2017年1月31日火曜日

再度、院展を見る

 福屋で開催中の院展。先日、駅前店会場で気に入った永井健志の「あはれ」。気に入った割には全く記憶にない。昨日、再度訪れて「あはれ」を眺める。やはり、この絵がいい!ネットでこの人について調べるとまだ若手の画家だ。春の院展にも「あはれ」がある。同じ絵を出品、と思ったら少しだけ違っていた。

 それにしてもなぜこの絵が気に入った?今、落葉を描いているので「あはれ」にある「葉っぱ」に惹かれたのかもしれない。広島での個展があれば見に行きたい。

 帰宅後、近所のスーパーへ出かける。自転車で出かける途中、突風で帽子が飛ぶ。帽子を追いかけながらの自転車は危ないことこの上ない。被るのをあきらめて自転車に乗る。スーパーで買い物を終えるとレジでシルバーカーを押す老紳士に出合う。シルバーカーを這った感じで押している。きっと、お元気なころは背が高かったのだろう。先にレジを、と告げると横のレジで並ばれる。だが、シルバーカーの上に置いた買い物籠をレジ前にあげるのが大変そうだ。籠をレジ横においてあげるとにこっとされる。買い物した商品はレジ袋を購入してレジの人が入れてあげてた。2000円近くの買い物だった。

 それにしても這い蹲ってでもスーパーへ買い物に来られることは素晴らしい。病院や施設で老後を過ごすのでなく、なるべく家で最後まで生活したいもの。母も常々「這ってでも家にいたい」と話していた。昨日の老紳士もその気概を持っておられるのだろう。自分自身もその気持ちが強い。こういう人を見るとヒトゴトとは思えない。みんな頑張って生きている。見倣わなくてはいけない!

2017年1月30日月曜日

『くれないに命耀く』

 旅で知り合ったお坊様たちに教えてもらった青山尼僧。新年早々、図書館で新聞を読んでいると下段に大きく著書の紹介記事がある。しかし、新聞掲載の新刊はまだ読んでいない。先日、以前出版された『くれないに命耀く』、サブタイトルは「禅に照らされて」(青山俊薫 春秋社、2016年)を読む。

 昨年と一昨年、広島で開催された尼僧様の講演会に出かける。昨日も講演会主催者から来月末の講演会案内が届く。早速、申し込む。それにしても、人と話をしてなんとなく聞いていることであっても頭の隅に残っていたとは…。その結果、話題の人の話を聞く機会となる。以下は最近読んだ本の抜粋。

★「捨てる」ということは「択ぶ」ということである。二つのうち一つを択ぼうと思ったら一つは捨てねばならない。沢山ある中よりたった一つを択ぼうと思ったら、あとの全部を捨てねばならない。捨てて捨ててゆく人生というのは、云いかえれば択んで択んで択び抜いてゆく人生といえよう。66p

★過去がどんなにすばらしくても、今が駄目なら駄目なのであり、過去がどんなにつまらなくても、今がよければよいのである。どんな過去であろうと、それを生かすも殺すも、一つに今ここの生きざまにかかっているのであり、今ここの生きざま一つで開かれた明日が閉ざされもすれば、閉ざされた道が大きく開かれもするのである。73-74p

2017年1月29日日曜日

デッサンの色付け

 今朝の地元紙に「お手本にしたいシニアの有名人」男女5名ずつが掲載される。これを見て「ええ?」と一人疑問符をつける。お手本どころか特に男性は嫌いな有名人だ。世間の意見とまるで逆。どう見てもこのアンケートはおかしい。おかしいのは自分の方!?ほんまに、誰がどうやって選んだ?と聞きたくなる。まあ、これもどうでもいいけど…。ネット上は以下を参照。「女性のお手本は吉永小百合さん 50代以上に意識調査」。
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0128/kyo_170128_4455436451.html (参照)
 
 さて日本画教室。先週、紫陽花の枯れた葉3枚をスケッチして水彩で色付けした。昨日、教室で見ると我ながらいい具合に描いていると自画自賛。大分描き方が分かってきたと思ってまたもほかの葉っぱを描く。南天や紫陽花などの葉をデッサンする。結構うまくできたとまたまた自己満足。じゃ、今回も水彩で色付けをと思うが思うようにならない。後で先生に聞くと先週やったやり方と違うことを知らされる。1週間ですっかり習ったことを忘れている。

 スケッチ帳の余白に色付けの方法をメモするようにと先生のアドバイス。3年習っている。しかし画用紙にメモすることはなかった。その後、デッサンした他の葉っぱに水彩絵の具で色付けする。大分勘を取り戻す。

 絵を習う3時間、終わると思わず「今日は2万円儲かった!」と皆の前で声が出る。これくらい絵を描くことは頭を使って草臥れる。これを本画に仕上げるまでにはどれくらい頭を使うのだろう。これも鍛錬、鍛錬!?

2017年1月28日土曜日

稀勢の里奉納土俵入り

 ニュース=悪い情報かのように、楽しい話題がない。事件や事故など聞いていて暗い話題はなるべく見ざる、聞かざる、言わざる。そのためか、スポーツなどのニュースを見ることが多い。昨日も稀勢の里の奉納相撲を見ようとするとプレミアム・フライデーというキーワードを耳にする。誰が、いつ、これを決めた?と聞いて驚く。

 月に一度金曜日の勤務を早めに終えることらしい。仕事から離れて丸14年半。休みがどうじゃこうじゃといっても毎日休日。どうでもいいことだけど、それよりもほかにやることがあるんじゃない、と思ってしまう。イクメンとか育児休暇といっても制度を利用している人はどれくらいいるんだろうか。皆が取り組める制度ならばいいけど…。朝からボヤいてしまった。

 昨日の稀勢の里の奉納土俵入り。民間放送2社が生放送で伝える。ところが一番見たい生の奉納相撲は放送の時間切れで間に合わず。司会者も「あと、ああ」、と残念な声を残して番組終了。後続の番組を変えてでも放送すれば視聴率も上がるのに…。夜のニュースで見るとプレミアム・フライデーの話…。

 以下は「新横綱・稀勢の里が明治神宮で奉納土俵入り」の動画サイトから。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170127-00010000-spnaviv-spo (参照)

2017年1月27日金曜日

「人間としてやるべきことを果した」感

 昨日の偉い人のツイッターから。「朝稽古だん。朝稽古はほんとうに気分がいいです。稽古が終わると、『人間としてやるべきことを果した』感がしみじみと身にしみて、『今日の残り時間はおまけ』という気分になります。というわけで朝9:30にして気分はもう余生」。これ、よくわかる。この人は武道が趣味。それを朝、やり終えたことをつぶやく。「『人間としてやるべきことを果した』感がしみじみと身にしみて…」のところは週に一度出かけるプールで泳ぎ終えたときがまさにそうだ。

 昨日はお天気も良くプールで泳ぐ。毎日寒い日が続いている。それでもプールの中は温かく、活気に満ちている。どちらかというとこの頃は水中歩行でなく泳ぐ人が多い。列をなして泳ぐ人の輪には入れない。仕方なく浅いプールに移動して泳ぐ。ここでも人が多いと歩くコースに移動する。人の多さを見てちょろちょろコースを代わる。これを見かねた人から「他所へ行くからここで泳いでいいよ」、と親切に言われる。有難い。

 今のプールに変わって丸3年になる。家から自転車で15分の場所にある。今年もしっかりプールでお世話になろう!どういってもここは公営のプール。シニアは無料。有難い!

2017年1月26日木曜日

パソコン画面のアイコン

  稀勢の里の命名の由来をネットで調べると「稀勢の里というしこ名は、先代師匠の故・鳴戸親方が横綱に昇進した1983年に福井・永平寺の貫首から贈られた言葉『作稀勢(さきせ)』に由来し『稀な勢いを作れ』という意味。先代が最も期待する弟子に付けようと決め、先代の現役時代の『隆の里』と組み合わせたといいます」とある。http://news.line.me/issue/sumo/b97800a6b901?(参照)

 期待されてしこ名がつけられている。昨日は朝からNHKも稀勢の里の横綱伝達の特番を組む。夜まで稀勢の里のニュースを見る。その合間の、我がパソコン。先日来から画面がこれまでとは変わって使い勝手が悪い。どういっても画面上のアイコンがすべてなくなる。じゃ、ゴミ箱は?と不安になりYahoo!で検索してアイコン復元の回答を探す。言われたとおり何度も試みるが思うようにならない。気づけば1時間半経過。最後にもう一度パソコン画面に出ているいろんなところをつつく。なんとタブレット云々の画面が出る。これを触ると色が変わる。パソコン画面を見るとこれまで通りの画面になった!嬉しかった!

 パソコンを使用していて誤ってパソコンでなくタブレット仕様に変わったのだろう。気を付けないといけない。それにしても遊び半分で使用するパソコンもいろいろと草臥れる機械だ。とはいっても復元させようと必死になる瞬間は時間を忘れている。これも老化防止!?そう思うことにしよう!

2017年1月25日水曜日

♪アラベスク♪

 先ほどまでNHKの稀勢の里横綱伝達式のテレビを見る。それにしてもやっぱり横綱とはおめでたい。そして、こちらまで気分が良くなる。

 いつも見る偉い人のツイッター。昨日、「明日締め切りの原稿イッコだん。『明日のことはわからない』という内容のものであります。明日のことがわかったことなんか過去に一度もなかったけれど、それでもなんとか生きてこられたんだな~とつい嘆息」。これを見て本当にその通りと思う。若かったころ、明日のことを思い煩って生きていた。決して明日のことなんかわかりもしないのに…。いつの間にか(悟って?)明日を考えないようになった。こうなると悩むこともない。ほんまにいいことじゃ!毎日が楽しくなる!

  さて昨日のフルートのレッスン。♪ます♪を仕上げて次にさらうは♪アラベスク♪。「アラ」が頭に着くとアラビア語に関係する。この曲もついているのでアラビア風の曲である。曲の出始めのメロディーは水が流れるような感じがする。稀勢の里ではないがフルートも「稽古」が大事。頑張って稽古しよう!

 レッスン後、駅に行かず八丁堀店会場の院展を見る。その前に遅いお昼を食べる。昨日は入ったお店も感じが良くてこれからも出かけよう。院展を見ていると日本画教室の先生たちと出会う。八丁堀店会場では特に3点が気に入る。西田俊英「コロポックルの月」。これはメルヘンの世界。手塚雄二「冬の川」。笹の葉と澄んだ水。眼を見張る美しさだ。そして吉原慎介の「戦場ヶ原」。見入ってしまった。


 駅前店と八丁堀店会場へはまだ2枚チケットがあるので目に焼き付けるまで見に行くことにしよう!

2017年1月24日火曜日

「努力で天才に勝ちます」

 今朝は今季一番の冷え込みだろうか、部屋の気温が低い。外は日差しがまぶしく日中は温かくなりそうだ。昨日の稀勢の里、横綱昇進が決まった。たとえ無名であったとしても大相撲やマラソンなどの個人プレーのアスリートは一瞬にしてその名が世に知れ渡る。稀勢の里はもちろん無名ではない。

 それにしても稀勢の里は中学卒業の文集に「天才は生まれつきです。もうなれません。努力です。努力で天才に勝ちます」と寄せ書きしている。この言葉には力強さがあり、どういっても素晴らしい。自分の中学時代を振り返ってもこれほどの言葉を書いた人がいるだろうか。もうすでに相撲で勝ち続けて頑張っていたからこそ出てくる言葉だろう。稀勢の里、頑張れ!応援しよう。

2017年1月23日月曜日

~最も不幸なのは嫌な人に囲まれて生きる人~

 今朝のネット記事は「友達で見る幸福度 最も不幸なのは嫌な人に囲まれて生きる人」。確かに、そうかもしれない。ヒト・モノ・コトとなんでも好き嫌いが激しい。一旦嫌になると誰がどういっても嫌!この内容の最後は「以前に行った調査では、大家族で暮らすのと一人暮らしとでは、幸福度に差はありませんでした」とある。そのうえで「ただ、年に1度、正月に1回挨拶をするとか年賀状のやりとりをするくらいの親戚の数が多いほど幸せだということがわかりました。だから“切る”よりも、ぎりぎり切らないで、年賀状を出しておくほうをお勧めしたいですね」とある。友だちづきあいもつかず離れずでいいのかもしれない。http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170123-00000006-pseven-soci&p=2 (参照)

 今朝は何といっても稀勢の里の優勝。昨夜はスポーツニュースに登場する稀勢の里を見る。偉ぶらず、謙虚な姿勢に好感が持てる。来場所のテレビ観戦が楽しみだ。

2017年1月22日日曜日

絵は序の口!?

 今朝の朝刊に掲載された稀勢の里初優勝の記事を見て感激する。ネットでは父親の記事がある。【稀勢父・貞彦さん独占手記】親心を吐露 「おめでとう」と言うより「気の毒」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170122-00000080-spnannex-spo (参照)
これも素晴らしい!インタビューで右ほほに流れる一粒の涙にも感動。今日も勝って横綱になってほしい。

 昨日は稀勢の里の初優勝以外にも日本画教室でちょっとずつ絵を描くやり方が分かりかけたと独り感激する。習い始めて3年余り。家では全く描かない。これは自慢できないお話。それでもF6のスケッチブック2冊にスケッチしていた。ほとんどの絵の道具は教室に置いたままで3冊目のスケッチブックを教室に持参。またも置いたままではいけない。先生は習い始めてからずっとスケッチ帳から外してテーマごとにファイルするようにと話される。昨日、2冊のスケッチ帳を2つのテーマに分けて切り取ってファイルしてくださる。これを本画にする際、持参すればいいと言われる。有難い。ファイルを見た人からスケッチを褒められる。褒められると「豚もおだてりゃ木に登る」になる。

 フルートもそうだけどナニゴトも習い始めてかなり時間が経過してモノゴトが分かりかける。こうなると習う楽しみというかやる気に変わる。それには石の上にも3年!?絵も習い始めて3年経過した。すぐにわかることは分かったと思って長続きがしない。その点、ナニゴトも時間がかかるものにとってはここまでくると長続きする。

 こうなると絵を描く手順というか段取りが分かりだす。これがどういっても自分にとっては一番うれしい瞬間。それまでは先生にその都度聞いては作業を進めていた。それと、もう一つ気づいたことがある。スケッチしたものを水彩で色付けすること。家に植えている紫陽花の枯れかけた葉っぱを3枚持参。これをスケッチする。スケッチ後、色鉛筆で色付けしようとすると時間がかかるから水彩で…とアドバイスされる。水彩?と思った。これまで水彩絵の具で色付けはあまりしていない。

 どういっても道具は教室に置いている。重い腰を上げて水彩に取り掛かる。まずは薄く黄色を塗る。そのあとちょっとしたコツを習う。これがよかった。かなり感動しまくる。他の人は何を今さらと思えることも当人にとっては大事な発見。思わず声に出していってしまう。先生は「そうよ!」。

 ともあれ、ちょっとだけ分かって来た。スケッチ後は水彩で色付けして本画に臨めばその色付けも要領を得る。まだまだ絵は序の口。横綱とまではいかなくてもせめて幕内力士になれるといいけど…。

2017年1月21日土曜日

院展~広響第366回定演へ

 寒い中、再興第101回院展広島駅前店会場へ出かける。絵を習い始めて人の絵を見る見方も変わってきた。何が変わったといって、絵の好き嫌いが特に顕著になったこと。八丁堀店会場はまだ見ていない。駅前店会場は大野逸男の「信仰の道」と永井健志の「あわれ」の2点が特によかった。ところが、「あわれ」はどんな絵だったのか全く記憶がない。これじゃ、駄目じゃ。チケットは先生から招待状を含めて3枚いただいている。ということで会期中何度か行って頭にインプットするまで絵を見よう。

 その後バスに乗って広響の定演を聞きに行く。その前に同じく福屋のレストラン街に入って早めの夕食。天ぷらのお店だった。牡蠣フライやエビフライがある。揚げ物は家で食べないので外では家で食べないモノをいただくようにしている。美味だった!

 早めに演奏会会場に到着。座席指定のチケット交換はしても開場まで7,8分、開演まで1時間以上もある。立って待つのが嫌になって隣の建物にある情報プラザに行こうとする。ところが冷たい雨が降っている。傘もなくて行くのを断念して開場を待つ。席は9列目の右端。昨夜の第366回広響定期演奏会のテーマは「血統の証し」。指揮者は小林研一郎、ヴァイオリンにアレクサンドラ・スムを迎えての演奏会。演奏曲目は下記のようだった。

♪シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調Op.47
 スムのソロ・アンコール曲はバッハの無伴奏パルティ―タの第1番よりサラバンド
♪チャイコフスキー 交響曲第3番ニ長調Op.29「ポーランド」

 2曲目の演奏前に指揮者から曲にまつわるお話がある。5楽章あるうちの3楽章までは葬送行進曲のようであり、特に3楽章は涙なくして聞けない…5楽章は…と続く。「ええ、涙なくして… 」に気持ちが反応して演奏を聞く。誰も涙を流す人はいなかったと思うけど…。いずれにしてもこの曲の演奏はほとんどされたことがないらしく、貴重な演奏かもしれない。それと、今年の海外にポーランドを予定しているので気持ちも余計に入る。

 そのポーランド。昨日は出かける前に旅行社へ電話して旅の代金をクレジット決済する。国内の旅も同時に支払う。国内といっても結構海外並みに料金は高い。先の話なのにもう決済されるのかと思ったら、旅行が催行される22日前(海外)と15日前(国内)だった。

 家に帰るとお寺から寒行に参られている。お布施を渡せず仕舞い。あとでお寺へ持参しよう。それにしてもやはり大寒。寒い一日だった。

2017年1月20日金曜日

『自分探しと楽しさについて』

 今朝は雪でなく霙が降っている。夜は雪になるようだ。院展が始まった。昨日はオープニングセレモニーに行く予定を変更してプールで泳ぐ。絵を見るよりも泳ぐほうが楽しい。というか、この頃は金曜日にプールで泳ぐ予定にする。ところが天気予報を見ると金曜日の今日は大寒で寒くなるという。それならばと暖かい昨日の木曜日に泳ぐ。

 年末に読んだ『自分探しと楽しさについて』(森博嗣 集英社、2011年)。以下の抜粋は最近実感するところ。特に「昔の方がよかったと感じることなんて、『自分』に対しても、『社会』に対しても、ほとんどない。どんどん良い状態に向かっているように感じる。…」の文章に同感する。昔のなつかしさを感じることはあってもやっぱり今がいい。そう考えるためか、同窓会への出席は好きでない。今、楽しくやっていることはすべて30代半ばから今までに気付いて始めたこと。自転車、中国語、海外旅行、水泳、フルート、日本画など、どれも今、欠かせない「楽しさ」に当てはまる。ということは30代半ばまで何もできなかった!?昔がいいはずがない。かといって筆者のようには未来を悲観していない。多分、これから「楽しさ」が増える予感がする。というか増やしたい!ともあれ以下はその本の抜粋から。

★一般的にいえる傾向として、自分に向かって近づいてくるものは、えてして楽しくないものが多い。これに対して、自分が向かっていきたいものは、たいていは楽しいものである。ここに、受動か能動かの違いがある。55-56p

★時間をかけなければわからない「楽しさ」というものがある、ということ。もっといえば、時間をかけることでしか本当の楽しみは味わえないのだ。61p

★金がかかる楽しみを目指す人は、金を得るだろう。金のかからない楽しみを目指す人は金がなくても楽しめるだろう。金を目指す人や、金がないから楽しめないと諦める人は、楽しみは得られない。それだけのことである。いずれも、本人が描いたとおりになっている。178p

★昔のあのときが良かったなとか、子どものときの夏休みは楽しかったな、と「楽しさ」を思い出すようなことはない。懐かしいことはあるけれど、昔の方がよかったと感じることなんて、「自分」に対しても、「社会」に対しても、ほとんどない。どんどん良い状態に向かっているように感じる。…とんでもない楽観主義者だと思われそうだが、それは少し違う。僕は未来を悲観する人間なので、その予測よりも現実が上出来だ、と感じるのだ。165-166p

★恵まれた環境とは、生きていくため、教育を受けるため、健康であるためのものであり、それらは社会が備えなければならないものだ。「楽しさ」は、その上に立脚しているものだけれど、残念ながら、恵むことはできない。つまり、「社会」からもらえるものではない。「他者」から分けてもらえるものでもない。「自分」の内から生まれるものなのである。180p

2017年1月19日木曜日

またも財布…

 眼科の定期検診を終えてスーパーへ移動する。墓参りのお花を買おうとすると売り場がない。別のスーパーへ移り、お花も買ってレジに向かう。ない!財布がない!

 はじめのスーパーで買ったものの上に手提げバッグを前かごに置いていた。途中、財布が丸見えと思ってバッグを置きなおす。そして次のスーパーへ。ない!財布が…。レジで財布が盗まれた旨、話して買おうとした商品を返却。すぐに警察派出所へ。

 入った瞬間、「財布を盗まれました!」。「盗まれたのじゃないでしょ。落としたのでしょ」と先客が話す。「バッグは肩からこう下げて…」と説教される。目の前に赤い財布が…。

 これまで4度ほど財布を失くす。うち、2度は落とし物として戻って来た。それにしてもよく財布を失くす。今回は戻って来たからよかったものの、なければまた家の鍵から変えないといけない。

 警官3人が見守る中、ひろってくれた人へのお礼を…。1割から5割のお礼だとか。家用と外へ出る際の習い物用の財布を使い分けている。家用だったので6千円くらい入れていた。千円札がないので5千円渡すと、相手は多いと言って半分返却してくれる。財布が戻っただけで有難い。丁寧にお礼を言う。相手の住所名前は聞かなくていいか、と警官が聞く。いいお話ではないので聞かず仕舞いにする。相手は何度も「いい人に拾ってもらってよかったね」と話す。

 一人になってもすぐには財布をくれない。警官3人は相変わらず本人確認をしようと本部へ連絡を取る。結果は同じ町内だからと家に戻り、証拠となる書類と印鑑を持参せよと促す。健康保険証が財布にあるじゃない!と言っても埒はあかない。

 家に戻るとまずはスーパへお詫びの電話を入れる。その後、パスポートと印鑑持参。バッグはファスナー付きにかえて持参する。この時刻午後2時半。

 家に帰ってもお腹はすききりじっとできそうにない。朝起きると月命日のお墓参りを今月は止めようかと迷う。結果がこの始末。早めに罰が当たった!と遅いお昼を食べてお墓参りをする。ケチな根性がこういう結果になると反省。来月の母の7回忌に気を取られ落ち着きなくすごしている。このお布施もケチってもろくなことにはならない。大いに反省!これまで通りの金額を包んで用意する。他にも某所から届いた寄付依頼の振込みを済ませる。

 まあ、これくらいの災難で良かった!そう思うことにしよう。

2017年1月18日水曜日

♪ます♪

  「【超難度】これができれば音大卒? 音楽記号クイズ無理め…。(全7問です) 」https://www.buzzfeed.com/hikaruyoza/muzukashii-toshika-ienai?utm_term=.wv7AP7Pzz#.cjLJAvAjj


 見知らぬ若者のツイッターにある問題をやってみると7問正解。今、楽器を習っているからわかるのではなく問題が簡単すぎる。楽器といえばフルート。♪朝の歌♪も難しいと思った。その割には昨日で仕上げる。次にさらうは♪ます♪。曲にアレンジがある。この曲を仕上げると新たな曲集に入る。まずは練習、練習!

 昨日はブログで取り上げた『サピエンス全史』(ハラリ)上・下巻をネットで図書館に予約リクエストする。売れ筋が半端でないそうだ。予約確保まで楽しみにして待つことにしよう!

2017年1月17日火曜日

「良い物語」

 雪も解けて3日ぶりに太陽を眺める。やっぱり晴れると気持ちまで晴れやかになる。今日は精一杯冬空を歩こう。

 パソコンで遊んでいるとネットでいい記事に出合う。それを画面上のアイコンに保存。ところがパソコンを触りすぎて画面が元に戻らない。当然アイコンも消える。なくなった画面をあきらめて今朝は新たな記事を見つける。それは「世界中のインテリが絶賛する『サピエンス全史』著者、ハラリ氏が語る人類の『幸福』とは」の記事。

 記事全部をアップできないのでその中の一部から。「大事なのは現実と物語を峻別すること。それには、様々な方法がありますが、私にとっていちばん良い試金石は『痛み』があるかどうか。何が『現実』で何が『物語』かを識別するためには、痛みを感じるかどうかを考えてみる。たとえば、金(カネ)は痛むか、国家は痛むか。敗戦によって国家は苦しむと思うかもしれないけれど、痛むのは国民であって国家ではない。日本が第二次世界大戦に負けたとき、苦しんだのは国家ではなくて日本の人々です。つまり、人や動物は痛むから現実だけれど、金や国は発明された物語でしかない。人間にとっての良い物語とは、世界の痛みを減らすものです。」
http://www.dailyshincho.jp/article/2017/01160700/ (参照)

 素晴らしい!と思わず声が出そうになる。「良い物語」を読んでみたい!

2017年1月16日月曜日

観測史上3番目の積雪19㎝

 雪は降っても根雪となることのない広島。ところが今年は例年と違って観測史上3番目となる19㎝の積雪。それも広島市中区。街のど真ん中でこれほどの積雪で根雪になるとは…。寒いはずである。今朝はゴミ出しの日。新聞を取りに外へ出ると道路の雪は解けずにまだ積もっている。それでも小学校の生徒は足元を確認しながら雪道を歩いて通学する。ゴミは家の前。だが、燃えるゴミは近所の人が置く場所に持っていく。ゴミを置くまでに転んでは大変なことになる。ちゃんと靴に履きかけて転ばないように数歩の道を歩く。

 昨日は雪の中、結局、家から一歩も外に出ずに過ごす。今日もこの調子だと雪は解けそうにない。自転車に乗るのは到底無理。歩いても危ない気がする。今日も外へ出られそうにない。こういう日の友だちはパソコン。パソコンがあれば外へ出なくても退屈しない。旅で知り合った人のブログを見ると3日間、雪で外に出られないと更新がある。お元気でお過ごしのようだ。

 こんな日は動画で遊ぶ!?そういえば今年の年賀状、2枚がくじに当たった!

2017年1月15日日曜日

広島は大雪警報!


 
 
  8時過ぎ、広島市に大雪警報が出る。新聞を取りに玄関に行くと外は一面雪景色。すぐに携帯で写すが玄関の外に出るにも勇気がいる。中から外を写す。雪が降って解けずに残ったままでさらに雪は降り続く。JRも通っていないのか音もなく静か。車も人も皆、家に閉じこもっているのかもしれない。
 
 今朝のFM”名演奏ライブラリー”はぺーター・ルーカス・グラーフの2時間に及ぶフルート特集。最初は♪精霊の踊り♪。秋に発表会で吹いた曲。聞いていて刺激を受ける。後で吹いてみよう。
 
 昨夜、市内に住む姪がチビを連れてやってくる。一番上のチビのダンスの送迎を兼ねてくる。今年はじめて会う姪の家族。チビタチは家に入るなり自身の身長を告げる。会うたび大きくなっている。お目当てはお年玉。遅いお年玉となった。
 
 それにしても雪が危なくて家から出られそうにない。午後はコンサートに行く予定もやめたほうがよさそうだ。
小学校の裏門入り口付近 道は真っ白で12cmの積雪

2017年1月14日土曜日

~飛んでいこう~どこまでも~

 最強の寒波到来とのことで今日の最高気温予想は5度。寒い一日となりそうだ。いくら寒くても風邪もひかず、今のところは元気。昨日は勇気を出してプールで泳ぐ。泳ぐのは楽しい。ところがこの寒さの中、出かけるまでの気合は半端でない。「泳ぐぞ!」と朝から気合を入れて自転車でプールへGO~。泳ぐのは夏よりも冬の方がいい。どういっても寒い時期に入るプールのあたたかさ。これがいい。

 水中歩行の人に話を聞くと膝が悪い人が多い。足が悪いと歩行困難に陥る。それを心配して水の中を歩くのだろう。膝といえば、昨日のブログに書いた三仏寺の旅をした短大時代の友。その人に覚えている!と電話するともちろん旅を知っていた。話をすると膝というか脚が良くないという。話していると姪からメールが入る。スペイン旅行から帰ったらしく、闘牛場や闘牛士の格好をした写メールだった。

 電話で旅の様子を聞くとさすがに足が悪い人は参加者にいないらしい。それも当然のこと。一眼二足、母は常々話していた。眼と足は身体の中でも特に大事。母に言わせると小さい頃は弱くて歩き始めは人より遅かったらしい。眼も悪く生まれている。ところが眼は見えないわけではなく、ただ視力が良くない。足は歩き始めが遅くても今はどこまでも歩ける。劣って育った割には元気そのもので痛いところがない。ナニゴトも人の一生、悪いこともあればいいこともある。ともあれ、このままの勢いで元気に!姪との話の最後は旅の話!♪飛んでいこう~どこまでも~♪。

2017年1月13日金曜日

百寺巡礼&民俗学

 2時間、「百寺巡礼」を見る。そのうちの一つは三仏寺(さんぶつじ)。鳥取県東伯郡にある。短大を卒業して間もなく、友と2人で山陰への旅をする。その頃は旅といってもユースホステル全盛時代。宿はこれに決める。そこで知り合った東京の大学生と予定を変更して三徳山三仏寺に参る。参るといっても何の予備知識もない。男子大学生についてひたすら登った。昨夜のテレビもそうだったけど「六根清浄」と書いてあるたすきをかけて素足に藁草履で山を登る。途中、鎖を頼りに登る個所がある。手元に当時の写真がない。だが、投入堂の前で写真に収まったことは覚えている。懐かしくテレビを見る。テレビの五木寛之は藁草履を腰にぶら下げて靴で登ることを許可された。
 
  番組のHPに「絶壁に建立された国宝・投入堂。写真家の土門拳が『日本一の建築』と評したほど。道のりは『百寺巡礼』史上かつてない厳しいものとなった 」とある。画像はHPより引用。http://www.bs-asahi.co.jp/100ji/
 
 この番組を見ると出かけたいところが増えてくる。出かけるといえば、昨日は初めての場所へ行く。見知らぬところへ行くのは楽しい。先日新聞を見てすぐに講演会を聞きに行こうと応募する。ところが場所がわからない。最寄り駅で駅員に教えてもらう。途中ほかの人にも2人に教えてもらって目的地に到着。入った瞬間、雰囲気というか「気」がいい!「気」を携帯辞書で引くと「はっきりとは見えなくても、その場を包み、その場に漂うものと感ぜられるもの」とある。
 
 その「気」。いい運気が漂う。そう感じるためか講演内容も素晴らしい。瀬戸内の魅力を民俗学の立場から話される。民族学は大いに関心がある。だが、民俗学も面白そう。係りの人に講座は定期的にあるのかを尋ねると年に数回あるとのこと。HPで調べるようにと教えてもらう。
 

 百寺もそうだけどまだまだ知らないことばかり。昨日のお話でも瀬戸内の郷土食も知っているようで知っていたのはたくさんの中の一つだけだった。話を聞いていてもすぐに周防や周南地方へ行きたくなる。動画は百寺巡礼のテーマ曲から。この歌、気に入ってしまった。3度目のブログアップ!

2017年1月12日木曜日

ツイッターから

 人のツイッターのリツイートを見て笑った。「姉の年賀状がシュールで秀逸だったのだが、姉には友達がいなくて、この年賀状を目にしたのはこの世でたったふたりしかいないという。その才能を銭に変えてほしい」https://twitter.com/yoshidaushio (参照)

 たった二人が今の時点では138000人近くが「いいね」をしている。ここに画像はアップしない。だが、「才能を銭にかえてほしい」の弟の言葉がユーモアにあふれる。このツイートだけで十分宣伝効果大。近いうち金銭にとってかわりそうだ。

 こういうのを見る度、ツイッターをやってみたくなる。しかし、いくら「つぶやき」であっても目にするのが二人どころか一人もいなければそれも「嘆き」に変わる。やっぱりやってはいけないとブログで一人つぶやく。

2017年1月11日水曜日

2017年フルート習い初め

 
 2017年はじめてのフルートは♪Mattinata : R.Leoncavallo 朝の歌 ♪。曲を吹いていると何となく新春に相応しく明るい気持ちになる。練習し始めは吹けるようになることばかり思っていた。ちょっと怪し気なところもあるけど何とか曲になる。どういっても曲が速くて滑らかに吹かなくてはいけない。先生に息継ぎの箇所をチェックしてもらって練習、練習。
 
 昨日は新年早々の大失敗の日。フルートのレッスンに出かけようとすると出したはずの年賀状が舞い戻ってくる。昨年までの古い年賀状を確認すると転居の知らせが書いてある。それなのに年賀状の住所確認を怠って、以前のままで投函。どういっても我が人生で一番お世話になった恩師。それを新年も10日になって舞い戻るとは…。
 
 年賀用の切手を購入していた。それを貼って再度投函。だが気になる。レッスン後、帰宅してお詫びを入れてもう一枚年賀状を出す。新年早々慌ててしまった。来年からは届いた年賀状一枚ずつをチェックして出すようにしよう。


2017年1月10日火曜日

宿の確保

 昨年秋から見始めた「ワタシが日本に住む理由」。昨夜の番組ではアメリカ人女性が滋賀県の旧家に嫁いだ話。日本人同士でも到底真似のできないお話だ。旦那さんはアメリカ人の奥様との結婚を「一生退屈しない人」と思ったとか。この発想は面白い。これまで尺八奏者、芸者、尼僧など日本人が忘れ去ったような体験の人が番組に登場する。だから、番組も面白く成り立つのかもしれない。それにしても日本人であっても誰でもができることではない。その辺りが番組の魅力となっているのだろう。
http://www.bs-j.co.jp/nipponsumu/backnumber.html (参照)

 話は変わって旅の書類を眺めていると5月の旅なのに宿の確保が難しくなっているとの注意書きがある。旅に出る空港近くの前後泊のホテルのお話。以前は旅行社の推薦するホテルもネットの方が安いこともあった。その思いがあるためネットで予約しようとする。だが上手くいかない。すぐに福岡空港発の際に利用するホテルへ電話で予約すると満杯とのこと。旅行社が薦める別のホテルも電話で予約するとビジネスなのに素泊まりで1万円以上する。考え直すと言って電話を切った後、再度かける。

 旅行社から送られた記事をよく読むと、必ず旅行社とその旅のブランド名を告げるようにとの断り書きがある。電話でそう告げると先ほどとは手のひらを返したかのように「ああ、〇〇〇…」と続いて金額も4000円安くなる。これを聞いてすぐに予約する。大手の旅行社はこういう面で安心できる。

 3月は国内の旅。ここも同じ九州の大手旅行社を利用。幸い福岡空港利用でもその日に広島から移動可能。

 遊ぶ話も旅の通信販売となると自分で手配が必要だ。これからはネットですべて手配となる時代が来るかもしれない。どうあっても、時代についていかないと遊ぶこともできなくなりそうだ。

2017年1月9日月曜日

USBメモリー

 一日の始まりは曜日の確認から始まる。確認といっても曜日がわからないのでなく、ゴミ出しの確認。今朝も燃えるゴミを出して月曜日が始まる。パソコンで見知らぬ若者のツイッターを見ると「あれから5年経ったな~」とつぶやいている。ここで今日は成人の日じゃ、と気づく始末。若者の5年前もかなり年齢を偽っているが…。ともあれ、今日は祭日の月曜日。しかし、休みと思っていた図書館は開館!これで今日の予定は変更となりそうだ。

 年末から作業していた旅の記録をやっと仕上げる。手直ししているとそのたびに文が変わる。いい加減なところで諦めモード。USBメモリーに保存して、やっと手直しはやめようという気持ちになる。後は来月の総会に提出するだけ。その後は人の手によって手直しされてもOK。これで一件落着。ブログアップは後日になりそう。

 それにしても新年からお天気がいい!さて今日は何処に…。と、ここで外に出てみると小雨が降っている。さっきのあの太陽は何処へ…。

2017年1月8日日曜日

2017年描き初め

 ブログ投稿中、チャイムが鳴る。宅急便だった。サインをしようとすると20数年前、仕事でかかわった若者だった。

 新年になって世の中、仕事も始まった。いろんな書類が届く。そのほとんどは「遊び」に絡む書類。一つずつ書類に目を通す。今朝の宅急便は5月に行く旅の書類。今年も動き回る一年になりそうだ。

 昨日は新年初めての日本画教室。わが家に隣接する学校の生垣の葉っぱを失敬して教室に持参する。他にもお正月用に活けていた葉ボタンを抜いていく。葉ボタンは正面からだと描きにくい。どれをモチーフにするか、先生に相談して葉ボタンに挑戦。F6のスケッチブックいっぱいに葉ボタンをスケッチしていく。だが、どこから手を付ければよいかわからない。ナニゴトも中心かららしく花びら一枚ずつをスケッチする。その後、陰影をつけるようにと先生。Hの鉛筆で濃淡をつける。だが思うようにならない。花びらにある筋が描けない。次に色鉛筆で色を付ける。この辺りで思うように絵が出来上がる。だが、先ほどの花びらにつく筋状の模様が気になる。

 絵を習い始めて何がわからないのかそれがわからなかった。この頃やっと思う通りに描けない箇所がわかりだす。当分はこれに注意が行きそうだ。

 いつもながら描きながら自己満足に浸る。こうでもしないと絵は描けそうにない。葉ボタンに先生は虫を添えようと話される。テントウムシ、と他の人からアイデアがある。辞書で調べると葉ボタンは冬の季語。テントウムシは夏。季節感については先生も気にされていた。ネットで冬の季語の動物に寒すずめがある。どれを添えるにしても動物図鑑のお世話になる。図書館が待っている!

2017年1月7日土曜日

2017年泳ぎ初め

 今年初めての泳ぎを終えてプールの更衣室を出る。しばらくして携帯が鳴る。躊躇ったあげく、電話に出る。3月に出かける予定の旅の出発変更日のお願いだった。行き先は国内の南の島。もう何年も行きたいと思っていた。年ごとに何度か申し込んでも催行されずじまい。ところが今年は日付は変わっても催行予定という。

 今年は泳ぐ予定を金曜日にしよう。この日は嫌な人がいない。今年も元気に泳いでせっせと旅に出かけたい。5月は遠くへ出掛ける予定。これも催行されるといいけど…。

 泳ぎに行く前、近所の人が野菜や銘菓を持ってこられる。随分前、わが家の前を夫婦で通られた時、旦那さんの足元がおかしくなられた。すぐに車椅子を用意してあげる。そのためか、やっと歩ける足で車を引いて持ってこられる。危ないから、とも言えず有難くいただく
 
 今年初めての泳ぎも元気に無事終える。元気と言えば旅の予定を計画しているときが元気満杯。まだまだ行きたいところがたくさんある。とはいっても年々、歳も増える。昨日、発表された「高齢者」の定義づけ。何歳が何の高齢者と決められても人それぞれ。一括りに高齢者と決められたくない。その意味でも元気でいなくては…。

2017年1月6日金曜日

『ひとりを怖れない』

 年末から新年にかけて固定電話にかかる電話。今朝、その犯人が分かる。親しくしている人は携帯電話番号を知っている。怪しい電話もよくぞこれほどまでにかけてくるよ、といら立ちは隠せない。架かる電話は早朝か、夕方。固定電話と携帯を駆使してかけてくる。同じ人物に間違いないと思って携帯番号を着信拒否設定。音はならずとも電話を確認するとかけている。この間のかかる頻度は半端でない。今朝、たまたま固定電話の前に立っていた。電話だ。家の固定電話からだ。これは着信拒否にしていない。すぐに留守録ボタンを押す。録音が始まる。何と中学時代の同窓会に出席するようにとの電話だ。それも、誰、誰が出席すると名前を挙げる。

 生まれてこの方、この地に住んでいる。隣もその隣も…同級生だらけ。別に今更…。同窓会の返事も出している。それなのに…、粘着質というか電話への執着心はすごい!こういう人に関わりたくない。ましてや同性。恐ろしさが先に立つ。

 予約確保で入手した図書館の本を読む。「相手がありのままの自分を認めてくれるなら、感謝を持って対応する。相手が一方的に自分の価値観を押し付けてくるなら、静かに離れる」「なるだけ早い段階で『私はこういう人間です』と周囲に明らかにすることも手です。ありのままに生きる。ストレスを溜めず、ひとりの時間を楽しむための秘訣です」。111p(『ひとりを怖れない』矢作直樹 小学館、2016年)
 
 ほんまにそうじゃ!「ひとりを怖れないor(怖れる)」、どころか電話の方が怖い!

2017年1月5日木曜日

「教育は社会の構成員を育てる事業」

 今朝の地元紙オピニオン欄に神野直彦氏の記事がある。大見出しは「格差解消し社会で支えを」、小見出しは「学校教育の行方」。グローバル化が叫ばれて久しい。その動きから一転して地域社会の回復に向けた動きが各地で続いているという。この人についてはよく知らない。しかし、なんと素晴らしい考えと読んで感動する。早期英語教育などグローバル化の勢いが止まらない。その中でこういう考えの人もいる!素晴らしい!

 「人間は生まれるときも死ぬときも一人の孤独なものだが、他人と手をつなぎ、温かい絆を得ることで安心して生きていける。そのことを教えるのが教育の本分だが、教育も新自由主義にのみ込まれてしまった…」と続く。そこには「教育は金もうけのために個人的な能力を身に付けるものと見なされてきたからだ」「教育を個人で買う商品とみなしている限り格差社会の解決は望めない」「教育は社会の構成員を育てる事業」という。

 何でもかんでも「金もうけ」で一生を送る、としたらなんとかわいそうな人だろう。人の一生はいいことばかりは続かない。そのことは有名人を見てもわかる。名を成し、有り余る富を持った人に共通するのは本人、あるいは家族や周りに不幸がある。人には順風満帆と思えるとき、何かの不幸が訪れる。

 若い頃、何かにつまづいて気落ちしていると母はいつも「すべてが揃った人はいない」と言って慰めてくれた。その思いがあるためか人を見て羨ましいとは思わない。どの人も何かを背負って生きている。そう思えば人をうらやむ前に自分で楽しみを見つければいい。

 年末年始に届いた旅のカタログ。30年も送付し続ける某社と旅行最大手の某社から届く。年末には国内の南の島、年始はヨーロッパの旅を申し込む。ところが申し込む寸前、東京の姪からメールが入る。何と搭乗予定だったF航空がストのため、スペイン行きは急遽他の航空会社に変更して飛び立つという。今回申し込んだ航空機はF。まだ先の話だけど無事飛行機は飛ぶのか気になる。ともあれ、つまらないことを想わず今年も元気を出して国内外へ飛び出そう!ここまで生きてくると「格差」がどうじゃ、こうじゃの前に「健康」が一番と思うけど…。とはいっても、未来ある人にとって格差社会の解消は大事な問題!

2017年1月4日水曜日

2017年年賀状

 今朝までに届いた今年の年賀状。元日の配達は6割くらい。2日の配達はされないのかゼロ。3日と今朝で残り4割が届く。やっぱり年賀状は元日に受け取るほうが嬉しい!

 毎年のことながらしみじみと年賀状を眺める。この頃は子どもさんとの写真付きの年賀状を見るのが楽しみ。まるで我が子や孫を見るような気持になる。年々、成長する子供たち。本当にかわいい!若い頃、家族写真の年賀状をもらっても何の感慨もなかった。ところがこの頃は楽しみとなる。特別な行事以外、めったに顔を合わせない東京の姪や甥たち。小さいチビたちと写っている写真を見て「婆」の気持ちになる。

 他にも初めての海外でご一緒した人の年賀状。かなりのお歳になられているはず。ユーモアあふれる文面に思わず笑いが起きる。「夫婦二人だけの生活今年で52年になります」。これに続いて夫は半世紀に及ぶこれまでの資料等の整理で日々過ごし、妻は要領の悪い家事に追われながらも長年続けているプールと…続く。「プール」、を見て同じことをされているとびっくりする。

 学びや旅で知り合った人からの家族写真付きの年賀状が5枚ある。3,40代の人たちで子供さんも小さい。写真付きの年賀状は幸せな家族に満ち溢れ、受け取る側も幸せな気分になる。

 そして同じ市内にいる姪のチビの年賀状。一番下の男児から今年初めて年賀状を受け取る。年賀はがき裏一面に絵を描いている。この絵が何の絵なのか年賀状で返事を出すように、と催促が付く。かわいい!

 受け取った年賀状の大半は学びと旅で知り合った人たち。仕事関係は4人と少ない。如何に遊びが主となっているかよくわかる。今年もせいぜい楽しい旅に出よう!   
 

2017年1月3日火曜日

2017年初春!

 穏かで暖かな新年を迎える。世の中全体を見ても大きなこともなく、平和過ぎる新年。ただ、外国では相変わらずテロの銃声が響く。

 今年の新年はお天気に恵まれる。家にいるんじゃない、初詣、初詣とお天気の良さに誘われて元日から動き出す。一昨日は4028歩、昨日は13085歩と携帯万歩計の数字。この勢いで今年一年も動き回ろう。

 3,4年前、元旦にお墓参りをする近所の人に出会う。お墓参りのお花は?と尋ねるとお正月のお花を…とのこと。そうか、と思ってその年から新年の行事はお墓参りから始まる。その後、お墓に隣接する神社に参詣。新年2日目は予定通り広島駅北口近くにある二葉山山麓七福神めぐりに出かける。まずは東方面にある尾長天満宮(寿老人)→國前寺(大黒天)→聖光寺(布袋尊)と進み、来た道を引き返して駅西方面に移動する。ところが広島東照宮(福禄寿)の人の多いこと。外の大通りまで人が並ぶ。それでも我慢して列に加わる。ところがその我慢も限界。とりあえず石段を登ったところで列から外れての参拝。次に行く鶴羽根神社(弁財天)も人の長い列。明星院(毘沙門天)はお参りする人の年齢が高い。最後は饒津(にぎつ)神社(恵比寿天)で七福神めぐりを終える。

 七福神めぐりも今年で3回目となった。年々参拝者が増えてくる。食事をする際、お店に並ぶことの善し悪しを書いた作家がいた。初詣も何十分と並んでお参りしなくてはいけないのだろうか。並んでいてそのことばかりが頭をかすめる。モノゴトには程度がある。

 2時間の予定が大幅に時間オーバー。駅前に移動してデパートに入る。せっかくのお正月。和風の茶店でいただくとお正月らしい気持ちになる。そして珈琲も。お腹も落ち着いてくると、福袋。だが、思っていたものがない。

 ネットを見て発破をかけられる。新年になった。この一年も元気で楽しく過ごしたい。新聞には県内最高齢の山下義一、109歳のお元気な姿がある。老人ホームにいながらも机に座って人の俳句の添削などされている。机の周りには整理されたファイルと本とご自分で書かれた著書『109歳、私の幸福論』もある。世の中、何歳になってもお元気な人は多い。それには生き方が問われそうだ。ネットにも元気が出る記事がある。海馬を衰えさせてはいけないらしい。

 「政治家とか作家や芸術家などには、80代でも90代でも、100歳を超えていても、元気で活躍している方がいます。その人たちは海馬が衰えていないわけですが、理由は、その年齢になっても新しいものを吸収し、学習しているからです」
http://www.dailyshincho.jp/article/2016/12290559/?all=1 (参照)