2017年10月25日水曜日

BS1スペシャル「日中“密使外交”の全貌~佐藤栄作の極秘交渉~」

 昨夜のBS1スペシャル「日中“密使外交”の全貌~佐藤栄作の極秘交渉~」を見る。番組の内容はネットによると「45年前、実現した日中国交回復。実はその1年前、佐藤栄作総理が密使を送り極秘交渉を進めていた。香港、中国、アメリカ、日本で徹底取材。知られざる密使外交に迫る」とある。この詳細は「45年前、田中角栄政権の下、実現した日中国交回復。実はその1年前、佐藤栄作総理によって密使が香港に送り込まれ、極秘交渉が進んでいた。今回、当時の総理秘書官が、密使との連絡役を佐藤から命じられていたことを初めて証言、報告をメモに残していた。佐藤は、密使を介して周恩来に親書を送り、国交正常化へ向け北京を訪問したいと伝えていた。香港、中国、アメリカ、日本で徹底取材。知られざる“密使外交”の舞台裏に迫る」とある。

 当時の佐藤総理の秘書官とは西垣昭。この人のメモがナレーション代わりとなって番組が進められる。ニュースを挟んで2時間の番組。見ごたえ十分の番組だった。それにしてもよくここまで調べ上げていると感心する。これを書物にするとどれくらいの長さになるだろう。

 密使とは江口真彦。別名は真比古。取材班はこの人が何者かが理解できない。江口という姓を調べ上げると福島県にその人の親族がいた。戸籍などを持ち合わせていた親族から聞いた言葉は「江口章」が江口の本名とわかる。秘書の西垣は佐藤総理からこの密約は口外しないようにといわれていたとか。それではあまりにも佐藤総理が浮かばれない。そう思った西垣はもう口外してもいいだろうとの思いから公にする。

 密使である江口と秘書の西垣。この2人は秘密裏に事を進めるため佐藤の総理公邸の応接室に出入りする。ここは官邸であってもそのうちの一部が私的応接室に入れる仕組みになっていた。そのため、誰とあっても外に漏れることはなかった。

 当時の中国の首相は周。周と江口の接点は?といろんな角度から江口の行動を明らかにしていく。舞台は香港。萬𤋮という人がいた。この人と日本人との間に藤野という息子がいる。今でも健在でこの藤野にも話を聞く。他にも中国のトップに近い人物と江口がどうやって接触したのかの推理を解いていく。

 江口が様々な手段で構想した江口構想は9か月で幕を閉じる。1972年6月17日、佐藤総理は退陣。その3か月後の1972年9月29日、日中国交が正式に回復した。退陣から国交回復までの日本の政権のやり取りは見苦しいモノがある。いつの時代もそうかもしれない。これまで田中総理だけが日中国交回復をしたかのようにもてはやされた。しかし、その裏には知られざる事実が隠されていたとは…。そう思うと佐藤総理はかなりの人格者!?影の苦労を抱えながらも日を見ることがなかったとは…。その意味でも西垣氏がこのことを公にされたことは正しかった!

 話は変わって、昨日はプールに出かける。タイから帰った後は1か月くらい風邪気味でぐずぐずしていた。ところがインドネシアからの帰国後は元気そのものだ。さすがに1キロ泳ぐのは控える。それにしてもインドネシアの旅のお正月版の高いコト。今朝の地元紙にその募集がある。なんと398000円。他にも入国税や一人部屋追加料金50000円を加えると40数万円もかかる。

 まあ、インドネシアは南半球に位置している。遠いこともあるのか今回の旅も結構アジアにしては高かった。金額のことを言っていては何処へも行かれない。働いていた時はお盆、お正月、GWと高い時ばかりに出かけていた。そう思えば金額をとやかく言えない。ともあれ、行きたい、見たい、遊びたい、聞きたい、食べたい、飲みたい、着たい、会いたい…と何でもいいけど、やりたいモノ・コト・ヒトはすべてやった方がいい!その思いは年々強くなる。

 またもや話は変わって、昨日やっと作品展に出品した3点が我が家に戻って来た。自分の画を見てひとしお感慨にふける。来年はもっとうまく描けるといいけど…。

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