2012年11月30日金曜日

「水に流せない話」

起床後すぐにメールが入る。3名宛ての一斉メールだった。それを見ると東京ディズニーリゾートで遊ぶ姪一家の家族写真が添付されている。それには「皆元気で遊んでるよ!じゃあね。気をつけて。今日は曇り空、寒いよ」。

返信メールをしよとするが、それぞれのメールアドレスまで覚えていない。だが、何となく見覚えのあるアドレス。一人は犬の名前で一人は子供の名前をもじっている。

わからずに最初に書いてあるアドレスに返信メールをする。ディズニーリゾートへ行っている姪だと思って送る。ところが、返信を書きながら間違いに気づく。一斉メールをくれたのは妹の方の姪だった。

遊びに行っている姪の妹が東京に住んでいる。姉の姪は東京に行く前、妹と会って一緒に遊ぶと話していた。それも金曜日の今日、合流すると思った。姉の姪にはいく前に餞別を渡した。だが、その妹には渡していない。その託のメールを書こうと思った。ところが、一昨日と昨日合流して今日は会わないという。またいつか機会を見て渡そう。

携帯のアクシデントは今朝のようにこれからも尾をひくかもしれない。

携帯といえば、先ほどまでいた大学の図書館で読んだ雑誌にも同じようなことをしている人がいる。『文藝春秋』季刊冬号に「『ケータイとトイレ』水に流せない関係」として、志茂田景樹が書いている。

何とその人は「ケータイを便器の水に落としたことが6度、渓流に流したことが1度ある。」という。それに比べたら2度の失敗は少ない。だが、先日も携帯でなく、公共和式トイレで家の鍵を落としたことがある。水を流す前に気づいてすぐ拾い上げた。流していたら家にも入れない。

それ以来、「水」には気をつけていたつもり。それなのに似たような人がいるからといって褒められたことではない。

さてスペイン語。いよいよ次回はテストがある。これから当日まで少し気合を入れて頑張ろう。

先日プールに行った際、泳いでいる人がいなかった。これ幸いと思って思いっきり足で水を蹴る練習をする。これがいけなかった。年をとると何日かしてその反応が出てくる。昨日は一日中、足の筋肉痛があった。

今朝起きると痛みはなかった。だが、絶対無理は禁物、と悟った。

最近、反省することが多い。水に浸けるのは泳ぎのときの身体だけで携帯電話ではない。そして泳ぐときは無理して泳がず自然体で泳ぐこと。この2つはやはり水に流せない話!?

いずれにしてもあと数日はスペイン語、スペイン語・・・。

2012年11月29日木曜日

レクチャーコンサートへ行く

今朝は曇り空で一日が始まる。

昨夜は最寄駅からフルートの知人の車に乗って郊外に位置する大学のレクチャーコンサートに出かける。

この大学は最近、市内で一番大きいコンサートホールの命名権を獲得。ホールはその大学名を冠している。とはいってもその名が市民に浸透するのはなかなか先のことだろう。ホールは今でも建設当時の名前で呼ばれている。

昨夜のレクチャーコンサートの講師は群馬交響楽団の第一フルート奏者のパヴェル氏。この人は以前、広島交響楽団に所属していた。当時も広響の会員になって音楽を聞いていた。そのためよく知っている。

車に乗って会場へ行く途中、知人との話の中で、何とパヴェル氏は以前私たちのフルート発表会を聞かれている、と聞く。そう聞いて当時のことを思いだす。

習っているフルートの先生は広響のフルート奏者の大学時代の後輩。先生自身も広響定演で何度か演奏されている。その関係だろうか、発表会当日先生の名前を見て突如会場見学となったのだろう。その時、先生の先輩である広響のフルート奏者2人が聴いていたとは・・・。

学生を指導するレクチャーは最後の一人だけ聞く。教わる生徒もフルートの専門だけあって上手に吹く。それを聞いて講師が指導する。聞いていてその違いはよくわかる。だがそれ以上はわからない。

レクチャーが終わると演奏会になった。ピアノ伴奏はその人の奥様である三苫美智子。優しそうな人で演奏も素晴らしい!

演奏曲目は下記の通り。

♪ベンダ        フルートとピアノのためのヘ長調
♪バッハ(グノー)   アヴェ・マリア
♪ドビユッシー     牧神の午後への前奏曲
♪フォーレ       コンクールのための小品
♪シャミナード     フルートとピアノのための小協奏曲 作品107
♪ドヴォルジャーク  ソナチネ ト長調 作品100

どれも素晴らしい演奏だった。簡単な曲の解説を交えての演奏。「牧神」の意味は「人と神」やフォーレの曲のフルートコンクールにおける「初見」の話。この「初見」は奥様が横でこの言葉をアドバイスされる。ほかにも日本で人気の高いドヴォルジャークの話なども聞く。アンコールでは「ユーモレスク」が演奏された。このイメージは汽車の「シュッ・シュッ・ポッポ・ポッポ・シュッ・ポッポ・・・」のギッコギッコする車輪の音だとか。
 
ほとんど休みなしの1時間半の演奏。会場は講義室。そのため、2列目で演奏する人の指を見ながら聞く。どれを聞いても素晴らしい!

「アヴェ・マリア」「牧神の午後への前奏曲」は発表会でもよく吹く曲。だが、アレンジが異なる。演奏を聴くにつれてその曲に没頭する。いい演奏会だった。

帰りも最寄り駅まで一緒に行った人と2人、知人の車で送ってもらう。

昨夜はいい演奏会でした。ありがとうございました!またいい演奏会があれば教えてください!

今日はこれからスペイン語を頑張ろう。まだまだ勉強不足。家でおとなしく・・・。

2012年11月28日水曜日

講義&フルートレッスン&etc.

今朝は今秋一番の冷たさ。だが日差しは温かそう。昨夜は忙しい一日が暮れてよく眠る。

携帯電話のアクシデントで、昨日もブログを読んでくださった人からメールで連絡をいただく。ありがとうございます。

昨日のスペイン語。授業の進み具合は段々とエスカレートして直説法現在完了に入る。直説法現在完了は直説法現在形に過去分詞がプラスされる。だが、点過去と線過去、それに直説法現在完了形。この3つの過去形の使い分けが難しい。先生は時制の線を引いてその説明をされる。だが、それもスペイン語圏や、日常会話ではしばしば異なるらしい。

そんな過去形が3つもあれば頭もこんがらがってしまう。でも今はそういってる場合じゃない。頑張るしかない。

講義が終わると市内へ移動する。フルート教室へ入ろうとすると音色が聞こえる。レッスン?と思ってしばし立ち止まる。どう聞いても綺麗な音だ。教室へ入ると先生がフルートを吹かれていた。

レッスン予定まで時間がある。その間を利用して先生の携帯番号を聞く。すると赤外線ですぐに自分の携帯に登録できる。これには驚く。

さらっている曲はどうにか曲の終わりになった。曲の最初から吹いてイメージに近づけるようさらってもらう。何度吹いてもいい曲。さらにいい音で吹けるようフルートも頑張ろう。

レッスン後、携帯を見ると女子会の人が近くにいるとのメールが入っている。その人は平和公園付近に自宅がある。昨日はボランティアの研修会だったとか。電話をすると習っているビルのそばにいるという。すぐに降りていってその人と合流する。

それにしても何というタイミングだろう。来週、女子会を予定している。その前のリハーサルではないけれど、2人で食事に行く。ビールを飲みながら、食べながら他愛ない話をしては笑う。入ったお店は若者で溢れて満席。

流行っている店とそうでない店の違いはよくわからない。それにしてもお客が多いお店だった。

話を聞いていると、ボランティアも研修があるらしい。そのボランティア。さらに聞くと全くの無報酬だという。当然ボランティアだからそうかもしれない。だが、それにしても・・・。

その人はボランティアがライフワークとなっているのだろう。張り切っている。そしてボランティアの中で新たなジャンルを開拓している。そのHPにブログを開設したいとも話していた。

途中、携帯で他のメンバーも誘い出そうとする。だがすぐに出て来られる距離ではない。

ちょっと忘れていた。昨日の会話で今度の会はオヤジ会(かい)?。いえ、いえ、オヤジじゃありません。淑女です。女子会です。

もう一つ忘れている。昨夜の人は旦那さんがただ今海外出張中。それもあって暇人2人で盛り上がる。この話の続きはやっぱり女子会で・・・。昨夜はありがとう。楽しかったね。

今日は夕方からフルートの知人たちと市内の大学で開催されるフルートの演奏を聴きに行く。出かけるまでスペイン語を頑張ろう!

さあ今日も元気で楽しく!

2012年11月27日火曜日

泣いたり笑ったり

今日は冷たい朝。最高気温も11度の予想。段々と寒くなっていく。だが、外の日差しはまばゆいばかり。

今日は火曜日。忙しい一日が始まる。

昨日は今日の忙しさと違い、家でおとなしくしていた。ブログ投稿で報告した携帯買い替え事件。早速、昨日朝、ショートメールをいただく。ありがとうございます。

携帯のことが頭をかすめるのか、お昼に固定電話に携帯番号の電話が入る。これは番号を知らせる電話と勝手に思って電話に出る。懐かしい人からの電話だった。

その人とは勤めていた職場の同僚で名古屋の人。娘さんが石川県に嫁ぎ、そこで一緒に暮らすと言う。携帯が通じない、といって家にかけたようだった。通じないのではなく、随分前のPHSの番号にかけたらしい。どちらにしても電話がらみの話。

その人は石川県に行く前に我が家の片づけをしていると言う。かなりの月日がかかるらしい。石川県は輪島辺りに行ったことがあるだけ。

仕事をやめて10年。その人も当然リストラ組み。ブツブツ言いながらも楽しかったね、と笑って当時のことを話す。

その人とは内外の社員旅行で何度か会って知り合った。フルートのジェームス・ゴールウエイを聞きに名古屋へ行った際も会っている。次回会うときは石川県で、と言って電話を切る。

夕方になると、もう1件メールが入る。洗濯してしまった携帯電話。そこには「洗濯し きれいさっぱり 新品に」との一句も添えられて・・・。この「さっぱり」はいろんな意味が込められている。

その人のメールによると亡くなられたお母さんの声が固定電話に残っているという。「〇子ちゃん、庭の紫陽花が綺麗に咲きました。嬉しくなりますね。今日も元気でね♪」。そのため、FAXの買い換えに躊躇しているらしい。

この文を読んで涙が溢れ出す。洗濯してしまった携帯にも母の声が録音されていた。それとダブってしまい、涙は止め処もなく流れる。返信メールにも時間がかかる。

メールをくれた人は元気付けようとしてその句を送ってくれた。それなのに・・・。ありがとうございます。

そう、私も母の声が入っているから携帯も買い換えずにいた。それが「さっぱり」と買い替えとなった。さっぱりに込められたいろんな意味を感じる。

携帯といって思い出す。これまで4ヶ買い換えている。最初に持ったのはPHS。これはリストラされて市内中央の図書館に毎日通っていた頃、図書館の和式トイレに落とす。当然使用不可能。

考えてみると買い替えは2ヶが水に浸っての使用不可能で後の1ヶはFOMAに替えたとき。今回の携帯は水濡れ対策がしてある。それでも水には気をつけよう!

昨日は珍しく一歩も外へ出なかった。かなりの運動不足。眠られないかと思ったら、よく眠る。運動と睡眠は関係ない!?

今日はこれから例の如く講義を受けに大学へ行った後、市内へ戻ってフルートのレッスンを受ける。忙しい1日の始まり。元気を出して!

2012年11月26日月曜日

『地図のない旅』

今朝は雨が降っている。一日降るのだろうか、外が暗い。

昨日プールへ出かけた。最寄駅でJRに乗ると、隣町に住むフルートの仲間が乗っている。話を聞くとフルートの先生の演奏を聞きに本郷まで行くという。一緒に行こうと誘われる。

だがプールに行こうと思ってナップサックに水着など用意しての乗車。隣駅で下車し、プールに向かう。

真昼のプール。人は少ない。歩いている2人と泳ぐモノ1人。何と淋しい!しばらくすると泳ぐ人が1人増える。それにしても日曜日の昼間なのに係りの人の方が多い。何と贅沢と思いながら昨日もクロールと背泳ぎで1キロ泳ぐ。ひたすら泳ぎ終えて更衣室の時計を見ると1時間経っている。

泳ぎ終えた瞬間は疲れを感じない。だが、かなりの運動になるのだろう。泳いだ日はよく眠られる。昨夜は鼻水も出ずよく眠った。

今朝起きると姪に電話する、先日ドコモでもらったディズニーのカレンダーを2部あげるというと嬉しそうだった。

アクシデントから買い替えた携帯電話。そのさまざまな機能に驚く。当分いい遊び相手になりそう。

今日は一日すっきりしないお天気。そんな日は家でおとなしくしていよう。そして来週に迫ったスペイン語の試験を頑張ろう。今日も一日さあ、元気を出して!

以下は図書館で借りて読んだもの。私的メモとしてここに記そう。

著者の澤地久枝は以前『道連れは好奇心』を読んで以来ファンになった。『地図のない旅』(澤地久枝 主婦の友社、2005年)はその後に読んだ本である。

「さまざまなことに出会い、問題をかかえながら、いまもなお、前向きで楽天的な日を送っていられるのは、誰かから贈られた恩沢のような気がする。・・・秋がくれば七十三歳になる長い旅をいまもつづけているのは事実なのだ。地図のない旅。ここでの同行者はわたし。いっしょに旅へ出てみませんか。」(9-10p)

「旅の楽しみは未知の人と生活、自然との出会いにある。異なった生活習慣や文化にふれて、我が身、わが国のあり方がはっきり見えてくるということもある。こころがリフレッシュされ、年齢をいつか超えられる。そういう旅をぜひどうぞ!」(35p)

「人生という旅には、こういう道連れもあるのだ。」(86p)

「生きるとは地図のない旅に似ている。時が過ぎると、ひとつの縁から枝が広がってゆき、わたしの旅は豊かな内容をもつ。ささやかな存在と承知しているが、わたしは人と人、人と歴史のつながりの小さな結び目のひとつではある。生きるとはそういうことなのだ。」(278p)

「たがいの国籍も問わず、新しい出会いがあり、これからどんな旅をするのか、誰も知らない。だから、どこまでも歩いてみようと思っている。」(282p)

「日々に書いた文章を、久しぶりのエッセイ集として、ここにまとめる。文字通りの『地図のない旅』であった。・・・わたしは依然としてわたし。ヤンチャ(?)な性格は変わらない。来年は船旅をしてパナマ運河を通過したい。今ならできると思っている。そういう自分に『ガンバレ』とエールを送るわたしがいる」(285-286p)。

この最後の文章はいい!「そういう自分に『ガンバレ』とエールを送るわたしがいる」。この言葉にあやかって今日も一日頑張ろう!

2012年11月25日日曜日

とんだ大失敗!?

今日も気持いい朝を迎える。今朝の清清しさは昨日の大失敗の疲れからよく眠ったことにもある。

昨日、ブログ投稿の際、洗濯も同時にしていた。投稿を終えた時、洗濯終了のメロディがなる。すぐに洗濯機に向かうと、なんと「携帯電話様」も洗濯されている。これを見てもうびっくり!

洗濯物のシーツと一緒に携帯電話が紛れていたとは・・・。ああ、なんということ。

一人暮らしのモノは怪我などのアクシデントで動けなくなるかも知れない。そのときのために携帯電話を枕元に置くようにとのアドバイスを読んだことがある。それ以来、それを実行している。それが何という有様?

その携帯電話はもう6年近く使用してる。そろそろ買い換えようとしていた矢先だった。その点では絶好のタイミング。ただ困ったことが起きた。メールアドレスや電話番号を保存していない。そのためほとんどの人の携帯番号はアウトになってしまった。

幸い、固定電話にかけてもらう人の番号は家の電話機の電話帳に保存されている。それでも携帯番号はほとんどわからない。

買い換えてよかったことがある。昨日、そのアクシデントの後、すぐに新幹線口のドコモに行った。以前勤めていた会社の前のビルがその店舗。キョロキョロしながら様変わりした街を歩く。店舗で説明を聞くと、何と基本料金がこれまでの半額。980円。これにも驚く。それなのに1000円分無料で使用可能。

とりあえず手元に5万円用意して行った。買い替えの機種は最新のもので6万円弱。ところが何か利用するモノをつけて契約すれば1万円の割引がある。それも12月になって解約すればいいという。

そして月々1800円で利息なしで利用料金から携帯電話のローンが利用できる。昨日はそのパターンでお願いする。だが、昨日の失敗を免れるために少しの利用料金でドコモで携帯番号やアドレスの保存システムもお願いした。

契約を聞きながら、使用不可能となった携帯電話の写真画像が気にかかる。係りの眼を盗んで勝手にマイクロSDカードを抜くと抜けた。やったァ!と思って係りに話すと新機種に「それを入れてみましょう」という。挿入してもらうと以前撮った写真が蘇った。嬉しかった!母の最期までの写真が蘇った!

契約の間、係りはタブレット端末を同時に購入すればタブレット端末の月々の使用料金が使い放題で3980円という。それを初めて触らしてもらった。思ったよりも重いがかなり小さい。どっちかというとタブレット端末よりもスマートフォンの方が欲しい。それをいうと月々8,9千円かかるという。

契約の利用解約をするために来月店舗に出向かねばならない。来月来るからといって昨日はタブレット端末を買わずに帰った。

どう考えても今それを利用する必要がない。パソコンで用は足りている。

携帯電話は6年前のものとではかなりの進歩。携帯電話も元はといえば母との連絡のために持つようになった。そのため今、ほとんど利用しない。ただ何かのためにと思って持っている。また今度のは海外で使用可能。それも気に入った。

ともあれ、気ぜわしい毎日を送っている。昨日のアクシデントも少しは落ち着くようにとの天の声かも知れない。

母はいつも何かアクシデントが起きると話していた。「それくらいですんでええよ」。金銭で解決できればいいといっていたのだろう。

もう少ししたら気分転換のために泳ぎに行こう!さあ、今日も元気よく!怪我だけはしないように!

ブログをご覧になられた方にお願いです。お手数ですが携帯電話番号宛にショートメールを送信していただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

2012年11月24日土曜日

「思い立ったが吉日」

この2,3日よく動いたため、昨夜はぐっすり眠る。今朝は曇り空。いつもと違って少し肌寒い。だが、昨日までの疲れは吹っ飛んで朝から元気。そんな日はプールへ、と思ったが鼻水が出るので泳ぎは明日にしよう。

今日はもう少しすると自転車で買い物に出かけ、後は再来週に迫った試験のスペイン語を頑張ろう。

頑張ろう、といえば昨夜のEテレの「団塊スタイル」、久しぶりにみる。そのタイトルは「挑戦!大学で学び直し」。当てはまることなので興味津々で見る。

その中で、ある人は「こんなに充実している人生は今が一番」と話す。その意味、とてもよくわかる。

これまでを振り返って、今ほど充実していると感じることはない。やろうと思えば自分さえその気になれば、なんでも可能な環境にいる。

TVによると「学び直し」をしている人を調べると、全国で大学での公開講座参加者を含めて50%超の人がいるらしい。

その中で歌手の田代美代子(69歳)を取り上げる。かなり高齢と思える年齢。それなのに若々しい。最近テレビで見ることもないと思っていたら、昨年から早稲田大学の大学院で教育学を学んでいる。

昨夜はTV画面で早稲田でのゼミ風景や若者との交流を写し出す。そこには大学で学ぶ楽しそうな姿がある。

大学での学び直しの条件をゲストが取り上げていた。5点あるのだが、4点しかメモできず・・・。

1 目的意識を持つ
2 費用の計画
3 体力・体調の管理
4 家族の理解
5 ?

この中の2では埼玉県の取り組みを上げる。何と1万円で4科目まで受講可能とか。

今、1科目だけ受講していても年間にすれば10数万円費用がかかる。金銭を言っていては何もできない。他所の県のことは気にせず、自分のやり方で頑張るしかない。

4の家族の理解では、少し戸惑った時期もあった。学部を卒業し、院へ入るときのことである。

母を介護しながら大学へ通っていた。その頃は母もしっかりしていた。だが徐々に衰えも目立ってくる。「大学院へ行く!」と話すと「1年ならばOK」と母。「大学院は1年でなく2年!」と話すと「行くな!」と母。何でも好きにさせてくれていた母。その時ばかりは自分の衰えを意識してか、やめるように言う。そのやり取りを今でも鮮明に思い出す。

しかし、この機会を逃すと絶対に大学院へは入れないと思った。折角のチャンスと思い、どうにか母を説得。入ってからも、「あと何日で大学は休みになるから・・・」といつも母の機嫌をとって通っていた。

その時、大学院へ行くコトを諦めていたら、いつまでも行けなかった理由を母の介護のせいにしていたかもしれない。

当時の社会人大学院生は大概の人は2年を4年に延長していた。だがそれは絶対に出来ない。2年で修了したときの母の笑顔もまたいい思い出。今、その時、母と一緒に写った写真をパソコンと携帯の待ち受け画面にしている。

昨夜のTVで当時のことを思い出す。過ぎてしまえば皆美しい!これ、エレクトーンを習っていた頃流行っていた!?

ナニゴトも「思い立ったが吉日」。さあ今日も頑張って!

2012年11月23日金曜日

非日常の祝日

昨夜から先ほどまで忙しい時を過ごす。昨夜は22日。これに相応しいコンサートがあった。広島交響楽団第324回定期演奏会。演奏会のテーマは「NO.22の軌跡」。演奏曲目は以下の通り。

♪ハイドン 交響曲第22番 変ホ長調Hob.1-22「哲学者」
♪モーツアルト ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調K.482
♪ホヴァネス 交響曲第22番Op.236 「光の都市」

指揮者は常任指揮者秋山和慶に代わって下野竜也、ピアノに中野翔太を迎えての演奏会。

タイトルどおりすべての曲が「22」に絡んだ曲は面白い企画といえる。

クラッシック音楽の演奏舞台はあまりものが置いてない。ところが昨夜はいつもと違って舞台両脇に10台くらいの照明器具が置いてある。それは「光の都市」の演奏で舞台装置に使用された。

その曲の作曲家ホヴァネスは初めて聞く名前。第一楽章から第四楽章まで、照明で音楽を彩る。作曲家ホヴァネスの父はアルメニアの出身。その影響からなのかアルメニアに近い中東や中近東の民族音楽のメロディになっている。フィナーレの第四楽章では同じ旋律のアレンジで繰り返されて曲をなす。

プログラムによると「『レーレードーレーファーファミ♭レー』と始まるコラール風の旋律がきかれる」とある。この「レーレードーレー・・・」は今でも耳に残っているほど強烈であった。

演奏後、帰宅してパソコンとにらめっこ。最近はかなりパソコンに惑わされている。最近の画像投稿の容量不足はあまりパソコンに夢中になるな、というシグナルかもしれない。

今朝は3人のチビたちを連れて姪がやって来た。お昼までチビたちの世話役をまかされる。それこそパソコンどころではない。パソコンで疲れた頭を冷すには丁度よかった。

チビたちは姪が公の試験を受けに行った間、用意してきたDVDを見ている。しばらくすると姉夫婦が到着。チビたちは見ていたものをほったらかして祖父母の元へ行く。

そのうち祖父母に連れられて図書館へ行く。その間、一人家でホットする。

毎日気ままに生活している。特に子どもとの接触はほとんどない。子育ての大変さをしみじみと感じる。

しばらくして姪が帰ってきた。7人で2台の車に分乗してお昼を食べに行く。ここでもにぎやかなこと。まだ育ち盛りの3人はよく食べる。

姪はこの3人を連れて家族で来週四日間、東京ディズニーリゾートへ行くという。多分、一番楽しみにしているのは姪だろう。子どもたちを飛行機に乗せたいらしい。

親になったことがないのでわからない。姪にとってはそれもささやかな親としての夢なのだろう。

6人が一度に帰った我が家は散らかり放題。後始末が大変。ホットする間もなく、家を掃除する。その後、ブログに投稿して、いつもの静かな時間を取り戻す。たまにある今日のような非日常。マンネリ打破にはそれもまたいいのかもしれない。

2012年11月22日木曜日

女子会メンバー、頑張っています!

今朝も気持ちよく目覚める。だが起きるのが遅い。

昨日は午前中、西区にある工業大学付属高校の南門付近に咲いている皇帝ダリアを見に行く。昨年米子の友人宅へ行ったとき、玄関先に屋根まで届く高さの皇帝ダリアを生まれて初めてみて知った。

昨日咲いていた皇帝ダリアはその学校の元教頭で非常勤教師が3年前に住民から4株譲り受けた。それをその先生が生徒たちを指導して世話をしながら挿し木で株を増やしていった。咲いている場所は高校傍の八幡川河川敷。その河川敷に沖に向かって200メートルにわたって植えてある。一輪咲いていても皇帝と名が付くほどの見事なダリア。それがまるで防風林のように何十本も植えてある。

家に帰ってパソコンに写真アップを試みる。ずーっと試みる。しばらくすると女子会の人からメールが入る。女子会の開催場所の件と、その人が昨日の朝日新聞に掲載されたというメール。

もう頭が写真アップ不可能でパニックっている。開催場所決定は申し訳ないけどメールの人にお願いする。そして今朝を迎える。

先ほど図書館へ行って昨日の朝日新聞を閲覧。ありました、ありました。

新聞一面の半分を割いたその人の記事。昨夜のメールでは「『天然の私』がたまにはまじめな姿で紙面にお邪魔しています」とある。

確かにまじめよね!でも話せば可笑しいよね。それがまた楽しい!タイトルは「聞きたかったこと2世、3世は今」。さらに「天然の私」は全くなく、ちゃんとかしこく、美人で大きく写真に収まっている。それには「語らず逝った父胸に」とあり「子どもたちにガイド」とある。

他にも幼い頃に父親と写った写真記事も掲載されている。

彼女は、原爆資料館などで原爆に関するガイドをボランティアで行っている。時には外に出て講演もするという。その話は女子会で会うたび聞いていた。

だがお父さんのことは楽器を習っているとき亡くなられたことは知る。だがそれ以上のことは知らなかった。お父さんの死が原爆に関わっていたとその新聞で初めて知った。

それを読むとすぐに携帯電話で話す。

その人がボランティアでガイドをする底辺にお父さんのことを知りたい!との願いがあったとは・・・。どういってもお父さんは50歳の若さで亡くなられている。

それよりもずっと長く生きてきて母を喪って初めて人の死の意味を知ったモノとその人とではその違いは大きい。

それにしても女子会メンバー、頑張っています。この話の続きは女子会(オヤジ会?)でしましょう!楽しみにしています!

2012年11月21日水曜日

情報を把握しよう!

今朝も気持ちよく目が覚めると、NHK・FMを聞きながら朝食を食べる。清清しい朝に相応しい歌声が響く。何と落ち着きのあるバリトンの声、と聞いていると番組が終わる。歌っている人は誰と思い、思わずメモする。

オラフ・ベーアという人で「白鳥の歌」歌曲集を歌っていた。すぐにネットで検索。あった、あった!

いつもなら歌よりも演奏を好んで聞いている。ところが今朝のその人の声は人の気持をやわらげる。その人について調べていると面白いブログにヒットした。後でゆっくり読もう!

次は昨日のこと。スペイン語の講義も初めのころとは違って講義も速度を増して進んでいく。ある程度のことはその場で聞いてわかる。ところが、外国語は覚えなくてはいけない。先生の話を聞きながら講義ノートをとる。だが、そのノートの文字は乱雑で読めたものではない。

別のノートに書き改める。その前に、教科書に出てくるキーワードを辞書で探す。それをまた別のノートにまとめる。なかでもそれが動詞ならば、すべての変化形を書き写さねばならない。当然それも覚える。こうやって書いたり、覚えたりすることも語学を習う楽しみ。そう思えば、それはそれでいい・・・。

講義が終わると、例の如く市内へ移動する。広島駅に着くとティータイム。この至福の時は何物にも代えがたい。その後バスに乗ってフルート教室へ移動。

昨日も前のレッスンの人が休みらしく教室でレッスン時刻まで練習する。レッスンが始まるとしばらくしてレッスンの模様をカメラに収めるといって係りがやってくる。フルートを持って後からの撮影。人に見てもらうほどの容姿ではない。後からなのでそれもまあいい!?

今さらっている曲は私にとっては長い曲。それも昨日のレッスンで最後までたどり着きそう。その出来はまだまだだけど、曲の感じはつかめてきた。

フルートを長く習っている。最近やっと以前とは違ってフルートに対する思い入れが増してきた。頑張ろう!

レッスン後、しばし雑談。これが可笑しい。どう表現すればいいのだろう。皆、輪になって聞かせてあげたい!

また話は変わって、今朝の地元紙をみると、社会人大学生の頃の恩師がアップで写っておられる。タイトルは「日中関係の行方 尖閣問題から考える」。

最近の日中の動きから、「中国」を専門とする先生方の考えは如何に、と思っていた。

先生は1920年~30年代に中国の強い主張に日本人は違和感を募らせたと述べている。それが結果的に日中戦争へとなっていった。この問題は今に始まっていないようだ。

この問題の解決をじゃ、どうすればいいのか。先生はそれには私たちの愛国も問われるという。「インターネットにあふれる情報をよく吟味し、自分の心と頭で感じ、考えようと訴えたい。講義や公開講座を通じ、学生、市民と幅広い情報を分かち合い、発信していきたい」と話される。

今こそ「現状を正確に知る好機」となのだろう。

今日はこれから皇帝ダリアを見に行く。さあ今日の行動開始!元気を出して!

2012年11月20日火曜日

『西太后 大清帝国最後の光芒』

今日も清清しい朝を迎える。いつまでもこんな穏やかな日が続くことを願って今日の行動開始。

起きたとき、夢を見ていた。今日は火曜日。例によって忙しい一日となる。大学へ行く日は講義室がどこかわからない夢をよく見る。何故?

昨日は、次に予定している海外の行き先を変更するTELをする。一昨日、ラオスに行った人から電話を受取る。その話と、昨日旅行社から届いた旅のパンフを見て行き先を変更する。

パンフを見るとこれまで届いていた日程が変更となっている。日本から出国する際、広島から福岡空港、そこからさらに関西空港移動とある。国内だけでこれだけの移動をし、さらに目的地まで行くにも何度か飛行機を乗り換える。無理してその国へ行くこともない。またいつか楽なやり方で行ける日もあるだろう。そう思って急遽行き先変更。決めた国は催行決定。

まだ先の話。だが行こうとしている時期は母の3回忌、期末テスト、来年の受講手続き準備などいろいろと日程が詰まっている。

旅行を最優先にして、すぐにお寺へ相談の電話をする。3回忌は早めでもいいとか。先ほどその予約をお寺にTELする。姉と妹にもその旨連絡。あとは大学関係のことで頑張るしかない。

こんなことを思っているので講義室がわからない夢を見るのだろう。それと、来月初めにある中間テストのプレッシャーがあるのかもしれない。そのこともあって昨日は歯科へ出かけた後は家でおとなしく講義ノートの整理とフルートの練習をする。

フルートはさらっている曲もそうだけど、基本的な指使いの練習がある。今の指使いは先週、先生も話されていたけどかなり難しい。指は出来るようになっても、きれいないい音が出ない。何度も練習するしかない。

その合間には、遊ぶことを考える。今朝の新聞に皇帝ダリアが道路沿いに咲いているとの掲載がある。地元の高校生が育てたらしい。早速、「明日見に行こう」とわかちゃんに電話するとOKだった。

こうして忙しい一日は始まる。今日も元気で!昨日の妹の言葉。「元気でも怪我をしないように!」。そう、怪我は怖い!

以下は私的メモとして気になるところを抜粋したもの。

『西太后 大清帝国最後の光芒』(加藤徹 中央公論新社、2005年)を読んだ。

個人的に中国近代に特別関心がある。現在、尖閣諸島の問題などで日中関係は険悪なムードに包まれている。それを理解するには中国近代を理解するのがいいらしい。そう筆者はこの本で述べている。

その辺りを以下に引用した。

本の裏表紙には「内憂外患にあえぐ落日の清朝にあって、ひときわ強い輝きを放った一代の女傑、西太后。わが子同治帝、甥の光緒帝の『帝母』として国政を左右し、死に際してなお、幼い溥儀を皇太子に指名した。中級官僚の家に生まれ、十八歳で後宮に入った娘は、いかにしてカリスマ的支配を確立するに至ったか。男性権力者とは異なる、彼女の野望の本質とは何か。『稀代の悪女』のイメージを覆す評伝」とある。

筆者の加藤は本書は「現代中国を知るうえで、清末ほど重要な時代はない」と述べる。(6p)

「現代中国人の歴史意識の原点は、一つ前の中華民国を飛ばして、清朝にある。現代中国の領土、民族構成、地域区分、言語、生活文化などは、清朝の遺産である。現代中国の国家戦略を一言で要約すると『世界における中国の存在感を、西太后以前に戻すこと』に尽きる」(6p)。

それは「領土問題もそうだ。中国人は、尖閣諸島(中国名「釣魚島」)や台湾、香港、新疆、チベットなどを中国の固有の領土と主張する。その理由は、それらの地域が清の版図に含まれていたと彼らがアプリオリに信じているからだ。」(6p)

「近年の人気ドラマは清末における日本人の『蛮行』を執拗に描く。こんな番組ばかり見ていたら、日本を抹殺しない限り中国の未来はない、と思いつめて反日デモに走る人々が出てきても、不思議はない。中国の愛国教育の当否はさておき、西太后の時代が,現代中国人にとって、その血を逆流させるほどの精神的外傷(トラウマ)となっていることは確かである。」(8p)

「日本人の興味関心は,三世紀の三国志とか、八世紀の李白・杜甫など、一部の時代に偏っている。現代中国の原点である清末について、一般的な日本人はほとんど何も知らない。・・・現代中国の原点である西太后の時代に、日本人はもっと関心を持ってよい。」(8-9p)

西太后の時代「選秀女」という清朝独特の后妃選定制度があった。(33p)「西太后が受ける回の選秀女は、新帝の后妃選びになった。」(34p)

18歳の西太后は「蘭貴人」として宮中に入った。(46p)

その後太平天国の乱で西太后は父を失う。(51p)

21歳の西太后は咸豊帝の無事男子を産んだ。その功により西太后は即日貴后に昇進。(54p)

芝居三昧の日々の咸豊帝は享年31歳で崩御。その帝の死と同時に6歳の同治帝が践祚(せんそ)し、嫡母(正式な母親)たる皇后と、生母たる懿貴后に、皇太后の尊号が贈られた。その後、懿貴后は通称「西太后」になる。(104p)

27歳の西太后は「息子の同治帝が死に、東太后が死に、恭親王が失脚した後は、西太后は事実上の専制君主として独裁的に君臨した。」(123p)

「軍閥政治という近代中国独特の政治地図もまた、西太后の治世に端を発したものなのである。中華人民共和国の領土もまた、西太后の遺産である。・・・現代中国人の心情としては,西太后の統治時代が、アプリオリに現代中国の基準になっているのである。現代中国人は、新疆やチベットの独立は絶対に認めない。また、光緒十九年(一八九三)に西太后が洋務派官僚の盛宣懐に与えたという手書きの文書(一九七二年、盛宣懐の孫を自称する故・徐逸氏が初めてその存在を公表。偽作の疑いが濃厚)を根拠として、尖閣諸島は中国領だと主張する。その反面、ロシア帝国が第二次アヘン戦争で取得した沿海州については、西太后以前の領土喪失であることも一因となり、現代中国人はロシア政府に対して何の抗議もしないのである。」(124p-125p)

「『西太后』はよい意味でも悪い意味でも、女性的な権力者であった。西太后が半世紀の長きにわたって政権を握り続けられた秘密はその女性性にある。・・・清末の官僚群は、粛順のような男性的な権力者よりも、西太后のような女性的な権力者のほうを歓迎したのである。」(129p)

「現代中国の歴史教育では、近代史の人物を、善玉と悪玉に峻別して教える。もちろん善玉と悪玉の線を引くのは中国共産党である。」(156p)

「アジアの開発独裁国の系譜をたどると、その元祖は、明治の日本と西太后治下の清朝の二国に行き着く。しかし、同じ開発独裁国で、明治日本と清朝では決定的な違いがあった。」(183p)

この違いを筆者は明治日本は和魂洋才であり、清朝は中体西用だという。しかし、この二つは決定的な違いがあるらしい。日本は「心は大和魂なのだ」で、清朝は「経済建設が失速したり、外圧に負けることは、権力者の正統性にとって致命的な痛手となる。」。「自分の政敵を『外国に対して弱腰である』とか『経済建設に対して無能である』と批判することは、権力闘争において有効なカードになる。このカードを切って開発独裁国の権力闘争のお手本を最初に示したのが西太后であった.。」(184-185p)。

「日清戦争のとき、光緒帝は主戦派を支持し、戦争に消極的な西太后と対立した。敗戦後、光緒帝は、日本の明治維新を手本に『維新』を断行しようとしたが、西太后はそれを叩きつぶして光緒帝を幽閉した。」(193p)

「この事件を戊戌(ぼじゅつ)の政変という。その図式は、文化大革命のとき、国家主席の劉少奇が、党主席の毛沢東によって失脚させられたのと似たところがある。中国が開発独裁国家であり続けるかぎり、西太后と光緒帝の対立は、今後も形を変えて何度でも再現されるであろう。この意味でも、清末は、現代中国の小規模実験工場(パイロット・プラント)であった。」(194-195p)

「梁啓超は、後年著わした『戊戌政変記』の中で、『わが国、四千余年の大夢の喚醒は、じつに日清戦争の敗戦、台湾割譲、賠償金ニ億両に始まる』と喝破している。日清戦争の敗北は中国にとっての『黒舟』であり、『真珠湾』であったのだ。」「反日の激烈さは反英は反仏、反露とは次元が違うこと。反日の主張は最終的に中国の体制改革の主張に収斂していること。以上のような中国の反日運動の特徴は,清末も今日も、あまり変わっていない。二十一世紀の日中関係について考えるうえでも、清末の歴史を学ぶことは重要である。」(213p)

「最晩年の西太后は、排外主義から一転して改革開放路線に転じた。・・・西太后の『最後の十年』が投げかける問題は,今日でも依然として中国社会に影を落としている。おそらく、近未来に現代中国が直面するであろう運命もまた、この最後の十年に暗示されているのであろう。」(229p)

「日本人である筆者から見て興味深いのは、西太后が義和団事件と庚子西狩を通じて、まんまとカリスマ的支配を確立したという事実である。」(255p)

「西太后というキャラクターは、満州人であるとか皇太后であるという以前に、非常に中国的なのだ。わがままで自分勝手で、面子を気にするくせに矛盾した言動をしても平気で、周囲の顰蹙を買いながらもなぜか中心人物になってしまう。そんな『ミニ西太后』的な人物は、男女を問わず、今も中国社会のあちこちに生息している。政府でも、企業でも、大家族の中にも彼女に似たタイプの人物を、けっこう見つけることができる。」(280p)

「西太后関連の書籍は多いものの、西太后を通して中国社会の土壌にまで目を向けるという著述スタンスをとる著作は、あまりないようである。・・・大清帝国最後の光芒が、今日の、そして近未来の中華人民共和国の運命までをも照らし出していることは、疑い入れない。」(283pあとがき)

2012年11月19日月曜日

長寿の要素は食事・運動・ごきげんで・・・

今日も気持いい朝を迎える。昨日は午前中、墓参り。墓地の入り口で畑を耕している人がいる。よく見ると墓地入り口の墓の人だった。

その人は、以前、家の近くで化粧品店を営んでいた。若い頃はそのお店で化粧品を買っていた。だが店を閉じられてからは会うこともなくなった。

広島駅構内に会員制のフィットネスクラブがある。会社に勤めていた頃、その会員になり、仕事帰りに通っていた。あるとき、その人とプールでバッタリ遭遇する。そこで声をかけられたことから再度話をするようになった。

その人と会うと、その人が所属するスイミングクラブに入るよう誘われる。だが、その先生は、以前水泳教室へ入った際、クラスを変更するようにいわれたことがある。それ以来、その女の先生にあまりいい印象を抱いていなかった。

ところがその先生に見捨てられた(?)おかげで男の先生のクラスに入る。それ以降、何年間か男の先生が会長のスイミングクラブに所属していた。

昨日、墓地を畑として耕作しているその女性と話していると、その女の先生のクラブに入るよう再度誘われる。それまでのいきさつを話しても仕方ない。先生は故意でクラスを変更されたのではなく、泳ぎの程度でクラス分けをされた。だから、それにこだわる方が悪い。

そのことがわかっていてもこだわりがある。また、女性ばかりのクラブよりもいろんな人がいるほうが楽しい。

クラブに入らずプールで一人で泳いでいても誰彼となく話をする。その人にそう話すと、「裸の付き合いだから・・・」という。だからプールの人は皆いい人といいたいのだろう。

その女性は、今春手術をして泳がなくなったと話される。82歳になるらしい。

墓参りをしてその人と別れた後、プールヘ出かける。日曜日の午後のプール。人は少ない。水泳をしているのは2,3人。水中歩行は1人。その中に混じって1キロ泳ぐ。

暑い季節は泳ぐのが怖いほどいた人も今はほとんどいない。寒いときこそ運動不足になる。だから温水プールはいいはずなのにプールに行く人は少ない。

先日Yahooを見ていると「長寿に大切な要素は『食事』『運動』『ごきげん』の三つ〈AERA〉」(dot. 11月15日(木)7時15分配信より引用) とある。

この中の「食事」、「運動」は当てはまる。最後の「ごきげん」もそうかもしれない。何の悩みもなく、毎日気儘に過ごしている。それを不満と感じるほうがおかしい。そう思えば「ごきげん」といえるかもしれない。おかげで元気だ。

「厚生労働省が9月に発表した調査で、全国の100歳以上の高齢者がついに5万人を超え、過去最多の5万1376人となったことがわかった。その87%が女性だ」とか。

「寿命には、遺伝的要因が30%ほどかかわり、残りは生まれた後の生活環境が関係する」らしい。

慶應大学の坪田一男教授によると、「長寿者はみな性格が明るく、前向きだ」という。

「食事は、必要な栄養を十分取りながら腹八分目が望ましい。運動は成長ホルモンの分泌を促します。ちょっときついくらいの運動が重要。そして、ごきげんとは、ストレスをためず笑顔で過ごすこと。ストレスは免疫力を低下させ老化を助長させる。この三つは、すべて一体になっています」ともいう。

思い返すと、若い頃は今ほど楽天家ではなかった。取り越し苦労の性格で、おとなしくみられていた。それは決して褒められたことではない。年齢を経るにつれ図々しさも加わったのだろう。かなりの楽天家になった。それでもまだ気が小さいところがある。人から言われる「ぐさり」とくる嫌味の言葉。そういう人とは決して友だちになりたくない。それに対する嗅覚(?)は発達(?)している。幸い、今のところそんな人は周りにいない。

さあ、今日も元気で、ごきげん、ごきげんで・・・。

2012年11月18日日曜日

コンポジット(compsite)

昨日からの雨もあがり、気持いい朝を迎える。今日は母の月命日。母がいなくなって1年9ヶ月。月日の経つのは早い。日毎に淋しさは薄らいでくるものの、しみじみともう2度とは母に会えないんだ、との思いは募る。

その思いの合間にも人と会って美味しいものを食べたり、飲んだり、しゃべったりして楽しいひと時を過ごすのもまたいいもの。

昨夜はわかちゃんと一緒に我が家で夕飯を食べる。「ボジョレ・ヌーボを飲もう」とわかちゃんを誘うと、サイダーを持参して我が家にやってきた。

ワインをサイダーで割って飲むよう娘さんからのアドバイスらしい。ほんのチョッピリのワインに大半のサイダー入り。満更でもなさそうな顔をして飲んでいる。

若い頃はアルコール類は何でもOKだったとか。最近はビールばかりのよう。

今日はこれから一人で墓参りをする。姉は後日参るとの電話がある。お参りの花は我が家の狭い庭に咲き誇る菊の花。昨年姉に植えてもらった菊である。

墓参りを済ませると、一端家に帰ってその後は泳ぎに行こう。お天気もいい。今日も元気で!

以下はいつものように図書館で借りた本、『老楽力』(外山滋比古 展望社、2012年)を読んだもの。

主人公の根本実当は著者自身である。自伝的小説として筆者と主人公を混合してコンポジット(compsite)仕立てに書いている。

いつものように気になる部分を拾い集めよう!

ここ数年、著者である外山氏のエッセイをよく読む。人生のよき先達として読むのかもしれない。

氏は年をとると人間が劣化することが少なくない、と述べる。そのために人々は宗教に入ったりする。だがそれよりも「新しい徳をつむ」ことを考えたとき、「浜までは海女も蓑着る時雨かな」に出会う(26p)。

海女は雨に降られなくても海に入れば濡れる。それなのにたとえ近くの浜までであっても濡れないように蓑を着ていく。筆者はこの句から自身の生き方を考える。

「死ぬまでは、たとえわずかでも、前へ進めるだけは進もう。恥ずかしくないように、できれば、これまでより、いくらかでもましな人間になりたい。そうして、幸福な人生のまっただ中で生を終えたい。死はさけられないが、そこへ至るまではせいぜい生き生きと、美しく、明るく生きて生きたい。」(26p)。

根本は伊能忠敬の例を挙げて晩学に勇気を与える先人とする。(44p)

また、フライドチキンの創始者サンダースも「ただひたすら前進することで年を忘れる。・・・ガムシャラに突っ走るのは老人のすることではないが、構わず、走りまわって、大業を成就させた」(50p)。

他にも「随所に主となれ」といった、600年前の、大燈国師の言葉を引用する。「どこにいても、どのような立場にあっても、主体性を失わない。いかなる場合にも、他によって自己を乱されることなく、自分を見失うこともなく、自由である、そうあれ、というほどの意味である」と述べている。(62p)

その影響を受け、根本は「主となる」実践をする。それは「とにかく人にご馳走をするのである。時と場合、相手などかまっていられない。相手かまわず、おりあればホーストになって招待する」(66p)。

卒業生の一人は「昔の先生よりいまの先生のほうが若々しい」とゴマをする。それを聞いてそんな気がしてきて元気がわく。「主」となった味は大したものだと納得する。(68p)

「元気は自分の力で出すものだ。」と述べ、元気は「生き生きと働き、仕事をし、なにごとにも力いっぱいで励むーそういう生活の中から元気が出てくる」という。そして「じっとなにもしないでいては元気は出ない。とにかく活発に動くことである。規則正しい生活も元気のもとになる」。そのうえで「ただ動きまわるのではなく、目標をもって、そこへ向かって進んでいく。夢をもって、その達成に我を忘れて夢中になっていると、おのずから活力がわいてくる」(154-155p)。

「傷ついていれば、いたわり、よいところがあれば素直にたたえてくれる。それが老いてのぞましい友である。」として、根本は「自から、ほめる新しい友になるを心掛けた。ほめられて怒る人はない。ほめたことがきっかけで親しくなるということがおこる。・・・ほめられると、確実に、元気が出る。ピグマリオン効果ということがある。・・・ほめられると、人は元気を出す。ほめてくれる人がまわりにいるのは、老人とって、何より幸福である。」(158-160p)

「医学的には異論もあろうが、かよわい心をもった人間にとって、おそろしい情報、医師のことばはしばしば有毒有害なものになるということがある。年をとったら、この有害なストレスをなるべく近づけないようにしないといけない。」(176p)。

そうだ。だから病院には近づくなというのだろう。

「六十にして、新しいことを始めるのは、たいへん難しい。かりにしてみても、うまくいかないだろう。それを承知で、あえて手習いを始めるのは、老人の壮志である。そして、それによってその人は生々、若々しくなる。」「初心を養えば、老いて老いることはないーそれは根本の信念である。」として「とにかく、新しいことを始める」ことを述べる。(186-188p)

まだまだやりたいことが待っている。新しいことが・・・。

「老人はうちに引きこもってはいけない。とにかく外の空気を吸うのが心身のためによい。」としてホテルの利用をすすめる。試験的にホテルの長期滞在を試みる。心も軽くなり、年も忘れるのではないかと期待して・・・。(211-212p)

そう。年を忘れて遊ぼう。大いに外へ出て・・・。

2012年11月17日土曜日

女子会決定メール

今朝遅く目を覚ますと外が暗い。耳をすませて聞いていると外は土砂降りの雨の音。

昨夜は、来月はじめに行う女子会の忘年会の連絡をメールで頻繁にやりとりする。その開始時間は夕飯時。終わった時刻は就寝前。お蔭でよく眠る。

この女子会。若い頃楽器を通して知り合った人たち。年齢、職業も異なる人たちなのに今春久しぶりに会って以来意気投合する。

楽器を習わなくなって以降、30年以上も経つのにそれぞれ年賀状だけは交換していた。その結果、何年経過しても皆と以前と同じ気持で接することができる。幸せなことだ。

昨夜はメール交換するたび、一人で笑っていた。

なんといっても、女子会の今回の研修テーマは「限りなくオヤジ会に近い、怖いものなしの女子会」。

このブログを読む人はどんなメンバーかと思われそう。

なんたって習っていた楽器は当時最先端のエレクトーン。結構4人とも新し物好き(?)かも・・・。

そのメンバーで「オヤジ会?」。断っておきますが、私以外は淑女です。念のため。

その淑女(?)たちの忘年会は「ドレスコードは花でいかがかしら。私たちの再会と素晴らしい一年に花を添えてみませんか?素敵より素敵な締め括りにしたいと考えました。いかがかな」とメールにある。

この案にOKと返信すると「採用通知ありがとう。話に花も咲くだろうし花づくしにして楽しいもうね。今回のタイトルとのギャップもおかしくてそれもいいね」とメールをもらう。

この決定メールを一斉送信すると他にも「ドレスコードは花。素敵です。実はオジサンのようなオバサンでも素敵な集まり・・・・」とメールが入る。

もらったメールの一部を一斉に送信するので皆に他の人のメールもわかる。それぞれ楽しいメールだったらしく「開催前からこんなに楽しくていいの?と一人で笑っているよ」「おやすみ~~~どうやら夢でも笑っていそうな気配・・・」。

これを受取って眠りに着く。お蔭で夢どころかよく眠った。ますます楽しみになった女子会。楽しい夜にしましょう!

夜といえば今夜はボジョレ・ヌーボ解禁の一昨日、フルート定例会前に買ったワインでわかちゃんと我が家で乾杯。とはいってもわかちゃんはワインよりビール党。それまでに雨が上がればいいけど・・・。

今日も一日楽しく!

2012年11月16日金曜日

人生後半の楽しみ

今日も清清しい朝を迎える。これから講義を聞きに行くというのに朝からパソコンと戯れる。

昨夜はフルートの人たちとの楽しい定例会。それを終えて帰宅後、いつも読む人のブログを読むと以下のことが書いてある。

その内容の一部を勝手に引用させていただくと、「広島のお友達Uさんは日常の生活リズムの中に水泳が入っているようで、色々と楽しそうにプールでの出来事を書いてくださっていて、あ~あ、こういうライフスタイルもいいなあと思うだけで、無理やな~とすぐに目が覚める。そして結論として、僕は浮きません。間違いありません。」とある。

すぐに、投稿してくださった人にメールで「そういうことは決してございません!間違いなく浮きます!運動神経が小学校時代5段階の1でした。それが人生の後半に差し掛かったとき泳ぎたい一心から一念発起して、プールに通っていると泳げるようになりました。息継ぎはお風呂の中に顔をつけて『プアー』と声を出して練習しました。」と書いて送信する。

昨夜の、飲み会で送信したメールに書いた内容を2人の男性に話したばかり。その人のブログを読むと、それを聞いていたかのような水泳の話。もうそれを読んでビックリ!

今朝もその人のブログを読むと、送信したメールの内容がブログに投稿されている。

運動についてはもの心つかないころ、強い体でなかったと親から聞いている。かなり金銭的にも負担を与えていた子供のようだった。

それもあって、小学校時代、運動はほとんどしなかった。当然体育の成績は悪い。とはいっても一度も学校を休む生徒ではなかった。元気な子どもだった。

中学に入り、体育の授業は普通に参加。そのため体育の成績も普通だった。だが、こうして育つと、どうしても運動ができない劣等感の子供になる。

大人になるにつれ、人ができる自転車に乗ること、泳ぐことができることをまるで夢のように感じ始める。それが頂点に達する頃、恩人と慕う人から泳ぐことを誘われる。これが昂じて、水泳教室へ入る。

その結果、人生後半になって泳ぐことができるようになった。それは半端でなく嬉しかった。

回りの人に会うとそのことばかり話をした。その泳ぎも次第に長く泳げるようになり、クロールで休まず1キロ泳ぐようになる。だが最近は無理することもない、と思ってクロールと背泳ぎを交互に一キロ泳いでいる。

何の取り柄もなく、ましてや運動に関しては人並み以下の運動音痴が、水泳で人に刺激を与えていた・・・。

一番苦手な運動。その一つである水泳ができるようになると、他のことでも自信がついてくる。何でもできるのでは・・・欲が沸く。

人生の前半でできなかったこと、しなかったことを、まるで後半になって取り戻すかのように動きまわっている。それでも、まだまだやりたいことはたくさんある。それも人生後半の楽しみとなればいい。そして人より遅れて育ったことも今となってはいいことかもしれない。

さあ今日も元気を出して若者に混じって講義を受けに行こう!頑張って!

2012年11月15日木曜日

美味しいビールを飲むために

今朝は今秋一番の寒さだとか。だが、外の日差しは暖かそう。

風(ブログ?)の便りで知ったとか、風邪気味のモノを元気付けてもらうメールを受取る。「美味しいビールを飲むために女子会耐久レース開催のためにも元気いっぱいー!と宣言してくれるのを待っています」。何とありがたい。

元気になるには笑いが一番。メールにはどこかで見つけたのだろう、「女子会 お酒入れば オヤジ会」の川柳も添えられている。そしてこれは女子会のこと(?)、と書いてある。

なんとうまい表現、「おおっ!」とうなづいてしまった!

「川柳」はユーモアとペーソスに溢れ、以前は狂句といわれていたとあって低俗にみえるとか。しかし、思わず川柳を習おうと思った。いつか、必ず「川柳」の教室に入ろう!

メールをもらった後、女子会の忘年会を、と思い、一斉メールを送信。来月はまた4人で女子会の忘年会をしましょう!楽しみにしています!

何やかやといってはこれから飲み会の季節になる。飲み会といえば今日はボジョレ・ヌーボ解禁の日。今朝の新聞折込にも何件かのチラシにそう書いてある。

家ではアルコール類をほとんど口にしない。だが寒くなる季節、ワインは体にいい!?

今日は、夕方からフルート定例会に出かけて「美味しいビール」を飲む。その前にデパートによってボジョレ・ヌーボを買って帰ろう!

さあ、今日も笑いで風邪を吹き飛ばし、元気を出そう!

2012年11月14日水曜日

「一君万民」主義

今日から明日にかけて寒くなるとか。日中の気温も段々と下がっていく。それとともに冬眠しそう。

ところが今朝の地元紙を読んでいると冬眠している場合じゃない。しっかり目を見開いて前に進まないといけない。

歴史学者與那覇潤氏は新聞の大見出し「橋下現象考」で述べている。まだ30歳過ぎの若い学者。それによると橋下氏は「左右自在な『一君万民』」とある。「一君万民」とは「中国の儒教主権に起源を持つ『一君万民』主義」で決断力を重んじる体制だとか。

今、「日本の社会は『西洋化』に失望し『中国化』」しており、「自らの意志と民意を同一視し、政敵に厳しい中華皇帝の専制にも似た、現代の一君万民といえるでしょう」と橋下氏について述べる。

これを読むと「中国化」になりそうな政権は政治に介入して欲しくない。

自民から民主政権に移行する際も、国民は言葉のあやに騙された。

言葉といえば橋下氏も「維新」の言葉のイメージとともに出てきた。だが昨日の地元紙の同じコラム欄で歴史学者の色川大吉氏は明治以降の維新という言葉は傷らだけであるという。それは大正期で見れば犬養首相が暗殺された五・一五事件と議会政治にとどめをさした二・二六事件の「昭和維新」である。

このように「維新はテロリストのため、軍による政党政治の廃絶のためと、基本的に右旋回のために使われてきた。だから、本当の維新は一回きり。」だと色川氏は述べる。

橋下氏のかかげる維新は維新ではなく、統治の発想、支配者の発想があるという。

政治に疎い。それでも今朝のコラムにある日本の社会が「中国化」するのだけは避けたい。

先ほど與那覇氏の本を図書館に2冊予約した。専門は日本近現代史。與那覇氏はツイッターをしている。今日からこの人のツイッターを読むようにしよう。

話は変わって昨日の講義で新たなことを習う。動詞「線過去」の活用形。この活用は規則変化が大半で不規則変化は3つの動詞だけ。先生は5分で講義は終わった、といっては「楽勝ですね」を繰り返す。

「楽勝じゃない」と思いながらも講義を聞く。すると講義後、先生から「来週、中間試験をします」と突然の報告。学生からのブーイングで結局12月はじめの火曜日に決定。教室も大講義室に変更しての試験となる。

試験と聞いて、紅葉を見に行くどころではなくなった。なんといってもノートをまとめなければ・・・。かなりのプレッシャーになる。

講義後、いつものように市内へ移動する。広島駅で気分を変えてティータイム。

昨日のレッスンでまた先生に家で練習していて気づいたことを話す。その吹き方でもいいらしい。レッスン曲をさらってもらうとき、前の週に習った方法で吹くとよく吹ける。その度、習うということはこういうことなんだと気づかされる。

昨日も曲の次のレッスン箇所の吹き方の方法を習う。自分では考えもつかない練習方法を教わる。言われてみて、確かにその方が効率的。

もしかしたら、フルート以外の、どんな勉強でも学習方法で学力の差が出ているのかもしれない。

ちょっと風邪気味だけど、さあ今日も元気を出して!

2012年11月13日火曜日

ささやかな楽しみ

今朝はこれから雨になるのだろう。空が暗い。

昨日は今日と違って気持ちよい一日だった。午前中、買い物を済ませ、自転車に乗って幼馴染の家に行く。そこに自転車を置いて2人でひまわり畑まで歩く。

ひまわりは夏の花。ところが、昨日のひまわりは曰くつきのひまわりで100本ほど刈り取った後に植えてある。新聞記事でそれを見て早速見に行った。

「いわくつき」とは誰が聞いてもわかる大事件に絡んでいる花。これ以上は書かないことにしよう。一般のひまわりよりも背丈は低い。だが花は大きい。

秋のひまわり
ひまわりを見終わると、昼食に行く。わかちゃんの決めた目的地を探していくと定休日。もう一箇所も定休日。かなり歩いているのでお腹もぺこぺこ。隣の隣の町まで歩いていた。

来た道を引き返し、真新しいお好み焼き屋を見つける。久しぶりに広島風のお好み焼き屋に入る。普通のお好み焼き屋と違って店内は広くてきれい。3月に開店したという。

お昼時なので近くの会社員風の人もいる。食べ終えて店を出ようとすると店員は双子のピチピチギャル。何とかわいい、と思ってしばし立ち話。彼女たちの父親が出前をするという。

店を出て途中一箇所お店によってわかちゃんの家に行く。そこでティータイム。3時間もおじゃまする。相変わらず、他愛ない話をして分かれる。

お昼を多く食べると夕食が7時半になる。いつもより遅い夕食。あっという間に一日が終わる。

今日は火曜日。忙しい一日が始まる。これからいつもの如く、講義を受けて市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。家に帰ればささやかな楽しみが待っている。

それは夜8時からのラジオ番組。「こうせつと仲間たち」で古澤巌が今夜のゲスト。随分前、古澤のブログを読んで知っている。新聞の番組欄を見るとやはりある。

ほんとうにささやかな楽しみ。さてさてその内容は・・・。

2012年11月12日月曜日

3人と出会う

今朝は昨日の雨と違って清清しい。

昨日は雨の中、区民まつりに出かける。出かけた場所は我が家から数分のところにある区民文化センター。そこでスイミングクラブの人が母子会の即売会をしている。昨日も1年ぶりでその人に出会うと、売り物であるパンをくれる。これでは何のために行ったのかわからない。

パッチワークの巾着、飲み物とさらにパンを購入してその人と立ち話をする。なんといっても彼女は元気がいい。今年春、会社を定年退職。昨日の話では、退職後20社くらい仕事をさがしたという。だが年齢的なこともあって困難を極める。そんな時、スイミングクラブの人に自社を紹介される。今はその会社に勤めているという。勤務状態も正社員だとか。

勤めながら妹さんと交替で92歳のお母さんのお世話もされている。活気のある人と話をしていると本当に楽しい。いつか我が家に来るといってたけど・・・。

その帰りに息子さんと一緒に歩いている近くの人に出会う。久しぶりに会うと、以前は杖ももたずに一人で歩いていた人も今は杖を支えて歩いている。歩ける間はどんな手段でも歩く方がいい。かなり年をとられた感じがする。

お昼を済ませ、雨も止んだようなので玄関の前の落ち葉を掃く。するとまた人に出会う。向こうからニコニコした顔で話しかけられる。その人は母を車椅子で外に連れ出す頃知り合った。毎日のように車椅子で連れ歩く姿をみて、その人から「介護者の集い」に参加するよう何度か誘われる。だが、それは介護する側の参加だった。親を家で介護するモノは当然いかれない。そのことがきっかけでその世話の会長をしていたその人からポストに「お知らせ」の案内を入れてもらったりした。

昨日のその老紳士をみてビックリする。かなり年老いておられる。しばし玄関前で立ち話をする。

自転車に乗っていて何かとぶつかって転倒し、頭を打つ。1ヵ月半入院して元気に帰ったのもつかの間、動作の異変に家族が気づく。すぐにネットで調べる。頭から少しずつ血液が出て脳を冒す。すぐに救急病院で即日2箇所頭に穴を開けて手術し、10日間で退院。元気になったという。

話し方や歩き方は以前と同じ。だがこの人も杖を頼っている。今年81歳とか。

退院後、自分の信念で3箇所の会の会長職を自ら断った、と誇らしげにいう。人から止めろといわれる前に止めたという。それも潔い。

品のいい老紳士で、分かれるとき「気をつけて帰ってください」と話すとこちらにまた戻ってくる。

この「気をつけて・・・」はよくないらしい。その人は当然とがめたりはされない。笑いながら以前勤務していた頃の話を出してそれがいけないことを説明される。

その言い方ではなく「転ばないようにして歩くんですよ」のように具体的に話すほうがいいらしい。これも言われて初めて気づくこと。会社などでも電話の応対で「お疲れ様です」の応対云々を聞いたことがある。それと同じことかもしれない。朝から「お疲れ様です」とは何事かと・・・。

そういえば、親がなくなったとその人に話すと長い間親を介護したと褒められる。そして介護は自分への介護だとも話される。自分自身が年老いていくということが介護を通してわかるらしい。

仕事を離れて家にいるようになって10年。近所で知っている人も段々といなくなっていく。誰もが年老いていくのだからそれも仕方ない。元気なうちにどんどん外へ出て行こう。

昨日の老紳士も、海外の話をされていた。遠くの海外からせめて行ったという。その点は似ている。いつも連れ立って行っていた奥さんも今は行かないと言われるらしい。海外でどこかいいところがあったら知らせて欲しいといわれたけど・・・。

話は変わって、今朝Yahooを見ていると「県立図書館閲覧・貸し出し廃止検討、再考求める声広がる/神奈川」とある。県立図書館まで経費削減するとは驚くばかり。

大半の本を図書館で借りて読むモノとしてはもしこれが広島だと大変なコト。せめて公の機関は文化面だけでも経費を削減して欲しくない。そう願う。

2012年11月11日日曜日

一雨ごとに冷たく

久しぶりシトシトと冷たい雨が降っている。これから寒い季節に向かって、一雨ごとに寒さも増していくのだろう。

昨日は、今日の雨を見越して一日早く泳ぎに行った。正午過ぎに家を出る。プールに入ると、「久しぶりじゃね」と声をかけられる。先週、泳がなかったので久しぶりに泳ぐと思われたのだろう。

声をかけて来た人は毎日泳いでいる。以前、脳梗塞から半身不随になったらしい。それなのに毎日プールで歩くと、体も元のように治ったという。今では水中歩行と水泳でプール滞在時間1時間を目安に毎日来ているらしい。

水泳は体にいい。だけど、週に一度でも運動した感じになる。それを毎日するとは、なかなか大変。

昨日も1キロ泳ぐ。プールにいる人が少ないのでビート板で泳ぐ練習をする。足を蹴って泳げば前に進む。だがかなり大変。ビート板は一往復しただけで、あとはクロールと背泳ぎを交互にして泳ぐ。

泳ぐときあまり足を使っていない。意識して足をつかって泳ぐと少しは早く泳ぐことが出来る。もう一度教室に入って習ったら早くて、きれいなフォームで泳げるようになるかもしれない。でも、あまり欲張らず、泳げるだけでいいと思って泳ぎに行こう。

泳いだ後は、2,3時間家でゆっくりする。

一昨日、幼馴染のわかちゃんと夕飯を一緒に食べる約束をする。家の近くにいい食べ物屋がないと思っていた。ところが、昨夜はわかちゃんが行ったことがあるというお店に一緒に行く。バス道路沿いのビルの2階にあるお店だった。

中に入ると感じがいい。そして店内も広い。そこで2人で盛り上がる。人と食事をすることはボケ防止になると何かで読んだことがある。ひとりで暮らしていると、食事も自ずと一人で食べることが多い。

その点、わかちゃんが近くに住んでいるのであり難い。気軽に一緒に食べたり、飲んだりできる。我が家に来て貰って食べるのとはまた違って外での食事は楽しい。

今日は住んでいる区の区民まつりが開催される。例年、スイミングクラブの母子会の人が即売会をしている。これからその人に会いに行こう。そして何か買って帰ろう!雨は相変わらず降り続いている。

2012年11月10日土曜日

「人生の心の勝負は51対49になったら御(オン)の字」

「牛乳が飲みたい!」という声で目を覚ます。母の夢を見ていた。久しぶりに聞く母の声。それはまるで「早よう起きんさいや」と言われているようだ。今朝も起床時間が遅い。

昨日のブログでペルーの料理が南米一美味しいと投稿した。それ以外にも料理としてはメキシコ料理が世界遺産に登録されていると聞く。それを聞いてビックリ。料理までも世界遺産に登録とは・・・。

朝食をすませてパソコンで遊んでいると郵便物が届く。旅行社から毎月送られてくるパンフだった。中を見ると、お正月の旅の掲載がある。正月明けにバス旅で日帰りツアーを探している。その掲載はほとんどない。他の旅行社のパンフを探そう。

今日送付されてきたのは広島発着。便利といえば便利だが、行きたい場所が限られる。それが少々残念。

旅といえば昨日図書館で借りて読んだ『60過ぎて後悔しないために 50代でしておくべきこと してはならぬこと』(江坂彰 すばる舎リンケージ、2012年)の中で、「多くのひとは、買いたいものはおおかた買ってしまっただろう。ほしいものがあまりないのではないか。これからほしいものは『思い出』だ。旅だとうまいものをいただくとか、趣味の俳句集を自費出版するとか、消費の対象が、『モノ』より『コト』になってきている。貸し借りなしで、自分がしたいことに、できる範囲でお金を遣うようにしよう。」と書いている(93p)。

「思い出」は確かに、かさばらないし、持ち運べるし、いつでも取り出し可能でいいことばかり。そう思えば旅はいい。

幸い、まだまだ元気。いろんなところへ出かけていって「思い出」を残そう。

本には他にも決断の鉄則を2つ書いている。それは、「心が弱っているとき、折れそうになったとき、あせっているときには、決断するな、動くな」ということと、「重要な決断は、なるべく朝にしなさい」ということ、とか(66-67p)。

「夜に深くものごとを考えると、どうしても思考が暗くなる。人生も暗く見えてくる。」(67p)。だから昔から「早起きは三文の徳」といったのだろうと筆者は言う。

早起きは苦手だが、夜にモノ・ゴトを考えない。なにか面白くないことがあるとすぐ寝る癖がついている。そのため、夜、考えることはない。だから余計、よく眠るのかもしれない。

さらに「教養をつけることを、楽しめばいい。」という。それは「役にたてようとするのではなくて、いつか役にたつものととらえておく。いわば無用の用とするのだ。」という。(120p)

習ったモノ・コトすべてを無駄をなくして役にたてようと思えばしんどくなって長続きしないし、楽しみもなくなる。今続けていることはどれも楽しみながらやっている。別にプロになるわけではない。生活の潤いのためにしていること。

ほかにも河合隼雄の言葉を引用して「これからの中高年がすべきもうひとつのこととは、人生の心の勝負は51対49になったら御(オン)の字。」とある。(128p)

半分ちょっといいことがあればそれでよし、とはなんと気が楽。51いいところがあれば49ははずれでよろしいらしい。

これまでを振り返っても自分の思うようには生きていない。むしろ若い頃に思っていた人生とは全く違う道を歩んでいる。若い頃、何も出来なかった。年を重ねるにつれて貪欲になり、何でもしようという気持になった。これだけでもよしとしなければ・・・。

さらに「ピンとひらめくのが知的感性というものだ。好奇心を大切にすることだ。新しいものが出てきたときに、『おやおや』と考えること。そして知ったかぶりをしないで、くわしい人間に聞くことだ。」(139p)と述べている。

知ったかぶりをするどころか知らないことが多過ぎる。ただ好奇心だけは人一倍ある。

今日も元気を出して、今から泳ぎに行こう!

2012年11月9日金曜日

ステレオタイプ

先ほど講義を聞いて帰ってきた。最寄のバス停でバスを待つ間の気持いいこと。秋真っ盛り。このまま遊びに行けばいいのだけれど、咄嗟には無理。

バスを降りてJRに乗ると先ほど図書館で借りた本を読む。今日借りた本はご当地広島の『とっておきのカフェ』。本を読むというよりも雑誌を読む感じ。

それを見ると何と住んでいる町(区)には1件のカフェの掲載もない。道理でカフェが少ないはず、と納得する。

以前と比べてカフェは少なくなっている。街中を見ても、「青山」を筆頭に「ドトール」、「スターバックス」などの全国チェーン店が多い。そのためか、市内で人と会うときはホテルのカフェやラウンジの利用が多くなる。

カフェではないけれど、今日の講義で南米で一番食べ物が美味しいのはペルーだと先生からの話で知る。中でもCeviche(セビチェ)が美味しいらしい。

16,7年前にペルーへ行った。そのときの料理が美味しかったことは覚えている。だがセビチェがどんな料理か全くわからない。

外国へ行くと、特に辺境へ行くと、その国のすべてに偏見をもって話す人がいる。それにはその国の料理もある。辺境だから、貧しい国だから料理も不味いとは限らない。もちろん、その国を旅行する人はそんな考えを持たずに出かける。「〇〇へ行く」と話すと、特に辺境の地に行くと言うと変な顔をされることがある。

食べ物も一つの文化で、辺境の国、発展途上国だから料理が不味いという発想はおかしい。とはいっても南米はペルーしか行ってないので南米の他の国のことはわからない。

南米でなくても、アジアでも同じこと。かなり辺境の地へ出かけると、食べ物云々を言う人がいる。食べ物の好き嫌いは仕方がない。そうではなくて辺境=貧しい国=不味い国とステレオタイプの発想がいけない。そしてそれは、その国へ出かける人までも変に見ることである。

変といえば自分にも当てはまるかもしれないけれど・・・。

とはいっても、食べ物ではいくら辺境趣味でも耐えられそうにない国もある。それゆえ隣国もまだ行ったことがない。これもステレオタイプ!?それならば反省の余地あり。

ステレオタイプといえば語学もそんな感じを受ける。30年前中国語を習い始めた頃にそんな気持を感じた。中国語=劣っている国=何故そんな国の言葉を習う?と思われた気がする。それが例えばフランス語ならばそうではなかったかもしれない。

今習っているスペイン語はヨーロッパの言語だからかあまりそういう風には言われないけれども・・・。

話は変わって、昨日社会人で卒業した学部から、同窓会だよりが送られて来た。中を開けると、同窓会費の欄に「未納です」となっている。何と恥ずかしい!

多分その頃、親の介護などで忙しくしていて後で収めればいいと思ったのだろう。それがそのままになっている。すぐに郵便局へ行って送金する。

便りを読んでいると、未納ならば年末に送付される同窓会名簿を送ってもらえないとある。名簿といっても年齢も異なる人たちが大半。それでも、何人かは消息を知りたい。むしろ、何十年前の中学の同窓生よりも、今の時代の人の方が知りたい。

社会人大学生の人たちとは苦労しながらも若者と一緒に学んで楽しい時代を共有した。それだけでも懐かしい。入学して以来、いつも大きな松の下で昼食を食べた人たち。その人たちと再会できれば、と思ったりする。皆どうしているんだろう。

あれから、5年。講義を受けに行っても誰とも出会わない。当然といえば当然だけど・・・。

2012年11月8日木曜日

ザ・プロファイラーを見て

今日も清清しい朝を迎える。しかし、起床時間が遅い。せめて7時までには起きるようにしよう。

それにしても、日本の政治のお粗末なこと。まるで駄々っ子が自分の存在をアピールするかのような言動。これで日本は大丈夫?こんな人を大臣にするのもおかしいが、それを選ぶ人はもっと変。

政治に疎い。だが、人のブログを読むとかなりわかりやすく書いてある。それを鵜呑みにするのもよくない。だが、いいたいことを的確に述べているのでわかりやすい。テレビに出て下手なコメントを述べる人よりもその人のブログの方がよほど参考になる。

テレビといえば、昨晩も「ザ・プロファイラー」を見る。昨日はスティーブ・ジョブスの話題だった。この人が亡くなってはじめてその偉大さを知る。

ジョブスが日本の禅修行者乙川弘文(こうぶん)の影響を受けていたとは・・・。それを番組の冒頭で知り、余計関心が増す。アメリカのバークレー禅センターでジョブスは乙川と出会う。

アップルに勤めていたジョブスは禅の修業で自分で開発した「ICチップ」を持参し、悟りをひらいたと乙川に話す。だが、それは違うといわれる。そのとき乙川から「洗練を突き詰めればシンプルになる」と諭され、1977年「アップルⅡ」を開発。

彼の部屋での撮影で、そこにあるものは「ランプ」「プレーヤー」と手にする「コーヒー」の3点のみ。とはいってもその1品1品はかなり高価なもの。例えばランプも何千万円もするものとか。

ジョブスは「幸せになるためにこれ以上なにがいるかなあ」といってるような写真だとか。とはいっても社長時代なのにアップルの製品をおいて写真に収まっていない。

その当時のアップルの宣伝パンフは真ん中に真っ赤なリンゴがあり、余白が大部分の上下に小さな文字で商品の説明をしている。ただそれだけのシンプルなパンフレット。

この「シンプルであることこそが実際の洗練である」とする。すべてをそぎ落とし、それにより有益なものが残るらしい。

ジョブスは禅を自己の内面の問題として受け取り、ICチップの発見を「我発見せり」として”悟り”と感じたのだろうか、とゲストは話す。

その後、アップルを退社してジョブスはNEXTを立ち上げる。だがこれは失敗する。失敗といってもその機能は目を見張るものであったらしく、時期尚早な開発をしていたらしい。プロ向けの商品で一般的ではなかった。

だが、再びアップルに請われてCEOに就任する。そのとき、「I MAC」を開発する。新たなシンプルとは、たった下記の3点だけでパソコンをネットにつなげることだった。

その3点とは1 電源、2 電話線、 3 なし、である。それが結果的に大成功。そのことで彼は世界をシンプルにした人となる。

その活躍は最近のタブレット端末の「IPad」の成功にもある。

最後までテレビを見ていてこの人ほど顔が変化している人も珍しいと思った。数少ない写真を見ただけだが、どれが本人なのか見分けがつかないほど、若い頃と顔が変わっている。

すい臓がんを患っていたらしく、「今日一日だけ生きるとしたらどう生きるか」と思って生きていたとか。

何かを成し遂げる人は顔つきも変わり生き方も並大抵ではない。結果的に56歳という若さで亡くなるとは・・・。濃縮された人生だった。

たまに見るテレビ。感動した!今日も頑張ろう!

2012年11月7日水曜日

講義&フルートレッスン

ツイッターを一時中断するといっていた人も、それを取りやめて開始している。毎日読む人のブログやツイッターも毎朝新聞を読む感覚で投稿がないと淋しい。

その人のツイッターは毎日のようにその日の朝の模様をカメラに収め、ツイートしている。今朝は田中大臣の発言のようにスッキリしないお天気とか。

今日も遅い目覚めだった。朝早く目が覚めるようになるまで当分遊びを自粛!?

昨日の大学の講義は問題を解く練習をする。一人ずつ指名されるが、その回答で笑える場面がある。否定詞というか否定語が文頭に出て、文中にもそれがある。文頭は当然大文字が使用してある。

2箇所の否定文で文頭を人の名前の固有名詞として訳し始めた。先生は「これは人の名前か?」と疑問を投げかける。これが可笑しい!

先生は文頭と文中にあるある2つの否定は二重否定にならないと説明される。日本語ならば二重否定は肯定になるから、文中に2箇所も否定があると文頭を固有名詞と間違えるのもうなづける。

いろいろとあるなかで一つ帰りのJRの中で確認する。それは動詞の原形(不定詞)は名詞化すること。これは習い始めころに覚えたはずなのに、なぜ名詞になるのか忘れていた。ノートを確認すると書いている。

今はそんなことよりも点過去と再帰動詞を覚えなければならないのに、前のことを忘れている。

いつか、習い初めのころのことを思い出すときのためにブログに投稿しておこう。何に対して問題を抱えていたか後で気づくはずだから・・・。

受講の後はフルートのレッスンに出かける。最近、吹くとき「鼻で息をする」練習をしている。昨日は、それに加えて一小節にたくさんある音符の指使いの練習で、変ニ長調の上下の音階を止まらずに吹く練習をする。

この調はファとドが♭が着かず、ほかは全部着いている。これまで習った中ではどちらかというと楽譜に臨時記号の♯が着いた曲が多い。♭の臨時記号に目がなれておらず、音階練習はいい練習になる。

練習といえば、家での練習は一度にあるところまで通して吹いている。そうではなく、きちんと止まらずに吹けるようになるまで、区切って練習するようにとアドバイスされる。

言われてみればこのやり方は何でも当てはまる。一つずつクリアしてゆく方がいい。

レッスン後、部屋をでると来客がある。聴いていると、先日の発表会を聞きに来られた人だった。その人はCDを作成されて先生に渡される。会場でこっそり録音されたのだろう。

先生は発表会後、会場の器械で録音してCDやDVDを作ってくださる。その人は親切心から作ってくださったのかも知れない。だが、どうしてこの教室がわかったのか不思議だ。昨年も聞いていた人らしい。

遅い起床はすぐにお昼になる。今日は天気もよさそう。これから自転車に乗ってさあ出かけよう!今日も元気で!

2012年11月6日火曜日

シリア情勢はブログから!?

雨の朝だった昨日と違って今朝は日差しもまばゆい。先ほど洗濯物を干しにベランダに行くと少し風もあるが気持いい。だが、今朝も遅い起床となる。

遅い朝食を食べながら地元紙を読んでいると「オピニオン」欄に長年シリアで研究者として暮らし、現地の人と結婚した山崎やよいという人の記事がある。現在はその人は日本で生活している。

毎日のようにメディアを賑わすシリア。全くその国についてわかっていない。そのためもあってか、その記事に魅せられる。文の最後に、今年2月からブログをはじめたと書いている。

先ほど、そのブログを見る。ゆっくり読みたいけど、今日は火曜日。忙しい一日が待っている。明日からシリア情勢をこの人のブログを読んで理解しよう。

今朝の記事で「非日常が日常となった今にありながら、絶望感を伝える言葉の端々には、苦しみに静かに耐えつつも、変化を期待する思いがにじむ」とある。

「非日常が日常となった・・・」は穏やかな日々が一瞬にして崩れ去った状況を感じる。

毎日穏やかに何の揉め事もなく暮らしている。それがかえって自分の暮らしにマンネリをもたらす。それゆえ日常打破を非日常に求めて、時に、旅をしたり、食べたり、飲んだり、遊んだりして過ごしている。そして何も変化のない普通の日々が一番の幸せだとも気づかずにいる。

こういう記事を読むと、日本人として日本に生きるモノとして幸せを感じるとともに、これでいいのかと逆に言われているように思える。

この人がブログを始めた2月、シリア人の夫を亡くしている。亡くなった直接のきっかけはシリア暴動と関係ないらしい。ともあれ、この人がブログを始めた1年前の2月、母を亡くして今のブログを開設した。

もしかしたら、この人も夫を亡くしたことがきっかけとなりブログを開設したかもしれない。それはともかく、20年間も日本人としてシリアで暮らした人からのブログはシリア情勢についてもわかりやすく書いてあると思われる。新しいシリアの情報をその人のブログで吸収しよう!

今日は昼前から講義を受けに大学へ行き、いつものように市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。2日間、よく眠った。元気も出てきた。さあ今日も頑張ろう!

2012年11月5日月曜日

『観光旅行の心理学』から

昨日は神戸まで日帰りのバスツアーに行ってきた。ほぼ初めてといえるバスツアーを1ヶ月の間に2度出かける。ところがバスツアーといっても、ツアーを企画する会社によってかなりその趣の違いを知った。

前回は小さな旅行社で今回は大手旅行社の主催だった。一番は乗車する運転手の人数とバス会社の大小の違いである。

運転手の人数は1人と2人の差。この差は大きい。またバス会社も個人の経営(?)する観光バスとJRバスの違い。この2つの違いは乗っていて安心・安全度がかなり違う。

しかし、参加者ではなんともいえない。前回、隣席だった人とは意気投合し、先日も会って食事をした。今回は隣に座って話をする度、草臥れる人だった。その違いは何なのだろう。

あまり同性に対して好き嫌いを抱かない方だ。だが今回は話し方が粘っこい人で、こういう人とは話の内容も合わないということがよくわかった。

今朝は昨晩遅く眠ったこともあって遅い起床となる。それ以外にもバスの疲れが出たのだろう。

今週半ば、お寺の世話をする女性と山に行く予定をしていた。だが、疲れもピークに達しているので山行きは中止した。

今日は朝から雨。その雨もあがって自転車で歯科へ行く。それが終わると、スーパーへ出かける。

午後になると元気を取り戻す。

それにしても、チョロチョロと動きまわっている。先日図書館で借りてきた『観光旅行の心理学』(佐々木土師ニ 北大路書房、2011年)によると、第2章のむすびに「自己発展のための観光旅行」が書いてある。

それによると、「なぜ観光旅行をするのか」という理由を観光旅行者の心理の中に求めて、観光旅行のモチベーションを次の3つの側面で捉えている。
①人間の基本的欲求とそれが現代的な生活に表われるライフスタイルの特徴から。
②日常生活を離れて観光旅行に向かうための基礎的動機から。
③観光旅行の具体的な動機の体系的把握とそのその測定方法から。

それによると、その欲求や動機を自発的で積極的な機能を重視し、それにより「観光旅行が、人間の生き方の前向きで自己発展的な側面を表していると考えている」と筆者は述べている。(77-78p)

それを筆者は「かりに『面白くない日常生活』や『耐え難くて暗い気分』があるときにも、人々は観光旅行をして、そこから抜け出し、逃避できる一時的な場をつくろうとする。もとより、このような『現実逃避』や『自己耽溺』に終わってしまうのは健全ではない」としながら、「そのような状況を自己発展的な生き方に変える機会にすることも,観光旅行に期待される効用のひとつである」としている(78p)。

そして筆者は、これが結果的に人々の生活の精神的な「ゆとり」や「豊かさ」をもたらすために、「旅行者自身も、その場限りの消費経験をくり返すだけでなく、『旅行キャリア』を充実させ、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ:QOL)の向上につながるように努めることが重要である」と述べている(78p)。

これを読んで、マンネリになりがちな生活の潤滑油が私にとっての観光旅行と思える。

それゆえバス旅や海外に出かけて、それに不満を抱えて帰ることは本末転倒である。

昨夜、広島駅に着く前、添乗員に以前出かけた同じ会社の海外旅行での行き先の不満を話している人がいた。こういう話を耳にする度、気の毒な人に思える。こういう人は何をしても不満を抱える人かも知れない。

同じ旅行をするならば、この本に書いてあるようにQOL向上を目指して、人生を楽しめばいい・・・。

話は変わって、毎日見ている人のツイッターを読むと、今日から当分ツイートしないと述べている。どうも田中真紀子大臣に対する不満のようだ。政治に口を挟みたくないけれど、何がどうなっているんだろう。しっかりして欲しい!大臣は・・・。

それはともかくとして、せいぜいこれからも観光旅行を楽しもう!

2012年11月4日日曜日

トローニー

先ほど、神戸市立博物館で開催中の「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」を見て帰宅。

朝早い集合のバスツアーに間に合って神戸まで出かける。広島駅新幹線口の集合場所は、日曜日とあって各社のバスが勢ぞろい。どのバスかわからず、添乗員の携帯に電話する。しかし、応対中で電話は通じない。ぶらっとそこら辺りを通っていると名前を呼ばれる。添乗員だった。

今回も前回のバスの旅同様、一番前の席。ほとんどバスツアー経験のないモノにとって何とラッキーなことか。隣席は音戸の人。朝3時におきてタクシーで呉まで出たという。5時起きでも大変なのに3時とはご苦労なこと。

今回の隣席の人は、しゃべり方がなんといえばよいのか、全く自分と比べて対照的な人。あまりこういう人と接触がない。話をするだけで草臥れそう。だが、昼食時、ホテルのレストランを貸しきってのコースランチで1人参加3名が相席となる。その人以外の人と気が合って一緒に絵画を見て廻る。

展覧会参加の目的はフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ること。ところがフェルメールは今回1点の出品と思っていたら、ほかに「ディアナとニンフたち」も展示されている。

会場に着く前、添乗員は博物館へ何度も込み具合を問い合わせる。最終的には10分ほどの待ち時間ですぐに会場に入ることが出来た。

博物館はJR三ノ宮駅から近くメイン道路に面している。しかし、大きな建物ではなく、かなり小さい。

いきなり3階に上がり、そこから展示を見て廻る。3階に上がるとすぐに目的の「真珠の耳飾の少女」を見るために2階へ降りる。会場は展覧者が多いため、遠くから見る人と近くから見る人を区別して列を並ばせる。だがいずれにせよ狭い会場。そこまでする必要もないと思いながらも近くから見る列に並ぶ。

「真珠の耳飾の少女」はまるで展覧者の顔を見ているような仕草で横向きで顔を向けている。

見ていると横に書いてある説明書きに「トローニー」の文字が何箇所か絵の説明で書いてある。

最初から展示品を見ていないのでその意味がつかめない。警備の女性に声をかけて聞くと絵に描いてある人物が特定の人ではないという意味と教えてもらう。

先ほど、ネットで検索する。

 「少女は誰なのか。謎解き小説や映画が思い出されるが、マウリッツハイス美術館の学芸員、レア・ファン・デァ・フィンデさんは『誰がモデルかは問題ではない』と話す。」、「17世紀オランダにターバンを巻いた少女はいない。つまりこれは肖像画ではなく、トローニーなのです」、「『トローニー』とはオランダ語で頭部の習作の意。『特定の人物の似姿ではなく、匿名あるいは架空の人物の表情、性格のタイプを表すことを意図した絵画作品』という。フェルメール没後の財産目録に『トルコ風の服装をしたトローニー2点』とあり、うち1点がこの作品である可能性が高いとされる。」

「『ターバンなどオリエンタルな服装や古典的衣装を着たトローニーが多いのは、需要があったため』とレア・ファン・デァ・フィンデさん。『真珠の耳飾りの少女』はいわば、人々が求めた理想の少女像だった。魅力的な少年のトローニーもある。フランス・ハルス(1582ごろ~1666年)の『笑う少年』。薄汚れた歯をむき出しにした、無邪気な笑い顔を見てほしい。この絵の目的も、架空の『楽しげな少年』を表すことにあった。こうしたトローニーの名手がレンブラント(1606~69年)だ。『笑う男』など典型的なトローニーもあるが、彼が生涯を通じて描いた自画像にも、その要素が色濃く表れている。」(http://sankei.jp.msn.com/life/news/120715/art12071507400001-n1.htmより引用)と書いてある。

会場へはカメラを持ち運べず「トローニー」というキーワードをもらったパンフにメモする。

フェルメール以外にもレンブラントの絵画などを見て廻る。狭い会場はどこも人、人、人。

昼食はホテルのレストランでの食事。かなり手の込んだ料理で、上品な味で美味。ビールやワインを、と思ったが眠くなりそうなので飲まずに食事。ホテル側の気の使い方は相当なもの。これから続く大手旅行社のツアーのためもあるのか、全員外にまで出て見送ってもらう。

フェルメールを見た後は、ゆっくり会場を見学する。いつも絵を見るときはパンフに描かれている絵を中心に見て廻る。2時間半あるフリータイム。かなりゆっくり見学する。

見学後、食事で一緒だった人とバスの集合時刻まで短時間ながら市内を散策。いつもカタログの通販で購入する大丸デパートに出かけると、広島とは比べられないほどのお客がいる。その大半は観光客かもしれない。だが、それにしても多い。

集合時刻になり、博物館に戻ると道に人が溢れている。どの人もお目当ての観光バスを待っている。名古屋、四国、広島と観光バスを待つ人の波。道路はかなり渋滞し、広島までの観光バスも15分遅れで到着。

帰りのバスの中で、横に並んだ両脇の人と話していると先ほどのキーワード「トローニー」の話が出る。どの人も言いたいことが言えそうにない。多分メモした言葉だと思い、それを教えてあげる。やはり「トローニー」だった。

こういうとき、ブログに投稿しているとメモする癖が出て役にたつ。

美術に関してはかなり疎い。しかし、今日覚えた「トローニー」は忘れないだろう。願っていたフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ることが出来た。これでフェルメールを3点見たことになる。

家に帰ると郵便物が届いている。うち一通は旅行社の旅カードの通販会社からだった。楽しんで帰った後の、旅行社以外に利用される通販カタログ。これはどうなんだろう。あまりいい気はしない。

気を取り直して、明日は次に行く予定の申込書をそろそろ郵送しようかな・・・。

2012年11月3日土曜日

土曜日はゆっくりと・・・

今朝の地元紙をみると、通っている大学のホームカミングデーと大学祭の記事がある。昨日講義を受けに大学へ行くと、色鮮やかな手作りの門が作られ、あちこちにテントを張ってその用意をしている。

そこへ6年間通っていた。しかし一度もそういう行事に参加しなかった。10年近く、母の介護と、家と大学を往復するだけの日々で忙しく時を過ごした。今となってはそれも懐かしく、よくやっていた自分が愛おしい。

今、その反動のように毎日動き回っている。

昨夜は、バス旅で知り合った人と街中で食事をする。その人はお昼も人と会っていたらしく、豪華なランチを食べたという。夕食場所は予約を入れてもらっていた。はじめて行くお店で、狭い狭い個室がいくつもある。

それを見てもうビックリ!誰がそんな個室を考えたのだろう?だが、若者は絶え間なくやってくる。

その人は会うなり、バス旅で持参したカメラと同じカメラを買って持って来た。

合流前、久しぶりに八丁堀界隈のデパートに入る。三越に入っても客は少ない。待ち合わせの時間まで少しある。隣のデパート閉店後に入店したヤマダ、ユニクロ、丸善が入るビルに行く。

何年もそのビルに行ったこともなく、今のようになってからもはじめて入る。人について6階に行くとユニクロだった。ユニクロは知っているが初めて行った。その無機質な空間にこれまたビックリ。

すぐに階を降りるとヤマダ電機だった。ここはさらに無機質。この中で仕事をしたならば精神をわずらいそう。すべてが整っていてきれいだ。しかし、異常に無機質。多分、こういう環境は女性は好まない?

すぐに出て待ち合わせ場所の三越に戻る。なんとここは温かみのある空間と改めて気づく。時間まで三越の地下に降りて全国の銘菓売場で初めて目にする菓子3品を購入する。

その人と合流後、先日金沢へ出かけた際の「兼六園純金飴」をお土産にもらう。そのお返しではないけれど先ほど買ったうちの一袋を渡す。

狭い個室でモニター画面を見ながらそれにタッチして美味しそうなものを注文する。出てくる一品一品はきれいに盛り付けられ、女性が好みそう。飲み物もいろいろとある。先ずはビールで乾杯!

画面を見ながらオードブルからデザートまで次々注文する。食べてはしゃべり、しゃべっては飲む。どの料理も美味しく、楽しい夜を過ごす。

そのお店を出るとカフェに入る。そこで旅の話をさらに続ける。その人はイタリア、フランスへ行きたいらしい。次回の海外の行き先を決めているので、とりあえず年末、年始に会おうと決めた。

旅行社から毎月送られてくる情報誌が届いたならば知らせることにして昨夜は解散。

〇〇さん、昨日は楽しかったですね。またいつか是非会いましょう!

明日は朝早くからバスで神戸にフェルメールを見に行く。念願の「真珠の耳飾りの少女」。

今日はこれから自転車でスーパーへ出かけ、その後は家でゆっくりしよう!さあ今日も元気を出して・・・。

2012年11月2日金曜日

学んで遊んで

日に日に冷たい朝になっていく。寒くなると起きる時刻が気になってくる。今朝もアラームで目を覚ます。金曜日は午前中の講義なので9時過ぎに家を出る。幼馴染にその時刻を話すと何が早い?という顔をする。いわれてみればその時刻は学校も仕事も始まっている頃だ。

7時起床がやっとなので次に行く予定の神戸のフェルメールは「5時に起きて見に行くので億劫」と幼馴染に話すと笑われてしまった。彼女は毎朝5時起床だという。

5時といえば毎日見ている人のツイッターでも「起床5時」となっている。5時に起床ならば、その人たちは一体何時に寝るのだろう。

今日もスペイン語を習ってきた。一箇所どうしてもわからず、帰りの列車の中で考える。先ほどやっとその疑問も解ける。

今日も先生は講義の最後で「日本語で考えると難しいのでスペイン語はこういう構文だ」として覚えるようにと話される。思わず、その言葉をノートに書いてしまった。

外国語を習うとは単語を覚えるくらいに気安く考えていた。だが、それは大間違い。その国独特の文法が待っている。

文法のみならず、今日は発音も同じスペイン語圏でもかなり違うらしい。今日はその点も習う。

スペイン語圏はスペインのみならず、全世界で使用されている。特にアメリカ大陸の国での使用が多い。

アメリカ大陸は南米ペルーに行った際、ロスへ2泊しただけで他は全く知らない。そう思えば行ける楽しみもあるけれど・・・。

ロスといえばロス・アンジェルス(Los Angeles)。これはスペイン語だと習い始めて知った。他にもラス・ベガス(Las Vegas)もそう。Los、Lasは冠詞から着いている。これもコロンブスがアメリカ大陸を発見したからその名が付いたのだろうか。いつか調べてみよう。

ともあれ、講義を受けた日はスペイン語を頑張ろうと思う。

ところが今日は「頑張ろう」が遊びで頑張ろうになりそう。先日九州のフェルメールに行った際、バスが隣席で知り合った女性と夕方市内で会うことにしている。

きっとまた楽しい旅の話題で盛り上がりそう。互いに独身同士。これも独身ゆえの特権?美味しいものを食べよう!!

2012年11月1日木曜日

同窓会名簿を見て

今日は日中もグッと冷えて晩秋の寒さになってきた。急に寒くなるとあの夏の暑さが偲ばれる。

午前中、区役所に出かけ用意していた提出物を出す。その後、同じ建物内にある図書館に行く。予約確保の本を受取り、新刊本をみると『高齢社会につなぐ図書館の役割 高齢者の知的欲求と予科を受け入れる試み』(溝上智恵子ほか 学文社、2012年)が目に付く。

現役を離れて高齢社会を生きているモノとしては、図書館は恰好の遊び場所。最近は図書館内で本を読むことも少なくなった。だが、図書館で借りては家で読んでいる。また、借りるといってもわざわざ図書館まで足を運ばなくてもネットで予約も可能。便利な世の中になっている。

借りてきたこの本はまだ読んでいない。だが、タイトルからすれば利用者側からの本でなく、貸し出す側からのようだ。いずれにせよ、いつか年を重ねて歩行困難になる時がきても、本を読みたいという欲求は誰にでもあるはず。

そうなっても本を借りて読めるシステムがあれば、本を読むという楽しみも保たれる。そういう面でこんな本が出版されることはありがたい。

今日午後からは、先ほどまで幼馴染と話をする。幼馴染は家に入るなり、茶封筒を開けて見せてくれる。春ごろ開催された中学校の同窓会に出席した人から中学時代の名簿をコピーして送ってもらったという。

同窓会やクラス会に一度も出席したことがないと幼馴染に話すと彼女もそうだという。話しながら名簿を見る。何十年ぶりで目にする名前。さすがに中学3年の時のクラスの人たちの名前と顔は覚えている。だが、他のクラスの人たちの中にはわからない人も多い。

全体的に県外などに在住している人は少なく、近郊に住んでる人が大半を占めている。この辺りも田舎の様相が漂う。地元志向?

近郊に住んでいるといっても中学の頃とは違って、どの人も「おじん」「おばん」になっているはず。先日出席した人と話してもほとんどの人の顔と名前が一致しなかったと聞いている。

そういう意味では一度くらい懐かしい顔を見てもいい!?でも、多分同窓会にはこれからも出席しないだろう。そうすれば皆に忘れ去られるかもしれないが・・・。

ただ、一人だけ会いたい人がいる。その人は30歳くらいのとき、街中でバッタリ出会ったことがある。地元の音楽大学を卒業した女性。その人と会ったとき、当時女性は24,5歳で大半の人は結婚していく時代だった。

ところが30歳で一人でいるというと何を習っているのかと聞かれた。当時、お稽古事入門(?)で何でも習っていた。そういうことをしていてはいけない、と習うモノ・コトを考えるように厳しく促してくれたのがその女性だった。

多分そう話した本人は、私が今でもそのことを感謝しているとは知らないはず。

30歳頃にそう聞いてカルチゃーショックを受けたこともないかのように、今も変わらず一人でいる。これじゃ、その人と話した価値がない!?。だが、当時と今ではまるで考え方は違っている。それだけでもその人に感謝。

いつか会う日も来るだろう!そう思って毎日を元気に・・・。