2012年12月7日金曜日

「希望正如地上的路」

今日も冷たい朝だった。最低気温0度。この寒さも当分続くのだろうか。東日本では爆弾低気圧とかで、突風が吹き荒れている。

先ほど講義を終えて帰宅。講義前、隣の女性と話していると昨日は大学辺りでも雪が降ったと言う。住んでる町と大学ではかなりの気温の差が感じられる。

さて昨日のこと。昨日届いた岩波書店『図書』12月号に「希望正如地上的路」と題して大江健三郎が魯迅の言葉を引用する文を書いている。

この魯迅の言葉は知っていた。だが、中国語での言葉を正確に覚えていない。ネットで検索したものをここに改めて記そう!

「希望とは、もともとあるものだとも言えないし、ないものだとも言えない。 それは地上の道のようなものである。地上にはもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」

「希望本是无(無)所谓(謂)有,无(無)所谓(謂)无(無)的。这(這)正如地上的路;其实(実)地上本没有路,走的人多了,也便成了路。」『故乡(郷)』(簡体字)

昨日午後には初めて会社に勤めたときの仲間が我が家を訪問。家に入るなり、「お母さんが元気なときに来てあげたかった!」といって仏壇の前に座る。そして家から持参したお供えを供える。その様子を見ると緊張が解けて思わず涙が溢れる。「泣けるだけ泣けばいい!」と彼女は言う。

母を介護していたとき、その人を誰よりも信頼していた。どうしてよいかわからないとき、いつも電話で相談していた。その人は現在も自宅で109歳になる母親を介護をしながら暮らしている。そして、自分がとったこれまでの行動をもう少し考えてやればもっとお母さんにとってよかったのに・・・といって自身を責める。その話を聞いて、何歳になっても親は親、後悔があるといいたいのだろう。

聞いている方からすればこの人ほど親を大事にしている人を見たことが無い。

その人は忙しい日々の合間に、先日は新幹線で以前ホームステイをさせたインド人を訪ねて名古屋まで日帰りしたという。そのインド人夫妻は来年春、子どもの教育のためインドに帰国して歯科医になるとか。

また来年は東京にいる数十年間手紙をやり取りしている人と飛行機に乗って日帰りで会ってくるとも話す。

どういっても彼女は明るい。「元気がいいね!」と話すと「楽しんで生活した方がいいでしょ?」と・・・。確かに。話す言葉が偉い!

話の中で一つ褒めてもらった。会社を辞めてから、これほど変わるとは・・・と言われてしまった。彼女と同時代に会社にいた頃、何も出来なかった。初めて仕事についた昭和40年代、その頃、会社の労働組合運動が盛んだった。全国の営業所から集められた青年部の社員は羽田空港からのチャーター機でグアムへの研修旅行。広島から3名のうちの1人としてグアムに行くよう勧められた。

だが当時20代の私は、今ほど海外に関心を抱いていなかった。その時、代わりに海外へ行ったのが今日来た人。その人は当時大流行のボーリング、スキー、スケート、車、登山と小柄な体なのに何でも一生懸命やっていた。

ところが、そんなことなど一切せずに青春時代を送る。彼女からすればかなりというか、とても大人しくみえたようだ。

満30歳になったとき新たな世界を目指して会社を退社。飛び出して後、勤めていた会社の人の勧めで、しばらく公の機関でアルバイト(臨時職)をした。その時、女性も男性と同じように働く姿を見て気持も次第に変わって行動的になっていった。

とはいっても、いつも何かを始めるとき、人から勧められるままに動いている。10年前にリストラされた会社に入るときもアルバイト先で知り合った人の紹介だった。

そんな大人しいだけのモノが、いつの間にかその人に英語と水泳に刺激を与えていたと今日知らされる。彼女は女子大の聴講生になり長く英語を学ぶ。そして水泳も習った。

英語の聴講生からホストファミリーとなって自宅をホームステイさせ、その時知り合った人を訪ねて、先の話のように名古屋まで会いに行っている。

若い頃を知ってる人からみれば、確かに変わったかもしれない。そうはいっても、自分のやりたいことをやっているからそう見えるだけのこと。

また、自分自身についてもしゃべるほうではなかった。それがブログなどを通して自ら情報発信している。これを読んでそう思われるのかもしれない。だが、基本的にはそれほど変わったとは思っていない。どういっても人を押しのけるタイプではない・・・。

今夜は会社以外での若い頃を知っている女子会の人たちとの忘年会。しっかり楽しもう!

昨日の友人は話していた。「人生、楽しまないでどうするん?同じ生きるのなら楽しい方がいいでしょ?」。全くそのとおり。いつも笑みを絶やさず優しく話しかけてくれる友人。いつかその人が自由になったとき、大いに遊ぼうといって昨日は分かれた。そして3月にはお母さんに会いに行くと言って・・・。

魯迅は言う。道は歩く人がいて道ができる。楽しみもそう。自分でやって楽しみを見つけるしかない!?それが人から見れば若い頃と変わった、と思われる所以かもしれない。

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