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2019年1月4日金曜日

「日々、新たなり~篠田桃紅 105歳を生きる~」を見る

 新年も4日になり、一日一日が慌ただしく過ぎていく。4日になっても出していない人からの年賀状が届く。元日早々から今日まで朝一番の仕事は出していない人に書く年賀状。それも11時過ぎまでにポストに投函しないといけない。年賀状の来ない2日を除いて、新年早々からポスト通いだ。

 年賀状で気づいたことがある。1枚はタンゴを習い始めたという年賀状。そしてその小さい娘さんはクラシックバレエを習いだしたそうだ。本人も勉学かクラシックバレエに進むか、と悩んだ末にバレエを諦められた。いろんなことを習ってきたが、身体で表現するダンス類はやっていない。以前、別の人がやはり学問とクラシックバレエを天秤にかけて両方を続けながら、結果、市内でバレエ教室を開かれている。この人とある会合で会った時、大人のバレエに通いたくなったことがある。結局、やらず仕舞い。今でもバレエに限らず、何か身体表現をするものを習いたい気持ちがくすぶり続ける。尚、この勉学とクラシックバレエかで悩まれた2人は後で聞くと互いに知り合いだった。

 他にホームコンサートを開催されている人から年賀状をいただく。本来ならばこちらが先に出すべきだ。この春、家を建て替えられる予定が秋に延期となったとある。人からの誘いで出かけるようになったホームコンサート。楽器を習っているためか、いつの間にか誘ってくれた人よりもこの人にどっぷり浸かるようになった。

 今朝は姪の真ん中の子供から年賀状が届く。文面を見ると「これからも元気で長生きをしてください」とある。人から長生き云々を言われるようになったかと思わず苦笑する。中学1年生が老婆を見てそう感じるのも当然かもしれない。まだまだ元気はあると思ってもこれも独りよがり!?

 そして年賀状と言えば旅や勉強会などで知り合った人たちの子供さんの成長する姿がある。年々、大きくなっていく姿を見るのはまるで祖母の心境なのだろうか。自分にはそういう対象がいないので比べられない。みんな立派な大人になりそうでこれは楽しみ!

 話は変わって昨夕のNHKテレビは「日々、新たなり~篠田桃紅 105歳を生きる~」を見る。番組HPを見ると次のように書いてある。

★篠田桃紅、105歳。書道家から出発して「墨の抽象画」という独自の境地を拓(ひら)き、世界的な評価を得てきた。生涯独身を貫き、今もアトリエ兼自宅で一人暮らしを続けながら、なお新しいものを生み出そうと格闘している。時に自問自答し、特に自虐や毒舌で笑わせながら、縦横無尽に語る篠田。「この年になると生き方の手本はない。自分で編み出さなくては」という篠田の日々を見つめ、驚異の言葉の数々に耳を傾ける。

 105歳の篠田桃紅。母が生きていれば103歳だから母よりも年上だ。昨年11月に開催された個展の模様やそれまでの映像が流れる。通いのお手伝いさんがいても独り住まいらしい。どういっても話す言葉に力がある。番組最後に桃紅という名前の由来を話す。桃紅は中国の書「詩格」にある「桃紅李白薔薇紫」から父親が引用してつけた名前だそうだ。「桃紅李白薔薇紫」とは桃紅さんによると「桃は紅(くれない)、李(すもも)は白、野バラは紫いろ」と花それぞれの色で咲く。だから人もそれぞれの生き方でいいという。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月17日火曜日

再び『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』

 毎日異常な暑さが続いている。先ほど姉は水道が通ったと電話してきた。ところが、JRが不通のため孫たちの通学を心配する。これは自分だけが心配してもどうにもならない。行政が子供たちの教育の機会を何とかしてくれるはず。そう期待するしかない。

 暑い日に、家でじっとするのも嫌なので9月にある日本画作品展に出品する我が絵3枚の内、2枚を額に入れる。1枚はそのままで展示。たかが額と言っても結構なお値段。決して上手に描けたとは言えない我が絵でも「馬子にも衣裳」、のことわざ通り、纏うものでよく見えることもある。これまで出した額入りの絵を外して今回の絵をはめてみる。ダークな感じの絵は白っぽい額を、その逆はまたその逆で、とこれまで買った画廊の人の話。それを覚えていたので絵を額から外したり入れたりしてどの額が似合うか試してみる。何とか絵も額に収まった。

 額も表面がガラスのとプラスチックのがある。ガラスの額は重い。今年の絵2枚は新たな額を買わず、これまでの額を利用するつもり。これは絵を習い始めてから先輩たちに教わったこと。額が増えておき場所に困る、とのことだった。教えてもらってからはF6の木製パネルに描いて額もその大きさと決めている。それにしても額から絵を出し入れするのも結構草臥れる。画廊の人は大きな額の出し入れもされる。大変な仕事だ。

 次は絵のタイトル。とりあえず前回の教室にタイトルを書いて出す。しかし、本を読んでいていい文に行き着く。次回の教室でタイトルを変更しよう。これ、結構楽しい!

 以下は先日読んだ篠田桃紅の本から再度抜粋。
 
 「もしこの世の中が幸福で、悩みなどなかったら、どんな世の中になっていたでしょう。おそらく芸術、文学、音楽のたぐいはなかったでしょう。人は生きていて、苦しい、悲しいから芸術が生まれました。不幸がなければ芸術は必要ありません。どこかで人は、不幸を感じているから、芸術に心を寄せるのです」。(『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』篠田桃紅、幻冬舎、2017年)54p

 この芸術、文学、音楽、自分にとっては芸術は日本画、文学は本を読む、音楽はフルートなどが当てはまる。「不幸を感じているから、芸術に心を寄せる」と言われればそうかもしれない。とはいっても特に不幸と思ったことはない。むしろ、この年齢まで元気に生きて好きなことがやれることの幸せを感じる。これも芸術のお蔭!?

 この本には知らないことが書いてある。それをさらにメモしよう。

★「ニ河百道」を主題に絵を描くことがあります。ちょっと踏み外せば氷の河に落ちる。ちょっと踏み外せば火の河に落ちる。その間に白い細い一筋の道がある。それを見つけて生きていくのが人生だという意味です。86p

★生きていれば、突然、なにが起こるかわかりません。なにかが起きると、人は救いを求めます。すると知恵というものが、思いもかけず降りてくることがあります。それを詩人の三好達治は、信じなさい、と言いました。

 「ああ智慧は かかる静かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絶えた境に
山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前触れもなくそれが汝の前にきて
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあらう」(「冬の日」よ)95-96p

★「玄」は人生の始めで終わり

 墨が玄の色とされる所以は、墨は何回塗り重ねても、絵の具などと違って、真っ黒にはならないからです。闇には決してならない。一点の明るさを残します。そして、その一点は、人の手が為す領域でなく、天地自然、神、宇宙、人間のはかりしれない大きな手に委ねています。真の玄人は、なにもかもやり尽くそうとはしません。どこかに一点残して、あとは天地自然、あらゆるものにチャンスを残します。119-120p

★無知は罪の一つと言われています。無知でいることは、自分の人生を投げ出しているようなものです。160p

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年7月15日日曜日

『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』

 3種間ぶりに日本画教室に出かける。先週の教室は街中に住む3人が出席し、残りは災害の影響で足がなく欠席だったそうだ。久しぶりの教室へは1か月くらい前からわが家の狭い庭に咲いた赤紫色のカラーを持参する。ついでにプランターにはびこるベゴニアを根っこから抜いて持参する。ベゴニアは教室の人にあげた。

 先日来から旅先で絵になりそうな写真を見てデッサンしていた。昨日は持参したカラー3本と葉っぱ2枚を花瓶に活けてデッサンする。以前に白いカラーをデッサンした。花の色が違うだけ、と思った。しかし、持参したカラーは白いカラーほど花弁も大きくなく、少々草臥れ気味の状態で小さい。葉っぱも白ほどの大きさがない。ともあれ、まずは3本をデッサンする。この後、色鉛筆で色を施す。次に葉っぱを2枚、デッサン。葉っぱは実物大にデッサンできないので2分の1の大きさにする。デッサン帖の隅に2分の1とメモ。これは先生のアイデアだ。

 日本画はいろんなデッサンを組み合わせて本画にしていく。そのため、花瓶に活けたそのままの状態をすべてデッサンするとは限らない。この点は視力の悪いモノにとっては都合がいい。

 話は変わって災害をもたらすほどの豪雨の日や暑くて外へ出歩きたくない日に読んだ篠田桃紅の『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』(幻冬舎、2017年)。この中に「人生とは、自分以外の外界とのつき合いです」の頁がある。「外界は自分一人の力では変えられません。雪が降らないようにと思っても、降るときは降るように、人も社会も自分の思うようにはなりません。老いも同じです。老いは自然ですから、どうにかなるものではありません。しかし、外界は変えられなくても、自分はいくらでも変えられます。…」とある。そして中谷宇吉郎の「雪は天から送られた手紙である」を例にあげて「なにがあっても、うんざりだと思うよりは、たいていのことは受け止めて喜ぶほうが、人生は豊かになります。そして自分の心に広がりと厚みを持たせて、その心を働かせていれば、人生はいつまでも飽きません」とあり、その人次第で「人は、どのようにも老いることができて、どのようにも人生を楽しむことができます」という。20-22p

 今回の豪雨災害。わが家は被害はなくてもあまりにも身近に起きた災害。気持ちは穏やかではいられない。その時ふと思う。原爆が落とされたときはどんな状況だったのだろうか、と。実感として分からない。水がない、JRが動かない、など無いない尽くしをはるかに超えて何も無い、命もない状況だったと思うと、もうこれ以上考えられない。そんな時は桃紅さんのいうとおり、「なにがあっても、うんざりだと思うよりは、たいていのことは受け止めて…」と思うのが賢明かもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2016年1月10日日曜日

「生き甲斐」

 最近読んでいる福田恆存(ふくだ つねあり)の本に「幸福」は「生き甲斐」とある。これまで健康、自由、ある程度の金銭の3つを幸せとするならば、今はそうかもしれないと思ったりしていた。「生き甲斐」を改めて調べると「生きるはりあい」、「生きていてよかったと思えるようなこと」とある。

 昨夜のEテレ「スイッチインタビュー 達人たち」に104歳の医師、日野原重明と103歳の書家、篠田桃紅が出演。その中で日野原の口から何度も出てきた言葉は「生き甲斐」。

 改めて調べて気づいた「生き甲斐」。そこには自分がこれまで思っていたことは何も書いてない。健康でなければ、自由がなければ、お金がなければ、は考えなくても「生き甲斐」はあると知る。

 2人の達人の会話からそれぞれ違う生き方を垣間見る。どちらが良いとか悪いとかではない。しかし、今日まで一人で生きてきた篠田桃紅の一言一言に重みを感じる。これまでの経験で得たことを自分自身の言葉で語っている。中でも「迷いの形が文化であり、一生は迷い」という。

 日野原は「始めることが生き甲斐」で「希望を持つこと」を今でも実行している。なんと100歳を超えてから俳句を始めている。そして「一生懸命になれることが生き甲斐」という。

 2人の達人の口からは決して先々の話は出てこない。ただ瞬間瞬間を生きている。当然「悩み」などのネガティブな言葉は一切出てこない。今年になって悩みがないと話すと2人から不思議がられる。達人たちのように「今」を「生き甲斐」にしていれば悩みはないはず。悩む前にまず動け!そして、悩む前に何かすればいい!

  新年初の日本画教室。久々に絵筆を持つ。初めて挑戦するもみ紙。本画用にもみ紙にデッサンしたものを転写した。しかし、何を転写したか見えにくい。これからはもみ紙へ描くのは止めようと心に決めていた。ところが、昨日、まずは黄色で葉っぱに色づけと聞いてぬり始める。一通り葉っぱに塗ると、これだけで完成したような気になる。先生に話すと、まだまだとのこと。次は黒も混ぜて葉っぱに色づけする。さらに良くなったと自画自賛する。ここまではほんの序の口だそうだ。
 
 さっきの話の「生き甲斐」。全く関心がなかった絵。それも習ううちに画になっていくとちょっとした楽しみになる。これが生き甲斐!?

 見知らぬ旅先での非日常の楽しみや人との出会い。日常での楽しい人たちと食べて飲んでといったささやかなコト。水泳や自転車などできなかったことができるようになる喜び。親を介護していた時にもそれはあった。嬉しそうに笑ってくれる母の顔を見たときがそうだった。「生き甲斐」はいつでもどこにでもある。
 
 もしかして自分にとっての「生き甲斐」は「やりがい」かもしれない。それはできないことができたときの楽しみとなる。それにはフルートもある。何度かさらううち吹けなかった箇所が吹けるようになると嬉しい。それにはやっぱり健康であり自由に動けて少々の金銭も必要かもしれない。余談としてブログ投稿も我が「生き甲斐」に間違いなし!今日も元気で!