2012年4月29日日曜日

偶然の出会い!

しばらくブログを休むと書いた。だが昨日は日帰りで松江に出かける。今日は昨日のことを投稿しよう!

GWの初日の28日、松江に出かける。元々は1泊2日の予定だった。ところが、前日夜遅くTELがかかる。泊めてもらう予定だった米子の友人宅で不幸があり、急遽日帰りで松江に出かけた。

松江行きは三好徹氏の講演を聞くことが目的。それに付随して米子の友人と会う予定にしていた。しかし、GW中に大きな予定が待っている。友人には申し訳ないけど、今回は日帰りでよかったのかもしれない。

講演者三好徹は新聞記者を経て直木賞作家になる。折角講演を聞いたのに、この人の作品をほとんど読んでいない。折を見て読んでいこう。

話の中で、森敦を始めとして多くの作家の名前が出てくる。だが何と言っても、森敦とのかかわりが、この人の作家人生を決めている。余談だが森敦といえば『月山』。この本は森敦が芥川賞を受賞した作品。当時関心を抱き持っている本。

氏は、記者となってしばらくして結核に罹る。2年余りの闘病生活。氏に言わせると「人は淋しいとき本を読む」とか。確かにそうかもしれない。高校時代、英語教師の転任挨拶で「本好き」を聞いた。そのとき初めて「本を読む」ことに気づいた。

当時、本を読むと言えば購入して読んでいた。ところが今は、身近なところに図書館もあり、借りて読むこともできる。若い頃、余り本を読まなかったのは氏の言うように「淋しさ」がなかったからかもしれない。今は、よく読んでいる。それは「淋しさ」の解消!?

ともあれ、氏は病気になって主にエッセイの類を読み、小説はあまり読まなかったとか。読んだ本にカフカの『変身』等があるという。

氏によると「小説は人間の心の中を抉(えぐ)り出すことにある」とか。

三好は転勤を経て、菊村到に出会う。菊村は芥川賞を受賞。その菊村の影響を受け、次第に小説を書き始める。書いた本を菊村に読んでもらうと、新聞記者の書く報道の文章と小説家の書く小説の文章の違いを思い知らされる。

この違いが今回の講演のハイライトだろう。

さらに三好は書くとは「ねじり鉢巻をして書くこと」だと知り、その意気込みから『文学界』に投稿。そこで森敦と出会う。その森から10年以上も教えを請う。そのころ『聖少女』を書く。だが始めは『聖少年』だった。それを森は「書いてある目の前の現象は少年だが背後には少女を書こうとしている」と指摘され、タイトルを「少年」から「少女」に変更する。

これと似通ったことは、日本人は「死」を書くことを好むらしい。だが、実際は「生」を書いているという。

このほかに森敦の奥様は森が出かけるときに交わす「さよなら」という言葉の背後の意味の話。さらに陸軍幼年学校出身の作家たちである加賀乙彦、西村京太郎そして氏の話には「戦争の影が底辺にある」などの話もあった。

講演は知らないことばかりで興味深い話であった。時間も押し詰まり、講演会は終わった。

終了後、岩国の友人から芝桜を見に来るようにとの有難い誘いのメールと電話をいただく。すぐに講演会終了後の会場でその人に返事の電話をする。電話を終えた頃には誰も会場にいない。行きはタクシーに乗って会場に来た。そのため外に出て松江駅まで歩こうとするがさっぱりわからない。

そのとき会場から1人、女性が出て来た。その人に声をかけると松江駅まで歩くと言う。一緒に歩きながら今日の講演会のことを一言二言話す。話しながらその人は「もしかしてブログ〇〇の・・・」という。それを聞いてもうびっくり!

昨日の講演を聞きに来た人は多い。それなのに会場を遅れて出てきた人にたまたま声をかけた。その人がまさかブログを読んでいる人だったとは・・・。それを知り、その偶然性に怖い気さえした。おっとりとした上品なその女性もしきりに驚いている。

昨夜、帰宅してその女性との話から公開しているブログの気になる投稿を削除した。

何と言っても「煩わしいこと」が一番嫌い!そしていつまでも「心に負担」になるようなヒト・モノ・コトに関わりたくない!特に煩わしいヒトとは離れるようにしている。その意味でも削除して気持もスッキリ!

ブログは匿名で書いている。それが何かの拍子にヒットする。公開しているブログは当然見ず知らずの人も読むだろう。それにしても・・・。驚いてしまった!

松江駅でその人とカフェに入って互いの乗車時間まで話をする。話をしていてもブログを読んでいるためか初対面なのに話が通じる。これにも驚く。この講演会は毎月1回あり計6回ある。その人と来月も会うだろう。

ともあれ、作家の話を聞いても、人との出会いによって現在がある。

今回ブログを通して偶然の出会いがあった。人の目に触れるブログ。煩わしいコトにならない程度でブログに投稿しよう!

明日からのブログはしばらくお休みします!

2012年4月27日金曜日

GWを前にして

今日は透き通るような青空。まさにスカイブルー!

昨夜は幼馴染と一緒に夕飯を食べる。そのお店は家に来る銀行員に教えてもらった。銀行員は予約をしないと満席、と言う。ところがその言葉とは裏腹に、昨夜は9時になっても2人だけの貸切状態。初めて入ったお店なのに吸い物をサービスしてもらう。感じのいいお店だった。また行こう!

今日も大学へ行く。一番前の席に座る。通路を隔てた横には男女の区別がつかない人が座っている。毎回どっちだろう、と思って見ていた。前回、お願いすることがあって声をかけた。顔を見るとかわいくて、感じのいい女性だった。その人に今日改めてお願いする。一人知り合いができた。よかった!

教室にいるのがもったいないような陽気。先生も学生の頃、授業をせずにビールを持って外で遊んだとか。今では、年齢云々といって未成年者のアルコール摂取はご法度。これも時代の移り変わり?

教室に行く前、学部生の頃の中国語の先生に声をかけられる。思わず「遊びに来ました!」と言ってしまった。先生は歩きながら中国語を学ぶやり方を話してくださる。学内のパソコンや、NHKなどがあるとか。学内に関してそういうことができるとは知らなかった。いつでも親切に接していただきありがたい。

講義後、バスの時間まで図書館に立寄る。大学はさすがに知の拠点だけあって、新刊書がたくさんある。今日も2冊借りて帰る。

一緒に旅行する朋友は大学の図書館に勤めている。大学の方が市の図書館よりも読みたい本がすぐ手に入ると話すと、同じようなことを彼女も話していた。大学の図書館の利用は結構、穴場である。そうはいっても、大学へ通っているから言える話。通っていなかったらわざわざ運賃を出してまで借りに行かないだろう。

最近は本を借りてもJRの中で読むくらいでなかなか家で落ち着いて読めない。

ともあれ忙しい日々は当分続く。体にだけは気をつけよう!

明日からGW。しばらくブログは休みます!

2012年4月26日木曜日

やっとクリア!

昨日からやり始めた大学のWeb上の試験にやっと合格した!

昨夜はかなりパソコンに振り回され、疲れてぐっすり寝る。情報の試験にこれほど手こずるとは・・・。寝ていても夢に出てくる。今朝、朝食を済ませるとまたパソコンに向かう。

歯科に予約を入れている。パソコンを触っているといつの間にか予約の時間になる。とりあえず試験はやめて歯科にいく。

歯科で偶然、歯科を変わるきっかけを作ってくれた人と出くわす。情報・・・が大変と話すと京都の某国立大学で勉強しているその人の息子の話になる。現役の大学生でも情報手段でさまざまな試験を受けることの大変さを聞くという。私がしんどいのも無理はない!

その息子さんもTOEFLの受験もネットだったとか。学部生の頃、TOEICを4回受けさせられた(大学経費で強制的にその当時の入学生から全員受験させる)。このときはマークシート方式。若くはないのでこのやり方もそのとき初めて経験した。

それが今ではネットで受ける時代になっているのだろうか。

今年度はスペイン語を学ぶために大学へ通っている。それが今回の情報の講座でかなり疲れた。しかし、その面で知らないキーワードも覚えられて良かった。

また、テストを受けるコツもわかってきた。昨夜、つまずいたところは飛ばして、図々しくも最後の修了試験に挑戦。それも何度か失敗したが、どうにかクリア。

旅行先まで宿題を抱えて行きたくなかった。これで一安心。

家でテスト中、幼馴染がTELしてくる。暫く幼馴染とも会えないので一緒に夕飯を食べに行くことにする。

それにしても何となく落ち着きがない。この様子を母が見ていたらなんと言うだろう。「あわてて怪我でもしたらどうするん!」、きっとそういうだろう。 

ともあれパソコンに振り回された日々から解放された。体力的なことより精神的なことの方が疲れる。それを実感した2日間だった。

ブログ投稿を終え、今朝の地元紙に掲載された人の話題を追加しよう。

なんと90歳で文化教室に通って絵画を習う。そこで描いた絵が新聞に掲載される。現在97歳のその人は笑顔の写真で新聞に載っている。その顔は「おばあさん、おばあさん」していない。まだ70歳代に見えるほどだ。

年を重ねても頑張っている人が好き!母よりも年齢は高い。立派だ。

何が嫌いと言って絵を描くことくらい嫌いなものはない。それでもこの人のように90歳になる頃にはもしかして絵が一番好きになっているかもしれない。何歳になっても可能性はある。その日を楽しみにして頑張ろう!

2012年4月25日水曜日

パソコンに疲れた!

今日はいつもの講義とは別に情報セキュリティポリシー・コンプライアンスを受けに大学へ行く。座学が終わるとWEB上で試験を受ける必要がある。

何ごともすぐにしないと嫌な性格のため、先ほどからその試験を受ける。ところが半分くらい済んだところでつまずく。どうしてもできない。無制限で受験できるのだが、一箇所できない。後は、旅行から帰ってからすることに決めた。

頭を冷す意味もあってブログに投稿する。

このまま続けて試験を受けているとほかの事が何もできない。それでなくても気ぜわしい毎日である。

よく考えてみれば食事も外食が増えていてちゃんと食べているのだろうかと心配になる。今日のお昼も大学のカフェが気に入ってそこで済ませた。

情報科目は学部生の頃、一番手こずった。しかし、当時はこの試験に関しては簡単にクリアできた。今回は大変なことになっている。

かなり疲れたので今日はもうパソコンは終わり。すべては明日に・・・。

2012年4月24日火曜日

中国へのお土産

電波時計では、ただ今の部屋の気温24度3分、湿度47%と「快適」である。とはいっても窓は3箇所開けての話。このまま暑くなるとも思われないが・・・。

気温の変化が激しいので中国へ着ていく服を考えてしまう。中国と言えば、大学の講義後、市内へ出てデパートに立ち寄る。中国へのお土産を買うためである。初めての海外は中国だった。そのとき、日本にいた留学生の妹さんと南京で会ったことがある。何を手土産にしたのか全く覚えていない。

今回は中国語を習っていた人に再会する。昨夜、ネットでお土産の好適品を検索する。

喜ばれるものとしては「日本製」だとか。日本製と言ってもハンカチや梅干、時計、日本の和菓子などは好まれないらしい。好まれるものは化粧品や洋菓子類だとか。

今日、デパートでいいものを見つけた。ジバンシーの綿の春らしいストールである。店員さんに日本製かどうか確認してもらって購入する。このスカーフ、自分でも気に入ったので同じものを買いたい。もう一つは日本の広島が発祥の地であるバウムクーヘンを買う。

現在、デパートは母の日セールをしている。中国では派手派手のラッピングが好まれるらしい。スカーフもクーヘンも派手な赤のリボンでラッピングをしてもらった。

ついでにと言っては失礼ながら、米子へのお土産の一つもバームクーヘンにして、同じくラッピングをしてもらう。

買い物を済ませると、フルートのレッスンへ行く。ドビッシーの「夢」をさらう。吹くことは吹けた。だが、メロディーに全く強弱をつけて吹いていない。これが今週の課題。次回から同じくドビッシーの「小さなくろん坊」のレッスンに入る。この曲を動画で探すが、いいのモノがない。動画挿入は諦めた。

来週のフルート教室はGWのためお休み。遊びの季節がやってくる!

2012年4月23日月曜日

物騒なことが多い

地上では化学プラント工場が爆発し、住民は異常な不夜城を体験する。空中では風速32か3メートルの台風並みの風が吹きまくり、トラック数台が横転する。風はトラックのみならず人間をも吹きまくっていったとか。

連日、油断もすきもなくいろんなことが起きている。

昨日夕方、米子の友人にTELをする。トラック横転場所は鳥取市。友人によると、米子でも家が吹っ飛ぶほどの強風にびっくりしたとか。だが、何ごともなくて本当に良かった!

今朝の広島もお天気はいいものの、風が強い。そんな中、久しぶりプールへ行く。今日は900m泳ぎ、200m歩いた。

プールの中を歩いていると係りの人が横を通る。すぐに、その人にプールの中での正式な歩き方を尋ねる。いつもプールで歩くとき我流でつま先から歩いている。ところが係りの人は地上を歩くときと同じようにかかとから先におろして歩くのがいいという。

聞いたからには、と先ずはかかとをつけて歩いてみる。なかなか難しい。つま先を先につく方が前に進みやすい。今日は習ったやり方では25mしか歩かなかった。次回からはかかとから歩くようにしよう!

今朝、郵便物が届く。1通はフルートの販売メーカーから。他の1通は先日開催された恩師の懇親会の模様と、そのときの写真3枚が送付されている。幸せそうな恩師夫妻と花束贈呈の写真であった。

先日、学内の講演会後の中華料理店へ行った人も同じ恩師。同じ研究会へ属している。

近いうち松江へ出かける。そのとき、米子の友人宅へ泊めてもらう予定。その後もスケジュールが詰まっている。その合間に今週に限って大学へ3日も行く。ハードな日々である。

それでも今日は2週間ぶりに泳ぐ。

それにしても物騒な世の中だ。無免許の未成年が10人くらいの学童を跳ねたとの地元新聞社の号外メールが入ってくる。

寝ていても起きていても事件に遭遇する世の中。悪いことは気にせずに、楽しく生きたいものである。

2012年4月22日日曜日

気勢をあげて!

今日は一日中ぐずついたお天気。中国行きを前にして女朋友の地元であるJR駅で合流し気勢をあげる。あいにく先日出かけた中華料理店はお休み。車で場所を移動して隣町の寿司店に入る。

雨の中、人出は多い。食事をしながら今回の旅について話をする。女朋友、曰く、今回の旅のテーマは「日中友好再会の旅」、サブテーマは「高山病体験の旅」。高山病になれば旅は大成功、ならなければ再訪だとか。なかなか発想が賢い!そういう風に思えば今回の中国行きは何も心配することはない!?

送られて来た旅行社からの旅行日程表によると旅のテーマは「~夢幻の水の仙境~九寨溝と黄龍 世界遺産の旅」。

これまでの旅でひどい高山病になったのはチベットのラサ。2日間寝ていた。今ネットで検索するとチベットは高度3600m。日程表によると黄龍が3100m。ともあれすべては出かけてみてからのことになる。

寿司店を出ると、朋友の車で移動しカフェに入る。カフェは建物の外も中も黒で統一されている。今日の朋友の着ている服は上から下まで黒尽くめ。カフェの中では顔だけが異様に白く映ると笑って話す。そこのトイレの便器も黒だった。

カフェでケーキとコーヒーを注文。コーヒーはいつもは砂糖は入れずミルクだけ入れて飲む。今日はこのカフェにあわせてブラックで飲む。美味!思わず2人して2杯も注文。だが2杯目の割引はなかった!

朋友曰く、次回は旅の「反省会」だと。何でもいい、遊びましょう!

朋友とは何といっても中国語の友だちであり、旅の友だちでもある。話の中でモロッコとメキシコが出る。朋友はモロッコはスペインへ行った際、少しだけ行ったらしい。モロッコが気に入って、その後も行こうとしたが治安の影響で出かけてないという。

モロッコ、メキシコも行ってみたい!さてさて、それはいつになるやら。ともあれ、今は中国行きが待っている!

2012年4月21日土曜日

出陣式?を前にして

このところ忙しくしている。今日は朝から洗濯をして夕方に予約している歯科へ行くまで家でゆっくりする予定だった。ところが、午後、幼馴染から電話がかかる。今週初め、2泊3日で南九州へ親子で旅行して帰ってきたという。

我が家へ来ると言うので、歯科に行くまで話をする。鹿児島県南九州市知覧の知覧茶とタンカンのお土産をもらう。

タンカンは初めて味わった。ネーブルのような味がする。美味!ネットで検索するとタンカンの現在の主な産地は沖縄県と鹿児島県の屋久島、奄美大島であるとか。どうりで広島では見かけない。めずらしいものをいただいた。

知覧茶も初めて知った。知覧は戦時中、特攻隊がそこから飛び立ったところ。幼馴染の話でそのことを思い出した。

明日、中国へ一緒に旅行する女朋友と「出陣式」をする。先日もブログにそう投稿した。今日の幼馴染の話を聞いてこのキーワードを面白おかしく使用していいのかと自問自答。別に変な意味で使ったわけではない。旅の楽しさの前夜祭の感覚で使用していた。やっぱりいけない言葉かも・・・。

もらった茶葉を見ると知覧町産100%となっている。今一歩、知覧町がどの辺りか地理的にわからない。鹿児島県は何度か行ったことがあるが、知覧へは行っていない。ともあれ、知覧茶を味わおう!

今朝は、九州の「お母さん」から葉書をもらう。今回の旅をかなり心配して下さっている様子。身内以外から「〇ちゃん」と呼ばれることも少なくなった。手紙や電話でいつもそういってもらう。ありがたい!

行き先が度々新聞に載ってるとか。お元気な頃、旦那さんや息子さんと何度も海外へ出かけられている。それが、今日の葉書には「今は足はフラフラで主人もいなくて外国旅行は駄目となりました。」に続けて「でも長男が良くしてくれて幸せです。」と書いてある。

しっかりものの「お母さん」からこんな言葉を聞くのは辛い。だが、いずれ誰もが通る道。だからこそ毎日を楽しまなくっちゃ!

ともあれ明日はXiao Chi 小姐と怪気炎をあげる。そしてその元気を九寨溝へ持っていこう!

2012年4月20日金曜日

スペイン語にのぼせて

朝方の雨も止み、日中は少しばかり蒸し暑い!小雨の中、2コマ目の講義を受けに大学へ行く。

講義も徐々に難しくなる。先生は始めが肝心とばかり、わからないところは質問するようにいう。文法に関してはほとんどといってもいいくらい英語との比較で始まる。

初めて英語を習った中学生の頃、かなりのぼせていた。入ったクラブは英語クラブ。アメリカの人とも文通していた。高校に入ってもやはり英語にのぼせていた。何と言っても英語の先生に魅力を感じた。かなり英語に力を入れていた。それなのに・・・。大学受験で失敗し、四大を断念。

貧乏な我が家では私立は短大しか望めなかった。それでも、英語方面に進みたかった。しかし、母の意向もあって短大では英語とは違う方面で学んだ。就職で先生のすすめる専門を断り、会社員になる。そのいきさつは話せば滑稽。またの機会に・・・。今こうして自由に過ごせるのも会社に勤めたからと感謝している。人生何が幸いするやら・・・。

話がそれてしまった。スペイン語の学習は中学時代、英語にのぼせていた頃にタイム・スリップする。かなりのぼせている。中国語の習い始めは、今のスペイン語よりも箸にも棒にもかからなかった。中国語は文字とともに、ピンイン(中国語のローマ字の発音表記)を覚えねばならない。とっつきやすく難しい言語が中国語。会話はできても奥が深い言語である。

ともあれ、今はスペイン語にのぼせている。

講義後、バス停に向かう。今日は、中国へ行く際のリュックサックを買うため、広島市内のデパートにそのまま出かける。バスを待つ間、バス停付近の大学の公園にスミレが咲いている。思わず写真に収める。これから大学周辺はお花畑となっていく。
学部バス停前のスミレ

リュックサックは昨年の旅行の際にも購入した。今回はそれを利用しようとした。だが、スペインで背中に負うのは「危ない」ということであまり利用しなかった。リュックは旅行社によると山に行くので必需品とある。後から触られてもいいような、安全なものを今日買った。

TV「世界ふしぎ発見!」でリポーターがすすめる商品らしい。買った商品のタグにそう書いてある。さらにタグには「このバッグと一緒にパラダイスを見つけてきてね!」とも書いてある。行き先もパラダイス!見つけて来ましょう!

しかし何と言っても高山病が怖い!一緒に行く女朋友も先日の電話でそれが「怖い!」と話していた。ともあれ、どうあっても行くしかない。動けなくなったら・・・。嗚呼!

スペイン語の講義は旅行中、一回休む。先生は今日の授業中、「ここは重要ですよと言うところは必ず試験に出します」と話す。試験云々はあまり今の私にとって関係ないこと。だが、同じやるなら単位を落としたくない。

スペイン語を学ぶことについて思った以上にのぼせてしまった!これも「老後の楽しみ?」と思えば嬉しくなってくる。これまであまり西洋諸国やアメリカに関心を持っていなかった。

外国語を学ぶことはその国の文化を学ぶこと。そういう面ではスペイン語圏を知るいいきっかけとなった。

これからどんどん年を重ねていく。そろそろ途上国は卒業し、先進国へ行くのも良いかも知れない。アメリカでジャズを聴いたり・・・。まだまだ行く手には楽しみが待っている。留学も!?

2012年4月19日木曜日

「世界へ飛び出して見えたこと」から

一昨日、大学で講演会が開催された。講演者は今、メディアを賑わしている加藤嘉一(よしかず)氏。若干27歳。”中国で最も有名な日本人”と話題の人である。

この人については一緒に中国へ行く女朋友と先日会った際、話が出て初めて知った。この講演会を誘ってくれたのはゼミが一緒だった若い女性からのメールである。

講演者はさすがに時の人だけあり、オーラというか人を魅了する力がある。演台に立っただけで拍手が起きる。会場を見渡すと、大学の学長を始めとして教師や学生たちで溢れている。会場が、ホールでなく一番大きな教室だったので聴衆は五、六百人位いただろうか。今朝の地元紙によると四百人とか。

まあいずれにしても会場一杯の人だった。聴衆は各国からの留学生も多く、講演後の質疑応答では日本語よりも英語、中国語でのやり取りが多かった。これもすべては講演者が3ヶ国語を流暢に操る所以であろう。言葉ですごいと思ったのは日本語の使い方が綺麗ということ。先ず母語をちゃんとして外国語をネイティブに話すことを目指しただけある。その辺りは、青年らしくてすがすがしい!

彼の底辺にはハングリー精神がある。話の中で家が貧しかった、父が早世した、下に妹弟がいるなど、この時代、若い人なのに金銭的に苦労して育っている。生まれは伊豆。閉塞感ある地からとにかく外へ飛び出したかった。しかし、人並みに憧れた欧米には金銭的に困難を伴い断念。そこから目指した外国が中国だった。

とはいっても、ともかく「成功」したかに見える中国から今年の8月にはシフトを移してハーバード大学へ出かける。何と言っても彼はまだ若い。この先には、まだまだチャンスが待っている。

彼がなぜ中国へ行くようになったのかを5点挙げている。
1 3歳のときに怪我をした(生死観)
2 外に目を向ける(世界観)
3 駅伝をやっていて体力がある(自己管理)
4 人生の節目に理解者がいた(価値観)
5 背中を押してくれる家族がいた(家族)

中学3年で早くもオーストラリアへ単身出かける。その後、お金、友だち、中国語ができない、の消去法で中国語を目指す。それは生存→成長→幸福のシナリオだとか。

語学の勉強は身近なことから始めるのがいいらしい。彼は中国へ行き、町でモノを売ってるオバチャンと一日8時間話し、ラジオを聴いて耳を鍛え、新聞を読んで理解したという。

2005年、彼は転機を迎える。中国で学んで2年足らずのとき、国際関係学院でメディアのオピニオンになる。2011年、中国の百の大学を講演する。その間、日本は中国で理解されてないと知る。そして彼自身も中国で8年暮らすうち、自身のアイデンティティについて考える。自然と日本への愛国心が芽生えていく。

よく外国で名をあげた人は自国を悪く言う。しかし、彼は、この点が偉い!決して日本を悪く言わない。日本は外に出てみて初めて良い国とわかるだろう。だからこそ、演題にあるように世界へ飛び出して・・・、と言う。このことこそが講演会開催の意図だろう。

彼は愛国心は国際人と表裏一体となるという。日本人としてのアイデンティティとして国際社会に通じる人間になれという。井の中の蛙ではいけない、外へ出ようと。

それには今しかない。何故か?それを3点述べている。
1 時間と感謝・・・日本人は先人の力により、ビザなしでどこへも行けるじゃないか
2 ローリスク、ハイリターン・・・円高の今行かずにいつ行くのか(留学、観光)
3 名前で勝負しよう・・・肩書きで外国では判断されない

外国で勝負するために彼は1分間で自己紹介が言えるようにしようという。名前、出身、今やってること、これからやること、困っていること等の紹介である。

彼は8月にハーバードで研究員になる。自分自身がブランドとなれるよう自らの名前で勝負しようと、呼びかける。

どんな成功者も、一生、第一線で走り続ける人はいない。そういう意味で、その前例を打ち破ってアメリカでも成功して欲しい!

もう一つ忘れていた。彼は「攻撃は最大の防御」だという。だから、話をする場合、まずは話す相手を持ち上げて後で責め続けて批判する。これは彼一流の戦略なのか。これを聞いたとき、少々びっくり!そして何もかも現場主義。問題があれば「だったらお前がやれ!」と。

そして現場主義者は非日常の空間に持っていく「旅」に出よう、と呼びかける。

講演会の模様はとうぜん日本語でメモした。ところが講演者は聞いている言語でない文字でメモせよという。

昨夜電話で一緒に旅行する女朋友にこの人の話をした。女朋友はこの人の本を読んでいる。この話の続きは、近いうち旅行の「出陣式」でしよう、ということになった。旅行と言えば、女朋友は、共通の知り合いである中国〇〇大学の教師夫妻と会う約束のTELとメールをしてくれている。しかし、その連絡は中国が言論の自由がないのか、なかなか通じないらしい。それでも、あれこれ考えてやっと一部の電話と一部のメールは送受信できたという。

Xiao Chi ,小姐、非常感謝! 「菜香楼」での出陣式、楽しみです!長年の夢がやっと実現するね!Naさん、Zhenさんと中国成都で会う夢が・・・。

Xiao Chi 小姐曰く、外国への旅は「短期留学」と。これから私もその意気込みで外国へ行こう!

2012年4月18日水曜日

中華料理を食べる

昨夜、講演が終わった後、一つ手前の駅に留まるバスがきた。これ!とばかり3人でバスに乗る。バスを降りたところは山陽本線JR八本松駅。バスの中で駅前に美味しい中華料理店があると話題になる。バスを降りると「菜香楼」に立寄った。

講演会場で偶然出会った研究生の男性はいつもこのお店を利用している。もう一人は講演会開催を知らせてくれた女性。その3人で食事をする。

2人は、学部時代に中国に留学している。そのため、日本で食べる中華とは違うメニューを見つけて6品を注文。どれも本当に美味しい!また店内は「中国」ムード一色に染まっている。開店して4年とか。メニューも毎年増えているらしい。

このお店の素晴らしさは福々しい顔をされている店主にある。見れば見るほど笑いを誘う顔だ。この人は映画やTVに出てくる「中国の人」のイメージにぴったり当てはまる。もう会った瞬間からずっとその顔を見て笑っていた。もちろん一緒に写真におさまって・・・。食事時間もピークを過ぎており店内は3人で貸切だ。経営者夫妻と3人で中国語で会話を交わす。気分は完全に中国モード。

昨夜は講演のテーマも中国に関すること、夕飯も中華料理、一緒にいるメンバーも中国語に関係ある人たち、と身近なところに中国を感じた日となった。近いうち一緒に中国へ行く女朋友はこのお店がある街に住んでいる。食事に行こうと思えばいくらでもチャンスがありそう。次回を楽しみにして・・・。

今日は昨日の雨が降ったり止んだりの天気と違って春らしい一日。午前中、スペイン語を自習する。ノートに書くアルファベットは書けるけど日本語の文字が書けない。これでは本末転倒。パソコンばかりに依存せず、手で字を書くようにしよう。

スペイン語と併用して中国語も再開するつもりだった。しかし、今朝、それは到底無理と知る。「二兎を追うものは一兎をも得ず」、になってしまう。語学に関して昨夜の講演者も話している。これについては後日ブログにアップしよう!

2012年4月17日火曜日

大学での長い一日は過ぎて・・・

お昼前、スペイン語を習いに大学へ出かける。今日から文法が始まる。英語と併用する勉強方法だ。今のところ何もかも新鮮で教室は私語もなく皆熱心に先生の講義を聞く。

スペイン語が終わると本来ならフルートのレッスンに市内まで帰る。ところが今日は夜6時から大学主催の講演会がある。午後2時20分の講義終了後、3時間半ほど暇がある。あいにく講義近くの図書館は休館日。仕方なく、他の学部まで散歩してその付近にある学内のカフェに入る。そこへ行く途中、3年前に修了したときの知り合いの若い学生に出会う。

なんといっても、学内は広い。学部の移動にはほとんどの人が自転車。一コマと一コマの休憩時間は15分。他学部の人は歩いていては講義に間に合わない。自ずと自転車で移動となる。

今日ばったり会った人も自転車だった。「研究室へ遊びに来てください」と若い人なのに親切にそういってくれる。次の講義まで時間がないらしい。その反面、3時間あまり時間をもてあます。

他学部にあるカフェに入る。初めてなのでまごついていると、トレイをくれる人がいた。その人に教えてもらって遅い昼食にする。「お試しセット」がトレイに入っている。それとコーヒーを注文する。トレイをくれた人もそうするのかと思ったら、小さなケーキのようなものを取っている。

カフェで時間をつぶす。学食と違って広くなく、ゆったりとできる場所。それぞれパソコンを持参して勉強する人もいたり、本を読んだりしている。また音楽も流れ、図書館よりも落ち着く。1時間半、そこで本を読む。1冊新書を読んだ。その本は近いうちブログに投稿しよう。

先ほどトレイをくれた人を見ると、ペンを口に加えたようなしぐさをして考えている。学生でなく、先生だろうか。しばし休憩に来たのかもしれない。そこを出て前にある空いている図書館に入る。学部近くの図書館と違って広い。ここも落ち着く。しばらく本を読んでいると、今日の講演会に誘ってくれた人からバスに乗って来ているとメールが入る。

時間まで図書館で過ごし、講演会がある学部まで歩いて移動する。今日の講演者は今、「”中国で最も有名な日本人”と話題」の加藤嘉一氏で「世界へ飛び出して見えたこと」と題した話である。

今日はもう時間も遅いので、この講演内容については明日のブログでアップしよう。

講演後やっと、誘ってくれた女性と合流する。その人と、院生時代同じゼミの今は研究生の男性と3人でバスでJR駅まで行く。バスの中で最寄のJR駅に中国人の経営する中華料理店に行く話になる。院生時代の人がよく行くお店だとか。

お昼をあまり食べてないのでその話に飛びつく。そのお店のことも明日のブログに投稿しよう!私以外の2人はともに中国への留学経験がある。若い2人と話していると本当に楽しい。またそのお店は「中国」を思わせる。日本の中華と違って中国の味。留学経験者2人のすすめる料理は美味しい。またいつか行きたいお店だ。何と言っても店主のあのふくよかな顔が素晴らしい!もうずっとその顔を見ていたいほど満足する。思わずブログにアップする、といって写真を取らせてもらった。

今日はいつもの就寝時間をオーバーしている。眠たさには勝てず、すべては明日に・・・。

2012年4月16日月曜日

4月フルート定例会

今朝は朝食前、姉からTELがかかる。母の墓参りを2日繰上げ、今日行くという電話だった。

2時間くらいして姉夫妻は我が家にやってきた。3人で車に乗って墓参り。隣の墓地はいつも草が生え、荒地になっている。墓地の所有者はそれに気づいたのか大きなシートを敷き、その上に石を置く。お蔭で我が家の墓もすっきりする。

墓参りを済ませると墓に立てかけてある古い塔婆を持ってお寺へ行く。よく見ると真新しい塔婆もある。なんと先月のお彼岸の塔婆だ。墓に持っていかず、すぐ処分するのかもしれない。

夕方からはフルートの定例会に出かける。メンバーはいつもの3人。場所は先月と同じでなく、違うところ。場所に関してはすべて知人まかせで他の2人はついて行くのみ。いつもいいお店を探してもらう。また美味!謝謝!

お店は月曜日の夕方で貸切状態。今日も先ずはビールで乾杯。ビール1杯半飲んで酔ってしまった。

定例会と言ってもフルートの話はほとんど出ない。しかし今日は一昨日と昨日、フルートのメンテナンスがあったのでその話が出る。フルートは何年たってもデザインは変わらず、メンテさえすれば長く使用できる。その点はとてもいい楽器。

尾道の人は今回メンテのために楽器を業者に預けたとか。同じ時期に同じ機種の楽器を買っている。3年前、預けたことがある。その間楽器が手元にないのは不自由だろう。またその人は、フルートの発表会の曲も決まったと言う。もうそんな時期!?

ブログの話も出る。毎日長い文を投稿している。ブログを投稿しない人から見ると不思議に見える?我ながら毎日よく投稿している、と呆れることもある。もうこうなったらほとんど病気?それでもブログに書くことで気持が落ち着く。これは本当の話!さらにファイトも沸いてくる。元気でない人は是非ブログをお勧めします!間違いなく元気になります!とまあこういう風に書くのがそもそも病気かも・・・。どうであれ、楽しければそれでいい!

その他にも飲みながら食べながら話が弾む。お店を引き上げる頃でも外は明るい。次回は旅行から帰ってからになる。どうか旅行の無事を願って!

皆と別れ広島駅に行くまでにメールが1件入る。社会人大学生時代、中国語を一緒に習った人からである。今、メディアで話題の加藤嘉一の講演会の知らせだ。この人については一緒に旅行する女朋友からも話を聞いている。先週、大学へ行った際、その人の講演会を知らせる掲示板を見た。しかし、大学の後、フルートのレッスンがある。行きたいと思いながらも決心しかねていた。

それが今夜、行こうと誘ってくれる。先ほどから何度か携帯にかけるが応答がない。聞きに行ってもいいけど、講演会が始まるまでに3時間半もある。その間、どうすればいいのだろう。大学の図書館で時間をつぶす?

ともあれ、今日も無事楽しいうちに終わった。明日は3回目のスペイン語。さてその後は、講演会かフルートか?教えてくれた人からの連絡を待つことにして今日はこれで終わりにしよう!

2012年4月15日日曜日

『つぶやきのクリーム』

『つぶやきのクリーム』(森博嗣 講談社、2011年)を読んだ。著者は大学の教師であり、作家。著者を知ったのは甥がわが子の名前を作品の主人公から拝借したことによる。

甥の影響により、妹一家は著者の作品の愛読者だとか。とはいっても妹たちの読む著者の本はこういった類ではない。図書館の新刊検索で著者の作品を見つけ、初めて読んだ。

今朝、朝食を終えると宅急便が届く。旅行社から最終案内が送られてきた。旅もいよいよという感じ。

午前中、自転車で買い物に出かける。帰宅してお昼を済ませ、本を読みながらFMを聞く。今日の話題は紅茶。紅茶はほとんど飲まない。話を聞いているうちに何故か急にホットケーキが食べたくなる。一気にこの本を読み終え、先ほど以前購入していた市販のホットケーキミックスを取り出し、牛乳と卵を加えてホットケーキを焼く。

焼き立てのケーキと、紅茶でなくコーヒーを沸かして一服。自分で作った割には美味と満足。たまにはこうして作るのも楽しい。

今日はプールに行こうと思っていた。ところがどうも鼻水がでる。花粉症かどうかわからない。4月になって忙しくなり、プールに行く回数が減っている。だが、今日は泳ぐことを諦める。

本を読み、それをブログに引用することについて著者は書いている。「偉い人の話を聞いて、それをそのままブログに引用しても、これっぽちも偉さには近づけない。」(102p)と。

本のブログへの引用は「読書ノート」の代わりとして利用している。ラベルというかカテゴリーを「本」とすれば、すぐに読書一覧が出てくる。この機能に魅せられ、私的読書メモとして投稿する。

著者はただ引用するだけでなく、本を読んで感動して「その言葉から自分の人生に展開し、どうすれば良いか、どんな風に利用できるかと思考し、そしてその結果に基づいて行動することが必要だ。そうして初めて、その言葉が生きてくる。感動したものが、自分のものになり、今度は自分に感動できるようになる。違うだろうか?」(193p)という。

このことから「ちょっとした言葉に救われた、という人は多い。・・・それは、言葉が救ったのではなく、本人が自分で救ったのだ。そういう気持や能力があったから、その言葉に目を留めただけのことである。あ、考えてみたらこの本も・・・。と今頃になって・・・。ま、いいや。」(193p)。

20年前から我がモットーとする舛井一仁氏の「人に元気を与えるポイント10か条」をブログ開設2日目に投稿した。ということは著者の言葉を借りれば、私に「そういう気持や能力があったから、その言葉に目を留めただけのこと」になるのだろうか。そう思えば嬉しい!

他にも気になるところをいつものように引用しよう。

「風向きが変わった、と喜ぶくらい、風を頼りにしていたのか。」では、「風というのは、自分が走れば起こるものだ。立ち止まっているときの風よりも、走ったときの風の方が強い方がほとんどであり、また、団扇で扇いでも、その程度の風は作り出すことができる。ようするに、風向きなど自分の思いどうりになる、と思ってほぼまちがいない。自分の風向きくらい自分でコントロールしよう」(34-35p)。

「老人がブログを始めたら、個人情報について注意した方が良い。」では、「七十代以上でも、若々しく素晴らしいサイトを作っている人をたくさん知っている。・・・ただ、一つだけ問題なのは、やはり『個人情報』に関する甘さが、上の世代にはある。・・・自分のことだけならば口を挟む必要はないが、家族や知り合いや近所のことを紹介している場合が散見される。・・・そこはやはり注意した方が良い。」(142-143p)。

「子供は自由だというが、大人ほどではない。」では、「本当に自由になった頃、人間は死ぬのではないか。なんとも幸せなことである。」(170-171p)。

今、自由になったと思っている。もっと自由になる頃は命がない?命がなくなることは著者のいうように幸せなこととは思えないが・・・。

「本当のプライドを持っている人は、プライドを懸けたりしない。」では、「人間にとってもっとも嬉しいのは、自分で自分を褒められる状況に至ることだろう。他者に褒められても嬉しいが、それは、他者に褒められる自分を目指していたからであって、やはり最終的には自分が自分を褒める。目標はそこにある。」(180-181p)。

アスリートの有森裕子はまさにその典型?彼女はバルセロナオリンピックで銀メダルを取ったとき「自分で自分を褒めたいと思います」と言っている。

「人間の輝きは、一所懸命になって探しているから出る光である。」では、「『輝いている』という形容は、女性や若者に相応しい。もう少し年齢が上がると、『いい顔している』という表現が聞かれるようになる。久しぶりに会った人が、元気そうで活き活きしていると,そういうふうに見える。一所懸命に打ち込めるものを持っていると、自然に楽しそうな顔になる。隠せるものではない。」(202-203p)。

「人間なんだから、自分らしくないこともしなければ。」では、「ときどき、らしくないことをしても良い。その自由が人間にはある。『自分らしくある』必要なんて、どこにもない。そんなこと、誰が決めたのか。『君らしいくないね』と言われたら、にこりと笑って、『そうなんだ。僕は、実は僕らしくないんだよ』と答えたいものである。」(208-209p)。

もしかして「女は女らしく」ないのはビールを飲んで「おっさん」化するときのこと!?まあなんでもいい!明日もビールが待っている!

2012年4月14日土曜日

いろいろな人から

今日は朝から忙しい!午前中、年に一度のフルートの点検に出かける。朝食を終えて一息つくころ、TELがかかる。スイミングクラブの世話人からであった。

スイミングクラブへは、水泳教室終了時から2,3年前まで長く所属していた。昨年、いろいろなことから解放され、またクラブの会長である先生からも誘われて4月からクラブ復帰の話はあった。しかし、新たなことに気をとられて連絡しなかった。それが、先生から世話人に連絡が入り、今朝の電話で総会への参加を勧められる。

あいにくその日は松江に出かける。クラブの総会といっても飲み会のようなもの。参加したかった!懐かしい顔ぶれとも会いたかった!残念!

お世話する人は会合は8月にもあるから、と言ってくれて・・・。ありがたい!

しばらくすると、宅急便が届く。九州の「お母さん」からだ。今年、寒中見舞いで母が亡くなったと知らせると、今日までに4回もいろいろと送ってくださる。今日も便箋3枚に手紙が添えられている。その最後には「母さんより」。手紙には母と交わした言葉も書いてある。「お母様が御言っていた通り行きたいところはお出でなさい。遠いところから時々便り下さい」。

互いに年を重ねた。家がもう少し近かったら、手助けできる・・・。旅行で知り合って25年。いつも親切にしていただく。今回の旅行で、このお母さんだけには必ず便りを出そう!楽しみにしてくださっている。

フルートの点検に出かけようとすると、絵葉書が届いていた。東京の人からである。以前、パキスタンに成田から一人で参加したとき、その人はエジプトへ個人旅行をされた。成田の出発ロビーで長く待たされているとき互いに一人だったので親しくなる。もう22年以上も前になるだろう。

その人とは彼女が銀座に勤めていたとき東京で一度会ったことがある。

今年の年賀状にトンパ文字が書いてあった.珍しい文字なのでそのことについて聞くため、他の旅で知り合った人から贈られたアフガニスタンの絵葉書に書いて送った。そのアフガニスタンにびっくりされて今日、その返事の絵葉書をもらう。

羽田空港の絵葉書だった。彼女は40年前、羽田空港(HND)から一人ロンドンへ飛び立つ。その後、イギリス人と結婚。今は日本人の旦那さんと一緒に羽田空港へ弁当持参で出かけ、一日シップを眺めたりするらしい。そんな話が絵葉書に書いてあった。

今日は偶然にも旅で知りあった2人から便りが届く。考えてみれば、「旅」仲間は多い。松江に出かけた際、宿を借りる人も旅友だち。皆、いい人たちばかりだ。どの人とも長い付き合いになってしまった。

これから、それぞれに返事を書こう。返事といえば、今日はフルートのクリニックを終えると、デパートにより、スペイン語の辞書と皮革製のペンケースと定期入れ、それにかわいい便箋を買った。何歳になっても新たなことを始めるには先ず道具から・・・。この楽しみがあるから新たなことに挑戦するのかも知れない。このときは、完全に童心に返っている。

今日はまたスイミングクラブにも誘ってもらった。先生に早速メールを送信する。「名ばかりの会員かもしれませんがよろしくお願いします」と。その返信メールには「〇〇さん〇〇さん〇〇さんと楽しい人達が来ています、待ってます」と。先生も優しい!

フルートの点検に行く前、旅行社に寄り、旅行代金を支払う。ひさびさに大散財した日となった。これも元気であればこそである。

ブログに投稿し終え、パソコンを切ろうとするとTELがかかる。九州の「お母さん」からだ。先ほど、お礼のTELをするが通じない。どうも電話の調子が良くないとかで、かけてこられた。「どこへ行くのか」「いつ行くのか」「病気をしたらいけないよ」「何とか病にならないように」などいろいろ心配してくださる。行き先も毎日新聞に出ている、と話されて・・・。さすが旅好きのお母さん!

「何とか病」は高山病。自分でもそれは心配。何度も高山病でダウンしている。それを気にしていたらどこへも行けない。何とかなる・・・。そう思って出かけよう!

2012年4月13日金曜日

語学

桜も咲き誇ったと思ったら、今日は雨。春雨とはよくいったもので新緑のこの季節、静かに細かい雨が降り続く。

そんな中、今朝も大学へいそいそと出かける。さすがに今日は2回目の講義。大学の雰囲気にも慣れてきた。

一つ手前のJR駅でおり、大学までバスに乗り継ぐ。そこからのバスの便は少なく、利用する人も少ない。だが、この便は2コマ目の授業にはちょうどいい時間に到着し、交通費も安く済む。今日は往復利用。

バスの車内は人も少ないので話し声も自然と耳に入る。今朝は、ドイツ語の教師2人連れが前の席に座る。大学に着くまでドイツ語の授業について話している。聞いているとその内容まではっきり聞き取れる。聞いていいのかと思いながらも聞いてしまった。

1人は歯学部在籍で、もう一人はドイツ語専門らしい。ともにドイツ語を教え、教科書の選択方法や、単位の与え方など話す。

歯学部や医学部は市内に講義棟がある。しかし、教養課程ではそこから離れたこの場所まで通わねばならない。医学部の学生で単位を落とすと、そのために市内から半日かけて単位取得のために通う。それを考慮する話をし始める。医学部でドイツ語を落とす?と思って聞いていた。

さらにスペイン語について話し始める。人気があるようだとか。大学に到着するころは教科書の選定について年配のほうが若い教師に説明する。その本についてはしっかり聞いてしまった。出版社までも・・・。

その出版社は、スペイン語の教科書と同じ会社だった。あまり耳慣れない会社だ。授業が終わって図書館によるとたくさん新刊書がある。その中の一冊は市立図書館に予約を入れている。その本が大学の図書館にあり、すぐ借りた。それを見ると同じ出版社だった。この偶然性にびっくり!

借りた本は「没頭する」ことと関係あることなので早く読んでブログにアップしよう。

授業開始まで生協に寄った。スペイン語の電子辞書を買おうとするが、どこにも電子辞書は見あたらない。係りに尋ねると下旬に入るらしい。

以前学部に入るとき、中国語の電子辞書を買った。それなのに今年はまだ置いてない。紙の辞書の売り場に行くと、そこにも先生のすすめる辞書がない。生協での購入をあきらめ、市内の大型書店で買うことにする。

帰りのバスの時間まで少しあった。次のバス停まで桜を眺めながら歩く。天気がよかったら気持がいいけど、あいにくよくない。それでも広い大学の敷地内をキョロキョロしながら歩く。市内より遅れて、桜が満開に咲いている。

帰りのバスも乗客は4、5人。急いでJRに乗り継ぐ。駆け足で歩くとき知らない人なのに自然と4人で話が弾む。内、1人隣りあわせで座った。非常勤の先生だった。

1コマの受講なのに所要時間4時間。ドイツ語の先生が話してたようにこの大学に通うには我が家からでも半日かかる。

昼食を終え、先ずは宿題。さすがに、家でラジオで聞くよりも気合が入る。そして直接教わるからわかりやすい。中国語を習うときは今より30歳も若かった。さてさてスペイン語はどのくらいまで出来るようになるのだろうか。我ながら楽しみ。一緒に習っている社会人の男性は院生だという。頑張ろう!

2012年4月12日木曜日

気を良くする!

電波時計によると、ただ今の部屋の温度22.7度、湿度48%で「快適」を示している。まさに春本番。気持いい!

午前中、予約してある歯科に行く。それが終わると、眼科へ行く。眼科は午後休診のためか、人がいない。別にどこといって悪いわけではなく視力が良くないので毎月定期的に通っている。

視力検査をすると、裸眼で0.5とか。いつもは0.3くらい。検査ではっきり見えないところを適当に答えた。その結果が・・・。びっくり!

4月から新たなことを始めるにあたり、コンタクトをするようにした。一昨日のハードスケジュールの日程でも目がよく見えると行動しやすい。新たなことは「コンタクト」をするきっかけともなった。今日眼科へ行くとそれに加えて裸眼も良く見えている。だが、この面はちょっと疑問符というところ。それにしてもよく見えることで悪い気持はしない。

気をよくして、昼食後は旅行に備えてスーツケースでなくキャリーケースを10年ぶりに出してみる。やっぱり旅行に行く前は嬉しい!このバッグはいろんな国で行方不明になる曰くつきのモノ。今回は大丈夫でありますように、と願って・・・。

その前に松江も待っている。忙しくなりそう。松江に行く前、先日の演奏会でもらったチラシにピアソラのタンゴがあった。それを聞きに行こうと思った。だが、どんなにあがいてもハードスケジュール。体を壊しては元も子もない。諦めることにした。

キャリーバッグを出すとき、その付近に要らないものが置いてあった。それを処分しようとして掃除をする。玄関を開けたところで幼馴染と出くわした。

それから4時間も我が家でしゃべる。彼女は来週、南九州へ3日間、娘さんと旅行する。互いの日程を話していると当分会えそうにない。今日はその意味でもちょうどよい巡り会わせとなった。

先日、桜を見に行った際、すみれが咲いていた。昼前、自転車で歯科に行く途中、線路脇に咲いているすみれを見つける。幼馴染にそのすみれの咲いてる場所を知らせるため、帰り際、一緒に外に出る。お昼に見るすみれと、午後7時前にみるそれとはだいぶ違って見える。それでもどちらもかわいい!

また、コンクリートでなく線路脇のすみれもやっぱり健気に咲いている。見習わなくては・・・。

2012年4月11日水曜日

没頭する!

昨夜からの雨は今日も降り続く。昨日の長い一日は楽しいうちに無事終わった。それにしても精力的に動いた一日だった。

昨日は午前中、予定より1時間早めに大学へ着くように家を出る。シラバスに初日から教科書を持参のことと書いてあり、それをまじめに受けとめてしまった。教科書売り場はTELして聞いている。しかし、購入方法が以前と違っていた。

少ないレジに並んでいると男子学生が近づいてきた。まず、購入する教科書を申込書に記入し、それをもって別の場所に行く。必要なものを受け取るとレジで清算する。若者は親切にそう教えてくれた。

だが、その都度、列に並ばなくてはいけない。1時間早めに家を出てもあっという間に時間は過ぎる。どうにか教科書を手に入れた。その後、移動して昼食を取ろうとする。だが、学食の前のスペイン広場は昼休みと重なり、クラブ勧誘、演奏活動など学生で溢れかえっている。無理もない。教養課程の学生が集まるのだから。

昼食後、事務局へ行く。情報セキュリティ・コンプライアンスの講習を受ける書類をもらう。顔を出すだけで3人が聴いてくる。だが、どの人もわからず、ウロウロしている。来所する旨、TELがあったと告げると、他の人が来て先ほどの書類を渡される。

座学とオンラインネット講座で試験を受けることだった。パソコンに堪能でないと仕事のみならず、学ぶことも難しい時代になっている。下旬辺り授業とは別に大学へ出かけることになる。

JRに乗って大学へ向かう途中、頭をさまざまなことが過る。3年前まで、一コマの講義のときは母を一人家において出かけた。それもすべて自分のやりたいことのために・・・。思い出すたび自然と涙も出てくる。それも仕方なかった。何かに没頭したから母の介護もできたと自分に言い聞かせ・・・。

それに引き換え、今ではすべてが自分の時間。車窓から外の景色を眺め、何でもできる今の情況に感謝する。

初めての講義が始まった。教室を眺めると社会人の男性が1人いた。少し心強くなる。オリエンテーションというかイントロダクションの日。先生は簡単にスペイン語の辞書、それに付随すること、単位のこと、授業評価のことなど短時間で話される。単位は試験で出席日数は問わない。評価で「最優秀」もできていた。

その後、学生一人ずつになぜスペイン語を選択したかを尋ねる。それにはスペイン語は容易い、発音が楽、イタリア語がなかった、サッカーが好き、スペインが好き、友達が留学中、両親が仕事で行ったことがある、サグラダ・ファミリアが好き、中南米に行きたい、食事が美味、なんとなく習いたいなど。最後に先生は「〇〇さんはスペインへ行ったからですね」といわれ「はい」と返事。

その後は、1時間半の授業終了まで、スペイン語のアルファベットの読み方、簡単なスペイン語会話など習う。しっかり宿題もある。

講義を終えてフルートのレッスンのためバス、JR、バスと乗り継いで広島市内へ移動する。移動時間2時間弱。そのころには頭の中は空っぽになって気持いい。大学で学ぶ良さは没頭できることにある。フルートのレッスンでもそれは同じ。何かに没頭することはある面、幸せなことだ。何もすることがない人は不幸な人だと、何かで読んだことがあるように・・・。

フルートの次のレッスン曲はドビュッシーの「夢」。今年は没後150年でドビュッシー・イヤーとか。昨日のレッスン中、先生から「音色の追求」をすれば感情移入もできると聴く。いい音を出すように吹けば自然と感情も入るのだろう。


レッスン後、お昼を学食で軽く済ませたのでお腹がすいている。教室のあるビル近くで目に付いたレストランに入る。「昼ランチ」でなく「夜ランチ」とメニューにある。一人でレストランに入った。ランチとディナーの中間のようで、それを注文。前菜から始まってメインディッシュ、パン、デザート、コーヒーとある。お腹がすいてる割にはそれほど美味でない。とりあえず空腹を満たして広響の定期演奏会へ行く。食事に時間を取られ、開演15分前に到着。

昨夜の演奏では知人をはじめ、スペインへ一緒に行った合唱団の人や中国語で知り合った人の名前もプログラムで見つける。第九を思わせるダイナミックな演奏会は終わった。そしていろいろと没頭する長いー日も終わった!

2012年4月10日火曜日

「春だけに、気になる・・・。」から

今朝は曇り空、夜は雨になるとか。もう少しすると、スペイン語を習いに大学へ行く。今日のスケジュールはハードだ。それにしては朝から気が張っていてとても元気。

昨年、ヴァイオリニストの古澤の演奏会に出かけてからというもの半年近く彼のブログにはまっている。先日は古澤のアメリカ公演でブログ投稿がなかった。毎日見ているものにとっては淋しい限り。この人にコメントを書きたいけれど、ツイッターやフェイスブックになる。それはちょっと・・・。

かなりのファンになってしまった!なんといってもブログを見ていて文才がある。落語で言えば「落ち」かも。

昨夜のブログタイトルは「桜」。春に咲く桜にかこつけてブログの最後の言葉は「春だけに、気になる・・・。」。

ここに全部書き込めばいいのかもしれない。それは他人のブログで無理なこと。

文才とともに、音楽的なこともさらっと書いている。さすがにその道のプロだ。読んでいて知らないことばかりでとても参考になる。

半年前の演奏会では篳篥の東儀とのコラボだった。もちろんソロもあった。その東儀もブログに投稿している。2人のブログを見るが、なんといっても文才では古澤に軍配があがる。また人柄やユーモアセンスも抜群だ。

ユーモアで言えば、名前が「巌」。これはキリスト教でいえば「ペテロ」。それをクリスチャン・ネームもついているといってブログに投稿する有様。読んだ読者は本当のクリスチャン?と思ってしまう。ところがどっこい違っている。ペテロが「石」や「岩」を意味するとか。それさえも知らなかった。それを自分に当てはめてブログの話題にしている。

今日のブログタイトルは古澤のブログから借用する。さあ、私にとって「春だけに、気になる・・・。」とはなんだろう。

ともあれ、今日はこれから忙しい!夜は広島交響楽団の第318回定期演奏会を聞きに行く。大学が終わればフルートのレッスン。演奏を聞きに行くのはその後で・・・。フルートと楽譜をバッグに入れて一日中持ち歩く。さしあたり今日の道連れはフルート様になるだろうか。

夜は雨も降るとか。降らないことを願って・・・。

今夜の演奏プログラムは下記のようである。

指揮者 秋山和慶
演奏曲目

♪ チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」Op.24よりポロネーズ
♪ チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
♪ スクリャービン:交響曲第一番ホ長調Op.26
  メゾ・ソプラノ  林美智子
  テノール    福井敬
  合唱      特別合唱団

2012年4月9日月曜日

桜の花を見に・・・

春の陽気に誘われ、今日は瀬野川河川敷に桜の花を見に行く。自転車で幼馴染宅まで行き合流後、歩いて出かける。途中「すみれ」の花が咲いていた。幼馴染は、毎年そこで咲く「すみれ」を根こそぎ持って帰ろうと試みるとか。だが取れないらしい。人に踏み潰されないよう健気にコンクリートの間に咲いている「すみれ」。「人に取られるものか」といってしっかり根を張っているのかもしれない。

しばらく歩くと目的地である桜並木に到着。月曜日のお昼前。誰彼となく場所取りをしている。3、4年前、母と来たときは今日ほどの人出はなかった。世の中、思わず遊び人だらけ、と思ってしまう。
さらに歩くと屋根がついた休憩所があった。そこで持参した弁当を食べる。幼馴染はビールを持参。昼間から2人でビールで乾杯。今日は気温も20度になるとか。なんとビールの美味なこと。辺りではバーベキューをしているグループもいたりして烏賊を焼く匂いが美味そうだった。

今年は例年よりも桜の開花が遅い。この調子だと今夜も人出は多いだろう。1時間くらい桜を見た後は、川の傍の歩道を歩く。歩道には散歩する人や遊びに興じる人も多い。

川は潮が満ちるのか潮の香りもして歩くには最高に気持いい。

そういえば中国語では「花見」を「賞桜花」という。桜の花を「観賞する」、「めでる」、「褒美を与える」とはなんと綺麗な言葉だろう。言われてみれば見入る桜に誰もが綺麗だと褒め称える。

それにしても中国で桜を見る習慣があるのだろうか。もしかして中国は梅花!?

先日のカタクリの花を見に行ったときもよく歩いた。今日もそれに負けないくらいよく歩く。家路に着くころ、旧山陽道沿いにあるひなびた喫茶店を見つける。茶葉を売る店に喫茶が併設してある。そこでしばし雑談。狭い店内は年老いた女性がコーヒーを沸かす。何の愛想もない。それがまたいい!

明日からは、新たなことを始める。山を切り開いた場所へはるばる通う。歩くことも当然多い。頑張ろう!!

2012年4月8日日曜日

『楽老のすすめ すぐ実行できる愉しい老年パワー』

『楽老のすすめ すぐ実行できる愉しい老年パワー』(多胡輝 海竜社、2011年)を読んだ。

著者はずいぶん前『頭の体操』で一世を風靡している。失礼ながらもう亡くなられたと思っていた。ところが著者は85歳で健在。

「自由な分、自分で老後の人生をデザインしていかなければなりません。・・・他人の目や世間の常識など気にしないことです。・・・こだわりのある生き方こそ、年配者の最大の財産なのです。」(27p)とある。この本の凝縮された内容であろう。

「まず動く」ことをあげ、「まず始めてみることによって、始める前にはわからなかったことが、いろいろわかってくる」(47p)という。

それには「好奇心」。「年をとるということは、若いときにやりたかったことを思いきりやれる自由を手に入れたことを意味しているのです。」(61p)

言われてみれば、今やってることは子供の頃できなかったことばかり。楽器、水泳、自転車など一般の人は子供の頃にやっている。何もかも人より遅れてのスタートだ。

こうなると、ふと、他にもできることがあるのではないかと興味がわいて来る。

著者は年とともに自分の努力次第で、絶対に失わずにすむものが、一つだけあるという。それは「夢見る力」(65p)。

「人間の潜在能力は、いくつになっても掘り起こせるものです。必要なのは、それを実行に移す意志なのです。」(70p)

77歳で宇宙へ行ったジョン・グレンの言葉を引用して「『夢は子供だけのものではない。いくつになっても、やりたいことがあるのなら、周りがなんといおうとやればいい』つまり『いい年をして』の『いい年』とは、何をしても『いい年』と思えばいいのです。」(79p)と述べている。

やりたい夢も「実現するかどうかでなく、思い描くことこそ意義があるのです。」(85p)と。それは馬鹿げた夢物語でもいいらしい。

「国際化」と巷で言われて久しい。著者は「国際化」から「国際老人」へという。(103p)

「本当の国際人とは、マスコミ報道のみで判断するのではなく、かの国のさまざまな側面を知っている人間をいうのです。」(105p)

「国際老人」になるために著者は「海外旅行をするとき、必ず出かける先の国の簡単な言葉を学ぶことです。」、「言葉は、話せることに価値があるのではなく、どれだけ話したい中身を持っているかだ、とよく言われています。」(105p)

これまで海外に出かける前に少しはその国の言葉を習ったことがある。行き先の言葉を学べばさらにその国について理解も深まってくる。また、現地の人と拙い言葉ながらも会話する楽しみも増していく。

著者は「『やりたこと』があるうちは『老』後にならない」という。(150p)まだまだやりたいことが残っている。そういう意味では「老」後でないと勝手に解釈。著者の言うように楽しい「楽老」生活を送ろう!そして今日も元気を出してこれから図書館へ行こう!

2012年4月7日土曜日

世界の桃源郷?

春の嵐とまではいわないけれど、めまぐるしく天気が変わり、吹く風も冷たい。

それでも一度は自転車に乗って外に出る。スーパーから帰る途中、お寺の護寺会のお世話をしている人と出会う。先日スーパーで会った際、護寺会費を渡した。お世話をする人は旅行や山歩きをされている。先日、カタクリの花を見に行ったと話すと、その葉っぱをお浸しにすると美味と教えてもらう。もちろん、花の時期を過ぎた頃の葉っぱらしい。

先日、節分草を見逃したことも告げていた。すると、先ほど護寺会費の領収書と一緒に節分草の写真シールを郵便受けに入れておいたという。そのシールを見ると節分草は今年見逃したことが残念なほどかわいい花だった。手紙も添えられていて、「来年『節分草』に出会えるといいですネ」と書いてある。

先日会った際、誰故草の話もした。話をしたその日に、誰故草を見に行ったとか。護寺会のお世話をされているだけあって、今日会ったときには「節分草」のシールをお守り代わりにしてください、といわれてしまった。

今朝、地元紙を見ると、「日本人77人足止め」、「パキスタン暴動 軍用機での輸送を要請」と書いてある。記事の場所は世界の桃源郷といわれる「フンザ」。新聞によると「世界第2の高峰K2 を頂点に、カラコルム山脈などの7千~8千メートル級の山が連なるこの地域は景観が美しく、観光地として日本人旅行者の人気が高い。」とある。

パキスタンの首都イスラマバードからカラコルム・ハイウエイをはるばる行くとフンザに到着する。ハイウエイといっても日本のそれとは違い、断崖絶壁を走る道。その年、父を亡くしている。断崖を走る車窓から見る岩肌が仏像に見えて仕方がなかった。それは険しい道である。何年か前もNHKの取材クルーが命を落としている。

何ごとも艱難辛苦の果てに幸せがくるように、この旅は困難を極める。だが、ひとたびフンザに着いたならば雪山を頂くナンガバルバットが一面見渡せる。まさにそこは桃源郷。

世界情勢が落ち着かない今もフンザに出かける人がいるんだと改めて知る。

世界の桃源郷は世界の果てを思わせる。フンザまでの道のりは、何度も検問が待ち受ける。最初の頃、銃を持ってマイクロバスに乗り込み検閲する兵士(?)の姿を見たときとても怖かった。もう22年も前になる。それが、暴動に巻き込まれるとなるとその怖さも半端ではないだろう。

桃源郷といえば中国の雲南省にもある。先日『地球の歩き方』を読んでいると雲南省の新しい観光地として日本でも注目され始めているらしい。チベット族の住む香格里拉(Xiang ge li la)(旧名:中甸)は桃源郷のモデルといわれ、地名をシャングリラの中国読みにあててつけている。

この地域の近くまで近いうち旅をする。

日本にいればカタクリなどの「山野草」の話をしたり・・・となんと幸せなことだろう。桃源郷は世界の果てでなくても日本や身近なところにあるのかもしれない。

2012年4月6日金曜日

卒寿の「さっちゃん」の記事から

午前中、予約している歯科に行く。起床後は晴れていた。ところが歯科に出かけようとすると外は暗く雨が降り出す。仕方なく歩いて出かける。歯科に着くと、診察を待つ間、置いてある女性週刊誌を読む。

週刊誌も月刊誌も新聞の宣伝見出しを見ればおおよそ何が書いてあるかわかる。しかし、待つ間の暇つぶしにページをめくっていると卒寿の「さっちゃん」の記事がある。読みながら関心があるところを携帯で写す。

記事を見ると「さっちゃん」は母親がなくなるまで一緒に住み、その後は一軒家に一人で住んでいる。生涯独身だとか。これを読んで「さっちゃん」の生き方は先達と思え、妙に親近感を覚える。

さらに「ひとり暮らしになって、24時間すべてを自分のために使えるというのはとてもうれしいことでした。今まで『井の中の蛙』だったので、ふと落ち着いて世の中を見渡してみると、何もかもが新鮮で、好奇心をそそられることばかりでした」と書いてある。

「さっちゃん」の言葉にも「好奇心」が出てくる。その後いろんなことにチャレンジし、なんと70歳で本格的に絵を始める。その絵の友人から「さっちゃん」は79歳でパソコンをすすめられ、カルチャーセンターでパソコンを習う。そして6年前からはブログを開設する。

「さッちゃん」の元気の源は「好奇心」なのだろうか。それにしても素晴らしい!

ブログを始めたのは3年前。ところが「さっちゃん」は6年前から始めている。こんな記事を読むと昨日のあの落ち着かない我が身が恥ずかしい!元気で長生きの秘密は「好奇心」!?。

ブログの投稿前、旅行社からTELがかかる。今回の旅行社は初めて利用するところ。さてさてどんな旅になるやら楽しみだ!

午後はプールに出かける。600メートル泳ぎ、200メートル水中歩行。今日は少し鼻水が出ていたので行くかどうかためらった。だが、プールに行ったのは正解だった。

プールから帰ると昨日の銀行員が来る。話をしていると、町内にいい居酒屋があるという。その銀行の人もよく利用するとか。

それにしても遊ぶ話はなんでも楽しい!それには元気が・・・。プールに行ってやっぱり良かった!

2012年4月5日木曜日

落ち着かない日

来週から始まる講義を前にして気ぜわしくしている。落ち着かないので、今朝は学生証を受け取りに大学へ出かける。風は今日も吹いている。

事務局へ行き、気になることを尋ねる。その時、事務の職員は見覚えのある人だった。思わず、「〇〇研究科の・・・」というと、その職員も「見たことがある・・・」。急に親しくなる。さらに職員は「〇〇さんも受講されますよ」という。しかし、聞いた名前は初めて知る。

学生証を受け取るとき、箱に入っているものを見る。「多くの人が受講されるんですね」というと、「多いんですよ」。これを聞いて元気が出てくる。職員は「皆よく学ばれますね」と感心する。

その職員は3年前に修了した研究科の事務から、今の科へ異動していた。そのためか何を聞いてもよくわからない様子。学内用の個人のパソコン検索もよくわからないようで、若い男性職員を連れてきてパソコン操作をしてもらう始末。

初めて科目履修生となるので学内の授業登録、学内検索のパスワード、教科書など色々と尋ねる。どうも今一歩わかっておられない。今日は学生証だけもらう。受講する教室を聞くと若い職員が他の印刷物で探して教えてくれた。

どうも要領を得ない。気になりながらも家に帰る。帰宅後、パソコンでシラバスを見ると一挙に神経過敏になる。思わず「大丈夫?」と自問自答。シラバスには厳しいことが書いてある。頑張らねば・・・。

教科書がどうも気になるのですぐに担当教員にメールをする。教科書は当日、生協で買って持参するようにとメールで回答がくる。

それでも落ち着かないので一度、自転車で外に出る。買い物を済ませて帰ると、携帯がなる。先ほどの事務の職員さんだった。セキュリティ関係の書類を渡し忘れたという。

「やっぱり!」不安的中。その人は異動して間もないのかわかっておられない。電話のついでに教科書について聞く。販売先もしっておられない。生協へ聞くようにという。

先ほど大学生協へTELすると、以前の売り場でなかった。なんといっても大学構内は広い。大学のバス停が10箇所くらいある。違う売り場ならばバス停も違う。聞いてよかった。

今日大学へ出かけたのは、10日のスケジュールが半端でなくハードなので少しでも片づけておこうと思って出かけた。それなのに、ただ学生証を受け取っただけである。10日も今日と同じく、事務局へ行かないといけない。

10日のスケジュールは、昼前大学へ行く。事務局によって書類を受け取り、別のところにある大学会館で教科書を買う。その後、また移動して講義を聞く。受講後は、広島市内へ出てフルートのレッスン。この移動に2時間近くかかる。レッスン後、またバスで移動して広島交響楽団の定期演奏会を聞きに行く。

外で遊ぶことを思えば何ということはない。しかし、移動、移動で大変!まして久しぶり頭を使うことをはじめる。

昨夜、社会人大学生の頃の人にTELする。その人とは直接ともに学んだことはない。バス停で顔なじみになり話すようになった。ドイツの法制度のようなことを専門とされている。昨夜の話では、今でも放送大学で学んでいるという。しかし、仕事に絡んでいた法律はもう学びたくないらしい。

今は体の調子がよくないらしく、しきりに体に気をつけて学ぶように話される。今のところ、元気!

やっぱり、何ごとも心身ともに元気でないと・・・。特に「学ぶ」には・・・。それにしても気持が落ち着かない。このとき銀行の人がきた。入行して6年目とか。話していてやっと本来の調子に・・・。

2012年4月4日水曜日

「爆弾低気圧」から

今朝図書館へ行って日経新聞を見ると3面の大見出しに「春の嵐は『爆弾低気圧』超大型台風並みに」と書いてある。TVなどのニュースを見ていないのでその「新語」に驚く。家に帰って地元紙を見るとどこにもそういう文字はない。

地元紙でやっと「爆弾」を見つけた場所は一面のコラム欄。そこには「物騒な『爆弾』級の名が付く低気圧にも見返され、陸海空の動脈はあちこちでずたずたに。」の小さな記事。

「爆弾」は原子爆弾を思わせる。だからあえて書かないようにしたのだろうか。

いずれにしても「爆弾」は通常ではなく、大混乱に陥れること。それくらい荒れ狂った低気圧だったというのだろう。

明け方、2階で異常な音がして目を覚ます。猫が屋根に上がって騒動していると思った。それにしても大きな音。

昼過ぎ、図書館から帰り、自転車を庭に置く。そのとき庭の横を流れる幅5、60センチの水路を見ると1メートル四方の波板が落ちている。「これが目を覚まさせた犯人だ!」と思いながら、それを引き上げる。

我が家にはそういったものはない。昨日の「爆弾低気圧」は我が家にとんだ土産物を置いていった。

昨夜といえば、中学時代の同級生から電話がかかる。5月下旬に市内のホテルで催される中学の同窓会の案内だった。同窓会と名の付くものにほとんど出席しない。生まれてからずっとこの町に住んでいる。隣も、その隣も、前も、横も・・・というほど同級生がいる。改めて同窓会に出席しなくても、と思うほどに近くにいる。いつも遊ぶ幼馴染も同級生。懐かしさはない。他都市に住めば少しは気持も違うのかもしれない。

今日は、昨日と打って変わって穏やかな一日。午後からは今朝、図書館で借りてきた『地球の歩き方』を見る。中国でこの本を持参していると分かると別室に連れて行かれるとわざわざ注意書きがある。持参するなら入国審査で隠すようにと・・・。なんと怖い国、と思いながら本を読む。必要な箇所をコピーするため、再度、スーパーへ行く。行く途中、知らない女性が近づいてきて自転車の籠にチラシを入れようとする。宗教のチラシだ。

家の郵便受けにも毎日のようにそういうチラシが入っている。その女性に要らないといって受け取らなかった。かなり年配の女性たち。何か他にすることはないのだろうか。

「爆弾低気圧」も来て欲しくないし、それがもたらした波板も欲しくない。ましてや、その女性たちの配るチラシはもっと欲しくない!

「爆弾」といって思い出すものがある。小さい頃、夏に食べるアイスキャンデーでゴムに入った丸いものを確か「爆弾ケーキ」といっていた。それはお腹をこわすので買ってはいけない、と親に言われていたことを・・・。さっき、ネットで検索するとあった。一地方の言葉と思ったら岡山県に今も販売されている。こういった話をするには同窓会に出席するしかない!?

子供の頃は皆「ガキ」だった!今、どんな地位の人でもそうだった、と何かの本に書いてあったけど・・・。こう思えば、同級生も皆、似たり寄ったりになっている!?

以下、ネットで検索したものを引用しよう!

バクダンキャンディー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/12/24 21:08 UTC 版)
バクダンキャンディー。先端をはさみで切落として食べる。

2012年4月3日火曜日

『図書』4月号を読んで

「女心と秋の空」どころか、なんという気候の変化だろう。昨日のあの春らしい陽気はどこへやら。今朝は突風の中、傘を手に持って歯科へ行く。

なんといっても強風が一番嫌い。子供でも宙に浮いたりしない。それなのに宙に舞い上がりそうな気持に襲われる。

午後からフルートのレッスンが待っている。しかし、お昼のニュースで竜巻注意報を知るや、すぐに先生にレッスンを休むTELをする。

その後も玄関を開けて外の様子を伺う。家の前に地区の集会所がある。その周辺の掃除の世話をする人が、2階に上がる階段に座っている。いつもなら「大変ですね」と挨拶の言葉をかける。だが今日は、玄関を開けるたび突風が吹き込む。挨拶どころではない。座っている人も今日は掃除を止めて家にいればいいのに、と思ったりする。

レッスンを取りやめ、急遽暇になる。強風のなか、外へも出られない。仕方なく、手当たり次第本を読む。読むというより見るに近い。その中で、昨日送られて来た岩波書店の『図書』4月号を見る。この本は出版社の宣伝誌だけあって、記事に掲載している本を読みたくさせる。

この中で2箇所、気に入ったところがあった。

1つは大江健三郎の「親密な手紙」欄の「心ならずも」であり、もう1つは今枝由郎の「龍という人格」。

2月16日のブログ「考える!」に中国の女性のことについて次のようなことを引用して投稿した。

戦後日本を代表する知識人の一人である加藤周一は『ひとりでいいんです 加藤周一の遺した言葉』(講談社、2011年)の中で、国境を越えた人々と仲良くする方法として「具体的な友人が海外にひとりいればいい。・・・よく知った中国人がいれば、中国に対して無差別に爆撃することに賛成できないですね。・・・そういう友人がいれば、その中国人を殺してもよいが、私を殺してはいけない,という論理は成り立たなくなる。成り立たないから友情なんでしょう。だからまず、ひとりの友人をもつこと。それが出発点です。」という。(73-74p)

その部分を、「心ならずも」のなかで大江は「最後に本書のタイトルは、加藤さんが広く深い経験に立って、外国に友人が本当にいれば、抽象的でない強いつながりが開けるとの確信をいっている。」と述べている。

その日のブログ投稿で、この加藤の文はブログの内容と合わないかも、とずっと思っていた。ところが、大江の文を読んでその心配はなくなった。

もう1つの今枝の「龍という人格―『雲龍の国』ブータン第五代国王語録」は先に来日したブータン国王のスピーチを述べている。今枝といえばブータンに関しては知名度抜群の人。その人は元ブータン国立図書館顧問。その国立図書館の仕事についていた人を知っていることもあって興味津々で読む。

国王は福島県相馬市の小学生の前で話された。それは「龍というのは、人格のことです。ですから龍は、わたしたちの一人ひとり、誰の中にでも住んでいます。龍は、わたしたちが歳を重ねるにつれて、わたしたち一人ひとりの経験を糧にして、大きく強くなります。大切なことは、その龍をたえずコントロールすることです。わたしは、ブータンの子どもたちに、自分の龍を育てなさいと、言っていますが、皆さんも自分の龍を養い育ててください」である。

今枝は「この話は、乾いた砂に水が吸い込まれていくように、深く浸透し、感銘を与えた」と述べる。ブータン国王の来日のその言葉とともに、后を選んだ際の后となる女性の資質をブータン国会議員の前で述べたことも書いている。

それは「人は、いかなる境遇にあろうとも、しかるべき努力をすれば、歳と経験を重ねるにしたがって、ダイナミックな人格に成長することができる。王妃として最も重要なのは、いかなるときでも、一人の人間として善良であること。そして王妃として、国および国民に、ゆるぎない決意をもって仕えることである。わたしはその妃としてそれにふさわしい女性を選んだが、その女性の名はジュツン・ペマである」と表明したと述べている。

この国王の2つのスーピーチは今枝によると大乗仏教の『涅槃経』の教えだとか。

仏教的な教えはよくわからない。しかし、国王の話された言葉をこの『図書』で読めば少しは理解できる。

他にも『図書』で紹介されている本を読めばいろいろなこともわかるのだろう。しかし、その内容は難しい。

2012年4月2日月曜日

カタクリの花を見に・・・

昨日からの気持いい天気に誘われ、急遽、今日は幼馴染とカタクリの花を見に行く。出かけた場所は広島県安芸高田市向原の「カタクリの里」。広島駅から芸備線に乗り換え1時間で向原駅に到着。初めて降車する駅だった。

駅員にカタクリの里までの道のりを聞くと徒歩で40分かかるという。手にするパンフ「広島さんぽ」では徒歩20分と書いてある。すると「30分くらいですかね」と駅員。幼馴染が「車窓から旗がなびいて見えた場所では?」と駅員に聞くと、やはりそこがカタクリの里だった。

そこまで一路向かって歩く。山陰に繋がる道路のためか行き交う車は猛スピードで通る。車の勢いに吹き飛ばされそう。吹く風も広島市内よりはかなり冷たい。

カタクリの里のカタクリの花(係りの人によると、ここでは”夢カタクリ”と名付けているという)
しばらく歩くと「農村交流館やすらぎ」に到着。公の施設なのか、係りの人はとても親切。そこで先ず食にありつく。そこでの本日のメニューはラーメンのみ。ラーメンを注文。その間も職員は次週から始まる桜祭りのパンフをもってきて話し始める。お客は少ない。ましてや、公共機関で来たと話すと驚くばかり。

カタクリの里はまだ花が咲いていないとか。その近くにある丸山公園のカタクリを見るようすすめる。だが、目的地はカタクリの里。食事を終えるとカタクリの里までまた歩きだす。相変わらず、行き交う車に吸い込まれそう。

しばらくすると、カタクリの里に到着。その付近では、茶店が出ていた。そこで「柚子味噌」、「ヨモギのあんこもち」、「奈良漬」を買う。途中、ヨモギもちを歩きながら食べる。美味だった!



カタクリの里のカタクリの花は山の陰になり、開花は遅れていると係りの人もいう。その人はカタクリの保存メンバーらしくいろいろと教えてくれる。20年位前から地区の若者によって保存に取り掛かったとか。カタクリの花の寿命は5日間。種で繁殖し、太陽が当たらないと花は咲かないという。

丸山公園内のカタクリ保存の看板
カタクリの里のカタクリの花を見終えると、丸山公園に移動。辺りには「つくし」が芽を出していた。思わず写真に収める。何年ぶり、何十年ぶりに見る「つくし」。しばし、道にしゃがんでそれをながめる。西洋タンポポ、日本タンポポも咲き乱れ・・・。

丸山公園は太陽もよくあたるのか開花しているカタクリも多い。しかし、カタクリの里よりも花丈が低い。それでも花の色は濃いピンクをしている。

そこにはいたるところに花をいたわる看板が立てかけてある。看板に書いてある言葉をカメラに収める。収めながら笑いが起こる。カタクリに成り代わって上手く表現していた。

2箇所のカタクリの花を見終える頃は日差しもまぶしくなり休憩場所を探す。ところがカフェらしきところが全くない。とりあえず向原駅まで歩くことにする。途中、町内の案内地図を見ると駅前にカフェがあった。そこでティータイム。お客は地元の人2名。その人たちが帰ると私たちだけになる。JRで広島まで帰る時間までかなりある。しばらくそこで休憩。経営者は田舎の人のためかとても優しい。みかんまでもらった。

それにしてもよく歩いた。向原も気に入った。また出かけたい町である。

カタクリの花といえば澤地久枝を思い出す。澤地は『道連れは好奇心』のなかで「もしもなんに対しても興味をもてなくなったら、時間があり、経済にゆとりがあっても、わたしはひょいと気軽に旅に出るだろうか。カタクリの開花を見たいという思いだけで出てゆく一人旅。旅のさきにはかならず未知の世界が待っている。そういうわたしの道連れは、好奇心。貪欲な好奇心がわたしの心を揺さぶり、ひょいと身軽に腰をあげさせる。」と書いている。

今日の道連れは幼馴染と「好奇心」。これからも澤地のように「好奇心」をもってどこへでも出かけよう。それが元気の素?

JRで広島駅に帰る。まだ太陽は燦燦と輝いている。このまま帰るのも・・・ということで新幹線口の「酔心」に入る。そこでビールで乾杯。喉が渇いていて・・・。幼馴染曰く。ここまで生きると女性2人ももう「おっさん」と。確かに・・・。かえりのJRに乗っている人は仕事帰り。2人はともに暇人。

どういっても来週から忙しくなる。今日はその前の少しばかりの気休め・・・。元気を出して頑張ろう!

2012年4月1日日曜日

手編みの靴下

今日は天気もよさそう!それなのにまだ外にも出ていない。このブログ投稿後、自転車に乗って外に出よう!

昨日、『流転の子』をブログに投稿。そのとき、初めて中国語を習った頃のことを書く。まさにそのとき、一緒に習った人から鮮やかな新緑色の手編みのルームカバーが送られて来た。その偶然性に驚いてしまう。
友人から戴いた手編みのルームカバー、実物はもっと鮮やかな色
ブログを投稿するようになってから、いつの間にか過去を振り向いている。「過去は振り向かない」、「今を生きる」を信念にしようとしていた。それなのに・・・。

贈ってくれた人のことは「前のブログ」に書いたかもしれない。今でも毎日のように「前のブログ」を読んでいる人がいる。何を書いているのか気になる。だが、今はまだ母の弱っていく状況を読める状況に至っていない。そのため同じことを書くかもしれない。

贈ってくれた人とは1982年の半ば頃、市の広報誌の中国語講座の勉強会で知りあった。当時はまだ中国との国交が回復して間もない頃。20名足らずの応募者だったように思う。その中で、私たち2人だけが当時としては若かった。ほとんどの人は中国に住んでいて帰国した人たちであった。そのため、中国語を習わなくてもしゃべれる人たちだった。

講師は地元の国立大学の先生と中国の国費留学生の胡さん。そのとき初めて中国の人を見た。胡さんは女性。賢さが顔の表情に表れていた。2人目が昨日のブログに書いた龔さん。この人は男性。中国の高校を終えて大学から日本にやってきた。しかし、当時でも日本語はかなりのもの。特に覚えていることは龔さんが最初の頃、人民服を着ていたこと。そして初めて中国に行ったとき、その人の妹さんと南京で会う。

習っている人の中で若い私たちは自然と仲良くなった。贈ってくれた友人はその頃、中国にのめり込み、しばらくすると会社を休職して短期留学をする。

私は当時、まだ海外に出かけておらず、一人で行動する人間でなかった。その潔さにびっくりすると同時に羨ましかった!いつか私も、と思いつつ年を重ねる。

しばらくして彼女は会社の同僚と結婚。1人目の娘さんが誕生して間もない頃、新築の家に龔さんと一緒におじゃましたこともあった。

それから10数年後、なんとその長女と同じ学部で学ぶ。それを聞いてまた驚く。入学式に一緒に参列。彼女は娘さんの父兄として、私は学生として出席。入学式当日は暖かかった。彼女と2人外に出て昼食を食べたことを思い出す。

その後、彼女は学部の同窓会の会長に就任。こちらは学生側。その卒業式の後の謝恩会で合おうという話しになった。しかし、母を介護していたため、卒業式のみ出席。謝恩会は欠席した。

あれから5年。1、2年に一度くらいの割で近況報告を聞く。その間、彼女は世界一周船旅に出たり、そのときの本を送ってもらったりと連絡は入る。しかし、母を長く介護し、自由がないモノにとってなかなか会う暇がなかった。

贈ってくれたもののなかに手紙と新聞記事のコピーがあった。それを読むと新聞記事は多分朝日新聞の昨年の8月に投稿したものだろう。「夏の挑戦」欄に、暑い日に編む「汗かき毛糸の靴下せっせと」の見出しがある。

〇〇さん、ルームソックス、ありがとう!暖かくなったので今年の冬は穿けないけれど、寒くなったら穿かせてもらいます。またいつか機会を見て会いましょう!あと数日するとまた大学に通います。大学の学食でなく、レストランで会いましょう!ぜひ!