2021年5月13日木曜日

「二条城~戦国から太平へ~」を見る

 今朝、朝食を食べていると携帯電話が鳴る。勤めていた頃の会社の人だ。何年振りかで電話で話す。話すのはいいのだが話す時間が長い。1時間54分も話していた。お陰で今日の予定が狂ってしまった。朝刊もまだ読んでいない。コロナ禍で外に出て人と会う機会が減少した。電話もこちらからかけることはほとんどない。いたって心静かに毎日を送っている。これに慣れてくるとこの生活が幸せに思えてくるから不思議だ。だが、今朝はそれが狂った。

 昨日午後は久しぶりにNHKのBSプレミアムを見る。2017年新春に放送された「二条城~戦国から太平へ~」の番組で新春に相応しく出演者は着飾っていた。番組HPを見ると<国宝・二条城の金色の大広間が特設セットに生まれ変わる。二条城は、関ヶ原の戦い直後に建てられた徳川家康の城。近年研究で、“戦う”ためではなく、天下人としての“権威を示す”城だったと裏付けられてきた。幻の天守、空前絶後のスピード建築。誰がどのようにこの城を建て、どんな仕掛けを込めたのか。大河ドラマ『真田丸』石田三成役で戦国を生き抜いた俳優・山本耕史が、歴史、美術の専門家とともに二条城の謎に迫る>とある。

 二条城の建築はたった1年間しかかかっていない。棟梁は中井正清であり、彼は武家でもあった。正清という名はこの放送で初めて知った。先日まで読んでいた『功名が辻』全4巻を読み終えた。信長から秀吉、そして家康の時代になるまでに活躍した山内一豊とその妻千代の話である。司馬作品を通して少しずつ日本の歴史がわかりだした。が、戦国時代以前のことはまだよくわかっていない。放送は戦国から太平になる時代に建てられた二条城についての話題だった。二条城に天守閣はない。が、曳家をして天守閣は別の場所に建てられていた。

 二条城を建てた正清は日本の棟梁を総動員して1年で城を築く。奈良の法隆寺周辺には正清のあとを継いだ棟梁が今でも住んでいる。その家から正清の意図がうかがえる史料が放送数日前に見つかっていた。それは貴重な史料らしい。

 4年前の放送当時はこの番組を見ていなかった。昨日は番組タイトルを見て面白そう、と感じる。その通り面白い番組だった。ナニゴトも興味がなくては面白みもない。少しは歴史がわかってきた、とこの番組を見て思った。嬉しかった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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