2022年6月15日水曜日

『街道をゆく』(四十一)「北のまほろば」

 中国地方が梅雨入りしたと思われる、との情報が入った。これから先、1か月くらいは雨の日が続く。今朝も雨。ゴミ出しの後、庭へ行くと雨のお陰(?)で草も元気だ。その中に2本ほど青じそが生えている。青じそはスーパーなどでは大葉というように葉っぱが大きい。スーパーに売られているモノと負けないくらいに大きく生えている。人間が食べる大葉は虫たちにとってもご馳走なのか、気づけば虫食いとなる。その前に人間様が先に頂こうとなった。大葉は次々と新たな葉をつけてゆく。

 以下は『街道をゆく』(四十一)「北のまほろば」(司馬遼太郎 朝日新聞社、一九九六年第5刷)から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★”まほろば”が古語であることは、いうまでもない。日本に稲作農業がほぼひろがったと思われる古代――五、六世紀ころだろうか――大和(奈良)を故郷にしていた人――伝説の日本武尊――が、異郷にあって望郷の思いを込めて、大和のことをそう呼んだ。……伝説のこの人は、大和朝廷の命によって東奔西走した。……病いを得、今の三重県あたりにきて伏せる。ついに故郷に入ることなく、故郷を恋うあまり、そのくにを”まほろば”とよびかけ、”倭うるわし”と結ぶ。(9-10p)

★青森県(津軽と南部、下北)を歩きながら、今を去る一万年前から二千年前、こんにち縄文の世と言われている先史時代、このあたりはあるいは”北のまほろば”というべき地(くに)だったのではないかという思いが深くなった。この紀行の題名については「けかち(飢饉の方言)の国が、まほろばか」と、地元でさえ異論があるに相違ない。(10p)

★いまわれわれが食べているりんごが、明治初年、政府の開拓使や勧業寮によってアメリカやカナダなどから導入されたセイヨウリンゴが基礎になっていることは、いうまでもない。……アップルの日本名を考えるについて、とりあえず、在来種と区別するため、在来種を林檎とし、この新来のものは、「苹果(へいか)」とした。おそらく清国語を借用したのではないか。……いまは、苹果ということばは、たとえば『広辞苑』に、「林檎の果実。ひょうか」と出ているぐらいで、一時期、日本語だったという記憶さえ薄れた。(478-479p)

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