2020年11月30日月曜日

「自分を生きなきゃ、意味がない」

 先日、織田幹雄スクエアへ出かけた際、旧千葉家住宅へ行こうとすると閉館だった。月末の数日、開館の情報を知って自転車で旧千葉家住宅に向かう。8,9年前に友だちと出かけたことがある。その後に整備されて以前には見られなかった室内に入ることができた。小さいころ、住んでいた家は母が生まれた家だった。今から60年以上も前のことであり、台所には井戸やかまどもあった。当時の生活を子供ながら覚えているので古い民家の生活を特別なものとして思わない。とはいっても、旧千葉家住宅は庶民の暮らしよりも良かった家らしく、今でもこのようにして町が保存するのだろう。観光コースとして室内はきれいに整備されていた。

 千葉家住宅を見学後、自宅最寄り駅に隣接するスーパーに立ち寄る。牡蛎入りのクリームコロッケを目指して店内を歩く。あった!家では揚げ物などは料理せず、スーパーの出来合いを買っている。牡蛎が丸ごと入っているのかと思ったら違っていた。これから冬になると牡蛎フライなど食べたくなる。

 スーパーを出ると図書館へ向かう。雑誌のコーナーで「暮らしの手帖」に目が行く。この中の「私の手帖」というタイトルに小川悦子のインタヴューがある。「自分を生きなきゃ、意味がない」とも小見出しで次のように答えている。

<「よい作品には、作者自身が反映されるものを出さなきゃ、意味がない。作家は自分のために書いているのよ。それって生きることにも言えることよね」たしかに「作品」を「人生」に置きかえてみたら……。「自分を出す」とは、自分自分自身をしっかりと生きること。そうやって本当の自分に近づけば近づくほど、人は自由になれるかもしれません。だって人は、いちばん好きなのは自分でしょう。みんな、幸せになるために生まれてきたのよ。>

 この最後の言葉がいい。「だって人は、いちばん好きなのは自分でしょう。みんな、幸せになるために生まれてきたのよ」。自分の人生、もっともっと自分を大事にして幸せに生きなくては意味がない!そして元気で楽しく生き生きと生きなくてはいけない。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月29日日曜日

<新しい観光船「SEA SPICA」就航記念プラン瀬戸田でたっぷり観光~瀬戸田・大久野島・御手洗(西向きコース~>の日帰り旅

 2020年11月25日(水)、<新しい観光船「SEA SPICA」就航記念プラン瀬戸田でたっぷり観光~瀬戸田・大久野島・御手洗(西向きコース)~>と銘打った日帰り旅に参加する。個人的にはGO TOトラベルキャンペーン第6弾目となる旅だ。午前7時50分、広島駅北口ペデストリアンデッキに集合後、1度の休憩をはさんでバスは耕三寺博物館に向かう。30年くらい前に母と出かけた耕三寺は今とは違って「お寺」という感じだった。ところが月日が経つとお寺の雰囲気も以前とは異なる。

 耕三寺博物館の周辺には白亜の大理石が広がる庭園の「未来心の丘」が造られていた。耕三寺は古くからのお寺ではなく、耕三寺耕三が母親の菩提寺として昭和11年から30年余りかけて建立している。本堂は宇治の平等院を模し、孝養門は日光東照宮を模してある。今回のハイライトは「未来心の丘」。これはイタリアで活躍する彫刻家杭谷一東が設計・製作し、2000年10月に完成した大理石の庭園である。

 なぜか場違いとも思えるような白亜の庭園は5000㎡の敷地に3000トンの大理石を使って大小さまざまなモニュメントがある。
未来心の丘
未来心の丘
大理石で造られた未来心の丘
 未来心の丘まで添乗員についてゆき、その後は1時間半フリータイムだ。紅葉真っ盛りのこの時季、広い境内をくまなく回る。以前、母と来たときは未来心の丘はなく、その地は山だった。この日は行楽日和で歩き回っていても気持ちがいい。ただ、広い境内を歩くと出口が分からなくなる。道を隔てた向いに平山郁夫美術館がある。集合までの1時間足らずの時間を平山郁夫美術館で過ごす。ここの入場券は共通クーポン1000円を使う。端数はおつりがもらえない。が、早めにクーポンを使い始める。

 美術館の中に入ると外の明るさとは違って暗い感じがする。展示の文字も小さくて見えにくい.ここでオペラグラスの出番となる。以前、市内の美術館で絵を見ているとオペラグラスで見ていた人がいた。それからというもの音楽だけでなく絵を見るときもオペラグラスを持参する。これは助かった。

 瀬戸田出身の人から平山郁夫美術館へ行くように、と勧められていた。今回はちょうどいい機会となった。平山郁夫の絵は関東にもその人の名を冠した美術館がある。有名な人なのでいろんなところで見る機会があったが、やはり地元で見るとまた別の感覚がある。小さいころから描いた絵も展示されていた。やはり絵の巨匠となる人だけあって子供のころの絵も素晴らしい。
耕三寺の紅葉
耕三寺の紅葉
茶祖堂
薮内流の流祖と茶聖千利休を安置
手前の箱は茶筅箱
紅葉の色合いが何とも言えず美しい
紅葉の色合いが何とも言えず美しい
救世観音大尊像
法隆寺の秘仏救世観音を手本として造られた
耕三寺
境内の紅葉
平山郁夫美術館入り口
館内からの眺め
 瀬戸田を堪能した後は旅館つつ井でミニ会席の昼食を頂く。瀬戸内に浮かぶ瀬戸田は漁師町かどうか知らないが並んだ料理のいずれにも多くの魚介類があった。お刺身もこれが1人前というほどの量だ。サラダも魚介類を豊富に使っている。赤だしの味噌汁の具も大きな魚が入っていた。茶碗蒸しの具も魚介類だ。これで終わりと思ったら1人前ずつ豚しゃぶが出る。この辺りになるともう食べきれない。ごちそうも過ぎるともったいない。この食事場所の売店で残りの2000円分の共通クーポンを使う。買った菓子類は広島市内の菓子メーカーだった。ほかにはレモン柄のエコバッグを購入。これ、かなり気に入る。

 今回の旅の目的の1つに今年就航したSEA SUPICAの乗船がある。同じ旅行社が2つのツアー客を貸し切っての乗船だった。この日の行程を改めて記そう。

 広島駅北口🚌瀬戸田🚢大久野島🚢御手洗🚢呉港🚢広島港である。広島駅からのバスは東向きコースのツアー客が瀬戸田で船から降りるとバスで広島駅まで送る。私たちは西向きコースのツアーでこの逆を回った。お昼を頂いたお店の前が瀬戸田港の乗船場。そこから最初の寄港地である大久野島まで乗船する。大久野島は以前は毒ガスの島だった。今はそれよりもウサギの島として有名になっている。動物はあまり興味がない。が、せっかくだからとウサギを探すと目の前にいた。その日の朝刊にコロナ禍で観光客減少によりウサギの数は5,6匹しか見られないとの記事があった。少し前まではかなりのウサギがいたらしい。

 この島もずいぶん前に行ったときはウサギでなく毒ガスの島として知られていた。小さい島を自転車で一周できる。今や、毒ガスでなくウサギの島で有名となり、コロナ禍前までは海外からの観光客も多く訪れている。  
大久野島の小さいウサギ
観光船SEA SPICA
 大久野島で下船して30分ほど観光後、船は御手洗地区(みたらい)に向かう。御手洗は数年前に出かけていたが、ガイドの説明は今回初めて聞いた。御手洗の町並み保存地区をガイドと一緒に歩くが人の姿は見えない。ほとんど空き家だがこれを維持するのも大変なことのようだ。ミカンの島としても有名で「大長ミカン」(おおちょうみかん)というブランドとして知られている。ミカン山は後継ぎがいないらしく、1年ミカンをもがないと次の年からミカンは育たなくなるそうだ。

 御手洗はもらったパンフによると「江戸時代、このあたりの地勢が潮待ち・風待ちに適した天然の良港として注目されたことから、1666年、広島藩が町割りを行って御手洗が誕生しました。……」とあり、北前船や千石船の大型船が往来し港町として発展する。幕末になると兵の近代化を図った広島藩は軍艦や洋式銃を購入するため、この地で薩摩藩との密貿易を開始する。後に長州藩も加わって薩長芸軍事同盟を締結。こうして御手洗は江戸時代に繁栄し遊郭もできて100人以上の遊女もいたそうだ。その名残は今でも若胡子屋跡に残っている。
御手洗町並み保存地区
菅公の碑(菅原道真)
 
 菅原道真を崇めた菅公の碑には「我たのむ 人をむなしく なすならば 天が下にて 名おやなかさん」と書いてある。
お寺の境内の巨木
 ガイドは神社やお寺に銀杏の木が植えてあるのはなぜかを説明する。銀杏の葉は燃えにくいそうだ。落ちた葉は枯れずに長く水分を含んでいるという。今でも学校やお寺に銀杏の木が植えてあるのは火災防止にもあるようだ。
デッキから見る夕焼け
安芸灘大橋をくぐる
近いうちに姿を消す予定の造船所
 御手洗地区を下船して1時間観光後、船は広島港を目指して進む。2階に上がると穏やかな瀬戸内海もデッキでは猛烈な風が吹く。日没もまじかとなると夕焼けが美しい。愛媛県に属する今治造船、広島県側の安芸灘大橋、音頭の瀬戸、近いうち撤退が決まった造船所、そして海上自衛隊呉基地などの景色を船上から眺める。呉港に入った。広島港まで行かず、途中の呉港で下船。午後5時半、外は暗くなりつつある。はじめての呉港から呉駅までを人について歩く。ここでも最後の旅気分を味わう。

 お天気に恵まれたいい旅だった。GO TOトラベルもあと1回を残すのみとなった。最後まで気を抜かず、コロナにだけはかからないようにして旅をしよう。

 ちなみに今回の旅は広島県の支援が大きい。旅行代金24500円、国からの給付額̠̠7000円、広島県の支援金10000円、共通クーポン3000円、旅行社への支払金額は7500円と安くて楽しい旅をした。船での観光も終わりに近づくころ、広島県からのお土産としてお好みソース1本ずつの配布があった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月28日土曜日

オンラインセミナーの書類届く

  1か月くらい前の新聞にオンラインセミナーの募集があった。興味あるセミナーなのですぐに申し込む。昨日、セミナーの主催者側からゆうパックで書類が送られてきた。郵便受けに入りきらないほどの書類だ。郵便受けから取り出そうとするが手前側からはどうにも出せない。道路に出て外からゆうパックを引っ張って取り出した。

 中を見るとオンラインセミナーに関する書類はクリアファイルに10数枚はせてある。その他にはセミナーを主催する県の観光案内があった。それにしても郵送料だけでもかなりの金額だ。その上にりっぱな観光案内のパンフレットなどが何冊も入っている。おまけとしてかどうか、この時期ならではのマスクとマスク入れもあった。

 オンラインのイベントは何回か行われているらしい。先日、主催者側からこの書類が届く前に電話があった。その際、セミナーが定期的に行われているような話だった。本来ならばどこかの会場での講演会となるはずが、コロナ禍でオンラインセミナーとなったのだろう。いずれにしても面白そうな内容なのでオンラインセミナーを楽しみに待つとしよう。

 オンラインセミナーはYOU TUBEなどのように発信される動画を視聴する。だが、いつでもだれでも見られる動画と違って見るにもいろいろと制限がありそうだ。このオンラインセミナー、うまく視聴できればこれからますます年老いていくものとして家にいながら話を聞けるという良さがある。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月27日金曜日

「紅葉の閑谷学校・雪舟ゆかりの名刹宝福寺・国宝吉備津神社」の日帰り旅

 2020年11月22日(日)、<2つの国宝と雪舟が修行した古刹を訪ねる「紅葉の閑谷学校・雪舟ゆかりの名刹宝福寺・国宝吉備津神社」>の日帰りバスツアーに参加する。コロナ禍の中、GO TOトラベルキャンペーン第5段目となる旅だ。旅の参加者は20名。前回の高野山の旅ではバス車内の座席は全員が窓側だった。ところが今回はクレームが出たのかどうか知らないが連れは隣同士の座席だった。いずれにしても人数制限のため、コロナ禍前までの旅とは違って車内はゆったりしている。

 広島駅北口ペデストリアンデッキに7時20分集合。その後、一か所の休憩をはさんで国宝・旧閑谷学校へとバスはゆく。パンフなどで見るその学校は小さい建物があるだけと思っていた。ところが目的地に着くと趣が違って広々としている。2名のボランティアガイドについて観光するのだが、その日は3連休の中日であり、大安吉日とあって旧閑谷学校講堂前では大々的な行事をやっていた。マイクを通して流れる行事の音はガイドの声を消してしまうほどだった。

 旧閑谷学校は「世界最古の庶民のための公立学校」で1670年に岡山藩主池田光政によって創建された。この地を「山水清閑、宜しく読書講学すべき地」と称賛して地方のリーダーを育成する学校の設立を決めた。2015年4月に「近世日本の教育遺産群」として日本遺産に認定される。今でも講堂の床に正座して学ぶ研修生がいる。正座する際の丸い座布団が講堂の隅に置いてあった。
校門(鶴鳴門)
 校門の屋根は備前焼の本瓦葺きで棟に鯱を載せた正門である。旧閑谷学校のある地は備前焼で有名な岡山県の備前市に位置する。ということでどの屋根も立派な備前焼の瓦葺きだった。瓦はどれも池田藩の家紋である蝶の紋章である。 
備前焼の瓦葺きは蝶の家紋がある
聖廟(左)と閑谷神社(右)
楷の木(学問の木ともいわれる)
 校門を入って左手には講堂、そして真向いの建物は閑谷神社や孔子の徳を称える最も重要な施設である聖廟がある。その前の広場には楷の木が2本植えてある。四季を通して情緒豊かなこの木は学問の木ともいわれ、中国山東省曲阜の孔林から種子を持ち帰って苗に育てられたうちの2本だそうだ。紅葉の時季には美しく色づくそうだが、時季を10日ばかり逸したようで葉は散っていた。楷の木の紅葉は見られなかったが、それ以外の木は今が盛りとばかりに見事な紅い色だった。
旧閑谷学校の紅葉した樹木
公門
 学校全体を囲む石塀は765mにもおよび、300年を経た今も整然たる姿をたたえている。石塀を囲むように椿の木を植えた椿山がある。この山にはやぶ椿が400本ほど植えてあり、それには守護の願いが込められて神々しい雰囲気を醸し出している。
石塀と椿山
講堂(国宝)
 講堂は閑谷学校を代表する国宝である。創建当時は茅葺瓦もその後に改築されて備前焼瓦になった。内部は10本の欅の丸柱で支えた内室があり、その四方を縁側で囲んである。講堂の窓の形は独特で花頭窓というそうだ。講堂正面の額には池田光政による「克明徳」の書が掲げられている。「克明徳」とは「ヨクトクヲアキラカニス」の意味で『書経』にある言葉だそうだ。
講堂内に積み上げられた丸い座布団
講堂正面の篇額は池田光政による「克明徳」の書
講堂の花頭窓
 旧閑谷学校を見学後、バスは昼食場所であるレストラン酒工房独歩館に向かう。ここで旬彩プレートに並んだ酒の肴のような食事を頂く。ツアー客にはあらかじめ旅にセットされたクラフトビールが1杯ずつ付く。食事後、レストラン内の売店で共通クーポンを使い切る。と言っても2000円の金額に見合う適当なお土産が見当たらない。クーポンを使いそびれないようにとフランスのボージョレヌーボを1本購入。だが、クーポンだけでは足りなかった。

 GO TO トラベルは必ず地域共通クーポンがもらえる。それはその旅の間に使い切らないといけない。いつもながら、なんと無駄遣いと思いながらもせっかくなので使い切る。買いたいものがないときはいつもワインを購入。これで家にワインが3本たまった。

 旧閑谷学校を後にしてバスは吉備津神社に向かう。本殿は優美な比翼入母屋造りで国宝に指定されている。この日は大安吉日とあって花嫁・花婿の姿もあった。また七五三で着飾った子供たちの姿も多くみられた。
入母屋造りの国宝・吉備津神社
気持ちよく泳ぐ鯉
紅葉した境内
紅葉も彩り良く
吉備津神社の三重塔
 さらにバスは進んで岡山県の総社市にある宝福寺に向かう。この寺は中国地方屈指の名刹ともいわれる雪舟ゆかりの禅寺である。また臨済宗東福寺派の禅宗のお寺である。境内は「これ見たか」、と言わんばかりの見事な紅葉でその美しさに思わず「きれい!」と声を発してしまった!
宝福寺にある雪舟碑
宝福寺境内の紅葉
宝福寺境内の紅葉
宝福寺境内の紅葉

宝福寺
寺院内に展示されていた雪舟
 お天気に恵まれた最高の行楽日和の日帰りバスツアーの旅は楽しいうちに終わった。今年の春の桜はコロナ禍で例年ほど堪能できずじまい。だが、秋の紅葉は春の桜を取り戻すかのようにその美しさを見せつけられる。まだまだコロナは収まりそうにはない。が、近場にもまだまだ行きたい観光地はあると思いを新たにする旅となった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月26日木曜日

SEA SPICAに乗船

 昨日は<新しい観光船「SEA SPICA」就航記念プラン瀬戸田でたっぷり観光プラン~瀬戸田・大久野島・御手洗(西向きコース~>と銘打った日帰りバス旅に参加する。個人的にはGO TOトラベルキャンペーン第6弾目となる旅だ。つい最近の22日にも日帰りバス旅で岡山の備前市などに出かけている。先日の旅は9300歩、昨日は13000歩、とよく歩いた。帰りの船の最終寄港地は広島港。だが、その前に寄港する呉港で下船し、呉駅からJRに乗り最寄り自宅駅で下車、自宅に帰る。呉港と呉駅の距離感が分からない。添乗員に問うと歩いて10分くらいかかるという。暗くなって知らない道を10分も歩くのは大変、と思った。ツアー客の中に4人ほど呉港で下船の人がいると聞いてその人について呉駅まで歩く。

 呉駅でJRに乗ろうとするとホームは通勤客で人がいっぱいだ。列車に乗ると車内はラッシュ並みの混雑だ。久しく通勤列車に乗っていない。混んだ人ごみに思いやられる。ましてや歩きすぎで座席に座りたい。だが、これもしばしの辛抱と思ってあきらめる。ローカル線なので列車がすれ違う度に2分間ほどホームに列車が止まる。快速に乗ればよかったと思ったのも後の祭りで我慢を強いられる。家に着くと6時半なのにくたびれ果てていた。遊びに出かけてこれはどういうこと、と気を改める。

 疲れの一番はお腹が満腹というかそれ以上の状態にあることによる。瀬戸田の旅館つつ井でお昼を頂いた。日程表にはミニ会席の昼食とある。ところがテーブルに並んだ食事はミニ会席でなく、島ならではの魚介類をふんだんに使った料理だ。お刺身一つをとってもこれが一人前というほど量が多い。それはすべてがそうだった。それほどの量なのにさらに鍋が一人ずつつく。これは豚のしゃぶしゃぶだ。これも一人分の量ではないほど多い。

 贅沢なほどの量を頂くが全部を食べきれない。食事後に今年就航した観光船に乗る。新しい90人乗りの観光船もコロナ禍で定員の半分以下の40人が乗船する。この40人は同じ旅行社の2つのツアーが貸し切っていた。

 お天気にも恵まれて観光するには申し分ない行楽日和だ。この日の朝刊に大久野島のウサギはコロナ禍の影響を受けて観光客減少により数が減っているとの報道がある。それでも数匹のウサギを目にした。瀬戸田の耕三寺は以前、母と出かけた時とは様変わりしている。瀬戸田では2時間のフリータイムがあった。耕三寺博物館のそばには平山郁夫の美術館がある。この美術館へ一度は訪れたいと思っていた。これ幸いと入館するが、ここで目の悪さが露呈する。細かい字で説明があるが全く見えない。しまった、入るべきではなかった、と思った。幸い、オペラグラスをショルダーバッグに入れていた。お陰でよく見えて助かった。

 今年のコロナ禍の中、GO TOトラベルで出かけた旅は近場であってもいずこも初めて行くところばかりに思えてそれはそれで楽しい旅となる。しかし、旅の間隔を2日ほど開けるくらいではその日の疲れが取れないのか、昨日のようにくたびれ果てる。

 これもまあ、12月初めの1泊2日の淡路島の旅で終わりとなる。コロナ禍の中、海外旅行は出かけられなくても近場で旅を楽しんでいる。これもいい思い出となるかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月24日火曜日

にっぽん百低山を見る

 NHKのBS、「吉田類のにっぽん百低山」を見る。百名山ならぬ百低山とは、と興味を持って見た。酒場放浪記の吉田類。山登りにも造詣が深く、なかなか味のある番組だった。もしかしてこれくらいの山は登れるかも、と思える山だった。NHKの番組HPによると以下のように書いてある。

<標高329mの千葉・鋸山。東京湾からそそり立つ鋸の歯のような険しい山容からその名がついた。山中に分け入れば、垂直の岩壁がそびえ、とても低山とは思えない不思議な絶景の連続。その風景を生み出していたのは、かつて麓の集落を潤した一大産業だった。「山高きがゆえに貴からず」。低くとも魅力ある低山を、酒場詩人の吉田類さんとゲストの南果歩さんが徹底的に堪能します!>

 低山を登りきったところで話す吉田類。全部を書き留められなかったけどいいことを話していた。「山登りをやっているとネバー・ギブアップ、生きられるんですよ」。

 昨夜は1回目となる放送だった。次回の番組もぜひ見たい。地元の旅行社からなぜか登山のパンフが送付されてくる。何をいまさら登山、と思えるほどの本格的な山行きだ。行きたい気持ちはあっても登れなくては無理。ましてや昨夜の山のような低山でなく高山を登る。たとえ富士山であっても絶対ともいえるほど登れはしない。2千数百メートル以上の高所は高山病にかかってしまう。ということでにっぽん百低山はいい。頂上で飲む吉田類のビールいっぱいは美味しそうだった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月23日月曜日

「紅葉の閑谷学校・雪舟ゆかりの名刹宝福寺・国宝吉備津神社」へGO~

  3連休の中日となる昨日、<2つの国宝と雪舟が修行した古刹を訪ねる「紅葉の閑谷学校・雪舟ゆかりの名刹宝福寺・国宝吉備津神社」>日帰りの旅に参加する。個人的にはGO TOトラベルキャンペーン第5弾目となる旅だ。最近の報道ではGO TOトラベルの見直しが議論されている。その矢先に出かけた旅なのでコロナにだけは感染しないようにと注意して観光する。

 吉備津神社は母と出かけたような気がするが、初めて行く場所かもしれないほど覚えがない。出かける前までは総社市の吉備路を自転車で走った備中国分寺と勘違いしていたようだ。吉備津神社は岡山市にあり、備中国分寺は総社市に位置する。さらに神社周辺にレンゲ畑があるはずなのにそんな広い畑もない。先ほどおかしい、と気づいて調べると吉備津神社と思い込んでいたのは備中国分寺だった。ただ、どらも立派な五重塔を有している。

 吉備路を自転車で走り回ったのは自転車に乗り始めて以降のことであり、今から30数年前になる。2回ほど別々の友だちと自転車で吉備路を走った。自転車に不慣れなはずなのに整備された道を地図を手にして走った楽しい思い出がある。その頃は神社仏閣にそれほど興味はなく、ただ広々としたレンゲ畑やイグサ畑を眺めるのが楽しかった。

 ということで出かけた3か所は初めて行く場所かもしれない。吉備津神社ではこの日が吉日だったのか結婚式の花嫁・花婿姿や七五三で着飾った子供たちを多く見かけた。3か所とも紅葉真っ盛り。見事な紅葉を眺めていると思わず「きれい!」と声が出る。閑谷学校の観光は現地ガイドに案内される。ただ、ガイドは観光案内に力が入り、集合時刻に間に合わなくなるほどだった。ここに2本の「楷の木」がある。「学問の木」とも言われるらしく初めて聞く木の名前だ。この木の紅葉をお目当てにツアーに参加した人もいたようだ。が、残念なことに楷の木の紅葉時季は終わっていた。

 ツアー参加者は20名くらいだったが、どの人もかなりの知識があるようでガイドに質問をされていた。後日、今回のブログをアップするまでにいろいろと調べよう。
 
 3か所めの宝福寺。最近図書館で読んだ今年の3月号の「サライ」に雪舟の特集がある。出かける前に読んだので宝福寺へ行くのが楽しみだった。ここも素晴らしい紅葉で雪舟にちなんだお寺だ。

 お昼は酒工房酒造レストラン・独歩館で旬彩プレートとクラフトビールをいただく。ここでつくられたビールらしくとても美味。ビールは初めから旅の費用に組み込まれていた。もらった地域共通チケット2000円を使い切らないといけない。どう見ても使えそうな観光地がない。お昼のレストラン売店でこの地のお土産とは全く関係のないフランスのボージョレヌーボ―のワインを購入する。これは2000円をオーバーした。

 あと2回ほどGO TO トラベルに便乗する。いただく共通チケットはありがたいことなのだがこれを使い切るのも大変。先日の高野山の旅では11000円分のチケットを菓子類のお土産に消費した。この時買ったお土産を1箱ずつ日本画教室のティータイムに出している。次回もまだ買ったお土産を持参するつもり。このチケットもGO TO トラベルが終了すればもらえなくなる。とりあえず、近いうち出かけるあと2回の旅でこれも終わりそうだ。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月21日土曜日

ああコロナ!

 あと3回ほどGO TO トラベルの利用を予定している。ところがここに来てコロナ感染者が増え続ける。広島県内は大都市ほど新規感染者は顕著でないにしても、これから出かけようとするところのコロナ感染が気になる。2,3日前までは旅の宣伝を見るたび、来年の1月の旅も行こうかと迷っていた。この期に及んですでに申し込み済みの3件で旅はしばらくお預けになりそうだ。

 今朝のニュースを見ると最大手の旅行社であるJTBは1000億円の赤字となるとか。会社の規模を大幅に縮小し、社員の数も減らすという。究極は賃金を7割にまで減らす、との報道もある。

 どんな企業も10年は好調さを維持できないと聞いたことがある。大手企業に勤務していてもいつどこで誰がコロナ禍でこういうひどい目に遭うと想像しただろう。自分自身は仕事を離れて久しく、遊んでばかりの日常だ。これも少しは金銭を伴う遊びなのでほんのちょっぴり社会貢献をしている、と言えるかもしれない。が、これくらいでは社会はまわらないだろう。

 何はさておき自分のことは自分で守らないと誰が助けてくれようか。せめてGO TOトラベルで出かけてもコロナにだけは感染しないようにしないと遊ぶ楽しみがなくなってしまう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月20日金曜日

地元紙文化欄「生きて」から

 地元紙文化欄「生きて」の掲載が今日で終わった。宇宙物理学者であり僧侶でもある観山正見氏のインタビューにもとづく15回の記事である。以前にもこの人のことを取り上げた。一昨日の記事に面白い掲載がある。記者が観山氏に問うている。

★権力とはどういう力か――。「権」の字には「仮に」という意味があり、権力とは「仮の力」だというのです。では対義語は何か。それは「実力」です。権力を持つと自分が偉くなったように思うかもしれませんが、それはあくまで仮の力であり、必要なのは実力なのだと。

 2006年、観山氏は国立天文台長になった。そのとき「台長という仮の力を借りて決断や指示を下すわけだが、そこに実力が伴っていないと組織は揺らいでしまう。確かな力で相手を説得し、理解してもらう権力者にならなければいけないと教えてもらいました」と話している。

 権力として使われる言葉に「権力を笠に着る」がある。ネットで調べるとこれは「権勢のあるものをたのんで威張る」という意味らしく自分を守るものというたとえで使われているようだ。これはやはり「借りの力」で実力ではない。

 最終回の今朝の記事にもいいことが書いてある。

★人間という存在は宇宙のほんの一部にすぎず、大きな自然の力によって生かされている。自我に執着せず自然の流れに身を委ねることができたら、心穏やかに過ごせるでしょう。

 その答えとして「私たちは小さいけれどとても貴重な存在です。下を向くと気持ちが内向きになるばかり。ときどき星空を眺めましょう。星空の向こうに大宇宙があります。私たちは宇宙の始まりとつながっていると想像してみてください。悩みや苦しみを少しだけ横に置くことができるかもしれません」と。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月19日木曜日

お墓参りetc.

忠魂碑

  母の月命日の昨日、お墓へ参る。気温は22,3度と暖かく上着はいらない。途中の道では皇帝ダリアがピンクの花をつけている。墓地から下を眺めるとかすんでいる。お参り後、あまりにも気持ちいいのでお宮を経由してきょろきょろしながら歩を進める。鳥居付近に大きな碑がある。数メートルの一枚岩でできた大きな記念碑だ。近づくと碑の手前の左右に勲二等〇〇〇〇と名を刻んだ石柱がある。気づいた!友だちのお父さんの名だ。碑の道をはさんだ前には今は入れない防空壕がある。

 小学校時代の同級生に3,4年前、ひょんなことから合わせてもらった。その同級生は神童と言われたほど優秀な人だった。その人の父親は子供のころは町の教育長。その人の碑だ。先ほどネットでこの碑に記された名を検索すると、ずらーと項目がある。海軍出身らしく、勲二等が授与されたのはそのことにあるようだ。最近、旅で知り合った人も紺綬褒章を受章されたとその方のブログで知った。

 勲章や褒章は自分自身とは何の関係もないお話だが実際にこういう人は身近にいるんだ、と思った。そして一昨日の織田幹雄スクエアで見た織田幹雄の辿った歴史や、両親が生きてきた時代は第一次世界大戦や第二次世界大戦を経験している。碑の人はそれより前の日露戦争も経験されているだろう。

 なぜか近代に興味があるものにとって日露戦争から第二次世界大戦までは身近に思えてくる。司馬作品にハマるのもこういったことと関係ないとは言えない。友だちから時に一斉メールが送られてくる。ご自身の親類縁者や知り合いに送信されるメールだ。友だちはある信念を持っている。お父さんの経歴からそういう考えになるのだろう。基本的には自分自身もその考えに賛同する。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 ブログ投稿後に思い出す。友だちのお父さんとは小学校低学年のころ学校からご自宅を訪問して一度だけ会ってお話を聞いている。今となっては残念ながらその内容は思い出せない。

2020年11月18日水曜日

織田幹雄スクエアへ行く

  自宅最寄り駅界隈の観光案内に今年になってあらたな箇所が加わった。駅を利用するたびに気になっていた。昨日午前、プールに行くのをやめてその場所に行く。そこは織田幹雄スクエア。織田幹雄は三段跳びの日本人初のオリンピック金メダル受賞者である。この隣接地に旧千葉家住宅がある。ここを目指して織田幹雄スクエアに向かう。あった!想像していたよりも大きなりっぱな建物だ。3階建てで駐車場も広い。自転車を止めて恐る恐る会場に入る。受付で目的を告げると2階だという。受付の反対側に人がいる。そこは何?と問うと体育館とのこと。屋内体育館のようだ。

 2階へと向かう。誰もいない。織田幹雄は小さいころから母から聞いて知っていた。織田のみっちゃんと母は怪我をしてから特に子供のころの話をしてくれた。私とは違って母は子供のころから運動神経抜群だったらしく、県内の陸上競技に出場していた、と自慢気に話してくれた。リレーが得意だったらしく、スタートやバトンを渡す動作をして嬉しそうに語っていた。

 織田幹雄の成し遂げた功績の展示がある。母より10歳年上で同じ尋常小学校の卒業生だ。先ほどネットで織田の出身小学校を調べた。自分自身が卒業した小学校の校歌にその小学校と同じ地名が出てくる。明治や大正時代の小学校は今のように各町にあるのでなく何か所かの町に1つだけ小学校があったようだ。ということで織田幹雄も母も同じ小学校の同窓生になる。

 帰りがけに再度受付によって織田幹雄スクエアのすばらしさを話す。この記念館は4月1日にできたばかりだが、コロナ禍で6月まで休館だったそうだ。道理で真新しい建物だ。隣の千葉家住宅を見ようとすると開放日が決まっていて昨日はダメだった。もらったパンフによると神保の宴と称して今月末から来月初めにかけて様々な催しがある。

 近くにいても隣町は町制を敷き、住んでいる地域は市内になる。町と市の違いでその情報が全く聞こえてこない。それでもプールなど隣町を利用している。我が町の周辺の町はどこも町制だ。どの町も市に合併すれば、と思うけどそうとも言えない利便があるのだろう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月17日火曜日

ソフト仕上げ剤投入口

  暖かい朝を迎える。朝から窓を開けていても全く寒くない。今週は連日この暖かさのようだ。全自動洗濯機を使っている。2、3日前、洗剤の投入口とは違うソフト仕上げ剤投入口を見ると以前のものが固まりになっている。その上にカビが発生したのか黒ずんでいる。手で除こうとするが投入口の中まで手が入らない。昨日もそれにこだわる。その個所を触っていると投入口が外せた。機内で持ち帰ったプラスチックのフオークでこすって固まった柔軟剤を水で洗い流す。カビは歯ブラシで流した。

 夏のあいだは柔軟剤を使わなかった。長く使用しないとこういう結果になると思い知らされる。きれいになった投入口を昨日からは閉めず、使わないときは開け放しておくことにした。洗濯機も使用後はふたを開けたままにしている。そうしないとカビが発生する元になる。

 日常使用する洗濯機やお風呂、トイレ……と何から何までそれに対するメンテナンスが必要だ。換気扇や電球1個をとっても買ったはいいが後のメンテが大変。今回、洗濯機に振り回された。

 話は変わって、消せるボールペンがある。これは0.5mが多い。これよりもっと太いのはないかと、ネットで検索すると同じメーカーの製品で1mのがあった。先日、生協に行って1mのを探すが目に入らない。0.7mがあった。0.2m違うだけで大分太くなる。これを購入。もともと筆圧が少ないためか元気な字に見えない。少しでも太ければ字も太くなり元気な字が書けそうだ。1mの消せるボールペンは街中に出たときに探すことにして……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月16日月曜日

ダグニーさんのブログ

 108歳のスウェーデンのブロガー、ダグニー・カールソンさんのブログが9月17日を最後に更新がない、と思っていた。もしかして病気?と1人心配する。昨日、気になってダグニーさんのブログを見ると画面は同じだ。あれっ、もしかして段落が変わった?と思い直す。これまでは26番目の段落だった。それが一杯になったのか新たに27番目の段落がある。そこにブログが引き継いでアップされていた。病気でなく、お元気な姿のブログのアップがある。

 約2か月、ダグニーさんのブログを見ていない。先に戻ってザーッと目を通す。だが、今朝のアップはなかった。ともあれお元気なようで何よりだ。

 暖かすぎる朝を迎える。部屋の窓の大半を開けても全く寒さを感じない。日中は気温も上がりそうだ。この1週間は21,2度のお天気が続く。プールに、と気もあせる。だが、先日の高野山の旅と帰ってきてから連日のように動いていたことで今になって疲れが出るようだ。あと1週間もしないうちに次々とGO TO トラベルが控えている。今週はあまり出歩かないようにして体力を温存する!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月15日日曜日

石段を描く

  出かけた先の神社かお寺で銀杏が舞い散る石段の写真を撮った。これをサムホールに描いて本画にしていく。昨日の日本画教室では先生にもらったサムホールにまずは地塗りする。何度かパネルに塗った後、先生から最後の地塗りの色を石段の色にと教えてもらう。地塗りしては乾かして地塗りしていく。地塗りの色が明るい色でないため転写のカーボン紙をピンクにすると白っぽい色に転写できた。

 昨日の教室はこれでおしまい。というのも、昨日は1年くらい教室を家の都合で休んでいた人が突如顔を出される。お土産持参で来室された。しばし、手を止めて皆で話が弾む。この1年、大変な日々を過ごされたようだ。来月から教室に復帰されるとのことでまた元通りのにぎやかな教室となる。楽しみだ。ともあれお元気な様子でよかった。

 小春日和の穏やかな日が続く。明日からはさらに暖かい日となるようだ。胡子講ももう近い。若いころの胡子講の時季は雪が舞っていた。今ではそれも信じられないくらい暖かい。今や胡子講はどこ吹く風で、行きたいとも行こうとも思わない。何もかも無感動になってはいけない、と自分に言い聞かせ……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月14日土曜日

絵葉書が届く

  某会の会報に載せてもらったミャンマーの旅行記。ミャンマーに出かけたのは今年の1月始め。それから10か月が経過する。昨日、ミャンマーに同行して会報を見てくださった人から絵葉書が届いた。それを見て一瞬「誰からの絵葉書?」と思ったほどびっくりして読んだ。ミャンマー旅行記は2か所ほど旅のこぼれ話というかエピソードを入れている。その際、取り上げた人たちの名前を記事に載せた。それがよかったのかどうか、記事をほめられる。その後で「特にこぼれ話その1は笑いながら読ませていただきました!」とある。読んでもらうだけでありがたいことなのに、笑って読んでいただけてうれしい限りだ。

 絵葉書はスイカの赤い部分を牡丹の花のイメージにくりぬいてある。これは絵なのか彫刻(?)になるのかはっきりしない。いずれにしても器用な人に違いない。この人とも某会のツアーで何度か旅をご一緒した。絵葉書の最後に「楽しい旅でした。来年ぜひ行きたいですね」とある。このご時世、国内はまだしも海外は怪しい限り。それでも気持ちだけはどこかへ行こう、と思わないと元気が出なくなりそうだ。

 近いうち、岡山と瀬戸内の日帰り旅に出かける。昨日、旅行社から岡山の旅の最終日程表が届く。GO TOトラベルの情報を見て考えもせず申し込んだ旅である。岡山の旅のうちの1か所は来月の泊りの旅でも行くことになっている。行先全部が被るわけでもないのでいいことにしよう。

 GO TOトラベルに便乗して簡単にバス旅に出かけている。このバス旅を利用し始めたのは割と最近のことで7,8年前からになる。バス旅初心者のころはついつい海外旅行の楽しさと比べて物足りなかった。というか、海外よりもバスに乗るのにくたびれた。バスはどうも……と思ったはずなのにいつの間にかハマっている。これも気軽に行きたい場所へ行ける所以かもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月13日金曜日

プールへGO ~

  朝夕と日中の気温差が激しい。朝起きた時点ではプールへ行こうと思わなくてもお昼前後の陽気になると俄然泳ぎたくなる。昨日はプールの休館が終わって泳ぎに行く。プールのある施設に入ると受付にまたも張り紙がある。ましてやその周りに人の気配がない。今日もプールは休館?と思ったら係が体温を測りだす。休館の張り紙はまだ先のことのようで、とりあえず昨日は泳ぐことができた。コロナ禍で例年のように週1回、泳げなくなった。先日のプールの休館はコロナ禍でなく工事のための休館のようだ。

 久々にプールに入ると水は温い。だが、一か所だけ大量の水が流れている。その個所は浅いプールにある。25m泳ぐたびに冷たい水が気になりだす。愈々気になりだすと深い方へ移動する。泳ぐ人は3,4人しかいない。そのうち2人が深い方で泳いでいる。それもうまく泳ぐ人だ。仕方なく浅い方に移動する。やはり、冷たい水が流れてくる。ここは25m先まで行かず、23,4mで泳ぎをやめてターンする。こうすると冷たい水に近づかない。

 プールから出ると真冬でもないのに寒すぎる。コロナ禍を考慮して窓を開けて空気を入れ替えているのだろう。泳いだ後はいつもなら鼻水が止まらなくなる。だが、昨日は鼻水も出ず大丈夫だった。鼻水も風邪と関係がありそうだ。泳いで風邪をひいてしまったら本末転倒。何のために泳いでいるのかわからなくなる。

 更衣室を出ると声を掛けられる。「レモンが実っている家でしょ?」「小さい木なのにたくさんなっている」と言われる。高校の同級生の妹さんだった。「兄は泳ぎに来ません」とも言っていた。10数年前、我が家と同じ道沿いの奥に同級生が家を建てた。母を介護していた時で車いすに乗せた母を外に出していた時、声をかけられた。同じ高校の同級生といってもクラスは違うし、ましてや男子高校生。接点はなかった。介護する姿を見て声をかけてくれたようだ。

 レモンの話しついでに実ったレモンをあげるといえばいいものを、今年は三次の友だちに会った際、大半を持参して今は木に数個残っているだけ。あげようにもあげられない。

 今日は最高気温22度になるとか。この先も暖かい日が続きそうだ。今夜は広響定演の日。会員なので聞こうと思えば聞きに行ける。だが、聞きに行く気が起きない。演奏者もコロナ禍で予定通りではない。外国からの演奏者の来日が困難とあってはそれも仕方ないことだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう! 

2020年11月12日木曜日

ミャンマーの旅の記事

  今年のはじめに某会で出かけたミャンマーの旅。その会報にミャンマーの旅の記事を載せてもらった。自分で書いた記事でも1年近い月日が流れると何を書いたか忘れている。改めて読み返した。この旅の真っただ中ではコロナも予想さえしなかった。ところが帰国後、コロナの話題が沸き起こる。ある人の話によると2024年ごろまでは海外旅行も無理らしい。3,4年先のことは考えられず、その間は国内の旅を楽しむほかなさそうだ。

 昨日朝、某会の会長から電話がある。総会に掲載の記事のお礼だった。お礼を言うのはこちらの方で申し訳ない。しばらくはこの会からの集いや遊びもできそうにないらしい。海外が無理なら国内を、と提案したけどそれもコロナで簡単ではなさそうだ。会長曰く「知らない人のツアーに参加するのも楽しいかもしれないが、よく知ったこの会の仲間との旅も楽しいもの……」。本当にそう思う。昨夜、この会から何度出かけているか調べると海外ツアーに2013年から6回くらい参加している。

 会では2,30年前から海外旅行に出かけられているようだ。この会での海外旅行も個人的な海外旅行もこれから数年近くは行かれそうにない。その間、どんどん年老いていく。そう思うと寂しい限りだが、せめて今日一日は楽しく過ごしたいものである。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年11月11日水曜日

「高野山・熊野三山と伊勢神宮両参り3日間」の旅

  2020年11月3日(火)から11月5日(木)までの3日間、「高野山・熊野三山と伊勢神宮両参り3日間」の旅に参加する。高野山は初めての場所だが、熊野三山と伊勢神宮へは2年前にも出かけている。ナニゴトも初めてのモノ、コトは興味津々で勇んでGO TOトラベルに便乗する。

 第一日目 11月3日(火)

 旅の朝は早い。4時半起床で6時40分に広島駅新幹線口に集合する。旅の参加者はコロナ禍で人数制限があり19名が参加。新幹線のぞみに乗車後、1時間半で新大阪に着く。ここから帰りの新幹線に乗るまでの3日間、バスの旅が始まる。新大阪駅からくねくねした山道をバスに揺られて世界遺産、高野山奥の院に到着する。途中、串柿の里の道の駅で休憩をはさむ。高野山奥の院は空海が御入定の聖地だ。まずは高野山専属のガイドに真言宗の題目、「南無大師遍照金剛」を教わる。弘法大師空海の御廟へはこの真言を唱えてお参りする。

 もらったパンフによると海抜900mに位置する高野山は開創以来1200年以上にわたって庶民の強い信仰と支持を集めているという。それにより宗派にとらわれず、あらゆる階層の人々の心の憩いの場、魂の安息所として発展し、今日のような一大仏都をなすに至っている。参拝者は年に100万人を超えるとか。

 バスが奥の院に着くまでの道中、道が車で大渋滞となり、奥の院へは3時間で到着の予定が40分遅れの到着となる。専属のガイドの案内で道中の遅れを取り戻すかのように急ぎ足で観光が始まる。山の上にある聖地は誰が切り開いたのだろうか、というほど広く、その面積はなんと33万坪の一大盆地をなしている。コロナ禍の中でもこの広い聖地に観光客があふれかえる。山で迷い子にならないようにとガイドについて歩く。空海の眠る御廟は撮影禁止。奥の院への道には各宗派を超えた諸大名の墓石群が並ぶ。韓国の墓もあった。先日亡くなったジャーニ―北川の墓もガイドから教わる。だれかれとこの地にお墓を建てることができないらしく、ガイドによると各寺院で墓地を管理しているという。そのためかお寺だけでなく鳥居もあった。私たちは広島からの観光客なので浅野家のお墓をガイドに教わる。

浅野家の墓地

奥の院は今が紅葉の見ごろだった

 弘法大師空海の御廟を参拝後、弥勒石のある祠に行く。小さい祠の前で若者の行列ができている。ガイドは私たち全員に弥勒石を触らせようと並んで順番を待つ。ネットによると弥勒石(みろくいし)とは「和歌山県の霊場高野山の奥の院の御廟の橋を渡ってすぐ左側の中にある祠に納められた石。祠には、片手が入る小さな穴があり、触れると弥勒菩薩の御利益があるという。さらに、持ちあげると願いが叶うといわれている」そうだ。

 丸い穴に右手を手首まで突っ込んで弥勒石を持ち上げようとするが、持ち上げるどころかころがすことさえできない。必死で持ち上げようとすると石が動くたびにドスン、ドスンと大きな音が辺りに響き渡る。
紅葉がきれい!

奥の院の大杉林(和歌山県天然記念物)の杉

空海の眠る御廟への道
 1時間余りの高野山奥の院の観光を終えて精進料理の昼食を食べにレストラン楊柳に向かう。朝、4時半起床で5時過ぎに朝食を食べたのでお腹もすいてくる。途中、持参したパンを車内で食べたが、それでも車で移動するとお腹がすく。添乗員は夕食も遅いので出てきた料理は残さず食べるようにと促す。ましてや精進料理。お腹がいっぱいになるほどの量ではないが、おいしくいただく。食後の観光からはガイドが交代した。

 御廟から金剛峯寺に抜ける道は紅葉真っ盛りの蛇腹道。その道を通り抜ける。
中門

正門は金剛峯寺で最も古い建物

金剛峯寺

金剛峯寺

金剛峯寺の石庭である蟠龍庭
 
奥の院から金剛峯寺を結ぶ蛇腹道

朱塗りの根本大塔

 金堂
 総本山金剛峯寺は大主殿をはじめとして10くらいの建物があり、そのすべてが壮大であり、美しい。金剛峯寺本坊の最も奥まった囲炉裏の間には先月16日から公開中の千住博画伯奉納による金剛峯寺障屏画である「瀧図」と「断崖図」を見ることができた。もらったチラシによると「その静謐が流れ落ちる瀑布の轟音を吸い取り隣室のそそり立つ崖の行きつく先に開けた空間が人間に希望を与えてくれます。……」とある。今回、この絵を見る機会を得て幸いだった。

 この日の高野山の気温は10度。低い割にはお天気に恵まれて行楽日和となる。途中、紀州梅の里なかたで共通クーポンを使いだす。紀州田辺のホテル、ホテルハーヴェスト南紀田辺まで途中、1回の休憩をはさんで3時間ほどバスは走る。朝早い起床と乗り物と観光で旅の初日はくたびれ果てる。宿の部屋は広く、朝起きてみるとロケーションも素晴らしい。夜は会席膳のおいしい料理をいただく。食事後ホテルの売店で共通クーポンを使ってお土産を購入。クーポンを使って一安心し、露天風呂に入ってこの日の疲れをとる。ぐっすり眠った。

 第二日目 11月4日(水)

 目覚めると昨夜は気づかなかった宿からの眺めが素晴らしい。窓から見えるは伊勢湾!?すぐに部屋から外に出てホテルの周りを歩くと吹く風も心地いい。空を見上げると日差しの中にお月さんも顔を出していた。

 朝食はビュッフェ形式だが、各自両手に手袋をつけてトングなど使って料理を取る。このやり方もコロナ禍での知恵かもしれない。

ホテルの部屋から見える伊勢湾!?
 ホテルを8時に出発してバスは熊野三山の観光に向かう。2年前に同じ旅行社で訪れているとはいえ、観光のやり方もその時その時で異なる。まずは古式ゆかしい雰囲気の漂う熊野本宮大社へ。前回、知らずにいた八咫烏(やたがらす)を今回初めて知った。熊野本宮大社のHPによると八咫烏について次のように書いてある。

★八咫烏とは、当社の主祭神である家津美御子大神(素盞鳴尊)のお仕えです。日本を統一した神武天皇を、大和の橿原まで先導したという神武東征の故事に習い、導きの神として篤い信仰があります。八咫烏の「八咫」とは大きく広いという意味です。八咫烏は太陽の化身で三本の足があります。この三本の足はそれぞれ天・地・人をあらわす、といわれています。
コロナ禍のご時世、マスクをつけている
 ほかにもおがたまの木、を初めて知った。一円玉の裏にある葉っぱの模様がこの木に由来する。
おがたまの木

おがたまの葉

熊野本宮大社
両脇の幟に八咫烏が描かれている
 熊野本宮大社を参拝後、熊野那智大社に向かう。熊野三山へのお参りはどこも石段道で足元に気を取られる。さらに急な坂道を歩くと息も激しくなる。熊野那智大社に向かう道のそばを熊野川が流れる。この川に降りたくなるほど美しい川が流れている。
熊野川
 前回の旅と比べるのもよくないが、今回は前回ほど歩いていてきつくない。なぜと思ったら、熊野古道に一部残る大門坂を今回は上るのではなく、下って歩いた。バスの駐車場の加減でそうなったようだ。それと、この時だけはショルダーバッグをバスにおいて、ナップサックをリュック代わりに背負って歩いた。荷物が少なくて楽だったのかもしれない。那智の滝を見学後に青岸渡寺に参る。そこから歴史ある佇まいの石畳の道である大門坂を下った。いずれにしても2年前と今回の2回の旅で熊野古道の一部である大門坂の上りと下りの両方を歩くことができた。
那智の滝

熊野那智大社
 朱塗りの三重塔が美しい熊野那智大社や青岸渡寺のある境内には大きな那智の樟(くす)が植えられている。樟の木は巨木の根元の中が空洞になっている。その空洞に入る見学もあったが入らずに外から眺めた。
那智の樟

赤い実をつけたマムシグサ

大門坂までの熊野古道を歩いて下りた
 熊野那智大社から大門坂辺りまでに昔の装束を貸してくれる茶店がある。貸衣装代は1人3000円と安い。この日は数人がカメラ教室の勉強会で衣装を着けてモデルとなっていた。中にはかなり年の人もいた。
昔の装束でモデルになっている

上ったり、下りたりする大門坂
 熊野古道を歩いた後は荘厳な朱塗りの本殿の熊野速玉神社に参拝する。入り口には皇室ゆかりの神社らしく金色に輝く菊の御紋が光っていた。お昼は那智ねぼけ堂というお店で海鮮ひつまぶしの昼食をいただく。初めていただく味で最初は海鮮丼の感じで食べて、あとで茶碗にだしを加えてお茶漬けのようにして食べると教わる。速玉神社の境内は広く、観光を終えた道にはお土産を売る露天商の人たちが並ぶ。ミカンも1袋100円で売っていた。ツアーのン皆でミカンを購入。有田ミカンはおいしい。この年老いた露天のお店もGO TOトラベルのクーポンが使用可能だった。露店組合がまとめてクーポンを管理するのだろうか。なかなかの商売上手だ。
熊野速玉大社

皇室ゆかりの菊の御紋

 旅の2日目の宿は伊勢・的矢にあるホテル&リゾーツ伊勢志摩で午後6時前に到着。このホテルも夕食は会席膳。だが、おかしなことにコロナ禍対策なのか1人参加はまるで窓際族のように暗闇の窓に向かって座る。なんか変、と思って食事をいただいた。この日も露天風呂に浸かってぐっすり眠る。

第3日目 11月5日(木)

 この日の出発は観光地の駐車場が早くあかないらしく8時50分出発となる。朝食を食べに席に着くと前夜と同じ向きで座る。目の前は夕食時とは違って眺めがいい。それでこう座る、とやっと理解できた。まずは二見輿玉神社や夫婦岩を観光する。以前に来たこともあって何の感慨もない。そういえば母や姉妹家族とも来ていた。めおと横丁で使える100円分のお買物券を受け取るが買いたいものがない。これは人にあげた。真珠店にも立ち寄る。ここも以前に来たお店だ。共通クーポンは残りわずかで真珠を買える金額ではない。ましてやまったくこういった貴金属に興味がない。外に出て辺りを見渡していると白い蝶がただ1か所だけ舞っている。近づいても逃げようとしない。久々に蝶を見て写真に収める。

白い蝶
 伊勢神宮にバスは向かう。外宮・内宮とも以前に3度来ているので何の感慨もない。ただ、何度か来ていてもその時々で観光のやり方が異なる。今回は両宮とも菊花展をやっていた。さすがに本場の菊花展(?)と思わせるほど素晴らしかった。観光の合間に写真に収める。

外宮の菊花展

五十鈴川御手洗い場

五十鈴川にかかる宇治橋
 外宮・内宮の両宮を添乗員について観光後、午後3時過ぎまで自由観光となる。以前もおかげ横丁に来ている。修学旅行生や若者であふれかえるおかげ横丁。ここにはコロナ禍がどうよ、と言わんばかりにどの人も楽しそうにお土産を買っている。修学旅行生も共通クーポンをもらっているのだろう、お店の前に行列ができている。行列には並ばず、伊勢うどんとてこね寿司を探す。おかげ横丁に入ったすぐそばに美味しそうなお店があった。この両方がセットになって1400円。ツアーの3人でお店に入る。伊勢うどんはしょうゆ味で濃い味だ。うどんはやっぱり讃岐うどんよ、とは思っても口に出せず伊勢うどんを食べる。そして、てこね寿司もいただく。どちらも濃い味だった。この2つは初めて食べる。

 伊勢を後にしてバスは新大阪へ向かう。新幹線乗車まで新大阪駅構内でちょっぴり自由行動となる。集合場所近くのカフェに1人入ってサンドとコーヒーで一休み。もう立っていたくないほど足が棒になっている。初日、2日目と万歩計は1万歩近い。旅の最終日は1万7千歩と歩きすぎだ。カフェで飢えた子のようにサンドをがぶりとかぶりつく。ところがなんと石をかじったような音がする。せっかく歯科通いをしたのに……、と一瞬頭をかすめる。歯が折れたのかと思った。そうではなくて食べたサンドがライ麦入りの食パンで豆か何かの硬いものも入っていたのだろう。石のように固いものを口から出す。歯は大丈夫だ。ほかのサンドは怖くて食べられない。パンにはさんであるものだけを食べた。
おかげ横丁参宮亭での伊勢うどん
てこね寿司

 慌ただしくよく歩いた旅は終わった。今回の旅で少しは以前の旅心を取り戻した気がする。まだまだ元気で歩けると気をよくした旅となった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 メモとして今回の旅費1名参加は74000円。国の給付額は25900円。支払った旅費は48100円。もらった共通クーポン券は11000円だった。宿泊のホテルもよく、食事付きの旅。初めて出かけた高野山。次に行く機会があればもっとゆっくり観光したい。