2022年7月15日金曜日

1980年代初めのころ

 今年の梅雨明け宣言は早すぎたのでは、と思えるほど梅雨のような日々が続いている。雨脚が強いのか元気に育っていたコスモスは数本倒れていた。そのうちの1本は蕾をつけている。この状況ではコスモスの花は咲かないかもしれない。ただ、その足元に生える紫蘇だけはお店で売っているような大葉になっている。

 中国語を習い始めたころのことを思っているとその頃から昭和・平成・令和といった元号でなく西暦で年数を数えている。1982年に市の広報紙で見た中国語教室に通い始めた。当時のことは今でも鮮明に覚えている。中国人を初めて見たのはその時の中国語の講師であった。と同時に、日本人の先生の顔は覚えているが名前を忘れてしまった。その先生は当時の大学教授である。

 その当時の中国人はまだ少なかった国費の留学生であり、一目見ただけでも賢さが顔に表れていた。名前は胡英という人で若い女性だった。その人の着ていた服などの格好までも鮮明に覚えている。ちょうど今から40年前になる。今ではもう立派な偉い人になっているに違いない。

 次に講師になった中国の人も国費の留学生だった。今の中国とは違って何を聴いても中国留学生の話に興味があった。教室が終われば夜8時にもかかわらず皆で食べたり飲んだりした。その時、中国の留学生はどんな難題を日本人からぶつけられても日本語で反論していた。その底辺には日本人がその人に尊敬の念を抱いていたように思う。

 その時の留学生の話で教室の人と2人、初めて中国へ旅行した。ツアーにもかかわらず、留学生の妹さんが住む南京で会ったりしている。月日の流れるのは早い。あれから36年が過ぎた。当時の教室の人は大半が中国に住んでいた人や仕事で中国とかかわりがある人たちだった。そのため、習い始めから中国語を話したり書いたりされていた。その中にわけもわからないものが混じって中国語の教室に出かけていた。が、最初のうちは何が何だかさっぱりわからなかった。ただ、それまで生きてきたこととは違う文化に接してそれが楽しくて仕方なかった。

 思いだすことは多々ある。今日はこれでおしまい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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