2021年1月6日水曜日

「司馬遼太郎さんの話になると誰もが相好を崩す存在」

 新年3日の地元紙「オピニオン」に「司馬遼太郎なき25年」の記事が掲載された。司馬作品を読み始めて丸2年。それ以降、読まない日はないほど何冊何十冊と司馬作品を読んでいる。だが、嬉しいことにいつまで経ってもその良さは色あせることがない。死ぬまでに司馬遼太郎の全作品読破を目指している。読み始めのころはこれはかなわぬ夢、との思いもあった。が、読み始めると願いはかないそうな確信がある。ただ、どの本も図書館頼みであり、そのためにも早く図書館が開館するといい。

 記事によると司馬遼太郎は一切政治的発言をしなかったそうだ。作品の根底には「日本人とは何なのか、日本とは何なのか、そもそも人間というのは何なのか――」、というふうに人間とは何なのかという問いがあったという。今、司馬作品は若い人に読まれているそうだ。ある人に「司馬作品にハマっている」と話すと、「中年のおっさんが読む本」と言って笑われたことがある。この言葉を聞いて自分の中のショックが後まで尾を引いた。だが、この記事に若い人たちが読み継いでいると知って嬉しくなる。

 これまで読んだ司馬作品のいずれもの読後感がどういってもすがすがしい。これは読みごたえが一番ある本と言えるのかもしれない。読んでいて、人を決して失望させず、元気が湧いてくる。

 この新聞記事によると「司馬遼太郎さんの話になると誰もが相好を崩す存在」という。そうかもしれない。大連の旅で司馬遼太郎の「坂の上の雲」が話題に上った時、まだその本を読んでいなかった。旅の道中、司馬遼太郎の話題は常に尽きなかった。まさに司馬遼太郎は「誰もが相好を崩す存在」なのだろう。皆の話に刺激されて、今こうしてハマっている。もっと若くして司馬作品にハマっていたら、と今さらながら思う。が、まだ元気なうちに司馬作品に目覚めてよかった、との想いにいたる。いつの日か、大阪にある司馬遼太郎記念館を訪れたい。

 話は変わって、昨日、写真の整理をしていてドキッとした。今から34,5年前に初めて海外旅行をしてから2002年に会社を辞めるまでの間の写真がたくさんある。会社を辞めてからはブログを開始。それ以降、海外に出かけた頻度は多くても個人の写真はほとんど写さない。この1、2年はアルバムから外して要らない写真を処分した。その際、行先ごとにチャック付きの保存袋に入れておいた。先日の写真整理の記事を見て、再度写真を整理し始める。行先ごとの写真を袋から出して、記事にあったように必要なものだけを宝物として保存する。

 先日、海外旅行の写真袋とそれ以外を大きな紙袋に入れて区分けした。昨日、1988年に旧ソ連に出かけた写真を整理する。その際、最低限いるものとして、旅行の日程表と宝物の写真だけを残して保存袋に入れなおす。その次に手にした袋が昨年の今頃出かけたミャンマーの旅の写真。某会から出かけた旅なので人に写してもらった写真がある。33年前の写真の整理の後、紙袋から勝手に取ったチャック付きの袋はこのミャンマーの写真だった。その前に整理した33年前の写真の残像が目に焼き付いていたためか、1年前の我が姿を見てもうびっくり。自分の中では33年前も今も考え方はそれほどの変化がないと思っていた。しかし、現実の外見は年相応の老婆だ。しばし手を止めて写真の整理を後回しにする。

 元気で楽しく過ごしていても年だけは間違いなく取っている。当たり前と言えばそうだけど、やっぱりガクッとなる。気持ちは何歳になっても若い時のままだ。だが、外見は心とは裏腹に確実に変化していく。これも人生と開き直って、気落ちしてはいけない。まだ元気じゃ、と思いを新たにする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

0 件のコメント:

コメントを投稿