2022年6月10日金曜日

『司馬遼太郎について』

 この本は「司馬遼太郎」がずっしり詰まった一冊の本である。司馬遼太郎に携わった人々との対談やその人たちの執筆、なかでも「街道をゆく」を共にした人たちの言葉が多い。読み始めから読み終えるまで感動し、時に涙を流して読んだ。

 最後に記したツエベクマさんのくだりは本当にそうである。司馬作品にハマったのは3年半前に出かけた大連の旅からである。ところが家にある司馬作品を探しているとツエベクマさんの『草原の記』や『街道をゆく』など10冊以上司馬作品を買って持っていた。が、買った当時は今ほど作品にハマっていなかったのか、『草原の記』以外は読んでいないようだ。先日、「街道をゆく」のモンゴル紀行を見てツエベクマさんを思い出す。すぐに図書館で借りて『草原の記』を読むと、文庫で発売された当時の『草原の記』を買って読んでいた、と気づく。それくらいツエベクマさんのことは覚えていた。が、今回、再度読み返すと以前とは読みごたえが全く違う。人生の機微が年老いてわかってきたのかもしれない。そして一連のツエベクマさんの本を読んで改めて司馬遼太郎とツエベクマさんの素晴らしい関係を知る。

 以下は『司馬遼太郎について』サブタイトル「裸眼の思索者」(編者NHK出版 1998年第3刷)から気になる箇所をメモしたもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★歴史の中に、ほんとうに惚れ込める人間像を見いだす。これが司馬さんの小説のそもそもの出発点になるわけですから。(尾崎秀樹)(22p)

★人間的な魅力というのは、もう司馬さんの小説の中にも、その面白さ、魅力というのは溶け込んでいますけれどもほんとうに私たちを相手にしても話を逸らさないで、わかりやすく、いろいろなことを語ってくれました。……私は、その歴史の中の人間の魅力というのは、同時に司馬さんの人間的な魅力でもあったというように重ねて思っているのです。(尾崎秀樹)(24p)

★その大尉の「戦場での体験は、彼を一人の夢想家に変えた。いや正しくは、歴史という使者の国の旅人にかえた」(傍点は発言者)(注:傍点が打てないので下線で入力)とあります。私は、この修辞は、司馬先生ご自身を指しているかのように思えるのです。その後の小説作法を暗示しているように思われるのです。これは、司馬先生という「歴史の旅人」の一貫した姿勢であり、メッセージではなかったでしょうか。そして、『草原の記』という詩のような、絵のような、司馬先生の”美学と心”を籠めた小説で終わることになります。私は妙な読み取り方をしているかもしれませんが、この感動的な作品は、虚空の国(司馬先生のことばです)に旅立って行った司馬先生が、私たちに遺してくださったラスト・メッセージではないかとさえ思うのです。「希望だけの人生」「希望の人生」は、この本の主役のツエベクマさんのものであり、ひょっとしたら司馬先生のものでもあり、そして日本人を勇気づける”人生の書”ではなかったでしょうか。そんなことを思っています。(道川文男 NHK出版)(81-82p)

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