2022年7月27日水曜日

『街道をゆく』(三十)「愛蘭土紀行」(Ⅰ)

 『街道をゆく』(三十)「愛蘭土紀行」(Ⅰ)(司馬遼太郎 朝日新聞社、1997年第5刷)を読んだ。最後にメモした箇所の「宗教は、水か空気のようである場合はいいが、宗教的正義というもっとも悪質なものに変化するとき、人間は簡単に悪魔になる」のくだりは最近の凶悪な事件を思うとき少しニュアンスは異なるがそう思う。人は弱い生き物だから何か迷いがあればたどり着くのが宗教なのだろうか。最近の一連の事件を見て母親がある宗教にのめりこんだために財産を奪われ、さらには家族が自殺する、果ては息子が家族の恨みを募らせて関係ないものを射殺する。この結末を当事者である母は知らぬ存ぜぬで済まされるのだろうか。この底辺に宗教的正義がある!?

 話題にしたくないことなのに先のくだりが最近の事件と結びつく気がして取り上げてしまった。気分を変えよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下は気になる箇所をメモしたもの。

★人間は幼児や少年期に見なれた街角や小川、村のたたずまいなど、何一つ変わってもらいたくない。このことは、「我が家のやすらぎ」ということに似ている。人はながい旅をして他国の金殿玉楼を見ることをよろこぶが。しかしもどってきてわが家の安楽イスに腰を下ろしたとき感ずるのは、結局、わが家ほどいいものはない、というのだろう。魚が、自分の魚巣に感ずる気分である。(54p)

★ロンドンに来れば、日本人ならたいていの人が夏目漱石(一八六七~一九一六)を思いだしてしまう。その感情には、一滴の地がまじるように、悲しみがまじっている。明治の悲しみというべきものである。(58p)

★英国が魔物であったという歴史的認識なくして、十九世紀のアジアは理解できない、ということなのである。日本の明治維新の成立(一九六八年)も”魔物”から併呑されまいとしたためのものだったということを鍵(キー)にしなければ、すべてがわからない。また中国近代史は、阿片戦争(一八四〇~四二年)からはじまる。その後の中国近代のながいくるしみや混乱も、この”魔物”が出発点をなしている。(60p)

★私は、日本史のながれのなかに、三つの大きな美的もしくは美的倫理感情があったとおもっている。ひとつは『源氏物語』に表わされた”もののあわれ”である。もうひとつは『平家物語』における坂東武者たちの、「名こそ惜しけれ」というたかだかとした美的倫理感情である。(これをわすれてしまった日本人が、国際舞台に乗りだしてくれては、世界じゅうが当惑するにちがいない)。同時に、明治の悲しみという日本文明史の上で最大の感情といえるものを忘れては、日本人は情緒欠陥人間になってしまう。(61-62p)

★漱石は『文学論』において、科学とまではゆかなくても、すくなくとも生物学における形態・生物学者のような方法と態度で文学を見ようとした。……後世の私どもは、この『文学論』の序文のおかげで、明治の悲しみの一端をうかがうことができるのである。(68-70p)

★漢語に「爾汝の交わり」という慣用句がある。爾汝とは”お前”という親しみをこめた軽いことばで、その交わりとは日本語でいうと”おれ・おまえの仲”というような意味である。アイルランド人、ことに九五パーセントを占めるカトリックのひとたちは、一面人情深いが、反面、ざっかけない。つまり社会全体が”爾汝(じじょ)の交”でやっているらしい。(75p)

★合衆国における市民としての筋目(?)はプロテスタントであり、カトリック系は規制権威の条件に入らない。まして、ケネディはアイリッシュ・カトリックだった。かれの当選に、どの国の国民よりもおどろいたのは、英国系もしくは本国の英国人だったにちがいない。いまでも、英国内のアイルランド人といえば、単純労働に従事している人が多い。――あのアイリッシュが、アンリカへゆくと大統領になるのか。などと驚いた人も多かったにちがいない。げんに、いまでもダブリンあたりで、あまり上等でない冗談がある。「どうも食えなから、アメリカへ行って大統領にでもなるか」(97-98p)

★死んだ鍋というのは、問題が拠って起つ絨毯を、問題ぐるみひっぺがすようなところがある。問題だけでなく、ひっぺがすのは自分自身でもよく、相手そのひとでもいい。さきにふれた例をくりかえすと、「……とくにかれの詩はね」と答えたリンゴ・スターの”死んだ鍋"は、質問者である記者が権威として敷いているベートーヴェンという絨毯を、記者ぐるみひっぺがすことで成立するのである。(137p)

★国家とは、国民の誇りと希望の源泉でもある。金銭では換算できない。このことは、血みどろな反英抵抗の結果、二十世紀の半ばちかく(一九四九年)になってようやくアイルランド共和国を成立させたこの国のひとびとがたれよりも知っているはずである。逆にいえば、いくら金がかかっても国家という”金看板”は維持されねばならない。国家が、今世紀の歴史段階において最大の価値であり、かつ贅沢なものなのである。(172-173p)

★一八四三年八月十五日、オコンネルは、「タラの丘へ」と叫んで、ひとびとをその田園の丘陵の上にあつめた。タラ(Tara)がえらばれたのは、この地が、アイルランド人にとって伝説の地だったからである。……”タラにはアイルランドを統(す)べる大きな王がいた”という神話が、実証以上の実在感をもって信じられており、「タラ」といえば、聖地だった。日本神話でいえば、高千穂の峰とか、高天ケ原にあたる。(199p)

★スカーレットは百敗する。南軍がやぶれ、家も町も焼かれ、最初の夫も二度目の夫も戦いでうばわれ、三度目の夫のレット・バトラーも失踪した。すべてをうしないながら、「タラへ帰ろう――」それは彼女が父からゆずりうけた農場の名というだけではなかったろう。アイルランド人としての不撓(ふとう)の血が流れていることをわすれるな、ということをその地名をとなえることによって暗喩したのにちがいない。再生への祈りでもあったはずである。(201p)

★宗教は、水か空気のようである場合はいいが、宗教的正義というもっとも悪質なものに変化するとき、人間は簡単に悪魔になる。この点、英国国教会は中道・中用・中途はんぱという態度でいつづけているため、自分を絶対善だと思わずに済む。つまりはいい意味でのいいかげんであるため、カトリックの専売特許であるはずの”聖人”の称号をそのまま英国国教会で無断借用して”聖パトリック教会”と名づけているのである。(207-208p)

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