2019年12月3日火曜日

第395回広響定演後に

 先月から年始の欠礼はがきが届くようになった。先日の会合である人は12枚も届いたと話される。我が家は今のところ3枚。そのうち2枚は従姉妹などの身内。そろそろ自分たちの年代がこの世からいなくなる!?今朝の新聞には顔見知りの人の訃報もある。まだ75歳とそれほどの高齢でもない。

 先月29日(金)、今年最後の広響定演を聞きに行く。その翌日はバス旅に出かける。朝早い集合なので前半の演奏を聞いて会場を後にする。その罰がすぐに当たった。最寄りバス停でバスを待つが10分経っても15分経ってもバスの姿が見えない。おかしい、とすぐに気づけばいいのに20分経過してやっと行動を起こす。若い女性も待っている。その人に「ドリミネーションの関係でバスはここを通らないかもしれない」と話す。暗くて何が書いてあるかわからず、その人が代わってバス停の案内を見てくれた。バスは迂回して通っている。

 お礼を言ってその場を離れて平和公園の停留所を目指す。若い女性とそこでまた出くわす。「さっきの人?」と声をかけるとそうだという。またも時刻表を見てくれる。ここもバスは通らないらしい。2人で八丁堀まで歩く。その人と話していると1週間前に市内で一人暮らしを始めたという。それまでは東広島市から市内に通勤していたそうだ。平和公園からその女性とドリミネーション会場まで歩きながら話をすると、前日親知らずを抜いてその日は歯科へ消毒にきていた。ドリミネーションも初めてのことで思いのほかよかったと喜んで話す。話を続けているとまだ大学を出て何年も経ってないらしく、自分が落ちた大学の出身だった。

 若いころ、希望する大学の受験に失敗して、年取って大学に入りなおした話をしているとその人からアジア塾でゼミ担当だった先生の名が出てくる。自分の人生のなかでかなり希望に燃えていたアジア塾塾生の時代。ここでいろんな人と知り合った。その時代があったからこそ今の自分がある。そう思えるほどいろんな人たちと知り合い、ともに学んだ。今も若い人たちと違和感なく話せるのもその時の経験があるからかもしれない。

 広響の演奏会場の加古町から百メートル道路を経由してイルミネーションを見て、本通りのパルコ前で若い女性と別れる。短時間の歩きながらの話で自分の若いころの苦い経験をしばし振り返る。これもなぜか楽しいひとときだ。

 第395回広響定期演奏会のプログラムは下記の通り。だが演奏は前半しか聞かなかった。

 ♪ハイドン 交響曲第102番変ロ長調
 ♪ベルリオーズ 幻想交響曲

 指揮者にシルヴァン・カンブルランを迎えての演奏会。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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