2022年10月1日土曜日

忙しい一日は過ぎて

 コロナ禍前の自分を取り戻したような感じの一日が過ぎた。午前中、予約していたドコモへ行く。それはネット関連の接続先変更手続きと変更した機種について聞くことである。2時間ほど時間がかかった。いきなり新たことを始めたのでわからないことだらけだ。20年前にパソコンを購入して自分ですべての設定を行った。今回はパソコンでなくスマホである。数年前にタブレットを使っていたのでスマホの要領も少しはわかると思った。が、手にしたその日から戸惑う。昨日、若い男性の係はアラーム、dカードのポイントから料金還元、アプリの設定など丁寧にやってくれた。そして半年に1回くらい料金還元を店頭でやってあげるとも言ってくれた。スマホは20年前のパソコン設定より難しいと先の係に話すとパソコンの方が難しい、という。29歳の若者の20年前は9歳。若者はパソコンでなくスマホで育っているからそう思うのだろう。そう聞いて「スマホが判るようになるまで150歳まで生きないといけない」と話すと若者は「あと倍は生きないといけないですよ」、と言って笑われた。

 昨日は一昨日お騒げした義兄や友だち、そして姪に断りの電話を入れた。

 ドコモが終わるといったん家に帰りお昼を食べる。食べ終わるとすぐに講演会へGO~。日本画作品展開催の頃から俄然、忙しくなった。せっかく街中に出るのでこの日にやり終えようとなった。講演会は平和公園内にある国際会議場。講演会後は平和公園を歩いてそごうで開催中の春の院展を見る。今回も日本画の先生は入選された。院展を堪能後はバスで広島駅前に移動して福屋で開催中の日本の書展を見る。チケットを送ってくれた人の書と以前台湾旅行で知り合った人の書を見る。文字は人を表すのか2人とも優雅な文字である。

 時刻は夕方。福屋で軽いリュックを探すが思うようなのがない。世界ふしぎ発見に出る人のリュックを買っているがもっと軽量なものが欲しい。新たなモノが欲しい物欲がコロナ禍で湧いてこなかった。が、久々に欲しいものが見つかった。

 さて講演会。講師は京都清水寺の管主森清範師。講題は「雪月花 神と仏と無量の命」。清水寺周辺にはフジバカマが咲いているそうだ。いきなり面白いことを話される。「しばらくは コとロとナ 次会うときは 君と字に」。君という字はコ、ロ、ナからできている。森管主は何かの情報でこれを知ったそうだ。さらに「おばあさん マスクをとれば おじいさん」その逆で「おじいさん マスクをとれば おばあさん」とも話される。このマスクから日本のヒーローは、例えば鞍馬天狗のように口を隠している。口は人間の内面が出るところらしい。

 話は梅になる。150年を生きている梅の木があるとか。しかしこれほど長く生きている梅であっても花を咲かせる。それもしわくちゃの花ではない。ところが人間は150歳になればしわくちゃな顔になる。この梅にちなんで今はない成就坊の話等されたが声が反響しすぎてうまく聞きとれなかった。

 つぎに「和敬清寂」を話される.これは茶道の精神のようだ。寂は静か、動じないという意。茶道は中国からもたらされた。今、世界は争いが絶えない。トルストイはロンドンタイムスに戦争反対を唱えて発表した。与謝野晶子は弟に対して「君死に給うことなかれ」を書いた。他にも2匹の蛙の絵本の話や白隠の片手と片手を合わせて両手にすると音が出るなどの話もあった。お互いが異なる。それを一つにしてゆく。仏とは命を仏閣化したもののようだ。

 1時間半の講演会はあっという間に終わった。いつもながらいいお話を聞かせてもらった。10月になったというのに今日も最高気温は30度の予想。暑くなる。忙しく過ごした一日。やっとこれで本来の自分を取り戻せた感じになる。これでいい!と思わず自分を納得させる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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