2015年11月30日月曜日

『老けない人の免疫力』

「風邪による発熱や関節による痛み、のどの腫れといった炎症症状は、すべて身体が治ろうとしている治癒反応であり、悪作用どころか、免疫力向上のためにも大きなチャンスということができるのです。」、「風邪薬を飲むのは愚かなことである。それがインフルエンザであっても同じで、水分を充分とって、暖かくして寝ていれば、たいていの場合は自然に治ってしまう」、と『老けない人の免疫力』(安保徹 青春出版社、2014年)に書いてある。78P

面白いのは「人間の免疫力は、ウイルスとの闘いをくり返しながら活性化され、その機能が維持されていくのです。つまり1年のうちある程度の回数で風邪をひくというのは、そのつど免疫力が活性化されているということで、健康を保つ上で大切なことです。」と。81P

免疫力といえば「睡眠が不足すると免疫力も低下する」らしい。133p

「よく働き、よく眠り、よく食べ、『あの人はいつもははつらつとしている』と思われるような人として毎日をすごすことが、なによりなのです。」158P

「ほとんどのインフルエンザワクチンは卵の成分を原料につくられているため、アレルギーの人の中にはアレルギー脳炎を起こして脳性麻痺になってしまうケースも少なくないのです。私の医者仲間で、病気予防のためにワクチンを打つ医者は皆無です。」210P

20年以上前になるだろうか。風邪をひいて熱が出た。何も食べず飲まずで診察が始まるころ近くの内科へ出かけた。そこで熱を下げる注射をされる。その瞬間、意識もうろうとなり、立てなくなった。何秒かベッドに寝かされしばらくそこで休んで家に這うようにして帰ったことがある。それ以来、注射は嫌い!当然インフルエンザの注射はしたことがない。これを読んで妙に納得。人間には自然治癒力がある!

今朝も寒い。日中は16度と暖かくなりそう。今日は出来上がっていない日本画のトレースを頑張ろう。今日も元気で!

2015年11月29日日曜日

旅の打ち上げ

先日の旅の打ち上げに出かける前、街中にあるビル10階の金融機関の画廊に立ち寄る。山下了是染織展と題され、東京芸大退任記念として出身地広島で開催されている。美術講座でもらったチラシを読むとこの染織展によせてと美学の先生の言葉が添えてある。会場に入るとそこは鮮やかな赤の世界。サブタイトルが「Red ground」の意味が解る。

見ていて染織の素材は何かが気になりだす。と同時に浮き出て見えるところも気になる。じっくり見ていた人に話しかけると、見覚えがあるお顔。互いに「どこかで?」と言葉が出る。ふと思い出す。2か月くらい前に行われた窪島誠一郎の講演会後の懇親会でお話した書道家だった。来春に尾道の某画廊で展覧会をされるとのこと。なんとその画廊の持ち主は昔からの友人。そう話すと驚かれる。そして案内状をくださるとのこと。

別れ際、打ち上げに行くと話すと、何?と聞かれ、会長の名前を出す。当然よくご存じ。打ち上げ会場で会長に会った瞬間、先ほどの話題になる。逆に、何故その書道家を知っているかと会長に聞かれる。会長はほかのギャラリーでその人と出会って先ほどの話題となったらしい。ほんまに世の中、狭い。どうかいの~がまた出てくる。

さて打ち上げ会。旅の参加者15名は全員出席で楽しく始まる。旅の途中、仕事の関係で広島へ帰国された幹事さんにそれ以降の旅の珍道中をお話しする。これは自分自身のことでなく旅の参加者のお話。この件も昨日のお話では決着がついた様子。この幹事さん抜きではナニゴトもまとまらない。

今回もまた旅の写真をたくさんいただく。旅に出ると以前は自分自身を写していた。ところが最近はもっぱらブログ用に写すだけ。そのため、自身を写すことはない。だが、今回の旅もいろんな場面で写してもらっている。民族舞踊の後、舞台に上がるようにと促されて一緒に写った写真。勇気を出して写って良かった!ダンスなど体を動かすことを習うともっと勇気が出るはず。そう思うけどなかなか実行できない。

昨夜のハイライトは今回の旅のホテルの良さで盛り上がる。ほかにも呑兵衛の話。なみなみと注がれる日本酒とうどんがあったとする。この飲み方と食べ方は同じだとお話しされる。可笑しい、可笑しい!これは涙を流して笑ってしまった。この旅の紀行文はまだ書いていない。来年2月の総会後でもいいとか。ゆっくり書き始めよう。会も終わって外に出るとそこは街のど真ん中。クリスマスのイルミネーションもまばゆいばかり。平和公園に行けばさらに輝いているとか。次に会うのは来年2月。その時はどの国へ行くお話が出るか。これも楽しみ!
基町クレドのクリスマスのイルミネーション

2015年11月28日土曜日

「中動態」の美学

「中動態」の美学。昨日の美術講座で学ぶ。この中動態、「私は自分の体を洗う」が例として出る。以前、科目履修生として大学でスペイン語を学んだ時、「再帰動詞」というキーワードをはじめて目にする。固くなった頭に新たな風を吹きこむ作業はこの言葉一つをとっても大変だった。洗う、のスペイン語は”lavar”。ところが再帰動詞になると”lavarse”と”se”が付く。この理解ができずスペイン語の先生に質問したことを思い出す。動詞の後ろに”se”が付くのがスペイン語でいう再帰動詞になるのだろう。

ギリシャ語で洗うはlauo、再帰動詞になるとlauomaiになる。後についている”mai”がスペイン語の”se”に当てはまる!?

点から線へ、線から面へと考えていくうちに20世紀の抽象美術は出てきた。それは産業革命以降のひとつの批判として出てきたらしい。

これ以上書くと理解の程度がばれそうなのでこれで終い。ただもう一つ気になったことがある。それは誰かが作曲した楽譜でなにかを演奏する。その時、楽譜を読み、解釈し、作曲家の作曲活動(生産)と対話しながら演奏していく。そうしてはじめて作品が成立するという。こう考えたのはアドルノ。

フルート発表会で演奏前に司会者は曲にまつわるお話をされる。これは曲が生産されて作品になる過程で大事なことだと気づく。

昨日は初雪が降ったとの報道もあった。今日も寒い日となりそう。今夜はマレーシアの旅の打ち上げ会。今年はこの会の人たちと海外や日帰り旅によく出かけた。そして、よく飲みよく食べよく遊んだ。出かけるまでに日本画のトレースの宿題をやり終える!?今日も元気で楽しく!

2015年11月27日金曜日

寒くなった!

寒い朝を迎える。最低気温は6度。最高気温は12度の予報。だが、今朝も日差しはまばゆいばかり。これからもっと寒い西条へGO~。

昨日も寒い日だった。気合を入れてプールに向かう。午後一番のプール。泳ぐ人は少ない。1キロほど泳いで、急ぎ足で家路に向かう。泳いだ後の湯冷めが怖い。

さあ、今朝の行動開始!今日も元気で楽しく!

2015年11月26日木曜日

『孤独の価値』

昨日から今朝にかけて寒さも増す。ところが幸いなことに朝日がまぶしい。午後は泳ぎに行く予定なので雨がやんで良かった!

以下は以前読んだ本の気になる個所の抜粋。もう孤独云々に関する本は読まないようにしようと思っていた。ところがこの本の著者に惹かれて読む。著者の森博嗣はいつもブログに書くように妹一家がこの人のファン。その影響で名前を知る。しかし妹たちはこの人のエッセイではなく、他のジャンルのファン。

いま改めてこれを読むと自分に当てはまる個所が多い。ともあれ、「孤独」はそれほど悪いことではなく、価値がありそう。今日も元気で楽しく!午後はプールへGO~!

『孤独の価値』(森博嗣 幻冬舎新書、2015年)。

裏表紙には「人は、なぜ孤独を怖れるのか。多くの人は孤独が寂しいからだと言う。だが、寂しさはどんな嫌なことを貴方(あなた)にもたらすだろう。それはマスコミがつくったステレオタイプの虚構の寂しさを、悪だと思わされているだけではないのか。現代人は<絆>を売り物にする商売にのせられ過剰に他者とつながりたがって<絆の肥満>状態だ。孤独とは、他者からの無視でも社会の拒絶でもない。社会と共生しながら、自分の思い描いた「自由」を生きることである。人間を苛む得体の知れない孤独感を、少しでも和らげるための画期的な人生論。」とある。

★物事を突き詰めて考えることで、自分が囚われている得体の知れない感情を克服することができる。考えれば考えるほど、気持ちは楽になり、自分を自由にすることができる。これが、たぶん本書で僕が書きたい最も大切なテーマだ、と思われる。75p

★芸術というのは、人間の最も醜いもの、最もむなしいもの、最も悲しいもの、そういったマイナスのものをプラスに変換する行為だといえる。これは、覚えておいて損はない。たとえば、もし耐えられないような孤独のどん底に自分があると思ったら、絵を描いてみたり、詩を書いてみたり、そういった創作をすることをぜひすすめたい。絵を見る、詩を読むという受け身の行為では効果はあまりない。それではますます孤独感を強くする危険さえある。しかし、自分で創り出す行為に時間を作り出せば、気持ちの一部は必ず昇華される。…絵でも詩でも音楽でもどんなものでも良い。アートであればその機能があるはずである。126p

★年寄りが、風景に美を見るのは、おそらくは自分の死を身近に感じているからだろう。「この景色をあと何度見ることができるか」というセンチメンタルな感情が加味されるからこそ、美しく見える。なんでもないところに美を見つける目は、人の儚さから生まれるのである。140p

★孤独死というのは、誰もがいつかは迎えるシーンだ。それを怖れる理由などまったくない。そもそも死んだら、孤独もなにもないのである。結婚した人は、しばらくは近くに伴侶がいるかもしれないが、いずれは片方だけになる。あるいは、生きていても意識がない、認知ができない、といったことにもなる。心配しても、しなくても、みんな最後は孤独になれるのだ。孤独を受け入れることは、つまりは、自由になることでもある。163p

★最近、結婚しない人が増えているが、その理由は「自由でいたいから」だ。165p

★あまりにも美化した虚構、つまり結婚をして子供を作ってという人生が「人の幸せ」だ、と決めつけが崩れかけているだけなのである。もっと自由に生きられるのではないか、孤独であっても自分の人生なのだから好きなようにしたい、と気づいた人が増えている、というだけのことだろう。非常に自然な流れだと思われる。166p

★科学技術の発展が、この社会と共生できる孤独を可能にしたのである。昔は、そんなことはとうていの望めなかった。孤独を楽しむには、並大抵の苦労では不可能だった。逆に言えば、この情報過多の現代では、孤独指向の生き方をしないと、自分を保てない人が増えてくるだろう。…ポテンシャルとしては、孤独の方が高い。孤独から、協調への移行は簡単だ。…みんな基本的につながりたいと思っている人ばかりだから、かならず手を差し伸べてくれるだろう。177-178p

2015年11月25日水曜日

Tchaikovsky ♪Waltz of the flowers♪

さらっていた曲を終えて、今日からTchaikovskyの♪Waltz of the flowers♪の練習開始。動画を見ると習っている先生たちのアンサンブルがある。ところが、ブログにそれをアップしようと試みるがなぜかできない。他の人の動画をアップしよう。この曲はなじみがある。だが、曲が速い。まずはゆっくり吹く練習しよう。

さて昨日のレッスン。綺麗な音で吹く練習をする。吹いていていい音かそうでないか自分でもわかる。吹く度にいつもいい音が出せるようにするには練習しかない。

レッスン後、歩いて某ギャラリーに向かう。今回はわざわざ葉書で知らせてもらった絵の展覧会。そう思って出かけると、受付の人がいない。そこで見ていた2人は絵を見て話し込んでいる様子。お客さんだよ!と思わず声をかけたくなる。

知り合いの名を告げるとこれまた愛想がない返事。気分を害して会場を後にする。次回からはもう行かない!いくら知り合いがいい人でもこれはない!

気持ちを変えよう。昨日届いた某研究会のメール。今年は外に出かけていて研究会に出席できなかった。その時の報告の他にお知らせもある。会としてはフェイスブックを利用。いよいよフェイスブックデヴューとなるか。さてさて…。

研究会の来年の開催日も決まったようだ。開催日といえば、今年もそうだけど来年もフルート発表会と日本画展が重なる。芸術の秋の開催。この2つを習うかぎり、ずーっとそれは重なりそう。それもしかたない。ただ救われるのは日本画展はその場で絵を描くのでなく、前々から準備をしている。フルートは発表会当日が本番。重なる日に優先すべきはフルートになる。

今日は最高気温14度と寒い。泳ぎは明日にして今日はゆっくり三昧!?
 

2015年11月24日火曜日

「楽しかった旅を分けてあげたい」

今朝の地元紙に栩木伸明は「『スクール』の語源が『余暇』なのはどれほど知られているか。…」と書いている。「スクール」は英語で「学校」と習っていてもその語源までは知らずにいた。早速、電子辞書のジーニアス英和大辞典を調べると「初12C以前;ギリシャ語Schole(余暇、討論)」とある。その意味からか、栩木は実学偏重ばかりの教育でなく、教養教育の必要性を問いかける。

これは学校に限らず、余暇を利用する習い事にも当てはまる。余暇は暇な時間。そこには遊びの要素があってもいい。今、暇を持て余していろいろと習っている。今さら、プロになるわけでもなく、それを金銭に替えようとも思わない。それならば、楽しく息長く習うに限る。

昨日は知人が歌う合唱を聞きに行く。その前に街中の金融機関のビル10階で開催中の日本画の個展を見る。人物画が大半だった。見学者は係りの人に絵を売ってくれるようにと交渉している。絵を描いた人は不在で、相手をするのはその旦那さん。本人に話しておくと言われていたけどさてさてその絵は…。

その場を後にして演奏会場へ向かう。前半の演奏後、トイレ休憩。向かうと長い列。知った人を目にする。その人から「〇〇さんを見に来た?」と聞かれる。その言い方はないじゃろ?歌を聞きに来たんじゃ、と思ってしまう。その様子を見ていた人は「話をした人をなぜ知っている?」と聞いてくる。そして名前まで聞かれる。他にも知り合いがいた。最近、演奏会や絵画展などに出かけると知った人に会うことが多い。ほんまにどうかいの、と思ってしまう。

夜になると姪から写メールが届く。成田に着いたらしく、移動中にメールをしている。今回の旅は特に楽しかったらしい。カンボジアとの国境ちかくのスリン(タイ)の象祭りに出かけている。電話で話すとその楽しさを分けてあげたくて写メールを送信したという。姪の父である義兄は出かけたことを知らず、帰国を知って驚いてわが家に電話してくる。年内の旅行はあと一度?と聞くと二度出かけるとか。うち1回は病に伏せる友を見舞うために台湾へ行くとのこと。そして20代の若さで亡くなった友がいたらしく、そのこともあって行けるうちに出かけると意気込んで話す。

「楽しかった旅を分けてあげたい」との姪の優しい言葉!これも身内だからこそ分かち合える。

今日はこれからフルートのレッスンへ。今日も元気で楽しく!

2015年11月23日月曜日

テレビ三昧!

一昨日は「井浦新のアジアウェイを行く」、昨日お昼は「岸恵子という生き方」、そして夜はNHKスペシャル「瀬戸内寂聴93歳」のテレビを見る。ドキュメンタリー番組が好き。どっぷりその人になり切って見てしまった。アジアハイウェイはインドネシアとマレーシア。撮影時期は8月17日のインドネシア独立記念日だろうか。その日の街の様子を写す。メインストリートの記念日を盛り上げる飾り物。その数日後に出かけているので、その光景は残っていた。

マレーシアについてはマレー系優遇策、ブミプトラについて詳しく放映していた。マレーシアの旅の紀行文を書く予定にしている。しかし今回の現地ガイドはどの人も華人だった。これについては後日、マレーシアの旅で書くことにしよう。

岸恵子の『わりなき恋』。その内容に基づいて本人が舞台で一人朗読劇をする模様を映し出す。岸の育った自宅も出てくる。この中のインタヴューで岸は一人娘とその夫と2人の孫との5人の会話が一つでないことを話す。娘と孫たちとはフランス語、娘の夫が加わると英語になる。日本人であれば日本語での会話は当たり前のこと。それが幸せであるとはだれも考えない。ところが岸に言わせると一つの言語での会話は幸せにつながるとか。普通のことが普通に行われることの幸せをこの話から改めて知る。そしてもう一つ驚くことがある。もし次に生まれるとしたら男か女かと聞かれると、「ゆっくり眠れる人に生まれたい」と。よく眠るほうなので眠れない人の気持ちがわからない。

最後の瀬戸内寂聴。若いころこの人の本をよく読んでいた。今は読まない小説もこの人の小説は読んでいた。寝る時、どんな小説だったか題を思い出す。だが、思い出せない。かなり時間が経って『女徳』を思い起こす。4月8日の寂庵での法話は手術後でもあり7分間だけだった。ところが10月の岩手のお寺での法話では3千人を前にして1時間立ってされている。手術後のおぼつかない生活からほどなくして岩手にも出かけ、執筆活動もされる。夕食のテーブルにはお肉が並び、ビールなどのアルコールも手にされる。そのご機嫌な様子も画面に映る。

万年筆で原稿用紙に向かう手はしっかりした文字。4時間も執筆されるとか。

病院での姿は母のつらい時期と重なって見えた。しかし、リハビリを重ねて歩けるようになり、思うように動ける様子を見るとまだまだ大丈夫。普通の人であれば気持ちが先に参ってしまう。

話は変わっていつも見ている人のブログに昨日の「モモクリ3年…」について書いておられる。この中の「ユズのバカタレ18年」は言葉が汚い。そう思いながらブログにアップした。ところが「ユズの大馬鹿18年」の言葉などあげておられる。早速、昨日のブログタイトルをこれに変更。こうすると言葉も綺麗になる。

ブログ投稿中、チャイムが鳴る。なんとあのマイカードだった。

今日はもう少しすると知人も出演するという演奏会へGO~。今日も元気で!

2015年11月22日日曜日

モモクリ3年、カキ8年、ユズの大馬鹿18年

 今朝の新聞投書欄によると「モモクリ3年、カキ8年、ユズの大馬鹿18年」とのことわざがあるとか。モモクリ3年、カキ8年、は聞き覚えがある。だが、ユズはこれほどひどく言われているとは…。じゃ、レモンは何年?我が家は8年で最初の実をつけて今年は15個だった。

 同じく地元紙に「晩秋は剪定の季節」とあり、図とともに剪定方法の掲載がある。先日の梨狩りで「徒長枝」を教えてもらった。これまで何気なく見ていた記事も徒長枝をきっかけに関心が湧く。早速、新聞のこの記事を切り抜く。

 ナニゴトも気の向くままに動いている。昨日の日本画教室で絵を描きながら口が弾む。ついつい、自分の思い付きで行動した過去の出来事を話題にする。自分自身では話していることは楽しいし、いい思い出。ところが聞く人によっては「顰蹙」に思えるのだろう。どう思われようと関係ない。とはいっても、あまりにも生き方が異なる人に話せば話すほど顰蹙を買うだけ。それならば、TPOをわきまえて話をしないといけない。人によって話題も気をつけねばならない。どういっても余りにも自由に飛び跳ねている。ところが同じような生き方の人には同じ話をしても逆に羨ましがられる。この違いはなんじゃ!?

 人によって考えや生き方は異なる。当然、何がその人にとって大事なことか必要なのかも自ずと変わって来る。それなのに、どの人にも同じ話し方をしていてはいけない。気を付けよう!

 さて、日本画教室。水彩で色付け後の本画にするまでのトレースは家での宿題となった。ともあれ、今日も「元気で楽しく」をモットーに、さあ行動開始!

2015年11月21日土曜日

さ、洗い流そ。

今日午後から開催されるプレミア12は3位決定戦。強化試合からテレビを見続けてきた。その中の若いひとりの選手、西勇輝。マエケンのブログを見て知る。そのあどけない顔からは想像つかないような闘志みなぎる投球。すばらしい!ニコニコ日記と題されたブログを見ると、韓国との試合後がつづられている。その中に書かれた文章もすばらしい。一瞬、この若者の言葉?と思った。でもすばらしすぎる。牛乳石鹸の掲載がある。そのHPからこの文を再度確認。以下が西のブログにアップされていたものと同じ文だった。ここに掲載しよう。

若くてあどけない顔をしていてもそこはプロの選手。ましてや、日本代表に選ばれた選手。持ち前の実力と実績はすばらしいの一言。来年のプロ野球、オリックスの西勇輝。応援しよう。そして、この人のブログを見るのも楽しみになってきた。今日のプレミアは見られそうにない。これから日本画教室へ。元気を出して!

さ、洗い流そ。

・絶対勝つ。
・そう言い聞かせて、
・血の滲むような努力を重ねてきた。
・負ける気がまったくしない。
・自信にあふれかえっていた。
・それでも敗れるときはある。
・敗北とは無情なものだ。
・でも、本当に勝負はそこから始まる。
・この敗北と向き合い、受け止め、
・糧にして、次の勝負へ向かっていく。
・さ、洗い流そ。人生は長い。
・いつだって挽回できる。
・「あの時、負けてよかった」。
・そう思える、その日のために。

2015年11月20日金曜日

『人生の<逃げ場>』

一日遅れてお墓参りをした後、泳ぎに行く。午後のプールが開くのを待って一番にプールに入る。「あと数秒待って…」との係りの言葉。時計がぴったり午後1時を指すとOKらしい。プールに入って待つこと数秒?もない。何と融通が利かない、と思う方が変なのか。規則は規則と言わんばかりの対応をされる。ともあれ、すぐに泳ぎ始める。数人だけのプール。人が集まるまで1コースを自由に泳ぐ。気持ちがいい!

しばらくすると顔なじみの人がやってくる。背泳ぎで左腕を伸ばすようにとの注意を受ける。この人の親切はありがたい。だが、失礼ながらも適当に話を聞く。ところが、話しやすいのかしきりに話しかけられる。かなりの歳の女性で「気持ちよく泳いでいるね」とも言ってもらう。自分では左腕も伸ばしているつもり。言われた通り、意識して伸ばして泳ぐとリカバリーの回数が少ない。人の言うことも当たっている。

下記は先日読んだ本の抜粋。著者はNHKの武内陶子アナの旦那様で文化人類学者。文化人類学に興味があるので関心を持って読む。会社員生活から離れてすでに13年。仕事とは縁遠くなっている。それでもこの本にあるように「単線」でなく「複線」での生き方は会社に入ったころから意識し続けていた。会社人間にはなるまいとどれほど思ったことか。一方だけの生き方ではいけない。今の生活があるのもその頃の影響が大きい。と同時に、その考えで良かったと改めてこの本を読んで感じる。

何たって、リストラ組。その思いがあったためか、リストラされた後の切り替えは早かった。もう仕事はせずに大学で学びなおそう、と心に決めた。その2週間後には大学の願書を手にする。

いつも思うことはリストラをした側の人の方が辞めさせられた側よりも大変だったに違いないと。そうした人は私の知る限り早くに亡くなっている。人を押しのけて生きる方がどれほど大変なことなのか。その人たちを見てそう感じる。

特に最後に記したこの文章からそれを感じる。「会社の上司や同僚がその人のことを『価値を生み出さない不要な存在』として切り捨てようとしても、自分はけっして切り捨てる側には回りません。この姿勢を貫き続けることが、自分の人生を豊かで幸福なものにします。モノの見方や考え方の幅を広げ、今の時代の成果主義、効率重視の価値観からの脱却を可能にします。そして自分と関わる周りの人の人生を豊かで幸福なものにします。」(212p) これと逆なことを行えば不幸な人生となり、長生きもできないだろう。

ヒトは「交換不可能な存在」であると著者はいう。だからこそ自殺はいけない。出版社のキャッチコピーには「会社にさえ行けば幸せになれるという『会社一神教』は既に崩壊している。にもかかわらず、他の価値観・生き方を見つけられない日本人──。一度きりの、ほかならぬ『私の人生』を本当に充実させるためには、〈逃げる〉ことも一つの方法。上田教授が説く、正しい逃げ方と新しい生き方。」とある。

『人生の<逃げ場>』(会社だけの生活に行き詰まっている人へ)(上田紀行 朝日新聞出版、2015年)を読んだ。また気になる個所を記そう。

・私は人間はフラジャイル(壊れやすい、脆い、はかない)な生き物だと思っていますが、…(15p)

・人は、自分を支える「線」を単線ではなく複線にしておいたほうが、精神的に安定します。(20p)

・会社にその身を委ねていれば、すべて安心という時代ではなくなりました。その変わり目はどこにあったかというと、やはりバブルが崩壊してリストラが進められるとともに、成果主義が導入されたところにあると思います。さらにその後浸透していった新自由主義的な価値観が、日本の会社を変質させていきました。(23p)

・バブルが崩壊し、新自由主義的な価値観が日本社会を席巻したときに、会社は共同体や宗教としての役割をあっけなく手放しています。(28p)

・社会学の専門用語に「準拠集団」という言葉があります。…「幸福な人生を送りたければ、一生懸命勉強して一流大学に入り、一流企業に就職しなくてはいけない」という価値観を持っている子どもは、自分が生まれ育った家族という準拠集団の影響を受けている可能性が高いと考えられます。(40p)

・準拠集団という縛りとは別に、私たちを縛っているもうひとつの要因があります。それは「他者の目」という縛りです。…これとは逆に、キリスト教やイスラム教といった一神教の国々の人たちが意識するのは「神の目」です。(43p)

・旅によってえられる大事な効用があります。それは日常生活をおくっている間ずっとかぶっているペルソナを、旅の間は脱ぐことができるということです。ペルソナとは仮面のことです。(72p)

・旅を通じて、日本にいるときには張り付いてとれなかったペルソナがぽろりと外れて、別の顔が現れるという経験をするわけです。…これは自分の生き方やモノの見方の幅を広げるうえで、とても大きな体験になります。(76p)

・「癒やし」という言葉を初めて用いたのは、私が1990年に出版した『スリランカの悪魔祓い』(講談社文庫)だと言われています。(95p)

・私は子育てで一番大事なのは「生きることって楽しい」と心から感じながら生きていける子供を育てることだと思っています。(129p)

・信頼できる宗教者と出会い、彼を支援することは、その宗教者を通じて「私も確かに社会に貢献できているんだ」という、より大きな喜びを、自分にもたらすことになるわけです。(178p)

・会社単線型からの生き方から脱却して人生を複線化することとは、「交換不可能な存在としての自己」を取り戻すための戦いなのです。(204p)

・会社の上司や同僚がその人のことを「価値を生み出さない不要な存在」として切り捨てようとしても、自分はけっして切り捨てる側には回りません。この姿勢を貫き続けることが、自分の人生を豊かで幸福なものにします。モノの見方や考え方の幅を広げ、今の時代の成果主義、効率重視の価値観からの脱却を可能にします。そして自分と関わる周りの人の人生を豊かで幸福なものにします。(212p)

お墓参りで見た皇帝ダリア

2015年11月19日木曜日

新聞記事から

やっと雨も上がり、今日は一日お天気もよさそう。昨日の深夜、親の月命日に気付き目が覚める。日々親との縁も薄くなるのか、それともただ単に自分自身のボケが始まっただけなのか。いずれにせよ、今朝はお墓参りを優先。午後は泳ぎに行こう。

昨日の地元紙に「足が遅いから、走るのは嫌。だから運動は全般的に苦手」との文がある。見出しは「運動はクスリ」から。これを書いた渡辺和彦は運動を4分類する。

昨日の地元紙から
これによると脳に刺激を与えるには手先を動かす習い事が大切らしい。

足が遅いから走るのは大の苦手だった。運動会が終わるや否や翌年の運動会を気にしていた。それくらい運動が嫌いだった。ところが今や歩くことも苦にせずによく動く。とはいっても球技はやろうという気が起きない。というかできそうにない。ところがこの表の中のことはほとんどやったことがあるし、今もやっている。そう思えば、やれそうにない球技もやってみればもしかしてできるようになるかも…。ともあれ、ボケ防止のためにも運動、そう、まずは泳ぎに行こう。

今朝の新聞記事を見るとイスラームが専門の宮田律は「中東における日本のイメージは依然かなり良い。それは原爆を広島と長崎に落とされ戦争に負けながらも、平和な国を築いてきたという事実にある。人権無視の『テロとの戦い』に参加したとの印象を持たれれば、好感は消えてしまう。」とある。また「自爆テロにしか生きがいを見いだせない若者を救うためには、教育や就業の機会を与えることが一番の解決になる。」という。そして、日本は「テロとの戦い」に距離を置くようにと警鐘を鳴らす。

来春、いわゆる中東に出かける予定にしている。テロをテロで報復するという負の連鎖をやめて宮田がいうような貢献を日本はしてほしい。

今日も元気で!

2015年11月17日火曜日

Tchaikovsky ♪SCENE♪

さらっていたチャイコフスキーの♪waltz♪を終えて♪Scene♪の練習が始まる。この曲は発表会前にさらっていた。仕上げていないことに気付き、再度さらうことに…。

チューニングの音、ラの音出しに気を付けたこの1年。それも何とかクリア。これからの1年はさらにいい音を出すように練習、練習。納得して吹いていても、先生に指摘されて吹くとさらにいい音が出る。この時ばかりはゴールドであろうとシルバーであろうと笛の素材は吹く人によると実感する。

そして、いい音を出そうとして吹くとお腹も背筋も伸びている。これは体にとっても好都合。長い年月習っているフルート。この頃、やっと吹く楽しみを知る。

レッスン後は雨の中、30分歩いて日本画教室の打ち上げ場所まで移動する。上八丁堀にあるアーバンヴューグランドタワー2階の広島四川飯店スーツアンレストラン陳。このスーツアン、中国語普通語のピンインはスーチュアン(SI CHUANG)になるはず。ところがお店のパンフはスーツアン(SZECHWAN )になっている。気になるのでWeblio英和対訳辞書で調べると「四川省、四川」とある。

四川料理は辛いので有名。また、ここはかなり高級なお店の感じ。以前だと広島では東天紅が高級だった。それもいつしか広島から撤退。アーバンヴューは今は広島市内では高層ビルに入る。だが、広島駅前と駅北側には高層ビルの建設ラッシュ。完成すればさらに豪華なお店も出てくるだろう。楽しみに待つことにして…。それにしても、お昼から優雅なひと時を過ごす。美味だった。
 
昨日から降り続く雨。昨夜も異常に雨が降った。今朝も雨はやみそうにない。おとなしく家にいるようにとのことか。明日は泳ぎに行く予定なので雨もやみますように。

ジャンボシイタケ

ジャンボシイタケ 重さは356g(左は31g)
 
お天気の良い日も一日で終わって今朝は雨。もう少しすると早めのフルートのレッスンへ。今日の始まりは忙しい。その後、日本画展の打ち上げがある。先週から飲んだり食べたりと続いてデブになりそう。今月末には先日出かけた旅の打ち上げの案内も届く。

そろそろ年賀状の季節。その欠礼葉書が早くも2通届く。1通は旦那さんの訃報で、もう1通は妹さんの訃報。どちらもまだ若くして亡くなられている。これまでは親たちの訃報が多かった。これからは昨日のように兄弟姉妹や連れ合いの人との離別も増えてきそう。いずれにしてもこの知らせは受け取る側としては喜ばしくない。なるべく送らない習慣にならないモノだろうか。

先日、美術館巡りをした際、講座の先生からご自分で栽培されたジャンボシイタケをいただく。真っ二つに切るとまるで厚切り食パンのような肉厚感がある。その重さは一つが356g。普通のシイタケは31gで10倍以上の大きさだった。これをどうすればいいのかネットで検索するとレシピがあるわ、あるわ。とりあえず半分に切って白菜とジャコテンでお浸しにする。美味!シイタケステーキも美味らしい。

さあ、いざ出陣。その前にフルートを吹いて出かけよう。今日も元気を出して!

2015年11月16日月曜日

ホームコンサートへ

♪こんな小春日和の~♪がぴったりの穏かな朝を迎える。小学校は昨日の振り替え休日なのか、外はひっそりしている。ところが新聞をにぎわす記事はパリ同時テロ。飛行機が行方不明になったり、シリアの難民がヨーロッパに押し寄せたり、世界のあちこちでテロが起きたり…。こうなったらどこへも行けなくなってしまう。これから先、当分、老人フリーターとしては思いっきり遊び歩く予定でいる。だが、それもできなくなりそう。

今朝の地元紙を読むと「日本が太平洋戦争を始めた理由の一つに、インドネシアなど東南アジアの石油を獲得するためだった」とある。資源小国日本のアキレスけんは石油にあると判断したアメリカが1941年8月、対日石油全面禁輸に踏み切る。これに窮した日本は同年12月に真珠湾と英領マレー半島への攻撃を開始、開戦に打って出た、との掲載がある。

インドネシアとマレーシアへ相次いで出掛けた。両国とも日本が先の戦争に関係している。それには石油資源が絡んでいたとは…。これまで知らずにいた。

その後もアメリカは日本の石油産業を凍結して国際石油資本の米系メジャーの下に置く支配体制を整える。アメリカは原子力の分野でもウランの供給をめぐって日米原子力協定を握り、日本の活動を縛る。これじゃいつまでも日本はアメリカのいい子でなくてはならない。政治的なことはよくわからない。だが、これを読むとアメリカは…。

気分を変えて、昨日はハープ奏者のご自宅でのホームコンサートに出かける。今回はハープとフルートでのカッチーニのアヴェマリアをリクエスト。ところが、ピアノとフルートとオカリナでの演奏で想像とは違う感じの曲になる。だが、これはこれでいい音に聞こえた。

それでもやっぱりフルートとハープでの演奏が聞いて見たい!楽譜の問題で、それは無理なのだろうか。ああ残念!

ホームコンサートへは多くの人が聞きに来られていた。ゲストの演奏者もドレスでの演奏。いい雰囲気でコンサートは終わる。昨日までの忙しかった日々も今日は一休み。のんびり過ごそう。

2015年11月15日日曜日

葉っぱの色付け

降り続いた雨も止み、一日ごとに秋も深まってゆく。しっとりした秋の気配とは裏腹にメディアを賑わすのはパリのテロ。先日はエジプトでロシア機もテロに遭遇。流れる映像は見られたものでなく、もっぱら新聞とネットでその情報を知る。

昨日の日本画教室。スケッチした葉っぱを水彩絵の具で色付けする。これが結構大変。口は動いても筆は進まず。来週もこの下絵に挑戦することになる。それにしても絵心がないモノが絵に集中しているのか、かなり草臥れる。というか、毎日出歩いているのでそれも草臥れる要因かもしれない。毎日毎日9時間10時間とよく眠る。

今日は午後からハープ奏者のホームコンサートに出かける。先日、発表会で吹いたカッチーニのアヴェマリア。その曲をハープとフルートの演奏でリクエストした。そのためか、ゲスト演奏者はフルート奏者となっている。自分で吹いたのと同じ曲を生で聞く。本当に楽しみ!

その時間まで自転車に乗ってまずは図書館へGO~。予約確保の本が3冊あるらしい。うち1冊は昨年7月に予約したもの。なんと長い月日をかけて我が手に入ることか。その後はスーパーへ。忙しく過ごした週も今日で落ち着きそう。

今日も元気で楽しく!

2015年11月14日土曜日

美術館巡りは下蒲刈へ

雨の日が続いている。2,3日前、またも父の年金関連書類が年金機構から届く。ほんまにどうかいの、が口から出そう。今回でこの件も終わりになるのだろうか。またも振り込みがあるとのこと。以前、姉と電話で話すと振り込まれるものは黙って受け取ればいいと。それにしてもこれは年金の計算方法の違いから起こった問題だろうか。我が家だけでなく全国的な問題に思える。

急に寒くなってきた。急遽、羽毛布団をダウンの多いモノと取替える。いよいよこれで冬到来も大丈夫。

昨日は雨の中、3か所の美術館に出かける。出かけるといっても受講している美術講座の先生の車に同乗する。まずは蒲刈にある蘭島閣美術館の「靉光とゆかりの画家たち」と題した展覧会を見学。他の美術館とは趣を異にする和風美術館。ここでは月に一度、有名な音楽家が訪れてコンサートが開催される。東京のサントリーホールと関係ある人が美術館運営にかかわりがあるのだろう。

絵を見た後はここでの演奏者の方が気になる。チェリストの堤剛やピアニストの小山実稚恵は来月のゲスト。3月も聞いてみたい大谷康子が演奏者となっている。

この美術館の別館へ車で移動して「寺内萬次郎の歩み」展をみる。個人的にはこちらの絵の方がほっとする。というかなじみやすい。館内を出るとあいかわらず小雨が降り続く。眼下に見えるは安芸灘大橋。そして美術館の脇にはミカンが鈴なりに実っている。目にする瀬戸内の海は波も荒い。車からは海が迫ってくるように見える。しかし、島をめぐる海側でなく山側はミカンの山。ことしはミカンが豊作かもしれない。
島の山側はミカンがたわわに実っている
お昼は「かつら」で海鮮どんぶりのセットをいただく。美味しい。店内には生簀もあり、とれたてもいただけそう。食事後、車は呉市内に向かって呉市立美術館で開催中の「北斎とリヴィエール」展を見る。絵を堪能した一日は終わった。そして昨日も行った先々で先生の恩恵のおこぼれにあずかる。有難い!

今日は午後から日本画教室へ。相変わらず雨は降っている。今朝の地元紙に宗教学者の山折哲雄氏はご自分のことを「老人フリーター」と書いている。同じく老人フリーターとしては妙にこの言葉に納得。今日も元気を出そう!
お昼をいただく
瀬戸内海に面した「かつら」

2015年11月13日金曜日

『99歳、楽しい、楽しい 私のシンプル「満足生活」』

10月から市の図書館の利用方法が変わった。以前には見られなかった当日に返却された本が仮の棚に並ぶ。以下はその中から見つけた本の抜粋。他にも、借りる人が機械を操作して本を借りることができるようになった。これは大学などですでに経験済み。

昨夜は若いころ習っていた楽器のメンバーの女子会。たまに集まって、わいわいしゃべって食べて飲んでと楽しい時間はあっという間に過ぎていく。それにしてもなんでも楽しみにしてしまうメンバーがこうもそろうことか。昨夜の女子会出席のドレスコード提唱者は今回の会の幹事役も兼ねている。

まずはビールで乾杯後、各自ドレスコードを披露。その後は提唱者がそれにちなむ「ひとこと」を述べる。今回のドレスコードのMOONにかけた言葉でのスピーチ。うまい!座布団はないけどほめてあげよう。

出席者のうち、先日お孫さん誕生でおばあさんになった人もいる。また、すでになった人もいて、見た目は変わらずとも月日の経過は「孫」でわかる。その様子から幸せ感が漂う。

ともあれ、あっという間の3時間は過ぎた。それにしても40年近くも変わらず(途中ブランクはあっても)楽しく遊べる友だちは大切。有難い!今回の幹事役の宏子ちゃんにも改めて感謝、感謝!また皆であいましょう!

今朝はこれから美術の現地学習講座。今日も楽しく!

『99歳、楽しい、楽しい 私のシンプル「満足生活」』(三津田冨左子 三笠書房、2013年第2刷)を読んだ。その中から気になる個所を並べよう。名のある著者ではない。しかし、名のある人以上にご自身で生きてこられた深い意味が本から読み取れる。

★幸せとは、人生を思いどおりに生きること。24p

★どうせ生きるなら、汲めども尽きない喜びの井戸を掘りあてるのだ。
何か夢中になれることを見つけたかったら、行動を起こすことである。
少しでも心が動いたら、やってみること。
好奇心が導く方向に、とにかく進んでみる。38p

★人生で最も誇りに思えるのは、「人に評価されたとき」ではない。
「自分が、意義あること、楽しいと思えることに取りくんで、心底打ちこみ、喜びを見出したとき」である。61p

★気持ちに踏ん切りをつけたかったら、じっとしていないで、行動を起こすのがよい。65p

★人は、何もしていないのに、最初から自信があるわけではない。
自信が持てるか持てないかは、自分がどれほどのことをなしてきたかによるのである。73p

★人に何かを言われたからといって、気にする必要はない。
相手は自分の都合でものを言っているだけである。
そういうときは、相手と距離を置いて、自分をしっかりつかまえておくことである。75p

★勉強とは、すなわち”知る”喜びである。…
人類は好奇心によって、さまざまなことを発見し、文明をつくりあげてきた。
「好奇心が満たされる」ことは、刺激的だし、大変面白い。
”知る”ことは人に満足感をもたらしてくれる。87p

★趣味は、うまくすれば「生きがい」になる。
「生きがい」があれば、人生は充実するし、こんな楽しいことはない。
一生をかけて打ちこめる趣味を持つ人は”幸せ者”である。97p

★自分なりの意見や情報を発信する手段が見つかれば、確実に楽しい人生が始まる。106p

★楽しさは、行動することによって湧き出てくるものなのである。110p

★人生を楽しく生きるコツは、過去や未来にとらわれず、時間の経過を意識せずに、「今」に集中することである。177p

2015年11月12日木曜日

ひろしまラーメンスタジアム2015

3日前から始めた酢玉ねぎと中国語。マレーシアの旅で腰痛と血液サラサラが話題となる。この2つを実行しているというこの旅の幹事役の人。自分自身、この2つは全く関係ない。ところが、血液サラサラはヒトの体にとっては一番と言っていいほど大事なコト。

母が亡くなったころ、健康診断で白血球が13000になったことがある。その際、初めて再検査を受けた。検査後、医師から血液はとてもきれいで、白血球の増加は風邪をひいてもあるとのこと。心配要らないと告げられた。

この時の言葉の血液サラサラ、を思い出す。それには酢玉ねぎがいいらしい。旅先の説明とネットでも調べて実行開始。血管が錆びつくと老化現象が起きる。若さを保つには血管の掃除が大事。

もう一つの中国語。旅先で「お互いさま」の中国語を参加者から教えてもらう。最近、中国語放送を聞かなくなった。これじゃ、ますます中国語を忘れてしまう。そうならないようにと気づいたのがICレコーダに録音すること。「マイ語学」の中国語、パソコンを変えてから常時聞けるものが聞けなくなった。タブレットで聞くとすぐにギガ数が足りなくなる。ICレコーダならばいつでも聞かれる。なお、お互いさまの中国語は”彼此彼此”で声調はいずれも3声。

毎日やることがこれでまた増えた。気長に続けよう。そういえばスペイン語もおろそかになっている。

昨夜はフルート定例会。いつもの場所にいつものように集まる。集合場所近くの旧市民球場跡地で昨日から「ひろしまラーメンスタジアム2015」が開催されている。全国からやってきた20件のラーメン屋さんが自慢の味を競う。

会場でもらったチラシによると3年連続食べログNO. 1のお店もある。昨夜は広島初上陸らしい炙りチャーシューメンのラーメンをいただく。何しろ会場は旧広島市民球場。広い!全国のラーメン店が球場の内側に出店。ラーメンを手にしてビールの売り場近くまで席を移動すると冷めてくる。ちょっとぬるめのスープとビールで乾杯。もうおっさんの世界。まるで旅している気分。楽しい!

ラーメンとそのトッピングは同行の人たちにごちそうになる。感謝、感謝!フルート発表会の打ち上げの写真もいただく。謝謝!それにしても昨夜は寒くもなくちょうどいい気候でお客さんも多い。どのお店も長い列が続く。ラーメンの後はデパート内のカフェでティータイム。ここで先日の旅の話をする。しゃべりすぎたかも…。話の中でフルートで話題になったのはフルートの忘年会のこと。これも楽しみ!

今日は〇津亜矢のコンサート後、女子会へ、と思っていた。ところが予定を変更してコンサートは取りやめ。その理由は爺婆ばかりのところへ無理していくこともない。女子会に行くまでほかのことをしよう。何といってもこれからの予定も詰まっている。今日も楽しく!
どのお店もラーメンを求めて長い列

写真で見るよりも会場は広い(携帯で写したので画像が粗い)

2015年11月11日水曜日

広島交響楽団第354回定期演奏会

フルートのレッスン後、先生に教えてもらったカフェで一休み。お店はビルのコーナーを利用し、外が見渡せる。行きかう車と人の波。感傷に浸る暇はない。ここから広響演奏会場までは30分くらい歩く。昨日の携帯万歩計は8123歩を示す。

席は前から3列目の真ん中あたり。となりの人はわざわざその席を購入されている。広響の個人会員だが、席は決まっていない。ところが昨夜は遅い到着で座席の引き換えが遅くなる。それにしてはいい席に座れてよかった!

ベルリンフィルのシュトイデ。2年前にも広響と共演している。その名前を全く覚えていない。とはいってもブログにはアップしているはずと思い、先ほどそれを確認する。やはり2年前の10月に聞いている。だが、その時は1階の最後列で聞いている。それほどの感慨を抱いた様子がない。

ところが今回は違う。もうこれほど素晴らしい演奏を聞いたことがないほど演奏曲目も演奏者も素晴らしかった。舞台に華がある。

広島交響楽団第354回定期演奏会は「ウイーンフィル・コンサートマスター、シュトイデ(運命)の再会」と題されている。演奏曲目は下記のとおり。

♪モーツアルト 歌劇「魔笛」K. 620~序曲
♪メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調Op.64
♪ベートーベン 交響曲第5番ハ短調Op.67「運命」

どの曲もなじみのある曲。改めて聞くとやはり素晴らしい!昨夜の演奏でシュトイデは頭にインプットOK。素晴らしい人だ。やはり目の前で聞く演奏はいい!アンコール曲もあった。だが、知りすぎた曲なのに曲名がすぐに出てこない。

隣の席はおっさんというよりかなりの紳士。ところが休憩後の席がわからない様子。隣の人に聞いて席を確認される。その際「ときどきわからなくなるんです!」とはびっくり。まあ、自分で言われるほどだからそれほどでもないのだろう。

今朝のFMから秋らしい曲が流れる。初めて聞く曲?♪耳をすましてごらん♪。

昨日のフルートレッスンは合唱のフルートの練習に気を取られ、さらっている曲が疎かになる。今夜はフルート定例会。フルートの話に花が咲く!?今日も楽しく!

2015年11月10日火曜日

「君よ憤怒の河を渉れ」

久しぶりに雨も上がり、曇り空の朝を迎える。ドコモのポイント交換の蜂蜜は昨日午後届く。だが、雨も降っており、泳ぎは止めにする。

今回の旅で同室の人から封書が届く。この人とは某会に入って3回の旅でいつも相部屋。まだ現役の人で一回り以上も若い。書道をされていてその道では知る人ぞ知る素晴らしい筆遣い。いただいた文面の文字は素晴らしい。

高倉健が亡くなって早くも1年になるとか。先日BSでNHKドキュメンタリー - BS1スペシャル「10億人が愛した高倉健」を放送した。www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2625167/

抜粋によると「昨年亡くなった高倉健、 中国全土で死を悼む声があふれた。『君よ憤怒の河を渉れ』は 中国で大ヒット 多くの人を奮い立たせ、人生を変えていた。作家や大企業経営者、新聞 ... 1978年、文化大革命の終えんからまもない中国で、高倉健主演の『君よ憤怒の河を 渉れ』が文革後初の日本映画として公開された。いわれなき罪を着せられた検事が巨悪 に立ち向かっていくこの映画に多くの中国人が釘づけとなり、10億人が見たといわれる。…」とある。

プールを取りやめたので、お昼のBSプレミアムシネマ「君よ憤怒の河を渉れ」を見る。なぜ中国の人たちに高倉健はこれほど愛されたのか、これを見てそれが知りたかった。向精神薬の開発をめぐって国を挙げて不正が行われる。その場面を見ていてまたも病院というところが嫌いになる。だが、これはドラマである。だが、そうであってもそう思う。

精神病院とまでは言わないまでも老人介護施設や老人病院に入ったとする。そこで自由を奪われ、自分の意見を言えば認知症扱いされて何を飲まされても抵抗できない。テレビを見ていてその方面に気が行く。ああ、怖い!自分を見失わないように元気で生きたいものである。

中国は共産主義の国。鶴の一声で「正義」が問われるからだろうか。高倉健が演じる正義と愛。中国の人々がそれに向かう高倉に関心を抱くのも当然かもしれない。

ドキュメンタリーでインタヴューを受けた〇秋航空の社長。昨日届いた某日本の大手旅行社のカタログに広島発成田着往復で都内のホテル一泊二日の航空代込み旅費が19800円とある、二泊三日では29800円。安い!ところが航空会社は見えるか見えないくらいの小さな文字で〇秋航空とある。

その時思った。日本に観光に来ている中国からの旅行客はこの〇秋航空が送り出しているのだろう、と。この社長、この映画を見て感動し、国の機関で働いていたのをやめて旅行社を立ち上げ、さらに航空会社も作る。

この航空会社をどうこう言うつもりはない。ただ、映画を見た中国の青年が高倉健が演じる映画に感動し、さらに日本という国にも感動する。そして自らの生き方を変えていく。これはこれでいいのだろう。

とはいっても日本人としてこの映画を見る時、中国の人たちが見たのとはまた違う視点で見ている。むしろ、向精神薬開発をめぐる日本の政界の動きが怖い。今はマンション建設問題などの不正がまかり通っている。何が正しいのか。確かな目を養わねば…。

気を取り直して月に一度の定期検診で眼科に行く。そこで読んだ週刊文春の欽ちゃんの記事。「大事なことは『今が幸せである』と思えることである…」みたいなことを述べている。今より明日はきっといいことがある、と今を楽しんで生きることは幸せなことだろう。

今日は午後からフルートのレッスン。それが終わると広響の定演を聞きに行く。今日から連日忙しくなる。元気を出して今日も楽しく!

2015年11月9日月曜日

ホッとする!

合唱でフルートとピアノで伴奏した演奏会も無事終わった。大勢の観衆の前での演奏後は少し自信がつく。演奏前、会場外に出て歌に合わせて練習開始。しばらくすると小学校高学年らしき女子3名が近づいてくる。何を言われるのかと思ったらフルートの音が遠くまでよく響き渡っていい、とのこと。緊張感も緩んでずっと彼女たちと話したくなる。

演奏を控えていると係りの若い女性が「私も高校時代フルートをやってました!」と声をかけてくる。「もうかなりされてますね?」と言われると下手は下手なりに嬉しい。だが、この21歳の人とも演奏前には、はしゃいで話ができない。ここは始まるまである程度の緊張感が必要。

2曲のうち1曲は合唱に加わる。次の曲は席を移動して合唱団の右端に立つ。譜面台の調節をするとピアノでフルートのチューニング。その後演奏が始まる。フルートは曲の半ばから入る。その間冷静さを保つ。しばらくして合唱の中にフルートが入る。うまく歌に合流した。3か所、フルートが入る。ミスなく吹けた。演奏の合間に妙に落ち着いている自分がいる。こういうことも珍しい。

演奏後、皆でお茶タイム。出演されない2人から萩のお土産やシュークリームの差し入れが各自にある。なんという大散財!?皆さん優雅な奥様方なのだろう。

海外に旅行することやフルートを人前で吹くことは、かなりのプレッシャー。ホッとした気分に浸ればいいものを毎日せかされて生活していたのか何かやり忘れている感じがする。今日は午後から泳ぎに行く予定。ところがドコモでポイント交換した蜂蜜が届く。しまった、外へ出られん!早く届けば泳ぎに行けそう?

今週は飲んだり食べたりとハードなスケジュール。そして広響や〇津亜矢も聞きに行く予定。〇津亜矢は昨年聞いてよかったのでただ同然くらいのチケットで行く。

飲み会の一つはカルテットでやる女子会。昨日から今朝にかけてその連絡メールが飛び交う。そのドレスコードはMoon。困った!一晩何にするか寝ずに考えるとメールするとその返信がおかしい。お月さんのように丸ければいいらしい。一番は顔が丸顔ならそのままでOKとか。今朝の参加者のメールにはコンパスで書いたようにまん丸の顔のままで…とある。そしてドレスコード提唱者はなにもなければ一円玉を持って行って見せればよいとのこと。お世話をしていただき感謝!

それにしても行く前から楽しい。皆で大いに楽しもう!さて今日はまずは宅急便、早く届くといいけど…。

言い忘れている。合唱団に入って2年余り。昨日、演奏が始まる前、司会者から合唱団の紹介がある。何と20年以上前の1994年ひろしまアジア大会の時に誕生している。誕生年は衣装も揃えて演奏会をされたとか。その時からの団員は歌の先生他2名。ピアノ伴奏の先生も20年間、携わっておられる。これは素晴らしい!いつまでも続くといい!

2015年11月8日日曜日

生憎の雨!

今朝は生憎の雨。数日遊んで帰った後は忙しい日々が続く。今朝は朝食後、先日録音したICレコーダーに合わせてフルートの練習。大勢の人の前や曲の途中からフルートを吹いたことがない。それも3か所、休みながらフルートが入る。朝から気合が入る。と同時に、着る服が決められている。年がら年じゅうスカートを穿いた生活をしていない。ましてやお腹を引き締めつけられそうなストッキングも穿かない。今日はそれだけでも日常とは異なる。困った!

昨日は日本画教室へ出かける。初めて自分で描こうと意識した色づきの面白い葉っぱ。途中までデッサンしていた続きを何とかやり終える。次回は本画の下絵として水彩で色付け。色鉛筆に慣れている。水彩の下絵も慣れるようにしよう。

それにしても今日のフルートは大丈夫!?出掛けるまで練習しよう!

2015年11月7日土曜日

合唱のリハーサル

合唱団の合唱でピアノとフルートの伴奏が入る。昨日はそのリハに出かける。吹く前に譜面台とフルートを置く椅子、チューニングなどお願いする。譜面台をピアノの先生と合唱指導の先生にお願いするとご自宅に予備がないとのこと。これには少しびっくり!音楽家なのに譜面台がない…。個人で持参すればモノゴトは簡単。ところがフルートを持つだけで荷物になる。譜面台はフルートよりも重い。車でなく公共機関で出かける。面倒だけど会場の譜面台を借りることに…。

ひとりだけフルートを吹く。そのため、自分で何が必要かなどの意思表示をしないとモノゴトがはかどらない。その点、フルート発表会での場合とナニゴトもその違いを感じる。如何にフルートの先生の力が偉大なことか。朝からぼやいてもいいことにはならない。ただ何人かはこの苦労をわかってもらえた?それがせめてもの慰め!?

PCでフルートの先生にフルート用に作成していただいた楽譜を合唱の先生たちに見ていただく。どの人もこういうやり方をご存じない様子だった。せっかくだからと思われたのか歌の指導の先生は来年のロビーコンサートでも吹くようにと話される。人前で吹くと度胸が付きそう。

ICレコーダに録音するといい感じで聞こえた。何とか本番で間違えないように吹くようにしよう。

マレーシアで同行した人たち。一般のツアーでなく某団体で行く。この団体で3度目となるツアー。15名参加のうち、3名が初対面。とはいってもその人たちとも行く前の懇親会で顔合わせしている。観光中、いろいろな人とお話する。その一人から研究されている索引をメールで添付していただく。ある本に関する索引だった。

送っていただいた人はご夫妻で参加。「〇〇ちゃん」「〇〇さん」と互いに名前で呼び合う。何歳になられても「~ちゃん」づけで呼びかける様子は実に微笑ましい。優しさが顔にもにじみ出ておられる。今月中旬にある某演奏会の案内もしてくださるらしい。暇があればどこでも出没OK。その気持ちがあるのでありがたい!

少しいない間に、九州のお坊様から講演された本などが届く。いつもは知り合えない人たちとこのように旅先で知り合う。これも旅の楽しみ!旅に出ると行く前、行った先、行った後と長い間楽しみが待っている。

今日午後は日本画教室。浮かれておらず、気を引き締めて…。今日も楽しく!

2015年11月6日金曜日

モーツアルト♪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314♪

今朝のFMはモーツアルトの♪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314♪。演奏者はエマニュエル・パユ。昨日の雨とは打って変わって気持ち良い秋の空。FM音楽も心地よい。明日からまたお天気は下り坂。午後は合唱で吹くフルートのリハが待っている。無事吹けるようにと朝から気合が入る。

マレーシアのトイレ事情。ネットで検索するとムスリムは清潔好き。汚いとされる豚肉を食べないのもそのためとか。トイレの後、紙で済ませる民族が多数を占める。ところが水で洗い流す人たちからすれば紙の方が汚いらしい。

言われてみれば、使用後の食器も水不足のため紙でふき取り、後で水で洗い流したこともあった。確かに紙より水で流すほうが清潔感はぬぐえない。これもすべてはイスラームの教えであるコーランにある!?とはいっても今の日本では家でもウオッシュレット。ダブルの使用で清潔好き日本!

あるモスクを見学した際、被るスカーフを係りからしてもらった。蒸し暑い日中。顎からつける被るスカーフ。汗がしたたり落ちる。半袖の衣服を身に着けた人はそれ以外に上から衣服を羽織る。更に蒸し暑さは倍増しそう。モスク内を観光後、汗が付いたスカーフを脱ぐ。暑い国だから汗もすぐに乾く?それでもそれをまた見知らぬ観光客が身に着ける。あまり清潔とは思えない。それでもそれはモスクに入るために欠かせない。イスラームの信者ともなればコーランの教えを守るのは当然かもしれない。郷に入れば郷に従え。観光客もとやかくいえない。

それにしても男性の観光客はその時どういう恰好をしていたのだろう。自分のことばかり考えて覚えていない。多分何もしなかったのでは…。何といっても男女の差がありすぎる。

今回ちょっと残念に思うことがある。それは観光ガイドがどの人も中国系であり、マレー系の人と話せなかったこと。イスラームに大いに関心がある。来春出かける国もイスラーム圏。もっとイスラームについて知りたい。

それにしても今回の旅のメンバーの方たち、本当にヴァイタリティ―がある。年齢的に10歳くらい上の人もいらっしゃる。その行動力は見習うべきこと!私も元気を出そう!

2015年11月5日木曜日

じゃらん、じゃらん!

昨夜遅くマレーシアから帰国。そこで覚えたじゃらん、じゃらん!「じゃらん」は日本でもネットで宿を予約する際によく使う。この言葉は何とマレー語に由来するとは驚き。じゃらんは行くの意。じゃらん、じゃらんは散歩の意と知る。

2か月前にインドネシアに出かけた。その際にシンガポール・エアを利用。さすがにシンガポールは覚えている。ところが22年前に出かけたマレーシアは今回とは全く異なり、覚えていない。10年ひと昔とはよく言ったもの。20年以上も経てばひと昔どころではない。以前出掛けたゴム園の観光ももはや遠い昔の出来事となった。

出掛けた団体が中国と関わるためか現地のガイド3名は華人。ベトナムで目にした「中国」に似た光景も「漢字」は見られない。ところが人口の大半を占めるムスリムの国マレーシア。この国はムスリムより華人が人口的な比重は少なくても街に「漢字」が氾濫する。まるで中国の感覚。

とはいってもやはりムスリムの国マレーシア。トイレで目にする便器の横にある水道とホース。右手で栓をひねり、左手で用を済ませた後、手で洗うとか。そのため、左手は不浄な手。トイレットペーパーはなく、使用後は自然乾燥!?トイレの周りは水浸しとなる。

文明は発達しても、文化は永久に守らねばならないのか。これが今回の旅で感じた事。

しかし、ホテル事情や食事は素晴らしい!マレーシアから50年前に独立したシンガポール。最後に立ち寄る。ここで宿泊したシンガポールのリッツカールトンホテル。シンガポールは人口の75%は華人。トイレ事情もマレーシアとは当然異なる。トイレットペーパーも当然ある。このホテル。素晴らしいの一言。いろんな国へ旅してきた。日本も含めてこれほどのホテルに泊まったことがない。

這い上がって寝るほどの高さがある大きなベッド。広い広い室内はすべてハイテクを駆使。室内から見るロケーションは最高。目の前には今年の4月27日にオープンした、船の形をした東南アジア初となる高級総合リゾート「マリーナベイサンズ」が見える。ただ一つ、トイレがウオッシュレットでないところだけは日本が勝る。トイレ事情は日本が一番!

ともあれ、楽しい旅は終わった!今日からまたいつもの生活が始まる。今朝一番にかかってきた電話は合唱で吹くフルートのこと。1回休んだので心配をおかけした様子。大丈夫!ちゃんと覚えている。今日はフルートの練習、練習。そして旅の模様は後日のブログにアップする予定。

今日も楽しく!