2018年4月6日金曜日

『「反日」中国の文明史』&カープ・ファンのツイッターから

 プロ野球が開幕すると自分のことでもないのに一喜一憂してしまう。カープ・ファンの見知らぬ若者のツイッター。これも見すぎると体に良くない。そう気づいてツイッターを削除。見なければ気にしなくてもいい。ところが昨夜、某選手の打席を見て我慢できなくなる。ある人のツイッターを見ると「今日はただ推しの存在を喜び、推しの存在に感謝し、推しの成果に感激をした素晴らしい一日だった  明日もそうでありたい」とある。

 これほどまで言ってくれるファン。選手本人にこの気持ちは届かないかもしれない。それでもたくさんのファンにそう思ってもらえる選手。若者のツイッターを見て自分もその気持ちになる。

 ナニゴトもこれくらい燃え上がると毎日の生活はCarpオンリー、それも推しメンオンリーの生活になるだろう。何の感動もなく一日を過ごすより、何かに打ち込めるモノ、コト、ヒトがあることはそれはそれで人生は楽しくなるに違いない。

 しかし、そのツイッターを見てこちらの気持ちが一喜一憂するのは如何なものか。ナニゴトも適当に!この気持ちが昂じて昨日はやっと読んだ平野聡の本をメモする。入力に時間がかかる。だが、し終えると何か素晴らしいことをやり遂げた気がする。人さまのツイッターを見るのでなく、自分で行動を起こす。この方が楽しい。ということで以下はそのメモ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 『「反日」中国の文明史』(平野聡 筑摩書房、2014年)からの抜粋。

★近年の急激な日中関係悪化の中で、中国に対する拒否感から、中国のことを知りたくないという風潮がはびこる現状を心から憂えるものである。…長年中国に関心を持つ者として、中国の権力が引き起こす問題と一般の中国人の考え方にはズレがあること、しかし両者には同時に連続もあることを示したい。016-017p

★日本に対する強硬な姿勢が明らかな習近平政権が、現在前面に押し出しているキーワードがある。それが、「中国夢(Chinese Dream)」である。017p

★中国夢なるものの主体は、あくまで「民族」あるいは「集団」であり、またそうでなければならないという強烈な前提がある。「民族精神」によって固く結ばれた集団としての「中華民族」が巨大な力を作り出すことによって、一つの時代を切り開いてゆくのだという。018p

★「中國」「華夏」「中華」とよぶにふさわしい文化的水準を満たさない人々を夷狄(いてき 野蛮人)とみなす思考が一般化していった。これこそが、今日に至るまでの東アジアにおける政治・文化思想を固く縛り続ける華夷思想の起源である。038p

★反乱を起こした人間は失敗する限り反逆者であるが、反逆の成功自体、「天命」が自らの側にあることを示す何よりの証拠であり、その瞬間から反乱の指導者は新たな聖人君子となる。「正しい乱」は許されるし、天の意志にかなう。このような反逆の過程と論理を「易姓革命」という。天が命を革(あらた)め、聖人の姓を易(か)える、という意味である。044p

★「夷狄」を満足させつつ、天子=皇帝が「天下」を平らかにするという大原則を貫くためにはどうすれば良いか。「華夏」の都市国家における君臣関係を、そのまま「夷狄」に対しても拡大すれば良い。これが、日清戦争敗北(1895年)まで連綿と続いた具体的実践、すなわち、「天下」を覆う「徳治」「礼治」である。045p

★モンゴル、チベット、そして東トルキスタン(ジュンガルがトルコ系のイスラム教徒を支配していた)の順に、一八世紀半ばまでに清の支配が及んだ。今日の中国では、東トルキスタンの地は新疆と呼ばれるが、これは乾隆帝がジュンガルを滅ぼし、その支配地を手に入れたことにちなんだ、新しい土地という意味である。注意すべきは、これらの地域に住む人々、そして満州人自身、もともと漢学・儒学とは無縁な世界で生きてきたということであり、しかも清の支配が内陸アジアに広がる過程では、「中華の礼」を尊ぶことではなく、チベット仏教を尊ぶことが第一であった。067p

★明治政府は、清が琉球=日本であることを認めるような機会を待つことにした。その機会は意外にも早く訪れた。宮古の漁民が台湾東部で殺害されたことへの報復として行われた、一八七四年の日本軍台湾出兵がそれである。…当時台湾西部では、福建や広東東部から移住した漢人がすでに多数派となり、元からの住民であるオーストロネシア系(海域東南アジアを覆うマレー的文化)の人々は、山岳へ追いやられるか同化を余儀なくされていた。…日本は、琉球の属民である宮古島民に代わって仇討ちするという名目で出兵し、しかも清は日本の対応に不審を抱きつつも、遠路出兵して「化外の愚民」を懲らしめた日本をねぎらうと称して出兵費用を支払った。…宮古=琉球属領=日本が管理する土地であり、琉球人=日本国民であるという図式が成り立つ。…明治政府は一八七九年に琉球王朝(琉球藩)を廃絶し、沖縄県を設置する措置をとった。090-091p

★清末のエリートはその取りかかりとして、一方では日本式の憲法・管制・軍制を取り入れることで、満州人皇帝を「万世一系」として頂きつつ立憲政治を実現させようとした。これを清末新政という。…漢人ナショナリストは、日本の「万世一系」の源流にいる神武天皇のイメージを拝借し、「世界民族主義の大偉人・中国民族の始祖」たる「黄帝」を祭り上げることを忘れなかった。115p

★人間は「労働に応じた分配」ではなく「欲求に応じた分配」を享受するようになる。自由で自発的な生産と連帯のみが存在すれば、人間を縛る国家や制度は不要になるため、共産党政権すら次第に死滅してゆく。これが究極のユートピア・共産主義社会の到来である。繰り返し言う。共産党と社会主義国家は本来、自らを死滅させるために構想された。しかし現実にはそうなっていない。むしろ共産党と社会主義国家は、その存続のためにあらゆる無理難題を国内外に広げてきた。何という矛盾であろうか。マルクスもレーニンも、「国家の死滅」に関しては空想しか語らない。148p

★毛沢東の文化大革命は、文化が顛倒する大革命であったが、顛倒した後は何ら新価値を生まず、凄まじい精神的荒廃が残った(文革を輸入したカンボジアのポル・ポト政権の下でも全く同じ悲劇が起きた。日本の学生運動が毛沢東を崇拝して過激化した結果起こった、連合赤軍による「山岳ベース事件」「あさま山荘事件」の悲劇も、基本的には小さな文革と考えてよい)。人々が唯一信じられるものは、ただ単にモノとカネのみとなった。これは文明の死である。改革開放の中国社会が凄まじい拝金主義になる土壌はこうして形成された。158p

★「中国」という名称は本来、黄河の中流で生まれた文明の名前であって、領域の名前ではない。「国家」とう漢語は、あくまで無限に拡大する「天下」を担う権力=国を担う家のことであり、今日この言葉が思い出させるような、限られた領域とそこに住む人々の総和ではない。…人々は「天下」があることのみを知り、自分は限られた範囲の「中国」に住む「中国人」であることを意識する必要は全くない。166-167p

★彼(梁啓超)は「中国史叙論」を著し、我々は従来「天下」を知るのみで、国家としての「中国」を意識したことがなかったと痛切に自己批判した。そのうえで、当時残されていた清の領域全体を「中国」と呼び(これは上述の外交上の変化と一致する)、その中に住む漢・満州・モンゴル・チベット・トルコ人、そして南方の苗(ミャオ)族を一括して「漢とこれらの人々は互いに混ざり合っているので、全て同胞とみなしたところで何の問題もない」と論じた。これこそが、今日の「中国」「中国人」「中華民族」という発想、すなわち「元々は多様であるものの、中国文明の求心力を軸に諸民族が対立と癒合を繰り返し、ついにはひとつの国家・共同体を共有するに至った」という発想が立ち上がった瞬間である。173p

★読者の皆さんは信じられないかも知れないが、今日の「中国人」が国家としての「中国」を語るとき、その語り方は基本的に日本人が発明したものなのである。だからこそ、近代に入ってからの「中国」は、中国文明固有の考え方によって成り立っているのではなく、「他者の夢を強いられて自分の夢としている」状態である。しかもよりによって十数億人の脳髄が、日本人が考えた発想によって完全に支配されなければならないとは!176p

★本書は総じて、近代日本を成り立たせた福沢諭吉の名著『文明論之概略』を念頭に置き、「徳」による政治がなぜ上手くゆかず、「智」による政治がなぜ上手くいったのかという視点から、中国文明の巨大な曲折を巻き起こした。そして、中国の今日の問題はその歴史と強く結びついており、個々の中国の人々もそれにかかわりながら同時に被害者でもあるということをわかりやすく示そうとした。この中から得られる教訓は、日本は「智」の政治で、世界中の国から理解を得られる公正な社会をつくればうまく行くということである。しかし、近年、それを否定して上から「徳」を振りかざし、憲法にしても個別の政策でも国民・社会に守らせようとする議論が高まりを見せていることに強い懸念を覚える。…その順序をはき違えた議論は、福沢諭吉の予言通りに日本をかつて極端な政治と敗戦に追いやったし、今改めてこの日本の政治を、中共の支配に似たものへと陥れる危険がある。265pあとがき

★本当に日本が国際社会から信頼・信用されるためにはどうすれば良いか。日本を攻撃する国の立場を無力化し、少なくとも第三国が常に日本の立場に理解を示してくれるようにするためにはどうすれば良いか。日本国民が相互信頼と道徳心に基づく社会を再生産するためにはどうすれば良いか。その基礎は、中国文明の影響を受けてきた日本社会にも潜む《孔丘の誘惑と罠》をいかにして排除するかにかかっている。265-266pあとがき

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