今朝の地元紙コラムの最後には「孤独死がニュースにならない時代は来てほしくない」とある。
もしかして読み違い、と思い再度読む。昨日の記事に、市内に住んでいた高齢男女の死亡記事が掲載された。夫婦で亡くなっても孤独死とは…。一人でのそれが孤独死と思っていた。
ということは、何人の家族であっても最期の姿を看取られなければ孤独死!?
最期まで二人で頑張って生きてきたのだからいいじゃない、といってあげたい。それよりも、二人の死後経過を問題視する?
もちろん今朝の記事はそういうことを述べてはいない。メディアは稀少な話題を取り上げる。日常茶飯事に起きることは新聞記事をなさない。
今日では、孤独死は稀な出来事なのだ。
だから、孤独死がニュースにならなくなると頻繁に起きていることになる。それを危惧している。
どうであれ、何故、誰が“孤独死”と言い始めたのだろう。生まれるときも一人、亡くなるときも一人。そうであるならば孤独死、孤独死といって何も騒ぎ立てることもない。
このキーワード、決していいイメージがない。「孤独」は悪人呼ばわりするほどの、いけないことなのだろうか。
ともあれ、嫌なこととばに惑わされず、気分を変えて、今日も楽しく過ごそう!
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