昨夜、いいテレビがないと思ってチャンネルを切り替える。BS1を見ると「作ることが、生きること〜陶芸家・辻村史朗〜」をやっていた。辻村夫妻のドキュメントである。ドキュメンタリーは好きな番組。だが、陶芸家辻村という人を知らない。番組HPによると<名だたる海外セレブが恋する陶芸家が奈良の山奥にいる。辻村史朗、74歳。妻と山を切り開き家を建て、独学で作陶を学び、自然と共に生き続ける-命巡る美しき日々の記録。 ロバート・デ・ニーロなど名だたる海外セレブが恋し、メトロポリタンな美術館など海外の有名美術館が作品を所蔵する、孤高の陶芸家が奈良の山奥に暮らしている。辻村史朗、74歳。妻と共に半世紀、山を切り開いて井戸を掘り、家を建て、師を持たず独学で作陶に挑み続けてきた。作ることが、生きること-野草を摘み畑を耕し、人間の本能に忠実に生きようとする辻村に半年間密着。命巡る美しき日々を4K撮影で彩り豊かに記録した>とある。
年齢的には同時代を生きている人だ。19歳で禅寺に入り、今は陶芸を生業にする人の口から出る言葉は「生きる」。花に囲まれて暮らすターシャや越後で古民家を再生するドイツ人建築家、そして養老孟司の猫との暮らしなどNHKの自然と暮らすドキュメンタリーをよく見る。昨夜の番組もこれと同じくらいインパクトある番組だった。
何かを窮める人は凡人とは全く違う。なぜそこまで考える、と思うほど極みをつくす。同じ陶芸家の息子も父親の姿をそう見る。ただただ、モノを作っていないと生きている気がしないのかもしれない。それも自身が納得する器を、である。
板の間で湯を沸かし、自身が作った器で茶を点てて飲む。作品ができれば茶を点てて飲んでいる。器の出来具合を確かめているのだろう。陶芸の合間には外に出て野草を摘み、自分でそれを調理して食べる。自然と共に生きる暮らしだ。テレビを見ていてまるで異次元の暮らしに思え、これはこれで人が生きる上で大事な暮らしに思えてくる。自分自身、到底まねのできない暮らしぶり。だからこそあこがれをもって見るのかもしれない。
話は変わって、昨日は日本画教室の日。先生からいただいたサムホールの木製パネルに鳥の子紙を貼り、地塗りする。地塗りは水干絵具のあまり使用していない絵具を塗る。違う色で2度ほど塗る。ティータイムになった。以前、教室で習っていた人が来場とのこと。先生の初期の頃の教え子らしい。個人的には所属する某比較文化研究会で2度ほど会っている。教室の人にお土産持参で来られた。しばし、絵を中断して話が弾む。教室の人は私ともう1人を除いて先生の教室の初期の頃からの生徒だ。その人は絵はもちろんクラシックバレエ、オペラ出演と芸術性がある人のようだ。
コロナ禍で家でひっそりと過ごすことが多い。教室に出かけると人に草臥れるのか、今朝の起床が遅くなった。ましてや大雨が降っている。梅雨明宣言後なのに雨は毎日のように降る。おまけというのではないが地震もある。昨夜もそうだ。椅子に座っていた。震度2か3のようだが地震は長かった。今朝は外で雷が鳴りだした。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
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