2021年3月29日月曜日

『功名が辻』(一)

 山内一豊の妻の漠然とした話は知っていても詳しくは知らずにいた。『功名が辻』は功をなし名を成し遂げた山内一豊夫妻の話である。この本は4巻あり、今は2巻目を読んでいる。図書館が開いてどんどん予約の本が手に入る。先日、北岡伸一の『明治維新の意味』(新潮選書、2020年)の順番が回ってきた。難しそうな本だが司馬作品を読むおかげか、読んでいてもわかりやすい。これは図書館で借りず自分で買って読むべき本、と思うがとりあえず早く読み終えよう。

 読む本が机に重なり一日のノルマを決めて読んでいる。その合間には満開となった桜を見に行かなくてはいけない。遊びに行くのも本を読むのも同じく楽しいのでこれはこれで由としよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下はいつものごとく『功名が辻』(一)(司馬遼太郎 文藝春秋、2006年第10刷)から気になる箇所を抜粋。

★伊右衛門は、信長の馬廻役(近衛士官)からはずされ、「与力(よりき)」として実戦部隊に入っていた。与力、というのは、江戸時代の町奉行所の「与力」とは意味がちがい、「信長の直臣ながらも諸武将の部下として出向している者」というほどの意味である。そのほうが、戦さの場数を稼ぐことができるし功名の機会も多いのである。28p

★「しかし、お、お命が」「無くなるかもしれぬ。無くなれば無くなったで、それは伊右衛門が生得、武運がなかったまでのこと。この体で城に入って、命がもつかどうか、これは伊右衛門の一生の賭けじゃと思え」すさまじい功名心である。59p

★戦国武士というのは、徳川武士とはひどくちがう。徳川武士のようなじめついた忠義の観念はきわめてうすい。要するに、主人に対して、功名を請け負っているのである。いいかえると、二百国の山内伊右衛門一豊は、一つの企業である。信長という親会社に対し、功名を請け負っているといっていい。105p

★千代は、決してのんきなたちではない。彼女ののんきさは、母の法秀尼から教えられた演技である。

「妻が陽気でなければ、夫は十分な働きはできませぬ。夫に叱言(こごと)をいうときでも、陰気な口からいえば、夫はもう心が萎え、男としての気おいこみをうしないます。おなじ叱言でも陽気な心でいえば、夫の心が鼓舞されるものです。陽気になる秘訣は、あすはきっと良くなる、と思いこんで暮らすことです」正直なところ、千代も、これだけの大人数の家来をかかえて、やってゆけるとは思わない。が、あすはなろうではないか。111-112p

★伊右衛門は、もはやこの瞬間より将来のなかに思いを置いている。(功名。……)伊右衛門の生活感情は単純である。いや、単純なようにあの利口な千代は仕むけてくれているのかもしれない。男とは、――と伊右衛門はおもうのだ。いかに高言を吐き、才芸にすぐれていても、それがなんであろう。男が、男であることを表現するものは、功名しかない。若い伊右衛門の哲学になっている。118-119p

★伊右衛門の姿から、人間の形が消え、えんえんと白炎があがっているように見える。この白炎が、幾多の戦場において、この平凡な伊右衛門に思わぬ功名をなさしめてきたものだ。158p

★「逃げる?」ときいて、伊右衛門は、われにかえった。この男の、輝かしい本性である。功名飢餓の俗物に。――162p

★(千代との暮らしも、いつかは楽になる)伊右衛門は、べつに英雄豪傑の資質を持って生まれなかったから、希望というのはそんなところである(いやもう、こんな男がなぜ後に土佐二十四万国の太守ににまでなったのか、筆者も書きながら、不思議でならなくなる)。205p

★戦国武士は、主人を選ぶ。現今(こんにち)の青年が入社すべき会社を選ぶように。武士たちは選ぶ権利をもっている。主人の器量を見ぬき、これこそ自分の運命を託するに見るとみてはじめて戦場で必死の働きをするのである。秀吉は信長をえらび、伊右衛門は秀吉をえらんだ。255p

★「伊右衛門殿は、よい才妻をもたれている」そういううわさほど、山内家というものの奥行きの深さを印象させるものはない。……娯楽のすくないころだから、他人のうわさが、劇、小説などの役目をはたしている。山内一豊夫妻のはなしというのが、当時はおろか、今日まで人に知られ。戦前は小学校の国定教科書にまで載った、というこの挿話の根づよき生命は、右の理由によるものだ。308p

★「こういうまわりあわせになるのも、あなた様が御運のつよいおうまれだからでございます」……千代が結婚以来ずっと伊右衛門に植えつけている信仰である。千代の考えるところ、どうせ人生は禍福いりまじりて縄のごとくなわれたものだ。自分は不運だとも思えるし、運が強い、とも思える。いっそどちらも正しくどちらも誤りとすれば、――運がつよい、と思いこむほうがあかるくこの世が渡れるのではないか。明るい人間に不運は訪れにくいものだと千代は思っている。310p

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