2012年8月16日木曜日

カモメ

今日は暑さもぶり返したかのように朝から暑い。 

阿刀田高の『日本語えとせとら』(角川書店、2012年)を読む。この人の本はこれまで読んだことがない。新刊蔵書から検索して図書館で借りて読む。読み始めると、さすがに小説家だ。ユーモアに富んでいる。何かで書いたエッセイを文庫として収めたものが本書である。

読んでいて思わず何箇所か噴出してしまった。その一箇所「いざこと問はむみやこどり」で、カモメの話が出てくる。「みやこどり」を辞書でひくと「ユリカモメ」の雅称とか。このユリカモメは筆者に言わせると私たちが日ごろ見ているカモメらしい。

東京から有明まで「ゆりかもめ」が走っている(らしい。乗ったことがないので・・・)。

「こちらが寂しい気持でいるときには、内なる自分を託してみたくなってしまう。ちがいますか」(166p)。

カモメから「寂しい気持」がイメージとして浮かぶのか、先日のブログに長沼氏の本を読んで「本の表紙デザインはちっちゃなヒト(子ども?)がかもめ飛ぶ空の下、ひとり淋しく歩いている。」と投稿したばかり。

私も筆者と同じようにブログでカモメを淋しさとして表した。

筆者はその寂しさを、歌謡曲の世界から拾っている。

都はるみ ”いつも群れ飛ぶかもめさえとうに忘れた恋なのに” (涙の連絡線)
松尾和子 ”こんなにあなたを愛してるなんて、ああ鴎にもわかりはしない” (再会)
渡辺真知子 ”人はどうして哀しくなると海をみつめに来るのでしょうか””かもめが翔んだかもめが翔んだ” (かもめが翔んだ日)
研ナオコ ”かもめはかもめ、ひとりでゆくのがお似合い” (かもめはかもめ)


筆者は例を挙げて「ほかにも探せば、たくさんあるだろう。もしかしたらカモメはカラオケ・ボックスに一番よく現れる鳥なのかもしれない」(167p)と述べている。

「カラオケ・ボックス・・・」は妙を得ている。思わず笑ってしまった。

その他にも、チェーホフの『かもめ』や、日本の古典文学『伊勢物語』から”名にしおはばいざこと問はむみやこどり わが思ふ人はありやなしやと”、主人公の寂しい都落ちの道中、川辺に飛ぶみやこどり(ユリカモメ)を見て歌を詠む。

その意味は「みやこどりという名を帯びているのなら『さあ問いかけよう。私の思ふ都の人は元気かどうか」(167p)。

そう書いて「カモメは伝統的に、私たちの心の寂しさに関わってくれる鳥らしい」と。そうであるならば「落ち込んだときには水辺に出て、カモメを見つめよう。何か悟りが得られるかもしれませんぞ」(167p)と結んでいる。

これはポエムの世界!?

他に「生きた、書いた、愛した」(179p)では、スタンダールが軍人を赤、僧職を黒で表して野心的な青年の生涯を『赤と黒』で描いた。スタンダールは自らの墓碑に「アンリ・ベール ミラノ人 生きた、書いた、愛した」という文言を刻んでいる。

しかし、スタンダールの本名であるアンリ・ベールはミラノ人ではなく、フランス人でイタリア国境に近いグルノーブルの生まれとか。

名文句といえばジュリアス・シーザーの「来た、見た、勝った」があるという。スタンダールの脳裏にこのシーザーの名文句があったかも知れないという。

これを読んで、筆者も書いているが私も自分の一生を短い三句で表してみたい。筆者は「眠られない夜に考えてみようか」と言う。眠られない夜がないモノは・・・。さてさて。

今日は午後からJTBへ出かける。旅の最終案内をもらう前に、早めに家を出てデパートをうろうろしよう!三句を考えながら・・・。それは到底無理!? 

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