2012年9月7日金曜日

奇遇!

ラオスから無事帰ってきた。9月になり、少しは涼しくなっていると思った。ところが帰ってみるとラオスより暑い!

この暑さの違いは、ラオスの雨季と日本の真夏にある。何といってもラオスは国土の大部分を南国特有の大きな樹木が生茂る。そのため木陰を求めなくてもある程度は涼しい。また、雨季特有の雨もなく、天候に恵まれた。

この模様は後日ブログにアップしよう!

今回の旅で感じたことは、ツアー客に高齢男性の一人参加が多いということ。これには驚く。また、働いている現役は一人参加の女性だけ。そのため、この旅に限っては年を重ねていても若者になる。

高齢男性の一人参加者はまさに日本の後期高齢者。知る限りでは75歳から81歳までの人たち。その人たちは自分の人生の残り時間を計算して旅でお金を費やしている。はっきりとそう話した人も幾人かいた。

中でも母親を7年前まで介護して生涯独身という男性もいた。その人は一年の半分を海外旅行で過ごし、今月も19日から旅立つらしい。旅の計画は1月まで決まっているともいう。

旅行費用も豪華客船を利用すると軽く500万1000万円だとか。親の遺産を使い、後に残すこともなく使うらしい。

会社をリストラされて以降、親の介護と大学生生活で一昨年まで9年間、海外に出かけられなかった。

10年前までの海外旅行は仕事をしていたこともあり、平日に行かず、お正月、GW、お盆の一番価格帯が高い時期に出かけた。そのためツアーの年齢層も似たり寄ったりで、勤め人が多かった。

しかし、今回参加の高齢者はその辺にいる人たちとは元気さが違う。かなりハードなスケジュールにも関わらず、見ること、聞くこと、食べること、飲むこと、しゃべることと何でも人生を楽しんでいる様子。パワーが溢れている。

それを考えるとその人たちの年齢までにはまだまだ何度でも海外に行けそう!

ブログを投稿している最中、JTBから電話が入る。例の窓口の女性からだ。「楽しい旅で食事が最高だった!いい国です。」と話す。

今回は何度もブログに書くように、曰くつきの旅。現地の日程変更も窓口に連絡があったようで知っていた。それにしてもこの10年のブランクはJTBの親切な応対の変化にもある。電話で優しくされると、これからもJTBにしようと思う。

電話がかかる前、神戸のフェルメールもJTBへTELして予約した。これで西日本にやってくるフェルメールは両方見に行ける。秋が楽しみ!

秋といえば、いい季節。しかし、残念なことがある。それはいい季節には大学生活が待っている。そのためいくらいい旅があっても大学を休めない。それが少々残念!

何かを得ようとすれば何かを失う。何ごともいいことばかりではない。

今回のラオス行き。楽しいことばかりではなかった。怖いこともあった。今思えば、それも大したことでなくて、いい思い出。だが初日には何という国?と正直思った。悪いやつ?はラオスの人たちではなく、他のツアーの酔っ払った日本人男性。それもブログにアップしよう。

以前、文化人類学(民族学)を少し学んだことがある。旅の模様を「民族誌」とまではいかなくても、「民族誌」もどきでブログに書こう。

昼前、近くに住む浮浪者風の男性に伊呂波もみじを少し剪定してもらった。浮浪者風というのは見た目がそうで実は人はとても好い。人は見た目でその人の生活ぶりを判断する。最近までどこに住む人か知らなかった。話しかけると話しぶりは優しい。人づてに長く郵便局に勤めていたと聞く。

しかし、どう見ても身なりが浮浪者風。先ほど外に出ているとその人に出会う。もみじの話をすると切ってくれるという。暑いので申し訳なく思っていると、すぐに切ってくれ、ゴミも処分してしてくれた。

人からもらった、いいワインを1本お礼に渡した。しかしワインよりもビール一缶でいいという。ワインを渡した後、すぐにビールを1ダースと無花果を買ってきて、その人の家の玄関横に置いて帰った。

我が家から100メートル位しか離れていない、芝生の庭のある一軒家だった。浮浪者風と言うほうが悪い。人は身なりではない。

その人はいつも学校や集会所の周りの道を掃いている。もちろんボランティア。そして仕事でもないのに頼まれれば他人の墓掃除や家の雑用もしてあげるらしい。

生まれてずっとこの町に住んでいる。家を替わったのは、生まれた家の隣の土地に親が家を建てて替わっただけ。もう何十年も住んでいる。しかし、学校卒業後ずっと働いていたので同級生くらいしか顔見知りはいない。先方は知っていてもこちらは知らない。

それが親がいなくなってから近所の人の知り合いも増えた。今日の剪定の人もそう。

今日は久しぶり図書館へ行く。予約確保の本4冊受取る。わずか1週間足らずのラオス滞在。長く行っていた気がする。

本も読みたい。しかし、まだちょっと気合が入らない。今日の地元紙「9月の随想」の上原隆ではないが「こんな日もあるさ」。そう「本を読みたくない日」もある。

筆者は「人生って捨てたもんじゃないなと思った」らしく、それを「こんな日もあるさ」として本のタオトルにしている。

なんであれ、旅行はやっぱりいい!

旅に出る後期高齢者の人ではないが、もっともっと人生を楽しもう!!そして外国に出かけるたびいつも思う。筆者にもじって「日本って捨てたもんじゃない!」。日本は本当にいい国!!

ブログ投稿後、忘れないうちに書いておこう。行動を共にした旅行者は17名。大半は九州の人で6名が広島からの参加者。この広島からの参加者のうち、2名の人は私のことを知っておられた。これにはびっくり!

1名は一人参加の男性。旅の初日に話かけられる。以前アジアを学ぶ塾に8年間通っていた。そのことを話される。そして広響の演奏会で席が隣になったとも言われる。アジアのことと音楽を学んでいること、広響を聞くことの3点を言われてびっくり。

知らないところで人と接していたとは・・・。その人から「前からよく知っているよ」と言われてしまった。

もう一人は同行の女性。ビエンチャンのホテルロビーで早めに部屋を出て話をする。その人の話す内容は、ある勉強会で私と同じ姓の人が3名いた。そのうちの一人と顔かたちがよく似ている。もしかしたらそのときの姉か妹かな、と話される。そのときの講師の名前を聞くと知ってる人だった。すぐに「それは私本人です」と言う。

それを聞いた同行者はびっくり仰天!なんといっても30数年以上も前の話。その勉強会に最後まで参加しなかったのだろう。その後の勉強会のことは知らなかった。しかし同行者は今でもその勉強会の人たちとは付き合いがあるという。

若い頃、水墨画を習っていた。その頃、ある勉強会の男性たちとも一緒に習った。その水墨画の男性たちと勉強会の男性たちは同一人物。話がここでも一致。

この水墨画がきっかけとなり、中国にのめり込み中国語を学び始める。若い頃の話をその人から聞くとは・・・。かなりおとなしかったらしい。そして昔を知っている人とまさかラオスに一緒に出かけるとは・・・。「人生って本当に面白い!」。

とはいっても私も同行の人と大学で初めて会った際「〇〇塾で学びましたか?」と聞いたことがある。同行者は学んでいない、と返答。それが塾ではなく、ある勉強会で知り合っていたとは・・・。

〇〇さん、ラオス行きではお世話になりました!楽しい旅でしたね。また奇遇の出会いがあったんですね。話を聞いて自分の若い日を思い出す旅となりました。ありがとうございました!

それにしても若い頃とやってることは変化していない?ただ自転車に乗ること、泳ぐこと、それに海外旅行に行くことは進歩かも。とはいっても社会人大学生のとき知りあっているから、学ぶ面でも進歩しているかも・・・。

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