2011年8月24日水曜日

「あて」!?

いよいよスペイン行きが迫ってきた。

メールでスペインのことを知らせてくれたスペイン大好きの朋友に昨夜TELした。その人は大学を出た頃、青年の翼で中国に行き、その後しばらくしてスペインへ行ったという。それからスペインが好きになったとか。

その人の影響を受け、サグラダファミリアの日本人彫刻家外尾悦郎氏を検索して情報を収集した。すると3年前市内にある世界平和記念聖堂で講演している。検索したブログにその情報が書いてあるのをみて人となりが少しわかってきた。

ガウディについても知らないことばかり。

知らないといえば今、生まれて初めて知ったキーワードがある。先ほど近くにいる人とTELで話していると明後日巨人戦を見に行くという。そのとき誘ってくれた人たちに「あて」を買っていくという。この言葉を知らなかった。TELしながら電子辞書で調べると「酒の肴」とある。本当に知らなかった!もちろん聞いたこともない!それをいうと相手はびっくりする。

スペインがどうこういう前に日本のことを何もわかっていない!これではスペインに行ったなら初めてのコトばかりでますますキョロキョロしてしまいそう。それでなくても落ち着きがない…。いい言葉でいえば好奇心旺盛なのだが…。

ともあれしばらくブログはお休み。無事帰ってきたならばブログにスペイン紀行を投稿…できるかな!?旅に出ると舞い上がってしまって文字が書けなくなる。せめてキーワードくらいはメモして…。

ブログを書き終えてアサちゃんを忘れていたと気づく。今朝は久しぶり天気になり墓参りをするつもりだった。それが次第に暑くなって…。それを断念!

アサちゃんの長女にTELすると仏壇に手をあわせるように…という。

アサちゃんとは国内をよく旅行した。だが海外は食べ物が…というので行かずじまいだった。それでも海外に行くというと控えの日程表をながめては行く国の都市を孫からもらった地図を見て探していたという。

ところが次第に海外には行かないでくれといわれはじめる。一人で家にいるのが淋しかったのかもしれない。それからしばらくしてアサちゃんは怪我をし、次第に海外に行ける状況から遠ざかった…。

それ以降の海外である。「アサちゃん、今回のスペイン行きをよろしくね!楽しんでくるね。」

2011年8月22日月曜日

スペインいろいろ

ブログを書こうとしてパソコンに向かうとき、まずメールをチェックする。すると何度か海外に一緒に行ったことがある朋友からメールが入っていた。

その朋友はスペイン大好き人間でメールからもその様子が伝わってくる。朋友は以前スペインへ旅行したと聞いたことがあった。メールの題目は「一路平安」。これは一昨日心温まるメールをもらったときに書いてあった「気をつけて行ってきてください」“Have a safe trip”の中国語にあたる。その朋友の文面を勝手に引用させてもらうと

「わたしも大好きなスペイン,ゆっくり楽しんできてください。
ワインも生ハムもフラメンコも音楽も・・・
ガウディによろしく!
そして,サグラダファミリアで唯一の日本人の彫刻家の
外尾さんにもよろしく!ファンなので・・・」

とある。

朋友からの宿題を抱えてのスペイン行きとなった。

その朋友とは無事帰ってきたらスペインの話をゆっくりしたい。そして延び延びになっている四川省九寨溝に行く話もしたい!朋友は9月末にグループでシンガポールに行くとか。

昨夜は一緒に行く知人から最終的な電話が入った。気になっていた旅費はやっと今日振り込む。そして集合時刻はなんと朝の5時45分。広島駅新幹線口だ。今のところこれが一番心配!「遅れないように…」と知人に話すと「寝ずに起きてたら…」という。なにしろよく寝るタイプなので寝ずにはいられない。

電話を切るとき知人にスペイン行きを誘ってくれたお礼をいう。すると知人は一度行ったことがあるスペインは「いい国で楽しいよ!」と話す。またちょろちょろした性格なので「牛に引かれて善光寺参り」と笑って電話を切った。

ともあれ今から旅費を振り込みに行こう!後はそれから考えて…。

2011年8月20日土曜日

日程

スペイン行きも近づいてきた。昨夜、スペインへ行くと知人のお母さんにTELで話すと最期までアサちゃんの介護したことをほめられる。そして「いいことがあるよ!」、「見守って下さってるよ!」といって勇気付けてくださる。ありがたい!

スペイン行きはもしかすると「いいこと」なのかもしれない!?

今日は2人から気をつけて行くようにとメールをもらう。そのうちの市内に住んでいる人とはTELで日程など話した。もう一人の人とはメールで連絡した。あまりに親切な文面だったので読みながら思わず涙が出てしまった!

スペイン演奏旅行と銘打ったスケジュールは下記のとおり。

1日目 10:55フィンランド航空にて関空からヘルシンキ経由マドリッド(マドリッド泊)
2日目 マドリッド→トレド(マドリッド泊)
3日目 マドリッド見学(マドリッド泊)
4日目 マドリッド→アビラ(サンチアゴ泊)
5日目 サンチアゴ大聖堂など(サンチアゴ泊)
6日目 サンチアゴ(サンチアゴ泊)
7日目 サンチアゴ→レオン→ブルゴス→ロヨラ(ロヨラ泊)
8日目 ロヨラ→ザビエル→ルルド(フランス ルルド泊)
9日目 ルルド→バルセロナ(バルセロナ泊)
10日目 バルセロナ(バルセロナ泊)
11日目 バルセロナ(バルセロナ泊)
12日目 フィンランド航空にてバルセロナからヘルシンキ経由関空
13日目 8:55関空到着

スペイン行きを誘ってくれた知人に感謝しながら楽しい旅をしたいと思っている。それにしても未だに旅費を払っていない…。昨夜一緒に行く知人にそうTELすると先生のところに振り込むのかも…と暢気なことをいう。そして払ってないのは2人だけかもと…。いずれにしても明日合唱の練習で先生に会うので聞くらしいのだが…。

2011年8月19日金曜日

スペイン行きを前にして

午前中、フルートの先生宅に伺いレッスンを受ける。2年ぶりの訪問である。

会社勤めをやめた後、しばらくは先生宅でフルートのレッスンを受けたことがあった。そのときは社会人大学生になったり、アサちゃんの介護が加わったりして落ち着いて習う状況になかった。

ところが今となってはその9年間のすべては落ち着き、習い始めた頃と同じ文化センターで習っている。もちろんいずれの場所も同じ先生だ。

久しぶりの先生宅でのレッスンであったが、これまでと違い時間を気にする必要がない。1時間のレッスンは気がつくとかなりの時間オーバー。

今日もスコアと吹き方が合うようにしなければいけない。ほとんどの音は16分音符からなっている。レッスンの最後になって先生はメトロノームを6拍子にされる。3拍子の曲だからいつも3拍子で練習する。6拍子ですれば16分音符もそれにあわせればよい。先生にそれを告げると速度を84→168の倍にし、リズムも3拍子→6拍子にすればよいとか。納得する。

レッスン前、先生がルーマニアへ2度演奏で行かれた話をされる。15年前の1度目は知っていた。2度目は知らなかった。8年まえとか。その時期は忙しくしていた時期であり、レッスンを休んでいたのだろう。久しぶり先生からルーマニアの話を聞いた。もちろんルーマニアは行ったことがない。

ルーマニアといえば天満敦子が有名だ。余りルーマニアへ行った人の話を聞いたことがない。ちょっと刺戟を受けた日となった。

先生宅を去るとき「気をつけてね!」といわれる。「お土産を買ってきます!でも牛は無理です!」、「牛は〇〇さんに買ってきてもらってください!」と一緒に行く人の名前をいって先生宅を後にする。

ともあれもうすぐスペインへ行く。旅の仕度をしているとこれまでのことが思い出される。もう出発ロビーで「今から飛行機に乗るね。行ってくるね。」と電話で話す人がいなくなってしまった。ちょっぴりそれが悲しい!

2011年8月18日木曜日

半年が過ぎて…

アサちゃんがいなくなって今日で早くも半年が過ぎた。

今朝アサちゃんの長女夫妻は犬を連れて我が家にやってきた。先日忘れてかえった携帯電話を渡すとすぐに3人で墓参りをする。スペイン行きの無事もお願いして…。

墓に着くと盆灯篭を片付ける人の姿も多く見られた。我が家は今年から塔婆のみにしたのでその必要はない。

家に帰って近所の人にTELすると我が家と同じように今年から盆灯篭を立てないことにしたと話す。その人によると、昨年までは盆灯篭がお店になくて探したといっていた。ところが今年は売れ残っているという。盆灯篭に取って代わって市販の4,50センチくらいの塔婆が売られているとか。

我が家の墓にも隣のアサちゃんの姪が市販の塔婆を2本立ててくれていた。安芸門徒といえども次第にお盆の墓事情も簡素化され、いつの日か盆灯篭もなくなるかもしれない。

だが市販の塔婆は「南無阿弥陀仏」と印刷されている。我が家は日蓮宗で「南無妙法蓮華経」だ。塔婆の大きさでは市販品よりも数倍長い。当然価格も数倍どころか10倍以上もする。価格といっても市販されてはなくて、お寺に渡すのでお布施のようなものだが…。

アサちゃんの長女は来年から親戚に持っていく灯篭に代えて塔婆をあげようという。だが「南無妙法蓮華経」と書いたものは市販されていない。木の板を作ってそこに字を書こうと冗談をいう。アサちゃんの長女はアサちゃんの夫に似て、毛筆は上手。それもいいかもしれない。さてさてその板はどこに…。

2011年8月17日水曜日

情報あれこれ

今日は明け方から大雨が降り1日中蒸し暑い!

朝からエアコンをつけ、大雨のため午前中は家に閉じこもってパソコンで遊ぶ。いろいろ検索しているとお笑いのオードリーの春日と血液型と誕生日が同じと知った。誕生日といっても月日だが…。なんとなく親近感が沸いてくる。

他にもTVがどうこうと発言して話題になっている高岡蒼甫とかの情報も見る。その人がどんな人か顔も名前も知らない。検索で少しはわかったが…。

高岡がTVでいう韓流ブーム…に興味はない。韓国にも行ったことがない。だが韓国がどうのこうのいっても日本の社会でも芸能人では多い話だ。シャンソンの仲間と話すときもそういうコトが話題になる。政治家も多いとか。特に演歌歌手は本当に多い。べつにそうだからといってどうこういうつもりはない。だがなぜなのだろうとは思う。またパソコン上でもそういったことが多く登場している。それも不思議だ。

午後は雨もやんだので図書館でゆっくりする。そこで手当たり次第雑誌を見る。『暮らしの手帖53号』を読んでいると池澤夏樹の記事が掲載されていた。池澤については以前よく本を読んだことがある。その池澤の実父は福永武彦だと…。これには驚くばかり。福永武彦は若い頃好きな作家だった。作家といえば井上靖、森本哲郎も好きだった。今ではほとんど小説は読まなくなったが…。とはいっても森本は小説家ではない。

福永はとても綺麗な文を書く。再度読み返したいと思ったりする。池澤も父のDNAを受け継いだのか文は綺麗だ。

井上靖の本の影響を受けシルクロードに目覚め、森本哲郎の本で旅に目覚めた。特に森本の旅の本は以前シリーズで揃えたがまだあまり読んでいない。

20年近く前、広島市内のホテルで留学生支援のシンポジウムが開催された。そのメインゲストは森本哲郎だった。他にも今メディアで活躍されている大学の先生方も4,5人参加していた。森本氏とはその後の立食パーティで写真を撮ったりサインをしてもらったりした。サインは本の裏表紙にお願いした。とても達筆であった。

その当時は林家パー子モードでいつもカメラを持参していた。その会場で市内の某公立大学の学長も森本と撮って欲しいといわれ写してあげたことがあった。その学長は今は引退され郷里に帰られている。それでも丁寧に毎年年賀状をくださる。余程嬉しかったのだろう。元学長の情報は所属する「史学研究」を通して伝わってくる。お元気そうだ。

久しぶりゆっくりといろんなことを思った日となった。来週にはいよいよスペインへ行く。体調維持のためにもしばらくはおとなしく…と思ったりする。さてさてそれも…。

2011年8月15日月曜日

バッタ!?

お盆というのにプールに行って泳いできた。さすがにお盆だ。プールの利用者は少ない。今朝の利用人数22名となっている。ということは先週までの55名はやはりそのとき利用している人数のことか。

一昨日我が家にやってきたアサちゃんのひ孫と話していると、定休日の水曜日と日曜日を除く毎日、水泳教室があるとか。今日はお盆なので水泳教室はなく、子供の姿は少ない。淋しい雰囲気のプールだった。そのひ孫もクロールで25メートル泳げ、背泳ぎも出来るようになったという。

今日も朝から暑い。プールの室温31.5度、水温31度。今日も1キロ泳ぐ。泳ぎ始めて1ヶ月になる。なぜか泳いだ後、鼻水が止まらない。風邪も引いてないのに…。きっとプールの水がわるいのだろう。

子供の頃は、海や川で泳ぐことはお盆までのことだった。お盆を過ぎると泳ぐことはしなかった。とはいっても近くの海や川はいまでは水質が悪く遊泳禁止。その点プールは年中泳げる。

プールから帰ると家のブロック塀にバッタがとまっている。このバッタは黄緑色でなんと長さ10センチ以上もある。その大きさにびっくり!本当に狭い狭い我が家の庭は丈の高いコニファーや伊呂波もみじ、それにレモンの木、アジサイ、菊、ラベンダー、サルビア、ゆり、アイビーなど緑で一杯。バッタもこの暑さの中、居心地がいいのだろう。

そういえばバッタは何も昆虫だけに限らない。水泳でもバタフライのことを略して「バッタ」という。スイミングクラブの人は次は「バッタ」でいこうと話していた。「バッタ」では泳げない。平泳ぎも…。泳げたらきっと楽しいだろう…。

バッタの季語は秋とか。とはいってもまだ秋の気配はない…。

2011年8月13日土曜日

初盆供養

午前中、寺からお上人が来られてアサちゃんの初盆の供養をした。アサちゃんの長女一家は朝早く我が家にやってきた。お上人の到着時刻がはっきりせず、皆早い集合である。

しばらくするとお上人が来られた。我が家は日蓮宗なので木魚をたたく。そのためにぎやかなお経となる。

初盆供養が終わるとお昼前であった。総勢8人で車に分乗し、すし店に行く。アサちゃんの3歳の男のひ孫はお腹がすいていたらしく出されたものをおいしそうに食べる。3人のひ孫はいくら、トロ、鉄火巻きが好きだとか。ただ一人アサちゃんの孫の夫は昨夜飲みすぎたとかでほとんど何も食べようとしない。気の毒に…と思った。それでもその夫は墓参りをするという。しばらく車で休んでもらって、その後墓参りとなった。

墓に行く前、お寺によって初盆の塔婆と先祖供養の塔婆2本を受け取る。さすが寺の中は冷房が入ってなくても涼しい!それでも午後は暑いとか。

塔婆をもらって再度車に分乗して墓に行く。安芸門徒特有の竹でできた盆灯篭を立ててなければ良いが…と思いつつ墓に行く。我が家は初盆なので真っ白い盆灯篭を墓の周りに立てる。その風情は悲しみ以外の何者でもない。幸い我が家の墓に白い灯篭を立てた人はいなかった。ただ隣の家に住むアサちゃんの姪が2本小さい塔婆を立ててくれていた。盆灯篭はなくていい。これでいい…。

持参した大きな塔婆2本を墓の後に立て、花などを活ける。小さいひ孫たちは仏さんの歌を歌って墓に手を合わせる。いつ見てもそのしぐさはかわいい!

今日は我が家の墓の上にある一度も会ったことのないアサちゃんの両親の眠る墓にも参った。

それを終えるともう汗びっしょり!汗が顔から吹き出る。すぐに家に帰った。

家について皆でしばらく雑談をする。その間、ひ孫たちのにぎやかなこと。家中を走り回る。ひ孫3人は狭い我が家のあちこちを動き回る。皆元気がいい!

皆が帰った後、ブログに投稿しているとチャイムがなる。アサちゃんの甥がお供えをもってやって来た。さきほど皆来ていたのに…と思ったが、もう遅い。しばらくその従兄と話をする。

するとまたチャイムがなる。先日伺った108歳になる親を持つ友人からお供えが送られてきた。

お供えを受け取る度、亡くなったという現実を思い知らされる。本当はありがたいことなのかもしれないが…。

今年初盆を迎える家は震災などもあり例年になく多いことだろう。皆、我が家と同じように初盆を迎えていると思うとなんともいえない気持ちになる。

ともあれアサちゃんの初盆の供養ができるのも皆元気だからこそ。来月はアサちゃんの3女がやってくる。そのときはまた皆で会うことになるだろう…。

暑い、本当に暑い一日は今日も終わっていく…。

2011年8月12日金曜日

いろんなことが…

昨日も慌しく1日が過ぎた。

昼食を済ませるとシャンソンのレッスン会場に行く。と、その前に一般定期健診を受ける。昨日の段階ではどこも異常なし。その後、県立図書館に行き、不明になった利用カードの再発行を受ける。

県立図書館の利用カードがあれば、市立図書館で県立図書館の蔵書が借りられる。その利便を考慮して再発行の手続きをした。

市立の蔵書は県立のような専門性がない。昨日も県立図書館で新刊本を見ているとその内容が市立と違うことがすぐわかる。市立と県立の図書館の使い分けがあるのは仕方ない。これからは両図書館の本が市立図書館で借りられる。そういう意味でもいい時代になったと思う。

それを済ませるとバスで移動してデパートに行く。日中でもあり、移動するたび汗が吹き出る。デパートに入ってすぐにお供えを買う。お盆前とあってデパートの中は人で込んでいた。

それを済ませるとシャンソンのレッスンを受けに行く。受付の中国人の人とシャンソンがある日に出会ったことがない。昨日はシャンソンの見学に来たと思ったらしい。習っているというとその人は「名前は?」と聞く。告げると一文字同じ名前だという。「田」さんだった。下の名前もメモに書いてくれる。珍しい名前に思えた。内モンゴルから来ているとか。

話の途中、「シャンソン」を中国語でどういうのか聞くと電子辞書を出して調べてくれる。「シャンソン」というキーワードを初めて聞いたようだった。辞書には「法国小曲」とある。「法国」がフランスだから納得できる。あまり長く話しているとまたしかられるので早めに教室に入った。

始まる前、忘年会を兼ねてシャンソンの発表会を…と話している。新人にとっては何もいえる立場にない。だまって話を聞く。シャンソンのレッスンが始まると先生が再度そのことを話される。その結論は出ないようだった。

レッスンが終わると恒例の飲み会が始まる。昨夜はリーダーらしき人の男の知人と前回の日舞の先生が加わって総勢6人。場所は前回と同じお寿司屋だ。男の人は東京から山口に帰省する途中、今回のために広島で下車したという。その人は東京で相当な地位の人だとか。

まるで忘年会のような雰囲気である。ビールにさまざまな種類の日本酒。どんどんもってくる。料理も…。とはいってもこちらは日本酒を飲まない。お腹がすいてるので我を含む3人は食べて笑う方に集中。レッスンを受けている歯科医の奥さんはビールに日本酒と相当ご機嫌な様子であった。

話の中でリーダーらしき人はいつもどおり矛先をこちらに向けてくる。リーダーがいうには同じ突っ込みを入れた話でも我が話し方はきつくないとか。どうもそれは顔の表情からくるらしい。ほめられているのかけなされているのかよくわからない。

確かにほかの人からも結構突っ込んだ話をするといわれることがある…。それが可笑しいらしい。

すべての代金はその男の人が支払った。11月に忘年会をするのでまた来広するという。リーダーがいうにはその男性は女性でなく女の人といるのが好きだとか。わかったようでわからない。ましてやそこにいる女性は中年以上の人ばかりだというのに…。その男性は話の途中、東京で毎年開催される広島県人会の催しが面白いという。早速昨夜アサちゃんの孫に知らせた。その人は山口の人なのに広島県人会に入っているのだろう。

このブログを投稿中、大きな籠に活けられたお供えの花が届いた。旅行で知り合った米子の人からである。明日はアサちゃんの初盆の供養だ。戴いた花は仏壇の外に供えよう。

アサちゃん亡き後、もうすぐ半年になる。この間、人からやさしさについて教えられた。反面どうしても納得できない人もいた。大半は優しい人たちだ!「人のふり見て我がふり直せ」とよくいわれる。確かにそう思った半年だった。

今日はこのあと明日の用意が待っている。今日も暑い忙しい日になりそうだ。

2011年8月11日木曜日

お盆前後

昨日の午前、フルートの先生から電話がかかる。発表会を前に1ヶ月レッスンを休む。先生はスペインに行く前にご自宅で1度レッスンをして下さるという。ありがたくお願いした。

しばらくするとフルートの知人からスペイン行きの案内一式が郵パックで送られて来た。スペイン行きに関しては知人が仲介役となり何から何までお世話になる。合唱団のツアーのため旅行社を通さないのかと思っていた。送られて来た資料を見ると関西の旅行社からのものであった。

何しろ9年ぶりの海外。ちょうど2週間後にはスペインへ行く。2週間の旅だ。夜、知人に書類が届いたことをTELする。

落ち着きのないモノにとって海外旅行は注意すべきことも多々ある。昨夜も知人に、その1例を話した。10数年前、別の知人とイタリアのツアーに参加した。そのときの航空会社はブリティシュ・エアウエイ。そのためか初日はロンドンに到着。ところがツアーなのに我一人他のツアーに紛れ込んでしまいヒースロー空港到着の際、勝手に1人出てしまった。

再度絶対に中へ入れてくれない。待つこと30分余り。その間不安を抱えて外に立っているとツアーの人の顔が見えた。嬉しかった。

それを話すと知人は今回は大丈夫だという。相当変なモノに思われたかもしれないが…。

少しは落ち着きある行動を取ろうと心に決めた日であった。

昨日はその他にもアサちゃんの3女から初盆のお供えが送られて来た。届いたときTELにて「アサちゃんに供えたよ」と告げる。3女は9月の彼岸に来るという。初盆はアサちゃんの長女一家が揃ってくるとか…。

今日は午後からシャンソンのレッスンに出かける。帰りにはアサちゃんのお供えを買って帰ろう。こうして暑い1日は慌しく過ぎてゆく…。

2011年8月10日水曜日

16分休符が…

フルートのレッスンはお盆休みなどでしばらく休みとなる。昨日のレッスン開始前、先生にそのことを話すと少々驚かれた様子だった。休みを振り替えようといって下さる。だが、これも先生側の都合でなく我が都合なので申し訳ない。

昨日のレッスンは譜面に頻繁にでる16分休符を楽譜どおりに吹く練習をする。どうもこの16分休符をいい加減にして吹いているらしく、ピアノ譜を吹かれる先生とずれが生じる。

当分はスコアを見ながらソロで吹く音を口に出して歌う、これしかないと気づいた。先生にそれを告げるとその場で先生が楽譜を見て指図されるとおり声を出して歌う。わかったつもりだがさてさて…。

ソロのレッスンが終わると全体合奏のレッスンが始まる。とはいっても我が後にレッスンを受ける人との3人でのレッスンだ。我がパートを間違えないように吹くのだが、そこは練習不足が出てしまう。

この暑い毎日、フルートを吹くのは相当エネルギーが要る。エアコン無しでは練習できない。

エアコン無しといえば自転車がそうである。そういえば自転車も、フルートも水泳もすべてやってることは有酸素運動だ。有酸素運動は以前読んだ本によるとミトコンドリアが増えるから体に良いとか。おかげで元気なのかもしれない。

元気はともあれ、スコアを良く見てピアノ譜に合うようフルートを吹く練習をしなくては…。暑い、暑いとばかりいってはおれない…。やりたいことは沢山ある…。

2011年8月9日火曜日

『二十一世紀の大国 中国を読む「新語」』

莫邦富の『二十一世紀の大国 中国を読む「新語」』(日本放送出版協会、2007年)を読んだ。

本書は『NHKテレビ中国語会話』の2002年から2006年までの5年間の内容をまとめたものである。中国語会話から遠ざかっているモノにとって中国語の「新語」は疎くなる。そういう意味ではこの本を通じて現代の中国も理解できる。

この本のタイトルの前半部分は気に入らない。だがそれも仕方ない。著者はそこら辺りを「日本の方々に、この現実を正視し、アジアの二強時代を受け入れる心構えをするよう呼びかけている」(11P)のだから。その反面「一人当たりGDPでは、中国は依然として日本の二〇分の一弱に過ぎない。…特に教育や福利厚生、文学、芸術、音楽、環境保護、省エネルギーなど国のソフトパワーにおいては、日本はこれからも中国の模範となる分野が数え切れないほどにある。」(11P)と述べる。

そのうえでこれからの日中関係を「日本は台頭する中国を素直に受け入れ、中国は近代化の道を先行する日本に対して依然として謙虚に学ぶ姿勢を崩さないこと。」(11P)が新たな課題であるとする。

以下、この本の中の中国語の「新語」の気になる部分を記したい。

軟実力 (ソフトパワー)

今世紀半ばに中国はアジアのナンバーワンになるかについて著者は否定的である。すなわち高層ビルなど  の眼で確認できるハードパワー2020年くらいまでにアジア屈指の国力を擁するかもしれない。だが「世界の人々から心から敬意をもたれるようにするには、ハードパワーだけでなく、ソフトパワーも必要だ。」(41P)という。その例として「中国にいる間は、メールの送受信以外には余りインターネットを利用しなくなった。外国のサイトのアクセスを遮断されている場合が多い」(42P)というのである。そしてソフトパワーについて「中国が自信をもつ国になるまでには、まだまだ長くて遠い道のりがある。」(44P)と認めている。

これについては最近の高速鉄道の事故を見てもよくわかる。情報開示はされずどこまで国の政策を信じて良 いのかわからないのが庶民の本音だろう。また庶民はそれさえも自由に発言できない国だから…。

同志 (同性愛者)

これには驚くばかりである。同志は中国に何度も行っていたときは「何々さん」の呼称であった。それが時 代の変化とともに…。(48p)

家庭教会 (非公認のキリスト教地下教会)

中国政府が認定したキリスト教の宗教団体“三自愛国運動委員会”に参加せず、政府に届け出も出していな いキリスト教組織のこと。(58P)著者は毛沢東思想が威力を失った中国で、人々が求めた新たな心の支えと か。「宗教問題は中国の人権、信仰の自由などの問題と絡み、これからの中国にとって大きな課題となるであろう。」(59P)と著者はいう。

共産主義中国でキリスト教が存在し、信者も増えていると知ったのは社会人大学生の院生時代、哲学のゼミ であった。20名足らずのその講座の大半は中国からの留学生でトルコ人1名と日本人が数名であったように 思う。中国人の口から宗教、ましてやキリスト教の信者が増えていると知ったときは驚いた。自由がない国 だからこそヤミ組織の教会という意味なのだろう。

網管 (インターネット管理)

中国政府は個人がブログ(博客Bo ke)を開設する際に実名での登録を義務づける措置を…と新聞で報じられたとか。これらのことは、中国当局によるメディアなど言論に対する締め付け、そしてブログを経由した市民の匿名情報発信への規制と見る、と著者はいう。どう見ても言論の自由は保障されてる社会とは思えない。

弱勢群体 (低所得者層)

2003年の「全人代」で当時の朱鎔基首相が行った政府工作報告の中に引用された言葉であるという。この言葉の使用が広がる一方の所得格差の問題を正視し、その解決へ向けて中国政府がその新たな一歩を踏み出したと著者はいう。(97-99P)

首問制 (たらい回し厳禁)

召回  (リコール)

出境遊 (海外旅行)

海外旅行を認めないと密航者が合法的な観光客を装って日本やヨーロッパなどの国々に入って来る心配があ ると著者はいう。(235P)だから中国人が日本へ観光に来るようになったというのだろうか。

9年前まで中国へ何度も旅行した。何といっても日本の25倍も大きい国。何回行っても全部回りきれる国でない。中国の東北方面やアモイ、クチャ方面のシルクロードなどまだまだ行きたい場所は多い。それなのに年々嫌になる面が出てくる。それは中国の風土とは関係ないことだが…。

2011年8月8日月曜日

立秋!?

毎日暑い!それなのに今日は立秋とか。

秋といえば我が家に唯一実をつけたレモンとコスモスの花がある。どちらも季語は秋だ。

レモンは実をつけたときは大豆くらいの大きさであった。それが今では市販されている大きさにまでなっている。コスモスは鉢植えに植えた。これもたった一輪赤い花を咲かせている。

新聞によるとレモン農家でも今年初めの寒さでレモンの実のつきが悪いらしい。我が家は何しろ初めて実をつけた。これは喜ばしいことかもしれない。

そんな立秋の朝、プールに行った。今日もビート板で1往復し、後はクロールと背泳ぎを交互にして1キロ泳いだ。今日も利用人員55名となっている。どうもこの55名は利用している人数ではなく利用できる人数の意味のようだ。

今日の行事を見ると水泳教室が4件あった。相当の人が水泳を習っているようだ。

今日は平日の午前とあって大人で泳いでいる人は5,6人くらいしかいない。その他の大人はとなりのコースで水中歩行をしている。水の中を歩くのは泳ぐより大変と思う。それでも歩く人は泳ぐ人よりも年齢的には高齢者が多い。そして歩く人は泳ぐ人のように黙っておらず、皆大きな声でしゃべりながら歩いている。これも彼らにとっての楽しみなのだろう。

プールにはドライヤーなどは持っていかない。泳いだ後の髪は自然乾燥に限る。だから濡れ鼠のような恰好でJRにのって我が家に帰る。このときが一番人に会いたくない。暦の上では秋といっても日中は真夏の暑さだ。ドライヤーの持参も秋が深まるにつれもっていかざるを得なくなるのだが…。

それにしてもまだまだ暑い!秋はやって来そうにない!

2011年8月7日日曜日

NTTを名乗る!?

昨日に続いて今日はNTTを名乗る人がドアホンをならした。モニター画面で相手を確認すればよいものをついうっかりして通話を押してしまった。それがまずかった!

「NTTの光…」まで聞いて「いいです」というと相手が居直ってきた。「今忙しいので…」というとまた後で来るという。これも困ったなと思っていると工事がどうのこうのという。「工事はしません!」というと「工事はNTTがするんじゃ」という。とにかく「しません!」というと帰っていった。

昨日もNTTの光ファイバーの勧誘のTELだった。今パソコンの接続業者はNTTコミュニケーションのADSLで光ファィバーでない。

毎日TELと訪問販売でやりきれないので消費生活センターに相談のTELをした。係りの人は話の途中で業者名を聞きだすようにという。そうしないとNTTにも話せないとか。それも当然である。こういった苦情はあるかと聞くとNTTのみならず似たような例はあるという。そして「結構です」や「いいです」はあいまいな言葉なので使わないようにと諭された。

それもそうかなと思う。ついつい「いいです」といってる気がする。

消費生活センターの人は内容を告げると以前NTTの社員がADSLの顧客名簿を横流しして捕まっているのでそれが悪用されているかも知れないという。電話帳にも番号を掲載しないようにしているのに…。

これからは家にいるときはTELがかかってきても、ドアホンがなっても「じっと我慢の子」でいなければならないのだろうか。これも困った話である。本当に…。我が家のような貧乏人を狙わすに金持ちを標的にすれば…と思ったりする。

2011年8月6日土曜日

見えない恐怖!

朝から原爆関連の報道で慌しい!

原爆といえば目に見えない放射能の恐怖がある。その放射能の恐怖には福島の原発の恐怖も含まれる。今日はそれに加えて電話の恐怖を味わった。

夕飯を済ませてあと片づけをしているとTELがなる。子機で電話に出ると「NTTの…」という。NTTが直接かけてくることはない。少し聞いて「いいです」といって切った。その後が大変なことに…。何度もTELがなる。計6回も…。

すぐに電話機のマニュアルを出して「着信拒否」の設定をする。興奮気味でなかなかいい具合にいかない。その間にもTELが2度なる。15分間過ぎた頃、設定ができたのかやっと電話はかからなくなった。

気持ちを落ちつけるため近くの友人にTELをする。話していると気分も落ち着いてきた。電話を切ってシャワーを浴びた後、携帯がなる。さっきの友人からである。我が家にかかってきたフリーダイヤルは何番かと聞く。我が家のあと友人宅にもフリーダイヤルでかかってきたという。かかってきた番号は違っていた。

これまでも変な電話がかかってきて困ったことがある。だからナンバーディスプレイにした。それなのにうっかりフリーダイヤルのTELの受話器をとった。

今日のような変な目にあったのはこれまで3回ある。応対の悪さもあると思うけどもうこんな見えない恐怖を味わうのはこりごりだ。今日を限りにもう知らない番号には出ないようにしよう!もう絶対に…。

2011年8月5日金曜日

「原爆許すまじ」

毎日原爆、原爆と報道される。ふと今思った。それにしても「原爆許すまじ」の歌は今、どうなっているのだろうか。その歌詞がしきりに頭をよぎる。

You Tubeで検索すろとあった。歌詞は一番しか覚えていない。それでも完全ではなかった。この曲をいつ、どこで習ったのか覚えていない。多分小学校のとき習ったのだろう。

会社に勤めていた頃、一回り年下の人にこの歌を知っているかと歌いながら聞くと「歌わないで…」といわれたことを思い出す。悲しすぎると。イメージどおり淋しい曲だ。

それにしても今の子供たちはこの歌を知っているのだろうか。TVなどで歌っているのを聞いたことがない。

原爆に関わる歌といえばクミコの「祈り」などがヒットしている。原爆の子の像の佐々木禎子さんをモデルにした歌だ。広島に住んでいれば佐々木禎子は大概の人は知っているはず。それでも若い人はもう無理かも知れない…。

原水禁運動などと祭りのように大騒ぎするのでなく、せめて原爆の日ぐらい、この曲を流せばいいのにと思ったりする。原爆ドームの横を流れる元安川の灯篭流しのBGMにすれば観光客にも知られるはずと思うのだが…。

あらためて「原爆許すまじ」の歌を記したい。
作詩 浅田石二 作曲 木下航二
1)
ふるさとの街焼かれ
身よりの骨埋めし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
われらの街に
2)
ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの海に
3)
ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの空に
4)
はらからの絶え間なき
労働に築きあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
世界の上に


 歌詞にある「白い花」は市花となっている夾竹桃の白い花かもしれない。「黒い雨」については降った範囲がどうのこうのと政府と地元で今も議論がかわされている。「三度」は広島、長崎に続く三度目ということだろう。いずれにしてもいい歌だと思うけど…。

2011年8月4日木曜日

初盆を前にして

朝、知人からユーロの両替についてTELが入る。今日両替に行くらしい。円高は昨日が最高値の76円台だったが政府の介入で今朝は78円台後半になっている。円高といっても我々にはどうこういうことでもないことだが…。

この夏はアサちゃんの初盆とあっていろいろな人から初盆供養のお供えをいただく。毎度のことながらアサちゃんはそういう類のモノをもらわないようにと言い残している。そのたびどうすればいいのか迷ってしまう。

今日もそういう場面に出くわした。近隣の人たちからである。持ってきた人にその旨告げるのだがどうもわかってもらえない。受け取るようにという。そしてその人たちにTELするようにと告げて去っていく。

アサちゃんの長女に相談すると受け取るようにという。それぞれの金額は大した額ではない。いつまでこういう習慣が続くのかとふと思ってしまう。気を取り直して中に書いてある人たちにお礼のTELをする。

「淋しいでしょ!」といって下さるのだが、親の代と違いそれほど親しい人たちではない。どこまで話せばいいのかわからずにTELを切る。ナニゴトも素直に「ありがたいコト」と単純に思えばいいのかもしれないが…。もう考えまい!

午後は近所の女性とカラオケに行く。今日は暑さのため人出も多くないのかフリータイム可能という。何事も需要と供給の関係で商売も成り立つ。ちょっとしたコトで是非が決まる。フリーでお願いした。

同じ曲ばかりでは面白くないので年代順に曲を探す。歌番組全盛期でも全く聞いたことがない人がいる。不思議な気がする。1度でもいいからその人たちの歌を聴いてみたい気もしてくる。

それを終えると友人宅によって出前の「冷麺」などを注文して食べる。

話しているとお互いお盆の予定があると知る。それが過ぎるとスペイン行きが待っている。それも終わるとフルートの発表会がある。当分続くこれらの行事を終えないと秋は迎えられそうにない。

それを乗り越えるためにもスイスイと元気に泳がなくては…。

2011年8月3日水曜日

原爆の日を前にして

原爆の日が近づいた。毎年この時期になると原水爆禁止運動とかで全国から大勢の人が広島にやってくる。来るのはいいが街がうるさくて仕方がない。

昼過ぎ、ベランダの洗濯物を収めようとするとその団体がちょうど通り過ぎるところだった。2階にいるものに向かって「運動に参加しましょう!」と呼びかける。みると100人位の人々が歩いて行進している。先頭には警官が5,6人、その行列の真ん中辺りや最後尾にも警官が数人着いて歩いている。歩く人ばかりでなく行列にはマイクロバスや乗用車も10数台行進に加わっている。

シュプレヒコールを聞くと5月6日に東京の夢の島から行進は始まったという。ちょうど3ヶ月かけて広島に着くことになる。

なぜ大通りでなく我が家の前の道を通るのだろうか。いつもそう思う。旧山陽道と県道を結ぶ道だからか。それともその道が区役所に面しているからなのか。どうでもいいけど…。

この時期のこの騒がしさだけはやめて欲しい!それでなくても毎日本当に暑い。その音を聞くと暑さも一段と増すような気がする。顰蹙ものだろうか。

6日まではメディアも原爆ばかりを取り上げる。ニュースを見ても特別番組もみな原爆。

とはいってもアサちゃんもずっと以前、原爆の日の早朝は暑いにもかかわらず自分の姉一家が原爆で亡くなったといって毎年式典に自分のすぐ上の姉とともに参加していた。それが終わると祀ってある寺町に参って家に帰っていたことを思い出す。

今年の夏は福島の原発とも重なって原爆か原発かで6日の平和宣言が取りざたされている。両方読み上げるという広島市長、原爆だけ取り上げるという広島県知事。どちらがいいのか余り関心がない。だが、原爆の日は原爆だけにすれば…と思ったりする。

ともあれ後世に原爆の悲惨さを伝えるということは大事なことだ。それでもやはり有る時期に限って異常にマスコミが取り上げるのもどうなのだろう。いつもこの時期になると思うことだが…。

2011年8月2日火曜日

お世話になる!

今朝スペイン行きの海外旅行傷害保険の案内が届いた。9年前までの海外旅行はクレジットのゴールドカードの特約を利用した。そのためわざわざ保険をかけたことはない。そのゴールドカードも家にいるようになってから解約した。もう保険は必要ないと思ったが今回は魔よけのお守りとしてかけることにした。

夜、旅のお世話をしてくれる知人に書類が届いた旨TELすると記入して送り返すようにという。そのとき「年齢を見てひっくり返らないように…」というと「ひっくり返る」と応えて大笑いする。そして先日の説明会で先生に挨拶しなかったというと「知ってるからいい…」と。一緒にスペインへ行くその合唱団の定演は10数年間、受付の手伝いをした。だから我が顔を知っているというのである。

夕方はフルートのレッスンに行く。レッスン会場に行く前、水着を買いにデパートに寄る。プールの塩素ですぐダメになる水着の予備は必要だ。そのあと久しぶりヤマハに寄る。若い頃長くエレクトーンを習った場所だ。五線紙売り場を訪ねると1階にあった。

先週フルートの先生から全体合奏とアンサンブルのスコアをもらった。今コンタクトをしていない。悲しいかなメガネはコンタクトほどよく見えない。そのためスコアを我が吹くパート譜に書きかえるため五線紙を買った。

パート譜に書き換えるのは既にもっている音楽のノートで書き終えていた。だがどうも今一歩の感がある。それでも先生にそれを見てもらうとよく書けていると…。附点音符の書き方は間違っており音符の右上に書くのが正しいとか。音符を書くということはこれまた何十年ぶりかだった。それでもト音記号などの書き方は覚えているものだと我ながら感心して記入した。

今日先生から手書きでないパート譜のコピーをもらった。やはり手書きでない分、見た目も綺麗。先生にもいろいろとお世話になる。

今日のフルートのレッスンではソロで吹く曲と全体合奏の曲をさらった。今日カレンダーを見るとフルートのレッスンは来週受けると次からは1ヶ月も休みとなる。教室のお盆休みやスペイン行きでそれも仕方ない。時間はまだまだあると思っていた。それなのに…。発表会ももうすぐやってくる…。

2011年8月1日月曜日

水泳談義

先週に続いて今日もプールに行って泳いできた。いつものようにビート板を使って一往復し、後はクロールと背泳ぎで1キロ泳いだ。背泳ぎは先週泳ごうとしたが何だか体のバランスが変と思って止めにした。今日はそれもなくスムーズに泳ぐことができた。

プールは午前中に出かけた。ちょうど小学生の水泳教室の日と重なり、子供たちであふれている。帰りに掲示板を見ると本日の入場者55人となっている。その大半は子供だ。

泳いだ後、家に帰ってしばらくするとアサちゃんの一番大きいひ孫がアサちゃんの長女の夫に連れられやってきた。先ほどプールから帰ったというとひ孫は夕方水泳教室でプールに行くという。午前の部でなく午後の部で習っているようだ。今日で9回目とか。大体10回のコースだからもうすぐ終わるのだろう。

話を聞いているとプールの一般のコースは子供でも25メートル泳げる人が泳ぐことができるという。ひ孫はまだ小学2年生の女児だ。まだ背も高くない。今はまだ一般のコースでは泳げないがクロールで25メートルの手前までは泳げるという。それなのにもう秋の水泳教室にも申し込んでいるとか。頑張っているようすが伺える。

水泳といえば我が小さい頃はプールなどなく、アサちゃんの夫に連れられて近くの川に泳ぎに行ったものだった。川といってもそれほど小さい川でない。沖の方は湾になるので潮の満ち引きも影響する。干潮のときは水深も浅いが満潮になるともう絶対に近づけない。

その川には牡蠣養殖のための筏が至るところにあり、それにつかまって水遊びをしていた。姉妹3人なのに我以外の2人は泳ぐこともできる。同じ姉妹でも何故か何もできずに大人になってしまった。

今日来たひ孫を見るとつくづくうらやましくなる。小さい頃から音楽、運動、習字…と何でもやろうと思えばできる環境にある。世の中、景気が悪いというがそれほどでもないのでは…と思ったりする。

ひ孫からすれば大叔母さんが、ひ孫と同じように水泳の話を楽しそうにするのをどう思って聞いただろう。今になってそれも可笑しい話に思える。