2023年12月22日金曜日

『街道をゆく』(八)「豊後・日田街道」

 今朝は今季一番の冷え込みとか。最低気温マイナス1度、最高気温は4度の予想となっている。この先の予想としては来週からは気温も上がって年末年始は16度の最高気温になるようだ。昨夜寝る前にふと頭を過る。寒い時季、今着ているよりももっと他にも着ていたものがあるはずと。起床後すぐにクローゼットを見るとある、ある。今日から冬用に着替えた。

 今年最後の眼科へ行く。眼圧は15と17。眼のどこがどうこう悪いわけではないが、生後に目の病気をしていると親から聞いて必要以上に気をつけている。自分の体の部位で一番気をつけているのが眼。視力はよくないが幸いにもいわゆる眼の病気はない。

 眼科の帰りに自転車に乗った人から声をかけられる。近所に住む人でいつも威勢がいい。そういえば一昨日はスーパーの入口で同級生とバッタリ出会った。小中高と一緒だった人で今でも働いているらしく時計ばかりを見て話す。話がしたいらしく同級生のいろんな人の名が出る。

 年末までに済ませたい行事としてお墓参りがある。暖かくなりそうな来週にお墓へ参ろう。

 以下は『街道をゆく』(八)「豊後・日田街道」(司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第10刷)から気になる箇所をメモしたもの。

★天領であった倉敷(岡山県)の場合など「天領根性」という言葉がいまでも残っているくらいで、隣接する備前岡山藩(池田家)領の領民の貧しさを嗤(わら)い、倉敷の豊さを誇るところがあった。倉敷がもし天領でなかったならば、あれほど立派な民家群が今日のわれわれに残されるということはなかったであろう。(226p)

★高取家は、彼女で十一代目である。先祖の高取八山は朝鮮からきた。自発的にやってきたのではなく、豊臣秀吉の朝鮮侵略(朝鮮側の呼称では壬辰ノ倭乱)のときに、諸大名が陶工をとらえて日本に連れて帰るのがはやった。八山もその被害者のひとりだった。かれは黒田長政の手でとらえられ、その家臣にさせられて日本で仕事をし、多くの名品を作った。以後、家系がつづいて彼女の代になっている。(264p)

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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