2012年8月24日金曜日

「男でおばさん」、「女でおじさん」

昨日は久しぶりに幼馴染と夕飯を食べる。出かけた先は新幹線口。いつものお店でなくその隣で食事。いつもの如くビールを飲みながら取り留めもなくしゃべる。その後場所を替えてティータイム。

昨夜はカープ戦もあり、夕暮れ時の人出は多い。出かける前,最寄り駅で同級生に出会う。その人は今でも薬剤師として働いている。その人のような仕事帰りもいれば、これから遊びに行くモノもいる。そういえば、幼馴染も週2日、保育園に勤めている。

今朝も暑い。9時前、先日演奏会に出演した人からショートメールを受取る。その人はスペインへ一緒に行った人。スペインで知り合った人とは演奏会当日、ほとんどの人と会っている。今朝の人とは会えなかった。メールは受付を手伝ったお礼だった。

その後、泳ぎに行こうと思った。だが、余りにも暑い。行くことを断念して図書館へ予約の本を取りに行く。しばし、図書館で雑誌を読む。その後、隣の生協で買い物をする。

レジを済ませた辺りで、近所の人を見つける。かなり腰のかがんだ人。内科へ行った帰り、買い物をした様子。自転車を押して一緒に帰る。その人はシルバーカーを押して・・・。

家では隣に息子夫妻が住んでいるとか。途中、小学校の大きな桜の木の下の石垣に腰掛けてしばし休憩。話を聞いてくれる人がいないらしく、話しかけたことを喜んでもらう。

誰も話かけてくれないといっては「早くお迎えが・・・」とばかりいう。それを聞くと、「人の手を煩わせずに自分で何でもできて幸せじゃー」と言って励ましてあげる。すると、「ほんと、幸せじゃ」と嬉しそうに言われる。

こういう人を見ていると人生、何が良くて何が悪いのかわからなくなる。ともあれ、今は人の話を聞いてあげることしかできない。このときは『日本の文脈』の著者2人のいう「男でおばさん」をもじって近所の「女でおじさん」になって励ましてあげる。

                    日本の文脈

いつものように図書館で借りてきた『日本の文脈』(内田樹 中沢新一 角川書店、2012年)の気になるところを記したい。内田氏のブログによると「同じ年齢の中沢新一さんとの4年間にわたるロング対談の集成。農本主義と帰農ムーブメント、アースダイビング、原発と宗教性などの話頭は転々。最後にふたりとも『これからはアナーキズムの時代だね』という大胆な結論に達するのでした。」と紹介している。

読んだといってもその内容は難しい。また、知らない言葉がポンポン飛び出す。はじめのほうに書いてあるものをあげても、バルネラブルな状況(まえがき)、レヴィナスの本(10p)、アースダイバー(15p)などある。

第一章「これからの日本にほんとうに必要なもの」では内田が中沢の「くくのち学舎」を訪れ、第二章「教養も農業も贈与である」では中沢が内田の神戸女学院大学を訪れ対談。中沢も内田も10年と8年、ともに大学の助手を勤めている。

「くくのち学舎」(17p)は注釈によると中沢新一が舎長をつとめる「これからの日本にほんとうに必要なものだけを集めた」学校で、廃校になった小学校跡地「四谷ひろば」を拠点とする。開校は2009年9月(68p)。そのキックオフイベントとして中沢は内田を招く。そのときの2人の対談が第一章の「これからの日本にほんとうに必要なもの」となる。

2人の共通点は同じ世代で同じ時代を呼吸しているところ(23p)。

更なる共通点として21世紀になって内田が『寝ながら学べる構造主義』のなかでレヴィ=ストロースに深い共感を持って書いていることが中沢の考えと似ている。(32p)

中沢 贈与とは何か。「とらえがたい存在から,この世界に何かが送り込まれているという思考だ」という。(40p)

中沢 「今の経済学には、贈与の問題がうまくセットされていません。・・・贈与という、本来は交換のベースにあるものが見落とされている。贈与論はまず人類学の中で発達したんですが、それと経済学とがつながっていないんです。」(41p)

内田 「ありもので用足しをするすることをレヴィ=ストロースは『ブリコラージュ』と称した・・・。ある日「ああ、これはこういうふうに役立つものだったのか」と気づいて、『いやぁ、拾っておいてよかったわ』と喜んでいる未来の自分の姿が先取りされている。そういう時間をフライングする能力がないと、ブリコラージュってできないわけですよ」(62p)

中沢 「それが人類学という学問です。今は役に立たないんですよ(笑)。だけどいつか役にたつことがあるかもしれない」(62p)。

「いま日本に必要なこと」では「くくのち学舎」のテーマだと中沢はいう。
中沢 「同じ世代の学生ばかりが集まっているよりも、いろんな世代の、いろんなバックグラウンドを持った、いろんなタイプの人が集まって一緒に学ぶほうが生産的な場所になるだろうと思うんです。・・・僕はそこで経済学の講義なんかをしているんです」(70p)

中沢 「『いま日本に必要なこと』を語っていて、しかも説得力のある、明瞭な言葉で語っている方を探すと、内田さんしかいないと思ったんです。」(79p)

こういいながら2人は「われわれはおばさんである」という。取りとめもないしゃべりの特徴が「おばさん」に似ているからだとか。(80p)その部類に養老孟司もいるという。

内田 「いま日本には『男のおばさん』が必要だ」(82p)

内田 「外来の文字を『真名』といい、これが正統的な言語で、土着語は『仮名』で一段低く暫定的な地位しか与えられていない。この『外来が上で、土着が下』というのは日本の文化構造の全体を貫く基本的スキーム・・・」(82p)

内田 「日本人全体の知的パフォーマンスを高めたいと思ったら、アカデミックな言語で記述された命題を、土着後、生活言語に書き換えなきゃいけない。翻訳しなきゃいけない。この『真名』を『仮名』に開くっていう仕事はたぶん日本に特有のものなんだと思うんです。欧米の哲学者が自説をできるだけ多くの読者にもらおうと思って、「たとえて言えば」とか「身近な例をとれば」とか、そういうパラフレーズをするということはまず考えられない。・・・『言い換え』が重要な知的作業になるのは日本だけじゃyないかと思うんです。・・・こういう変な仕事は『真名』の世界と『仮名』の世界に同時に帰属していて、アカデミアの言語も生活言語も話せる『二重言語話者』にしか担うことができない。そういうタイプの人間のことを『男のおばさん』と僕は名づけたわけです。『男のおばさん』というのは際立って日本人的な知性のあり方である、と・・・」(84-85p)

中沢 「『男のおばさん』って言いましたけど、『男でおばさん』であることが大事なんじゃないかと思うんですよ。」(85p)

内田 「『男のおばさん』『男でおばさん』って言いましたけど、これって結局、男性ジェンダーと女性ジェンダーの中間のところにいたいということなんですよね。」(94p)

中沢 「その通りですね。」(97p)

中沢 『カイエ・ソバージュ』ソバージュ(野生)(101p)

以前ソバージュというぼさぼさした髪形が流行した。この本でやっとその意味がわかった。

「なぜチベットなのか」では
中沢 「ゲーテみたいな考えに憧れて、東洋と西洋を結合して昇華したものをつくりたい・・・東と西の境界線がチベットだと。それでチベット人のところへ行ってみたら、ある部分は東洋の精神なんです。極意というものは言語化できない。・・・そういう面があると同時に、一方でそれを全部理論化してあって、その理論も勉強しなくちゃいけないんですね。・・・やっぱりシルクロードの存在が大きい・・・。チベット仏教の要素には、キリスト教の異端説やギリシャ哲学的なものもかなり入っているし、インド経由の哲学も入っていて、半分はとても理論的に構築されています。強いインターフェースをつくることは、チベット人のやり方で可能なんじゃないのかって思うんです。インターフェイス上にあって、なおかつどこから突かれても壊れないし、ダイナミックに変容していくような知性につくりかえることができるはずだ。なぜならチベット人はそれをやっているじゃないか。」(163-164p)

「おじさんは世界をめざす」では
内田 「二十一世紀は、おばさんの時代というか、おばさん的キャラクターが、求められる時代だと思う。おじさんにないプリンシプルがある。世界理論がある。・・・おばさんは世界なんか相手にしない。相手にするのは町内会。ローカルからは始まるのが、おあばさん。一気に世界を目指すのが、おじさん。」(198p)

「おばさんはゲリラ戦」では
中沢 「アカデミズムの世界は、上野千鶴子みたいにおじさんでないとやっていけない。」(200p)

内田 「フェミニズムって不思議な理論ですよね。徹底的におじさんてきな言説で、ぜんぜん女性性がないでしょ。『女性性って、もっとやさしくて、受容的なものなんじゃないですか』って言うと『それは父権性イデオロギーが押しつけた女性性である』って反論されるんだけど、そういうご本人は攻撃性にしても論理へのこだわりにしても、『父権性が押しつけた男性性』そのものですからね。」(200-201p)

中沢 「アカデミズムの世界へ行こうにも、大学には居場所がないから、人類学なんかやって先住民族の研究に入っていくわけですね」(201p)

内田 「正規戦でなくてゲリラ戦ね。おばさんの本性はゲリラ戦です。『宗教学はゲリラだ!』と教えられた中沢さんがいて。」(201p)

「レヴィ・ストロースの激しさ」では
中沢 「常に常識をひっくり返すようなことを言う人で、大変に反撃的ところを秘めていたと思います」(228p)

内田 「僕にとっては汲めども尽きせぬ叡智の源泉ですね」(229p)
 
内田 「そうそうブリコラージュ。ありものの使いまわし。」(232p)

中沢 「僕もブリコラージュ主義者です。・・・『こんな日本でよかったね』て僕も思っています。・・・この国には『宗教』というものがないことじゃないですか。『信心』はあるんです。美しいもの、真実のもの、何か価値のあるものに出会ったら深い信心を持つ。でも、それが宗教のシステムの中にとらえられることを好まなかった。『日本人は無宗教だ』ってネガティブなニュアンスで言われることが多いんですが、実はそこには創造的な側面があって、大事にしなきゃいけないことだと思います。」(232ー233p)

「日本人はフロントランナー」では
中沢 「地震や台風の被害が大きい一方で、気候は温暖だし、森が多くて水は豊かで植物の生育には適している。広島で原爆が投下された二、三ヶ月後には、もう緑が芽吹き始めていて、この自然の復元力には感動します。戦後すぐの広島で、庶民が活力にあふれた経済活動を行っている様子と言うのは『仁義なき戦い」なんかでも描かれていますけれども、これはちょっと並大抵のことではないと感じます。原爆を二発も浴びた国民がここまで立ち直ったんです。経済危機やらエネルギーやらいうことは、どうってことはないでしょう」(239p)

中沢 「『仁義なき戦い』の文太さんが、いまは若者たちと一緒に農業に打ち込んでいるというのも、これからの日本に必要なものは何かという僕らの問いかけに、一つの方向性を示してくれているように思います」(240p)

「閉じた社会のよさ」では
中沢 「どうして人類学や民俗学をやっているかというと、時間を超えて伝達、伝承されるものに対する強い信頼感があるからです。いまの老人たちの問題は、自分たちの経験を子や孫にうまく伝えできていないってことがあるんじゃないかと思うんです。」(278p)

「荒ぶる神の鎮め方」では
内田 「一神教文化圏の人々は荒ぶる神を巨大な神殿に祀り、それを、『怖れ、隔離する』というかたちで『テクニカルなリスクヘッジ』を試みた。日本の人々は荒ぶる神を金儲けの道具にまで堕落させ、その在所を安っぽいベニヤの書割で囲って、『あんなもん、怖くもなんともないよ』と言い募ることで、『心のリスクヘッジ』を試みた。・・・原発の設備をあれほど粗雑につくったのは、原子力に対する恐怖心をそうやってごまかそうとしたからなのである。・・・原発は人間の欲望に奉仕する道具だ。そういう話型にすべてを落とし込むことによって、私たち日本人は原子力を『頽落し果てて、人間に頤使されるほどに力を失った神』にみせかけようとしてきたのである。もちろん、そうではなかった。・・・自分たちがこれまで『涜聖』(とくせい)の振る舞いをしてきたことを、私たちは実は知っていたからである。」(326-328p)

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