2015年8月29日土曜日

何故旅に?

何故、旅に出るのだろう。人それぞれ、その思いは異なる。今回の旅を誘ってくださった宮崎のお坊さんは仕事柄、電話から離れることができない。電話のかからないところが海外だったとか。ところが今や世界のどこまでも電波が通じ、それも難しくなりつつある。

自分自身はどうだろう。初めての海外は1986年で29年前のこと。その4年前から中国語を習っていた。海外に全く関心を抱かないモノでも、外国語講座の人たちは海外駐在員も含めて海外旅行を経験済み。その中にいると気分も変わってくる。習っている中国語を現地で話してみたい気持ちにかられる。同じ講座の人と初めての外国、中国へ行く。8日間の旅で初日の上海の夜、夕飯後、街へ繰り出す。その帰り道、タクシーに乗ったはいいが途中でエンスト。これは怖かった!何が起きたのか、何をされるのか、半端でなく怖かった。知っている中国語をまくし立て、ホテルの夕食で出たホテル名の入った箸袋を見せて何とか無事ホテル到着。

この免疫のお蔭でかなり海外での語学力の必要性を実感。というか、旅慣れておらず、今よりも若さもあって怖いもの知らずだった気がする。今では見知らぬ街のそれも国家体制の全く異なる国でのそういう行動は慎重にならざるを得ない。

その時知り合った方とは今でも連絡を取っている。父息子で参加されていた。お父さんはすでに亡くなられ、息子さん(といっても私より年齢は上の方)は長く大学で教えられ、何度目かの定年?をされている。それ以降、これまでに何十回か海外に出かけていろんな方たちと知り合った。その大半は平常、知り合えない方たち。何を話しても気軽に親切に接していただく。どの人もありがたい!

今回のメインの観光地であるボロブドール遺跡。午前3時に起床して日の出を見に行く。太陽が顔を出した頃、小倉のお坊さんが話しかけた人はイタリア人。イタリア語の言葉は一つだけ覚えている。「〇〇はイタリア語でどういいますか?」。久しぶりに話すと通じた。気分良くして一緒に写真に納まる。これも旅の楽しさの一つかもしれない。

旅の楽しさを知ると海外も一人で参加することが多くなる。道連れを待っていては出る機会を失う。2回目は一人で…。それ以後も今日まで半分くらいは一人参加。とはいっても2年前の台湾旅行からは所属するグループで行く機会も増える。

他の場所では中国人と会話する。広東の人だった。シンガポールの公用語は英語と北京語。中国本土の話す「普通話」。いわゆる北京語は日本でいえば東京の人の話すべらんめえ口調。言葉の終わりが”R”化して巻き舌になる。これは早口に聞こえて聞きずらい。ところがシンガポール人の話す北京語はそれがない。シンガポールの現地人は100余名だったとか。もともとのシンガポール人はいなくて大半は中国の南の広東、福建省あたりからの移住者。現地ガイドは広東からの移住者で中国系3世と話していた。この話し方は聴き易いし、話しても通じる。

久々に中国語を話した。10月末から、またこの辺りに出かける。もっと耳をならすためにも中国語、頑張ろう。

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