2014年11月30日日曜日

ハープを聞きに行く

今朝のYAHOOを見ると「揃って低調… 冬の定番「こたつ」と「みかん」復権の可能性は」とある。

この2つ、日本人にとっては冬の定番で対のイメージがある。小さい頃、こたつの上にはみかんが山ほど盛られていた。それも一度に数個は食べていた。ところが、最近は一袋10個入りが何日もある。

当時は10キロ入りの段ボール箱入りのみかんを買っていた。我が家だけを見ても確かにみかんの消費量は減っている。

同じようにこたつを使用しなくなって10年以上経過する。介護者を抱えていると石油ストーブやこたつを置くのは非常に危険。そう気づいて以来、エアコンが暖房の幅を利かせる。

日本の冬の風習が廃れていくのは寂しい。畳に座るということもなくなり、家自体は和風でも生活スタイルは椅子生活になっている。これも時代の流れといえばそうかもしれない。

話は変わって昨日のこと。2つ先の駅まで呉線に乗車してハープの演奏会に出かける。個人のお宅で開催される。10年前から定期的に開催しているとか。

先日来から見かける皇帝ダリア。昨日も呉線沿いにはずらーっとダリアが咲き誇っている。車窓からの眺めで一瞬の出来事。誰が植えるのかお見事!

ルームコンサートを開かれる隣接した畑にも数本ダリアが咲いていた。

目の前でハープを聞く。何とも優雅。ゲストの人のプロフィールを見ると美術講座の人と生まれ年が1年違うだけで高校、大学、会社は同じ。演奏前、演奏者に知り合いの名前を出すとやはりお友達だった。世間は本当に狭い。というか、団塊の世代が多いためどこに出かけても関係ある人がいる。

コンサート後、会場はティーサロンと化す。いろんなところへ出没している。そのたび、いろんな人と知り合いになる。しかし、いつか知り合った人とも別れが来る。

夜には九州のお母さんの息子さんからお供えが届いたとの電話が入る。7月に肺炎になり、1か月の入院で逝かれたとのこと。「明日も来るね」と言って別れた後、翌日の朝には冷たくなっていたとか。「母と最期の挨拶ができなかった…」、と寂しそうに話される。それを聞いたときは悲しかった。

20数年ぶりに息子さんと電話で話す。「いつも息子がよくしてくれると話されていた」、との言葉を伝える。そして電話の最後が可笑しかった。「ちゃんと花を活けましたよ」。これを聞いて「お花をお供えしてください」と書かなくて申し訳なかった、と話す。

よく知っている人なのでそれもわかってくださり、ありがたかった。ありきたりの言葉よりきっと自分の言葉の方が誠意はこもっているはず。そう思って電話を切る。

今朝は早くから義兄がお米、野菜、花など持ってきてくれる。近くの区民文化センターである催しを見に行くらしい。

そのお礼ではないけれど、市内である子供の催しのチケットとわが家のレモンを渡す。

今年も押し迫ってきた。まだ今年を総括するには早すぎる。

ともあれ今日も元気で!

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