昼に届いたホテル·グランヴィア広島のチラシを見る。屋上ビアテラスの地中海グルメの掲載がある。一般のビアガーデンよりも少々高め。だがなんといってもホテル屋上のビアガーデン。料理は他のビアガーデンを圧倒する。

梅雨が明けたら「ビア女子会」をしようと一斉メールを送信。どの人からもOKの返信メールをもらう。早く梅雨が明けるといいね。楽しみに!

また他の友人からランチつきのピアノ・コンサートに誘われる。初めて聞く名前のピアニスト。だが最近人気がある人らしい。食事つきのコンサートは出かけたことがない。これも楽しみ!

いろいろとあった一日。夜になると朝、電話があった友人から再度電話がかかる。今度で出かける国をBSで放送中との知らせだった。しばしそのTVを見る。見終えてすぐ友人に電話をかけなおす。

友人も旅行に乗り気。これで万事OK。後は楽しい旅をすればいい!

今年になって赤ちゃんが泣くことが仕事のように、遊びが仕事になっている。いろんな人から遊びの誘いに声をかけてもらってあり難い。

元気なうちはどんどん遊ぼう。そのためにも今日も元気を出して!

2013年6月28日金曜日

コンサートホール名

どんよりとした曇り空の朝。だが蒸し暑さもなく過ごしやすい。

昨日は午後図書館へ行く。最近の図書館は、というよりも相変わらず「おじん」の世界。じゃ、「おばはん」はどこに出かけるのだろう?長居をしても落ち着かない。さっさと外に出て自転車で買い物に行く。

夕方になってスペイン語の講座へ行こうとすると電話がかかる。次に一緒に旅行する人からだった。NHKの公開放送に誘ってもらう。小椋桂などが出演するらしい。

電話を切って頭を過るものがある。それは公開放送の場所。ネットで調べると場所が違う。

市内にある大きなホールは3つ。その2つのホールは名前がコロコロ変わる。どちらも学校の名前を冠したホール名で間違いやすい。元からの名前で話をする方が無難かもしれない。

その後、スペイン語講座へ向かう。昨夜も新人が2人いる。何しろ入門コース。だが、途中からでは同じように習っても大変だろう。やはり、初歩はきちんと習ったほうがいい。

スペイン語をラジオ講座で自己流で習っていた頃は何もわからなかった。だが大学で初歩をしっかり習い、今はラジオ講座の入門のテキストを買わなくてもかなりわかるようになった。

どんな外国語もそうだけどニュースを聞いてわかるようになりたい。頑張ろう!

今日はプールに行こう。お昼を食べる前に行くか食べてから行くかさてどうしよう。今日も元気で!

2013年6月27日木曜日

「人は死なない」、そして「歌も死なない」!?

今朝の新聞の天気予報によると、この一週間雨は降らないらしい。今朝も梅雨のジメジメ感はなく気持いい。

昨日はお昼まで雨。お昼を食べてTVを見ていると「人は死なない」と話している。この話題に関心を持ちテレビを見る。話している人は東京大学病院救急部・集中治療部長の矢作直樹氏。『人は死なない』という本を書いている。

話はインタヴュー形式。「人は死なない」とは人は亡くなっても魂としてここに永続するらしい。「ここ」というのは比喩であっても何処にでも存在するということだろう。

この中で、亡くなる直前に人は「はっ」とするらしい。これはお迎え現象。

この「はっとする」場面を母は「仲直りする」と話していた。人は亡くなる前に一時的に元気を取り戻す。母もそうだった。

救急に入って3週間で感染症で亡くなる。亡くなる3日間は意識はなかった。だがその前日か前々日、母を見舞うとそれまで四六時中寝ていたのに、目を見開きじっとこちらを見つめる。どうして見るのか何度も尋ねるけれども声は出ない。

その日の午後、姉が交替で見舞うともう目を開かなかった。それが母との最期の無言の会話となった。

これが矢作医師の話されたお迎え現象だろう。

矢作は若い頃単独で北アルプスなどに登り遭難する。その時「もう山に来るな!」という声を聞いて医療に没頭する。なぜそこまで?と尋ねられると「わからないから一生懸命やる」。

矢作は科学は一つの方便だと話す。医師でありながら「人は死なない」と話す。これは 科学で証明できないことに対する言葉だろう。

夜もテレビを見る。加藤登紀子が30年前から歌っているという「今日は帰れない」。その曲の作者は不明。ポーランドはナチスドイツと戦って勝利を収める。そこにはポーランドのパルチザンの存在がある。そのパルチザンの一人がこの曲を作る。

ワルシャワの広場でギターを弾いて日本語で加藤はこの歌を歌う。いつの間にかそれに聞き入る人が集まる。どの人もこの歌を知っている。

その一人から歌の作者の子供が生存していると聞く。その人と会って、その父の話を聞く。今でも家には当時のままでピアノが置かれている。

何とこの曲が作られたのは加藤の誕生年月と同じだった。それにしても不思議なご縁。

歌の作者がわかるとナチスに追われた人々の惨劇の模様を見に出かける。そこには大人や子供の履いていた靴が保管されている。横に長く置かれた靴の山。それはカンボジアで見た縦に高くケースに入れられた頭蓋骨の山を髣髴させる。

どんな形であれ、戦争はいけない。

その後加藤はパリに飛ぶ。30年前にある一人のポーランドの女性が東京で歌った歌を聞いてその曲に魅せられる。それこそが「今日は帰れない」。その歌手はポーランドを追放され、今でもパリで健在。再会した2人はポーランドの言葉でこの曲を歌う。

あるテーマを掘り下げて旅をする「旅のチカラ」。今日見たこの2つはいい番組だった。

「人は死なない」、そして「歌も死なない」!?

今日も元気を出して頑張ろう!

2013年6月26日水曜日

色彩でわかる心理から

今日は一日中雨になりそう。シトシトと雨が降り続く。こんな日は自転車にも乗れず、特別な用事がなければ家でじっとしているほかにない!?

昨日は夕方から雨になる。友だちと近くのお店に出かけて夕飯を食べる。いつもながら他愛ない話をしては飲んで食べる。予定していたお店は生憎の定休日。仕方なく少し歩いていつものところへ出かける。

昨夜は途中からお客が増える。注文する料理も始めのころはすぐに出てきた。だが人が増えるにつれてそれもすぐにはこなくなる。こうなると食事をするリズムも崩れる。遅い理由はなんと注文した料理を団体客に回したためだとか。

6月ももう月末。ボーナスや給料も出てお客も多いのだろう。お店が迷うのも仕方ない!?

昨日は夕飯までは家で大人しくする。YOU TUBEで山形由美のフルートを聞いて練習したりする。だが、演奏曲目は同じでも途中から演奏が異なる。

すぐにボイスレコーダで録音した先生のフルートの演奏を聞く。先生の演奏は戴いた楽譜の通り吹いてくださっている。先生の演奏を参考にして吹くのだが同じようには吹けない。半分くらい吹いて昨日の練習を終わる。

その後、タブレットで遊ぶ。ヤフーの画面は情報のデパート。それを見ていると色彩で心理がわかるらしい。

好きな色は黄色。いつも同じ色が好きだと何の変化も起きない。そうわかっていてもなぜか黄色系統の服が多い。

この黄色、記事を読んでいるとピッタリ当てはまる気がする。以下は引用したもの。(http://matome.naver.jp/odai/2133288985088975701より引用)

黄色が好きな人は、性格的にかわいい人?でしょう。頭が良くて、口調さわやかさん。

しかし、突然、子供のような笑顔をみせてはしゃいだり、おなかがへったとか、眠いといったりと三歳児のようなわがままをいいだしたりするような一面があるようです。

ことばを操る才能があり、話しても書いても、わかりやすく的確な表現をします。

好奇心が旺盛で、初めて会う人にもすぐ打ち解けて上手に会話をリードしていくことができる人です。


また、監察し分析するのが上手で、鋭い批評をするので、周囲からは「あなどれない人」と思われている場合もあります。

しかし、気どったところがなく、ユーモアのセンスがあるので人気を集めやすい人です。


広くて大きな愛を求めている一面があり、他人には、自分からさっぱりとした明るい愛情を注ぎます。

また、マイナス思考が大嫌いなので、なんでも明るく前向きに考え、よい面をみつめようとするプラス思考の人間といえるでしょう。

この色が好きな人は、言葉を使うことに能力が発揮できます。


この中の「好奇心が旺盛で、初めて会う人にもすぐ打ち解けて上手に会話をリードしていくことができる人です。」「マイナス思考が大嫌いなので、なんでも明るく前向きに考え、よい面をみつめようとするプラス思考の人間といえるでしょう。」の2点は納得できそう。

暇つぶしのこうした遊び。さて今日はどんなことをして遊ぼう?

2013年6月25日火曜日

『へこたれない心』

梅雨とはいっても蒸し暑くもなく、今日も快適な一日となりそうだ。

昨日はお昼を食べてプールに出かける。その前に、スーパーにあるATMで通帳に記帳。最近は旅費などをカード決済しているため、残高の確認をする。ついでに1か月分の生活費を引き出す。

生活費といえば、食費が大半を占める。昨夜友だちとの電話で、自分で料理をしていると言うと驚かれてしまった。自分で料理しなくて誰が作ってくれるというのだろう。どうも何もしないイメージが付きまとう!?

友だちは料理をすると知って自分で作ったジャガイモをくれるという。だが、このジャガイモ。3種作ったらしく、それを聞いても初めて聞く名前で思い出せない。とても美味しいらしい。

さてプール。平日のプールは人も少ない。だが、15往復したあたりで人が泳ぎ始める。1コースを2人で泳ぐとぶつかるのが怖くて安心して泳げない。それでもどうにか1キロ泳ぐ。

家に着くと図書館の新刊で予約していた『へこたれない心』(園田天光光 学研パブリッシング、2012年)を読む。本のタイトルよりも著者の名前が面白い。読んでいるとこれは本名。びっくりする。著者のお父さんが娘につけた名前で、妹は「天星丸」。

著書はこれまでを生きてきて「身にしみて思うことは“へこたれない心”の大切さです。何があっても心だけはへこたれないでいると、人生、思いがけないことがたくさん起こって、楽しいものです。・・・困難なことを一つ一つ乗り越えてゴールまで行くことが、生きるということではないでしょうか。」と述べて、これをどうやって身につけたのかそのコツを書いている。6p

「肉体の衰えをカバーするものは本人の気力、意欲、決して肉体の不満には負けないぞという思いと、他の方たちの元気で長生きして欲しい、いつまでも健康で活き活き過ごしてほしいという祈りのような念です。それがあれば、人は年を重ねても若さを保っていくことは可能なのです。」98p

これは妹である医師で脳研究者の天星丸が元気でいる著者を言い表した言葉。

筆者は代議士園田直の奥さん。2人の結婚に際して園田は前妻と離婚して子供は一人だと話す。だが実際は5人の子持ちの父親。結婚のスタートでいきなりそう聞いて転んだ感じになる。だがその時、こんな状態でも今日を生き、明日に向かわなければならない。どうなるかわからないけど、この流れに乗るしかない、そうなったら、ぐずぐず余計なことは考えずに進もう・・・。このときへこたれない心を実感する。108-109p

他にも筆者と関わった人たちとのエピソードを交えて話を進めている。そして筆者のお父さんが子供のころから結婚するまでは男の子のように育てたいというユニークな教育のお蔭で人間としての自立を促される。136p

名前も変わっているけど生き方もかなりユニーク。

「へこたれない心」を見習って今日も元気で!

2013年6月24日月曜日

『のど元過ぎれば有馬稲子』

日も射して蒸し暑さもなく気持いい朝を迎える。

昨日は図書館へ行き、予約の本『のど元過ぎれば有馬稲子』(有馬稲子 日本経済新聞社、2012年)を借りて一気に読む。

最近は図書館へ出かけても長居をしない。以前は図書館へ出かては家にない新聞を読んでいた。中でも日経はよく読んだ。その頃読んでいた有馬稲子の「私の履歴書」をまとめたものがこの本である。

その頃から著書に関心を抱き、ミーハーになってこの本を読む。

「はじめに」に「青春というものはずゐぶん大事なものなのよ、あたし病気になってから、それが、はっきり分かって来たの・・・・」とある文を引用し、次のように書いている。

「なぜかここにくるといつも胸が痛みます。そうなんです。青春てとても大事なものなのです。私は青春を大事に生きなかった。甘い言葉にのせられて、うかうかと身も心も拉致された。今頃になってそれが大事なものだとわかっても遅い。引越しで紛れた荷物のようにどこかに消えてしまったのか、そう感じるからでしょうか。」

この文に関心を持つ。筆者はこれが言いたいんだと思い、それを探すべく本を読みすすめる。すると、169頁にそのことが書いてある。

「私は青春を大事にしなかったと書きました。甘い言葉を信じて、男の本質がわかっていなかった。その時、広い東京で、誰もいなかった。悔やんでもせんないことですが、私には宇治川のおっちゃんはいなかった・・・」

このことは「越前竹人形」を演じた時、船頭演じる佐野浅夫のせりふに「・・・どんなわけのやや子がしらんが、すんでしもたことや、誰かてつらい時はあるもんや・・・」がある。有馬は「その滋味溢れる台詞は、私の皮膚を突き通して細胞に沁みこみました。昔私も経験したことと重なって・・・ごめんなさい、ごめんなさいと、毎日謝りながら泣いて演じていました。」と書いている。筆者の まわりには信じられる人がいなかった。

筆者は暖かい家庭で育っていない。2008年、すべてを処分して横浜にある中高年のマンションに移り住む。そこは食事も集団でする。やっと落ち着ける家庭と信じられるものにめぐり合う。このことは以下のことにでもわかる。

「いまの時代を生きる上で、いちばん大事なことは、信じられるものは何かを見極めることだと思います。家族でも趣味でもいい、お金という人もいるかもしれません、ペットだって素晴らしい。ただ私は現在の日本ではほとんど根無し草のようになっている家族というものだけを追い求めてきた、それにいささか懺悔の思いがあるわけです。」234p

それは2011年の震災での報道にある。仙台に住む人が図書館で借りた本が体ごと濁流に流されそうになる。だが図書館の本は公共のもの。だから捨てるわけにはいかない。濁流に飲まれながらも車が木に引っかかり、本を抱きかかえて無事だったとか。

この話を知って「日本人の心の中にある、こうしたゆるぎのない責任感、これだけは信じていいと思いました。・・・この年になって、ようやく自分の中に信じられるものがいくつあるのか、冷静に考えられるようになりました。・・・少しずつ自分の中に信じられるものを増やして蓄える、そんな生き方を目指そうと考えます。・・・」235p

表面的には何の不自由もなく華やかに見える芸能界。だが、そう見えても皆同じ人間。そう思ってこの本を読む。筆者はこの本で天涯孤独と書いている。家族を持つことへのあこがれが人一倍あったのだろう。だが映画監督との間に授かったこどもも生むこともなく・・・。その子がいれば家族ができてた・・・との思いがあるのだろう。

今日はお昼を済ませるとプールに出かける予定。元気を出して泳ぎに行こう!

2013年6月23日日曜日

ジャガランダの花を見に…


みずとりの浜公園に咲く紫のラッパをつけたジャカランダ
 昨日は澄み切った青空の清清しい初夏の一日だった。お昼前、JRに乗って友だちのお宅へお悔やみに出かける。JR五日市駅で友だちの車に乗せてもらって自宅に到着。

部屋に上がるとその家の主はもういない。だがベッドはそのまま。今でもまるでベッドを抜けてトイレにでも行っているような感じ。

友だちにベッドについて尋ねる。ベッドがあると今でもお母さんがおられる気がするらしく、そのままにしているという。これに寝れば、というとお母さんがつぶれてしまうからダメだという。

なんといっても友だちはお母さんとの生活が長い。そして最期まで母親を大事にされた。もう何を聞いても立派と言うほかにない。

長生きの秘訣を聞くと他のどんな偉い人の言葉とも違う意見が出る。長生きはかかりつけの医師によるという。話を聞いていると、お母さんの主治医はすばらしい。友だちはそれをしきりに言う。

亡くなられる10日ほど前に10日間入院される。家につれて帰って最期まで看たいと医師に話す。すると医師は覚悟が出来ますか、と聞かれる。その意味が今になってわかるらしい。それは、何がいつ起こるかわからないけど、それでもいいかということだとか。

家で過ごした10日間、医師は夜中であろうとどんなときでも応対してくれたという。先日、お世話になった先生にお礼に伺う。その医師は友だちの名を告げてこう言われたという。「次は〇〇さんがこれからの人生を楽しむんですよ」。

これを聞いて素晴らしい医師だと思った。

その後、友だちの車に乗って揚げたての天ぷらが食べられるお店に行く。次々と目の前で揚げてくれる天ぷらは熱々で本当に美味しい。

その後、車に乗って地元紙に掲載されたジャカランダという花を見に行く。この名前は初めて聞く。だが、咲いているみずとりの浜公園に到着しても何処に咲いているのかわからない。見に来ている数人に尋ねるとやっとわかった。

大きな並木に咲いているのかと思ったら、まだ植えられて3年目で数本だけ咲いている。いずれは80本くらいに増やして並木にするらしい。

その横には大きなねむの木がある。葉っぱはねむに似ている。だが花は異なる。ジャガランダはラッパの形の花弁に特徴がある。

燦燦と陽が射す公園内をジャガランダの花を探して歩く。だがいくら歩いても吹く浜風のおかげか、まったく汗はでない。

それにしても地元紙の記事を見て来る人のなんと多いことだろう。

それを見終えると友だちの自宅に戻り、スペイン語講座までの時間そこで談笑しながらお茶にする。タブレットを取り出して話を続けると、またも、会社員時代と比べて変わったといわれる。一緒に過ごした30歳までは友だちと違って何にも出来なかった。それが今では逆転した感じらしい。

互いに自由になった。遊ぶ話をしてお土産までいただいて別れる。先日他の友だちからフラメンコに誘われる。友だちにも誘うとOKだった

友だちに最寄駅まで車で送ってもらい、スペイン語講座へ行く。昨夜は先生を入れて3人。ところが3人ともタブレットを持参。いつの間にか講座はタブレット講座!?ペルー人の先生からスペイン語での翻訳機能やペルーの国の音楽、ラジオ、スカイプなどを教わる。まるでメディア講座の感じで・・・。楽しかった。

今日も楽しく!

2013年6月22日土曜日

訃報を聞く

昨日まで降り続いた雨もあがり、涼しい朝を迎える。起きてすぐに、窓を開けて風を通す。

昨日、ふと頭を掠める。その友だちに電話をすると家の電話も、携帯電話も通じない。おかしい、さらに不安が頭を過る。

夕方になって友だちから電話がある。友だちのお母さんは今秋110歳。その矢先の先月末、亡くなられていた。

亡くなられる何日か前に電話をすると危ない様子だった。何処といって持病はない。だがなんといってもご高齢。何があってもどの人も恨んではいけない、とかかりつけの医師からいわれていたらしい。その医師も立派。またこの年齢まで家で親を介護した友だちはもっと立派。それよりも一番立派な人は友だちのお母さんかもしれない。

母を介護する際も、友だちを見習っていた。だがその時は友だちのお母さんは干支が一回りも多いのに、母よりもずっとお元気だった。93歳くらいまで家事一切をされていた。3月に自宅に伺った時もしっかりした口調で話されていたし、ベッドにも座っておられた。2度ほどしか会っていない。それでも3月に会えてよかった。

朝食の用意をヘルパーさんたちとわあわあにぎやかにやっていた時、ふと顔を覗くと息をしていなかった。医師は皆の声を最期まで聞きながら亡くなられて幸せだった、と話されたらしい。

これこそが今世間で言われている自然死だろう。

今日はこれからお悔やみに伺い、その後、友だちとお昼を食べる予定。友だちはなんといっても元気。昨日も励ました方が涙声になる。だがそれではいけない、といわれて逆に励まされてしまった。

友だちを見習って、今日も元気で!

2013年6月21日金曜日

いろんな人と…

今日もシトシトと雨が降る。今朝の最低気温は20度の予想で涼しさを超えて寒い感じがする。

昨日も雨だった。お昼を済ませると足早に街中に向かう。午後1時半、旅の説明会がはじまった。最前列の隣の席は先客がいる。その横に座る。

北欧から帰ってまだ20日しか経っていない。だが、次の予定の行き先は広島発着、本場のクラッシックコンサートが聞かれる、まだ出かけてない国、一人部屋追加料金が安い。この点に魅かれる。

説明会後、初対面の隣の人の誘いに応じて旅の参加を申し込む。係りの人に「相部屋で・・・」と話すと、「ここで知り合われたんですか」と驚かれる。無理もない。

その人は出かける国の友好団体に所属し、同じ時期、そこからツアーが出るらしい。だがこちらの方のツアー代金が安いため申し込むという。

すぐに人を信用し、その誘いに応じる。母は元気な頃、いつもその点を心配していた。

韓国と北欧の教訓がある。相部屋の際のキャンセル料の負担は誰が持つか、また睡眠不足になる人とは出かけてはいけない。この2つの話をする。それを聞いていた係りの人は大事なことだという。

どちらに何かがあっても参加するものが個人料金を負担。そう話はまとまる。

相手の人はおっとりしている人で2歳下だった。

説明会の後は夜7時のスペイン語の講座まで4時間もある。三越がリーガ・ロイヤル・ホテルで一日だけのお店を開く。大雨の中、その会場まで歩いて出かける。UVケア対策のくすんだピンクの帽子を購入。その後、目の前の図書館に出かける。ところが生憎の休館日。

仕方なく隣接するそごうデパートに入り、早目の軽い夕飯を食べる。京甘味の文の助茶屋に入り、文の助ご膳を注文。女性が好むお店らしく居心地がいい。しばしそこで時間をつぶす。

そのお店を出るとデパート内をうろつき、本通りを抜けて八丁堀のデパートに入る。そこからバスに乗り、スペイン語の講座へ向かう。

講座を終えると、そこで友だちになった人から来月中旬にあるフラメンコのコンサートの誘いを受ける。絵葉書を倍にした大きさの厚い紙でできた綺麗に印刷してあるチラシを貰う。

友だちも出演するとか。そのチケットを無料でくれるという。当日の予定はない。ありがたくいただこう。

その人とロビーで分かれ、教室の若い女性とバスに乗る。先生が20代、と彼女に尋ねるとそうではないらしい。なぜスペイン語?と尋ねると、先月、スペインへ行って気に入ったからだという。

スペインへ出かけた目的を聞くと、仕事を辞めた後、イギリスへ2ヶ月短期留学。そのついでにその人の友だちがいるスペインへ5日間行ったという。今、サルサも習っていると話していた。

まだ講座に来て2回目らしい。若いからすぐに覚えられると励ましてあげる。そしてNHKのスペイン語講座がメディアでいつでも聞けると教えてあげる。するとその人はバスの中でアイホンで画面を出していた。

彼女とは親子以上も年齢が違う。だが、頑張る姿を見てかなり励みになるらしい。

携帯の万歩計を見ると1万歩近く歩いていた。それにしても知らない人とも出会えて楽しい一日だった。今日もいい日にしよう!

2013年6月20日木曜日

至福の時

昨日からの大雨もやんで涼しい朝を迎える。今日の最高気温の予想は25度。最低気温は23度。昨夜はお蔭でぐっすり眠る。朝の目覚めも気持いい。

FMを聞きながら朝食を食べ、行儀悪く新聞を読む。こうして今日も一日が始まる。だがこのときが一番の至福の時。これまでを振り返ると、いつも何かにせかされていた。だがそれも今年1月で終わり、2月からそれもなくなってしまった。多分、テストの重圧から解放された!?

昨日は雨の中、フルート定例会に出かける。これも1年半になる。いつものメンバーでいつもの場所に集まる。だが集合時間はいつもと違って1時間遅れ。

雨でもあり、デパートのレストラン街へ行く。ところが屋上のビアガーデンの客が雨のためレストランに変更したのだろう。お客が多い。

昨夜はフルート定例会に相応しくテーブルに楽譜が並ぶ。3人ともフルート発表会のソロの曲が決まる。先日の先生たちのアンサンブルのリーフもテーブルに並ぶ。その中の2曲が特によかったと尾道の人から聞く。

昨夜も先ずはビールで乾杯。蒸し暑い日のビールは美味しい。ちょっと酔ってしまった。

お刺身の盛り合わせなど注文した後、途中でアナゴのてんぷらを注文。アナゴは大好き。特に焼いたアナゴ1匹の握りずしがいい。

会社に勤めていた若い頃、打ち上げがあった。職場から離れた寿司屋へ連れて行ってもらう。そこで食べた焼きアナゴの握りずし。生まれて初めて食べる。美味しかった。

だが、その後アナゴの握りずしを食べてもその美味しさには至らない。それくらい美味しかった。

昨夜はアナゴのてんぷらを注文。一皿に丁度3つあった。だが青紫蘇が巻いたものは2つで1つはそのままあげてある。ここで思わず3人でじゃんけん。可笑しかった。また美味しかった。

他の2人にも初めて食べて美味しかったものを聞くと知人は出張先で食べた北陸の越前ガニ。尾道の人は岡山で食べた岩牡蠣。だがその人の子供さんは牡蠣が好物でないらしい。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

今は3人ともフルートを習っている時間帯や場所が違う。だが先生は皆同じ。こうして会って他愛無い話をして、美味しいものを食べ、ビールを飲む。これも至福の時。

今日も楽しい一日にしよう。今日のスケジュールは忙しい!今日も頑張って!

2013年6月19日水曜日

ショパンのノクターン(遺作)

 
 昨日のフルートのレッスンでは新たにトリルと、ロングトーンの練習をする。なんといっても元来肺活量が少ない。それでも水泳、フルート、自転車の有酸素運動のお蔭で少し肺活量も増えた。一番高いレの音でロングトーンを吹くと9秒しか続かない。意識して練習して長く吹けるようしよう!

 その後は、モーツアルトのK.511をさらう。ちょっとリズムのみだれもある。だが、何とかその曲を終えると、先生から秋に行われる発表会の楽譜をいただく。ソロの曲はショパンのノクターン(遺作)。それに全体合奏の楽譜もいただく。他にはアンサンブルもある。それは後日いただくことにする。

 このソロの曲を「本当に吹く?」と思うと楽譜を戴いて嬉しかった。レッスンを終える頃、ソロの曲を吹いてもらうようお願いする。何と最後まで吹いてくださった。その前にボイスレコーダをON にする。次のレッスンの人と先生の吹かれるフルートを身近で聞き入る。もうなんといっても先生の吹かれるフルートは素晴らしい!2人で聞きいってしまった!

 ショパンはピアノの詩人。その曲をフルートで吹く。ピアノ曲のアレンジだからなのか楽譜を見ると装飾音とトリルがどちらも6箇所ずつある。吹いていただいた後、先生から「遺作」の意味を聞く。ショパンが存命中なのに「遺作」として発表されたらしい。秋までショパンのこの曲を上手く吹けるように練習しよう。先生は大丈夫と励ましてくださるけど……。上手く吹けるよう今日から練習、練習!頑張ろう!

 先ほどまでフジコ・ヘミングのピアノでYOU TUBEにアップしていた。ところがタブレットで遊んでいると山形由美の演奏がある。フルート演奏に切り替えてブログにアップしよう。

2013年6月18日火曜日

合唱etc.

先ほど汗と涙を流しながらお墓参りをして帰る。

今にも大雨になりそうな今朝のお天気。姉から昨夜、今日の墓参りはいかれないとの電話が入る。大雨になる前に一人で墓参りをする。母に「大丈夫、元気で頑張ってるよ!」と報告すると涙が出る。もう一人になれたはずなのになぜか涙がとまらない。

家に着くと隣の集会所にいた人から挨拶される。涙顔を見られるのも体裁が悪い。ハンカチを出して「暑いですね」と言ってしまった。

昨日も暑い日だった。朝早くからJRとバスに乗って合唱に行く。昨日の合唱は習っている会場でのロビーコンサート。会場に着くとすでにその準備は終わり、来ていただく人たちへの飲み物などの用意をする。

しばらくすると合唱は始まった。前半と後半のはじめの2曲は前に立って歌い、それ以外は着席して歌う。エアコンが入っていても会場は暑い。歌う人はどの人も着飾っている。余計暑かっただろう。

無事2時間の合唱も終わると、合唱の人たちは練習室に入ってしばし休憩。合唱の世話人の手作りのデザートや市販のお菓子を囲んでお茶を飲む。とにかくこのサークルは何もかも始めてのこと。人のするとおりついていくだけ。

それが終わるとその中の11人で和食のお店でお昼を食べる。最近サークルに入った人は私を含めて3人。話をしているとどんな人たちの集まりかわかってくる。

誘ってくれた友だちはこのサークルの先生と同級生。同じく同級生がほかに3人いる。その人たちの学校は所謂、お嬢さん学校。私はその出身ではない。だが、同じ学校と思われたらしい。

同年齢よりかなり上の人が大半を占める。だが、どの人も所謂オバチャンではない。前に座っておられた人も80歳目前とか。それでも英語を習っておられ、いきなり英語で名前を聞かれる。その聞き方も以前学校で習った言い方では失礼らしく、丁寧な言い方で話される。すぐに英語で返答する。

他の人にもそれぞれ聞いておられた。今頃の80歳は若い!そう思った。特にその人は顔もかわいいが、話し方もかわいい。いつまでもかわいく!見習わなくてはいけない。

食事を終えると友だちとの前夜の約束はご破算となる。他の人の車に乗せてもらって最寄のJR駅で降ろしてもらう。優しい人たちに感謝!

今日は午後からフルートのレッスン。少しフルートの練習をして出かけよう。今日も元気で!

2013年6月17日月曜日

通信機器の話題ほか

北欧に行く寸前に「ジパング倶楽部」入会の手続きをする。旅行から帰ると倶楽部から会員手帳が送られてきた。入会する前は、JRを利用して旅をしよう。そして道連れにタブレットを持参しよう。そう思っていた。

ところがいざその手帳を手にしても、なかなか行動に移せない。なんといっても暑い!寒いより暑い方が好きだった。それなのにいつの頃からか暑さにも弱くなる。

とはいってもいつか時間を見計らって一人でふらふらと外に飛び出そう。その時は当然タブレットと会員手帳を持参して・・・。

さてタブレット。かなり慣れてきた。今や、パソコンはブログ投稿に利用し、後はすべてタブレットで遊ぶ。これじゃ、高いおもちゃになる。それでも、それほど物欲がないモノにとっての楽しみと思えば安い買い物だ。

昨年の総務省の調査によるとスマホの世帯普及は5割、タブレットも15%に上昇している。当然各自宅のパソコンは下降気味となり59.5%。インターネット利用率は79.5%だとか。

今やネットは欠かせない。それでも利用していない世帯が2割もある。これには驚く。

今日はこれから合唱に出かける。人前で歌うらしく早めの集合となる。その後は皆で食事をして友だちから昨夜電話で依頼されたことのお手伝いをする予定。

忙しい朝だけど今日も元気を出して、さあ出発!

2013年6月16日日曜日

新刊紹介記事を見て

梅雨には紫陽花がよく似合う。我が家の狭い庭を陣取る糸杉と伊呂波もみじ。その隙間に居座る紫陽花2種類と新顔のレモンの木。糸杉は父、レモンは母のように大事に育てている。いつまでも枯れずに、と願って・・・。

雨上がりの今朝、うなだれている紫陽花を切って花瓶に活ける。束の間の花だけど初夏を感じる。

昨日は雨の中、思い切って泳ぎに行く。平日でなく土曜日のプール、人は多い。だが大人用のプールで泳ぐ人は少ない。多ければ500メートル泳いで帰るつもりだった。だがどうにか1キロ泳ぐ。

家に帰るとしばらく、鼻水はでない。だが夜になるにつれて鼻水との格闘になる。これから夏に向かうとプールの水が冷たく感じられる。風邪とは思えないのに鼻水が出る。何故プールに入ると鼻水が出るのだろう。

今朝地元紙を読むと、山形孝夫氏の新刊案内が大きく出ている。よく知っている人の記事はいつ見ても嬉しい。とはいっても実際にお会いしたことはない。ただ随分前にある機関誌の巻頭言に書かれていた先生の文章に感動し、手紙を出す。すると本を送ってくださった。今でも感謝している。

今朝新聞に出ていた著書は『黒い海の記憶』(山形孝夫 岩波書店、2013年)。この本を紹介している批評家の若松英輔は「生者が死者に抱く悲しみは、喪失の感情ではなく、むしろ新しき出会いの深い悦びの表れだ」と説く。

このことは2年前に新聞記事を見て感動してメールを送り、戴いた返信メールに書いてあった北海大学の中村岳志氏の言葉と通じる。

いい記事を見て朝から気持がいい。

明日は合唱の日。友だちは人前で歌うので正装で行くと話していた。さて何を着て行こう?後で着ていく服を考えよう。今日も元気で!さあ行動開始!

2013年6月15日土曜日

「寝くじをくる」

2,3日、暑い日が続いている。今日は昨夜から降り続く雨で少しは涼しい朝だった。

昨朝は暑さのため寝苦しく、睡眠時間が短かい。朝食を済ませると朝寝をする。午後も暑くエアコンをつけるとまた眠る。

よく眠ると元気が沸いてくる。私にとって一番の弱点は寝不足。子供が「寝くじをくる」ように、眠たくなると元気がなくなる。その癖は大きくなってもなおらない。

先ほど電子辞書で「寝くじをくる」を調べると辞書に掲載されてない。方言?と思い、ネットで検索するとあった、あった。どうもこれは広島の方言らしい。

会社に勤めていた頃、面白くないことがあると、その矛先を母にぶっつけたこともある。そのたびに母は「早よう、寝んさい!」と言っていた。寝不足は私にとっては大敵だ。そのためか眠られない人の気持ちが分からない。

最近の寝不足は先日の旅行くらいで、ほとんどそこまで陥らない。だが昨日は一日中眠たかった。それでも朝寝や昼寝をすると元気になってくる。夕方からはわかちゃんと久しぶり近くのお店に出かけて楽しく夕飯を食べる。

午後5時、外の陽射しはまだきつい。お店に入ると先客はいない。しばらくすると人も増えてくる。ビールを飲みながらしゃべっては食べる。最後に細巻きを4品注文する。その時、若い女性がやってきて注文をとる。だがその言葉遣いが少しぎこちない。

いきなり中国語で「中国の方ですか」と話すとそうだという。続けて「中国の何処から?」と尋ねると重慶の出身だった。四川省の重慶と広島市は友好都市。それを中国語で話すと当然知っていた。

四川省の人は他の都市と違って丸い顔つきをしている。その人もまん丸い顔で、広島市内の私立大学の留学生だった。身近な所に中国人が住んでいる、と実感する。

今朝の地元紙を見ると4年余り前に修了した大学の来年度の募集要項が載っている。それを見ると過去5年間、社会人の応募者がゼロで来年度は募集しないとある。

10年前、入学して再度大学生になった。その制度ができたのは入学する1年前。メディアなどでも取り上げられる。だが今朝の新聞のようにこの5年間応募者がいないとは・・・。

それもそうかもしれない。学ぶには経費も付きまとう。ましてや世の中、不景気風が吹いている。それどころではないのかもしれない。

それにしても会社をリストラされた後、再度大学で学ぶという、いい経験をさせてもらった。もし、その頃辞めていなければ、そのチャンスもなかったことになる。

今日は一日雨になりそう。平日に泳ぎに行こうと思った。だが月曜日は合唱がある。雨の日だとプールに出かける人も少ないかもしれない。さてどうしよう。

ともあれ今日も一日元気を出そう!

2013年6月14日金曜日

『玄侑宗久の生きる力』

今朝の地元紙によると13日未明、岡山と広島は今年初めて最低気温が25度以上を超える「熱帯夜」とある。今朝は暑すぎて早く目が覚める。現在の部屋の気温は窓を開けていても28度3分、湿度60%。今日も一日暑くなるのだろう。

昨日も暑い一日だった。午後にはエアコンなしでは何をしようと思っても暑くてたまらない。エアコンをつけて本を読んだりフルートを吹いて過ごす。

夕方からスペイン語の講座へ出かける。昨夜、先生は名簿を見て指名されるとき「〇〇さんはいない・・・」と小さい声でつぶやき、他の人を指名される。先生の前から2列目に座っていても教室での存在は薄い!?

途中質問するといることに気付かれ、「すみませんでした!」。これを聞いて笑うに笑えない。

授業の始まる前、後に座っている人と話をすると、近いうちメキシコへ出かけるという。どうも旦那さんの転勤に付き添うようで3年間の滞在らしい。そのためにスペイン語を習っているのだろう。

その点、暇つぶしに習うモノとは大分差がある。教室で知り合った隣の席の人は今からすぐにでもフラメンコが踊れるような恰好をしている。そう話すと、着ている服も暑さ対策のためのようだった。

今夜はお互いの都合がつかず会わずにいたわかちゃんと久しぶりの夕食会。美味しいものを食べてビールを飲んで暑さを吹き飛ばそう!

図書館で借りた『玄侑宗久の生きる力』(六耀社 2012年)を読んだ。本の裏表紙には「ソリストとは― 時流や流行にとらわれず、自分の信じる道を進み、一つのスタイルを築き上げた人。信念ある行動でまわりの人を巻き込み、一つの大きなムーブメントをつくり出した人。」とある。これはたぶんこの本の「ソリストの思考術」編纂委員会のことばだろう。シリーズとなっており、さまざまな人が出版している。

筆者は作家であり、僧侶である玄侑宗久。本の構成の半分は自身のこれまでの歩みから僧侶と作家の二足の草鞋を履くまでの葛藤を述べ、後半はその経験から生きる力の源を禅の教えを通して述べている。だが、二足の草鞋を履いている著者であってもすべてを二元論に分ける必要はないという。

「そもそも、世の事象の多くはきっちり二つに分けられるものではなく、矛盾に満ち満ちている。矛盾や混沌をそのまま受け入れるのが人生であり、そこから生きるための大きなエネルギーが生まれる。禅ではそんな風に考える。」17P

またいつものように気に留めるところをメモしよう。

「仏教では、どんな状況にあっても変わらない真理など認めていない。自分というものも、状況の中で絶えず形を変えるもの、ゆらぐものだと、とらえている。」23p

「今起こっていることは未知であり、それを既知のもので処理しようとしても、まったくの的ハズレである。基本的な指針はあってもかまわないが、何か事に当たったら、そこでゆらいで改めて重心を探さなくては、今を生きることにはならない。だから仏教では物事を絶対化せず、ゆらぎを繰り返すことを『風流』として讃えている。」25p

「心の活発さを重視する禅にとって『風流』つまり『揺らぎ』こそが新しい心の発生源である。そうなると、非日常でこそ人は最もゆらぐことにも気づく。死も病気も怪我も歯痛も、それによって普段の人柄がゆらぐなら、風流でめでたいことなのだ。」26p

「掃除三昧、洗濯三昧、読書三昧、温泉三昧、運動三昧、いや、それどころか焼肉三昧だって日本語としてはおかしくない。無心になって没頭できればすべてが『三昧』になり、たとえ長時間の座禅を組まなくても、『ディアーナ』の状態になれるというわけだ。」50p

「禅の基本的な立場は『過去のことは思わない。先のことは憂えない』で、この状態が『遊』。つまり先を予測せず、三昧になって今を遊ぶのが最高の境地である。」60p

「わからないことをあれこれ想定するのは、人間が持つ際限のない欲望だと理解し、分からないまま無心に、今を生きる覚悟を持たなくてはいけない。予断を持たず、言葉で考えず、今を楽しむ。そうすればきっと、『いま』から十分なご褒美がいただけるはずである。」116p

「何か新しいことを一つ始めて、それに三昧になって習慣化すればいい。すると、自分の全体は自然に変わっていく。」123p

「造作もなく平常な、最も尊ぶべき人間の在り方が『無事是貴人』である。」131p

「日常生活で起こる嫌な出来事も方便としてとらえる。」162p

「物事が何の問題もなく進んでいるときと、思いがけないことが起こったとき、どっちがわくわくするだろうか。・・・生身の私がどうゆらぐかだけが問題で、そこには論理やマニュアルは必要なく『予断を捨ててその瞬間を体験できるか』どうかが重要である。気持ちよくゆらぐことができれば、それが本当の『生きる力』ではないだろうか。」166p

「日本人にとっての『仕合せ』は、目標を達成したところに『仕合せ』があるかというと、達成しとたん、それは逃げ水のように逃げてしまう。・・・日本人にとっての『仕合せ』は目標を達成したところではなく、そこに至る過程にある。状況や人に合わせ、当初の予定と違ってゆらいでいるときに最も『仕合せ』を感じるのが日本人なのだ。」169p

「過ぎたことは忘れ、これからは先祖が持っていた柔軟なアレンジ力を取り戻し、いろんな状況に『仕合せ』ながら、日本人らしく気持ちよく『ゆらいで』いきたいものだ。」181p

2013年6月13日木曜日

「小春おばさん、こんばんは」

今朝の地元紙を見ると「中国地方 ギラギラ真夏」と一面に大見出しがあり、「庄原34.6度 6月史上最高」と小見出しがある。広島市内も昨日の最高気温は32度と暑い一日だった。

この暑さは夜になっても下がらず、寝る頃でも部屋の温度は31度。今朝も29度で湿度が60%もある。今日も暑い一日となりそうだ。

先ほど燃えるごみを出すため外に出る。一歩家を出ると左3軒先は旧山陽道、右に向かって5分ほど歩けば区役所や区民文化センターのあるバス通りに出る。その間の通りは道が拡張されて両側の歩道にはハナミズキが植えてある。

ところが何故か、我が家の前のハナミズキは2度も植え替えられたのに、他のものよりも育ちが悪い。もっと葉をつけてくれたならば少しは涼しくなる。そう思って毎日眺める。

昨夜、友だちと電話をする。絵画の話になる。電話を切ると友だちの絵画の先生のHPを探し、ブログを見る。そのブログの書き始めに特徴がある。これが気に入っていつの頃からこういう書き方なのかを探していると、最初のブログに行きつく。だがそのことは書いてない。

今から6年前の最初のブログは以前のブログを改め、新たにその人のお母さんの訃報から始まる。「小春おばさん、こんばんは」の言葉で・・・。そしてその人が母親を亡くした年齢と同じ年齢で私も親を亡くす。またそのブログの人も、その歳まで親と同居されている。

「敏々日記」も前のブログを改め、新たに母がいなくなって開設した。よく似ていると親近感を持ってブログを見る。

だがその人は男性。男性が母親を思う気持ちから「小春おばさん、こんばんは」とブログに書いて母親にその日のことを語りかけるのだろうか。それともブログを訪問する人に対して語っているのだろうか。いずれにしてもこの書き方に感動する。

私も真似して「アサちゃん、おはよう」と書きたい。だが真似をしているようで書けない。

昨日は図書館で借りてきた『玄侑宗久の生きる力』を読む。この本の予約者は多い。長く手元に置けないので一気に読む。だが、軽い本でない。これも近いうちブログにアップしよう。だがなんといっても暑い。パソコンの前にいるだけでも暑い。

暑いとばかり言わず、今日も元気を出そう。そして夕方からはスペイン語を習いに行こう!

2013年6月12日水曜日

最近の話題etc.

今日は朝からカンカン照りに日が射している。最高気温の予想は30度。日中は暑くなりそうだ。

昨日は蒸し暑い一日だった。それでも午後からフルートのレッスンに出かける。その前に先日そごうデパートで個展を開催すると葉書を貰った友だちの陶芸を見に行く。生憎葉書を持参せず、デパートの人に聞いてその場所を探す。

本館の8階だった。陶芸家の友だちとは1年ぶりに再会する。大きな壷などの芸術品に加えて、実用的なものも展示してある。かなりの展示品は売約済みの赤いしるしが貼ってある。

話をしていて、作品の前に立った時、ふとスペイン語の友だちと陶芸家は同級生?と頭を掠める。それを尋ねると、やはりそうだった。もうこれを聞いて吃驚仰天。何故その時、頭にそれを掠めたのか、我ながら驚く。

会場にいた別の人も陶芸家の友だちらしく、名前を出したことで盛り上がる。それにしても世の中は狭い。

家に帰ってスペイン語の友だちに電話をする。だが、なかなか通じない。その日のうちに話さないとその感動は薄れる。やっと通じた。

電話の相手も陶芸家を当然知っていた。

陶芸家とは今から十数年前に下関で開催されたNHK教育テレビの立花隆の講演会の帰りに新幹線で知り合う。スペイン語の友だちは立花隆がまだ飛ぶ鳥を落とす勢いでない時代に会っているという。

その話が可笑しい。大学職員だった友だちは上司から言われて2人分お茶を出す。その際、「何処でお目にかかりましたかね」と立花に向かって話す。そして続けて「テレビでお会いした方ですね。失礼しました!」と言って席を離れたという。

これを聞いて互いに電話で笑い転げる。友だちはこれまでの人生で有名人に会ったのは立花隆だけだとか。

それにしても、陶芸家、スペイン語の友だち、そして私との共通項に立花隆がいたとは・・・。驚くばかり。

だが、このことを陶芸家はご存じない。

さて昨日のフルート。先生から秋に行われる発表会の曲について話を聞く。先生は候補曲2曲をあげてくださる。どちらもショパンの曲。そのうちの後から先生が吹かれた曲を発表会で吹く曲に決める。

その曲は毎年のように誰かが発表会で吹いている。それを聞いていい曲、と思っていた。頑張って練習しよう。その前に、先週から吹いているモーツアルトの曲を練習しなくては・・・。

話は変わって、昨日作家のなだいなだ氏の訃報を新聞で知る。この名前は、何とスペイン語の「何もなくて、何もない」からついたらしい。多分、“Nada Y nada”だろう。これは“何もない そして 何もない”の意味だから。

ほかに、一昨日お昼を済ませてテレビをつけると偶然にも徹子の部屋に酒井和歌子が出演していた。そのままテレビを見ていると、女優なのに何と庶民的と思う。

同世代を生きている。その人も独身で親と暮らしている。それに加えてテレビを見て益々親近感が沸く。仕事をやめたいと親に話すと親はもう少し続けたら・・。そして親から仕事をやめたらと言われるともっと続ける・・・。この繰り返しで今まで来ているという。これも似たような経験をしている。

さらに、ジムに行く話では、何と朝一番のバス、時刻は午前6時9分。それに乗ってジムに出かけ、3時間ほど運動をしたり泳いだりするという。朝早いと人も少なく目立たないらしい。

また外国旅行の話では、最近は母親と海外は行かず国内に行くとか。だが、海外に行く時もツアーに一人で参加するという。参加者から女優さんという目で見られないかと聞かれるとそうでもないらしい。

1日のスケジュールを聞かれて、ジムに行かない日は朝7時半には朝食を済ませ、夕飯は6時に食べて11時前後には就寝。そして夜、人に会わないのかと聞かれても夜は出かけないという。

この生活リズムは似ている。だが、夜、習いモノで出かけるのでこの辺りは少し異なる。

酒井も年金をもらっている。サラリーマンの年金生活とは違うかもしれない。だが、有名人であってももしかしたら生活のスタイルは一般人とそれほど変わらないのかもしれない。そう思ってテレビを見た。

ブログを投稿していても時間とともに暑くなってくる。暑さに負けないよう今日も元気を出そう。

2013年6月11日火曜日

北欧3ヶ国の旅

2013年5月23日(木)から2013年5月30日(木)までの8日間、北欧の3ヶ国ツアーに参加する。旅の模様をまたいつものようにブログにアップしよう。

2013年5月22日(水)

お昼を済ませると新幹線「のぞみ」に乗車し、1時間余りで博多駅に到着。博多駅筑紫口近くのホテルでチェック・インを済ませ、部屋の鍵を受取る。その際、ネットでの申し込み先からジュースの差し入れがある。また部屋もレディース・フロアの禁煙ルームとなる。おかげで2月に宿泊した時よりも静かな部屋で熟睡する。

チェック・インを済ませると、まずは翌日の集合場所の福岡国際空港行きのバスの乗り場を確認する。あらかじめ添乗員から博多から国際線ロビーまでのバスが3月から運行されたと知らされる。これまでは地下鉄に乗り換え、空港からシャトルバスで国際線に移動していた。

バス乗り場を確認後、博多駅構内の阪急デパートで夕飯と朝食の食料を調達する。しばらく博多駅構内をうろついた後、ホテルの部屋に戻る。その後は購入したばかりのタブレット端末で遊び、早めに就寝。

2013年5月23日(木) 福岡国際空港ーオランダースウエーデン・ストックホルム

午前7時半、ホテルを出て博多駅のバスセンターから福岡空港国際線出発ロビーまでバスに乗る。だが平日とあって予定の所要時間の20分よりも15分遅れて到着。すでに出国の手続きは始まっていた。この間の運賃250円。

手続きを済ませると添乗員の言うままに外国通貨の両替をする。スウェーデン、デンマークはそれぞれ2000円(それぞれ現地通貨100クローネ)、ノルウエーの通貨は10000円(現地通貨500クローネ)両替する。

後で知ったことだが北欧の国では硬貨を鋳造する経費がかかり、小額であってもクレジットカードでの決済が可能だった。北欧は社会福祉の充実している国。そのため、いわゆる付加価値税が25%と高い。食事の際のビール代金が何と73クローネ。ということは日本円で1500円。お水は220円。これだけで残りの両替はほとんどなくなる。枕銭も置かなくてよいとのことで一切せずじまい。

ただノルウエーのみ10000円両替したのでビール代を支払っても通貨が残る。かといってお土産品は民芸品ばかり。そういうものは買わずに、残った通貨はほとんどチョコレート類を購入。だがこのチョコレートも物価が高い国。スウェーデンでは両替の現地通貨全てをノーベル賞を模したチョコレートのメダル10ヶ(2000円)を買って使い果たす。

午前10時25分、KLMオランダ航空は定刻に出発。ここからオランダ・アムステルダムまで11時間45分の飛行機の旅が始まる。福岡国際空港からオランダ・スキポール空港までの直行便は何と4月4日に就航したばかり。機内は新しく、陽気な男性客室乗務員の旅は快適そのもの。機内のトイレは広く車椅子も可能のようだ。また飛行機の最後尾は四面が総鏡張り。これにはびっくり。広くて綺麗なトイレだった。

離陸後しばらくすると「エコノミーコンフォート」座席に空席があるとのアナウンスが流れる。一つあけた席の人はその席に移動する。それはゆったり座席と呼ばれ「エキストラ・レッグルーム」で150ユーロほどプラスで移動可能。はじめてそれを知る。

機内は日本と同じ気温でブラウス一枚でOK。.快適な空の旅だった。

正午(飛行機がオランダ到着までは日本時間表示)ビールとおつまみが出る。朝食を早めに済ませていたのでお腹がすいている。美味しい!。

午後1時 機内食が出る。日本で作られた機内食のためか美味しい。帰りの機内食もきっと美味しいと思っていたら不味いこと、不味いこと。食べられたものではない。ただ塩辛いだけ。だが帰りもデザート類は美味。

機内食を配る男性客室乗務員はひょうきん者。“Well come”と言いながらおどけた仕草を何度もする。その問いがわかったので“ようこそ”だと教えると何度もそれを繰り返す。

今回の旅では機内の客室乗務員も観光先で出会うヒトたちもかなり日本語に関心を抱いている様子が伺えた。また、どこに行っても日本の女性が現地の人と結婚している。これには驚く。

午後4時 アイスクリームが出る。美味。
午後8時25分 機内食が出る。またもやビールを注文。出てくるビールはハイネケン250ml。

現地時間午後3時5分 アムステルダム・スキポール空港着。気温9度。

午後5時 アムステルダム発ストックホルムへ向け飛行。機内で陽(アキラ)さんと知り合う。スウェーデン人の父と日本人の母との間に生まれたハーフで22歳。スキーのインストラクターをしているらしく、九州在住ながら長野県にも家を借りている。そして両親から好きにさせてもらっているらしい。一見外国人風だが、話していると日本人の感覚。手にするモノは日本語の文庫本。興味を持って話すと名刺をくれた。

スウェーデンで更なるスキーの上達を目指すという。当面のスウェーデン滞在は2年間を予定とか。

アキラの後辺りにはにぎやかな集団が座っている。アキラの話ではコロンビアの集団でスウェーデンに移住する人たちらしい。とはいってもアキラはスペイン語は話せない。

午後7時 ストックホルム着。空港内にはスウェーデン国王夫妻の写真が飾ってある。

空港からホテルに行くまで添乗員は話す。その中で「お金をこまねる」がでる。大体の意味はわかる。細かいお金にするという意味。日本語も地方によってわからないこともあると知る。

2013年5月24日(金)曇り スウエーデン・ストックホルム

昨夜は午後10時就寝。ホテル内の部屋の床はさすがに木材使用。

午前5時 起床。ホテルの部屋にはスウェーデン国王夫妻の写真が飾ってある。

午前6時半 朝食。この日から塩っ辛い食事が始まる。何を食べても塩辛い。食べるものは姫リンゴ、バナナ、小さいジャガイモ、スイカ、トマト、ミルク、珈琲など。かなり不味い。パンも固くて食べられない。サーモンは栄養源として食べる。だが辛い、辛い。

午前9時半 バスは出発。ここからイヤホン・ガイドをバッグに入れて観光する。イヤホンガイドは今回の旅ではじめて知る。観光地でガイドの声をこれを使用して聞き取る。だが、聞いているとガイドがいかにも近くにいるように感じられる。ところが実際は離れていたりして慌てたりする

北欧滞在日数は少ない。スウェーデン市内観光も3時間足らず。ノーベル賞受賞者の晩餐会が開催される市庁舎を訪問。胸には丸いCity Hallと印刷されたワッペンをつけて中に入る。「赤い青の間」といわれるところでノーベ賞受賞晩餐会が行われる。建物内は想像していたよりも狭い。入り口にはパイプオルガンもあった。

奥に入ると市議会議場。「黄金の間」は元は晩餐会の場であったが、今はノーベル賞受賞者のための舞踏会会場となっている。
毎年ノーベル賞の晩餐会が開かれる市庁舎の赤い青の間

外に出て話したヒトは偶然にもマドリッドからの観光客だった。その人と写真に収まる。スペイン語で少し話をすると通じた。嬉しかった。すぐにアドレスを書いてもらう。さらに王宮など見学。

午前11時半 旧市街、ストックホルムを一望できるフイヤールガータン展望台へ行く。その後ノーベル博物館へ行き、ノーベル賞を模したノーベルチョコレートを購入。10枚で100クローネ(2000円)。ここでノーベル賞の授賞式が行われる。コンサートホールもあった。
ノーベル・ミュージアム
昼食はスウェーデンの家庭料理のミートボール。苔桃のジャムをつけて食べる。これも塩辛い。食べられず残す。いろいろと旅をしてもしかして北欧は一番食文化がお粗末な国!?だが北欧の風景は世界一美しい!

通りは1週間前からマロニエの木も青々とし始め、白と紫のライラックも今を盛りと咲き誇る。

午後3時半 コペンハーゲンに向かうストックホルムの駅で日本人と結婚し、日本に40年以上住んでいたストックホルム在住のスウェーデン人が夕食のお弁当を配りにくる。このお弁当屋の店名は「ブルーライト・ヨコハマ」。一見美味しそうなお弁当に見える。だが国際列車内で食べる味はこれまたお粗末。お茶がでない食事は侘しい。水でお茶代わり。

列車内からは一面黄色のじゅうたんと緑色の樹木の間を列車は走る。夢の世界のように美しい。
国際列車からみる草原風景

スウェーデンとデンマーク間の国際列車のある停車駅
 コペンハーゲンに到着する頃には大きな湾にかかる長い、長い橋を渡る。関門海峡よりももちろん長い。

午後8時20分 デンマークのコペンハーゲン駅到着。空は明るい。目の前には本場のチボリ公園がある。倉敷のチボリ公園はとっくに閉鎖されている。

2013年5月25日(土)雨 デンマーク・コペンハーゲン

午前7時 朝食のヴァイキングでは中国語が飛びかう。「開水」(お湯)と聞いて中国語だと知る。話をすると台湾のヒトだった。その人は親切にも洋ナシの皮をむいてくれ、皿に置いてくれた。朝食のパンはさすがにデンマーク。デニッシュ・ロールが並ぶ。広島から全国展開した“アンデルセン”のベーカリーはデンマークがお手本。デンマークでは食べなかったけれどノルウェーで食べたデニッシュ・ロールは日本のほうが一枚上手。

この頃から、北欧の町には何処にも目立つ看板や広告物がないと気付く。コペンハーゲンは商人たちの港の意味だとか。

午前9時35分 クリスチャンボー宮殿到着。通りに面して建っているビルはどれも半地下構造。寒さ対策としての工夫らしい。

午前9時50分 アンデルセンの住んでいた家を外から見学。

アンデルセンの住んでいた家
港には観光船が停泊。まるで絵本の世界。
アマリエンボー宮殿到着。ここは王室の居城。気温14度。宮殿前にはクマの毛皮の帽子を被った近衛兵が立っている。毎朝11時半、王女の近衛兵がローゼン城からアマリエンボー宮殿まで行進する。その場面をバスの中から運よく見ることができた。正午に衛兵の交代式が行われる。

勤務中の近衛兵の横に立って写真に収まる。また衛兵のいない頃を見計らって勝手に赤いボックスに立って写真に収まった。旅の恥は掻き捨て、なんでも経験!?
宮殿に立つ衛兵


行進中の衛兵たち
午前11時10分バスは出発して人魚姫の像を見学。この像は1913年デンマークの彫刻家エリクセンにより造られる。北京オリンピックでは貸し出されたと聞く。
人魚姫の像

観光船は狭い橋げた上手くすり抜ける

アンデルセンの像

コペンハーゲン市街を走るバス
1時間足らず、コペンハーゲン市内で自由時間あり。ロイヤル・コペンハーゲンにも入る。だがどれも高価なものばかりで何も買わず。自由時間にスーパーの地下に入り品物を物色。現地通貨を使うため添乗員に教えてもらったデンマークらしい模様の入った白い帆布のエコバッグ購入。通りはヴィトンなどのブランドショップ街。

午後2時半、昼食後再度フリータイム。昼食は大きなサンドイッチ、スープ、ケーキで美味。朝食を食べなかった人がフリータイムで買った小さいリンゴ1個はなんと姫リンゴ位の大きさなのに25クローネ(500円)。これを聞いて吃驚する。物価が高い。

午後3時15分 バスは港に到着。クルーズ船DFDSシーウエイズでオスロまで1泊2日のクルーズの旅。生まれてはじめて大型クルーズ船に乗る。

午後5時45分 クルーズ船内でヴァイキングの夕食。ヴァイキングといえば北欧が発祥の地。この食事の仕方を日本流にアレンジしたものが現在日本でいわれるところのヴァイキングだとか。ホテルよりもどこよりも船の食事が美味しい。何でも揃っている。売店、クラブ、プール、カジノと何でもあり。クルーズ船の客室は9階の海側。一人参加の客室を訪問すると広さは我々の部屋より倍くらいあり、カウンターバー、テレビ、冷蔵庫、ドライヤーもある。おまけにウエルカム・サービスもあった。

船内の売店でまたもやチョコレートを購入してデンマーク通貨を使い切る。

ツアーの人の部屋は全て海側にあり、日が沈む様子を眺めながら写真に収める。午後9時半ごろ日は落ちる。だが明るい。一人でいたならば海に沈む夕陽を見つめて涙がでたかもしれない。それくらい太陽は神秘的。タブレット端末にも写真で収める。
夕陽が海に落ちる。一面海。
時に海の餌を求めて鳥が飛び、客船が通り過ぎる。

クルーズ船が到着するあたりから見えるフィヨルド。
2013年5月26日(日) ノルウエー・オスロ

船はノルウェーの首都オスロ到着。
午前5時半起床。客室から海を眺めていると突然クレーンのような機械が目の前をゆっくり通り過ぎる。ビルなどの窓を掃除する機械のように窓に水を吹き付けてきれいにしてゆく。外は海だから水を流しても丁度いい!?これには吃驚。

ほとんど白夜のためか一晩中明るい。午前6時過ぎには島も見えてくる。船から見る外の光景は生まれてはじめて目にする。
DFDSシーウエズに乗船して1泊2日のクルージング。
デッキに出て写真に収める。風が強くて吹き飛ばされそう。
午前7時 船内で朝食。相変わらず小さいリンゴやバナナなどの果物を食べる。

午前10時 オスロに下船。快晴。オスロ市内を観光。市庁舎で献霊式(この字はもしかして間違っているかもしれない)で若者が大人になるセレモニーに参加する人たちと出くわす。キリスト教の信者の人は大人になると教会から多くの捧げモノをいただく。だが信者でない人々はそのおこぼれをもらえない。そこを市が代わって行う儀式らしい。

民族衣装で着飾った親子。日本で親子が成人式に着物で出席するようなコト!?ともあれ、いい場面に出くわせてもらって幸せな気分になる。家族で参加していていた人たちと一緒に記念写真に収まる。
着飾って献霊式に出席する母と娘

式を前にして市庁舎に入る人々


ヴァイキング博物館内の船


ヴァイキング博物館。アーチの先端はアメリカを向いている。
1003年、ノルウエーの先祖はアメリカへ渡る。

人間とその一生をモチーフに約200もの彫刻を配しているフログネル公園。
ノルウエーで一番大きい公園。
 ヴィーゲラン公園には怒りん坊の像がある。公園の何処を歩いても見渡す限り菩提樹の木々と白い雲と青空で素晴らしい眺め!

このきれいな青空の下、ノルウエーの人々は家の内外にお金を費やし、旅をすることが楽しみらしい。どこのお家も木材の外壁に色とりどりのペンキが塗ってあり、これもお見事というほかない。
怒りん坊
王宮公園では太陽を浴びる半身欲の人々を見かける。

日照時間が短い。束の間の太陽を公園で浴びる半身欲の人々。

菩提樹の木々を歩くフログネル公園。
見事な空の青さと真っ白い雲と菩提樹の緑。
 中華料理の昼食を食べた後はソグネフィヨルド地区へ向けてバスは出発。この距離310キロ、所要時間5時間半。

午後2時35分 バスはクローテレ湖で休憩。湖のほとりではタンポポが咲き乱れている。その中に入ってツアーの人が言うままに互いにポーズをとって写真に収まる。まるでメルヘンの世界にいるよう。楽しかった!
途中下車のクローテレ湖。

バスが出発する頃は気温は25度あった。それも高度があがるにつれて山々の木々もなくなり肌寒くなる。800メートルあたりでは雪山になる。

途中、ゴルで休憩。スーパーでお水を購入。13クローネ(260円)と物価は高い。この日は日曜日なのでプロテスタントの国ノルウエーではアルコール類の販売はない。

午後4時 バスの中では賛美歌が流れる。

午後5時45分 雪山下車。高度1132メートル。流れる川の水は凍っていた。
高度が高くなるにつれ、見渡す山々には残雪がある。
途中下車して写真タイム。
午後6時 ソグネフイヨルドへ行く途中、木造のスターブ教会(ヒルケ)下車。スターブとはまっすぐに立つ支柱の意味。28箇所ほどこういう教会が残っているらしい。この教会はオリジナルなもの(ボルグンのもの)でヴァイキングの影響を受けている。この十字架はラテン十字で縦が長く横が短い。ちなみにギリシャ十字は縦・横の長さが同じらしい。
木造のスターブ(ヒルケ)教会
午後6時10分 バスは出発。ヴァイキングはVIKでノルマンの意味。フランス人は侵入してきたVIKをノルマンと呼んだ。

午後6時40分 ホテル到着。ホテルの売店でヴァイキング博物館で買い損なったヴァイキングの船をあしらったペンダント購入。夕食はビールを注文。73クローネ(1460円)。またもや物価が高いと実感する。夕食後、ピアノのある部屋へ移動する。日本で以前ヒットした歌を演奏している。小倉の人とマイクの前に立って歌う。他の人も楽しく歌って過ごす。

さすがにノルウエー。真夜中もかなり明るい。だがよく眠った!

2013年5月27日(月) ノルウエー・ソグネフイヨルド地区

午前6時35分日の出。朝食前、ホテル付近を5人で散策。どの家もかわいすぎて、いろんな色のペンキが塗ってある。それと木々の緑と空の青さがマッチしてまるで童話の世界。

午前7時半 朝食。
午前9時10分 バスはホテルを出発し、世界最長のトンネルを抜ける途中、運転手さんはバスを止めてくれて撮影タイム。夢の世界というか雪国にいるようなトンネルだった。
トンネル内の写真。日本のトンネルとは違ってまるで夢の世界!?
日本人の奥さんを持つ運転手さんは、わざわざトンネル内でバスを止めてくれた
トンネルを通ってソグネフイヨルド観光のためクルーズ船に乗る。このフイヨルドは世界最長、最深級で約2時間のクルーズ。だが1時間過ぎた辺りから雨になる。全長は205キロメートル。最前列に座って写真撮影。だが船のけむりが鼻につき、皆で場所を移動する。

また途中から雨も降り出し、船内に入る。中には日本からのピース・ボートの人たちや中国人で一杯。ピース・ボートの一人は我々がものめずらしいのか、くっついてきて話し始める。話を聞いていて次第にうんざりし、その場から逃げる。その中にはまだ幼い子供を連れた人もいた。
船でソグネフィヨルルド観光。
船はソグネフイヨルドの支流のネーロイフイヨルドも観光する。だが次第に大雨になる。雨ばかりだと折角のフイヨルドの景観も見られない。晴れたり雨が降ったりして両方のフイヨルドがを見ることができた。だが雨に降られて少し肌寒い。

雪山を頂くフイヨルド、ツアー客の投げる餌を求めて鳥が飛ぶ。

午後1時 船はフロム駅到着。この駅横にある列車を利用したレストランで昼食。昼食後、駅のお店を見渡すが何も買わず。お店を出て駅の椅子に座っていた世界を一人で旅しているYuryさんに出会う。女性が一人で世界を旅する、その姿に感動する。2人で記念写真をとる。また名刺をもらう。その名刺を頼りに先日写真をメールに添付して送付する。その返事からお元気で旅をされてる様子が伝わる。また、その人と話をしてそのようにできないことへの羨ましさが募る。応援したい。人の一生は、そう、旅のようなものかもしれない。

4年前から世界を放浪中で、時々日本に帰っている。今回の旅では、ノルウエーの後、ロシアからウラジオストックまで列車に乗り、最後は中国のツアーに入って北朝鮮へ行くとも聞いている。
この駅で世界一周一人旅のYuryさんと出会う
午後2時50分 フロム駅から山岳鉄道に乗る。ここは北欧を代表する絶景列車らしく、ノルウエー鉄道の最高傑作といわれる。
途中列車を止めてショースの滝の絶景を写真撮影。
かなりの水飛沫を浴びての写す。
横から妖精が出てきたと聞いたけどこれ本当!?
午後3時45分 ミュールダール駅到着。
午後3時50分 ここでベルゲン鉄道に乗り換える。ところが、我々の席を中国人の団体が先に乗り、我々は他へ移動する。
ミュールダール駅
列車から見る風景は雪景色。
午後4時35分 ベルゲン鉄道で206のトンネルを潜り抜けてヴォス駅到着。

ベルゲン鉄道のヴォス駅
この列車内ではツアーの数人の女子組みと大笑いする。お腹を抱えて笑った。何が笑いの発端!?まるで修学旅行のように楽しかった。

午後4時50分 バスはハダンゲルフイヨルド地区に向けて出発。その途中ハダンゲルフイヨルドに面してトンネルを造成中だった。そのため道はでこぼこ。

午後5時 ホテル着。

午後7時 夕食。夕食に行く前、4階に宿泊するツアーの人からロケーション抜群とのことでその部屋を見に行く。部屋の目の前からフイヨルドが見える。そこで、小倉の2人組からフイヨルドをバックにした写真を数枚撮ってもらう。そこで今回の旅でもその人たちから「手助けをしてあげたくなる」と言われてしまった。

ヴァイキングの夕食の後は、ホテルのフイヨルドに面したガーデンに出てティータイム。桜が満開だった。だが屋外は肌寒く、しばらくして各自部屋に戻る。この頃、午後9時半。ところが部屋のトイレの水の出が悪い。部屋の相方は添乗員に部屋の交換を要求する。だが、部屋はお客で満杯らしい。どうにかシングルでダブルベッドの部屋を確保。

旅の間中、睡眠不足だった。相方はその部屋にするという、だが、ここは譲れず、シングル2部屋をどうにか用意してもらう。そしてシャワーのみの部屋でOKと言い残して鍵を受取り素早く部屋を替わる。お蔭でその日は熟睡できた。神様は睡眠不足を見届けて下さった!?

変更した部屋はフイヨルドに面していない。だが快適な部屋だった。添乗員はただフイヨルドに面していないことを気にする。とはいっても先ほどまでフイヨルドに面した部屋にいた。後は寝るだけだ。そんなことはまったく気にせず、ただ眠たい方が勝つ。

午後10時15分 シャワーを浴びて就寝。



ホテルの部屋から目の前に広がるハダンゲルフイヨルド。


2013年5月28日(火) ノルウエー・ハダンゲンフイヨルド地区

午前5時半起床 晴れ。カーテンをして寝ても白夜で明るい。だが寝不足も重なって熟睡する。

午前7時 朝食。ウエーターはやたらと日本語で話す。誰かが腕には日本語の刺青があると教えてくれる。それを写真に収める。

今回の旅では行く先々で「ありがとう」などの日本語を聞く。かなり日本ブームが起きているのだろう。ウエイターは刺青のように極真道の空手を習っており、日本へも2度来たと話していた。

ここで北欧談義。北欧のホテルでは空調設備がいいのか、まったく部屋の内・外の音がしない。そして何処も広告などの看板がない。そのためか町全体がスッキリして見える。

刺青のしてあるウエイターの腕
ホテルでの朝食中、目の前にドイツのフイヨルド観光の船が現れる。いつ入ってきたのだろうと吃驚する。かなり海の水深は深いらしい。またドイツ人は旅行好きらしく、週2回、このホテル前に停泊して陸に上がり観光すると聞く。この船の停泊するシーンはまるで絵画のよう。狭い入り江(フイヨルド)に大型客船が停泊する。それは不思議な気がした。

またホテル前には石楠花(白と赤)が今を盛りと咲いている。バスのガイドは北欧に来る1週間くらい前から木々の緑も青々とし、桜や石楠花、その他の花々が咲き始めたという。どこへ行ってもメルヘンの世界。自分が出かけた国の中では一番とも言えるほど美しい国、そう思った。だがそれとは反対に食事は塩辛いだけで不味い!
ホテル前のフイヨルドに入るドイツの観光船。
ノルウエー観光中の運転手さんは日本人と結婚し、7歳の女児がいるという。一年の半分はスペインで暮らし、後の半分をノルウエーで過ごす。バス会社を経営しているらしく、運転手兼社長さんでもある。

午前8時15分 ホテルをバスは出発してベルゲン観光へ。約150キロメートル、2時間半かけてベルゲンの町まで向かう。

途中ハダンゲルフイヨルドを散策。バスから見るフイヨルドには橋もかかっている。ベルゲンへ向かうバスの車内ではベルゲン出身の作曲家でハダンゲルフイヨルドを愛したグリーグの曲も流れる。
 
午前9時20分 バスは途中下車して撮影タイム。サクランボの木が風になびき、心地よい。

午前9時50分 スタインダールの滝を見学。この辺りでデジカメの2ヶ目の電池が消耗する。滝の上までお花畑を通って行く。近づくにつれて滝の水飛沫を浴びる。虹も出ていた。
ハダンゲルフイヨルドにかかる橋

ベルゲン市内から山を見る
午前10時15分 バスは出発し、ベルゲン市内に入る。バスの通りは桜が満開だった。ベルゲンは石楠花の町でもある。ここで湖とフイヨルド(入り江)の違いについてガイドの話を聞く。湖は草が水際まで生えている。だがフイヨルドは絶壁であり、草も生えていない。そして水は塩辛い。

午後2時25分 グリーグの家を観光後バスは出発。その後、フィッシュマーケット見学。鯖、たらなどの魚が所狭しと並べてある。そういえば、日本のスーパーで売られているサーモンや塩鯖はノルウエー産が多い。

作曲家グリーグ・ミュージアム
 
世界遺産の町ベルゲン。
向こうに見える11件の建物が世界遺産。
通りの奥の建物とあわせると72軒が世界遺産。
ベルゲンで中世ハンザ同盟時代の雰囲気が漂う世界遺産の建物を見たり、お店を物色。その後、ふと目をやるとまるでサンタクロースのような男性がベンチに腰掛けている。話をするとノルウエーの人だった。5人で写真に収まる。

夕食前、再度、世界遺産の建物付近やホテル前の公園やデパートを1時間半ほど散策。ノルウエーの現地通貨が残っている、デパートの地下でチョコレートなど購入して使い果たす。

ホテル近くの公園は花などの植えられ整備されている。花々の植え方の配色も素晴らしく見習う点が多い。またグリーグの出身地らしく像もある。芝生に美人2人が座ってアイホンを触っている。ヨルダンの女性とノルウエーの女性だった。その人たちとも皆で写真に収まる。

午後7時 ホテルでの夕食はヴァイキングでなくコース料理。コースといっても大雑把な感じの料理。いつもの如く余り食べられない。ただデザート類と果物はここでも美味だった。

午後9時半就寝。これで家に帰ってゆっくり眠られると思うと嬉しくなる。なんといっても今回の旅は寝不足が付きまとう。

また今回の旅では、滞在日数が短いにもかかわらず3ヶ国の現地通貨を両替した。その大半は夕飯のホテルでのビール代に消える。だが残りの通貨を使い果たしたい。チョコレートなど購入して使い果たす。クレジットカードの国らしく、現地通貨に替えなくても用は足りると現地へ行って初めて知る。

2013年5月29日(水) ノルウエー・ベルゲンーオランダ・スキポール空港

午前4時 起床。何故これほど早く起きねばならないのか、と思うと余計寝不足も限界に達する。

午前6時15分 朝食。

午前8時15分 バスは空港へ向けて出発。

その時ガイドからノルウエーはロシアに次ぐ油田の産出国であると聞く。空港で荷物検査の後、その日80歳になる人がいなくなる。しばらく探した後、きっと入国審査をしているとの判断で先に行くとちゃっかりと椅子に座っておられた。

ベルゲンからトランジットしたオランダの空港の気温13度。大雨になる。機内の横は唐津の女性。旅の最後になってその人自身についての話を聞く。5年前までパーチワークをしていたとか。その作品をデジカメで見る。またその人の先生は日本よりも先にアメリカで認められ、日本でもパッチワークでは有名な人らしい。全国から弟子が唐津に習いに来ているという。

2013年5月30日(木)福岡国際空港

オランダのスキポール空港から無事福岡空港に到着。空港で解散後、4人で空港内の“うどん”を食べる。やっぱり日本は醤油文化の国。外国から帰ってくると一番先に食べたいものは“うどん”やお寿司。日本食はどれも美味しい。その後は小倉の人たちと3人で空港内のカフェに入る。かなり長い間話をする。それにしても参加者は同年齢の人たちがほとんどだった。皆それぞれ人生を楽しんでいる。

北欧の旅ではツアーの人以外にも多くの人たちとの出会いがあった。その意味でも楽しい旅だった。特に世界を一人旅しているYuryさんとの出会いは印象深い。本当にいい旅だった。これからもいろんな国へ出かけよう!

2013年6月10日月曜日

プールで

今日は昨日と打って変わって太陽が燦燦と輝いている。これだと日中はカンカン照りになりそうだ。

昨日は雨の中、勇気を出して泳ぎに行く。勇気を出すといってもその時刻は午後3時前。やっぱり泳ぎに行こうと思い出かける。

中に入ると子供たちの歓声が聞こえる。大人はほとんどいない。いつもの如くクロールと背泳ぎを交互にして泳ぐ。ところが6回目辺りで他のコースの小学校3,4年生位の男児がぶつかってくる。どうもコースを外れて泳いでいたらしい。その時はクロールで泳いでいたので前が見える。だが、泳いでいる人が大人のプールにいなかった。まさかのハプニングに気付かず、すぐに足をつけて立つ。

右手の親指が男児にあたったようだ。幸い子供だったのでこちらの被害はない。だが大人だったらと思うと怖い。

横で歩いていたいつも見かける女性が声をかけてくる。そして何も声を発していないのに、その女性は係りに大きな声で叫ぶように話し始める。怪我をしたらどうするのか、救急車を呼ぶようになるよと言っている。そして一人で先に泳いでいた、とかばってくれる。もちろん悪いのは男児のほう。コースを外れて泳ぐ方が悪い。それがわかっていても声を荒げるほどのことでもない。

何も言わないから余計気になるのか、その女性は代わって係りに何度も言っている。係りから大丈夫か聞かれる。男児のほうが気になると話すと子供にも聞いていた。

子供は走り出す時と咄嗟にはブレーキが利かない。それと同じことで泳いでいても歯止めが利かないのだろう。多分、男児2人は「よーいドン」で泳ぎ始め、最初からうち1人は方向が逆のコースだったと思われる。ロープは一コースごと張られていない。スタートの位置が記されているだけだから迷ったのだろう。

訴えていた女性は以前人とぶつかって首が痛くなり病院に通ったと係りに話していた。

日曜日のプールは人が多い。だから他の曜日に行こうと思っていた。だが、思い立ったらすぐ行動したいので昨日出かけた。次からは平日に行くようにしよう。

今週は先週までと違って毎日外に出歩かなくてもいい。今日は余り練習していないフルートを吹いたり、旅の模様をブログにまとめたりしてのんびり過ごそう。今日も元気で!

2013年6月9日日曜日

浴衣etc.

今にも雨が降りそうな朝を迎える。

今日までの3日間、市内中心部では「とうかさん」の浴衣祭りが開催される。せっかくの浴衣を着始めるお祭り。雨にならないといいのだが・・・。

昨日午後、市内へ出かけるため呉からのJRに乗る。車両の中ほどが空いている。中に入るとその意味がわかった。

5,6名くらいの若い女性が浴衣で座っている。だがその恰好はまるで西洋花魁。この表現があるかどうか知らない。だがそう思えた。浴衣の帯は胸元で結ぶ。一般的に着物姿は帯は後。それが前で結ぶ大きな帯。浴衣の両肩は花魁のように両肩をさらけ出し、胸も丸見え。また髪型はアップにして大きなリボンをつける。顔は目の下に光物を並べ、指先はマニキュアをした爪にいろいろなものをくっつける。浴衣の柄は黒地に真っ赤な大きな花が施してある。

これじゃ、男性はその前に立つことはできない。

それにしてもこの恰好は浴衣メーカーではなく美容院のアイデアだろう。これこそ親の顔が見てみたい!

他には浴衣地で作った甚兵衛さんの恰好もいる。長いこと「とうかさん」のお祭りも出かけていない。かなりのカルチゃーショックを受ける。

JRを下車後は中心部の画廊に出かけて友人の作品を見る。展覧会のタイトルは「弧群展」。名前がいい。人に聞きながらやっと見つけて画廊に入る。ビルの1,2階を画廊にしている。入るとすぐに友だちの作品が展示してある。友人は7作品出品。いずれも素晴らしい!

2階に上がると男性2名からいろいろと説明してもらう。いつもながら絵画には疎い。ある人は何色かを斜めにした筆使いで描いている。これが絵画?と不思議そうにしていると係りは見るものの感性だという。そうはいってもそれが絵画とは思えない。まだまだ見る目がない!?

話を聞いていると絵画を習うようすすめられる。あり難いお話だけど、その場では返事をしなかった。

その後は、三越でメガネを受け取り、すぐにスペイン語の講座に出かける。以前10ヶ国語を話すと偉そうに言ってた人がいる。その人はもう講座に来ないのだろう。今月から姿が見えない。

今日は泳ぎに行く予定にしていた。だが、空模様があやしい。泳ぎは明日にして、今日は図書館へ行こう!今日も元気で!

2013年6月8日土曜日

広響演奏会etc.

梅雨に入ったというのに雨が降らない。今朝の地元紙を見るとその影響を嘆く記事がある。農家にとっては雨が降る降らないは死活問題かもしれない。個人的には今日も気持いい朝を迎える。

今週は旅の疲れを吹き飛ばして毎日よく出歩く。昨日は日中、家にいて夕方から広島交響楽団の定演を聞きに行く。今年度の広響は夏から秋にかけて大物アーティストを迎えての演奏会がある。そのためか、観客は以前よりも少し若返っている感じ。

昨夜の第330回の定演では“ブラームス&ラフマニノフ”と銘打ち、ブラームスのヴァイオリン協奏曲二長調OP.77とラフマニノフの交響的舞曲OP.45が演奏された。どちらも曲としては長い。

前者は広響コンサートマスター田野倉雅秋がヴァイオリンを奏でる。前列2番目の座席だった。だが、目の位置が舞台と同じ高さになる。演奏が始まる前、すぐに空席を見つけ移動する。この曲のソロを大好きな天満敦子や古澤巌が演奏したならばどんなだろう、と想像して聞く。田野倉は難しそうな曲を汗かきながらも見事に演奏する。

後者のラフマニノフの曲も美しく、いい演奏会だった。

演奏といえば、思い出す。一昨日のスペイン語でやっとジャズ・ボーカリストのヒトがわかった。聞いていたとおり、派手な人だった。何が派手といって服装や髪型が普通ではない。

着ている服はあでやかなピンクで髪は明るい茶髪。先生が名指しで質問される時、「〇〇〇先生」とその人の下の名を呼ばれたので誰だかわかった。

人前でジャズを歌うのだからいつも目立つ恰好でいいのかもしれない。いつかその人の歌を聞いてみたい。いろんなところで習うと様々なヒトに出くわす。

様々な人といえば昨日午前中、小倉の2人組の1人から写真が送られて来た。かなり枚数がある。すぐにお礼の電話をする。その中で、「会う」話になる。先日ネットで小倉や福岡までの高速バスを調べると1週間前に予約すれば一便10人ほど半額になる設定があった。

それを利用すると小倉までは広島から3時間で行かれる。これを利用しようとした。3人の日程とバス会社の空席を探してどうにかゲット。だがそれも夕方無理との連絡が小倉から入る。再度設定しなおしてまた空席をゲット。だがそれもまた後から日程が合わないと言われる。

バス会社との電話予約のやり取りや小倉の人たちの電話で夕方には疲労困憊気味。小倉の人たちには申し訳ないけど、今回のことは白紙に戻す。

ナニゴトも面倒なことが好きでない。モノゴトはナニゴトもすーっと決まる、いつもその気持で動いている。だからああだこうだと迷いだしたら振り出しに戻している。

人のお世話をコマメにする人がいる。その意味ではあり難い人たちだ。

お世話といえば一昨日の地元紙にひどい記事がある。今回はじめて利用した旅行社の記事だ。これを読んでもう利用したくない。ツアーで英国に出かけた人が空港で「頑張って帰ってきて」とヒースロー空港で置き去りにされた事件。手荷物検査の再検査で無作為に選ばれ、飛行機に乗る時間に間に合わず、後日一人で帰国する羽目になる。

我々の今回の添乗員はこれまで利用した添乗員よりもいい人だった。だから旅行社を変と決め付けたくない。だが、この事件はやはりおかしい。一人で旅行できないから添乗員付きのツアーに参加する。それが、一人取り残されてしまうとは・・・。だからか、今回の添乗員は「一人でも欠けたら帰国できません」と言っていた・・・。

これまで何度か海外に出かけている。トラブったことは一度だけある。23年半前のお正月、トルコ方面へ出かけた。その2ヵ月後父が亡くなる。これを最後にお正月は海外に出ないようにする。だから覚えている。

旅行日程が会社の休日と重なる時は内緒で海外に出かけていた。ところが、大雪のためトルコからの飛行機がオランダに到着しない。トルコ旅行といっても利用する会社は英国航空でオランダ発着だった。大手旅行社に参加した。飛行機を待つ間の1泊2日旅が延びた。その旅費の全てを観光宿泊つきで旅行社は出してくれた。そして日本の家族とのやり取りも全て旅行社が持ってくれた。

このことがあるので、旅行する際は旅行社を選ぶ。安いだけでは決して利用しない。今回の新聞記事を見て特にそう感じた。だが何度も書くけど添乗員はこれまでの中でも一番といえるほどいい人。だからそう思ってはいけないかもしれない。

ともあれ、無事に楽しく旅が出来ればそれでいい。

今日は午後から画廊に出かけて友だちの絵を見た後、三越でメガネを受取る。そして夜はスペイン語講座に出かける。それまで、スペイン語の課題の「小学校時代」についてスペイン語で書こう。

今日も元気で!

2013年6月7日金曜日

『ザ・タイガースでピーと呼ばれた男 ロング・グッバイのあとで』

梅雨とは思えないほど気持いい朝を迎える。これから本格的な夏に向かって、今の気候が続けば・・・と思ったりする。

昨日は3週間ぶりに木曜日のスペイン語教室に出かける。先生の服装もすっかり様変わりしてスペイン語をあしらったかわいいデザインのTシャツを着て講義をされる。

3回も続けて欠席すると、授業もかなり進んでいる。大学で1年弱習っていても、短期間ゆえどうしても習っていないところがある。昨日の序数や分数の言い方も大学では習っていない。また数字も大まかに習っただけ。昨日は万単位の数の言い表し方で躊躇する。

例えば20,000は日本語だと10,000×2で20,000と言い表すところを1,000×20の言い回しにする。何故そうするのか合点がいかず、先生に質問すると、10,000,000を例にし1,000単位でカンマで区切ってmilをつける。だが1,000,000はこれを1単位としてmillionとする。

数字の表示の難しさはこれ以外にもある。例えば5冊の本など量詞がつくとその名詞によって数字も男性、女性と区別する。アタマがこんがらがってしまう。やはり習うより慣れろ!?

他にもスペイン語では7月から10月までが英語と2ヶ月ズレている。その理由は英語の7月と8月がジュリアス・シーザーとアウグスティヌスの二人の名を7月8月に取り入れているため。これは知らなかった。

昨日はスペイン語教室へ出かける前、図書館で予約していた本を手にする。4冊のうち1冊は、先日TVで見た瞳みのるの『ザ・タイガースでピーと呼ばれた男 ロング・グッバイのあとで』(集英社、2011年)を一気に読む。

テレビを見ているので大体のことは想像がつく。人気絶頂の4年という短い期間、瞳は引退する。その間節約して当時のお金で1千万円の貯金をする。それを元手にして引退後翌日から定時制高校に戻り、慶応大学、大学院を卒業。その間北京大学へも留学している。

慶応と早稲田を受けて、慶応は補欠入学。早稲田の合否を待ってもしもダメだったら一生早稲田を負い目にすると感じ結果は見ないで慶応大学へ入学。

小さい頃はもとは金持ちの家だったらしい。ところが小学校時代家が破産。実母は2歳で病死。小学校時代から自活の道を歩み、新聞配達、牛乳配達などして過ごす。

同時代を生きてきてその時代がどんな時代であったかよくわかる。テレビなどなく、どの家も皆貧乏な時代だった。

我が家も似たり寄ったり。だが小さい頃、自分でお金を稼ぐ苦労はしていない。

またいつものように何点か記録すべきところを書いておこう。

「どのような事態になっても、一生自分から離れないものとは?そのように考えると、やはり勉強が頭に浮かんできた。これまでしっかりやってこなかった勉強をやろう。これは何時でも何処へでも持っていける。ともかく、勉強はしたい。僕に欠けていたものを補おうという思いが日に日に強くなってきた。」122p

そして瞳は定時制高校で学んだ中国語に目覚め、中国文学を志す。当時いや今でも高校で中国語を教えるところがそんなにあるとは思えない。だが京都府の府立高校ではそれを教えていた。

「『青春時代は死ぬ時に終わる』と今でも僕は考えている。本当に時間には切れ目がないのだ。地球が地面で繋がっているように、時間の連続が一生だとすると、何時までが何で、何時までが何であるかは、画然とはしていない。日本の四季が行きつ戻りつつ過ぎてゆくとしたら、人生の時間もそのようにたゆたいながら過ぎてゆく。」127p

「『活到老、学到老、学無止境。』(学問というものは死ぬまでのもので、これで終わりということはない。生きている限り学び続ける) これは単に学問だけではなく、その他のことにも当てはまるし、また当てはめたい。生活、仕事、愛情、趣味その他諸々に。」128p

「一九八一年八月に、僕は北京の空港に降り立った。・・・」131p

1982年から中国語を習った。瞳はこれよりも1年早く北京へ留学している。見る目がある!?

「解散後、徹頭徹尾ザ・タイガースのメンバーと会わなかったり、マスコミを避けたのは、柴田錬三郎さん一家との『もう芸能活動は一切しない』という約束と、我が家をマスコミにさらしたくなかったからだ。約束は四十年近く守り、子供は理解力も備わった年齢に達し、子供を励ます意味でも僕の過去を知らせ、お前の親父の『実像』はこうであったと、隠すことなく、ありのままを伝えたくなった。」183p

その後、同じく慶応大学の学生時代知り合って結婚した8歳年下の医師である奥さんと2008年に離婚。そして明治期の音楽と出会い、メンバーと再会し、再結成の時期が熟したことなどのさまざまな条件が整ってこの本を著す。

「これまでの人生で、随分無駄なことをしたり、無駄な時間を過ごしたと思ったりしたが、今思うと全てが必要であった。無駄なものは何もない。困難があったからこそ、今の幸せがある。遠回りをしたから今の道を発見できたのだ。思うに人生に近道も遠回りもないと。迷惑をかけ、迷惑をかけられ、人を傷つけ、人に傷つけられ、今がある。悲しみが深いだけ喜びも深い。時計の振り子のように絶望の揺れが大きいだけ感動の揺れも大きい。大きく深い喜びをありがとう。馬鹿馬鹿しいと思わないで、馬鹿馬鹿しいことを一杯しよう。歳甲斐もないと思わないで、歳甲斐のないことを一杯する。不可能だと思ったら何もできない。」191-192p

「同世代から元気を貰おう。そして同世代に元気を返そう。そんな元気が僕らの中にぐるぐると回り、それが上下の世代の刺激になってもっと活気、元気、楽しみ、喜びに溢れた社会になれば、こんなに素晴らしいことはない。先ず僕ら団塊の世代から始めよう、『隗寄り始めよ』(事を始めるには、先ず自分自身から着手せよ)の精神で、元気のある社会づくりをしたい。」193p

定年後、瞳は劇症A型肝炎と脳溢血で倒れる。特に後者は中国の昆明でダウン。その際、付き合っている中国人女性と実の姉夫妻の手助けがある。

瞳はこれまで「人生を二倍生きて、感謝感謝」と言い切る。随所に専門の中国に関する解釈も見受けられる。並大抵の人生ではなかったはず。さらりと書いている。

しばらく本とご無沙汰だった。やっぱり本はいい。元気が沸いてくる。私も頑張ろう!

2013年6月6日木曜日

「元気を出して」

毎日のようにブログの最後に書いている言葉は「元気を出して」。先ほどNHK・FMを聞いていると竹内マリアで同タイトルの曲が流れる。どんな言葉も歌になっていると驚く。この歌詞はブログに投稿することとは少し異なる。だがその底辺は同じかもしれない。

今朝は燃えるごみの日。最近はカラスに負けてしまい、家の前にゴミを出さずに近所の人が出すところまで持って行く。家を数歩出ただけなのに、戻ると我が家の狭い庭に人が入っている。誰?と思うと電力会社のヒトだった。漏電の検査で家の中のブレーカーを声に出して点検する。それが終わると外に出てメーターチェック。

朝から一仕事をした感じになる。一仕事といえば昨日もそうだった。

姉夫妻は来週、職場のOB会で旅行に出かけるという。その前に我が家にやってきて自分の娘と落ち合うという。その際、旅のお土産を渡す。お土産にはスウェーデンのノーベル賞を模したチョコレートのメダルを10枚買っていた。買うといってもわざわざその売り場まで連れて行ってもらい、並んでやっとゲットしたもの。スウェーデン・クローネは添乗員の言うまま100クローネのみ両替する。日本円で2000円。お土産を買おうにも滞在時間が短い。旅行社から言われるままに両替したものの使い道がない。

スウェーデン通貨はそのチョコレートで使い果たす。

他にも現地通貨に両替したものを使い果たしたいため、チョコレート類を購入する。それを姉達にお土産として渡す。その後は久しぶりに姪とも会ったので4人で昼食に出かける。

昼間のお店は爺婆と姪のような子育て中の若者で一杯。こうなると曜日もわからなくなりそう。

お昼を済ませると義兄だけ我が家に戻って3人でスーパーに出かける。女性3人の買い物は長くなる。久しぶりいろんなことを話して楽しく過ごす。

今日は3週間も木曜日のスペイン語を休んでいる。何が何でも行かねばならない。これから図書館で予約の本を受け取り、夜はスペイン語へ行こう。そう、今日も元気を出して!

2013年6月5日水曜日

旅人からのメール

今年の夏も暑くなるのだろう。昨日は6月はじめとしては異例の夏日になったところが多い。

その昨日。暑い盛りの午後からフルートのレッスンに出かける。今回は練習不足に加え、さらう曲も難しい。トリル、装飾音に加えてターンは8箇所もある。

あるところまで吹くと先生から丁寧に一箇所ずつさらってもらう。言われるとおりにすれば何とか曲になる。昨日は久しぶりボイスレコーダを持参して録音する。後でそれを聞いて練習しよう。

昨日、レッスンに出かける前、今回の旅で知り合った世界一周一人旅の途中のYuryさんにメールを送信する。北欧と日本との時差は7時間。夕方には返信メールが届く。元気で旅をしている様子が伺える。

先日、彼女のHPを見ると人となりが少しはわかった。また実際にノルウェーのFlam駅で話をしている。それを見て彼女と彼女の母親との確執を感じる。

若い頃、母と生きかたの違いで衝突したことがある。親は人並みの生き方を望んだ。だが、夢を追うモノにとって親の理想どおりにはなれなかった。それも今となっては懐かしい。多分、実際に自分が親を体験したならば、親と同じことを子供に話すだろう。

とはいっても若い頃、いろいろと人生について考えた。だから、今は何も考えずに生きていける。そして旅で出会ったメールのヒトの考えを誰よりも理解できる。応援したい。

その人からのメールには「Flamの駅での運命の出会いに感謝します。」とある。まだ旅の模様をブログにアップしていない。だから駅名もその人のメールで知る。

メールにはさらに、「北欧の物価が高すぎてホテル代を支払う気になれませんでした。笑 オスロからトロムソという北極圏の町で白夜を経験した後、フィンランドから南下して今はバルト三国最南の国:リトアニアで隣国ベラルーシのビザ取得手続き中。明日はベラルーシ・明後日はモスクワに入って、67から約1週間シベリア鉄道でウラジオストクまで行きます。」と書いてある。

そして自身の生き方を「“他の誰にも代わりのきかない、全力人生を” をモットーに好きに生きてます。。。一人旅をしていますが、ひとりで旅は出来ないなぁと常日頃実感する日々です。」とも書いている。

さらに「〇子さんのような好奇心を形に出来る方、とても素敵だと思います。ワタシの母にいろいろ指導して頂きたいくらい。笑」とも述べている。

一目会っただけの若いヒトから「好奇心を形に出来る」ヒトといってもらえて嬉しい。

いつも会うヒト毎に「大人しい」だけに見られていた。だがその人は実際の私を見てくれた。いろんなヒトとの出逢いがその人を賢くさせる。

誰も真似することのできないその人の生き方をこれからもずーっと見守りたい。

Yuryさん、応援します。元気でいい旅を続けてくださいね。

私も負けずに今日も元気を出そう!

2013年6月4日火曜日

歌を歌って

今日も朝は涼しい。だが予想最高気温は29度で日中は暑くなりそう。昨日も日中は暑かった。いつもより早起きをして遠くの町まで歌を歌いに出かける。

自宅最寄駅で予定していたJRに乗る。ところが他のホームに列車が入る。もしかして出かける駅までの直行便?と勘違いして列車を乗り換える。だが、それは間違いだった。

予定では歌を歌う最寄駅までJRで行くつもりだった。途中行き方を変更して広島駅で下車し、バスに乗り換える。丁度いいバスがあった。これだとバスを降りても2,3分くらい歩けばよい。

会場には5分遅れで到着。もう合唱は始まっていた。もしもJRで直行ならば15分くらい歩かねばならない。これから暑くなってくるので行きはバスに乗り換えて行こう。

会場に着くとあっちへ座れ、こっちへ座れといっては動かされ、3度目でようやく落ち着く。いろいろと気を使っていただく。あり難い!

次回はみなの前で歌うらしく、その予行演習となる。だがなんといってもそのサークルに入ってまだ2回目。何もわからない。言われるままに動くしかない。

練習を終えて会場の外へでると歌の先生から友だちとの関係を聞かれる。他の人が職場が同じと告げる。それは間違い。友だちが勤めていた大学に学生として通っていた。だから職場の仲間ではない。友だちとはスペイン語を通して知り合う。先生は友だちと高校まで同じ学校だと思われたようだ。

それにしても世の中は狭い。通っていた大学は総合大学。学生数も多いが教職員もかなりいる。そのため学部も多い。その学部の中でも地域科学を専攻する。友だちは偶然にもその専攻したところの職員さんだった。話をしていて互いにびっくりする。

2時間続けて歌を歌っているとかなりの運動になるのだろう。お腹がすいてくる。お昼はサークルの会長や副会長、そして友だちとの6人で前回食べた和食のお店に入る。

会長さんはまたもや若いヒトが入ってサークルの雰囲気が明るくなったとしきりに話される。それを聞いて友だちと「若い!?」といっては笑う。いいサークルに入れてもらった。友だちに改めて感謝、感謝!

80歳以上の人もおられる。その人たちと比べれば若い。戴いた名簿をみると近所からの人が大半。だがご高齢でも綺麗にお化粧をし、着飾って楽しそうに歌われている。見習わなくてはいけない。遠くから来ているのはピアノの先生と歌を指導される先生、それに私。

昨日は仲間のヒトからある自宅でのハープのアイリッシュ・サロン・コンサートの話や絵画の話題となる。音楽ならばある程度ついていける。だが絵画は疎い。昨日の6人の内、3人は絵画を習っていた。いつの日か、絵画も習おう。

友だちと別れた後、ドコモに電話する。名刺の支店長に電話するとOKとの返事。すぐにJRで出かけ広島駅で降りる。昨日はお客も少ない。支店長を名指して一部解約の手続きをした後、タブレットの疑問の箇所を質問する。またブログ作成の文字変換もできるようにお願いする。

だが、係りのヒトも簡単にはできない。しばらくすると出来るようになる。

家に帰ってからはタブレットに集中する。YOU TUBEもできるようになった。若者がアイフォーンなどでイヤホンをつけて聞いている。タブレットでもできた。まさにタブレットは動くパソコン。これでますますテレビを見ない生活になりそう。

旅行から帰ってから毎日外に出かけている。旅の睡眠不足もおさまった。だが何故か気分は浮っついている。それなのに、早くも次の旅行の説明会に行く旨、申し込む。早く落ち着きを取り戻し、普段の生活に戻そう。

今日は、午後からフルートのレッスンに出かける。余り練習していない。行くまで少し練習しよう。

怪我をしないよう、元気を出して、さあ今日の行動開始!

2013年6月3日月曜日

「うるさいのはいいが鬱陶しいのはいかんね」

清清しい朝を迎える。今日は朝から歌を歌いに出かけるのでいつもより早く起きる。

昨日は雨の中、フルートの先生が出演されるモーツアルトの演奏会に出かける。同じ建物内に2つのホールがある。片方はフルートフェスティバルを開催している。

演奏会のタイトルは“管楽器をともなう室内楽曲演奏会Ⅱ”でモーツアルトの曲が演奏された。会場は広くなく、まじかで演奏が聞かれる。いい演奏会だった。だがお客の奪い合いか観客が少ない。それは少し残念!

演奏後、これから合唱に出かける知人に広島駅まで車で送ってもらう。ありがとうございました。

知人と別れた後、駅前のデパートに入って食料を調達する。先日購入した石見の豆腐が美味しかった。それと刺身など買って帰宅する。

帰宅後、10日ぶりにフルートを触る。モーツアルトのK.511。きれいな曲だがYOU TUBEではピアノで演奏している。元々がピアノのための曲。それも仕方ない。

明日のレッスンまでにはまだまだ練習不足。歌が終わったら再度練習しよう。

今朝、いつも訪問しているヒトのブログを訪問すると「昨夜もそんな日だった。いつかスペイン語の先生の笑い方を真似して皆を笑わせたい。昨夜一緒に食事をした人も狂言のヒトの笑いのように先生の笑いを真似する。この教室に入って一番の収穫はスペイン語を習うコトはもちろん、教室が「明るい」こと。」と、昨日投稿したブログについて取り上げ、そのことについて以下のように書いて下さっている。

「仕事で使う言語を学ぶのは必要に迫られて、でも外国語は人生を楽しくするためのツールでもあり、置かれた時代、年齢、環境でひとそれぞれだ。Uさんは仕事を卒業して人生を楽しくするために、そしてコミュニケーションの楽しみを知的にもっと楽しみたいという欲求から、退職後新たに語学学校に通う。素晴らしいことだ。とにかく異文化の楽しみはコミュニケーションができないと得られないことが多い。そしてそこで出会う人たちとの交流もとても素晴らしいものだ。いい刺激を受けました。」とある。

いつもありがとうございます。

異文化といえば、昨日の朝刊にイスラームの女性研究者片倉もとこの訃報がある。最期まで文化人類学者だった。自身の死を見つめそれを『旅だちの記』に著わしている。これは読もう。

若くして文化人類学に目覚めていればそういう人になりたかった。もう遅い。だが自分なりに外に目を向け、異文化に触れていけたらいい。

今回の旅でもかなり積極的に異文化に触れた。ツアー最中に80歳の誕生日を迎えられた宮崎の男性。どのヒトも毛嫌いしていたらしい。それなのになにも気付かず、食事中2度ほど隣の席に座る。そして面白おかしく話しかけると変なヒトに思えない。そのやり取りを見ていた人は大笑いする。

あるとき6人がけの椅子に女性5人でその男性1人が座る。横に座って話しかけると楽しそうにされる。「うるさいのはいいが鬱陶しいのはいかんね」と男性。それを聞いて皆ドット笑う。女性5人はうるさいらしい。

この男性に話すように、すーっと誰にでも話しかけるのが特異な能力に思われるのだろうか。それが可笑しいと小倉の人たちからいわれる。別に意識して面白く話してはいない。だが、どうも顔と話しぶりがつりあわず可笑しいらしい。それもこれも人生。楽しければいい。

今日も楽しい一日を!

2013年6月2日日曜日

錯覚!?

今日は雨の一日になるのだろうか。朝から雨が降り続く。

昨日は夕方、三越で壊れたレンズを注文する。片目の破損でも両目の購入をすすめられる。視力がよくない。今のレンズよりもさらに薄いレンズをすすめられ、いわれる儘にお願いする。1週間後の受け取りとなる。

それを済ませると、スペイン語の講座に向かう。昨夜は楽しい講座だった。なんといってもペルー人の笑いが楽しい。ビルの入り口付近で「〇子さん」とたどたどしく呼ばれる。振り向くと先生だった。スペイン語で挨拶していると、上が真っ赤で下が黒い服の女性が通り過ぎる。先生の知り合いのルーマニアの女性だった。

2人の会話はスペイン語。「何故スペイン語?」と思って先生に聞く。すると「中国語、話すでしょ?」と先生。これを聞いて笑ってしまった。言われて見れば確かに日本人で中国語を話す。だからルーマニア人であってもスペイン語を話すだろう。

この際の先生の笑いが可笑しい。ここにどう表現していいかわからない。この笑いを真似すべく先生の笑い顔を見ては同じようにして笑う。もう笑いが止まらなくなる。

落ち着いたところで講座の部屋に入る。昨夜は生徒5人でいつもより少ない。旅の話を聞かれると思って家を出る前、スペイン語で短い文を作る。それを発表する。

2月にこの教室に入った時、ついていけそうにないと感じていた。ところが昨夜はその気持も薄らぎ、かなり教室のヒトと打ち解ける。発表の後、3点課題が出される。1万ドルをゲットしたら何をするか。100万円を見つけたらどうするか。あと1週間の命なら何をするか。

これをホワイトボードにスペイン語で書かれる。日本語の意味はどうにかわかった。だがこれをスペイン語で咄嗟には出来ない。頑張ろう。

講座後、そこで知り合った人と駅ビルで食事をする。この瞬間、錯覚する。

両親が健在であったころ、毎日何かを習ったり、友だちと会ったりして仕事が終わっても直帰することはなかった。母から毎日のように「今日も残業?」といわれて家を出ていた。本当の残業は長く働いてほとんどしたことがない。仕事で遅くなるのは会社の行事や組合の行事の時だけだった。その意味では楽な会社員生活だった。

そのためか、仕事を終わってからは何でも習うコトが出来た。昨夜はそのころに気持ちがタイムスリップ。完全に若い日の自分に戻っていた。

錯覚というよりも今の状況がただ両親がいないだけで、若い日の状況と似ているからかもしれない。何でもしようと思えばできる環境にある。ちょっと嬉しかった。

錯覚といえば今回の旅でもそのことで皆で笑い転げる。今回、似たり寄ったりの年齢の人が多かった。その中でも女性4、5人はかなりまとまる。それを見ていた一人参加のおっさんがなんやかや嫌味な言葉を発する。それはきっと「もしかして、もしかして・・・」だとあるヒトがお笑いのヒトの真似をする。これが可笑しい。そのTVを見ていない。だがそのおっさんは「もしかして・・・」と錯覚を起こしているのではと女性グループは大笑い。そのことをそのおっさんはご存じない!?

これほど笑った旅は初めてだと小倉からの2人組は話す。涙を流しながら笑い転げた。2人組みのヒトからは遅くなったけど福岡空港ではご馳走になりました。ありがとうございました。

昨夜もそんな日だった。いつかスペイン語の先生の笑い方を真似して皆を笑わせたい。昨夜一緒に食事をした人も狂言のヒトの笑いのように先生の笑いを真似する。

この教室に入って一番の収穫はスペイン語を習うコトはもちろん、教室が「明るい」こと。

一緒に食事をした人曰く「日本人ばかりの中にいてはいけない」。いろんな人と知り合うから外国語を習うコトはいいのだという。そうかもしれない。マンネリな生活に笑いを・・・。

今日もうっとうしい梅雨を吹き飛ばして笑って元気を出そう!