2022年6月23日木曜日

「ジャガイモ飢饉」

 「街道をゆく」の「愛蘭土(アイルランド)紀行」選を見る。司馬遼太郎の『街道をゆく』のうち「愛蘭土紀行」(1)と(Ⅱ)は以前に文庫本を買っていた。が、読まずにしまったままだった。「街道をゆく」の再放送を機に改めて本を取りだす。本を買っていたということは愛蘭土へ行こうとの思いがあったことのあらわれ!?今となっては幻の国となりつつある。アイルランドとイギリスの紛争は知っていたが番組を通してほかのことも少しずつわかってきた。

 司馬遼太郎に言わせるとアイルランドは「百敗の民」だという。しかしアイルランドの民は苦難と忍従の精神の持ち主だった。イギリスのクロムウエルは1649年のピューリタン革命でカトリックのアイルランドを制圧した。これにより汚辱にまみれたアイルランドは三位一体である三つ葉の教会を破壊した。三つ葉のクローバーは緑色である。イギリスの二階建てバスは赤色。アイルランドを走る赤色のバス、赤色のポスト、赤色の電話ボックスなど赤色からアイリッシュの魂をあらわす緑色に変えた。なお、三位一体は神イエス、子、精霊であり、緑のクローバーの葉はこの三位で一つとなっているという。

 アイルランドにはタラの丘がある。「風と共に去りぬ」で有名な場所だ。そこには聖パトリック教会があり再生への祈りをささげる。風と共に去りぬ、のミッチェルはアイルランド人だがアメリカへ移住した。当時のアイルランドは「ジャガイモ飢饉」に襲われ100万人が餓死し、150万人がアメリカへ移住した。「ジャガイモ飢饉」は日本で言えば明治維新に当てはまるキーワードとか。ジャガイモはカトリック信者のパン、とも言われている。

 ニューヨークの聖パトリック大聖堂は5番街にある。その祝祭日には参加者全員が何らかの緑色を着けて行進する。アメリカでアイルランド出身者が2人大統領になっている。ケネディとレーガンである。ケネディ家も貧しいジャガイモ農家だった。今でも小さな家が残っている。ケネディ家もアイリッシュ・カトリックだったがジャガイモ飢饉でアメリカへ移住した。

 イギリスにはビートルズの誕生地として有名なリバプールがある。この港からアメリカへ渡る船が出港した。しかし渡らなかった人たちの中にビートルズがいた。ビートルズ4人のうち3人はアイルランドの血が流れている。ビートルズは1960年代にディスコでデビューしたが彼らにはアイルランド的ユーモアがあった。ジョンレノンは勲章をもらうときに言った。「死んだ鍋ではない」と。さらに軍人がもらった勲章のように「人を殺してはいない」と。自分たちは「人を喜ばせてもらった勲章」だと言っている。ジョナサン・スイフトは言った。「残酷なまでの自己主張はアイルランド人のイギリスへの抵抗だ」と。

 アイルランド人がパブへ行ってギネスビールを飲む。これは仮の漂泊をしに行くのかもしれないらしい。ジョン・フォードは西部劇をつくった。映画「駅馬車」がそうである。アイルランドを訪れた際、IRA(アイルランド共和国軍)を訪れている。これこそがまるで西部劇のようだったとか。

 北アイルランドのアラン島は荒蕪の島。岩盤を砕いてつくった石垣が4000㎞もある。その中に畑を耕してジャガイモを植える。1年に3回ほど種芋を植えるそうだ。厳しい地になぜ暮らしているのか。アラン島の人々は信心深い。おのずと人は負けず嫌いになる。今でもアイルランド人はアメリカへ行く。しかし今は貧しさからの脱却のためにアメリカへ行くのではなく教育を受けたものが行くという。これが昔とは違うそうだ。
 
 テレビを見てアイルランドについて何もわかっていなかったと思い知らされる。詳しいことは司馬遼太郎の2冊の「愛蘭土紀行」を読んで理解しよう。

 なお番組HPによると「原作・司馬遼太郎。壮大な紀行文学を映像化!イギリスの隣、大西洋に浮かぶ島国がたどった苦難と忍従の歴史とは?深い郷土愛に思いを寄せ不屈の精神の源を探る旅が始まる」とあり、「昭和から平成へ。亡くなるまで25年にわたって司馬遼太郎が書き続けた『街道をゆく』▽百敗しても敗北を認めないアイルランド的性格とは?▽『タラの丘へ』再生への祈り▽19世紀半ばのジャガイモ飢きんで起きたこと▽ケネディ大統領のルーツ▽ビートルズの幼なじみが語る魅力▽『死んだ鍋』痛烈な皮肉▽歌声響くパブでのひととき▽不毛な岩盤を畑に!アラン島へ▽真の独立とは?愛国とは?▽1999年放送の番組がよみがえる」ともある。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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