2017年11月5日日曜日

「ピグマ」

 自宅最寄り駅からJRに乗る。空いた席に座ると周りは外国の家族。横には3歳くらいの女児がいる。「こんにちは!」と声をかけると「こんにちは」と返答する。2,3度繰り返していると母親に「こんにちは、しか日本語はわからない」と日本語で話しかけられる。どこの国?と問うとウクライナの人だった。ウクライナ人と結婚し、広島で暮らしている知り合いがいる。そう話すと広島とは関係ないツーリストだった。

 3年間、日本にいて日本語を覚えたようだ。今はウクライナ在住らしい。どこから広島へきてどこへ行くのかと尋ねるとタブレットのようなもので「すみや」と日本語で書いてくれる。日本語で話していても今一歩、この「すみや」が何かわからない。そうするうちに広島駅到着。感じがいいご家族だった。

 そういえばウクライナ、と聞いた時、ソ連に出かけた話をする。今思えばウクライナとソ連はいい関係ではない。ポーランドの話をするとウクライナは元ポーランド領のためか、家から60キロ先がポーランドと詳しく話してくれた。ワルシャワとは500キロ離れているとか。

 今年はポーランドに出かけて以来、あのあたりのことに関心がある。今、図書館で借りている本は『エリーザべト・ニーチェ』と『物語ポーランドの歴史』。たまたま昨夜読んだ本にウクライナは元ポーランド領ウクライナとあった。

 話は変わって昨日の日本画教室。次週から2,3か月、教室の場所が変わる。仮の教室は部屋も狭いらしく、机も会議用らしい。これまでは会議テーブルを3つくらいくっつけたような大きな机一つに一人が絵を描いている。これからしばらくは不自由を強いられるらしく、本画に仕上げるのでなくもっぱらデッサンになる。昨日は先生に頂いた葉書に絵を描く。これまでデッサンしたものをはがきにトレース。それを「ピグマ」というペンでえどる。しかし、「ビグマ」がなにものかを覚えておらず持参もしていない。

 仕方なくボールペンでえどる。この上に、水彩絵の具で色をつける。教えてもらった通りに色を塗ってそれをぼかす。巧くできたと喜んでいるとそうでもないらしい。先生曰く「余白を残して塗るように」。他にも持参していたはがきサイズの画仙紙に同じくデッサンした絵を色付けする。これは墨で線をえどり、その上に色づけする。二つの方法を習う。これは自宅でも場所を取らずにできそう、と思わず先生の前で声が出る。寒くなって家にいるようになった時、たまには家でハガキに絵を描く。これは楽しいかもしれない。それにはまずデッサンから。カメラ持参で街に出てデッサンになるものを探す!?いいかもしれない。

 そういえば絵を習い始めてすぐに教室から八ヶ岳にスケッチ旅行をした。その際、ハガキや「ピグマ」、絵を描く道具一式を先生に頂いた。昨夜、それを取り出す。せっかく先生に用意してもらっていてもしまい込んでいては宝の持ち腐れ。次週から教室へ持参しよう。

 なお、ハガキに描いた絵は今月中旬にある日本画展打ち上げの交換会に使う。先生曰く「うまく描けた絵を人にあげるように!」。今まで人さまに自分の絵をあげたことがない。音楽と違って絵は形として残る。自分で描けば絵に愛おしさがでる。手元に置いておきたい気もある。昨日、日本画展の図録と自分で描いた画の絵ハガキを受け取る。ところがなぜか、我が8Ⅿの絵は図録もハガキもSMと間違って表記されている。これは残念!

0 件のコメント:

コメントを投稿