2022年3月5日土曜日

『十一番目の志士(上)』

  『十一番目の志士(上)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2014年新装版第4刷)を読んだ。この本の主人公は天堂晋助。読みだして初めて知った名前だ。電子辞書でこの人について調べると掲載がない。ないはずである。天堂晋助は架空の人だった。以下は気になる箇所をメモしたものである。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「育」という制度が、この藩にある。素性がなんであろうと上級藩士の家の育(養育者)という名目にしてもらえば、無禄ながら簡単に武士になれる。「育」というのは、むろん養子というような重い関係ではなかった。「被保護者」というほどの意味で、藩庁までとどけ捨てにしておけばいい。(37p)

★天堂晋助の場合、この天地で自己を表現する場は、剣しかない。(一度、わが意思で斬ってみたい)とおもった。下関の教法寺で選鋒隊士を五人斬ったのは高杉を救うためであり、鯖山峠で上士椋梨一蔵を斬ったのはわが身を救うためであった。(世のために斬る、――この世で同じ絵をかくならそういう絵をかきたい。となればあの大藤幽叟が最初の絵絹になってくれるだろう)京屋船が舷(ふなばた)を接してきている。手をのばせば大藤幽叟のびんに触れそうなくらいに近い。(101-102p)

★この節、幕府側では「浮浪」と言い、反幕勢力の側では「志士」とよんだ。要するに浪士である。(161p)

★その種々(くさぐさ)の話のなかで土方を驚かせたのは、天堂晋助の剣術流儀だった。宮本武蔵を流祖とする二天一流の一国一印可の持ちぬしだという。(212p)

★六道ノ政のいうところでは、牛と馬は道ですれ違ってもたがいに他人同士の顔をしているし、喧嘩もせず、仲良くもしない。風馬牛(ふうばぎゅう)という言葉があるくらいである。無縁、という意味だ。(257p)

★たばこは国分といわれるほどの有名な産地である。豊臣時代の末期、島津家の家来山内四郎左衛門という武士が肥前長崎で唐人から煙草の栽培法を学び、それを大隅半島桑原郡(いまの姶良郡)の国分に植え、「薩摩淡婆姑(たんばく)」といわれ天下に知られるようになり、いまでも煙草は薩摩藩の主要財源の一つになっている。(319-320p)

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