2011年3月5日土曜日

写真

携帯電話の写真機能で4年前からアサちゃんを定期的に写してきた。そのほとんどはアサちゃんの孫から贈られてきた花束を持っての撮影であった。

SDカードに収められた写真は現像すると相当数になった。

今朝アサちゃんの長女夫妻にそれを見せるとアサちゃんの老いていく状況がはっきりするという。それは声を発しなくなった昨年夏ごろから顕著である。

それ以外にも家を片付けるたびにあちこちからアサちゃんの写真が出てくる。それらの写真はアサちゃんと国内旅行をしたもの。

アサちゃんが旅行に行き始めたのはアサちゃんの夫がなくなってからである。アサちゃんは他のヒトが旅行するたびに家を空けられず旅行にいけない自分を残念がっていた。そこで夫亡き後、アサちゃんの青春は始まり、年に2,3度は旅行を共にした。それには大概アサちゃんの娘や孫も一緒だった。

旅のスケジュールは我が担当だが、費用は全額アサちゃんが出してくれた。ツアーにはほとんど参加せず、自分たちがJTBに頼むという贅沢な旅行であった。

それらの写真を見ると本当に嬉しそうな顔をしてアサちゃんは写っている。

家の中はまだまだ片付いてはいない。写真はこれからも出てくるだろう。そしてそのたびにさまざまな思いが頭をよぎるだろう。

夫亡き後、アサちゃんは14年間も老体を鞭打って我が旅のスケジュールにあわせて歩いてくれた。今となっては愚痴も言わずよくも歩き続けたものと感心する。それほどアサちゃんにとって旅は楽しいことだったのだと思いたい。

出てきた写真のうち、よく撮れているものを大きくしてアサちゃんの長女に1枚渡した。アサちゃんの3女には今日他の書類と共に郵送した。

これから四十九日法要までは毎日このようにしてアサちゃんを偲びたい。それはせめてものアサちゃんの供養になるはず。

明日はまた遠くから広島にまで出向いてくれる友人と会う約束をしている。きっとアサちゃんのお悔やみに来てくれるのだろう。

こうして忙しく毎日を送ることも我が精神面では貴重なことだ。明日、街中で友人に会ったあと、4月からはじめる習い事の手続きをしよう。そして本格的に四月からの我が行く道を確立しよう。

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