2017年11月11日土曜日

BS1スペシャル「サハリン残留 家族の歳月」を見る

 番組紹介によると「かつて日本領だった南サハリン(樺太)に、戦後半世紀以上も取り残されていた日本人がいる。サハリン残留日本人。歴史に翻弄されながら、国も民族も越えて生抜く家族を描く」とある。さらに詳細を見ると「かつて日本領だった南サハリン(樺太)に取り残され、戦後も帰国出来なかった日本人がいる。サハリン残留日本人。1990年代に帰還事業が始まり、今も帰国が続く。ソ連参戦後の混乱で、引き揚げ船に乗れなかった女性や子供たち。戦後は、生き延びるため、現地の朝鮮人やロシア人と家庭を築いた。家族は日本、韓国、ロシアの血が混じり複数の言語が飛び交う。歴史に翻弄されながら、国境も民族の壁も越えて生抜く家族の姿を描く」とある。

 最近テレビで頻繁にこういったドキュメンタリー番組を見る。そのほとんどは先の戦争に絡んでいる。戦争といえば日本では、特に広島では原爆投下だけが問題になることが多い。しかし、世界では他にも悲惨な戦争に翻弄された人々がいる。サハリン、言葉では知っていても詳しいことは知らずにいた。日本を離れて日本以外の国に住む。それは自分が好んで彼の地に出かけたのだろうか。それが気になる。たとえ好んで幸せに住んでいたとしても戦争という状況になればすべてモノゴトは一変する。

 戦争に負けて、日本にもすぐには還れずその地にとどまる。押し寄せるロシア兵。ただ生きることのために親切にしてくれる朝鮮の人と結婚する。そのほとんどの女性の年齢は14,5歳から17歳くらいまで。何も知らずに生きるために生活を共にする。時には先に結婚していた日本人の夫を残していっしょになった人もいる。ところが国が変われば習慣も変わる。憎い日本人妻を目にしてアルコールが入れば叩かれたとか。ただ日本人が憎かったそうだ。帰国事業が始まっても日本に戻らず、韓国に渡った日本人妻もいる。他にもロシア人と結婚した人もいた。

 番組でテレビに映し出される人々の年齢は戦後72年のようにそれより上の人たち。子どもや孫であっても同じ家族なのに言葉がまるで異なる。すべては戦争によるこのような悲劇。ニュースを挟んで2時間の番組。見ていてまだまだ知らない戦争の後遺症(?)を知る。

 年齢的には自分とそれほど大差ない人たち。いろんな人生を垣間見る。そしていろいろと考えさせられる。

 気分を変えて昨日もレモン10個を取る。葉っぱをつけたままナイロン袋に入れていると家の前を親子が通る。持っていたレモンを4,5歳くらいの男児に渡すと喜んでくれる。葉っぱはとげがあるのでレモンだけを渡す。レモンを持った男児は「何、何?」と母親と話しながら帰っていく。

 1個では悪い気がする。それでもやっぱり、今日も1個ずつ日本画の人に渡そう。

2 件のコメント:

  1. レモンを渡す姿が絵を描くように想像できます。いいなあ~こういう触れ会いって。

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    1. 舛井先生

      「絵を描くように想像できる…」とは、よくわかりますね。見られている気がします。今日の教室に持参してたった1個ずつ渡しました。中旬にある日本画展の打ち上げではがきサイズの絵を交換します。それもかねて今日は皆さん、レモンを描かれました。とは言ってもレモンの絵を交換されるかどうかはわかりません。この秋から絵の先生は「院友」です。まだまだ自分一人では何も描けません。まあ、気長に習います。

      遅くなりました。コメント、いつもありがとうございます!

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