2022年5月13日金曜日

「外に目を向けて未知を楽しむ!」

 朝刊の週刊誌宣伝の見出し記事を見るとおおよその世の中の動きが判る。とくに週末の週刊文春と週刊新潮の見出しを読むとそれだけでわかる気がする。今朝見た見出しに週刊新潮の「手遅れになる前に外へ出よう!」として「快活80代」になるための「70代の分かれ道」がある。さらに小見出しとしていくつかある。その中の「知らない街を歩いてみたい」が大事、とある。

 コロナ禍になってそれ以前とはかなり動きが鈍っている。これではいけないと思って常に外に目を向けるようにしている。

 一昨日、知恵泉を見ていると大山捨松の話題だった。日本で初の女子留学生としてアメリカに渡った5人のうちの1人であり、そのうち2人は途中で挫折して帰国した。残った3人のうち津田梅子と大山捨松、そしてもう1人いた。この中の大山捨松に注目する。大山捨松は幼名を山川咲子といった。だが12歳で10年間、アメリカへ留学する際、母親は娘を「捨てた思いで待つ」として名を捨松と改めた。

 当時の日本は良妻賢母の時代。10年間アメリカに留学しても帰国後、仕事にありつけなかった。その時、縁談が持ち上がる。18歳上で3児の子持ちの大山巌であった。何もできない捨松はこの条件を飲み込んで結婚。捨松はおかれた環境で頑張ろうと考えた。

 番組では「人生のリスタート」として「外に目を向けて未知を楽しめ!」と「挫折は根を張って乗り越え」を掲げる。それは捨松の生き方でもあった。

 捨松が亡くなって103年になる。世の中も少しずつ変わっていって良妻賢母だけが人生ではなくなりつつある。しかし、いまだにこれは根強く残っている。自分自身の人生を振り返っても社会に出始めたころと仕事をやめるころとを比べると女性の生き方は大いに変化している。が、基本的にはあまり変わっていないかもしれない。今や大半の女性は働きながら家事や育児など何もかもやっている。この姿を見ると自分自身はそういうことはどこか無理があるように思えて仕方ない。どんな生き方がベストなのか、人それぞれと思うが100年も前なのに捨松は自分の人生を生きた

 いつの時代も内向きにならず外に目を向けて未知を楽しむ!?これが結果、老いを元気に過ごすことにもなるのだろう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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