2022年3月31日木曜日

イディオム帳

 地元の区民文化センターで開催された陸上自衛隊のコンサートを聞きに行く。久々に生の音楽を聴いた。が、やはり生の演奏はいい。第13音楽隊は第13旅団管内唯一の音楽専門部隊らしく素晴らしい演奏だった。指揮者の米田隊長は北海道出身で広島に来てまだ2週間、という。演奏曲目は吹奏楽コンクールの課題曲や映画、アニメ音楽のテーマ曲に加えてクラシックが演奏された。

 生の演奏は迫力満点。しばらく演奏会にご無沙汰気味だったこともあり(生の音楽はいい)と改めて気づかされる。ただあまりにも自分自身が映画やアニメに疎いとも気づかされた。

 今朝は雨。この雨で桜が散るとも思えない。近くの山や自衛隊、そして造幣局の桜は今年は公開されるようなのでせいぜい近場の桜を見て楽しもう。

 昨日、図書館で借りた逢坂剛の『ご機嫌剛爺人生は、面白く楽しく!』(集英社、2021年)を一気に読んだ。この人の小説などの著書は読んだことがなかった。が、この本を読むと参考になることが多い。逢坂が語った言葉を編者が書に著している。本を読むといろいろと刺激を受ける。その中にイディオム帳の話がある。

 年末から今まで外国語の歌をその国の原語で暗唱している。音を聞いてメロディを覚え、ノートに書いて原語を覚えた。これをイディオム帳に書き記せばいい、と思った。自分自身のイディオム帳をつくろう。

 逢坂剛のイディオム帳はまるで活字のような文字で記している。原稿もカリグラフィーのようにきれいらしい。

 原語で歌の歌詞を覚えようとした時、1冊のノートに記した。が、このノートは本を読んでいて出てくる知らない漢字やキーワード、果ては思いついたことなどなんでも記す雑記帳だ。イディオムは慣用句、成句、熟語の意だがこれを機に新しいノートをイディオム帳として外国語のイディオムを記そう。まずは暗唱した歌詞を手始めに。逢坂は外国語の習得をこうして覚えたそうだ。何でもいいことは真似しよう。

 今週は外に出る機会が多くて草臥れるのか今朝はアラームが2度なる始末。夢を見ていた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月30日水曜日

川沿いの桜

 家から歩いて行かれるところに二級河川が流れている。その川沿いには桜が植えてある。昨日の午前、徒歩でなく自転車に乗って桜を見に行く。あいにく満開とまではいかなくても見事に桜は咲いていた。ただ、花曇りのお天気で2日前に出かけた縮景園に比べて写真の写りはよくない。川向うに菜の花が咲いている。自転車で橋を渡って菜の花が咲くところまで行こうとした。が、国道をひっきりなしに車が通り、怖くて菜の花まで近づけそうにない。あきらめて元の場所に引き返し、そこから菜の花の写真を撮った。 
川の上方面

川の向かいに咲く菜の花

川の下方面
 ここからの写真は3日前の27日に出かけた縮景園での写真。お天気も良くて桜のピンクと空のブルーがよく映えている。


 この祠を日本画教室の人が写していた。何度も縮景園に出かけているがここに祠があるとは知らずにいた。今回やっと祠を見つけた。

 写真に撮った祠を見るといかにも山奥にあるように見える。が、実際は街のど真ん中にある縮景園の祠である。

 話は戻って川沿いの桜を見た後、地元のスーパーに出かける。帰りがけに近所の人に出くわす。しばし、立ち話をする。その人の母親は今年95歳になるとか。元気なお年寄りなのになぜか不満があるようだ。話を聞いた後、「亡くなればもう二度と親と話は出来ない」と話すと、もう親はいなくてもいい、みたいなことを言い始める。これを聞いてびっくり仰天。

 我が家は母が怪我で入院した時点で親娘の立場が逆転した。それほど仲が良い親娘ではなかったが、親の怪我は自分にとっては大変なことだった。それまですべての家事をやってもらっていた。怪我から亡くなるまでの7年間、親を介護していて感じたことはただただ衰えていく親が愛おしくてならなかった。そんな気持ちで介護していたので昨日の友だちの言葉に驚くばかり。

 人それぞれ、というけれど、それでも親を咎めてはいけない、と思う。いざとなればいつも親が子を見守ってくれたはず。その思いがあるから衰え行く親を口に出して咎めてはいけない。そう思うけどどうなんだろう。誰しも皆、いつまでも元気でいられるわけではない。遅かれ早かれ老いはやってくる。その時、どう思って日々を過ごすのだろう。それこそ人それぞれ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月29日火曜日

「朝曇りは晴れ、夕曇りは雨」

 スーパーの魚売り場に小鰯がならぶ季節になった。カタクチイワシを広島辺りでは小鰯という。季語は秋のようだ。刺身の売り場を覗くと小鰯がある。数年前に近所の人から鍋一杯の小鰯を貰った。その時はこれをどうすればいいのか処理に困った。昨日、魚売り場の小鰯をみて自分で刺身に、と思いつく。価格はただ同然ともいえるほど安い。が、刺身になった小鰯はその何倍もする。

 暇つぶしもかねて小鰯を小さいスプーンの背で割いてゆく。小鰯を割く時間を考えれば売り場に並ぶ刺身の価格の高さが判るというもの、と妙に感心してしまう。よほど暇人でないとこういうことはできない。これもすべてはコロナ禍の恩恵!?

 家の近くに植えてある桜が咲いた。「朝曇りは晴れ……」の諺通り晴れてきた。この続きを知らずにいたら「朝曇りは晴れ、夕曇りは雨」と続きがあった。この季節、一斉に桜の花が咲き始める。が、咲く時季は短い。近くの二級河川沿いに咲く桜を見に行こう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月28日月曜日

友だちとランチ

 桜便りが届く昨日、友だちとランチを楽しむ。ランチの予約は1時とのこと。その前に日本画の人が描いている縮景園の祠を探しに出かける。友だちと縮景園に隣接する美術館ロビーに集合。その後、縮景園へ。昨日は前日の雨も上がりまさに行楽日和。縮景園の桜も咲いて親子連れなどでにぎわう。園内に入ってすぐに友だちは祠を見つけた。これまで縮景園に行くと大概、園内の外側から隅々を歩いていた。だが、昨日は人と一緒なので歩くコースも違う。何度も出かけているはずなのに知らない縮景園を垣間見る。

 2時間近く園内をうろつく。とはいっても大半は休憩場所で腰かけて話す。友だちはひざを痛めているとか。

 縮景園を後にしていざランチへ。川沿いの桜が咲いているホテル内のレストランでお昼をいただく。大半のお客はお天気が良くてレストラン外のテーブルでのランチだ。お陰でコロナ感染もそれほど気にしなくてよい。ただテーブルの前と横に透明な衝立てが立ててある。話をしても声がさえぎられるようで聞こえにくい。が、これもすべてはコロナ対策、と思えばそれも致し方ない。

 今朝の地元紙に石井哲代さんの記事がある。来月には102歳になられるとか。2週間の入院後、またもひとり暮らしを始めておられる。記事を読むとなんと1日に2時間、ピアノに向かってジュピターの練習をしているそうだ。2時間もピアノを弾いていると体力も頭も使うはず。お元気の源はこのあたりにもありそうだ。

 毎日フルートを吹いているが2時間どころか1時間も吹けない。せいぜい15分から30分も吹けば自分の中では練習した気持ちになる。これじゃ、上手になれるはずがない!?

 何歳になっても何かをやり続ける人は素晴らしい。ダグニーさんが亡くなられて寂しくなったが、次は哲代さんにもさらに長生きしてもらって元気と勇気をいただこう。

 先日来から読んでいる色川大吉の本を2冊読み終えた。さらにこの人のことが知りたくて以前の著作を図書館で2冊借りる。ざっと目を通すと色川大吉は色川武大(阿佐田哲也)など色川姓のひとたちと先祖が色川一族のようだ。

 昨日は久々に1万歩以上歩いた。桜は今週いっぱい見られそうなので地元の山や近くを流れる川沿いの桜を見に行こう。そして来週になれば泳ぎを再開しよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月27日日曜日

「小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~」を見る

 昨日午後のNHK・BSプレミアムで「小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~」を見る。2017年制作の番組は半分ドラマ仕立てで残り半分は実在する人物が登場する。鈴木紀夫と同じような時代を生きてきたにもかかわらず、この人について何も知らなかった。鈴木紀夫はまさに男のロマンを追い求めた人だった。

 鈴木は何度目かの雪男を探索途中に雪崩に遭い、37歳の若さで亡くなる。雪崩に遭う前に奥さんあてに手紙を書いていた。いつも大事にその手紙を見て生きている奥さん、なんと幸せなことだろう。鈴木の好きな歌である「ここに幸あり」が流れる中、番組は終わる。番組HPによると「戦後29年もの間、フィリピンのジャングルに身を潜めた小野田元少尉。彼を日本に連れ戻したのは、たった一人の若者だった!その若者の名は鈴木紀夫。冒険家を目指した紀夫はその後、ヒマラヤで雪男発見に没頭し、雪崩に遭い、37歳で生涯を閉じる。70~80年代、経済成長する日本社会に背を向け、なぜこのような生き方を選んだのか。小野田や雪男捜索の初公開資料を交え、男たちの生きざまをドラマとドキュメントで描く」とある。

 小野田さん発見時の鈴木のフイルムには世間に出ていない数多くの写真が残っている。当時の政策なのか写真は2枚しか表に出ていない。

 鈴木の奥さんとなった人は作家の林房雄の娘とか。どこまでも夫を支えてついていく姿に心打たれる。鈴木が奥さんにあてた最後の手紙に「もっと幸せな生活を……」みたいな言葉がある。この言葉だけで十分に幸せを感じる、ようなことを奥さんは話していた。

 小野田氏と鈴木夫妻は鈴木が亡くなるまで常に連絡を取っていた。ロマンを探して生きて行く2人の男たちの姿を見ていると自分には到底かなわぬことと羨ましくもあった。降り続く雨の日の午後に見るテレビはなぜか気持ちが晴れる。いい番組だった。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月26日土曜日

ダグニーさんの訃報!

 3月24日のダグニーさんのブログにエレナは以下のように投稿している。ダグニーさんは亡くなられたようだ。享年109歳。ブログの一部を投稿しよう。

 「~あなたが私たちのためにしてくれたすべてのこと、ダグニー!『死んだ』という言葉はあなたの語彙にはありませんでした。あなたは人生を愛していました!5月8日に110歳の誕生日を祝う準備を始めたばかりでしたね。私はブログに新しいページを開くことを約束していました、そのページは『The Year is 2022』と呼ばれるでしょう。~エレナ・ストローム 24/3 2022」(自動翻訳機能による日本語)

 いつもダグニーさんのブログを見ていたので亡くなられたと知ってとても残念。ダグニーさんのブログから勇気と希望を貰っていた。誰にでもいつかは訪れるその日。残念としか言いようがない。

『わたしの世界辺境周遊記フーテン老人ふたたび』

 今日は一日雨が降りそうだ。咲き始めた桜も雨が止めば一気に開花するだろう。昨日、友だちからランチに誘われる。お花見を兼ねてのランチとなりそうだ。が、コロナが気になる。昨日の県内の新規感染者は42日ぶりに1000人を超えている。コロナに気をつけながらランチを楽しもう。

 以下は先日読んだ『わたしの世界辺境周遊記フーテン老人ふたたび』(色川大吉 岩波書店、2017年第1刷)から気になる箇所を抜粋した。「カンシオン・ミステカ」の曲は先日ネットで見つけた。が、「ガンガ賛歌」と「大地の歌」はどんな曲かわからない。ただ、曲名だけを記そう。

 最後に記した「足腰のしっかりしているうちに、大陸の未知の土地をたずねよう。もう、五年しかないのだよ。たったの一ハ〇〇日間だ。日本の男の平均寿命の歳まで。もうすぐなのだ」のくだりはなんか身につまされる。あと五年、と著者は自分自身の活動期を冷静に見ている。しかし、実際は昨年の秋に96歳で亡くなられた。自分自身、あと何年活動できるか考えたこともない。が、母が生きた95歳までは元気でいたい。とはいってもどこへでも旅行できる年齢はそこまでは無理!?というか体力が衰える前に気持ちが萎えたら、とその方が怖い。そのためにも心身ともに元気でいなくては……。それには水泳が一番かも……。泳ぎの再開はさていつ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「そのなかでも心にしみるのは「カンシオン・ミステカ」だ。(10p)

★「ガンガ賛歌」が流れていた。(16p)

★わたしはインドのことはなにも知らない。まったくの異邦人だ。老いてもこの人たちのような帰着すべきところがあるとは思えない。ただ命尽きるまで、このまま行くしかない。人は死んだらどこへゆくのか。あらためて自問させられる。(18p)

★次の夜、わたしたちはガヤの駅から夜行の特急列車でカルカッタに向かった。列車に乗り込むと、名画「インド”大地の歌”」のテーマメロディが流れた。(19p)

★第十四代法王は中華人民共和国のラサ侵攻を受け、一九五九年三月、蜂起、抵抗したが、結局ラサを脱出し、ヒマラヤの天険を越え、インドに亡命した。結局北インドのダラムサラに亡命政権を樹立し、今に至っている。このように十九世紀以降は受難の連続であった。そうした苦難を乗り越えてきた法王であればこそ、同じ仏教宗派の民衆の支持が大きいのであろう。ラサにいるだけではわからなかったことが、ラダックにきて一層深く理解できた。もともとチベットは中国ではなく、ラダックはインドではないのだが、政治的に今そうされていること、それぞれの独自性、異質さ、民衆の心情が侵されているということの不条理がよくわかった。ただ、今のダライ・ラマは武力反攻をよびかけるのではなく、ひろく世界の世論に訴える平和外交を貫いている。そのことによってさらに国際的な支持を集め、ノーベル平和賞を受理されるに至っている。(53-54p)

★ゲルク派のラダックのそれより、ブータンの方がわたしには洗練された優雅な芸術性をもっているように感じられる。思えばヒマラヤ仏教は、ブータン、シッキム、ネパール、ラダックと、地域により教派に異なる表現をもつが、共通の根はすべてチベットにある。それは深遠な仏教の宇宙観や教義を、演劇行為を通じて大衆に直接に伝達するものなのであろう。(58p)

★親しい二人の旅慣れた女友達から、ベトナムへ行かないかと誘われた。……連れていってもらうことにした。二〇一五年の夏のことである。なにしろ、こちらは正真正銘の「フーテン老人」、日ごろ杖を使わないと散歩もままならぬというヨレヨレなのだ。だから、飛行機の予約や宿や車の手配などもいっさいお任せだ。わたしはただ、ベテランの二人についてゆけば良いだけにしてもらえた。四、五年、海外に出ていなかったので、パスポートの期限も切れていた。そしたら、ヨーコ君が旅券の発行所にも同伴してくれた。わたしはそこで、一〇年旅券という長期のものを出してもらった。つまり、満九十九歳まで、世界中、どこにも行けるようになったのである。これで出発の日を待った。(117-118p)

★旅の記録を探して日記を調べていたら、一九六九年南米一巡の旅のときのことかと思われるが、こんな走り書きにぶつかった。自分で自分に言い聞かせるような、繰り言とも覚悟ともとれるような、走り書きだった。本音なのであろう。

「元気なうちに歩きのこした世界中を旅行しよう。足腰のしっかりしているうちに、大陸の未知の土地をたずねよう。もう、五年しかないのだよ。たったの一ハ〇〇日間だ。日本の男の平均寿命の歳まで。もうすぐなのだ。もう、五年、なんとか元気で。海に、山に、氷河地帯に、砂漠地帯に旅して、生きていることをたしかめたい。こころの通いあうほんとうの友と。……だから、これまで維持してきた体力をもとに、最後の五年を自由に勝手に生きたいのだ」(143p)

2022年3月25日金曜日

鉢植え&菜の花

 桜も開花して少しずつ春の気配を感じる。昨日、スーパーへ行く途中、近所の家に菜の花が咲いている。しばし立ち止まって菜の花を見ていると家主なのだろうか、花の手入れをされている。見も知らぬ人なのに声をかけると快く応対してくださった。そして庭に咲く鉢植えを下さるとも言われる。1鉢、下さるとばかり思ったらポットに咲く鉢植えだけでなく植木鉢の鉢植えも下さる。ネモフィラ 菫などの鉢植えを4鉢もいただいた。初めて話した人なのに何と親切な人なのだろう。その家の両親はよく知っている。が、息子さんたちと話すことはなかった。

 我が家の近くの線路に面した家はどの家もJRが高架化するために立ち退きや庭などの縮小を余儀なくされた。その人の家の庭も縮小されている。それでも広い庭だ。そこに主に花を植えておられる。菜の花は道に面して植えてある。その奥に細長く伸びた葉っぱがある。あれは何?と問うとカラスムギだとか。庭の中ほどに野菜を植えている。それには藁がいるらしい。我が家の辺りには田んぼがなく藁はお店で買うとのこと。だが買うと藁と言えども高いらしい。そのために麦を育てて麦藁で代用するそうだ。

 きれいに花を咲かせた庭を見ると手入れが行き届いている。我が家の庭は狭いだけでなく手入れも行き届いていない。いただいたポットの花はポットから出してプランタに植え替えた。残る菫とネモフィラは鉢植えのままにして庭に置いた。

 我が家の庭にラッパ水仙が勢いよく葉っぱをつけている。が、全く蕾をつけていない。なぜ、と思って調べると前年に葉っぱを早く切りすぎたとか、栄養不足、日照不足が原因のようだ。今年の春はもう水仙の花はあきらめ、来年用にと葉っぱをすぐに切らずに栄養も与えよう。日照不足はレモンを伐採したので大丈夫と思う。

 午後、図書館から予約確保のメールが入る。久々に自転車に乗って図書館へ本を取りに行く。帰る途中、朝、鉢植えをくれた人が庭におられる。朝のお礼を言うと今度は菜の花を束にしてくださった。早速、大きな花瓶に菜の花を活けて仏壇の前に供える。においをかぐといい香りがする。道の何か所かの空き地に植えられた菜の花もその人が植えたとか。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月24日木曜日

” Canción Mixteca”

 先日、色川大吉の『わたしの世界辺境周遊記 フーテン老人ふたたび』を読み終えた。その中に南米を旅した際に聞いたいくつかの曲名が出てくる。その一曲に” Canción Mixteca”がある。ローマ字表記で曲名を探して見つけるまでは日本語の曲名でこの曲を探していた。どうしても知りたかったがその時点ではどんな曲かわからなかった。ところが昨日、色川大吉の20余年前の著書である『フーテン老人世界遊び歩き記』(岩波書店、1998年第1刷)を読んでいると” Canción Mixteca”(ミステカへの道)とローマ字表記がある。再度、ローマ字表記で動画を検索すると見つかった。なお、” Canción Mixteca”の”Canción” は「歌」の意で”Mixteca”は「メキシコの先住民であるミシュテック族(の人)」の意のようだ。

 この曲の日本語歌詞は以下のとおり。
 
 生まれ故郷から なんて遠いところにいるんだ
 どうしようもない懐かしさで いっぱいになる……
 ああ 太陽の土地 お前に会いたい
 なんて遠くにいるんだろう 光もなく愛もなく(145-146p)
 
 南米音楽はいずれも激しさの中に何処か切なさが漂う。この人の本を2冊読み終えると何が何でも南米へ、と心がせかされる。アルゼンチンへ行きたい。そして南米ではないがメキシコへも行きたい。最近のマイブームはつかの間の色川大吉ブームになった。なお、フーテンと名乗る著者は寅さんを意識している。

★寅さんは精神病でも老人でもないが、定職をもたず、ぶらぶら暮らしている。山田洋二監督がカタカナで「フーテン」と名づけたゆえんだ。寅さんこそ「昭和のフーテン」の代表、押しも押されもしない有名人だ。ただ、行動範囲は国内に限られていた。これからの話は世界中の遊び歩き記だから、「平成のフーテン記」だろう。「昭和のフーテン庶民」と「平成のフーテン老人」の遊びくらべとなるか。(3p)
 
 今さら自分の生き方をどうこう言ってもここまで生きてくるとどうにもできない。が、この人の生き方にあこがれはある。もっと早くこの人を知っていれば、と悔やまれる。が、それも今となっては仕方ない。せめてこの人の著書を読んで刺激を受けよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月23日水曜日

『十一番目の志士(下)』

 一昨日、縮景園の桜が開花したと報道で知る。先日の日本画教室で、教室の人は縮景園にある樹木と社を描いていた。自分自身、樹木を好んで描いているのでその人が描く樹木を自分も描いてみたいと思った。縮景園をくまなく歩いているがその人の描く社がどの辺りにあるのかわからない。図書館で春の日本画展開催のチラシを見つけた。場所は八丁堀の某金融機関だ。4月になればこの日本画展と縮景園の樹木と社を見に行こう。

 図書館も開館し縮景園などの公共施設も行かれるようになった。ついでにプールも、と思う。が、プールのある町には連日コロナ感染者が出ている。水泳を再開すれば気持ちも体もスッキリするはず。と、思いながらも決心がつかずにいる。今月末には区民センターで自衛隊のコンサートがある。徐々にいろんなところへ出かけるように行動開始!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下は大分前に読んだ『十一番目の志士(下)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2009年新装版第1刷)から気になる箇所を抜粋。

★しかしながら、かたきの晋助がいまからやろうとしている行動は、日本の知識階級の合言葉である「攘夷」であった。夷荻(いてき)ヲ攘(ウチハラ)ウ、これが、佐幕勤王を問わず時代の正義である。新撰組でも、「攘夷の先鋒」ということで京にあつまった志士たちの結社であり、元治元年長州軍が蛤御門に討ち入ったとき月下にかかげていた大旆も「尊王攘夷」であった。いまそれを晋助は一人で断行しようとしている。しかも、高杉が英国公使館を焼きうちしたようなものではなく、フランスの国家と武威を象徴する軍艦に斬りこんで金を奪おうというのである。(49p)

★この当時、勤王志士でも古参、新参がある。かれらの仲間では、最古参の尺度を、「癸丑(きちゅう)以来」という言葉であらわした。癸丑(みずのとうし)の年という意味である。癸丑の年は、嘉永六年にあたっている。ペリー来航の年である。このペリー来航から幕末の騒擾(そうじょう)は幕をあげたが、その嘉永六年以来の志士のことを。「かれは癸丑以来の志士である」と仲間ではいう。(77p)

★月性は、西郷と薩摩潟に身を投じた京の清水寺の勤王僧月照ととよく混同される。月照は僧であり、月性は詩僧である。月性の詩としては、「男児志ヲ立テテ郷間を出ヅ、学モシ成ラズンバ死ストモ還ラズ」というのが、後世にまで親しまれている。(77-78p)

★新選組は、ダルタニアン物語にあるような陽気な剣客集団ではない。陰気な謀略の結社でもある。幕末、これほどの諜報と謀略の活動をした団体もないであろう。(86p)

★奇兵隊の尊王は、革命思想である。「一君万民の世を」と奇兵隊士は熱にうなされるような気持で、それをいう。天皇のもと、三千万日本人は無階級の社会を、という理想であり、将軍、大名、士格という階級の廃止である。階級の廃止、つまり討幕である。ところが、新選組はちがう。新撰組の尊王は、具体的には王城の治安維持、ということである。あくまでも、幕藩体制下での京都治安の維持であり、徳川封建体制の擁護にある。(90-91p)

★皇国とは当節の流行語である。はなしはとぶが、この言葉は明治後死語となり、やがて昭和に入ってこの言葉は右翼思想家たちにひろいあげられ、まったく概念のちがう思想用語としてつかわれた。幕末にあっては概念がちがう。「日本」といったほどの意味である。(153-154p)

★世間の庶人は、この物価を高騰させた兇因は幕府の開国方にあると信じている。事実であった。対外貿易が鎖国経済を破壊し、米価が開国以前より三倍になり、しかもその勢いは奔馬のようでとどまる気配もない。これを制御するのは長州藩の攘夷主義だけであろう。長州が理想とする天皇中心体制になればふたたび国を鎖し、外国を追いはらい、異人貿易を停止し、国内の経済はもとの静安な状態にもどる、とひとびとは信じ、ひそかに長州人を指示していた(もっとも長州藩の指導者が密かに開国主義に転向していることは、藩内はむろん、世間もしらない)。(323p)

★高杉がかつていったことがある。「事をおこすのは人数ではない。唐土のばあい、明朝をほろぼして清朝を興したのは、満州の地で酋長愛新覚羅氏にひきいられて反乱をおこした満州族八十万人である。八十万人がいかに剽悍な騎馬民族であったとはいえ、これでもって明の帝室をほろぼし四百余州を征服できようとは、泰平の世では考えられぬ。しかし天命尽きた相手にはこの半分でも十分である。長州藩の渺小をなげくにはおよばない」(324p)

★(非道いことをしやがる)幕府が徴募した歩兵ほど、この地球上で劣悪な兵はいないであろう。第一、一国の政府たるものが、国軍を編成するのに市井の無頼漢をあつめるというような例は、世にも世界にも類があるまい。まったくのところ、この国の封建制の悲喜劇といっていい。徳川家をまもるべく三百年江戸に駐留している旗本八万騎は、代々殿様、旦那様といわれ、都市貴族になり、食禄に飽き、世のうごきに超然としている。幕府が洋式歩兵を設置しても、いまさら小銃を執って泥に起き伏しするような一兵卒の訓練を受けたがらず、結局、給金をえさに庶人から徴募せざるをえなくなった。幕府もあわれであった。かんじんの旗本・御家人が有閑階級化しているために、この危急存亡のときにごろつきどもを代人として庸わねばならないのである。(351-352p)

★攘夷とは幕府の官学である朱子学から出たことばである。朱子学がゆきわたっていた当時、平たい意味では攘夷派日本じゅうの”常識”だった。……ただ、長州人とちがうのは、ふつうは攘夷というものを行動にまでもってゆかなかったことである。まして幕臣や諸藩の責任者の場合、そういう行動をすることは、幕府を困らせることになる。なんといっても、幕府は、国内的にも国際的にも、日本国の責任政府だった。ただ反幕的な志士は、攘夷行動をすることが幕府が窮地に追い込むということを知っていた。……大きく世を変えたのは、長州藩が藩是として行動的攘夷主義をとりはじめてからである。堂々たる一体制が、書生論にまきこまれてしまうなどは歴史の壮大な数奇としか思えない。(371-372p あとがき)

★この小説の中の天堂晋助は、そういう不燃焼ガスのなかにいた。似たような生いたちの伊藤俊輔が伊藤博文になったことにくらべると、晋助はつねに草のなかにいた。時勢に乗るよりも人間に執着したためとしかおもえない。(375p あとがき)

2022年3月22日火曜日

新たなテレビ局開局

 昨日正午、BSで新たなテレビ局が開局した。それは「BSよしもと」であり、チャンネルはBS265だ。「よしもと」とあるようにお笑い中心のテレビ局である。早速、開局まじかにテレビをつけるといきなり6時間の生放送だ。テレビの中で一番好きなのはお笑い番組。とくに漫才が好きだ。以前好きだった歌番組は見なくなり、ドラマに至っては全く見ない。ニュースもいい情報がなく見なくなった。スポーツ番組の野球は推しメンの調子がよくないとこちらまで影響を受けそうなので深入りしない程度で見る。

 ということで体にとっても一番いいと思われるお笑い番組。局名が「よしもと」というだけあって出演者に吉本の芸人が多い。この局はテレビだけでなくパソコン、スマホでも視聴可能だ。パソコン、スマホで言えばこの局だけでなく大半のテレビ番組もTverなどで視聴可能だ。

 個人の放送局とも言えそうなYOU TUBE。そして企業の放送局であるラジオやテレビ局。これからテレビなどのメディアはどこまで進化してゆくのだろう。大なり小なり国民すべてがSNSなどを使って情報発信が可能な時代になった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月21日月曜日

「愛と異端のシルクロード」

 昨日は補欠選挙の日。選挙を終えて会場を出ようとするとNHKの出口調査の人から選挙について聞かれる。タブレットを持った係から10項目くらいの質問に応答した。選挙期間中の世間のうるさいこと、今朝はやっと静けさを取り戻す。出口調査をされるのは初めてだった。
 
 NHKのBSで「愛と異端のシルクロード」を見た。番組HPによると「長い間、撮影がゆるされなかった中国・雲岡石窟。5世紀、東西文明を融合させた圧倒的な美の造形から、シルクロードの覇者となった謎の民の夢と若き后の愛に迫る! 中国四大石窟のひとつ雲岡石窟。東西1kmの断崖に254の洞窟が穿たれ、壁面に5万体に及ぶ仏像等が彫られている。世界的にも稀な立体造形の美の殿堂だ。これは『鮮卑』という謎の民の知られざる偉業。北方の遊牧民が、5世紀、中国を統一するため、シルクロードを行き交う東西文明を融合させながら新たな文化をつくろうとした。その美に潜む、異端の王の夢そして聖母子の愛が、中国の著名な女優・趙濤さんの案内で浮かび上がる」とある。

 気温マイナス20度の中での撮影でテレビ画面にも雪がちらつく。12回ほど中国に出かけているが雲崗石窟へは行っていない。「鮮卑」という民はオロチョン族を起源とし、理想郷をつくるために中国統一を図ろうとした。中国の最初の王朝である北魏の初代皇帝は鮮卑の拓跋珪(たくはつけい)。「皇帝即如来」(皇帝すなわち如来)として254の洞窟を穿って、その壁面に5万体の仏像を彫刻した。これは第20窟を見るとわかるとか。
 
 第21窟は座像、第18窟は第3代皇帝の立像がある。敦煌の石窟は粘土で作られているが雲崗石窟は岩を削って穿った。254の雲崗石窟は女性をモデルにしている仏像が多い。皇帝の母となる女性が子供を産むとその女性を殺した。そして殺された女性は美しい仏像となる。

 第9窟には第4代の妃である馮太后(ふうたいごう)の仏像が彫ってある。馮太后は子を毒殺し、義理の孫を養育して27歳で祖母になった。馮太后は農民に戸籍を与えており、東アジアの律令制は馮太后の影響を受けているとも言われている。
馮太后

雲崗石窟は段階的な表現があり雲崗様式と言われる

第6窟には民族的な融合(不二)が見られる
 
 第6窟には民族的な融合(不二)が見られる。馮太后は漢民族と鮮卑の結婚を認めた。その後、北魏王朝は滅亡し孝文帝が北魏から洛陽に遷都すると竜門石窟に多くの仏像群が造営された。
洛陽にある竜門石窟

 洛陽の竜門石窟へは30年余り前に出かけている。敦煌石窟へも出かけているが雲崗石窟へは出かけていない。いつかコロナ禍前のように簡単に外国旅行ができるようになれば雲崗石窟を見ることができるかもしれない。が、今の時点ではどこへ行くにも無理という気がする。

 今やコロナ禍だけでなく世界のあちこちで紛争や天災が絶えない。そんななかで悠長にテレビで見る「愛と異端のシルクロード」はなんと気持ちが落ち着くことだろう。以前ならばわけなく旅行に行けたのに、と思うといろんな面で残念としか言いようがない。せめて旅行が再開されるまで元気でいなくては、とわが身に言い聞かせよう。なお、画像はテレビ画面から写真を撮った。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月20日日曜日

さて、長所は?

  昨日午後は日本画教室の日。前回は木製パネルにバックの色を塗り、その上に写真を見てデッサンした。描く絵は樹齢400年の楓の木。たった1本の楓の木の落葉するさまを描く。まずは楓の木に色を施し、楓の存在を図にした。来月からはまたいつもの点描写で彩色してゆく。教室が終わると久しぶりに近くのカフェに入って3人でティータイム。まだまだコロナの勢いは衰え知らずだ。カフェに入っても少々気になる。が、話し始めるとそれも失せてくる。が、いつの間にかやはりコロナを気にしている。

 話は変わって先日来から気づいたことがある。それは首のほくろが薄くなったことだ。視力がよくない。が、気づきだして連日首を見ているとやはりほくろは消えたように薄い。ネットでほくろが消えた、で検索すると後天的にできたほくろの消滅を経験した人は1割弱いる。自然に薄くなったほくろはそのままほっておいてもいいらしい。自分の場合も後天的にできたほくろだ。ほくろも悪質性があるのもあるらしくそれを気にしていた。が、いつの間にか薄くなりホッとする。

 またも話は変わって先日の愛子様の会見でご自身の長所を「よく眠ること」と話された。これは長所、と思って聞いたがそれは自分自身もそうだ。よく年を取ると眠られない、と聞くことがある。友だちと話していても大半の人は睡眠導入剤を飲んでいるという。もしも自分がそれを飲むと永久に起きられなくなりそうだ。よく眠るのでアラームを設定して眠っている。親の介護をしている時も眠れないということはなかった。先日の慌てふためいた日もよく眠った。何かコトがあれば眠ってそれを解消する、と言えるほどよく眠る。

 昨夜はNHKのBSで「愛と異端のシルクロード」を見た。これに関しては明日のブログにアップしよう。

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2022年3月19日土曜日

『わたしの世界辺境周遊記 フーテン老人ふたたび』

 色川大吉の『わたしの世界辺境周遊記 フーテン老人ふたたび』を読んでいる。慌てふためいた一昨日の夜、気持ちを鎮めるために、と読んだわけではないのに読んでいるとなぜか気持ちが落ち着いている。見も知らぬ人なのにその名前で勝手に好き嫌いを判断する癖がある。これは有名・無名を問わない。申し訳ないけれども色川大吉、という人も勝手に判断していた。ところが何かのはずみでこの人を知って以降、ネットで画像などを見ると想像したような人ではなく、むしろ好感が持てた。さらに、この本を読むともっと好感が持てる人だ。

 ネットでいろいろと検索すると誰かがアップしたYOU TUBEがある。民放のBSテレビだ。96歳で亡くなるまで八ヶ岳山麓に一人で住んでおられたらしい。動画で見る限り、世界の辺境地域、それもかなりの辺境へ出かけている人とは思えない。それくらい優しそうな人だ。読んだ本は辺境周遊記であるがもっとこの人の本を読みたくなってきた。フーテン老人と名乗っているが何をもってフーテンというのかはっきりとわからない。が、たぶん、一か所にとどまらず世界のあちこちを旅して歩くからそういうのだろう。

 この本の前作ともいえるような本が20年余り前の著書にある。これを図書館で予約。ごっつい感じの人には見受けられない人がフーテン老人を名乗るのも興味が沸く。最近、司馬作品から目がそれて居る。借りている『夏草の賦』は図書館の貸し出し延長を済ませている。が、25日の返却日までに何が何でも読み終えよう。それにしても次々と読みたい本が出てくる。

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2022年3月18日金曜日

「風は吹けども山は動ぜず」

 今日は母の月命日。天気予報では雨とのことで昨日、一日早いお墓参りをする。お天気も良く墓地を後にするとお宮を通ってスーパーへ。その後、帰宅。これだけで5000歩歩いていた。お昼後、本を読んでいると電話が鳴る。ディスプレイを見ると登録していない番号だ。すぐに留守電にすると留守録なしで電話が切れた。パソコンでこの番号を調べると広島法〇局からだ。何の用なのかと思って電話を掛けなおした。

 メディアの詐欺情報を見ると電話に絡む事件が多い。自分自身も電話に関してはかなり過敏になっている。昨日はそれが裏目に出た。法〇局に電話がかかってきた旨、話すと「登記申請等されましたか」と聞かれる。していない旨告げると「間違い電話でしょう」と言って電話を切られる。母が亡くなって家などの登記申請を一人でやった。申請手続きが完了後、一件だけ大事なものと教えてもらったものがある。すぐに頭に浮かんだのがそのことだった。

 (もしかして……)、と思ってそれを確認する。その時点では慌てふためいていて入れていた書類を探してもわからない。どういっても登記申請後に見ることもない書類だ。(ない)、と思ってまた電話してこれまでのことを話す。そしてひどく興奮しているとも話す。先方は冷静な人で落ち着いて、落ち着いてと気持ちを和らげてくれる。が、落ち着いて判断できない。最後にその人は「変更されていれば、誰がそうしたかが申請すればわかる」と教えてくれた。大事な書類を改めて電話で聞くとA4判の大きさ、とも教えてくれた。

 部屋中にいろんなものを全部出して探すと大事なものは見つかった。だが、それがあってもパニクって全く落ち着きがない。仕方なく姉に電話して話を聞いてもらう。少しは落ち着く。この時刻は午後5時。夜8時ごろになって自分自身のその時刻までの取り乱しようを振り返って(何をしている?)とおかしくなる。長く生きてきてこれほどパニクることはなかった。

 これもすべては公の機関からかかってきた間違い電話にある。それに加えて自分自身がしっかりしていないことがもっと大きい。「風は吹けども山は動ぜず」の諺通り、何があっても動揺せず、どっしりと大きな気持ちでいないと……。

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2022年3月17日木曜日

「英雄たちの選択 中国学者・内藤湖南……」を見る

 昨日、姉と電話していると義兄の話題になった。姉夫妻は市内北部に住んでいる。昨日の地元紙に義兄が所属する郷土史研究会の人たちと作製した動画付きのマップを手にする写真記事の掲載がある。姉に言われて記事を読む。戦国時代から残る「中郡道(なかごおりどう)」の沿線の史跡などを紹介するマップを1年半かけて作成していた。

 昨日、夜はBSプレミアムで英雄たちの選択「千年のまなざしで中国をみよ 内藤湖南が描いた日本と中国」を見る。何組HPによると「歴史を大きく変える決断をした英雄たち。その心の中に分け入り、ほかにどのような選択肢があったのか?選択の崖っぷちに立たされた英雄たちが体験したであろう葛藤を、専門家の考証に基づいて復元。独自アニメーションなどを駆使してシミュレーションする。スタジオには、異分野の専門家が集結。英雄たちに迫られた選択のメリットやリスクを検討し、歴史的決断の意味を深く掘り下げていく」とある。
 
 さらに「中国学者・内藤湖南が見抜いた中国の本質とは」として「ジャーナリストから京都帝国大学教授となった内藤湖南。湖南が生きた時代、中国では革命が起こり清朝が崩壊。湖南は現地に赴き取材するなかで、中国の本質を知る必要があると考えるようになる。そこで歴史をさかのぼって国の成り立ちを探り、今日でも高く評価される学説を打ち立てた。その内容とは。中国、そしてあるべき日中関係を生涯のテーマにした湖南。今日の私たちにも重要な問いについて、各界の専門家が語り合う」とある。出演者として磯田のほかに高橋源一郎,岡本隆司,安田峰俊などが出ていた。

 「英雄たちの選択」を久しぶりに見たがここで話題にできるほど内藤湖南についての理解がなくて残念。と言いながらもかなり必死でテレビを見た。少しはわかったような気もするが難しい。出演者のうち、岡本隆司は著書を何冊か読んで知っているが安田峰俊は初めて知った。中国に関する本を多数書いている。この人の本を読もう。

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2022年3月16日水曜日

サムホール大の額

  BSプレミアムで中国秘境の再放送があると以前に投稿したブログの閲覧数が急激に伸びる。いつもは50人前後の閲覧数だが昨日は130人だった。多いときはさらに増える。

 先日、2階へ上がっていらないものをちょっとだけ処分した。その中には旅の写真を額に入れたのが何点かある。額は小さいものがほとんどだが2点だけ大きい額がある。そのうちの1つは現像するカメラ屋で記念にもらったと思われる額だ。A3大の縦型でその上部には時計が、下部にはサムホール大の大きさの絵や写真が入る。時計は止まったままだったが電池を入れ替えると動いた。

 サムホール大の額は日本画の作品展用に買ったのが1つあるだけ。だが、今、この額に入れている絵は昨秋に描いたもの。以前に描いて気に入ったプルメリアの絵は額に入れずにしまい込んでいる。この絵を額に入れようと思いつく。何点かの写真入れは先日処分した。その中で遺したのは2点だけ。何でもかんでも捨ててしまわず、遺したいものはそばに置くようにしよう。

 話は変わって今朝の地元紙に県内の女性の健康寿命が全国下位から脱出したとの報道がある。女性の健康寿命は75歳弱のようだ。これを読んでもっと年齢が高くても……と思った。75歳くらいで健康でなくてどうする!?母は88歳で怪我をするまで家事一切を全部やってくれた。その思いがあるためか自分自身、人に頼らずに自分で何でもするようにしようと意識している。おかげで今のところ元気だ。

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2022年3月15日火曜日

「人を見たら泥棒と思え」

 1週間前に携帯に間違い電話がかかる。携帯に見知らぬ人からかかることはまずない。電話に出るとしばし無言の後、「〇〇さんのお宅ですか」と話してくる。「違います」と言って電話を切った。が、この後変な予感がした。昨日、また同じ番号から電話がかかる。しばし黙っていると相手も無言のままだ。すぐに電話を切る。その何分か後に同じ番号からSMSに入る。(おかしい)、と思ってドコモに電話する。この電話番号からの電話拒否とSMSの受信拒否の設定を教えてもらって無事完了した。

 最近、SMSなどに誘導してトラブルに巻き込まれるとの情報がある。電話番号を登録していない人からの電話をすべて拒否設定には出来ない。例えば、旅に出かけるときなど添乗員からかかってくることがあるから。

 パソコンで先のあやしい番号を調べると数十人の検索がある。が、誰もそのコメントを記入していない。家の固定電話にかかるあやしい電話もすべてパソコンで検索している。こちらの方はおおよそコメントが書いてある。最近の1か月間にかかってきたあやし電話は・NTTを名乗る・不用品の買い取り・光回線云々・認知症の薬の販売などだ。とくにしつこいのは光回線云々の電話である。もちろん、こういった電話には絶対出ない。

 それにしても怖い世の中である。「人を見たら泥棒と思え」のことわざどおり疑ってかかるしか防ぎようがないのかもしれない。これは「人を見たら鬼と思え」ともいうようだ。

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2022年3月14日月曜日

八千代の丘美術館へ

 今月末をもって閉館する、と思っていた八千代の丘美術館。昨日、日本画の先生たちと8名で車を貸切ってこの美術館を訪れる。閉館は月末ではなく明日とか。昨日は休館だったが、見学に行くとの要望で特別に開けてもらったそうだ。経費の加減でせっかく作った美術館を閉館するというのはどういうこと。公共施設だからこそ採算が合わなくても継続すべきでは、と思った。初めにこの施設をつくった目的は何だったのかが知りたくなる。八千代の丘美術館へは今年度になって3回訪れた。その前に某会の人たちと梨狩りに行った帰りに立ち寄っている。

 15棟の建物に画家が一棟ずつ一年間を通して展覧会を開催する。こういった施設はめずらしい。各棟にはトイレやキッチンもついていてロフトで寝ることも可能らしい。我が家よりも新しくきれいな美術館だ。壊さずにこの施設を生かしてほしい。

 美術館へは先生の他の教室の生徒さん3名も合流する。年に一度、作品展で会う人たちだが、このコロナ禍のためか、自分自身も含めて皆さん老けられたようだ。9名の内、1名は時間を間違えて当日のキャンセル。久しぶりに皆で遠出をするといかに日常、動いていないかがわかる。昨夜は草臥れたのか早く寝た。

 帰りは土師ダムに途中下車するも桜のつぼみはまだまだかたい。辺りを見渡しても春はまだ先のようだ。桜が満開の時季にはどんな景色になるのかはテレビでの拝見となる。さらに車を進めて再度途中下車して古民家カフェに入る。カフェらしきカフェに入るのは久しぶり。お昼は皆で買ってきたむさしの弁当を美術館で食べた。お腹はすいていないがカフェでおいしいと評判のケーキセットを注文。今回は三次の美術館に行かないので時間に余裕があり、ゆっくりとカフェで過ごす。陽気もよくて帰りの車内で眠いこと。

 遅くなったが今回の先生の作品は花などの小品が主体だ。先生の道シリーズは院展入選作に多いが小品はあまり見ていないので今回見られて幸いだった。

 今朝ゴミを出しに行くと3軒先の人から「メキシコ音楽を聴きに行ってたね」と話される。話によるとベース担当の人は我が家の近くに住む人だった。メキシコやアルゼンチン音楽に興味があると話した。が、自分の趣味などは近所の人に話さないので聞きに行っていたことを不思議に思われたのだろう。

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2022年3月13日日曜日

雷山千如寺大悲王院の樹齢400年の楓の木を描く

 昨日は日本画教室の日。前回、以前に木製パネルに描いた絵を水で流してその上に地塗りしなおす。昨日は地塗りしたパネルをさらに白っぽくするため、胡粉を多めに入れて空に近い色に地塗りする。水で流した他の木製パネルも薄い鶯色に地塗りした。次回は写真をもとにしてこれを本画にしてゆく。画像は2016年11月に出かけた雷山千如寺大悲王院の樹齢400年の楓の木である。この場所は福岡県の糸島市にある。

 日本画の先生にこの写真をもとにして絵を描きたい旨、話す。すると先生曰く「〇〇さんが好みそうな木」と。先生は樹木の下に落ちている落ち葉がいいと話される。紅葉はもみじ、と思っていたら楓だった。この写真の楓の紅葉は盛りを過ぎている。ネットでこの樹木を調べると盛りのシーズンの楓は真っ赤に燃えている。

 2016年11月 雷山千如寺大悲王院の樹齢400年の楓の木

 ここに出かけた当時のブログを見ると年に9日間だけ観光客に開放される九年庵への旅だった。その時、九年庵観光後に雷山千如寺大悲王院に植えてある樹齢400年の楓の木を見ていた。この木を見る前には雷山千如寺の仏像を見学している。それにも魅せられていた

 いろんなところへ出かけて写真を撮っている。が、この写真を見てもみじか楓なのかはっきりしないように自分の記憶のいい加減さを思い知る。写真をもとにして絵に仕上げれば少しは忘れずに覚えているかもしれないが……。

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2022年3月12日土曜日

2階へ

 気候も良くなってきた。いつもは主不在の2階へ上がって押入れを開ける。使わなくなった布団類が気になる。他にもいつか処分を、と袋に入れたままの衣類がある。中を見ると母が縫ってくれた2枚の半纏も入れている。しばし半纏を見ながら、もう着ることもないと思う。が、母が縫ってくれたのに……、と思うとためらってしまう。ここは母に申し訳ない、と思いながらも意を決して処分しよう。

 ほかにも部屋に置いていた雑魚を処分する。とはいってもどうしても処分できないものがある。それは働き始めた時にヤマハで買ったレコードプレイヤー、スピーカー、そしてデッキ類である。これに付随する昔のレコードもある。2階でなにかすることはほぼない。部屋の空気を入れ替えるために窓を開けに上がるくらいだ。気になりながらも今の価値にすればかなりの金額になると思うと処分できない。

 気になることはまだあるが、今すぐ命が亡くなるとも思えない。ゆっくりと片付けよう。

 今日は午後から日本画教室へ。コロナ新規感染者は減るどころか増えている。隣町の感染者は一昨日20数名、昨日は10数名と衰え知らずだ。プールは隣町にある。泳ごうとの気持ちもあるが感染者が減らないことにはその気も失せてしまう。

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2022年3月11日金曜日

Combite Latinoを聞きに行く

 昨日午後は地元の公民館で開催された「メキシコ音楽バンザイ アニモ!(頑張ろう)」と題した国際理解講座に出かける。生まれてからこれまでずっと地元で暮らしている。そのため、なぜか地元での行事に参加するのは得意でない。が、昨日はメキシコ音楽に惹かれて公民館に出かけた。メキシコ音楽といって思うのはどういってもラテンミュージック。ラテンの言葉に陽気さが漂う。平日の午後に聞くにはもったいないような楽しい音楽会だった。

 コロナ禍とあって会場の人数制限もある。サルサ、マンボの区別はつかないがどの曲もリズミカルでいつの間にか音楽に引きつけられている。途中、メンバーの一人がサルサが大好きらしく聴衆を立たせてにわかサルサ講座が始まる。一番前に陣取っていたが足取り軽くとまではならなくても教えてもらうとおりにやっていた。が、手や腰の振りがつくとついていけなくなる。

 演奏メンバーは市内を中心に音楽活動をしているCombite Latino。リーダーは16年前から広島在住のメキシコ人で生まれはエルサルバドル。もう1人はドラムやパーカッション担当でアメリカの大学に留学経験がある。さらに1人はベース担当で30年前にアメリカへ留学してサルサに魅せられたようだ。リーダのAlver Castilloはベース担当のJoeをフューチャーした「LATINO JAPONES(半分ラティーン半分日本人)」を歌う。この曲はサラリーマンとして働きながらその情熱をSalsaにそそぐ彼の人生を謳っている。リーダーが広島で最初に作った曲らしい。なおSalsaとは広島のお好み焼きのソースの意もあるとか。これを結び付けて曲を作っている。

 ほかにもリメンバー・ミー、べサメ・ムーチョ、テキーラ、コーヒールンバなどのラテンの曲が演奏された。

 アンケート用紙が配られた。リクエストとしてピアソラのタンゴ、を書く。そして今回のメキシコ音楽の再度の演奏会もお願いした。地元の公民館のこういった講座をむやみやたらに毛嫌いするのではなくプログラムによっては参加しよう。そしていつかメキシコへ行こう!

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2022年3月10日木曜日

わくらばを~


 毎週月曜日のBSで「日本こころの歌 フォレスタ」の放送がある。時に見ていると子供の頃や若いころに流行った歌を歌っている。先日、見た歌に「川は流れる」を歌っていた。曲の始めに「わくらばを今日も浮かべて~」の歌詞がある。長年、「わくらば」の意味も知らずにいた。電子辞書で引くと「わくらば」は「病葉」の意だ。子供の頃に歌っていた流行歌も何の意味か分からず歌っていたに違いない。そう思うとなぜか滑稽だ。

 最近では「早春賦」を歌っていた。聞いた時点では「春は名のみの~」どおり季節が春に追いついていなかった。が、昨日あたりから「春」を感じる。今日もいお天気になりそうだ。半年ぶりに髪をカットし、気持ちも改まったところでいざ行動開始、となるはずがコロナの減少も見られずまだまだこれも怪しい限り。

 今日は午後から公民館へGO~。地元の公民館へ行くのは苦手だがメキシコ音楽があると知って聞く気になる。

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2022年3月9日水曜日

目に見えない恐ろしい罠!?

  パソコンを立ち上げる際、セキュリティ対策としてスマホなど他のデバイスと結びつけようとする画面が出る。あと2台、セキュリティ対策が行えるとか。何もかも結び付けてしまうといろんな面で面倒になる。ここは強い気持ちを持って画面の指図通りにしないようにする。

 セキュリティのパソコン関係でいえばルーターもウイルスにさらされると先日NHKの情報で知る。4年くらい前にADSLから光に替えてルーターを使用している。パソコンを使うのはいいのだがこういったセキュリティ関連には要らぬ頭を使ってしまう。

 メールを例に挙げると迷惑メールの数のなんと数の多い事か。OCNを利用しているが昨日もセキュリティサポートの知らせが届く。

 家の固定電話もそうだが、何もかも迷惑、迷惑……に設定していく。便利な機器に潜む目に入らぬ恐ろしい罠。目に見えないものはコロナだけでなくネット社会にも潜んでいる。怖い社会だ。

 気分を変えて今日はこれから髪のカットにGO~ 。

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2022年3月8日火曜日

『絶対に休めない医師がやっている最強の体調管理』

 先日ネット記事で読んだ著者の本を図書館で見つけた。それは『絶対に休めない医師がやっている最強の体調管理』(大谷義夫 日経BPマーケティング、2019年)ですぐに借りて読んだ。コロナ禍前の本で最新ではないがネットで見たのと同じような箇所がある。気になるところを記そう。記すといっても自分に都合のいい箇所しか目が行かないが……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★東北大学の永富先生が899名の日本人男性を対象に調査したところ、「お酒を飲まない人」に比べて「お酒を飲む人」のほうが風邪を引かないという結果になりました(BMC public health.2012;12:987.)。一番風邪をひきにくかったのは「毎日お酒を飲む人」、次いで「週4~6回飲む人」「週3回以下の人」でした。英国の研究と同様に、ポイントはお酒を飲む頻度にあります。(61p)

★「風邪かな?」と思ったら、スポーツクラブに行ってプールで5分ほど泳ぎます。「風邪のひきはじめにはプールで泳いでいます」と言うと、必ず驚かれるのですが、その理由は気力をアップさせるためです。……もちろん、軽い有酸素運動なら、水泳でなくてもOKです。15分ほどウオーキングしたりジョギングしてもいいでしょう。(69p)

★目が覚めて、私が真っ先にするのは、水を飲むことです。……冬であれば、喉の乾燥を防ぎ、喉の「線毛運動」が活発になって異物が排泄されやすくなり、風邪対策にもつながります。(94-95p)

★朝起きた時にするもう1つの習慣が、タオルを握って血圧を下げることです。片手でタオルを2分強く握り1分休憩する。これを左右とも2回繰り返すのです。すると、血管を広げて柔らかくする一酸化炭素が発生し、そのおかげで血圧が下がると考えられています。(95p)

★タオルを使って血圧を下げるやり方は「ハンドグリップ法」と呼ばれ、数分で済むので、目覚めの”儀式”としてお勧めです。(97p)

★自分の喉年齢が問題ないかを確認するためには、「あーテスト」をやってみましょう。3秒間息を吸い込んで、「あー」と声を出し続けます。普段話す程度の大きさの声で「あー」といえば大丈夫です。男性は15秒以上、女性は10秒以上、声を出し続けられるなら問題はありません。(101p)

★一日一個のリンゴ……健康効果をあげると、リンゴはまさに「医者いらず」。医師の私が言うのもなんですが、一年中食べられますし、今後も積極的にとっていきたい果物です。(136-137p)

★緑茶でウイルスを胃に流し込む 胃酸でインフルエンザウイルスを殺す……喉のウイルスが緑茶によって胃に入れば、胃液で死ぬからです。頻繁に緑茶を口にすれば、喉の乾燥も防げるでしょう。インフルエンザの流行時期に、ぜひ試してみてください。(150-151p)

2022年3月7日月曜日

『人間の器』

  図書館で予約していた本が次々予約確保されるようになった。本と言えばほぼ司馬作品ばかりを読んでいた。が、ここに来てやっとジャンルが違う本を読む。昨日は丹羽宇一郎の『人間の器』(幻冬舎、2021年第2刷)を一気に読んだ。以下に取り上げた箇所はいずれも自分にとっては妙に納得してしまう。

 なかでも「自分の身に起きたことは、すべてその時点でのベストだと思うようにする」の件は後で気に病むことがあるのでこの考えは大事と思った。また「生きている限り、常に問題があるのが当たり前であって、問題があるからこそ人生なのです」の件も改めてそう感じる。そして、何といっても「人は何かをなそうと必死の努力をしているとき、しかるべき人と偶然に出会ったりして道が拓けるということがあります」は心からそう感じている。これまでを振り返って、例えば人生の岐路にぶつかったときに、「しかるべき人と偶然に出会ったりして道が拓ける」ことがあった。これは実感として納得する。「懸命に道を探っているときは、アンテナがピンと立っています」と。これは「必然の運」らしい。

 これまでを振り返って「必然の運」と思ったヒト、モノ、コトを列挙すれば自分史になりそうだ。人生の岐路で出会った人たちの恩は決して忘れてはいけない。強くそう感じた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

  以下は『人間の器』から気になる箇所を抜粋した。

★自分の身に起きたことは、すべてその時点でのベストだと思うようにする。ここでいうベストというのは、さまざまな可能性がある中での最善の状態という意味ではありません。どのような形のものであれ、自分の考えや行動に基づいた結果、起こったことに変わりはありません。すなわち、やってきた状況は、その時点ではそれしかなかったという意味でのベストということです。(25-26p)

★人は知らないことがあるから、好奇心でもって、その未知なるものを求めるわけです。それが理性を発達させ、文明を進歩させてきました。……まずは「自分は何も知らない」ということを自覚する。そのことが、人間が成長していく上で、もっとも大切なことです。(30-31p)

★私自身は、終活らしきことは何もやっていません。……もし終活に時間を割くくらいなら、好きな本をもっと読むことを選ぶでしょう。つまり、終活そのものに、さして関心がないということです。高齢になればたしかに余命は少ないわけですが、それでもいつ死ぬかなどということはまったくわかりません。神のみぞ知る、です。(120-121p)

★悪い感情は、無理に打ち消す必要はありません。無理やりなくそうとすると、自分を偽っていることになるからです。そうではなく、「自分はまだこの程度の人間なんだな」と、自分に対する認識を新たにする。そうやって自分という人間を理解していくことが、多少なりとも「人間の器」を大きくすることにつながるのではないかと私は思います。(145-146p)

★生きている限り、常に問題があるのが当たり前であって、問題があるからこそ人生なのです。……トラブルは天が自分に与えてくれたものであり、自分を磨いてくれるものとしてとらえることが必要です。そんな視点を持てば、いかなる問題も、自らを向上させてくれる「いい勉強」になります。……逆境という壁に出くわしたときは、自分の器を大きくする練習をさせてもらっていると思うことです。(154-156p)

★知識や教養といったものは、人間の器をつくるのに欠かせないものです。知識をもたらし、教養を育んでくれる一番のものは、なんといっても読書です。いろんな本を読めば、自分にとって未知の世界が山ほどあることに気づきます。そして、もっと知りたい、見たい、経験したいという好奇心や探求心を刺激してくれます。……私は本を読んでいて心に刻まれたことや気になったことは、必ず読書ノートにメモを取るようにしています。若い頃からずっとやり続けている習慣で、ここは大事だなとか、これは覚えておこうと思う箇所に付箋を貼り、週末にそれらをノートにまとめるのです。(163-164p)

★人は何かをなそうと必死の努力をしているとき、しかるべき人と偶然に出会ったりして道が拓けるということがあります。……懸命に道を探っているときは、アンテナがピンと立っています。強く何かを求めているときは、それに少しでも関連するものが視界に飛び込んでくると、ビビッとアンテナが反応するのです。ぼんやりしていれば見逃してしまうようなものに、直感的に目が行くものです。傍から見れば、それは不思議な偶然の縁があって道が拓けたというふうにも映るかもしれません。でも、それは実はきわめて必然の道筋といえるものです。運というものには、このように必然的に導かれるものもあれば、文字通り「たまたま」のものもある。……「必然の運」は、自分の努力や工夫によってもたらされるものといえるでしょう。必然の運は、運ということばでくくってよいのかわかりませんが、そのような努力ができること自体も、ある環境や条件のもとでこそ可能だったわけですから、やはり一つの運といっていいと思います。(169-171p)

★「もう歳だから、運が舞い込むなんて期待できないよ……」なんていっている人には、当然訪れるはずもないのですが、いくつになっても好奇心を持ってアンテナを張っている人には、次々と面白そうな運や縁が舞い込んできます。これからの人生においては”今”が一番若いのですから、「歳だから……」という暇があれば、アンテナを張って行動を起こしてみましょう。(171p)

★中村さんの凄いところは、旱魃や内戦、空爆で明日生きられるかわからないアフガニスタンで、誰に頼まれたわけでもなく、自発的に画期的な事業を成し遂げ、それが同時に命をかけた平和外交活動にもなっていたということです。これは、人間としてのスケールの大きさが桁違いだというほかないでしょう。私は、そこに限界を持たない「人間の器」を見る思いがするのです。(180p)+

2022年3月6日日曜日

絵の教室再開

 昨日は穏やかな日常から一変して慌ただしい一日となった。朝からベランダの樋の工事の人がやってくる。1時間で終わる、とのことだった。ところが工事に必要な何かが足りなくて夕方もう一度来る、とのことで他所へ出かけられた。この時を幸いとばかりスーパーへ行く。帰り道で近所の人と出くわし、しばし立ち話。家に着いたと思ったら携帯が鳴る。日本画の先生からだ。「今どこにいる?」と聞かれる。「我が家に」と返答すると「生徒さんは皆、教室に来ているよ」と先生。「すぐ行きます」と言ってバッグと絵にもっていくものを持って駅に向かう。

 着ていた服も着替えずにそのままJRに乗る。黄砂の影響で街はかすみ、春一番なのか台風並みの強風が吹く。1時間足らずで教室に着く。教室は3時間ある。その半分は遅れて到着だったがそれでも1時間半ほど教室にいた。新たな絵を描く。その前に古いパネルを再利用すべくパネルに塗った絵を水ではがす。膠を塗って日も経っているので適当なところで水で消すのをやめて新たな色でパネルに地塗りする。昨日は2枚のパネルにそれを施した。

 描いたパネルを水で消していた時、皆からせっかくの絵がもったいないと言われる。(それもそうかな)、とは思うが習い始めの絵は自分で描こうと思って描いた絵ではない。そのためか自分の中では家に置いていてもゴミになるだけ、との思いから再利用となった。

 絵だけでなくなんでもそうだ。例えば人からいくら高価なものを貰ったとしても自分が欲しいモノとは限らない。好き嫌いが激しいところがある。絵もそうだ。たとえ有名画家の絵であっても自分の好みでなければ、自分が描いた下手な絵の方がいい。今回のパネル再利用の件も自分が好きでなければ仕方ない。

 教室の件は先生からとの連絡ミスとわかった。家に帰ると工事の人がやってきた。工事もすぐに終わった。中に入った電気屋さんもやってきた。昨年末から毎月の工事も昨日で終わった。次は電機製品の案内会に来るようにと言われたけど我が家は年金生活者。今回の一連の工事でかなり費用も掛かった。しばらくは大きなものは買えない。ただ遊ぶ話は別。これを惜しんでいては楽しく生きられない。

 来週は八千代の丘美術館へまたも車をチャーターしていくことになった。早速、昨日はむさしに行ってお弁当を予約。皆さん、遊ぶ話で楽しそうだ。今日でまん延防止措置適用が解除される。伸び放題になった髪のカット、公民館で開催されるメキシコ音楽会、月末は区民センターで開催の自衛隊音楽隊の演奏会、と徐々に遊びに行けそうだ。そしてプールも始まる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月5日土曜日

『十一番目の志士(上)』

  『十一番目の志士(上)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2014年新装版第4刷)を読んだ。この本の主人公は天堂晋助。読みだして初めて知った名前だ。電子辞書でこの人について調べると掲載がない。ないはずである。天堂晋助は架空の人だった。以下は気になる箇所をメモしたものである。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「育」という制度が、この藩にある。素性がなんであろうと上級藩士の家の育(養育者)という名目にしてもらえば、無禄ながら簡単に武士になれる。「育」というのは、むろん養子というような重い関係ではなかった。「被保護者」というほどの意味で、藩庁までとどけ捨てにしておけばいい。(37p)

★天堂晋助の場合、この天地で自己を表現する場は、剣しかない。(一度、わが意思で斬ってみたい)とおもった。下関の教法寺で選鋒隊士を五人斬ったのは高杉を救うためであり、鯖山峠で上士椋梨一蔵を斬ったのはわが身を救うためであった。(世のために斬る、――この世で同じ絵をかくならそういう絵をかきたい。となればあの大藤幽叟が最初の絵絹になってくれるだろう)京屋船が舷(ふなばた)を接してきている。手をのばせば大藤幽叟のびんに触れそうなくらいに近い。(101-102p)

★この節、幕府側では「浮浪」と言い、反幕勢力の側では「志士」とよんだ。要するに浪士である。(161p)

★その種々(くさぐさ)の話のなかで土方を驚かせたのは、天堂晋助の剣術流儀だった。宮本武蔵を流祖とする二天一流の一国一印可の持ちぬしだという。(212p)

★六道ノ政のいうところでは、牛と馬は道ですれ違ってもたがいに他人同士の顔をしているし、喧嘩もせず、仲良くもしない。風馬牛(ふうばぎゅう)という言葉があるくらいである。無縁、という意味だ。(257p)

★たばこは国分といわれるほどの有名な産地である。豊臣時代の末期、島津家の家来山内四郎左衛門という武士が肥前長崎で唐人から煙草の栽培法を学び、それを大隅半島桑原郡(いまの姶良郡)の国分に植え、「薩摩淡婆姑(たんばく)」といわれ天下に知られるようになり、いまでも煙草は薩摩藩の主要財源の一つになっている。(319-320p)

2022年3月4日金曜日

「風邪をひかない生活」

 広島県ではコロナのまん延防止措置適用が6日までで、それ以降は解除の方針のようだ。いくらまん延防止が解除されても新規の感染者が急激に減少している状況ではない。なんか複雑な気持ちでこの情報を知る。

 昨日のネット記事、夕刊フジに医師の大谷義夫は「コロナと風邪予防の共通点『風邪をひかない生活』実践できればコロナ感染のリスクも大きく下がる」と題して述べている。それによると「私の実践する体調管理法は、大きく3つの柱から構成されます」として以下の3点をあげる。

1 体調を崩す最大の原因である「風邪」「インフルエンザ」などの感染症を予防する 
2 食事などの生活習慣を整えて、「体調を崩さない基礎体力」を付ける
3 睡眠不足や運動不足など「不調のトリガー」を取り除く(トリガーは電子辞書によると「引き金」の意)
 
 大谷は30年以上も風邪をひかない生活をしているそうだ。コロナ禍で皆が注意したことで「風邪の予防」をしてインフルエンザも少なくなったという。このように「『風邪をひかない生活』を確実に実践できれば、コロナに感染するリスクも大きく下げることができる」、という。じゃ、風邪をひかない生活はどのようにすればいいか、はまたの機会とか。

 自分自身も今までインフルエンザに罹ったことがない。また風邪といったひどい風邪にもかかったことがない。お陰で20年以上、内科に行っていない。だからといって決して油断してはいない。この(2)と(3)にあるように食事や睡眠、運動には特に気をつけている。今は運動らしい運動はしていないがプールが開館すれば泳ぎを再開するつもりでいる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月3日木曜日

ツバキが咲いた

ツバキが咲いた
 20年以上も前から室内で育てていたベンジャミンは元気がない。処分しようと思って庭に出て鉢植えからベンジャミンの根元付近をシャベルで出していた。その時、近所の人に声を掛けられる。ベンジャミンにも命があると言われて鉢植えのまま庭に置いておけば、といわれる。が、鉢から土に根を生やして大きくなる、というと時々根が生えないように鉢を動かせばいいという。それもそうか、と思い直して庭に鉢植えを置いた。

 そのそばで先日購入したツバキが今を盛りとばかりに見事な深紅の花を咲かせた。我が家の庭は何を植えてもすぐに大きくなる。このツバキもいつか伐採の憂き目に遭う、と思うと切なくなる。が、あまり木の丈を高くしないようにして育てよう。近所の人との話でレモンを伐採したと話すと何もかもシルバーに頼まず切ってあげるといわれる。伐採したと話すとどの人もそういってくれるがシルバーに頼む方が変な気を遣わずに済む。

 話は変わって今朝の地元紙に広島在住のウクライナの人が教会で祈りを捧げている写真の掲載がある。この人は友だちの旦那さんだ。ロシアとウクライナの紛争を知ったときすぐに頭をかすめた人だ。友だちもきっと頭を悩ませているに違いない。この紛争が台湾に影響し、それがやがて日本にも影響を及ぼしそうでその面が怖い。ロシアの専門家の記事を読むとウクライナ問題と台湾のそれとは次元が違うとか。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月2日水曜日

「DAIGOの!世界きまぐれリモートツアー」を見る

 昨日は一日雨。一歩も外に出ずに家でおとなしくする。夜はテレビを、と思ったらいい番組がない。チャンネルをBSに替えるとBS日テレで「DAIGOの!世界きまぐれリモートツアー」をやっていてバルセロナ(スペイン)にあるサグラダ・ファミリアを映し出す。親を亡くしたのは2011年2月。悲しみに暮れた日々を送っている時に追い打ちをかけるかのように翌月、東北の大震災が起こった。この時の心境は今、思い出しても辛いものがある。そんな日々を過ごしていた春、知人から夏に行くという約2週間のスペイン演奏旅行に誘われる。

 その頃の9年間、大学と親の介護に明け暮れて旅どころではなかった。当然、パスポートも期限切れ。スペイン行きの話が出たのはどこへも行く当てのない日々を過ごしていた時に思いついた更新切れのパスポート取得後だった。スペイン演奏旅行の参加者は知人が所属する合唱団の人たちとその関係者だ。その中に何の関係もない部外者がただ一人、旅に加わる。

 サグラダ・ファミリアは2026年の完成予定とか。だが、完成となる予想模型の展示を見るとまだまだかなりの未完成部分がある。10年半前に出かけたときは完成後に再度スペインへ行こう、と旅の道中、話していた。が、昨今のコロナ禍で先の予定は何もかも未定だ。サグラダ・ファミリアはガウディが生涯を捧げた未完の傑作。日本人の彫刻家である外尾悦郎氏の話題もあった。映像に映し出されるサグラダ・ファミリアの内部は光の当たり具合で春や秋の季節をあらわしているそうだ。ガウディの眠る地下へは行かず、エレベータに乗って上の方ばかり観光していた(その時ガウディが地下に眠っているとは知らなかった)。サグラダ・ファミリアから10分も歩けばガウディが作ったサン・パウ病院がある。だが、この病院は今は古くなって病院の機能をしていないが、もちろんこれも世界遺産。

 今、バルセロナはコロナ対策でお店の中での食事ではなく、外でガスをともして暖をとってレストランを営業している。外で頂くランチには世界遺産ランチがある。また一人前のパエリアもあるという。

 2週間弱のスペインの旅だったが今でも鮮明に覚えている。それ以降、2年前のミャンマーの旅までの9年間に17回ほど海外に出かけている。親を亡くした後の悲壮感をすべて旅で洗い流すかのようによく旅をした。ところが、このごろはコロナ禍で旅どころではなくなった。行けるときに出かけてよかった、と思ったり。そういえばスペインの旅行記からブログに画像を入れるようになった。これは帰国後、知人の勧めによる。ただ、その時の写真は風景写真でなく人物中心の写真が多い。そのためスペイン旅行記のブログは画像のアップが少ない。

 海外旅行は今となっては夢のまた夢のような気がする。それくらい海外の旅は楽しかった。これから先、どんな日々が待ち受けているかわからない。が、まだまだいろんなところへ行きたい気持は衰えそうにない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月1日火曜日

一件落着!

 今日は一日雨となりそうだ。ベランダの樋の工事が終わるまでは雨音が気になる。何日も前から天気予報を気にしていた。トン、トン、トンと一か所だけ規則正しく響く雨音。先日インターネットで雨音を避ける方法を調べると人工芝を敷くとよいとあった。人工芝を探しに百円ショップに行くと売っていた。が、これをどうやって置く?と思った。そのときにひらめいたのがカラス除けにゴミ出しの際にかけるネットだった。何かを置いて雨が降るクッションの役目をすればいい、と気づく。失敗しても100円、と思って1枚ネットを購入する。

 今朝10時前、一か所だけ雨音が響く。しとしと降る雨の音は仕方ないが規則正しく落ちる雨音は耳に響いて堪えられない。早速、ベランダに上がってネットの2か所をベランダの柱にくっつけて屋根に垂らした。雨が聞こえなくなる個所に垂らすと見事に音が消えた。初めは耳に雨音が残っていたので信じられない思いだったが、もう大丈夫との心境になる。

 近いうち樋の工事をしてもらうのでネットの出番は今日だけかもしれない。とりあえず一件落着。それにしてもインターネットは何もかも教えてくれる!?優れものだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!