2018年11月8日木曜日

『社会人大学人見知り学部卒業見込み』

 『社会人大学人見知り学部卒業見込み』(若林正恭 角川文庫、平成29年14刷)を読んだ。「人見知り」の青年が社会に馴染んでいく心の軌跡を詳細に述べている。自分の内面の表現はよくぞここまで、と思わせてくれるほどすばらしい。また人にわかるいい本だ。何がきっかけでこの本を読むようになったのかは覚えていない。だが、有名人によくあるゴーストライター本でなく若林本人が書いたのは間違いなさそうだ。

 自分自身は「人見知り学部」でなく何が当てはまるだろう、と考える。思い浮かんだのは「遠慮しい学部」。改めて「遠慮」を辞書で引いてみる。

 〇遠い先々まで考えること。深い考え
 〇人に対して言語・行動を控え目にすること
 〇公の秩序を考えて出勤・謁見・祝い事などを差し控えること
 〇それとなく断ること・辞退すること
などがある。

 ここにあげたことは大体当てはまりそうだ。特に最初にあげたのは物心がついてから若い頃までが当てはまる。その頃考えたことと現在では全く想像さえしない状態にある。年齢を経るとともにこの考え方はご法度になり、今では後先を考えずにひらめきのままに行動している。要らぬことを考える暇があれば何かをやればいい。この思いが強いせいか、我ながらこうまで人は変わるものなのか、と思うことしきり。今の方が若い頃よりも人生は何倍も楽しい。

 この本を読んで若い芸人に対する思いが変わった。そしてこの人の書いた本を読みたくなった。自分より若い人だとこれからどうなっていくのだろうという楽しみがある。いつの日かエッセイストクラブ賞受賞となるのでは…。オードリー若林、応援しよう!

 そういえばこの人を知ったのはある番組で歌を歌ったときだった。音程がずれて可哀想なくらいひどい音痴だった。これが歌?、と思えるほどの…。このことも本に詳しく書いている。読んで妙に納得した。それと一つの内容ごとに「落ち」がある。これは吉行和子の時もそう感じた。文は起承転結で書くように「結」に「落ち」がつく。見倣いたいほどこれはいい!

 以下は本を抜粋したもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★……没頭ノートというものを作った。ネガティブモンスターに捕まりそうになった時のために、没頭できるものを用意しとくのだ。ドラキュラが現れた時に、十字架をかざすように。……ぼくは最近、没頭ノートを使いこなし悩みの深みにハマらなくなった。毎日のように聴いていたカート・コバーンの歌声が響かないことが嬉しくもあり、寂しくもある。……ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。141-142p

★……自分に価値を感じられるようになってからは風邪のウイルスは体外に排出された後のように元気になった。そして、彼女の幸せのために彼女を忘れようと決心できた。自分に自信がつくと一人で生活ができる。一人で生活ができるようになってやっと人と付き合えるんだなってことに初めて気付いた。……今できる一番楽しいことをしようと家に帰ってすげえいい豚肉で生姜焼きを作って食べた。なかなかやるようになったな、と自分を褒めた。ノートには書かなかった。豚肉が美味しすぎてそれどころじゃなかったから。258-259p

★天才は「結果が全てだ」と言えばいい。自分にはそれは関係のないものなのだ。特にすごい訳じゃなく、特にダメじゃない。そんな自分の自己ベストを更新し続けていれば、「結果」があとからやってこようがこなかろうがいいじゃないか。特別な才能がないから自己ベストを更新し続けるしかないという諦めは、ぼくにとって自信になった。……自分にできることは常に過程を紡ぐことだけだ。そう。社会なんて自己ベストを更新していくだけいいという自信さえあれば自由に参加していい場所だったんだ345-346p

★慣れないこと、それは感動だ。本気で言っている。テレビに出始めてからも「どうせすぐ飽きるんだろ?」と冷めていた。しかし、このあいだ九月に一人でライブをやった時に、カーテンコールでついに感謝してしまった。ハッキリと心の中に感謝があった。はじめてまともに頭を下げてしまった。お客さんの拍手に感動してしまった。……ガッカリすること、腹の立つことには慣れていくのに感動することには全然慣れない。感動の初心者だからなのかもしれない。……今、目の前にあるこの仕事を紡いで行こうと。……そんな矢先に今年の十月からテレビ東京でコント番組が始まった。人生とはわからないものである。毎回毎回、収録が楽しくてこんな歳になっても夢が叶うんだと現場で感動していた。352-355p

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