2017年10月30日月曜日

1枚の写真

 部屋の窓の下あたりにシダが繁っている。防犯のために窓の外側に柵がある。なかから手を伸ばしてシダを抜く。だが、離れたところは手を伸ばしても届かない。雨の中、家の外に出てシダを眺める。家の周りはコンクリを張り巡らせても根性シダは湿気を好むのだろう。根を生やす。ゴミ用の大きなナイロン袋と樋廻をもって抜いたシダを袋に入れる。ついでに先日、ちょっとだけ切ったレモンの木も入れてゴミに出す。ナイロン袋一杯になった。家の裏側に行くのは年に何回もない。恐る恐るシダの生えている場所に行く。それほど奥まった家でもないのにシダが生えるとは…。

 10月はよく雨が降った。今朝は久々に太陽を眺める。天気予報によるとこれから当分は晴れらしい。やっぱり雨よりも晴れがいい。気持ちまで晴れ晴れとする。

 雨の日曜日、近いうち会う予定の人に写真を渡そうと思った。以前、出掛けた海外旅行の写真の焼き増し分を探す。数年前のことなのに渡せずにいた。それを眺めながら他のバラバラになった写真を整理する。渡そうとする写真の時期までは個人の写真も写していた。ところがそれも次第に気が失せてくる。この頃は旅に出てもせいぜい1枚か2枚、個人の写真を写すだけとなった。

 たった5年前の写真でも顔が若い!30年くらい前から気に入った写真をまとめてファイルしている。それを見るといくらブスであっても当時の写真はかわいい!今、そう思うということはそれだけ年を取ったということだろう。

 写真といえば今回の旅をご一緒した人のURLに1枚の写真が載っている。出かける前に記事を読んで微笑ましいというか羨ましくなった。時は1966年のお話。1966年といえば我が人生で一番ともいえるほど暗い時期を過ごしていた。ところが、正反対の人もいらっしゃる。ある研究の観察のためツェルトで野宿しているところへ後に奥様となる人がおやつを持って来られる。その時に写された写真をアップされている。あまりにもいいエピソードなので旅の初日にその件について伺う。本当に仲睦まじいご夫妻だ。

 このように一枚の写真を見て気分が和むこともある。昨日も久々に昔の写真を眺めてひとり悦に入る。

 ブログアップ後に思う。デジカメの普及で印画紙の写真にしなくなった。紙に置き換えるのは今はもっぱら日本画用に参考とするモノばかり。先日も、以前、デッサンした花や葉っぱを印画紙の写真にする。写真でなくても以前の旅で編集されたビデオテープ。これも今やDVDの時代。最早ビデオテープを見ようにも器具がない。そう思えば、紙の写真は破れたり変色したりしなければかなりの年数、保存がきく。デジタルもいいがアナログも時に軍配が上がりそうだ。

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