2020年5月22日金曜日

「木乃伊考」より

 清々しい朝を迎える。コロナ禍さえなければ最高の季節。だが、どこへも行く当てがない。ああ、遊びに行きたい。来月になれば習っている教室も始まりそうだ。それよりもどこか遠くへ遊びに行きたい。

 図書館は開館してもネットで予約した本を受け取るだけ。自分で本の閲覧どころかか受付カウンター以外は中へは入られない。いざ、ネットで、とさっそく本を検索する。だが、思うようにつながらない。今日あたりは大丈夫!?家にある本を読んでいる。最近は司馬作品にハマっていた。それも底をつき、今はもっぱら井上靖の作品を読む。今から30数年前に買った本。しかし、積読だったためか今買ったように真新しい。

 井上作品は中国に関する小説や紀行文のほかに日本の戦国時代の小説が多い。30数年前は歴史に今ほど関心がなく、買っても読まずにいた。今、歴史エッセイ集①の『歴史小説の周囲』を読んでいる。270頁の文庫本だが司馬作品同様に読めない文字が出てくる。これも司馬作品と同じくノートに書き記す。この本に「木乃伊考」の話題がある。木乃伊はミイラの漢字表記と初めて知った。今、ブログに入力してもすぐにミイラの文字変換ができる。ということは知らないのは自分ばかりなり!?

 「木乃伊たちは殆ど全部が真言修験の行者で、それも湯殿山で修業した行人に限られており、彼らは自分の意志で自分を木乃伊にしていた。……三年五穀を断ち、あとの三年十穀を断つといった風に木食行にはいって入定するのである。入定するまでの辛苦は考えただけでも大変だ。このような過程を経るから、木乃伊になるものの体は、内臓などぬく必要のない状態になっているわけである」。(157p)

 「木乃伊になる意思をもって入定しても、人の手で掘り出されて地上に出ない限り、衆生を済度するという目的は達せられない。……湯殿山周辺に塚と呼ばれているものが幾つかあるが、それらは大抵こうした不幸な木乃伊たちの眠っている場所である」。(157p) 

 「日本の場合、木乃伊になった人が多く出たのは文化文政のころである。……木乃伊になった人たちが、一、二の例外をのぞいて、土方とか、砂利人足とか、水のみ百姓とかの下層階級の出であり、そのうちの何人かは犯罪を犯して寺へ逃げ込んだ連中である。修験道の方の身分は、殆ど全部が行人で、この行人というのは一番下の階級で、一生経っても上には登れない。そのような立場の人たちが仏になり、衆生を済度しようという気持ちを持ったのであり、自分一人の往生を願ったのではないことは興味ある問題である」。(158p)

 「……どうしてこのように沢山の人たちが木乃伊になろうとしたかということである。……信仰物語にも、それとは反対に残酷物語にもなりそうなものを併せ持っている」。(158p)

 「それにしても、どうして東北の一角に生まれた大勢の人たちが木乃伊などになろうとしたのであろうか。そして即身仏になって衆生を救おうなどという考えを持ったのであろうか。いまのところ私に判ることは、その時代が決していい時代ではなかったであろうということだけである」。(159p)

 湯殿山へは3,4年前に国内のツアーで出かけた。月山、湯殿山、羽黒山の出羽三山を巡るツアーである。月山に興味を持って出かけたが湯殿山、羽黒山も興味深い場所だった。特に湯殿山は参拝の前に注意を受けた。写真を撮ってはいけない、見たことを言うのも聞くのもダメ、ということだった。ということでこれ以上、ここに書くのはやめよう。

 湯殿山と木乃伊が関係あると知ってお参りすれば、また別の気持ちを抱いたかもしれない。もう一度行ってみたくなった。だが、今はコロナでどこへも行かれない。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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