2023年12月13日水曜日

『街道をゆく』(八)「大和丹生川(西吉野)街道」

 新春の2月、奈良の美術館行きを予定している。宿は法華寺近くをすでに予約済み。1泊2日の予定だが法華寺近くを見るとそばには平城京跡公園がある。今年4月、吉野山に出かけた。新大阪駅から奈良駅までおおさか東線に乗ると沿線沿いが広く開けてくる。(これは何?)と奈良駅で合流した人に聞くと平城京宮跡だという。

 どこかへ出かけるとき、街中よりも広々とした何もない空間がいい。平城京宮跡へ行ってみたくなった。YOU TUBEを見ると多くの人が動画をアップしている。今更ながら奈良の何もわかっていない、と知る始末。暇さえあれば奈良の案内を見たり動画を見たりしている。その合間には司馬作品を読む。

 そして最近、ひょんなことからコンビの芸人のそうじゃない方を応援している。応援するきっかけは最近のことなのに忘れてしまった。多分、何かを見て魅かれたのだろう。片方は売れているがそうではない方が懸命に頑張る姿を見ると応援したくなる。今朝、ふと思いついてその人のX(ツイッター)のフォロワーになろうとするが、それにはGmailなどの登録が必要だ。これに躓く。

 以下は『街道をゆく』(八)「大和丹生川(西吉野)街道」(司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第10刷)から気になる箇所をメモした。

★「この山奥はわれわれ住民にとっても沃土であるだけでなく、下界のひとびとにも貢献しています」それは水だという。材木の容積谷を「石(こく)」であらわすが(材木一石は十立方尺)杉の木というのはその根と根がかかえている土壌に水をたっぷり貯える性質をもっている。鎌田さんによれば、杉の木は一石あたり一石(一升の百倍)の水を貯えているそうで、その意味では杉山というのは貯水のための一大スポンジのようなものであり、これによって日照りがいくらつづいても谷水は絶えることがなく、それが河川を通じて下界に豊富な水を提供している。「下界から感謝して貰わんならん」、と鎌田さんはいう。西吉野村の住民はその杉を植えたり、育てたりして、下界のための水を守っているのです、と村長さんだからこのあたりは冗談ではなく本気で言い、決して下界から孤立しているのでなく、大いに役立っているのです、というのである。(292p)

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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