2020年12月24日木曜日

「英雄児」<『馬上少年過ぐ』収録>

 久しぶりにシトシトと雨が降る。用事もないのに毎日自転車に乗ってスーパーに出かけている。出かけたからにはと些細なモノでも買って帰る。というか自転車に乗って家から出るのを運動と思ってやっている。ところが今朝は雨。じっと家にいる日となりそうだ。

 こんな日は司馬作品を読むに限る。図書館がコロナ禍で急遽閉館となった。借りて帰った本は司馬遼太郎の『馬上少年過ぐ』と『幕末』。どちらも短編を収録している。これまで何十冊と読んだ司馬作品はいずれも長編小説だった。そのためか短編を読むと何か物足りなさがある。これも図書館が開館となる日までは仕方ないのかもしれない。

 以下は『馬上少年過ぐ』に収められた「英雄児」<『馬上少年過ぐ』(司馬遼太郎 新潮社平成二十四年第78刷)収録>の中から気になる箇所をメモしたもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★この男(河井継之助)の学問観は、学問とは自分の行動の力になるものでなければならない、というものであった。……「学問とは自分の実践力を拡大するものであるべきだ」といった。詩文や古典の些末な解釈などはなにもならない、というのである。

 天保ノ乱の大塩平八郎とおなじ思想の「陽明学」の行動主義に心酔しているようであった。当時の官学である朱子学は、まず理を窮めてから行動する、というもので、自然、行動よりも知識偏重になっていたが、王陽明の儒教は、知ることと行うこととはおなじであるとしている。行動的なエネルギーをもった知識であらねばならず、その行動の主体である自分を作るのが学問であるとしていた。13-14p

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